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2004年05月 アーカイブ

2004年05月01日

『ズーランダー』 スーパー・バカ・モデル伝説

『ズーランダー』(2001) 監督・脚本・主演:ベン・スティラー 出演:クリスティーン・テイラー

おバカ映画との評判だったので興味を引かなかったのだが、観てみるとこれがちゃんとしたバカ映画だった。世間ではバカ映画とおバカ映画を混同されている場合があるが、わたしにとってこれらはれっきとした別物だ。

デレク・ズーランダーは売れっ子の男性モデル。しかし、4年連続の最優秀男性モデル賞を逃してしまい、さらには友人三人がガソリンスタンドでガソリンをかけ合って遊んでいて爆死。失意のズーランダーはモデルからの引退を宣言し、故郷に帰り父(ジョン・ヴォイド)や兄弟と一緒に炭坑で働くことにする。
しかし、ひ弱なズーランダーは炭坑ではまるで役に立たず、酒場のテレビで流れた“人魚の格好をしている”CMを仲間から笑われ、父親からもう戻ってくるなと言われてしまう。
再び、ニューヨークに戻った彼に、トップデザイナー“ムガトゥ”から次のショーでの主役の話がくる。心機一転やりなおそうとトレーニングに入るが、その最中に催眠プログラムで殺し屋に仕立て上げられてしまう。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの『リラックス』(懐かしいね)を聞くと本人は無意識のままマレーシアの首相を暗殺してしまうのだ。そう、これは最低賃金の引き上げや児童労働を禁止し、ファッション業界の現地下請け企業にダメージを与える首相の政策に反発してのものだったのだ。
果たして、ズーランダーは悪の陰謀に打ち勝つことが出来るのか?

カッコはイイが脳みそは薄っぺらな売れっ子モデルのパロディを演ずるのはベン・スティラー。先日紹介した『ミステリー・マン』で主役の怒りっぽい男を演じていた男だ。割と整った顔立ちなので今回の役もそんなに無理がない。それでいてこの作品では監督・脚本も手がけている。才人なのだ。
ヒロインのタイム誌女性記者役のクリスティーン・テイラーはベン・スティラーの実の妻。この作品の時点ではすでに結婚している。おしどり夫婦なんだろうか。もっとも、芸能界はおしどり夫婦でもすぐ離婚するが。
ライバルモデルのオーウェン・ウィルソンなど脇役やカメオ出演がかなり豊富。
わたしが気がついたのはミラ・ジョヴォヴィッチ、クリスチャン・スレイター、キューバ・グッディング・Jr、ナタリー・ポートマン、レニー・クラヴィッツ、デヴィッド・ボウイ。
それからビリー・ゼイン(『山猫は眠らない』『タイタニック』)もいたが、頭を坊主にしていたのはテレビムービー『インビンシブル』が同時期の撮影だったせいか。なにやら、『コータローまかりとおる!』(1984)の天光寺役のために坊主にしていた大葉健二が特番『宇宙刑事全員集合』に坊主頭で出て来たのを思い出す。
ズーランダー「どうしたの、ハゲちゃって」
ビリー・ゼイン「ハゲじゃない、剃ってるだけだ!」
のやり取りが欲しかったところ。いや、いらないか。

それからの展開も見事にバカで、しっかり笑わせてもらいました。
ラストの敵の攻撃をああやって防ぐとは・・・「マグナームっ!」最強。

残念なのは、失意のまま田舎に帰ったズーランダーに対する家族の対応ぶり。
ズーランダーが炭坑の仕事を満足にこなせないことで距離を置くのはともかくとして、テレビで流れた「人魚の格好をした」CMを仕事仲間に笑われたときには、
父親が「うるさい、わしの息子の仕事を笑うんじゃない!たしかにこいつは筋肉もなく頭も足りない。炭坑じゃクソの役にもたたん。しかし、みろあのテレビのCMを。何十万という人があれを見る、それに対して息子は体一つで頑張っているんだ。もしもまだモデルなんて男の仕事じゃないという奴がいたら俺が勝負してやる」ぐらい言って欲しかった。せっかくジョン・ボイド使ってるんだしさぁ。
でもラストにちょっと見せ場はあるんだけどね。

2004年05月02日

『XYZマーダーズ』 ネズミ・人間・ヒーロー

『XYZマーダーズ』(1985) 監督:サム・ライミ 脚本:コーエン兄弟 出演:リード・バーニー

自主制作の低予算映画『死霊のはらわた』(1983)が思いもかけない世界的ヒットを飛ばしたサム・ライミ。その活躍がプロデューサー、エドワード・R・プレスマンの目にとまり、監督第2作として作られたのがこの『XYZマーダーズ』(1985)。
プロの俳優やプロのスタッフとの初顔合わせにも物怖じすることなく、“ライミ節”を振るって大笑いできるサスペンス・コメディに仕上げていて、すでに一流娯楽映画監督の片鱗が見て取れる。

善良だがまるで冴えない青年が、殺人事件を目撃してしまったばかりにヒロインと共に殺し屋から追いかけられるという巻き込まれ型サスペンスで、脚本を書いたのは『オー・ブラザー!』(2000)などのコーエン兄弟。
これでもかこれでもかというギャグの物量攻撃で、ドアのドミノ倒しなど動きのあるギャグが印象に残る。
二人組の殺し屋もいかにも化け物じみていて(『ポパイ』のブルート役のポール・スミスと『ブレード・ランナー』のネズミ顔のレプリカントのブライアン・ジェーズム)、ネズミ殺し機をバリバリと放電させながら襲ってくるのは笑えるが恐ろしい。
大詰めのチェイスと格闘のテンションはさすがライミだ。
ブルース・“アッシュ”・キャンベルもちょっとだがゲスト出演している。
そうそう、エンディングクレジットが始まっても絶対席を立っちゃダメだ。

『スパイダーマン2』も公開されることだし、そろそろDVDを出してくれてもいいんじゃないかと思うのはわたしだけだろうか。
ちなみに写真のパンフレットは左から読むと『XYZマーダーズ』、右から読むと『クリープ・ショー』のお得仕様。二本立て上映だったのだ。

2004年05月03日

『クリープショー』 キング父息子出演

『クリープショー』(1982) 監督:ジョージ・A・ロメロ 出演:スティーヴン・キング、レスリー・ニールセン

写真はパンフレットの表紙だが、主人公の少年がホラーコミックを読んでいる自室の壁に貼られているのは『DAWN OF THE DEAD(ゾンビ)』(いわずと知れたジョージ・A・ロメロ監督作)と『キャリー』(原作スティーヴン・キング)、そして『死霊伝説』(原作スティーヴン・キング、監督トビー・フーパー)のポスター。
なかなかマニアックなガキ、と思いきや演じているのはスティーヴン・キングの息子ジョー・キング。そりゃマニアに育ってるだろうな、なんたって父がスティーヴンで母がタビサ。
ジョーが読んでいるホラー・コミックがオムニバスの映画になっているという仕組みで、息子が出るなら俺も出せとばかりに、第2話の主役をキング自らが演じている。一人暮らしをしている農夫が宇宙からきた植物に浸食されていく話で、出演者はキングだけの一人芝居。キングは自らが原作の映画にいくつも特別出演しているので顔を知っている人も多いだろうが、なんというか基本的にアホ面。この作品でのノータリンな演技を披露してくれる。
その他にも、なかなか豪華な役者陣で、珍しいレスリー・ニールセンの悪役やハル・ホルブルック、売れる前のエド・ハリス(でもすでに髪の毛がヤバめ)などが顔を揃えている。
特殊メイク担当はトム・サビーニで、これまた『ゾンビ』や『フロム・ダスク・ティル・ドーン』と出たがりな人なんでちょっと顔を出している。

エピソードの中で一番怖い・気味が悪いのは第5話。悪どい手で他人を犠牲にしながら実業界でのし上がった潔癖性の男。ある夜、その男の部屋に一匹のゴキブリが現れる。アメリカのゴキブリなんでこれがまたデカいし、羽根がないので背中の節(?)が見えて余計と不気味。
そして、どんどんゴキブリの数は増え続け、ついには「3万匹」!!
もう、部屋中床も壁も天井まで一面ゴキブリだらけで、まるで壁そのものがユサユサと動いているよう。
しかも、実験用の無菌繁殖ゴキブリを大量に買い込んで実現したシーンなので「本物」!!
そいつらがゴソゴソガサガサゴソゴソガサガサゴソゴソガサガサゴソゴソガサガサ
ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
わたしはそれなりにスプラッター慣れしてますので腕が切断されようが首が飛ぼうがはらわたがぶちまけられようが案外平気ですが、このゴキブリの群れだけはマジで勘弁。
なんでこう、ゴキブリってのは深層心理から徹底して生理的に気味が悪いのだろうか。太古の時代に人類とゴキブリとで地球の覇権を賭けた戦いでもあったのだろうか。
ともあれ、わたしはゴキブリでなくてよかった。もしそうだったら毎朝顔を洗おうと鏡を見るたびに腰を抜かしていたところだ。

2004年05月04日

『ロジャー・ラビット』 その名もカトゥーン・ディテクティブ

『ロジャー・ラビット』(1988) 監督:ロバート・ゼメキス 主演:ボブ・ホプキンス、ロジャー・ラビット

カトゥーン(アニメ)と実写を合成したファンタジーでしょ。
と単純に思われているが、いやいやどうして、本格的ハードボイルドなわけですよ、これが。

映画とハードボイルドといえば、2大ハードボイルド探偵のサム・スペードとフィリップ・マーローをハンフリー・ボガードが演じたのがそれぞれ『マルタの鷹』(1941)『三つ数えろ』(1946)。
トレンチコートにソフト帽姿でタバコを唇の端にくわえたニヒルな男が、都会の吹きだまりの中に謎を求めてさすらい、ときには殴りときには殴られ拳銃を突きつけられもしながら、ついに見つけ出した答えは苦くもの悲しげな結末。
ところが、そんな探偵はとっくに絶滅してしまった。今、私立探偵がハンフリー・ボガードの真似をして捜査していたら笑いものになるか警察に通報されてしまう。誤解からそのまま逮捕されてしまった探偵は、留置所の鉄格子越しに夜空の月を眺めて「ボギー、ボギー、あんたの時代はよかった」とでも口ずさみ、管理官から「留置所で歌は禁止だ」と怒られるのだろう。

今の時代、真面目にハードボイルドをやるとギャグにしかならない。それはいしかわじゅん氏の傑作小説『南畑剛三』シリーズを読むとよくわかる。北方健三をモデルにしているはずがない南畑剛三は「男を書く」作家。私生活でもニヒルでハードボイルドを貫いている。ただし、その周りにいるのが広域暴力団組長(死去)の娘美樹、世間知らずのお嬢様編集者万里子、「名前は金山寺」「ぎっくう」の東大卒キャリアハチャメチャ刑事金山寺などばかりだから、剛三がどんなにハードボイルド決めてもギャグなのだ。
だが、いしかわじゅんはそこにこそ現代における真のハードボイルドを見いだす。素のままのハードボイルドがギャグになってしまうのならば、最初っからギャグにしてしまえばいい。ギャグというオブラートを使って、現代のハードボイルドを成立させるのだ。
そしてそれは『東京で会おう』『ロンドンで会おう』『瓶詰めの街』と巻を重ねることに形が確かになり、『瓶詰めの街』収録の短編『瓶詰めの街』では発刊の1994年当時ではまだそんなに一般的ではなかったパソコン通信を題材にし(ここの一般は、秋葉原など以外の普通の道を歩いてる人をとりあえず捕まえてみたサンプル度での一般です)、ネット人格(ネカマ)などが大きな鍵を握る連続爆破事件をあれやこれやのギャグを乗り越えてついに南畑剛三が解決する。するのだが、それは苦くもの悲しい結末だった・・・ハードボイルドだ。

ロジャー・ラビットも基本的には同じだ。
昔ながらのハードボイルド映画がやりたかったロバート・ゼメキスですが、そこは賢い人ですのでそのまま40年代の映画を再現するのではなく、まずはカトゥーンと人間が一緒に暮らしている世界を設定し、探偵役にはズングリムックリとまるで格好良くないボブ・ホプキンスを連れてくる。
カトゥーンならではのドタバタが繰り広げられる中で、実はボブ・ホプキンスの弟がカトゥーンに殺されていたという過去と因縁、そしてその事件以来すっかり落ちぶれてしまっていたことなどが明らかになる。
そして事件の中で再び生きる意味を見いだしたボブ・ホプキンスは最後の敵に立ち向かっていく。
ハードボイルドだ~。衣装やセットも40~50年代風でいい。

アニメとの合成の特撮ばかりに目がいっていると、こういった本質的な部分がおろそかになりますので気をつけよう。

2004年05月05日

『ユージュアル・サスペクツ』 オチだけではありません

『ユージュアル・サスペクツ』(1995) 監督:ブライアン・シンガー 出演:ケビン・スペイシー、ガブリエル・バーン

先日、ケビン・スペイシーが寸借詐欺に引っかかり携帯電話を盗まれたというニュースが流れたとき、「あのケビン・“キント”・スペイシーを口先で瞞すなんて、なんて凄腕の詐欺師だろう」と驚いたものだ。日本の「俺だ俺だ」を繰り返すだけの芸のない“おれおれ”詐欺師連中も少しは見習ってほしい。そもそも、詐欺とは入念な下調べと相手を言いくるめる話術・演技力が必要で、暴力や流血に訴えることのない芸術的犯罪である。
結局、そのニュースはベッカムの不倫騒ぎから報道の目をそらすためのジョークだったというオチがついたが。

監督のブライアン・シンガー、脚本のクリストファー・マッカリーの才気みなぎる若手コンビによって、観客のわたしは見事ペテンにかけられてしまった。
作品の内容上、細かなストーリーを述べるのは避けるが、脚本的な面白さだけではない。あまり語られてはいないようだが、一癖も二癖もある悪党どもの犯罪群像としても良く出来ている。そういった点が弱いと「オチはびっくりしたけど、結局それだけ」という『第六感』のような薄っぺらな作品になってしまうところだが、この作品はかなり健闘している。

DVDは「絶賛絶版中!」のようで、中古開封品でも美品は定価の倍の1万円程度で取引されているようだ。
もう、何回も観たしな、再販される前に売っちゃおうかな・・・

2004年05月07日

『レポマン』 レポマンの人生は緊張の連続だ

『レポマン』(1984) 監督:アレックス・コックス 出演:エミリオ・エステヴェス、ハリー・ディーン・スタントン

レポマンと言っても『バットマン』や『スーパーマン』のようなアメコミヒーローではない。ローンが未払いになっている車の回収業のことだ。“Repossession Man(取り返し屋)”の略である。
 レポマン稼業は、該当者の家を訪ねていっては「あなたの車を回収させていただきます」と鍵をもらって乗って帰ってくるような平和な仕事ではない。見つからないように車に近づき合い鍵を使って勝手に持って帰ってくる。相手によっては暴力に訴えてきたり、時には銃で撃たれることもある。そんなかなりヤバい仕事だ。
この『レポマン』以外でも小説『殴られてもブルース』シリーズの主人公の探偵もレポマンを副業にしており、その仕事内容は映画とほぼ同じだった。どうやら、多少の誇張はあるだろうがかなり本物のレポマンの仕事内容に近いようだ。さすがアメリカ、強引である。と思ったが、日本の消費者金融の取り立てだってかなりのものか。
で、そのレポマンを主人公に、アメリカの現代社会を鋭く描いた問題作・・・などではない。問題作ではあるかもしれないが、かなりブッとんだパンク・ムービーなのである。

主人公のパンク野郎オットー(エミリオ・エステヴェス)は勤務態度の悪さから勤めていたスーパーマーケットを首になり、おまけに彼女を友人に寝取られてしまう。
ふてくされて街を歩いていると、バッドという男(ハリー・ディーン・スタントン)に小遣い銭で車の運転を頼まれる。ところが、バッドはレポマンで車は回収中の物。うやむやのうちにオットーはレポマンの会社で一癖も二癖もある連中と一緒に働くことになる。
ちょっうどその頃、白バイがスピード違反の車を見つけ路肩に停めさせた。運転手の言動が怪しいので警官はトランクを調べることにする。ゆっくりと開くトランク、その中から光があふれ出てそれを浴びた警官は骨になり消え去った。再びトランクは閉まり車はその場を走り去っていく。残されたのは白バイとぶすぶす煙を上げる警官のブーツだけ。
実は、トランクの中身は“宇宙人”の死体で男はそれを政府の施設から盗み出した科学者だったのだ!
だったのだ!じゃねーっつーの。

この宇宙人の死体を乗せた車シェビー・マリブに賞金がかけられたものだから、オットーと仲間や他の同業者もその車を探し始め、例によって黒ずくめの政府の役人や『スチュワーデス物語』に出ていたような銀色の義手の女、宇宙人研究家たちなどが入り乱れての争奪戦になっていく。時折、オットーの元彼女と友人が現れてはコンビニ強盗など悪事をはたらいてるし。
でも、揃いも揃ってバカばかりなので、事態はひたすら混乱していくばかり。
最後には成り行きのままに話は収束し、皆が呆気にとられている中、オットーと整備士を乗せたシェビー・マリブが緑色に輝き始め、ついにはフワリと宙に浮かぶ。そして、街の上を飛び回りついには宇宙へ飛び去っていく・・・
どんなラストだ。うれしいじゃないか。

エミリオ・エステヴェスは父親のマーティン・シーンゆずりの世を拗ねながらもギラギラしている挑発的な目つきが実に良い。
『ブレックファスト・クラブ』(1985)や『セント・エルモス・ファイアー』(1985)などですでにエステヴェスのことは知っていたが、どちらの映画も“かなり”嫌いなばかりにその魅力に気づかなかったのは不覚である。
イギー・ポップによる「ベンベケベケベン」の『レポマンのテーマ』もイカす曲だ。イギー・ポップはその後同じアレックス・コックス監督作の『シド・アンド・ナンシー』に出演している。パンクバンド“セックスピストルズ”のシド・ヴィシャスとその恋人ナンシーを主人公にしたこの破滅的パンク映画を観ると、逆説的にオリバー・ストーンの『ドアーズ』がいかに観るのも語るのも必要がない映画かというのが良く分かる。

DVDの日本語字幕は頭悪いヤツが担当したんじゃないかというデタラメぶり。『サタデー・ナイト・ライブ』が『土曜よるライブ』になっているのには笑えるが、出来ればレンタルビデオ屋を回って昔出ていたビデオ版を借りてきた方がいい。そちらはちゃんとした字幕だ。何故、そのまま使わなかったのか非常に疑問である。今日のタイトルに使っている名セリフ「レポマンの人生は緊張の連続だ」はDVDだともっとしょうもない訳になってるのでほんげぇ~。

監督のアレックス・コックスは超名門オックスフォード大学に籍を置いていたこともある(在学中に映画の道へ進んだため卒業はしてないようだ)パンクな大バカ野郎だ。
特に初期の『レポマン』、『シド・アンド・ナンシー』、『ストレート・トゥ・ヘル』(1987)は独自の作風で非常に刺激的だ。90年代に入ってからは模索し苦しんでる部分もあったようだが、『リベンジャーズ・トラジディ』(2002)で見事復活する。
日本のテレビドラマ版『濱マイク』シリーズ(2002)で1エピソードの演出を担当しているが、『スリー・ビジネスメン』(1997)に永瀬正敏が出演していたのが縁なのだろう。残念なことにそのことを知らなかったので観逃してしまったのが悔やまれる。他のエピソード監督の顔ぶれも豪華だし、林海象はほとんど関わっていなかったようなので、そのうちなんとか観たいものだ。
そういえば『スリー・ビジネスメン』には田口トモロヲも出演していが、田口トモロヲ=ばちかぶり=ボーイズ・ビー・シド・ビシャス!=『シド・アンド・ナンシー』ではないか。これは偶然ではなく必然なのであろう。

2004年05月08日

『ベースケットボール裸の球を持つ男』 つまらん

『ベースケットボール裸の球を持つ男』(1998) 監督:デイヴィット・ザッカー 出演:トレイ・パーカー、マット・ストーン、アーネスト・ボーグナイン、ロバート・ヴォーン

つまらん。笑えない。

『フライングハイ』(1980)や『トップ・シークレット』(1984)を手がけたコメディ集団ZAZ三人衆の一人デイヴィット・ザッカーが監督なのだが、この人が一番才能がない。はっきりいって下手。
それぞれ独立して映画を撮るようになってからの他のZAZの面々といえば、弟のジェリー・ザッカーが非コメディのメロドラマファンタジー『ゴースト ニューヨークの幻』で大ヒットを飛ばし、円卓の騎士伝説の『トゥルーナイト』、古典的なお宝争奪レースを題材にした『ラット・レース』など水準以上の作品を世に送り出している。
ジム・エイブラハムズは『ホット・ショット1』、『2』でZAZ時代のパロディ精神とギャグのテンポを一人でも維持していけることを示した。
その点、デイヴィット・ザッカーは『裸の銃を持つ男』シリーズである。こいつは原型のテレビムービー『ポリス・スクワッド』こそ面白かったが、映画は正直ダメだ。ダメダメである。
デイヴィット・ザッカーの演出には切れがなく役者陣もモタモタしているだけ。オープニングでO・J・シンプソンが次から次へと災難に遭うというギャグがあるが、ひっじょ~にテンポが悪く笑えない。
なにより、「わたしは面白人間だからね」と勘違いしてしまったレスリー・ニールセンが痛い。この人はもともと割といい男系の役者で、そういった役者にコテコテのギャグをやらせるという構造によってギャグとして成立していたのだが、本人が「自分はコメディアンとしても一流だ」と勘違いしてしまい、その手綱をデイヴィット・ザッカーは全然取れていないので、これはもうなんというか何だかな~なのである。

そんなデイヴィット・ザッカーの新作であるが、ダメ男二人が考えついた野球とバスケットボールを組み合わせた新スポーツ“ベースケットボール”が何故かヒットしてしまい、実業家(アーネスト・ボーグナイン)の目にとまりその支援を受けて全国へ広がっていく。しかし、しだいに高給取りスタープレーヤーなどが出現するなど商業化が進み、誰でも気楽に楽しむことが出来る“ベースケットボール”本来の姿がなくなっていく・・・
このようなストーリーにあれこれとギャグが入ってくるのだが、ネタとしてつまらない、演出が下手、役者がダメなのでほとんど笑えない。
日本では劇場未公開でビデオ・DVD発売のみというのもやむを得ない出来である。
そもそも、『裸の球を持つ男』なんて過去の作品の栄華にすがろうというタイトルで出してくるところですでにアレだ。
アーネスト・ボーグナイン、ロバート・ヴォーンの姿を見ることが出来たのは収穫だが、そのことに大きな価値を見いだす人は一部だろう。
しかも、このDVD、日本語字幕がめちゃくちゃ。いわゆる超訳か?責任者出てこい。

2004年05月09日

『トイ・ストーリー』 ジョブスに任せろ

『トイ・ストーリー』(1995) 制作総指揮:スティーヴ・ジョブス 監督:ジョン・ラセター 出演:トム・ハンクス、ティム・アレン

ハリウッドで一番影響力のある人物としてピクサー社のスティーヴ・ジョブスとジョン・ラセターの二人が選ばれたそうだ。コンピューター界ではapple社のCEOとして知られるジョブスだが、ハリウッド映画界でも大物だったのだ。
そういえば、ジョブスのapple社CEOとしての給与は0ドルかほとんどなしということらしい。株もほとんど持っていないそうだ。つまり、CEOとして働いてもそれによってapple社の株価が上がってもジョブスには目に見える金銭的な得というのはないのだ。
うーむ、なんと献身的なのだろう。立派な人物ではないか。
というより、自らCEOを務めるピクサー社が作る映画がどれも大ヒットと飛ばしており、そちらの方で大もうけのウハウハのガッポガッポなので、別にapple社から給与をもらわなくてもお金には困っていないのだ。
本業:ピクサー社CEO 趣味:apple社CEO なのであろう、きっと。

(ある意味、apple社が潰れてもジョブスとして損はないわけだから、失敗を気にせず他社では出来ないような思い切った積極策を取って、それが上手くいき現在のappleの好調に結びついた、というのは深読みしすぎか)

3DCG映画に関してはピクサー社のほぼ一人勝ち。
これまでは配給をディズニー社に頼ってきたが、かなり不利な条件での契約だったらしい。だが、それもあと数作で終了する。ディズニーとの再契約はないようなので、ワーナー・ブラザーズや20世紀FOXなどの他の会社と配給契約を結ぶことになるだろう。その際の条件は、現在のディズニーとのそれより格段に良くなると思われている。

実際、20世紀FOXは2002年に独自にフル3DCG映画『アイス・エイジ』を制作したが、技術的にはピクサームービーよりかなり見劣りがして、PS2の『ファイナル・ファンタジー』ゲーム中のムービーシーン程度じゃないか?と思えるほど。
もちろん、CG技術=映画の出来でないことは、『ファイナル・ファンタジー劇場版』(2001)を見れば誰の目にも明らかなことであるが。
ピクサー社の本格的デビュー作『トイ・ストーリー』(1995)はすでに9年も前の作品だけあって、今観ると技術的にはもう古い映画だ。人形たちのシーンはまだしも、人間が出てくるとかなり映像的にキツい。だからこそ人間は脇役で人形を主役にして、技術的限界を巧みに回避したわけだ。もともとが単純な線の人形ならば映像のリアリティ面で有利である。
そしてなにより、演出・脚本面で優れているからこそ面白いのだ。CGを売りにしてもそれは1本目としてしか通用しない。CG映画だから人は観に来るわけではなく、面白い映画だから観に来る。
『トイ・ストーリー』は子どもだけではなく大人の鑑賞にも堪える作品になっており、その後のピクサー社の独走も納得である。

2004年05月10日

『穴/HOLES』 D・I・G 掘るだ

『穴/HOLES』(2003) 監督:アンドリュー・デイヴィス 出演:シガーニー・ウィーヴァー、ジョン・ヴォイト、シア・ラブーフ

少年スタンリーの父親は靴の臭いを消し去る研究をしている市井の発明家。ある日、スタンリーは陸橋の上から落ちてきたスポーツシューズを、父の実験に使ってもらおうと拾って持ち帰ってしまう。ところが、その靴がメジャーリーガーが施設のオークション用にプレゼントし、会場から盗み出された物。
警察に逮捕されたスタンリーは窃盗罪の判決を下され、砂漠の干上がった湖のほとりにある青少年厚生施設に送られた。
そこでは、集められた少年たちが人格矯正のためとしてひたすら干上がった湖にシャベルで穴を掘り続ける毎日。この穴掘りは一見無目的な行為のようだが、どうやら、所長のシガニー・ウィーバーは地面の下の何かを探しているようなのだ。

そしてスタンリーが語るイギリスから開拓時代のアメリカに渡った3代前のご先祖の話、湖がまだ満々と水を貯えていた頃の白人教師と黒人のタマネギ売りとの禁じられた悲しい恋、女を頭にした盗賊団など、まったく関係ないかに思われるエピソードが挿入される
しかし、それらはラストに向かって一点に収集していき、意外なつながりで結びついていって、一種の奇跡を生み出すのだ。
そこには爽やかな感動が待っている。なんと、これはファンタジー映画なのであった。
ファンタジーだと思えば、そのまんまの伏線もあまりにもの展開も問題なしだ。

キャンプの少年たちが単なる脇役で終わっているのが残念だが、その分悪役のキャンプ職員たちががんばっている。シガニー・ウィーバーやジョン・ボイトと実に濃い面々だ。
監督は『逃亡者』(1993)『沈黙の戦艦』(1992)のアンドリュー・デイヴィス。
劇場未公開が少々残念な一本。

2004年05月13日

『冒険者たち』 友情と復讐と青い海

『冒険者たち』(1967) 監督・脚本:ロベール・アンリコ 原作・脚本:ジョゼ・ジョバンニ 主演:アラン・ドロン、リノ・ヴァンチュラ、ジョアンナ・シムカス

ついさっきまで、NHKBS2で放映されていた。
先月末の4月24日に原作・脚本のジョゼ・ジョバンニが80歳であの世に行っちまったが、NHKのタイムテーブルは翌月分まで発表になっているのでアラン・ドロン特集とぶつかっただけの偶然なのだろう。
いかにも強面のするリノ・ヴァンチェラと二枚目の代名詞アラン・ドロンがジョアンナ・シムスカという美女を挟んでの奇妙な友情物語。
飛行機乗りのマヌー(アラン・ドロン)は飛行機で凱旋門をくぐることを計画しているし、ローランド(リノ・ヴァンチェラ)は画期的エンジンの開発にかかりきりと人生を謳歌している。
ところが、彼らの前に沈没船の財宝という実に魅惑的な情報が飛び込んでくる。
これはひょっとすると当たりではないかと、マヌー、ローランドはリティティア(ジョアンナ・シムカス)を連れ、南の海へ向かった。
リティティアへの鞘当てを繰り返す二人。その間にもプロとして沈没船捜索にも余念がない。
そして、ついに沈没船を発見し、お宝を引き上げるのだが、そこに財宝を狙った男たちが襲いかかってくる。
戦いの中でリティティアは銃弾に倒れた・・・

マヌーとヌーランドは財宝を手にいったん彼女の故郷を訪れる。
そこでリティティアにそっくりの少年に出会った二人は、彼女の復讐を果たすことにする。
決戦の舞台は青い海原に建物が突き出したような要塞島。
勝っても負けても虚しさばかりが残る戦いが今始まった・・・
うーむ、こんな映画はフランス以外では作り得ないな。・・・あー、千葉真一の『冒険者カミカゼ』(1981)があるか。

ジョゼ・ジョバンニが逝ってまったことについて、やはりそれなりには思うとことがあるもので。
元はフランス辺りじゃそれなりに名前の通ったギャング。それが幾たびか逮捕され、ふとペンを取って見る。書く題材?そんなものはこれまで自分がやってきたことや周りの連中もモデルにすれば容易いこと。
例えば脱獄映画の傑作『穴』(1960)監督ジャック・ベッケルはジョゼ・ジョバンニが原作で、実際に氏の脱獄経験にもとづくものらしい。
その他の作品でも氏の経歴はその作品にいかんなく活かされている。
ただ、“フランスの安部譲二”と呼ぶのはどんなものだろうか。というか、学生時代にふと思いついてそう呼び先輩にイヤな顔をされたのは私ですが。

監督業にも進出して
『暗黒街のふたり』(1973)のフィルム・ノワール
『掘った奪った逃げた』(1979)痛快金庫破り
『狼たちの報酬』(1986)コマンド部隊による誘拐された要人救出
などなど。わりと面白い映画を手がけています。

2004年05月15日

『野獣の青春』 ハードボイルドだぜ

『野獣の青春』(1963) 監督:鈴木清順 出演:宍戸錠、小林昭二 原作:大藪春彦

近所のGEOで『野獣の青春』のDVDがレンタルされていたので驚いた。しかも、『関東無宿』や『東京流れ者』まである。なかなかやるな、GEO。
これらはヤギのようなヒゲが目印の鈴木清順監督作品だ。鈴木清順といえば『ツィゴイネルワイゼン』(1980)や『夢二』(1991)のような幻想的で難解な映画の印象が強いが、1950~1960年代は日活で主にハードボイルド系の娯楽映画を手がけており傑作・良作も数多い。
ただ、次第に趣味色を強めていって、ついには『殺しの烙印』(1967)で日活幹部から「こんな訳の分からん映画を撮る奴はいらん」と首を切られ映画界から干されることとなる。このことについては日活幹部を責める人も多いが、個人的には『殺しの烙印』を観るとそれも仕方ないかなとも思ってしまう。1971年には日活はロマンポルノへ転向することとなるわけで、1967年というとかなり経営が苦しくなっているのだ。会社が好調ならば『殺しの烙印』のような映画がたまに作られても受け入れる余裕があるだろうが、この時期の日活にそれを期待するのは酷というものだ。

『野獣の青春』は日本のハードボイルド映画の最高傑作と言っていいだろう。
連れ込み旅館で無理心中をした男女。男の持ち物から警察手帳が見つかる。モノクロの画面の中花瓶に生けられた一輪の花だけが赤い。
そして街に現れた一人の男がチンピラを叩きのめす様をひたすらロングで捉え続けるオープニング。ここですでに背筋がぞくっとくる。
ジョーという名のその男(宍戸錠)は野本興業という暴力団に雇われる。ボスの野本役はウルトラマン・仮面ライダーなどの小林昭二。うひふふふと笑うサドのナイフ使いという悪役が意外に似合う。
ジョーは野本興業と敵対する三光組とも内密に組み始める。どうやら、ジョーには目的があるようなのだが・・・

映画館のスクリーン裏にある三光組の事務所、黄砂吹き荒れる野本の家など美術面でも見所が多い。ロケーションで1963年当時の東京の風景をきれいに収められている。麻薬取引の場所が矢切の渡しだったりする。
一瞬で終わる銃撃戦の迫力。銃を突きつけ合い、撃ち合う二人の男。おおっ、タランティーノかジョン・ウーか。
南という男がジョーの相棒になるが、この男ちょっと頭が足りなくて女と酒が苦手。こいつがいなくてもストーリーには関係ないが、ある意味劇中唯一の善人であるこの男の存在で映画に深みが出ている。
そして、最後には救いようのない苦い苦い結末。
なにより復讐に燃える宍戸錠のタフガイぶり。
必見である。
うちの近所のGEOにあるぐらいだから置いてある店は多いだろう。観てくれ、頼むから。

2004年05月16日

『座頭市(2003)』 叩っ斬るぜ

『座頭市』(2003) 監督:北野武 出演:ビートたけし、浅野忠信

 『座頭市』と言えば勝新太郎である。勝新太郎と言えば座頭市なぐらいの当たり役だ。
 『座頭市』 (1962~1973、1989)は子母沢寛の原作ということになっているが、実際には随筆集『ふところ手帖』に「天保のころ、座頭の市という盲目の居合い抜きの達人がいた」とたった数行書かれているだけらしい。
 より重要なのは勝新太郎が極悪な盲目の按摩氏を演じた『不知火檢校』(1960)だろう。そのキャラクターに居合い抜きを合わせて生み出されたのが名匠三隅研次の『座頭市物語』(1962)だと思われる。
 なにせ1989年の松竹版を合わせて26本も作られたシリーズであり、座頭市と勝新太郎というのは切っても切れない関係である。その座頭市を北野武はいかに映画化するのか?それが不安ではあった。
 結局武がどうしたかというと、『座頭市』のリメイクしたのではなく主人公の名前と居合い抜きの達人という設定だけを持ってきて、これまでのシリーズとは関係のないまったく新しい映画を作ってしまったのである。つまり過去の作品の延長線上に存在するわけではないのだ。
 だからこそ金髪なのである。「時代劇なのに金髪なんて」と文句を言っていた人もいるが、あの金髪はもちろん意図があってのものなので文句を言う方がアレである。
 勝新太郎の座頭市が坊主頭であったが故にビートたけしの座頭市は金髪でなければならなかったのだ。
「これは『座頭市』のリメイクではなく、まったく別の映画である」という制作側のメッセージを象徴したのがあの金髪なのだ。多分。
 観る前ならともかく映画を観た後でも金髪をあーだこーだと言っている映画評論家はまったくもって“頭が悪い”の一言である。

 『座頭市血煙り街道』(1967)はルトガー・ハウアー主演で『ブラインド・フューリー』(1989)として忠実にリメイクされた。このリメイクは『座頭市』を“現代”の“アメリカ”に連れてくるという大技をもって可能だった。
 だが北野武の『座頭市』はリメイクではない。勝新太郎版とは違う、まったく新しい座頭市なのだ。

2004年05月17日

『Mr.マグー』 無敵のド近眼

『Mr.マグー』(1997) 監督:スタンリー・トン 出演:レスリー・ニールセン、マルコム・マクダウェル

『裸の~』でお馴染みのレスリー・ニールセン作品のほとんどは“つまらない・面白くない”のだが、この『Mr.マグー』は例外である。
缶詰会社社長マグーはド近眼。そのため見間違い・勘違いばかりしているのだが、本人はそれに気づいておらず危険な目にあっても平気の平左。これは『裸の銃を持つ男』のドレビン警部などと同じ、本人はいたって真面目にハチャメチャなことを繰り広げるタイプの主人公なのだが、他の作品の多くが野暮ったくテンポが悪いのに対しマグーのフットワークは軽快だ。
一つには監督スタンリー・トンの技量だろう。『ポリス・ストーリー3』(1992)、『レッドブロンクス』(1995)などのジャッキー・チェン作品を手がけており、ちゃんとしたアクションを撮れる監督なので作中のリズム作りに成功しているのだ。
マグーの甥を登場させて、ストーリーをそちらにも分散させたのもポイントだろう。

このMR.マグーはもともとはカトゥーンとのことで、映画のオープニングはカトゥーンから始まる。そういえば『リプレイスメント・キラー』(1998)でマイケル・ルーカーが息子と映画館で観ていたのが『Mr.マグー』だった。

レスリー・ニールセン作品と言うことで敬遠しているならば、この作品に関してはあまり気にしなくてもいいだろう。
他には『スパイ・ハード』(1996)も割と好きな作品だ。もっとも、アル・ヤンコビックの歌う主題歌「スパイハァァァーーード!」がその理由の9割ぐらいを占めてるが。

2004年05月18日

『ドーン・オブ・ザ・デッド』 今度のは走ります

『ドーン・オブ・ザ・デッド』(2004) 監督:ザック・スナイダー 出演: サラ・ポーリー、ヴィング・レームズ

別にオリジナルの『ゾンビ』(1978)をことさら持ち上げて傑作だと言うつもりはないが、ホラー映画としてもアクション映画としても中途半端なこのリメイク版に個人的に魅力は感じなかった。

78年版の好きなところは、人間がゾンビに食われる流血シーンでもなければ、トレーラーを奪取するアクションシーンでもなくて、立てこもった建物をゾンビに包囲されてしまい主人公4人は動きが取れなくなってしまうがそこはショッピングモールのこと、物資は山のようにあり着飾って食事をしてみたり屋内スポーツやゲームセンターで遊んだりと不自由のない生活を送る。しかし、いったんカメラが屋外に出るとそこにはゾンビの群れがうろつく地上の地獄と化しているという一種不条理を思わせる一連のシーンなのだ。
残念ながらその“異常な日常”っぷりはほとんどなくなっていた。

リメイク版ではショッピングモールに立てこもる人数が10人以上になっており、人種や年齢の幅が増えた分だけ人々の間での愛憎や派閥争いなどが盛り込まれるのかと思ったのだが、実際にはストーリーに意味をなしていない。では、せめて“食われ要員”として活躍してくれるのかと思いきや、残酷描写は控えめになる傾向のためあまり食われてもくれない。結局、ただいるだけのキャラクターが多すぎる。
一番魅力的だった人物が、駐車場を挟んで通りの向かい側にあるビルにただ一人取り残されてしまい、暇つぶしにゾンビを屋上からライフルで撃っては「どーだ、当てたぜ」とスケッチブックに書いて双眼鏡でのぞく主人公たちに見せる銃器店の男だろう。どうでもいいが、バート・レイノルズとはな。
逆に、一番嫌だったのが犬について大騒ぎする女性だ。雲霞のごとくゾンビがあふれている中、一匹の犬が危ないからどうしたというのだ。それで自分はおろか仲間の身も危険にさらす必要がどこにある。スリルを盛り上げるために嫌われ役として描いたのかとも思ったがどうもそうではなさそうだ。しかも、ハリウッド映画のこと、例によって人が怪我したり死んだりしても犬は無事だ。

主人公の女性がショッピングモールにたどり着くまでの、すでにゾンビがうろつき始めた住宅街をカローラで走る冒頭のシーンはなかなか良い。ガラス越しの遠景で人が襲われたり逃げまどっているのは下手にアップにするよりも怖い物がある。だがラストの脱出シーンからはCM界出身のこの監督にアクションの才能は見て取れなかった。

どうでもいいが、『キャスト・アウェイ』(2000)で、無人島に漂着したトム・ハンクスが苦労してイカダを作り脱出して、何日もかかってようやくのことで大陸にたどり着いたら、世の中ゾンビであふれかっていたんだったらさぞ嫌だろうなぁ。

2004年05月19日

『アンデッド』 オージーゾンビ

『アンデッド』(2003) 監督・脚本:監督:ピーター・スピエリッグ、マイケル・スピエリッグ 出演:フェリシティ・メーソン、ムンゴ・マッケイ

どうも不完全燃焼だなぁなどと思いながら『ドーン・オブ・ザ・デッド』の上映館から出て来たところで壁に貼られた『アンデッド』というポスターを見かけた。アンデッドというからにはゾンビ物なのだろうか。妙に安っぽいそのポスターに若干の不安も覚えたが、とりあえず観ることにした。

オーストラリアの田舎町バークレー。ある日そこに隕石群が降ってきて、その隕石から何かが感染したのか死人がゾンビになり生きている人を襲い始める。ひたすら逃げるばかりの主人公たちだったが、この騒動を予想し銃器で武装していた男と合流しゾンビとの戦いに転じる。果たして町からの脱出は可能なのか?

徹底したパワーやバカさには欠ける物の、サム・ライミの『死霊のはらわた2』(1987)やピーター・ジャクソンの『バッド・テイスト』(1987)などを思い出させるバカホラー映画ではある。
ゲームセンターの射撃ゲームばりに、デザートイーグルの二丁拳銃や三連散弾銃でゾンビを倒しながらストーリーは進む。人口の少ない田舎町なのでゾンビの数もそんなにはおらず、同時に出てきてもせいぜい10体。これならば戦おうとも思えるだろう。
ブーツの拍車を壁に打ち付けて逆立ち状態での掃射などがバカで良かったが、全体的にアイディアの分量が乏しい感じがするのが残念か。
後半、宇宙人の登場などで勢いが止まってしまうが、ほとんどの謎はラストまでに解明される。
舞台の大半を雨の降りしきる夜にしたことで、低予算をさほど感じさせない画面になっている。また、そのせいで血の赤がほとんど黒に見えているのでレイティング面も考慮しているのかも知れない。もっとも、R-15指定になっていたが。

ラストでヒロインが持っている連結散弾銃が一つ増えて四連になっていたのは笑ってしまった。

2004年05月20日

『メガフォース』 1、2、3で舞い上がれ

『メガフォース』(1982) 監督:ハル・ニーダム 主演:バリー・ボストウィック、ヘンリー・シルヴァ

「自由諸国の首脳陣は否定しますが、メガフォースの存在が確認されました」
メガフォース、それは自由諸国を守るため国の枠を超えて結成された精鋭特殊部隊だ。
最新鋭の武器・戦闘車両を駆使し、テロリストを撃滅するのがその使命だ。

わたしは初めて予告を観て血湧き肉躍って以来『メガフォース』のファンだ大ファンだ。もちろん公開されるや観に行ったし写真のパンフレットもずっと大事に持っている。もちろんDVDも買ったぞ。
メガフォースの一番の魅力は特殊部隊物で派手なドンパチがあるにも関わらず人が死なないという能天気っぷりにあるだろう。これはもう、戦争ゴッコなのだ。

ラストは主人公を残したまま離陸しようとする輸送機。果たしてそれに間に合うかという『ワイルド・ギース』や『デルタ・フォース』などでもお馴染みのシチュエーション。
主人公をどんな危機に陥れ、そしていかにそこから脱出させるかというのは脚本家を始めとする制作陣が頭をひねるところだが、この映画は凡百の脚本家が思いもがけない荒技でその危機を乗り切る。
主人公が「1、2、そして3」だと乗っている戦闘バイクのボタンを押すと、後部に翼が生えロケット噴射でバイクが宙に舞い上がるのだ。とっ、飛ぶんすかぁぁ!
もう、これには一生ついて行きますっ!との衝撃を受けてしまった。それでいいのか中学時代のわたし、とも思うがそれが正直な感想なんだからしょうがない。

全身タイツの制服がどう考えても実戦には向かないだろうとか、戦闘車両の白・黒・赤の塗装が目立ってしょうがないだろとか(光に反応して夜は黒くなるカメレオン塗装なのだが、ずっと黒でもいいんじゃないかとも思う)、パンフレットの写真中央に写っている山のような大きさの指令車タック=コムが劇中ではせいぜいハイ・エースぐらいの大きさしかなかったりするところも好きだ。

珍しくヒゲ面のヘンリー・シルヴァの悪役が生かし切れていないのが残念なところか。相変わらずのテンションの高さで悪くはないのだが。

パンフレットの中で製作のアルバート・S・ラディはこう語っている。
「私は責任を持って『メガフォース』を私のライフ・ワークと宣言する」
・・・い、いいのかアルバートそれで。他の制作作品には『ゴッドファーザー』や『ロンゲスト・ヤード』があるじゃないか。
もしもアルバートに会う機会があったら、この発言について今の思いを聞いてみたい。もし、「うん、『メガフォース』がライフワークだね」と言われたら、こりゃもう一生ついて行くしかないね。

監督のハル・ニーダムなんだが、まだ元気にしているんだろうか?亡くなったとの話も聞かないがいいかげん年だろう。
とりあえず、『トランザム7000VSパトカー軍団』と『ストローカーエース』のDVDはとっとと出して欲しい。

2004年05月21日

『ロケッティア』 飛ぶしか能がないとかいうな

『ロケッティア』(1991) 監督:ジョー・ジョンストン 出演:ビル・キャンベル、ジェニファー・コネリー

ハワード・ヒューズ(実在の飛行機王。映画製作なども行った百万長者)の研究所からロケットパックが盗み出された。それを使うと人間が自由自在に空を飛ぶことが出来るのだ。たまたまそれを手に入れてしまったパイロットの青年がナチスドイツのスパイやギャングを相手にヒーロー“ロケッティア”となって大活躍を繰り広げる。

アメリカンコミックが原作のヒーロー物だが、よくよく考えてみるとこのロケッティアは力が強いとか光線を発射するなどは出来なくて特技といったら空を飛ぶことだけ。そりゃまぁ空が飛べたら通勤ラッシュとかも楽々だが、飛ぶだけだったら鳥だって飛ぶしな。
実際、劇中でロケッティアは悪党どもをばったばったとなぎ倒すような活躍はなく、逆に接近戦では苦戦を強いられているようである。
だがスーパーマンのような余裕綽々で戦う超人よりも、必死になって頑張っているロケッティアの方が好感が持てる。

映画女優を目指す主人公の恋人はジェニファー・コネリー。最近だと『ハルク』(2003)などで見かけるがホント老けない人だ。いや、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』出演の12歳の時点ですでに充分に大人びていたと見るべきか。
悪役のハリウッドスターはティモシー・ダルトン。裏ではナチスのスパイであるあたり、スパイであるとの疑惑があったエロール・フリンをモデルにしているのだろう。非常に憎たらしくて、やはりティモシー・ダルトンは悪役向きだ。

ナチスが制作した極秘フィルムが上映されるシーンがあるのだが、その内容はロケットパックを大量生産しそれを装備した兵士たちが次々と大空へ舞い上がり、地図の上のナチスの勢力圏がどんどん広がっていくという、妙に手の込んだアニメーションになっている。
そんなことに手間暇かけていたからナチスドイツは連合軍に敗北したんじゃないだろうか?

悪役だったギャングたちが、ラストでナチスの陰謀に気づき一転して主人公の側につきトミーガンをバリバリ撃ちまくるシーンがお気に入り。

ロケッティアの飛行シーンは結構リアルでスピード感がある。まだCGIが本格的に台頭してくる前だったことを考えるとかなり技術的に高いSFXだ。

アメコミヒーローというとなにかと屈折したヤツらが多いが、ロケッティアは単純・熱血・娯楽。なかなか面白い作品である。何気にディズニー作品なんだよな。

2004年05月22日

『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』 取り憑かれたい

『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(1987) 監督:チン・シウトン 製作:ツイ・ハーク 出演:レスリー・チャン、ジョイ・ウォン、ウー・マ

いやー、ジョイ・ウォンはホント美しい。これでは「女性には興味がない」との噂もあるレスリー・チャンですら虜になったのも仕方がない。もともとはスポーツ選手だっただけあって、かなり苦しいはずのワイヤーアクションによるフライングもそんなことは微塵も表情に出さず美しいフォームで画面を飛び回る。
えっ、『北京原人Who are You?』(1997)?なんのことですか、それは。

公開当時、何が驚いたって人間がビュンビュン跳ぶことである。ワイヤーで吊って人を飛ばすというのは昔からあるテクニックだが、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』ではその速度が違う、アクロバティックなその動きが違う。
1970年代のキン・フー作品ですでに武侠な人々がワイヤーワークで空を飛び回っていたが、それをさらに発達させたのがこの映画の製作者ツイ・ハークで、『蜀山奇傅・天空の剣』(1984)辺りから派手なワイヤワークを独自に発展させていき、後に『マトリックス』シリーズなどでハリウッドに技術が輸出されるまでになる。
クルクルと前転状態で回転して飛んできた男がそのまま1カットで地面に着陸するなんて超人的シーンは香港ならではだろう。他には、ガメラ状に横回転しながら空に舞い上がるってのは『蜀山奇傅・天空の剣』だったか。
香港の武侠映画において達人は重力をも支配できるということになっている。念動力も当たり前で、いわゆるファンタジー世界だと思ってもらえば間違いない。

「道(トン)・道・道・道ー!」と歌い踊る導師役のウー・マがかっこいい。普通の映画ではお笑い役を演ずることが多いが、割にクンフーもこなせるらしい。「ハンニャハラミ」と唱えると衝撃弾を発射でき、いざとなったら連射も可能だ。劇場で連射シーンを観たときにはきました。笑いながら熱く燃えてました。
ちなみに、このウー・マ。『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』が記録的なヒットをしたと見るや勝手に姉妹編的作品『画中仙』(1988)を自分が監督して作ってしまった。これがちゃんと ジョイ・ウォンが出演していて他にはユン・ピョウ。もちろんウー・マもほとんど同じ導師役で登場している。
これはちゃんとツイ・ハークの了解を取った物なのか?そこら辺のいい加減さが香港です。

2004年05月24日

どーだ、ほら悲しいだろ。泣けよ泣け

『死に花』(2004) 監督:犬童一心 出演: 山崎努、宇津井健、青島幸男、谷啓

観に行こうか迷っているのがこの『死に花』です。
老人ホームのジイさんたちが最後の死に花にでかいことをやろうと銀行の金庫に向けてトンネルを掘り始める。目指すは17億円!
ストーリーにもキャストにも、なんかこうワクワクするものを感じるんですが、問題は最後まで明るく楽しくいってくれるかってことです。
ラストには仲間のうち誰かが死んだりして“泣かす”路線になるんじゃないかと思うと不安で。
別に人が死ぬのはいいんですが、死=泣かせはイヤなんです。「どーだ、ほら悲しいだろ。泣けよ泣け」っていう演出をされると思いっきり引いてしまうんですよわたしは。
でも、日本人はシリアスな話や泣ける話が好きですからねぇ。
何と言っても国内作家の小説で一番売れたのが『世界の中心で、愛をさけぶ』なんでしょ。しかも、映画化されて現在大ヒット中。

今時、“不治の病”ネタですかぁ?

確か、高田文夫の言葉で「シリアスはいいよな。最後に殺しちゃえばいいんだから」というのがありましたが、まさにその通り。

しかも、“白血病”ですかぁ?

今は1970年代かっつーねん。せめて病気ぐらい新ネタを探してきて欲しいもんです。
まぁ作家が何を書こうが勝手ではあるんですが、これが大ヒットされるとなんかこうイヤだなぁと。

でも、シリアスな話や泣ける話がウケるのは日本人が本質的にシリアスで真面目だからではなく、単にそっちの方が楽だからかもなぁと思ってもみたり。
そのまんまなストーリーをそのまんまな演技でそのまんまに演出してる作品は、そりゃ全て予想の範囲内ですから見るのも楽だよな、とか。

2004年05月25日

『キャンディマン』 恐怖を語り継げ

『キャンディマン』(1982) 原作:クライヴ・バーカー 監督:バーナード・ローズ 出演:ヴァージニア・マドセン、トニー・トッド

貧困黒人層が住む荒れ果てた公営団地。住人達の間では片腕が鈎爪の怪人“キャンディマン”のことが語り継がれていた。
都市伝説を研究する大学院生ヘレンは、実地検査で公営団地に赴き“鏡の前でキャンディマンの名前を5回唱えるとキャンディマンが現れる、との噂を耳にし好奇心に駆られて5回唱えてしまう。その時から、ヘレンの周りで奇妙な事件が起き始めるのだが・・・

キャンディマンはまだ奴隷制度があった頃の人物で、白人の娘と禁断の恋に落ちてしまったためリンチにあい殺されてしまった。この作品は誰かがキャンディマンの伝説を利用して殺人事件を起こすというのではなく、実際にキャンディマンが都市伝説の中でしか存在し得ない亡霊として現れる。
人々がキャンディマンの伝説を忘れそうになった時に、キャンディマンは再び現れ人を切り裂いてはその存在と人々の記憶に焼き付けるのだ。
この都市伝説の中でしか存在していられない怪物という設定が面白い。
『ルール』シリーズなど都市伝説を扱ったホラー映画はあるが、それらは犯人が都市伝説を利用して殺人を犯すといったパターンで、都市伝説が実在していたのとは違う。

人々が恐怖の対象であるべきフレディ・クルーガーの存在を抹殺しようとした時、人間が持つ恐怖の中でしか生きられないフレディがジェイソンを引っ張り出して恐怖を巻き起こしたのが『フレディvsジェイソン』
構造的に多少『キャンディマン』に似ているようである。

キャンディマンを演ずるトニー・トッドは黒人俳優で奇妙な威圧感を与える風貌をしている。『ファイナルデスティネーション』『デッドコースター』でも不気味な墓守を演じていた。

ヘレンを利用して恐怖を住民に味あわせたキャンディマン。そしてヘレンはキャンディマンに取り込まれることとなった。
さぁ新たなる都市伝説の始まりだ。

2004年05月26日

『レプスキー危機一発 ロシア皇帝の秘宝』 プログラム・ピクチャーへの記憶

『レプスキー危機一発 ロシア皇帝の秘宝』(1989) 監督:ガイ・ハミルトン 出演:マイケル・ブランドン、デヴィッド・キャラダイン

イギリスの作家ジェームス・ハドリー・チェイス原作の保険調査員レプスキーシリーズとして1989~1990年の間に都合4本映画化されましたが、第一作目であるこの『ロシア皇帝の秘宝』だけ覚えておけばいいと思います。後のはかなりしょうもなくて、映画というよりVシネマクラスですかねぇ。そもそも2年で4本作りますか。プログラム・ピクチャー風味とも言えるんですが。

監督は『007ゴールドフィンガー』(1694)や今度DVDが出る『空軍大戦略』(1969)、そしてなにより『レモ 第一の挑戦』(1985)のガイ・ハミルトン。ガイ・ハミルトン作品としてはかなり低予算ですが、タイトな予算、タイトなスケジュール、タイトな出演陣なりに検討しています。誰ですかこの主役のマイケル・ブランドンって?わたしはこのシリーズでしか観たことありません。
その代わり、節約するところは節約してつぎ込むところにはつぎ込んでます。主人公レプスキーの愛車は赤いプジョーの3ドアハッチバック!イカすぜ・・・でも、絶対タイアップしてますし、フェラーリやポルシェなどが駐まっている高級ホテルの駐車係には思いっきり見下されてましたが。日本じゃ外車でもフランスじゃ国産車ですからね、そんなに高くはないんでしょう。全作に同じ車が登場していますから1作あたりの経費は4分の1ですし。これがボンド・カーだと毎回新車になるんですけどね。
主役はアレでも悪役は『キル・ビル Vol.2』でも有名なデヴィッド・キャラダイン!・・・いや、デヴィッド・キャラダインは思いっきりB級の匂いか。

ま実際、有名なスターが出ていたり派手なアクションがあるわけではありませんが、そこはベテランの手になる物だけあって全体がきっちりまとまっています。ハイエースでのカーチェイスなんてなかなかスクリーンじゃ観られませんよ。ラストの性懲りもないというか懲りないデヴィッド・キャラダインの再登場もよし。

ともあれ、危機一髪、絶体絶命、大胆不敵、最後の挑戦、とレプスキーシリーズ全4作をちゃんと映画館で観ているってのはある意味ちょっと自分を褒めてやりたい。っていうか、自分以外は褒めてくれないでしょうが、これって結構いないかもなと思うんですよ。今のわたしなら1作目はガイ・ハミルトンだから観て、2作目はその余波で観て、でつまらないから3,4作目はビデオ化待ちでしょう。
そもそも劇場公開しないって恐れもありますが。

2004年05月27日

『ホット・ロック』 アフガニスタン・バナナ・スタンド

『ホット・ロック』(1971) 監督:ピーター・イェーツ 出演:ロバート・レッドフォード 原作:ドナルド・E・ウェストレイク

ドナルド・E・ウェストレイクの犯罪コメディ、ドートマンダーシリーズからの映画化。
犯罪プランナーのドートマンダーは天才的なアイディアに完璧なプラン、そして腕利きのメンバーで仕事に取りかかるのにどういう訳か毎回失敗ばかり。この『ホット・ロック』事件でも、どういうわけか同じダイヤモンドを2度も3度も盗み出す羽目になる。
まったく、生来もって運が悪いのだろうか。ドートマンダーの頭は痛むばかりである。

原作も傑作だが、映画の方も傑作。
ドートマンダーをリーダーとする4人組がアフリカの小国の大使から依頼を受け博物館からダイヤを盗み出すことになる。いったんは盗み出すことに成功するのだが、逃走の途中でダイヤを持った仲間が捕まりその男は警察に見つからぬようダイヤを飲み込んでそのまま刑務所へ。このままでは終わらせられないと今度は刑務所を襲撃することにするが・・・

冒頭のドートマンダー(レッドフォード)の出獄シーンからラストまで軽快なタッチで物語が進む。
全編で犯罪が繰り広げられるが、死人はおろかまともな怪我人すら出ないのがうれしい。暴力なしで頭を使って驚くようなアイディアでダイヤを盗むのはさすがプロの仕事。
最後には「いくらなんでもそりゃないだろ」という手段まで登場する。作品全体のバランスから考えると前代未聞ではあるが現実的な手段を取って欲しかったものの、ありでしょうあれも。えっ、どんな手段かって?ヒントはアフガニスタン・バナナ・スタンドだっ!・・・分からないよな、これじゃ。

ウェストレイク自身はドートマンダー役はハリー・ディーン・スタントンがいいのではないかと言っている。レッドフォードが悪いと言うことはないが、確かにハンサム過ぎるし爽やか君だ。
ドートマンダーは元々の斜に構えた性格と失敗続きで、原作では割と屈折した人物として描かれているので確かにレッドフォードではちょっと違う。だからといってハリー・ディーン・スタントンでは主役には地味だが。

仲間の一人の父親役がゼロ・モステル。メル・ブルックスの『プロデューサーズ』などで見せた怪演がここでも披露される。ダイヤを横取りして息子を犠牲にしても平気な強欲ぶり。それに対する息子の怒りの言葉が「パパ、日曜日の朝食をもう一緒に食べないからね」。いいのか、見殺しにされたお返しがそれだけで。

途中で、ニューヨークの空をヘリコプターで飛び回るシーンがある。
眼下に広がる1971年ニューヨークの風景。その中にすっくとそびえ立つ2つの高層ビル。片方はまだ上部が工事中のそれは国際貿易センタービルだった。

2004年05月28日

『禁じ手』 痴漢は許さねぇ

『禁じ手』(1989) 監督:J・リー・トンプソン 出演:チャールズ・ブロンソン

原題がそのまんま“KINJITE”。囲碁の用語から取ったとかいう話だ。

「女だって触られるのを待ってるんだ」などと勝手な理屈で通勤電車内にて痴漢行為をしてはストレス解消していた日本人サラリーマンが、アメリカに転勤で家族共々やってくる。
このサラリーマンが困ったことにアメリカでもついついバスの中で若い白人女性に痴漢行為を働いてしまう。もちろん、向こうの女性は黙って泣き寝入りなどしないので大騒ぎになってしまう。しかも、その女性の父親がチャールズ・ブロンソン演ずるはみだし暴力刑事だったりするので、あっという間にサラリーマンは「俺の娘に何しやがる」とビッグマグナムで射殺されてしまって全て解決。めでたしめでたし・・・あれ?
もちろん実際には射殺されたりはしないが(*ポール・カージーならやりそうだ)。そしてサラリーマンの娘がギャングに誘拐される事件が発生し担当になったブロンソンは必死の捜査で少女を救出し・・・えー、10年ほど前に一度観たっきりなのであまり細かいことは覚えていないが大体そんな話だったはずだ。

例によって日本関連の描写には間違っている部分もあるが、別に正しい日本像を伝えることが目的の作品ではないので個人的にはたいした問題ではない。とかく外国映画に日本の人や物が登場すると「その日本への認識は間違っている、間違っている」と騒ぐ人がいるがそれがどうしたというのだ。東京人の持つ大阪への認識や大阪人の持つ東京への認識だって多分かなりいい加減だ。異文化を正確に捉えることは至難の業で、これはおそらく我々人類の永遠の課題だ。
それどころかこの作品では、アメリカ人にはさぞ奇妙に見えるであろう“群衆の中での痴漢行為”がきちんと描かれているのには感心するぐらいだ。「見ず知らずの男に体をまさぐられてうれしいわけがないだろ!」うむ、そりゃそうだ。
だが、1989年という時代背景を考えると、日本がバブル経済の真っ盛りでアメリカの土地建物や映画会社などを買いあさっていた頃なので、反日的意味合いも含めていたのは事実だろう。

J・リー・トンプソンとチャールズ・ブロンソンというお馴染みのコンビによる刑事映画だが、派手なアクションはほとんどない。そういった意味でも異色作だ。
日本未公開でビデオ化のみされたが、すでに大型ビデオレンタル店でも見かけなくなっている。DVD化は、うーむしなくてもいいか。アメリカでは発売されているようだが。

*ポール・カージー:『狼よさらば』(1974)を始めとする『デス・ウィッシュ』5部作でチャールズ・ブロンソンが演じた主人公。周りの人間が殺される・レイプされるなどの目に遭うと銃を持っては町へ出て悪党どもに復讐して回る暴力派建築設計士。というより、ポール・カージーに関わると酷い目に遭うというのが正解じゃないかと思う。彼と知人・友人になるのは避けるべきだろう。

2004年05月29日

『バックドラフト』 炎と戦う男たち

『バックドラフト』(1991) 監督:ロン・ハワード 出演:カート・ラッセル、ウィリアム・ボールドウ