理科大好きだったわたしは、当然のように『Newton』を0号から定期購読していた。
確か取っておいたはずだと物置の本棚を調べてみたら19号の一冊だけ残っていた。どうやら残りは数年前の引っ越しの時に捨ててしまったようだ。仮に残っていたとしても読み直すかは分からないが、ちょっともったいない。
全ページフルカラーで写真を多用し、文章の分かりやすさに重点を置いていたのだろう、各分野の専門家に執筆を依頼しながらも中学生のわたしでも楽しみながら読むことが出来た。思えば、学研の『○年の科学』から『Newton』へと読み継いだはずだ。
バイオテクノロジー、コンピューターの発達、1981年のスペースシャトル初打ち上げ、1980年代は宇宙からDNAまでと科学の時代だった。その一つの象徴が『Newton』だったように思う。
その『Newton』の第0号からの編集長竹内均氏が4月20日に亡くなられた。
原作・映画ともに科学理論で協力した『日本沈没』(1973)に特別出演した時の“竹内教授役”の誠実そうな姿が今でも目に浮かぶ。映画やテレビへの露出は他の学者からの批判要因だったが、人々への科学についてのアピールの意味が大きかったのだろう。
日本の科学啓蒙において大いなる貢献を果たされた氏の冥福をお祈りする。