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2004年03月 アーカイブ

2004年03月01日

『ブレインデッド』 ピーター!ピーター! -ブレインデッド-

『ブレインデッド』(1992) BRAINDEAD 104分 ニュージーランド 1993/07/01鑑賞

監督:ピーター・ジャクソン 製作:ジム・ブース 原案:スティーヴン・シンクレア 脚本:ピーター・ジャクソン、スティーヴン・シンクレア、フランシス・ウォルシュ 撮影:マレイ・ミルン 音楽:ピーター・ダゼント 
出演:ティモシー・バルム、ダイアナ・ペニャルヴァー、エリザベス・ムーディ、イアン・ワトキン

 1993年7月1日 夜 観客が数人の池袋の劇場にわたしは座っていたわけで。

 『バッド・テイスト』(1987)、『ミート・ザ・フィーブルズ/怒りのヒポポタマス』(1989)はビデオでしか観ることが出来なかったわたしの初ピーター・ジャクソン劇場作である。もっとも、先の2本は名古屋では公開されていないし、おそらく東京だけの公開か映画祭などでの特別上映だけだったのだろう。
 『ブレインデッド』も普段新宿や渋谷で映画を観ていたわたしが池袋まで足を伸ばしているということは、かなり上映館が限定されていたのだと思う。
 くわしいストーリーは映画のデータベースサイトで調べてもらうこととして、要約すると「母親の強い抑圧下で育ってきた青年ライオネルがスペイン系の娘パキータと出会い、様々な事件を乗り越えることによって自立していく様を描いた“スプラッターコメディ”」だ。なんか、最後の単語が違うだろと思えるかもしれないが、事実そうなんだからしょうがない。
 それもちょっとやそっとのスプラッターではない。『13日の金曜日シリーズ』程度のモノを想像されては困るわけで、手が飛ぶ、足が飛ぶ、頭が飛ぶ、ミキサーでジュースになる、包丁で解体、クンフー神父の連続蹴りが炸裂、ゾンビ数人が生じて困ったライオネルは地下室にゾンビを監禁して面倒を見るし、ゾンビ同士がエッチしてベビーゾンビが産まれ、パーティー会場はゾンビ騒動になり、芝刈り機でゾンビをミンチにして、ついには全長5メートルほどになったママゾンビとライオネルとの対決になる。
 いやー、もうバカ。パンフレットから劇中のスチールを掲載しようと思ったが、これはうちが有害指定サイトに指定されかねないので諦めたというぐらいグロくてバカ。宮崎勤事件によるホラー・スプラッター映画に対する規制・偏見が根強かった時期でなければ大ヒット間違いなしだったろう。
 ピーター・ジャクソンは当作品以降スプラッターコメディを撮っておらず、ファンとしては残念な限りだが、実際やることは全てやってしまったということなのだろう。
 そして、次の作品になる『乙女の祈り』(1994)では、女子高で出会ってしまった少女二人が純粋で深すぎる絆で結ばれてしまったが故に引き起こしてしまった犯罪について冷酷かつ美しく描き、なんとアカデミー脚本賞にノミネートされることになる。映画から遠ざかっていた時期で映画雑誌などを購読していなかったので、てっきり同姓同名の別人だと思っていた。だって、あのピーター・ジャクソンがまさかアカデミー賞ノミネートとは。悪い冗談にしか思えない。
 『乙女の祈り』でハリウッドに認められたピーター・ジャクソンはアメリカに渡りマイケル・J・フォックス主演の『さまよう魂たち』(1996)を撮り、そして実現不可能と言われた『指輪物語』の実写映画化に取りかかる。どんな映画になったかは皆さんご存じだろう。
 ピーター・ジャクソンが撮った『ロード・オブ・ザ・リング』の完結作『王の帰還』(2003)は、第76回アカデミー賞で監督賞、作品賞など11部門でオスカーを採った。『バッド・テイスト』で宇宙ゾンビと嬉々として戦うバカを演じていたあのニュージーランド・バカがねぇ。感慨深くWOWOWで授賞式を見ていたが、ピーター・ジャクソンの立ち振る舞いはさすがにタキシードこそ着てはいたものの相変わらずバカだった。
 やはりバカは貫いてこそのバカ。突き抜けたバカに怖いモノなし。いや、怖いモノがあってもバカだからわからないんで怖がらない。

 『ブレインデッド』のDVDは一時期販売されていたが現在絶賛絶版中。
 わたしはもちろん発売と同時に速攻で購入したが、このスプラッターコメディの最終形は一人でも多くの人に観てもらいたい。再発売を期待する。
 ・・・・・・でも観客を選ぶ映画ではあるので「勧めてるんで観たが、グロくて気持ち悪くなったぞ、コラぁ」だったらゴメンなさい。「つまんなぁったぞ、コラぁ」だったら、「そんなことはない。面白いのっ!」ですが。

2004年03月02日

道端の消毒マン

 鳥インフルエンザが発生した養鶏場に通じる道にちょっとした検問が出来ていて、養鶏場から出てきた車を消毒する光景をニュースで見かける。
 消毒をする作業員は、全身を包む白い防護服に大きなマスクとゴーグルといった重装備だ。『アンドロメダ・・・』(1971)や『アウトブレイク』(1995)、『ザ・クレイジーズ』(1972)などのウイルス系のディザスタームービーを観て育ったわたしにはなにやら非常に恐ろしい光景に感じられてしょうがない。

 消毒を拒むと裏に連れて行かれる。テントで待たされる間、作業員たちの会話や電話の受け答えなどが聞こえてくる。どうやら、鳥インフルエンザというのは目くらましに過ぎず、実際には極秘の生物兵器研究所から開発中のウイルス、コードネーム“IF-666”が外部に漏れだしたらしい。
 恐怖を感じた彼らは指示に従わず車に乗り込むとアクセルを踏み込んだ。作業員たちが銃を取りだして撃ってくる。銃撃を受けた車は横転して炎上。乗員はすべて銃弾か炎で死んだと思われたが、実は降り始めた豪雨に紛れて一人だけ逃亡に成功したのだ。
 なんとか町にたどり着いた彼は、この事実を世間に知らせようとテレビ局を目指した。微熱があり時折咳き込むが、冷たい雨に打たれたせいだろう。額の汗をぬぐう手の甲には赤い斑点が浮かんでいる・・・
 こうして、致死性ウイルスは政府の封じ込め計画の思惑通りには行かずある都市に進入した。その街からは東西南北へと基幹道路が延び、新幹線の停まる駅、そして海外便も発着する空港があった。
 人類滅亡へのカウントダウンが始まった・・・

 てなことを想像しちゃうわけですよ。想像というより妄想?
 それにしてもやたらめったら消毒薬まいてますが、戦後の児童のシラミ退治にDDTを振りかけてるんじゃないっつーの。

2004年03月03日

火星のジョン・カーター

 NASAが重大発表があるから待ってろよ、というので待っていたら、何てことはない大方の予想通り「火星には過去相当量の水があった痕跡を見つけた」だった。
 もっとすごい発見があったのではと思っていたのでちょっと拍子抜け。

 やはりわたしの世代だと「火星でナスカの地上絵が見つかった」なんていうほろ苦い思い出が呼び起こされる。地上絵だけならまだしもジュピターゴーストはなぁ・・・歌まで歌っちゃなぁ・・・
 世代をさかのぼると「火星でモノリスが見つかった」なんてのはありがちか。
 いっそのこと「半壊した自由の女神像がっ!」ってなるとそこは火星じゃない。
 巨大な宇宙船の残骸があって、どうもデザインがH・R・ギーガー風だったら即刻逃げ出してもう近づくな。中になにやら卵状の物体があったらなおのことだ。
 なに~、なにやらグチャグチャのグチョグチョが犬に取り付いて今度は人間にも襲いかかってきただ~!焼け!火炎放射で焼き尽くせ。
 えっ?本当はタコ型の宇宙人だった・・・いや、タコ型はまずいだろう今時。人型、虫型、蜘蛛型あたりならともかく、タコ型ではふざけてるとしか思われない。宇宙科学とSFの発展と進歩が根本から否定されかねない大事件だよ。うん・・・こっそり滅亡させちゃって、そのタコ。いなかったことにしようよ。それで別に誰も困らないしさ。探査艇に隠して積んであるエボラ、炭疽菌、SARSなどなど全部ばらまいちゃって。よーし、これで証拠隠滅。あー、発表?水の痕跡とでも言っとけば。どーせばれやしないって。

2004年03月04日

フォード・ピントにゃ気を付けろ

 大学の授業で、企業倫理と採算性についてといった内容だったろうか、フォード・ピント事件に関する講義を受けたことがある。
 米フォード社は1971年にピント(Pinto)というコンパクトカーを発売した。力を付けてきた日本車対策として短期間で開発され価格も約2000ドルと安価に設定した。その甲斐あってか、ピントはかなり売れたのだが、この車はコンパクトデザイン故に非常に危険な車でもあった。ガソリンタンクを車両最後部に設置することで小型化を実現していたのだが、後続車両から追突された場合にガソリンタンクがずれて燃料漏れを起こし炎上するケースが頻発したのだ。
 調査の結果、ガソリンタンクにゴムシートを設置することでほぼ防げることが判明した。必要な部品の値段は一台当たり11ドル。
 しかしフォード社は、設計の変更により事故が防止されて賠償金・慰謝料などの支払いが減額される分が試算で49百万ドルと、リコール修理するのに必要な金額137百万ドルより下回るため、当面の間炎上問題に対して積極的な手を打つことなくピントは相変わらず燃えやすいまま走り続けた。そして、最後には訴えられリコールとなり、賠償金なども含めてフォード社は多大なる出費を負うこととなった。これがいわゆる「フォード・ピント事件」である。
 人が亡くなった場合に関わる費用と、それを防ぐための費用を比べた場合、金額的に後者が大きいとすれば単純に利益のみを追い求める企業はその問題解決に金を出さない。そこで企業倫理というものが出てくる。企業が社会的存在である限り、倫理に基づいて動く必要があるということだ。

 この講義はわたしの大学生活の中で唯一役に立ったモノかもしれない。
 もっとも、役に立ったといっても、
映画『トップ・シークレット』(1984)で主人公を追う東ドイツ軍の車両の前にフォード・ピントが駐まっている。兵士は慌てて急ブレーキを踏み、キキキキッーとタイヤが悲鳴を上げる。「ふうっ、大丈夫だったか」とふっと一息つくが、しかしバンパーとバンパーがちょこぉんと接触・・・ドカーーン!と大爆発というシークエンスがあり、そのギャグの意味が分かったってだけのことだが。どんな大学生活やねん!

 今回の鳥インフルエンザ流行では、京都府の養鶏業者浅田農産はかなりやばい立場にいる。
 最初の鶏の大量死の段階で、素直に鳥インフルエンザの感染を認め保健所などの各行政に助けを乞うていたならばまだしも、死亡は腸炎のためと偽りその後も出荷を続けていた。
 もう、企業倫理もへったくれもあったもんじゃない。
 素直に鳥インフルエンザの発生を認めて各機関に応援を要請すればよかったのに、社長の頭に血が上ったのか、ひたすら暴走した結果となった。
 雪印乳業の食中毒、雪印食品の偽装牛肉、日本ハムの偽装牛肉。で、ここに浅田農産の鳥インフルエンザ。
 反省という回路がないのだろうか、この人たちには。
 多分、浅田農産って潰れるんじゃないのかなと。最初の段階で隠そうとしなければ、一種の被害者側だったと思うのだが。
 この人たちには修理前のフォード・ピントでストックカーレースに出場してもらい、企業倫理の重要さを心底味わってもらってはどうだろうか?

2004年03月06日

お風呂で読書 『よみきりもの』第6巻

『よみきりもの』第6巻 竹本泉 エンターブレイン

 例によって“ちょっと変わった人”や“かなり変わった人”による微妙に奇妙なお話を集めた短編集の新刊。
 『ふやけるお年頃』の主人公浜美絵は並はずれたお風呂好き。もちろん竹本泉氏のことであるから、当然のごとく入浴シーンがあるわけだ。もっとも、これっぱかしもいやらしくなくて、せいぜい健康的なお色気(古いたとえだな)ぐらい。
 で、58ページの1コマ目では美絵が風呂につかりながら本を読んでいる。そのとき、途中までたたんだ風呂のフタを机代わりにし、その上にタオルが一枚置いてある。そうそう、そうなんだよ。それが本来の入浴中の読書の姿なんだよ。もちろん、わたしも風呂で本を読む時はそうしている。

 風呂で読書しているというのはマンガなどで時々出てくるが、風呂のフタは完全に除けちゃってる場合が多い。おそらく、その方が画になるからなんだろうが、実際にやると腕が疲れるし、うっかりすると本を湯につけてしまうので具合が悪い。高河ゆんなんか文庫本を片手にシャワーを浴びているシーンを描いていたものな。もう、本ビショビショ。後で乾かしてもブワッとふくれてしまって読みにくくなる。1ページごとに吸い取り紙を挟んで水を吸い取らせると良いとはいうが、面倒だよなぁそれ。
 やはり、風呂のフタを机代わりにするというのが正しい入浴中の読書スタイルだろう。おそらく、竹本泉氏も風呂で本を読む人ではないかと推測する。
 美絵が読んでいた本のタイトルは竹本文字(*)なので読み取れないが、サイズからして文庫本だろう。
 個人的には、風呂で読む本は短編集をお薦めする。星新一のショートショートなんかどうだろうか。逆にディーン・クーンツなんかを持って入ると、この章が終わるまで、あと1ページだけ、とか言っているうちに一晩風呂で過ごすことになりかねない。ま、その場合良い出汁もついでに取れているかもしれないが。

(*)竹本文字:竹本作品に頻出する独自の文字で、背景の看板や登場人物たちの持っている小物に書かれている場合が多い。意味のない単なる模様だと思われるが、ひょっとすると独自の言語体系に基づいているなんてことはないな、うん。思いっきり崩した字の場合もあるなど多様な側面がある。研究者による解読が待たれるところだ。

2004年03月07日

そのモノ、塩にして塩にあらず

モートンライトソルト 145g 米国モートン社

 その名も「減塩しお」
 「カロリー半分のビール」とか「砂糖を含まないガム」とかならわかる。しかし、・・・塩分50%カットの減塩って時点でそれ塩じゃねーだろ。
 手にとってよくよく調べてみる。なーるほど、このわたしの卓越した推理力はすぐさまこの“塩にして塩にあらず”という大いなる謎のトリックを解き明かしていた。
 それは「フタの穴が小さい」ということだ。
 食卓の食塩をよく使う人は、料理の味を見て塩味が足りないからと追加で振っているのではなく、料理が置かれた=塩を振るという条件反射でやっている場合が大半なのである。そこで、フタに開いた穴を小さくすることにより一度に振って出る食塩の量を半分にしているのだ。パッパッと振ったということで心理的味覚が満足しているので食べても実際の半分の量しか食塩がかかっていないことに気づない。人間の盲点を上手に利用した商品といえるだろう。・・・ウソである。

 この「減塩しお」というまったく相反する、ある意味矛盾した商品の秘密はその原材料にある。
 一般的な食塩、青キャップでお馴染みの味の素のアジシオの原材料は90%が塩化ナトリウムいわゆる食塩で、残りの10%がグルタミン酸ナトリウムだ。
 それに対し、この「減塩しお ライトソルト」は49.5%が塩化ナトリウム、49.5%が塩化カリウムとなっているのだ。なるほど、確かに食塩の含有量は半分だわな。つまりあれか、小麦粉でコカインを増量しているみたいなもんだ。違うか。
 塩分を控える理由は主に塩分が高血圧や心臓病などの生活習慣病の原因になるからであって、塩化カリウムにそういった作用がないのならば塩化ナトリウム半分塩化カリウム半分のこのライトソルトが代替商品になりうるわけだ。

 アジシオと味を比べてみると、ライトソルトにはピリッと舌を刺激する強さがある。塩化カリウムの味は苦いとのことなので、その苦みなのだろう。十分に塩として使える。
 対するアジシオはマイルドな味で、ライトソルトのすぐあとに舐めるとほのかな甘みすらする。これは旨味成分のグルタミン酸ナトリウムが含まれているからだろう。

 最初は「なんてまぁ無茶な商品だ」と思ったが、調べればそれなりに納得できるもんだ。

2004年03月09日

その鶏、凶暴につき 『動物のお医者さん』

動物のお医者さん 第5巻 佐々木倫子 白泉社文庫

 3月に入ってもう10日になろうというのに寒い。暖かくなれば鳥インフルエンザ騒動も少しは収まるかと思うのだが。
 というわけで文庫版「動物のお医者さん」第5巻に収録されている第65話だ。この作品にはサブタイトルがないので65話だけではなんのとこやらだと思うが、要は主人公西根公輝(ハムテル)宅最強の生物ニワトリのヒヨちゃんがインフルエンザにかかるという話だ。

 元気がないヒヨちゃんを診た漆原教授は、「インフルエンザかもしらんし伝染性気管支炎か咽頭気管炎ということも考えられる」といい加減にも思える診断を下す。結局は「栄養剤を打っとけ」としか指示しない。抗生物質をやったら食えなくなるし(ヒヨちゃんはペットなんで食わないんだが。どちらかというとハムテルたちがヒヨちゃんに食われそう)そもそもインフルエンザだったら抗生物質は効き目がないのだ。
 ハナミズの検査で一週間後にインフルエンザであることが判明したヒヨちゃんだが、その頃にはとっくに完治して暴れ回っているのだった。さすが最強のヒヨちゃんだけのことはある。めでたしめでたし。

 これが最近の話だったらヒヨちゃんは処分されてそれっきりである。うーぶるぶる。とてもじゃないがドクトル・コメディにはならない。
 インフルエンザにかかったら、栄養をとって暖かくして回復するのを待つしかないってことなんだが、ペットで数羽飼っているだけならともかく、畜産業で何万羽とかいる場合は感染が出た鶏舎のニワトリは全て処分というか皆殺しにするしか手だてはないのだろう。「かわいそう」とかいう中途半端な情で生かしておいて感染がさらに広がりウイルスが人に感染するタイプに変異したらそれこそハザードだ。
 それでもやっぱ「かわいそう」&「もったいない」だけどね。

 政治家は「鶏インフルエンザは人に感染しないので大丈夫です」とか言ってるが相変わらず重みを持たない言葉だ。
 O-157のときのカイワレダイコンやBSEのときに牛肉を食べて安全をアピールしてたよな。今回も処分されて埋められようとしているニワトリの中から一羽取り出して、小泉首相と亀井農水大臣の二人で丸焼きにして食べればいいのに。
 まっ、前例と同じくほとんど意味のない行為になるんでしょうが。

2004年03月10日

『ヤンヤン 夏の想い出』 ヤンヤンがチングで、チングがヤンヤンで

『ヤンヤン 夏の想い出』(2000) 監督エドワード・ヤン 台湾映画 (株)ポニーキャニオン

 『ヤンヤン 夏の想い出』の廉価版DVDが出たんで購入。廉価版といっても2,500円なんでちょっと高めだが、エドワード・ヤン作品だと考えると安いなうん。『クーリンチェ少年殺人事件』も出ないかな~。
 プレイヤーにセットするとさっそく再生。路地裏の子供たち。ん~こんなオープニングだったか?って、何でクレジットがハングル文字。っつーか、これ韓国映画の『友へ チング』(2001)じゃねーかっ!
 慌ててディスクを取り出す。レーベル面にはちゃんと「a one & a two[YIYI] (ヤンヤン夏の想い出の原題)A FILM BY EDWARD YANG」と書いてある。ディスクの入れ間違いではないのだ。なんなんですか、これは~?

 うむ、きっとあれだな。出荷前のポニーキャニオンの倉庫で作業員がうっかりして『ヤンヤン夏の想い出』と『友へチング』の段ボールを一緒に階段から落としてしまったのだろう。そのときのショックで、パッケージとかレーベルはそのままでディスクのデータだけが入れ替わってしまったに違いない。いわゆる『転校生』現象ってヤツだ。
 これは画期的事件だぞと、とりあえずポニーキャニオンに連絡したら、「単なるプレスミスです。宅配便で正規のディスクを送ります。チングはそのとき宅配便のドライバーに渡してください」ってことだった。なんだ超常現象じゃないのか。いや、ひょっとしてすでに政府機関やメン・イン・ブラックによる情報操作が行われている可能性も否定できないが、ともあれせっかくだから返す前に『チング』を観ちゃおう。

 交換せずに手元に置いておいたら稀少品として値が付いたりしないかな。しないだろうな。

2004年03月11日

灯油がないっ!

 弱火にして少しでも長引くよう使ってきた石油ファンヒーターだが、ついに灯油が切れた。
 うちのはコロナ製なのでちゃんと“ウルトラサイン”が赤く点滅しました。本体内タンクだけでなく買い置きのポリタンクも空だ。う~む、さてどうしようか。あと1週間ほどで朝晩の冷え込みも気にならなくなるだろうが、とりあえず今寒い。
 灯油を1~2リットルだけ買ってくるというのが現実的選択なのだろうが、20リットル入りの容器を持って行って2リットル入れて帰ってくるというのはなんか負けっぽい。ウーロン茶のペットボトルには入れてくれんだろうしなぁ。
 ま、しばらくの間だ、我慢するかね。

2004年03月15日

ライラ、ライラ、ライラライ 『黄金の羅針盤』ライラの冒険シリーズI

『黄金の羅針盤』ライラの冒険シリーズI フィリップ・プルマン 新潮社

 『神秘の短剣』『琥珀の望遠鏡』と続く、ライラの冒険シリーズ3部作の記念すべき1作目。
 人それぞれに動物の形をした精霊=ダイモンがいる世界。主人公の少女ライラはそのダイモンと子供を引き離しそこからエネルギーを得るという企みに巻き込まれ、その中で鎧を着たクマや魔女、気球乗りなどと出会います。1作目だけを見ると、ま割と良くできたファンタジーかなと。
 『神秘の短剣』ではいきなりわたしたちの住むこの世界が舞台になります。パラレルワールドの境目切り開くことが出来る神秘の短剣を手に入れたウィルは別の世界を訪れます。そこは、"スペクター"と呼ばれる亡霊により大人はやられてしまっています。これまた別の世界からやってきたライラと出会ったウィルは共に大いなる謎に挑むのだが・・・だんだんと単なるお子様向けファンタジーではなくなっていきます。
 『琥珀の望遠鏡』数々の苦難を経てついに互いが互いををなくてはならないものとなったライラとウィル。しかし異なる世界に生まれ育った二人は・・・もうただつらく悲しい、でも強い。

 ファンタジー流行の昨今ですが、『ハリー・ポッター』などよりはずっと奥深く、アイディアも富んでいておもしろい作品です。
 映画化の動きもあり、監督はジョン・クリーズがやるだのリドリー・スコットになるだのという噂もあります。とりあえず期待。

2004年03月16日

たんすの奥のもっと奥 『ナルニア国ものがたり』

『さいごの戦い』ナルニア国ものがたり7 C・S・ルイス 岩波書店

 小学校の低学年の頃、父親の背広が掛けてある衣装だんすに入り込むと、扉を閉めて真っ暗な中で「自分は今不思議な世界にいるんだぞ」と空想遊びをしていたことがある。下手をすると“危ない子”って感じだが、もちろん元ネタは『ナルニア国ものがたり』シリーズ。空想の中で一角獣やフォーンたちと遊んだり冒険を繰り広げたりしていた。
 ライトノベルズには現実世界の人間がファンタジー世界に飛ばされるという設定の作品がよくあるが、その元祖と言うべき作品で、4人の兄弟が田舎の古屋に置かれていた古い衣装だんすを通じて不思議の国『ナルニア国』を訪れ冒険を繰り広げる。
 原作は『ライオンと魔女』~『さいごの戦い』の全7巻で基本的に一巻完結。子供たちは大人になるとナルニア国に行けなくなり、次の世代の子供たちへと主人公が代替わりする。どうも最初からシリーズにすることは考えていなかったのだろうか第6作目の『魔術師のおい』が時代的には一番最初のことだったりする。
 翻訳は『指輪物語』の瀬田貞二氏。1960年代後半の出版なので多少古さは感じられるが、対象年齢は小学生3~4年なので『指輪物語』と比べるとはるかに読みやすい。わたしが読んだのは小学1、2年だったと思う。
 シリーズ後半になると説教臭さが強くなってストーリー自体も重くなり個人的にはイマイチな感もあるが、ファンタジーの基本としておさえておくべき作品だろう。

 で、ファンタジーなら今!ってなわけで『ナルニア国ものがたり』も映画化が決定した。
 てがけるのはディズニーで、まずは2作目の『ライオンと魔女』から。ニコール・キッドマンが白い魔女役だとも聞く。監督は『シュレック1、2』のアンドリュー・アダムソンで実写作品は多分始めてだが、『シュレック』を観た限りではけっこういけるんじゃないだろうか。

 もし今あの衣装だんすに入ったら底抜けるんだろうな~。

2004年03月19日

インディはきっと苦手

 家から歩いて10分ほど行ったところに五叉路の交差点がある。
 道のうち一本が斜め鋭角に入り込んでいるために家を建てるとかの実用にならない土地がありそこがちょっとした花壇になっている。色鮮やかな花が目を癒やしいわゆる都会の(いや田舎だが)オアシスである。
 しかし、何故に名前が“蛇渕花壇”なのだろうか。

 花壇の名前としてはかなり「付けちゃいけない度」が強いように思う。
 一歩足を踏み入れるとマムシがグワッッ!もう一歩踏み出すとハブがガプリッ!それでも進むとパイソンがギリギリッ!
「だから花壇に入っちゃダメと小学校で言われたでしょ」
 なるほど。いや、そういう問題ではないが。
 ここら辺が蛇渕という地名なのかと思ったが、交差点の名前は”祠峰2”。地図でも祠峰。うーむ、そういえば花壇の向こうは池になっているがひょっとしてあれが蛇渕池だろうか?ってんで行ってみると鹿狩池。鹿と蛇とでは足の数からして違う。
 結論から言えば“蛇渕花壇”の名前の由来は分からなかったのだが、一つ推測するにこの花壇はおそらく歩道ではなく私有地。もしかしたら地主の名前が蛇渕さんなんじゃないだろうか。蛇渕さんちの花壇なんで蛇渕花壇。しかし、生まれてこの方まだ蛇渕という名字の人に会ったことがないのも事実。念のため「蛇渕」で検索・・・・・・「知多郡武豊町 蛇渕の天気」ぃ?ちょいと待て、地名なのかぁ?「この地域の地図を表示」ってのがあるな。ポチッっと。
 で、表示されたのはやっぱ祠峰の地図。家の地図と同じで蛇渕なんかないぞ。あっ、でも郵便番号だとあるんだな。〒470-2328、へびぶちじゃなくてヂャブチって読むのか。

 どうも、ぐるぐる回ってばかりで先へ進まなくて申し訳ないが、とりあえず地名であることが判明。一つ分かれば後は調べるのも楽で、「平成6年(1994)の区画整理により蛇渕は字名地番変更」したとのこと。10年も経つのに郵便番号は現行として残っているのがややこしいが、おかげで謎が解けたとも言える。
 蛇渕(ヂャブチ)という字面も音の響きもちょっとアレなので時代の流れの中に消え去ってしまったのだろう。今では花壇を残すのみ、か。

 宮城県桃生郡桃生町樫崎字取首畑というところが、「首を取る意味の字名は縁起が悪く、新時代に向けてイメージチェンジを図ろう」と“取首”を“取久美(とりくび)”に変更して欲しいと要望を出しているそうだ。やはり、そこに住む住民の意見が尊重されるべきで遠く愛知県のわたしが「地名も一つの文化遺産」だとか「地名なりの歴史がある」なんて言うつもりはない。
 ただ、もし交差点の脇に“取首花壇”があるなら、わたしみたいな暇人が通りかかって、花壇に“取首”はないだろうと調べ始めるかもしれないんで、その名前だけはそのままにしておいて欲しいものだ。

2004年03月23日

そして『指輪物語』(原作)

『指輪物語 旅の仲間上』 J・R・R・トールキン 評論社

 映画『ロード・オブ・ザ・リング』三部作も大ヒット!アカデミー賞も受賞。で、その原作『指輪物語』 こいつは1972年2月10日発行の初版本である。
 現在書店で入手できるのは翻訳に手を加えられ装幀なども変わった新版だが、こいつは翻訳・挿絵など当時のままの正真正銘の初版本だ。
 写真は紙ケースでその中に小豆色の布張りの書籍が入っている。別に貴重品扱いしてきたわけではないのでケースは多少傷んでいるが本の方は割といい状態で折り目などもない。もちろん、これ一冊ではなく『王の帰還 下』までちゃんと初版で6冊揃っている。
 うーむ、『指輪』マニアの人に高く売れないだろうか?今が売り時でこれから値が下がっていく一方って気もする。ま、子供の頃からの想い出の本なんで売る気はないが。っていうか、わたしのじゃなくて母親の本だし。

2004年03月24日

いつ終わるのか 『ゲド戦記』(原作)

『影との戦い』ゲド戦記I アーシュラ・K・ル=グウィン 岩波書店

 アースーシーという世界を舞台に魔法使いゲドを主人公としたシリーズで1968~1972年に『影との戦い』『こわれた腕環』『さいはての島へ』の三部作として発表された。真の名前や太古の言葉など、魔法において“言霊”的な要素が強い。観念的・哲学的な側面があり、対象年齢はちょい高めか。

 1990年に18年ぶりの新作『帰還 ゲド戦記最後の書』が発表された。『さいはての島へ』のラストでその後のゲドの所在が伝説的に語られていたのにある意味台無しである。出来はイマイチ。
 さらに、昨年2003年には『アースシーの風 ゲド戦記V』が登場。4作目で『最後の書』と言っていたのはウソだったのだろうか?あまり面白いという評判も聞かないのでこいつはまだ読んでいない。個人的には『ゲド戦記』は最初の3作で完結しているのだ。
 だがまだ安心は出来なかった。この5月には『ゲド戦記外伝』が出版になるそうだ。いったいいつになったら『ゲド戦記』は終わるのだろうか。こうなったら10巻、いや100巻を目標に作者のグウィンには死の床まで書き続けて欲しいものだ。
 そういえば、ずいぶん前に映画化の話をちらっと耳にしたがそれっきりになっている。

 ちなみに『ガメラ2-レギオン襲来-』で主人公穂波碧(水野美紀)がウイスキーの小ボトルを隠していたのは本棚の『ゲド戦記』の後ろであった。

2004年03月28日

ブラック・コルドロン 『タランと黒い魔法の釜』

『タランと黒い魔法の釜』プリデイン物語2 ロイド・アリグザンダー 評論社

 1964年から1969年にかけて全5巻で出版さえた『プリデイン物語』シリーズの2作目である。
 少年~青年タランを主人公にしたケルト神話に着想を得た物語で、しゃべる豚や死者を甦らせる魔法の釜などが登場する冒険ファンタジーだ。同じくケルト神話をモチーフにした『指輪物語』にやはり雰囲気が似たところがあるが、こちらの方がずっと文章も平易で読みやすい。対象年齢は小学校高学年からだろうか。
 この作品はディズニーによって1985年に『コルドロン』(原題The Black Cauldron)というタイトルでアニメ映画化されている。コルドロンは“釜”の意味なんでそのまんま“黒い釜”。当時、劇場で予告は観たのだが本編は観ずじまい。続編が映画化されなかったということはあまりヒットしなかったのではないだろうか。最近DVD化されたらしいのでレンタルで見かけるなど機会があったら観てみたい。