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2004年02月 アーカイブ

2004年02月02日

フライドポテトwithマヨネーズ

2003年12月21日の日誌でフライドポテトのマヨネーズ添えについて書いたが、冷凍庫にフライドポテトの素があったので実際に作ってみた。上は出来上がりが写真。
 普通、フライドポテトは塩こしょうだけか、それにトマトケチャップを付けて食べる。
 ジャガイモ自体の味はもさっとしているので油の味が強く出るところを、ケチャップの場合は酸味が油のくどさを和らげてより食欲をそそる物になるのだが、マヨネーズの場合は・・・もぐもぐ(食べてる音)・・・ぽりぽり(額の生え際を掻いてる音)・・・たったったっ(摂取したカロリー消費のためジョギングする音)・・・ヒュルルルル~ドッカーン!!ズキューン、ダダダダダ(『プライベート・ライアン』冒頭の先頭シーンの音)・・・はっ、いかん映画を観始めてどーする。
 とにかくこってり。マヨネーズの主原料は卵・酢そして油とかなりこってり系。それがフライドポテト自体の油と合わさって、かなりくどい味になる。これがオランダの味なんだろうか?もっともタランティーノが言ってることなんでウソかもしれないんだけど。

 そういえば『コブラ』(1986)ではブリジット・ニールセンがフライドポテトにこれでもかっってぐらいに大量にケチャップをかけ、それをシルベスター・スタローンが「うえっ」って顔で見てたな。なんでも北欧ではそうやって食べるんだそうだが、ホントか?
 なんにせよ、『コブラ』とは懐かしい話だが。あの頃のスタローンは今の自分の姿を逆の意味で想像できなかったろう。『ロッキー4』(1985)、『ランボー2/怒りの脱出』(1985)と絶頂期であった。
 調子に乗って作っちゃった腕ずもう映画『オーバー・ザ・トップ』(1987)と、公開とソ連がアフガニスタン撤退が間が悪く重なってしまった『ランボー3/怒りのアフガン』(1988)から転落が始まるわけだが・・・。思えば短い絶頂期だった、合掌。って、死んでねーよ。

2004年02月17日

ほぼ殺され損 『八つ墓村』

 なにも風邪でダウンしている時に読まなくてもいいじゃないかとも思うが。

『八つ墓村』 横溝正史 角川文庫

 推理小説の名探偵は、殺されるべき人間が一通り殺され終わって事件もほぼ終わりになってからようやく真犯人を見つけだす連中である。正直、あまり役に立っているとは思えない。金田一耕助なんてのはその代表格で、ようやく真犯人を推理するが(もっとも、その頃には生き残っている人間はかなり減っているので当てずっぽうでも結構当たるんじゃないかって気がする)たいていの場合犯人に自害されてしまう。探偵駆け出しの頃だけならまだしも、何度も同じ失敗を繰り返す。ちったぁ学習しろ。

 八つ墓村では時折主人公である青年の前に現れ、なにやら意味ありげなことを言っては去っていくのだが、その助言(?)はまるっきり役に立たない。
 何しに出てきたんじゃお前は。
 主人公は幾度も恐怖を味わったり命の危険にさらされ、そしてついに事件は解決する。その解決に金田一はほとんど役にたっていない。
 だから、何しに出てきたんじゃお前は。
 「名探偵、皆を集めてさてといい」という言葉があるが、この小説にもラストに金田一による謎解きがある。
 金田一いわく、
 「ところで、それでいて私は最初から、犯人を知っていたのですよ」
 知ってたんなら早い内になんとかしろ。被害者、ほぼ殺され損。しかも、金田一に反省の色なし。
 やっぱ、何しに出てきたんじゃお前は。

 やはり、名探偵は金大事包助か早乙女ボンド之介に限る。

2004年02月20日

Big Brother is watching you.

 ネット上から法務省入国管理局のホームページ上にあるフォームに密入国や滞在期間が過ぎた疑いのある外国人の名前、国籍、働き場所などを記入し送信ボタンをクリック。すると、電子メールの形で情報を送ることが出来る。うーむ、便利な世の中になった物だと思う人がいるのだろうか。

 不法滞在の是非についてはあえて無視する。
 これは明らかに“密告”である。なおかつ、これまでの密告者にともなっていた心の痛みを失ったことによって、誰にでも簡単に出来る物になってしまっている。なにやら空恐ろしい物を感じずにはいられないのはわたしだけだろうか。
 このシステムが不法滞在だけに限定して使われるという保証はない。ある日、わたしもネット上から突然密告されるかもしれない。次の日にはあなたかもしれない。以前ならば、密告者もどこかで心の痛みを感じたりで、密告し続けることは難しかったはず。しかし、繰り返しになるがネット密告は容易で痛みはない。

 法律を犯さないから関係ないという問題ではない。法律は絶対ではなく社会や時代で変わるし、いくらでも解釈のしようがある。今日の合法は明日の非合法化だ。
 高度に情報化された社会は大いなる危険もはらんでいる。
 不法滞在の密告メールは彼らの第一歩かもしれない。

 Big Brother is watching you.

2004年02月21日

龍臥亭事件(上下)・・・トホホ

龍臥亭事件(上下) 島田荘司 光文社文庫

17日の『八つ墓村』と同じく、昭和13年に実際におきた『津山三十人殺し』をモチーフにした推理小説である。

この島田荘司氏でわたしが読んでいる作品は、巻末の著作目録を見るに『漱石と倫敦ミイラ殺人事件』(1984)だけのようだ。なにぶん高校生だった発行当時に読んだきりなのであまり覚えていないのだが、夏目漱石がロンドンでミイラに関わる殺人事件に巻き込まれるという話だった気がする。(そのまんまの感想だな)

その他には御手洗潔という名探偵を登場させたシリーズ物で有名とのこと。『龍臥亭事件』にはその御手洗は登場せず、そのワトソン役であった(らしい)推理作家石岡を語り手に物語は進む。

横浜は馬車道に住む石岡のもとにある日若い女性が突然に訪れる。ま、人気作家の所に読者が突然押しかけてくるというのは実際によくあるのかもしれない。

その女性は自分が悪い霊に取り付かれていると話し始める。ま、突然人のところに押しかけてくるような困った人だから、自称“霊感”タイプの場合もたまにはあるのかもしれない。

霊を祓うために岡山まで行かなければならないと女性は主張し、知り合いでもなければ岡山に詳しいわけでもない石岡に同行して欲しいと頼み込み、石岡はそれを承諾する。ま、女性の頼みを断るようでは男じゃないと思う江戸っ子もひょっとしたらいるかもしれない。

・・・いや、いないだろ。

わたしが住んでいるのは愛知県だから石岡の住む横浜よりかはずいぶん岡山に近い。単純に距離にして半分ぐらい。それでも京都、大阪を通り過ぎて中国地方まではかなりの道のりだ。ちょいと横町のコンビニに弁当を買いに行くのにつきあうのとはわけが違う。だというのに石岡は、知人の紹介でどうしても断れなかったとか、小説家としての好奇心からネタになるのではと思ったとか、そんな理由は一切ないまま見ず知らずの女性と一路岡山へ赴く。主人公の行動原理が理解できない。冒頭の段階でもはやわたしはこの小説について行くので精一杯。いや、完全に置いていかれている。
いや、これは島田氏の小説がどうこうではなく、わたしと推理小説の相性なのだろう。
中高生の頃は翻訳物中心だったが割と推理小説好きで、早川文庫のアガサ・クリスティの赤い背表紙が本棚にずらっと並んでいたりした。だが、だんだんと推理小説に疑問を覚えるようになる。これは以前にも書いたかもしれないが、「なぜわざわざ苦労して密室にしなきゃいけないんだ。その知恵と労力で事故に見せかけた方がずっといいだろうに。それと探偵または刑事も密室のトリックやらアリバイやらに首をひねっている暇があったら動機を調べろよ動機を。たぶんその方が早いぞ」といったようなことだ。推理小説であるからには“謎”がなければ“謎解き”がなければ、というのが好きではないのだ。

『龍臥亭事件』はそういった意味で実に推理小説であって、犯人がその手段をとる理由は推理小説の謎を成立させるためとしか思えない。なおかつそのトリックはわたしにはどう考えても

失敗する

犯人・トリックをばらすのはタブーだろうからやらない。
だから、「 」内をマウスで範囲選択はしないように。
・・・・・・反転するなってば。あーもう知らんよ。文句言わないでよ。鏡で光を反射させてるんじゃないんだから、跳弾でミリ単位精度の射撃が出来るわきゃないだろ。お前はロボコップか。それに、ダムダム弾ってのは標的に当たることで大幅に変形するので余計と跳弾の方向は狂うし、そこでエネルギーが消費されるんで威力はがっくり落ちるんで二重に無理。それと、謎解きのトリック明かしで石岡が平気で猟銃を射つなんてのはあるわけがない。刑事もふむふむなんて納得してないで止めれよ

途中で、事件のバックボーンとして昭和13年に舞台となった地で起きた三十人殺しについて延々と書かれるが、それが平成7年が舞台の本筋にちゃんと結びついているかというと、かなり首をひねらずにはいられない。正直、ほとんど関係なく別物。推理小説の原稿の間に『津山三十人殺し』のノンフィクションが挟まっていた、といった感じである。
だったらノンフィクションの部分だけ読んだ方が良いというのが個人的感想だ。

2004年02月27日

この事件、世界一 津山事件

 津山三十人殺し 筑波昭 新潮OH!文庫

 このところ『八つ墓村』や『龍臥亭事件』を読んでいたのも、本屋で手に取ったこの一冊がきっかけ。
 昭和13年の岡山県の山村で22歳の若者都井睦雄が一夜に行った大量殺人。その被害者たるやなんと30人!後に人はこの事件のことを『津山事件』と呼ぶようになった・・・
 映画『八つ墓村』(1977・1996)である程度は知っていたが、この『津山三十人殺し』は小説ではなくドキュメンタリー。関係者のほとんどが睦雄の手にかかって死んでおり、犯人の睦雄自身も犯行後猟銃で胸を撃ち抜いて自殺しているので、インタビューのたぐいはほとんどない。そりゃそうだ、恐山のイタコを連れてくるってわけにもいかないだろうし。
 かわりに、当時の新聞、警察・検察・裁判所関係の文書、医者、学校に残っていた記録などなどの膨大な記録から事件を浮き彫りにしている。
 単純に殺人事件だけを扱っているのではなく、本の半分以上をついやして、生まれた時から22歳で自害するまでの睦雄の生涯を一種伝記に仕立てている。そのことによって、睦雄がどのような環境で育ったか、回りからどのような扱いを受けてきたかがわかる。もちろん、それは資料をもとに推測したものにすぎないのだけど。

 「十で神童、二十歳で只の人」的な若者が、戸数二十三という山間僻地の田舎村で生まれ育った。自分自身についての幻想や村人との関係で心のきしみを大きくし、夜這いの風習の残る中で裏の人間関係にも縛られた。肥大した自我と現実との差に苦しみ、全てが筒抜けの村の中では居場所が無くなっていくのにほかに逃げ出す先もない。悩みを打ち明け分かってくれる相手もいない。グツグツと睦雄の内圧はギリギリまで高まっていく。
 そしてついにある日「俺を馬鹿にした奴は皆殺しだぁぁ!」
 9連発に改造したブローニング12番口径猟銃、日本刀一振り、短刀で武装した。そして睦雄が電線を切ったため暗闇になった村の中でも明かりに困らぬようハチマキで頭の左右に懐中電灯をくくりつけた。遠目ではまるで鬼のような姿で飛び出し、次から次へと民家に押し入っては殺戮を繰り広げたのだ。
 ある老人を「お前はおれの悪口を言わなかったからな」と殺さぬでおいたりと、睦雄の殺しは決して無差別殺人ではなかったようだ。自分を馬鹿にしたり悪口を言った相手だけを血の餌食にしていったのだ。ただ、狭い村だけにほぼ皆殺し状態になってしまった。睦雄の精神状態を考えると、別段普通にしていたのに勘違いさえ殺された人もいたことだろう。
 メインの凶器はブローニングの12番。12番という以上1/12ポンドの鉛球を撃つ散弾銃だと思うのだが、どうもそのところどの作品でもはっきり書かれていない。12番で撃つスラッグショット(一発弾)あるがそんなんで撃たれた日にゃ・・・。
 もしも散弾銃だとしたら『龍臥亭事件』でキーワードになっているダムダム弾はありえないことになる。ダムダム弾は弾頭の鉛を露出させて削ったり切れ目を入れたものだからね。ま、あの小説はどーでもいいようなんでどーでもいいんですが。
 映画『八つ墓村』や山岸涼子の『負の暗示』だと使ってるのは普通のライフルタイプの猟銃のようです。連発式の散弾銃というとポンプアクション式がまず頭に浮かぶんですがどう見てもそれではない。謎です。12番のショットガンといえば、『ターミネーター』でシュワルツェネッガーがぶっ放してたスパスと同じ口径。銃身はライフルよりずいぶんと太いんですけどね。

 ま、個人的感想としては、「田舎はイヤ」

2004年02月28日

『丹下左膳餘話 百萬両の壺』 あるいは省略と山中貞雄

 山中貞雄という、28歳の若さで戦場にて病死した天才監督・脚本家がいた。
 26本の映画を撮ったが、現存しているのは『丹下左膳餘話 百萬両の壺』(1935)、『河内山宗俊』(1936)、『人情紙風船』(1937)のたった3本しかない。しかしその3本ともが映画ファンなら、日本映画ファンとか昔の映画のファンとかいった限られたくくりではなく、映画のファンならば必見の、いや基礎知識や基本教養として観ておくべき素晴らしい作品である。
 『丹下左膳』といえば「しぇいは丹下、名はしゃじぇん」でお馴染みの(古すぎか)大河内傳次郎が演じたチャンバラ物のヒーローである。が『丹下左膳餘話 百萬両の壺』では丹下左膳のチャンバラはない。それどころか、本来は片腕隻眼の不具者でニヒリストだった丹下左膳が呑気で気の良いキャラになり、みなしごの安吉と矢場の女将であるお藤との3人によるホームコメディになっているのだ。
 ラストでヤクザ者の集団に向かっていく左膳の後ろ姿が写る。しかし、そこでシーンは後日に飛び観客は左膳が勝ったことを理解する。作品全体のトーンを崩しかねないチャンバラシーンを大胆な省略で回避して、なおかつ活劇を見事に成立させているのだ。作中でその他にも省略によるギャグが繰り返し使われているのでチャンバラの省略は手抜きではなく見事な演出ということがわかる。1992年の名画座でリバイバルを観ていたわたしは、いや同席していた観客全員がスクリーンに向かって惜しみない拍手を贈ったものだ。
 ところがである。後に、「なんでも、あの後のチャンバラシーンは撮影されていたらしいぞ」との話を耳にし、「戦前に観た人がチャンバラシーンがあったと言っていたぞ」ときて「なんでも戦後のGHQによる映画規制でカットされてしまったらしい」さらには「チャンバラシーンのスチール(写真)があった」のである。
 うーむ、本当かな。スチールを見ちゃったもんな、やっぱ本当か。でも、撮影だけして使わなかったとかじゃないかな。戦前に観たってのは昔のことなんで記憶違いとか。なんてことを何年も思ってきた。
 ところが、約20秒ほどではあるが、映画コレクターの遺品から16ミリのフィルムが発掘された。物理的証拠を突きつけられてはぐうの音も出ない。戦前公開版にはチャンバラシーンがあって、戦後カットされたというのが正解だったのだ。

 しかし、だとすると映画館であの省略の演出に感動したわたしの気持ちはなんだったんだろう。
 だまされていたというと聞こえが悪いが、まるで勘違いしていたということなのだろうか?
 いや、やはり『丹下左膳餘話 百萬両の壺』のラストにチャンバラはなかったのだ。時に歴史が起こすちょいとした悪戯が編集者として映画に参加したのだろう。きっと山中貞雄も天国で「そう、あそこはカットすべきだったな」と言っているに違いない。(言わないって)

 ともあれ、この5月7日には『丹下左膳餘話 百萬両の壺』と『河内山宗俊』がセットでDVDになる。『人情紙風船』がないのが何とも残念だが、2作だけでもありがたや。このチャンスにみんな観ろ。

2004年02月29日

ダイヤル0を廻せ!

600-A2 日本電信電話公社

 FAXの買い換えに伴ってダイヤル回線からプッシュ回線に変更した。そして、我が家の玄関で25年以上働いてくれたこいつもようやく引退の時となった。ダイヤル式の黒電話、今時ちょっと見かけることができない品だ。もちろん、もうずっと前にプッシュ式の電話も導入していて、親子電話として置かれていただけでめったに使われることはなかったのだが。
 コードレスなどなかった頃、どの家も玄関に電話が置いてあった。今思うに、あれは何故なんだろうか。記憶では『サザエさん』もそうだったはず。茶の間とかにあった方が便利だと思うんだが。冬の暖房のない玄関で、長電話をしてずいぶん寒かったことを思えている。
 この黒電話はつい数日前までちゃんと通話出来ていたし、布で磨けばピカピカと輝く。単純な構造に加えて作りがしっかりしているのだろう。昔の製品はなかなか大した物だ。最近の電話は20年もの使用にはまず耐えないだろう。事実、先代のFAXも4~5年でプッシュボタンのいくつかの反応が悪くなり、紙を噛むようになったので買い換えることになったのだ。
 捨ててしまうのももったいないので、インテリアとしてわたしの部屋の棚の上に置いてある。本当に使っているただ単に古い電話にしか見えないことが問題ではある。
 だが、記録簿を読んでいる方の中には、ダイヤル式の電話なんか使ったことがないという人もいることだろう。そういった人たちにはアンティークなオブジェと感じてもらえるんじゃないだろうか。もらえないか。

 そういえば、子供の頃に市民病院前のタクシー待合い場で横にグルグルと回すハンドルが付いた電話が使われているのを見たことがある。『となりのトトロ』とかに出てきそうなヤツだ。一般回線ではなくタクシー会社直通のものだったとは思うのだが。
 いったい、何時代の人間なんだわたしは。