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2004年01月 アーカイブ

2004年01月01日

お雑煮について

 迎春!新年!元旦ー!というわけで目が覚めたら2004年だった。平成16年である。申年である。しかし、地球上にはまだ2003年な地域もあってちょっと変な感じだ。もっとも、数時間のうちには2004年になるんだけどな。
 ひょっとして、地球の自転と同じ速度で西へ西へと移動し続ければ、永遠に明日は訪れないんじゃないかと妄想したりする。
 ま、それはさておき
 
 我が家のお雑煮は、母親が東京者なので、関東風のお雑煮だ。
 具体的には
 ・お餅は角餅を焼いて使う。
 ・カツオだしのすまし汁。
 ・具は鶏、大根、菜、なると。
 となっている。
 ちなみに住んでいる名古屋では、餅は焼かずに煮て使う。

 ちょっとお雑煮について調べてみたが、丸餅か角餅か、焼くか煮るか、すまし汁か味噌仕立てかはたまた小豆汁か。地域ごとで結構いろいろあるものだ。
 地域による差が少なくなってきたこの頃ではあるが、こういったいい意味での違いというのは残っていくべきだろう。
 レンジでチンのインスタント雑煮じゃねぇ・・・いや、ほんとにあるのよインスタント雑煮。餅からつけとはいわないから、ちゃんと作れよそれぐらい。

2004年01月03日

昔、ザ・ドリフターズには荒井注がいた

 WOWOWでこのところザ・ドリフターズの映画『全員集合』シリーズを放映しているので楽しんで観てます。
 残念なのは5作目の『ズンドコズンドコ 全員集合!!』(1970)までしかやってくれないことで、どうせなら16作目の『正義だ!味方だ!全員集合!!』(1975)まできっちりやって欲しいものです。
 しかし、1967~1975年の9年間で16作って・・・しかも土曜8時の生放送『8時だよ!全員集合』もきっちりやっていたわけで、人間勢いがある時ってのはほんとすごいもんですな。
 このシリーズは松竹映画なんですが、確か『男はつらいよ』シリーズの同時上映だったように記憶しています。つまりお正月とお盆の年2作が9年続いて16作。
 “寅次郎”と“ドリフ”では正直かなり無理のある2本立てって気もしますが、映画の『全員集合』は荒井注がいた時代のザ・ドリフターズでして、結構毒のある笑えるコメディに仕上がっています。ま、確かに下らんないすけどね。(でも、この頃の『男はつらいよ』だって映画ファンが観に行くような作品ではなかったわけで、まさか後に“国民的作品”になるとは制作者も含めた誰も思っていなかったでしょう。良くも悪くもプログラム・ピクチャーですし、しょせん山田洋次ですから)

 荒井注が1974年に脱退し代わって志村けん加入後4本でシリーズ終了となりましたが、ここら辺がザ・ドリフターズの転換期でもあったのでしょう。
 『8時だよ!全員集合』では「東村山音頭」や「カラスの勝手でしょ」などで低年齢のファン層を広げますが、逆に大人のファンにはつらくなってきます。
 そして1981年にはフジテレビ系が裏番組でショートコント形式の『オレたちひょうきん族』を始め、コメディファンの注目を集めていきます。
 当時中学生だったわたしは『オレたちひょうきん族』に飛びついたんですが、弟がテレビの前で「志村、うしろ~」と本当に叫んでいたぐらいの志村けんのファンでして、東森家ではチャンネル戦争が勃発したと家史には記録されています。

2004年01月16日

熊本県八代市通町

 熊本県八代市通町(とおりちょう)の通町郵便局に、「試験に通る」の語呂合わせによる縁担ぎから受験生が願書をわざわざ出しに来るんだそうで。
 あのな、願書なんか近所の郵便局で出せ。そんな暇があるんなら勉強しろ。

 だいたい、『通町』で『通る』なんてそのまんまのダジャレじゃないか。普段ダジャレをバカにしているくせに、困った時の神頼みならぬダジャレ頼りか?そんなにダジャレ道は甘くないぞっ。むしろ苦いっ!はたまたしょっぱいっ!

 ま、あれだな。田中知事が「長野県を信州に改称する」とかよーわからんことを言い出してるが、いっそのこと『長野県』あらため『合格県』にしたらどうだろうか?ついでにどこかの市も改称させて合格県合格市合格町っていう住所を作ってしまう。どこから切ってもほらポッキン合格。
 これは縁起がいいってんで受験生が旅行ツアーに来たり予備校が受験合宿をしたりで大にぎわいになること間違いなし。ただ、気分転換のレクリエーションでスキー・スノボをやっちゃダメだよ。滑るから。

2004年01月17日

『最も高い密室』

『最も高い密室』
 中国に遅れること約10年、ついに日本初の有人宇宙飛行ロケットが打ち上げられる。
 宇宙飛行士一人を乗せたカプセルは地球を数十周した後、小笠原諸島近海を着水点として突入角度に進路を変更。
 宇宙飛行士とオペレーターが着水手順を確認した以後はカプセルが大気圏に突入したため通信不能になる。
 無事大気圏突入をすませたカプセルはパラシュートでゆっくりと落下してくる。しかし、音声回線が復旧しない。
 搭載コンピュータからのその他の通信に問題はなく、カプセル内数値にも異常が見られないため、たんなる音声回線の故障とされ、回収船は着水予定地点に向かった。
 カプセルが白い波を上げ青い海原に無事着水。フロートもふくらんでカプセルは小振りの船となって海を漂う。
 作業員が「地球へようこそ、ミスターアストロノーツ」とおどけながらハッチを開ける。
 カプセル内は暗くそしてなにやらネットリとした匂いが漂ってくる。手にしたフラッシュライトで中を照らす作業員。光の輪の中に映し出されたのは血まみれの宇宙飛行士の死体一つだけ。深々と突き刺さった大ぶりのナイフがライトの光をギラッと反射した。

 検死の結果、死因は胸部・腹部へのナイフによる複数の刺し傷。死亡時刻は発見のせいぜい10分前と推定された。
 衛星軌道からの大気圏突入と着水までの間に殺人が行われたのは間違いない。しかし、衛星軌道上の宇宙飛行カプセルという『最も高い密室』で誰が如何にしてこの不可能なる犯罪を成し遂げたのか。

 謎は謎を呼び、日本の宇宙開発に関する闇の側面も浮かび上がってくる。犯人の目的はいったい・・・


 てな話を考えてみました。
 宇宙開発に関わる大企業の思惑や利権争い、名をあげようとする科学者、純粋に宇宙を目指す宇宙飛行士などが複雑に関わり合って起こってしまった悲しい殺人事件・・・
 問題は、どうやって大気圏突入中のカプセルという密室で殺人事件を起こすかというトリックがこれっぱかしも思いつかないってことですね。

 うーん、物質電送装置で転送された殺人者が飛行士を殺して再転送で姿を消す。・・・なんだよ電送装置って。

 人間縮小薬を持った殺人者が乗り込んでおり、飛行士を殺した後縮小薬でその身を5ミリ大に縮小したので発見されなかった。・・・だからなんだよ縮小薬って。


 大気圏突入中のカプセルのドアを誰かがノックする。
 新聞の勧誘員「すみません宇宙新聞とってもらえませんか?」
 パイロット「いやうちは火星新聞だから」
 勧誘員「火星新聞?駄目駄目あそこは偏向してるから、火星だけにアカだよ。ねぇ宇宙新聞にしなよ、3ヶ月でいいからさ」
 パイロット「うーん、どうしようかなぁ?洗剤くれる?」
 とうっかりパイロットがハッチを開けてしまったのが運の尽き。強引に乗り込んだ勧誘員がパイロットを殺害し、のうのうと立ち去る・・・

 ああっ、わたしにはミステリーの才能がないっ!

2004年01月24日

『8時だよ 全員集合!』のはっぴ

 わたしの弟が『8時だよ 全員集合!』のファンであることは1月3日に書いたとおりであるが、1月7日に発売された『ザ・ドリフターズ結成40周年記念盤 8時だヨ!全員集合 DVD-BOX』定価9,800円を予約購入していたことがこの度判明した。買うかよおい、と思わないでもない。
 写真の“はっぴ”は10,000セット限定の予約特典である。弟の物なので“身の回りの品”として紹介して良いのか微妙だが、ま同じ屋根の下にあるものだからOKということにしよう。
 試しに着てみたが、ザ・ドリフターズの一員というより特売日の量販店店員みたいになってしまった。どうやらこれでなかなか着こなしが難しい。
 DVDの方は3枚組で収録時間は289分。1969年から1985年の16年も続いた番組なので収録されているのはその極一部でしかないわけだが、これだというコントだけ厳選されているともいえる。
 公開生放送でよくぞここまで完成されたコントを毎週毎週続けられたものだ。全体的にタイミングが命のギャグが多いので、入念なリハーサルとスタッフも含めた呼吸の一体感が必要だったのではないだろうか。おそらくアドリブはほとんど許されなかったのだろう。吉本新喜劇と一見形態は似ているが、実際にはまったく別の物だろう。現場の緊張感という点ではおそらく比べるまでもない。

 一つ気になるのが、『ザ・ドリフターズ結成40周年』をうたっておきながら荒井注在籍時の物が一切収録されていないことである。
 荒井注の脱退は1974年なので番組開始から4~5年は荒井注がいるザ・ドリフターズだったわけだ。初期の分なのでビデオなどが現存していないのかもしれないが、だとしてもせめてパッケージの写真には登場させるべきではないだろうか。
 これではまるで、テレビでSMAPの昔の映像が紹介される時に森クンだけ上手に編集で取り除かれているみたいなものではないか。・・・違うか。

2004年01月27日

粉末(ABC)消火器 FM1200

粉末(ABC)消火器 FM1200 ヤマトプロテック株式会社 1,980円

 石油ファンヒーターに暖房を頼っているので念のために消火器を用意してある。全長40センチで薬剤容量は1.2kg、ビルなどに設置してあるタイプより少々小振りだ。
 パソコン近くにおいてあるのだが、それを見たある人が「ファンヒーターの横に置いたほうが、いざという時分かりやすいんじゃないの」と言った。
 あのね、“いざという時”にはその辺りが一番火勢が強いはず。なんでわたしが消火器を取りに行くために炎の中に突入しなきゃいけないんだ。『め組の大吾』じゃねーっつーの。(そういえばテレビドラマになったんだよな。見てないけど。見る気もないけど)

 火災の原因はコンロ調理器からの出火がトップ、続いてタバコ、放火と続くそうだ。
 わたしの部屋にはコンロはないし(電子レンジとトースターがあるが)タバコは吸わない。自分の部屋に放火する趣味もない。電化製品が多いのでコンセント関連の電気火災が一番怖いが、改築の際にその点を考慮して部屋の3カ所に計14個のコンセント口がある割とふざけた八畳間だ。壁の中の配線がしっかりしていないと意味がないが、そこらへんも電気工事の担当者と打ち合わせの上で進めてある。
 だから、おそらくこの消火器は部屋の隅に置かれたまま8年間の耐用年数を迎えることになるだろう。だが万が一火災が発生したことを考えると、初期消火の手段が手元にあるというのは気分的に安心である。その安心が1,980円ならば安い物だ。

 どうせ人間死んだ後には火葬場で焼いてもらえるわけで、わざわざ焼かれて死ぬ必要もないわな。

2004年01月29日

胃腸一筋、太田胃散

 あーあ、まったく胃が痛いね。そんな時にはほら

 太田胃散 大缶140g 株式会社太田胃散
 お酒は飲まなくなったんで以前ほどお世話にはならないんだが、個人的に薬箱には太田胃散は欠かせない。この多少古めかしくはある金属製の円筒にはなにやら人の心を安心させる力があるんじゃなかろうか?太田胃散のホームページによると昭和40年代にはすでに現在のデザインに近い物になっており、なるほどわたしは子供の頃から見てきたわけだ。
 太田胃散には糖衣の錠剤タイプもあるが、あれは素人が飲むもので通はやっぱり粉薬。(胃薬の素人や通って何よ?)
 付属の小スプーンにすり切り一杯(1.3g)を飲む。もちろんオブラートなんかは邪道だ。灰色の胃散が口中で苦身を発する。この苦みがいかにも胃をすっきりさせてくれそうだ。おまけに二日酔いの場合は頭をしゃきっとさせてくれる。

 成分のうち半分以上が炭酸水素ナトリウム。いわゆる重曹である。重曹は洗剤としても用いられていて、洗剤用途の重曹を大袋で買うと笑っちゃうような値段だ。わたしの知人は洗剤としてだけでなく、胃薬(制酸薬)として重曹をそのまま飲んでる。ま、あまり真似する気は起きないが。
 その他にはケイヒ・ウイキョウ・ニクズク・チョウジなどの漢方でおなじみの面々が顔を並べる。
 なるほど、苦み中心の味や香りといい漢方って感じだなと思いきや、再び太田胃散のホームページによると
「太田胃散はイギリス生まれの日本の胃腸薬。太田胃散はボードウィン博士によって作られ、日本で育った胃腸薬です。」
「太田胃散は、明治12年に当時来日していたオランダ人名医ボードウイン博士の英国処方を 譲り受けて、製造発売したものであります。」
 なんだそうで。
 実際にどれだけイギリスおよびオランダで使われていたか、また現在使われているかはちょっと分からないが、イギリス→オランダ→日本へと伝わったのは間違いないようである。当時のイギリスと中国の関係を考えると漢方薬系の流れが見えるのかもしれない。

 「西洋医学はなんでもダメで東洋医学ならOK」という極端な意見の人がいるが、その人に尋ねてみたい。
「太田胃散は西洋医学ですか?それとも東洋医学ですか?」
 案外、身近にある“太田胃散”でそういった狭い視野に基づく考えに疑問を投げかけることができたりする。

 しかし、“株式会社太田胃散”てのもそのまんまな会社名だ。
 胃散しか作ってないのかよ、と内心ツッこんだら事実「ほぼ胃散しか作っていない」。胃腸一筋なのである。

2004年01月30日

ラッパのマーク 正露丸

 子供の頃から胃腸が弱く、便秘なぞなったことがない。代わりに腹を下すことは多かった。そんなわけで

 正露丸 120粒 大幸薬品株式会社
 薬としての歴史は古く、発売されたのは100年以上前の1902年。当時は漢字が違って“征露丸”だったのは有名な話。ちなみに日露戦争が1904~1905年ね。当時のコピーが「お腹を壊さず露西亜を壊そう」だった(嘘)。
 たかだが下痢止めに“征露”とは大げさな名前を付けたなとも思うが、日露戦争が外地へ赴いての戦争だったことを考えれば、食料や水の事情や衛生状況が悪く兵士の食あたりが大きな問題だったことは想像に難くない。非常に重要な使命を持って開発された薬だったわけだ。
 ここら辺をあんまり掘り下げるとどっかから変なイチャモンを付けてくる人が出てくるといけないのでこのへんで。ただ、ちょっと戦争での死者における病死者の割合ってのはかなり高いってのはポイントだ。ちなみにアメリカの南北戦争(1861~65年)での死者は約60万人だそうだが、その80%は病死だそうだ。

 正露丸の独特のニオイは主成分のクレオソート。給食委員が手を浸したり保健室に置いてあるクレゾール石鹸水と似たようなニオイだ。そういえばクレオソートとクレゾール、名前も似ている。似ているどころかクレオソートの成分の一つがクレゾールなのだ。ピンクパンサーのクルーゾー警部は関係ない。ついでに言うとロビンソン・クルーソーも関係ない。
 そんなものが大丈夫なのかとも思うが、実際「発ガン性があるのではないか」と正露丸を危険視する向きもある。確かに手を浸すのと飲むのとじゃえらい違いだ。
 個人的には「ま、薬ってのは程度の差はあれ害がある」と思ってるし、苦しい下痢をシャキッと止めてくれる正露丸はありがたいのだが・・・「考え方が甘い」のかなぁ。

 ニオイと舌にピリッとくる刺激味を抑えた糖衣タイプも出ているが、やはり通は生正露丸だろう。
 「ラッパのマークの」の大幸薬品以外のいろんな会社からも出ているらしい。家庭用配置薬(薬箱を置いていって年に一度確認しに来ては使った分だけ料金を払うヤツ。ま、富山の薬売りですな)なんかだと「これどこのだ?」という正露丸があったりする。

2004年01月31日

頭痛

 腹をこわすことは多かったが頭痛で苦しんだことはあまりない。
 というわけで“身の回りの品”に頭痛薬はない。

 カゼをひいた時に頭が痛かったぐらいのことはあるが、偏頭痛が悩みの種なんてことはなかった。
 頭痛なんてないにこしたことはないが、
 額に血管を浮かべて「金田~っ!」と叫んでみたり
 頭を抱えて「兄さん、頭がっ頭が痛いよ~」とか言ってみたい気もする。
 「お師匠様~っ!三蔵法師様~!」ってのはちょっと違う。