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2003年09月 アーカイブ

2003年09月01日

チャールズ・ブロンソンのように

 我々は涙を振り絞らねばならない。
 たった一人の男の死のために。
 だが彼こそ“男”の名にふさわしい、男の中の男だった。

 勇気に生きた男。
 誇りに生きた男。
 そして、愛に生きた男。

 我々は涙を振り絞らねばならない。
 この身が枯れるがごとく、遠い地で死んだ一人の男のために。
 そして明日からはまた強く生きていくのだ。
 そう、チャールズ・ブロンソンのように。

2003年09月10日

貴様、一体何様だっ!」

「貴様、一体何者だっ!」
というのと
「貴様、一体何様だっ!」
というのではずいぶんと意味合いが違うんで。
えーっと何が言いたいかというと・・・何が言いたいんだろ? 

そもそも“貴様”というのが相手を下に見る呼称の割に“様”は付くわ“貴殿”の貴は付くわなのがおかしい。
軍歌に「貴様と俺とは動悸が激しい」というのがあるので、わりと最近までは蔑称ではなかったのだと思いますが。
まっ、あれです。ひょっとすると人から様付けで呼ばれるなんてのは案外ろくでもないことなのかもしれません。

2003年09月12日

高河ゆんとジェフリー・アーチャーと素直に赤川次郎にしとけ

  以前はよく風呂に本を持って入った。
 浴槽のフタを半分だけ残しておいてその上にタオルを引いて机代わりにして読むのだ。ついつい熱中して1時間ほど風呂に入っていることもあった。カラスの行水にとっては記録的な数字である。
 ところが、うっかりして本をお湯の中に落っことしてしまった。慌てて拾い上げるもののすでにお湯を吸ってしまい、乾かしたとしてもビロビロで読めたもんじゃない。もう本屋ではあまり見かけない本だったりするとショーック!なのである。
 そこで、風呂で読むのは落としてもかまわないどうでもいい本にすることにした。しかし、何で風呂でこんなつまらない本を読まねばならないのだと妙な怒りがわいてきて、いつの間にやら風呂場に本は持ち込まないようになってしまった。

 話はちょっと変わるが、高河ゆんが自分たちをモデルにして描いた短編集を読んだことがある。自分たちがモデルの割には主人公がちと美男美女すぎないかって思うが、高河ゆん婦夫の実物を見たことはなくひょっとしたら美男美女である可能性も年末ジャンボ宝くじの一等・前後賞が10回連続で当たるぐらいにはあるかもしれないのでコメントは差し控えよう。差し控えてないって気もするが。
 その中で、妻が風呂でジェフリー・アーチャーを読んでいるシーンがある。上で書いたようにわたしも風呂で本を読んでいたことはある。ところがこの主人公はシャワーを浴びながら片手に本を持っているのだ。濡れるだろっ、おいっ!
 しかも、その後のシーンで夫と「ジェフリーアーチャーの新刊つまらなかった」「えっ、面白いだろ」って話になってちょっとしたケンカになり、あげくに妻が読んでいた作品の後にさらに新刊が出ていて夫はそっちのことを言っていたというオチがつく。
 あのねジェフリー・アーチャーはそんなにポンポン新刊出さへんっつーの。赤川次郎じゃないんだから。

 ジェフリー・アーチャーに限らず、アメリカなんかの作家は成功後はそうやたらに本を出していない場合が多い(ジェフリー・アーチャーはイギリス人だが)。『羊たちの沈黙』のトマス・ハリスなんて『ブラック・サンデー』と『ハンニバル三部作』しか書いていない。「おっさん、もうちょっと働けよ」って感じだが、案外そんなもんらしい。
 中にはあんまり次から次と新作を書くので、編集者だか代理人だかから「そんなに出すと作家の値打ちが下がるから」言われてしまい、それならばと“リチャード・バックマン”なる偽名を使ってまで新刊を出していたスティーヴン・キングなんてのもいるが、それはかなり例外的だろう。もっとも、「なぜバックマンは生まれたのか?」については諸説あるが。

 ひょっとして、高河ゆんは海外の作家にすることで「ちょっとイケてる」っぽくしのたかも知れんが、素直に赤川次郎にしとけばこんな恥をかかなくてすんだのに。って赤川次郎に決めつけかよ。
 それにジェフリー・アーチャーって『100万ドルを取り返せ』と『ロシア皇帝の密約』しか読んでいないが、個人的にはあんまり面白くないと思う。特に後者は冒険小説スタイルなのだが向いていないとしか言いようがない。

2003年09月13日

『だってサルなんだもん』

 古本屋でいしかわじゅんの『だってサルなんだもん』1~7巻(4巻欠け)を入手。
 1990年10月から始まった連載だけあって、最初の頃はまだWindows(しかも3.1)ですら名前も出てこず、ひたすらDOSの世界である。
 コマンドプロンプトの状態でCOPYを入力やらバッチファイルの書き換えやら、あーあったなーの世界である。ほんの10年ちょっと前の話なのだが、隔月の感がある。

 ちなみに1巻の解説は高千穂遙が書いている。
「いしかわさんは未だにバッチフィルが書けない」とか
「いしかわさんは未だにドライバーやTRSをUMBにあげられない」とか
「いしかわさんは未だにEMSを使うことが出来ない」とか
「いしかわさんは未だにハードディスクのパーティションを自在に切ることが出来ない」
 とか、いしかわじゅんが出来ないとこが散々列挙されている。
 =「わたしには出来るんだもんね」ということなのである。

 しかし、上記項目の今や出来なくたってな~んも困らないことばかりである。
 唯一HDDのパーティションは切れた方がいいが、これもOS標準のユーティリティでちょちょいのちょいだ。
 高千穂氏が技術を苦労して身につけたとこを考えると、わたしは涙を禁じ得ない。
 っていうか、Windows3.1は登場したもののあまり使い勝手がいいものではなく、結局Windows95が登場するまでわたしたちはパソコンを使うというただそれだけのことであれやこれやと今となっては無用になってしまった知識を駆使して戦っていたのだ。Windows95登場以降もなんだかいってそれなりにあれやこれやと戦い続けるわたしたちである。

 とはいえ未だに「パソコンって難しいから」という人がいる。君らぁDOSでパソコン使ってみろぉ!テープでBASICのロードからやってみろ(MZ-80K)。
 まったく苦労せずにパソコンを使いこなせるようになろうってのが甘い。昔の苦労(昔ったってせいぜい10年前だ)と比べれば今の苦労なんてちゃんちゃら楽だぞ、まったくっ!

2003年09月15日

スポーツファンは騒ぎすぎ

 セ・リーグの優勝が阪神タイガースに決まったそうだが、なんつーかちょいとばかしファンが騒ぎすぎに感じる。
 例えば北野武がベルリン映画祭で銀獅子賞を取ったからといってファンが川に飛び込んだかというと、あまりそういう話は聞かない。
 『トリプルX』(2002)では主人公のヴィン・ディーゼルがオープンカーに乗ったまま高い橋の上から川に飛び込んだが、いっそのとこタイガースファンもあれぐらいはやって欲しいものだ。いや、素人がやると死ぬが。

 やはり、タイガースファンの特殊性なのかもしれない。なんでも1999年にはわたしの地元球団である中日ドラゴンズが優勝していたそうであるが、わたしがそれを知ったのはつい先日であった。名古屋に住んでいながら4年間も知らなかったのである。わたしの問題もある気もするが、中日ファンがあまり度を超した大騒ぎをしなかったせいもあるのだろう。
 その前のドラゴンズのリーグ優勝は1988年であった。昭和天皇が非常にやばい状況であって(事実、1989年の年明けには崩御されてしまったわけだが)、あれもこれも自粛の自粛ばやりの中での優勝であった。当然優勝祝賀も自粛。ファンの人は非常にストレスが溜まったことだろう。それ分も1999年の優勝で爆発してもよさそうなものだが、いくらプロ野球にまったく興味がないとはいえ地元の人間であるわたしが知らなかったとは、これも大阪とは別の意味の土地柄なのかも知れない。名古屋人は紳士なのだろうか。あるいはたんに地味すぎるのだろうか?
 ともあれ、やっぱわたしはプロ野球が好きではないというのを再確認してしまった。高校野球にいったっては嫌悪しているぐらいである。

2003年09月26日

『キングソロモンの秘宝』(1985)のDVDが出る~

 『キングソロモンの秘宝』(1985)のDVDが出る~。
 同じアラン・クォーターメインが主人公の『リーグ・オブ・レジェンド』の公開が近いからだろうか?
 『リーグ・オブ・レジェンド』のクォーターメインはショーン・コネリーだが、こちらはリチャード・チェンバレン。わりと好きな役者なんだが、あまり賛同を得たことがない。やはり『タワーリング・インフェルノ』がいかんかったのかなー。そういえば、『ボーン・アイデンティティー』が昔テレヒューチャーになったときボーンを演じたのもチェンバレンだった。記憶がない状態で、渡された拳銃を本人が意識することなく勝手に手が動いて分解するシーンがカッコよかった。
 てなわけで、12月5日に発売である。
 それにしてもDVDの通販サイトディスクステーションでの商品紹介がなんとも悲しくて・・・ストーリー紹介の最後に
 「冒険映画の要素は充分備えているのに、安っぽい効果と要領を得ない演出が退屈な作品にしてしまっている。」
 だって・・・きっちり冒険コメディ映画に仕上がってるわい。安っぽい効果ったって『レイダース』とは予算が1桁か2桁は違うんだぞ。要領を得ない演出だと、監督は御大J・リー・トンプソンだぞっ!っていうか、ほぼ基本通りに冒険ものの演出やってるぞ。どこが“要領を得ない”んだ?ひょっとして、時々入る不条理系のギャグをあんたが理解できてないだけじゃないのか。
 どうにも売る気がないんじゃないかと思わせる商品紹介だ。いらない物まで思わず買わせてしまうテレビショッピング(特に海外系)の話術を見習えっ!某社長ならば『キングソロモンの秘宝2』をお付けしてはいこのお値段だぞ、きっと。
 あのー社長、そのおまけはいりません。

2003年09月28日

『トップ・シークレット』やっぱ面白いわ。ギャグ映画の頂点だな。

『トップ・シークレット』のDVD入手。
 久々に観たがやっぱ面白いわ。ギャグ映画の頂点だな。
 それにしてもパラマウントの作品紹介ページでは“日本語吹き替え収録(未定)”となってるのに入ってないでやんの。いくら未定は予定で雨天中止とはいえ、そりゃないぜセニョール&セニョリータ。
 っていうかもう発売されてるんだから直しとけよさすがに。

 ま、付いていない物をとやかくいってもしょうがない。付いている物を楽しもう。
 特典としては劇場用予告編と削除シーンが入っている。
 なぬ、削除されていたシーンが制作から約20年の月日を経てついに日の目を見るのかっっ!
 こりゃもうってぐらいに胸を躍らせながら選択、再生っ!
 爆発するリンゴ、ボールを追う犬、公園での飲み物、暖炉の4つだ。
 ・・・・・・・・・あれっ?見覚えがあるぞ、これ。
 爆発するリンゴは不確かだが、残りの三つは確かに記憶にある。
 むー、動物愛護団体からのクレーム(犬)、企業からのクレーム(飲み物)、911テロを連想させるため自粛(暖炉)でDVDでは削除したのだろうか。
 そこでビデオレンタル屋に行き昔に出たビデオの方を借りてきた。
 早送りして必要なシーンだけ観ればいいのに、ついついまた頭から全部観てしまった。
 やっぱ面白いわ。ギャグ映画の頂点だな。
 それにしてもパラマウントの作品紹介ページでは“日本語吹き替え収録(未定)”となってるのに入ってないでやんの。いくら未定は予定で雨天中止とはいえ、そりゃないぜセニョール&セニョリータ。っていうかもう発売されて・・・いかんループしてた。下手すると何千行も延々とこれを繰り返していたところだ。危ない危ない。
 で、ビデオの方はどうだったかというと、こちらにも4つのシーンはなかったのだ。

 おっかしーなー、確かに観たんだけどなー。劇場公開時のみあったとかなのかなー。さすがにフィルムは借りてこれんしなー。タイムマシンもないしなー。監督のZAZ(ジム・エイブラハムズ、デヴィッド・ザッカー、ジュリー・ザッカー)に尋ねようにも電話番号知らないしなー。
 おおっ、そういえばZAZによる音声解説が付いてたんだ。音声解説ってのは大概が自慢話か愚痴なんで好きじゃなくて、これまでもほとんど聞いたことがないんだが、大いなる謎のためだしかたない。
 今度は音声と字幕を“解説”にセットして再生開始。早送りして必要なシーンだけ観ればいいのに、ついついまた頭から全部観てしまった。
 やっぱ面白いわ。ギャグ映画の頂点だな。
 それにしてもパラマウントの作品紹介ページでは“日本語吹き替え収録(未定)”となってるのに入ってないでやんの。いくら未定は予定で雨天中止とはいえ、そりゃないぜセニョール&セニョリータ。っていうかもう発売されて・・・・・・だからループしてるっつーに。

 結論から言うとやっぱ音声解説はいらんわ。特にコメディ映画にはいらん。ギャグの説明をされても困るって。それと誰のかは知らないが携帯電話の電源は切っとけよ。呼び出し音がピピピピってうるさいっつーの。
 いや、目的はそれではなかった。削除シーンについてである。暖炉については一言だけ触れられていた。他は謎のままだ。
 これは人類にとって永遠に謎のままなのかもしれない。

-ここからは学生時代に書いたもの-
 いやもう、この映画を初めて見た日にゃ、頭をハンマーでブン殴られたような衝撃を受けたもんだ。同時上映の「ビバリーヒルズコップ」なぞ者ともしないすさまじいパワーで俺の目の前に姿を現した映画こそ、何を隠そう、隠しゃしないが「トップ・シークレット」である。
東ドイツの音楽フェスティバルに招かれたロック歌手ニック・リバースが、ある陰謀に巻き込まれて大活躍をするといった陳腐なストーリーであるが。わかるね、そのマヌケさも当然計算されたものなのだ。
コメディ映画史上に残るギャグの物量作戦で、もう思い付いたネタは全て放り込んだとでもいうような無秩序、無節操さ。もうただただ圧倒されるばかりであるが、しかしギャグがストーリーの流れを妨げないのは何故だろうか?
これは実は、計算されたギャグだったり、状況からネタずくりをしていたりするせいでもあるが、何よりも監督のザッカー兄弟とアブラハムの三人組がとにかくノッていたからおもしろくて、そして勢いがあるのだ。
監督がノッているかいないのかと言うのは結構大きな問題で、どんなおもしろい企画でも、「ああ、俺今日学校行きたくないなあ」というような監督が作った映画はやはりつまらないし、「もう人生楽しくって仕方がねいや!」という監督が作った映画はまずそれなりにおもしろいのだ。
まあ、世の中には、「そうだなあ、俺も学校行きたくねいや。」と思わせるのが目的の映画もあるのかも知れないが。俺はそういうの嫌いだけどさ。おっと、話がそれたな。元に戻そう。
とにかくこいつらは、ケンタッキーフライドムービーの脚本を描いたり、フライングハイをとったりと、実に変な奴らだが、そのなかで一番おもしろいのは、やはり「トップ・シークレット」である。
まず登場人物は、皆脳が溶けているようなバカぞろいである。主役のニック・リバースは、二枚目に見せかけた三枚目であるし、もろナチの東ドイツの軍人はキバればキバるほどボロボロになっていくし、レジスタンスは危ないバカで、世界そのものがバカなのである。
普通、ボケの横にはツッコミがいて、時々「よしなさい。」とか言うものだが、この映画に於いては、みんながみんなボケ役で、ボケとボケとの飛ばし合いである。
マヌケな世界として設定されているので、何が起こっても誰も驚かないで話が進む。ギャグは花火のように、一度ドンと鳴ったらそれで終わり、そのまま消えてしまう。ネタに対する執着が無いというか、しつこくないのだ。言うなれば、ドミノ倒しの様な映画である。倒れる前でも、倒れた後でもいけなくて、倒れた瞬間のみのためにドミノは存在しているのである。倒れた後のドミノはただのドミノであって、そのあいだにもよそのドミノは倒れ続けているのだから、当然そっちを見た方がおもしろいのだ。
でも、こんなにおもしろいのに、それをわかってくれない人って多いんだよね。残念ながら、そういう人たちとは世界が違うんだろう。別にそれは良い事でも悪い事でもないのであって、つまりそう言うものなのだ。
どちらかというと、おもしろいという人の方が油断がならない。そういう人が「ポリスアカデミー」をおもしろいと言っちゃったりするのは、よくあることなのだ。
はっきり言っておくが、「ポリスアカデミー」はつまらん。そりゃ俺だって見れば笑うところはあるけどさ。少し。でもあれは映画じゃない。そして「トップ・シークレット」は映画なのである。

2003年09月29日

誰も冥福を祈るべきではない

 安部譲二が以前どこかで書いていたのだが、社会から落ちこぼれたヤクザ社会の中においてすら、一番嫌われさげすまれるのは仲間を売る奴、警察に密告する奴だという。
 裏切り者こそ最低の存在なのだ。

 だから、誰もエリア・カザンの死について冥福を祈るべきではない。
 やっぱ面白いわ。ギャグ映画の頂点だな。
 それにしてもパラマウントの作品紹介ページでは“日本語吹き替え収録(未定)”となってるのに入ってないでやんの。いくら未定は予定で雨天中止とはいえ、そりゃないぜセニョール&セニョリータ。っていうかもう発売されて・・・・・・だから昨日からまだループしてるっつーに。