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2003年07月 アーカイブ

2003年07月06日

Windows2000 Professional ServicePack4

  うちのPCのうち予備のタワーとノートがWindows2000 Professionalで稼働している。
 マイクロソフトからServicePack4のリリースが開始されたので、さっそく導入してみる。
 タワーの方はすんなりインストールできて動作にも問題ないのだが、ノートの方でトラブルが発生した。
 まずはメルコのPCカード型無線LANアダプターの動作がおかしくなり、アクセスポイントに接続が寸断されるようになり、最終的にはまったく接続できなくなったあげくカード自体認識しなくなった。
 ドライバをアンインストールしたのち再インストールなどをしているうちに、有線LANの方もおかしくなってきた。
 有線LANカードと無線LANカードの二枚差しというのがちょっと問題ありそうな気もするが、Win95系ならいざしらずWin2000では二枚差しもサポートされていたはず。現についさっきまでちゃんと動いていたわけだし。
 とりあえず、ServicePack4をアンインストールして、ドライバの再インストール。
 状況変わらず。
 頭に来たので、ノートを頭上に掲げると「こんちくしょ~!」と床に思いっきり叩きつけたっ!、振りをしてそっと元の位置に戻した。

 今までの経験から、いっそのことOSのクリーンインストールした方が早いだろうと、まずはデータのバックアップ作業にとりかかった。
 重要なデータはメインマシンに保存してあり、ネットワーク経由で読み書きしてるので、このノート自体には大して必要なデータは入っておらず作業自体は楽だ。
 データはフロッピーディスク二枚に収まった。そういえばフロッピーを使うのもずいぶん久しぶりだ。ZIPとかSUPER DISKとかまだメディアは売ってるのかね?

 その後はおなじみのインストール作業。
 なんだかんだいって、Win95・98時代には割としょっちゅうおこなっていたOSの再インストールも、Win2000以降は回数も少なくなった。
 やはりOSとしての安定度が増しているのだろう。
 安定したならその状態で、新しいソフトや新しいアップデートパッチをインストールしなければ安定は続くのかもしれない。
 しかし、PCを持っている理由はOSを安定させるためではないので、ソフトをインストールしなければ意味がないのだが。

 インストール処理待ちの間に、ついでにメインマシンの必要なデータをDVD-RAMにバックアップしておく。
 まぁ、必要なデータといったって個人的な意味合いだけであって、もしもセクタの彼方に消え去ったとしても別に誰も何も困らないのだが。
 いや、後年の東森時音研究家が、「屋根裏にあったジャンクハードディスクから、東森時音の書簡データを発見!」ということもあるもやしれん。
 重要かどうかは個人ではなく歴史が決めるのだ。うん、前向き前向き。って前向きか?
 それから、ハードディスクはツールで完全消去してから捨てなってば。

2003年07月07日

狼は異常者か

 昔から疑問だったんだが、『赤ずきん』で狼はなぜ最初に出会った時点で赤ずきんを食べてしまわなかったんだろうか。
 場所は森の中、赤ずきんは一人きりであたりには目撃者もいない。もちろん監視カメラもない。絶好の機会だ。目の前にいるんだからパクリといっちゃえばいいだろうに。
 しかし狼は赤ずきんから行き先を聞き出すと、わざわざ先回りしてまずはおバアさんを食べてしまう。そして、おバアさんに変装して赤ずきんを待ちかまえるのだ。どう考えても余分な手間だ。

 ひょっとしたら狼の目的は空腹を満たす事ではなく、あれこれ知恵を絞って犯罪を計画しそれを実行する事だったのかもしれない。
 赤ずきんに「おバアちゃんの耳はどうしてそんなに大きいの」などと尋ねられ、「それはお前の声をよく聞くためだよ。口かい?それはね、お前を食っちまうためだよ」と徐々に怖がらせていくのも、それで喜びを得ていたのだろう。いかにも異常犯罪者の行動っぽい。
 以上の点から、狼の正体はロリコンの性的犯罪者だったと推察できるわけだ。

 ただ、ありがちな推察なんで、これって多分ありふれた説なんだろうなぁ。一応、自分で思いついたんだが。
 しかし、赤ずきんも自分のおバアちゃんぐらい一目で見分けろよ。ひょっとしたら赤ずきんは極度の近視だったのかもしれない。うん、これは新説だな。

2003年07月08日

昔話の謎

  謎と言えば『鶴の恩返し』も謎だ。
 鶴は自分の羽を抜いてそれで反物を織っていたというが、鶴の羽じゃ反物は織れないだろ。
 反物は、木綿か麻、高級なのだと絹などの繊維で織る物だ。
 羊の毛などの毛織物の可能性もあるが、羽では難しいだろう。それに日本で毛織物が一般的になったのは明治以降だそうだし。
 そこらへんはっきりして欲しいものだ。責任者でてこい。

 『かちかち山』も謎だ。
 ラストで泥船に乗ったタヌキは船と一緒に川底に沈んでいくのだが、タヌキは泳げるだろ。
 そもそも、タヌキを殺すのが目的だったら、背中に背負った薪に火を付けたり、火傷にトウガラシを塗ったりする必要がわからない。
 ひょっとしたらウサギは単にサディストで、お婆さんの敵討ちを名目にタヌキをいたぶって快感をおぼえていたんじゃないだろうか。
 お爺さんもめそめそしてないで、関係ない第三者に任せないで自力で敵討ちしろよ。まったく情けない。ポール・カージー(チャールズ・ブロンソン)を見習え。

 『サルカニ合戦』も謎だ。
 母カニが死んだのは気の毒だが、敵討ちに行くのにハチ、栗、臼、牛のクソと何人もの手を借りるのは卑怯だろ。
 たとえ敵わないと分かっていても一人で復讐に向かってこそ男だ。
 そもそも、よりによって牛のクソなんかに手伝ってもらって、母カニが成仏すると思うのか。

 『わらしべ長者』も謎だ。
 いくらなんでも一本のわらがお屋敷にはならないだろ。
 真面目に働け。

 『三年寝太郎』
 寝過ぎだろ。

2003年07月09日

あーあ・・・

「日はまた昇る」っていうけど、昇ったって事は「日はまた沈む」わけだよな。あーあ。

「やまない雨はない」っていうけど、雨が降らなくてずっと晴ればかりだとついには砂漠化だろ。あーあ。

「死ぬ気でやってみろ」っていうけど、死んだらまずいだろ死んだら。あーあ。

「1年生になったら、友達100人できるかな」っていうけど、できるわけないだろ100人も。あーあ。

「人事を尽くして天命を待つ」っていうけど、会ったこともない天のやることなんて信用できないだろ。あーあ。

「心頭滅却すれば火もまた涼し」っていうけど、熱いもんは熱いっつーの。あーあ。

「ミー、ターザン。ユー、ジェーン」っていうけど、本当はターザンって貴族の息子でインテリなんだよな。アーアー。

「必殺ハザードランプっっ!」と大声で叫べ

  路上にハザードランプを付けただけで堂々と駐車している車を見るようになったのはいつからだろうか。
 おそらくは、宅配便業者(*)などが始めた方法なのだと思うが、今では一般の車でも平気でやるようになってしまった。
 銀行の前、役所の前、あと割と多いのがクリーニング屋の前。来客数に比べて駐車場が少ないところがやはり多いようだ。
 駐車した人は「ほんの少しの間だから」と思っているのだろうが、わずかの間でも交通の妨げになっていることは事実だ。
 もしも、そのせいで交通事故が起こったとして、その人は責任を取ってくれるのだろうか。ハザードランプは免罪符ではない。
 そもそも、『バイオハザード』でわかるように、“ハザード”ランプは研究所員が全員死んでさらにゾンビになって襲ってくるぐらいの、かなりの“危機”に瀕した時しか使ってはいけないのだ。
 まぁ、そんな事態はごくまれにしかないだろうが(まれにはあるのかよっ)、買い物中の駐車合図ではないことは確かで、あまり気楽に使って良いものではない。
 しかし、今さらこのことを運転者のモラルに訴えてもあまり効果はないだろう。

 そこで警視庁、国土交通省、そして自動車業界に提案だ。
 ハザードランプにプラスチックのカバーを付け、それを押し破らないと押せないようにしてはどうだろうか。
 火災報知器のボタン式というか、『科学忍者隊ガッチャマン』の“科学忍法火の鳥発動ボタン式”にするのだ。(古いネタですまんのぉ)
 もちろん押す時には「必殺ハザードランプっっ!」と“大声”で叫ばなければ点灯しないようにしておく。
 これならば安易な利用が減って、運転中に急に気分が悪くなったとか、エンジンがトラブルを起こした場合にしか使われなくなるのではないだろうか。
 ぜひとも検討してもらいたい、ような気がしないでもない。

 *:現在、宅配便のトラックの駐車マナーはかなり良いように思う。マナーが悪いのは一般輸送の貨物トラックだ。
 店の前に停めて荷の積み降ろしをしているトラックや、昼飯時のコンビニの前に停まっているトラックなどは、図体がでかい分より一層危険だ。ただ、前者の場合は作業用駐車スペースを確保していない店側の責任でもあるし、後者の場合はトラックを停めて休憩や買い物をする場所が少ないせいでもあるのだが・・・
  日本の貨物輸送はトラックに依存しすぎだろう。鉄道・船舶輸送はもっと活用できるんじゃないだろうか。

2003年07月11日

新しいパソコンラックRAC-EC3

 今使っているのはPCラックはApple Performa(パフォーマ)630と同時に1994年末か1995年初頭頃に購入したもので、すでに8年ほど使っている。
 幅が65センチと狭い上に、マウスを使っていた部分の天板が長年の重荷でぽこりと凹んでいる。
 さすがに使いづらさを感じており、このたび買い換えることにした。

 あたらしいラックの基準としては
 1.幅は80センチ以上欲しい。
 2.キーボードを置く部分が引き出し式になっているタイプは、入力の際にガタつくので不可。
 3.上にプリンターを置く場所、足下にも周辺機器を置く場所があるもの。
 4.なるべく安いのを。

 以上の条件で探したところ、サンワサプライのRAC-EC3というのに決めた。幅80センチで値段も12,000円と手頃だ。
 在庫がなかったので取り寄せになってしまったが、特に急いでいるわけではないので問題はない。
 ただ、古い方のラックをどうしようか迷っている。
 ハード・オフに持って行っても買い取ってくれないだろう。それに、持って行くにはバラさないと車に載らないので面倒だ。
 現に今こうして使えているわけで捨てるのももったいない。

2003年07月12日

CGとスタントと安全性


 建物から人が飛び降りる。
 こういったシーンが必要になった場合、
 1.飛び降りる人(画面には映っていないが下にはマットなどが敷かれている)。地面に倒れている人。と2つのカットに分けて撮るか、
 2.人間の代わりに人形を落として、地面に落ちるまでを1カットで撮る
 というのが普通だった。
 本物の人間自身が飛び降りそのまま1カットで地面に叩きつけられるというのは、スタントの安全性を考えると非常に難しいショットだからだ。
 その点、『プロジェクトA』(1984)における時計台からのジャンピングはすごかったわけだが、あれだって二枚の日よけで落下速度をゆるめているし、よく見ると地面を掘ってマットが(かなり薄いものではあるが)が埋めてあるようだ。
 もちろん、あのスタントは映画史上に輝くものであるのは揺るぎない事実である。だが、いくらジャッキー・チェンでも下がアスファルトだったらどうだろう。ただではすまないはずだ。下手をすれば死んでしまう。
 と、そこに黒沢清の『回路』(2001)が出てくる。

 あの世からあふれでた死によって世界が浸食されていくというホラーだが、中盤に注目すべきジャンピングスタントがある。
 10メートルほどの円筒形のタンクに登った女性が飛び降り、落下し、そしてアスファルトの地面にドサッと叩きつけられる。
 このシーンが建物全体をカメラ固定でとらえた1カットで撮影されているのだ。劇場で観た時にはかなりドキッとしたシーンである。
 興味を持ったので調べてみたところ、このスタントにはCGが深く関わっていた。
 まず、女性スタントマンにバンジージャンプのように伸縮性ロープ付きで飛び降りてもらう。
 次に、女性と同じ服装の人形を建物から落とす。
 このまま二つのカットをつなげただけだと一目でばれてしまうので、コンピューターで処理して1カットに合成し女性のロープを消す。おそらく、モーフィングみたいに女性から人形へとつなげているのだと思う。
 つまりは冒頭で説明した1.と2.の手法をCGによって組み合わせて、安全になおかつ観客を驚かせるスタントを実現させたのだ。

 スタントシーンは、観客にとっては手に汗握るハラハラドキドキであるが、撮影現場では極力安全な物であるべきだ。
 その上で、スタントシーンにおけるCGの導入は、それが効果的に使われる場合において、安全性と画面効果に向上をもたらすものだろう。
 たとえば戦争映画の戦闘シーンにおいて、迫撃砲などが炸裂する中、兵士が突撃していく。この時、実際の爆発は小さなものにしておいて爆炎や爆煙をCGで処理すれば、役者・スタントマンへの負担は軽減できる。

「淀川さんが最後まで認めなかった映画表現は、「コンピュータグラフィックス」による映画表現でした。コンピュータグラフィックスを使えば、だれも傷つかず痛みのない殺りくシーンや、はでな爆発シーンが撮れます。僕たちの映画製作は、常に人の死と隣り合わせで行われています。その為に努力して自らの命をかけて、その彼らの人生に向けて「ヨーイ、スタート」と声をかけています。それは俳優の人生に向ってかけているのです。OKとはなにか。スタントマンが無事に着地し、彼の演技、そして人生をたたえてOKを出す。そのOKが喜びにつながっていくのです」
 と講演で語って頭の悪さを露呈した某大林監督がいるが、そんな監督の自己満足の“OK”のために、不必要な危険にさらされる役者・スタントマンがいるとしたら、それは犯罪の一言だろう。
 「自らの命をかけて」といってもかかってるのは他人の命。某大林自体は安全なところで「ヨーイ、スタート」「はい、OK」といっているだけ。
 偉そうなことをいうまえに時計台から飛び降りてみたらどうだろうか。ジャッキーはやった。
 重要なのは現場じゃなく、あくまでも画面。自主映画じゃあるまいに、現場の人間が満足するために映画を作ってるんじゃなくて、観客を満足させるために映画を作ってるんだろうに。同じ画面が安全に作れるなら、その方法を模索するのも“監督”の仕事なのだが。

2003年07月14日

火薬とか作ってた青春

 手製の爆弾で十数年前の高校時代のイジメに対して復讐しようとした男がいたそうですね。
 かくいうわたしも中学時代に黒色火薬や綿火薬を作ったことがあります。

 当時、科学部に所属していたわたしは、王水を作ったり花粉と顕微鏡でブラウン運動を観察したりと、サイエンスライフを満喫しておりました。
 で、薬品棚から硝酸カリウムを見つけ出しまして、思わず炭素と○○を混ぜてしまいました。(ここで作り方を知ったということになると困るので念のため伏せ字にしときます。百科事典などで調べればすぐにわかるものですが)
 すると、不思議なことに黒色火薬が出来上がっているではないですか。いや、不思議ではないですね。単なる薬品の調合です。
 作ったといっても極少量、10gぐらいだったでしょうか。金属製のお盆の上にそのまま置いて、爆竹の導火線経由で火を付けたんですが、パッと一気に燃えました。
 導火線を使ったのは万が一に備えて、燃焼時の火薬から距離をとるためです。それなりに安全を考えていたんですな。
 火薬を作ってる時点で安全じゃない気もしますが。ちなみに先生には内緒で作りました。

 綿火薬は硫酸と○○を混合した液体に脱脂綿に漬けた後乾燥させて出来上がり。
 火を付けると、こちらも炎を上げて一瞬で燃え尽きます。
 手の上で燃やしてもほとんど熱くありません。これは手品でもよく使われております。

 どちらの燃焼実験も火薬の量や類焼に気を付けて行えば本来大きな問題はないものだと思います。
 かえって、実験前の調合時や保管時の方が危険かもしれません。静電気などの火花や温度の上昇で発火する場合がありますから。
 それから、密閉容器に詰めるのは大変危険です。下手をすると燃焼時に一気に発生したガスで容器が破裂して吹き飛び危険なので止めましょう。
 手榴弾だって爆発そのものよりも、中に仕込まれたベアリングや容器の破片が飛び散って敵を傷つけるのです。パイナップル手榴弾の表面に板チョコ上の割れ目が入っているのはそこから割れて金属片にするためです。たぶん。
 とあるマンガで、テロリストから奪った手榴弾の爆風で自分を吹き飛ばして難を逃れるというのがありましたが、たぶん全身ズタズタになるだけなので止めときましょう。

 わたしが火薬を作ったのは、別にイジメの仕返し用ではなくて純粋に科学的好奇心からです。
 そもそもはジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』で、“砲弾を月まで打ち上げるには黒色火薬では威力が足りないので綿火薬を使うことにした”、というのを読んで「綿火薬って何?」と思ったことからです。
 疑問に思ったことを調べ、そして実際に実験して自分の目で確かめてみる。うむむ、中学の頃は理系少年だったんですなぁ。

2003年07月16日

『だめっこどうぶつ1』

  桑田乃梨子の『だめっこどうぶつ1』を入手。
 白泉社から新刊でないなぁと思っていたら、竹書房のまんがライフで4コマ描いてたのね。なるほど、4コマは月刊の上にページ数少ないから単行本にまとまるまでに時間がかかる。
 登場人物っていうか登場動物は、主人公の“うる野”(狼だけどだめだめな奴だぞ)や“うさ原”(兎だけど乱暴な奴だぞ)などなど、4コマになっても桑田節は炸裂だ。『真夜中猫王子』を思わせる着ぐるみっぷりもナイス。
 一くせも二くせもある連中がいつの間にか集まって、一種のパラダイス(ダメパラダイス)が形成されているというのが桑田作品には多い。この『だめっこどうぶつ』もそう。ほとんどメインテーマと言ってもいいんじゃないだろうか。作者のダメパラダイスへの愛と怒りという表裏一体の視線がなんとも素敵だ。

 1ってことはいずれ2巻も出るのだろうがいつになることやら。
 雑誌で追いかければいいじゃんとも思うが、4コマ雑誌のコーナーには『まんがなんとか』『まんがかんとか』がやたらとあって、どれが『まんがライフ』だか訳わからん。表紙も同じようなもんだし。毎号『だめっこどうぶつ』が表紙を飾ってくれれば探しやすいんだが。

2003年07月17日

木箱入りのダイナマイト 『夕陽のギャングたち』DVD

『夕陽のギャングたち』(1971)のDVDが出ていたのは知っていたのだが、発売元がメジャーな会社ではない上に通販のみというのがどうにも不安で手を出せずにいた。9,800円も出して、クソみたいな画質とかだったら困る。
 しかし、悩んでいてもしょうがない。気が付いたら廃盤になっていて二度と入手不可能となってはもっと困るので、思い切って申し込みをした。
 そして、届いたのは・・・
dynamite.jpg

 って、木箱入りかよっ!

 お前は“国産マツタケ”かっての。八百屋の平台の一番良い場所にふんぞり返るようにして置かれてるのかよ。
 いっそのこと箱根寄木細工になっていて、パズルを解かないと箱が空かないって趣向ってのはどうだ。
 とりあえず現在のは普通のフタなので簡単に開く。木箱の中にはDVDパッケージが二つとブックレットが入っている。
 DVDの一つはオリジナル版(英語・日本語吹替)でもう一つは完全版(イタリア語)。日本語吹替は今回のDVD化に際して新録されたもので、ジェームズ・コバーンの小林清志がカッコいい。
 画質はまあまあ。150分収録と長目なのを考えると充分合格点だろう。
 開けてみると9,800円もしょうがないかな、とったところだ。でも高いけどね。

 久々に観る『夕陽のギャングたち』は、やはり、いい。
 アイルランド独立運動でテロリストとして戦い今はメキシコで死に場所を求めるジェームズ・コバーンと、単に銀行を襲いたかっただけなのにいつの間にか革命の英雄に祭り上げられていくロッド・スタイガー。ダイナマイトの爆発と撃ちまくられるマシンガン。
 そして響くは「ショ~ン、ション、ション~♪」

2003年07月19日

王様は裸だーっ?

 王様は裸だーっ!

 「うぬ?そんなこと言ってもな、ここは風呂場だぞ」

 あー、そうか、ごめんなさい。

 王様の耳はロバの耳ーっ!

 「うぬ?そんなことを言ってもな、ここはロバの国だぞ」

 あー、そうか、ごめんなさい。

 王様のアイディアーっ!

 「うぬ?それはたんに店の名前だぞ」

 あー、そうか、ごめんなさい。

 では、つけめん大王ーっ!

 「それも店の名前だというのに」

 カレーの王子様?

 「それはS&Bの商品名であろう」

 そうそう、おもしろ全部(おもしろ半分の進化形)で『カレーの王子様』を食ったことがあるが、黄色いシチューといった感じだった。子供向けに辛さをおさえるといってもほどがあるだろうに。
 ま、今日最後の言葉としてはレモンカレーだな。

 「また、わけのわからんことを・・・」

2003年07月21日

『面積・ア・ゴーゴー』

 電卓についている√のキーって押したことないよなぁ。
 そもそも√自体が日常生活では使わんもんなぁ。
 “ひとよひとよにひとみごろ”とか“ひとなみにおごれや”とか、何の役に立つんだろうか。
 サイン・コサインなんてのはもはや単語としてしか覚えていない。いったいどーゆーものだったかなぁ。
 でも円周率πは3.14ってのはさすがに覚えてる。
 そういえば桂三枝が『面積・ア・ゴーゴー』という曲を歌っている。
 「三角形の面積は底辺×高さ÷2、ワォ」なんてのが延々と続く、実用的なのか実用的じゃないのかよくわからない曲だ。
 数学のテストで円柱の公式を思い出すために、この曲を使っていたら、先生に「テスト中に歌ってるんじゃない」と怒られたんで、やっぱ実用的じゃなようだ。
 さすがに歌ったってのはウソだけどな。

2003年07月23日

是か非か?新録ジャッキー

 連休中は近くのビデオレンタル屋が旧作1週間レンタル190円だったので、ごそっと借りて観ていた。
 ジャッキー・チェンの初期作品がジャッキー・コレクションとかいうDVDシリーズになっているので何本か借りた。
 『少林寺木人拳』『天中拳』『蛇鶴八拳』『拳精』『笑拳』『龍拳』『必殺鉄指拳』
 懐かしーっ。
 昔はなにかっつーとテレビでやっていたものだが、最近ではとんと放映されなくなってしまった。
 『少林寺木人拳』なんか、中学の頃よくマネしたものだ。
 えっ、どうやるかだって。ずらりと左右に木人役が並んでキックやパンチを繰り出す。そこに気に入らない奴をジャッキー役として放り込んでボコボコにする・・・ってのはいじめなんでやめよう。
 かなりのん気な少年だったので、そんないじめな『木人拳』ごっこはしなかった。したのは『ガントレット』ごっこ。ずらりと左右に並んだ警官役が、中を通り抜けようとするイーストウッド役に拳銃・ライフル・ショットガンなどを乱射するという・・・いじめ以前の問題だな。これもやってない、念のため。

 このジャッキー・コレクションには日本語吹替も収録されている。広東語は分からないのでうれしい仕様だ。まぁ英語でも分からないのだが。ただ、ジャッキー役が石丸博也でないのが残念。
 今回のソフト化に際して新録された音源のようなので仕方ないのかもしれないが、ここはぜひとも石丸ジャッキーでお願いしたかった。多少予算がかかってもしょうがないじゃない。それでソフトの値段が上がっても消費者は納得するよ、うん。ま、わたしはレンタルだけどね。
 なんといっても20年ぐらい前からず~っと、ジャッキーといえば石丸ヴォイスで慣れ親しんでいるのだ。おかげでジャッキーが広東語や英語の肉声で話していても、耳から頭の間で自動変換されて石丸ヴォイスになっているぐらい。だったら新しい日本語吹替の声も変換すればと思うかも知れないが、かえって日本語→日本語変換は難しい。
 新録の人も声質なんかは石丸氏に似ているし下手ではないんだけどね。栗田貫一ルパンとどっちを支持するかと言われると新録ジャッキーだし。
 ただなぁ、やっぱなぁ。

2003年07月24日

『トップ・シークレット』タイフーンが襲ってくるぜっ!

 うぉぉぉぉおうっ!9月の26日にパラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパンから『トップ・シークレット』(1984)のDVDが発売になるぜっっ!
 『トップ・シークレット』といえば、1985年に『ビバリーヒルズ・コップ』の同時上映としてついでに観たわたしの脳天を巨大ハンマーのようにぶん殴った作品です。
 極端なことを言えば、それまでわたしが持っていた映画という固定観念を吹き飛ばした作品でもあり、いまだにMy Most Favorite Movieの座を占めています。

 バカですみません、とか、バカやってますが、といった卑屈なバカではなく、自らの行いに何の疑念も持たない誇り高きバカ。
 人の評判を気にしたり常識にとらわれずに、ただつき進むバカ。ふざけずに常に真剣にバカ。
 そんなバカに憧れた毎日をおくっていたら、1992年の大学卒業時にサークルの後輩からもらった寄せ書きの色紙に、「あなたはほんとにバカでした。卒業しても就職しても、今のままずっとバカでいて下さい」と書かれてしまった。普通、書きませんよこんなこと。
 あと、「7月4日に生まれては、やっぱりいいですよ」とも書いてある。普通、書きませんよこんなこと。よっぽと手ひどくオリバー・ストーンをとっちめたんでしょう。とっちめたといっても本人がいるわけはないので、7月4日支持の後輩をとっちめたんでしょうな。イヤなヤツですね。でも、オリバー・ストーンは今でも嫌いですし、わたしも先輩からとっちめられました。ちなみにこの場合の”とっちめる”とは”論破する”ことです。

 その『トップ・シークレット』がわずか3,980円で手にはいるとわっっ!さっそくDiscStationで予約だっ!
 今回のソフト化では日本語吹替音声も収録されるらしい。パラマウントのページだと(未定)になっているのがちょっと危険な感じですが、ぜひとも日本語でも『トップ・シークレット』を堪能してみたい。テレビでは放映った覚えがないので、英語音声でしか観たことないんだよね。ただ、本屋におけるドイツ語のシーンをどうするのかが問題だが。(このシーン、英語でしゃべっているのを撮影しそれを逆回しにするとあら不思議、ドイツ語に聞こえるっ!ってやつです。ちなみに日本語は逆回しにすると韓国語っぽく聞こえます)
 そのうち2,000円ぐらいの期間限定廉価版が出るんじゃないかという一種の恐怖はあるが、それを待っているうちに廃盤になっていたという恐怖の方が大きいので初回で入手。
 さぁ、僕も買うから君も買え。一家に一本『トップ・シークレット』、いや今の時代一人に一本『トップ・シークレット』
 今年の9月は『トップ・シークレット』タイフーンが襲ってくるぜっ!

2003年07月26日

立体映画でいこう

  『スパイキッズ』の三作目のタイトルは『SPY KIDS 3-D:Game Over』だそうで、その名の通り3D映画のようです。
 3D映画というのもずいぶんと久しぶりでして、『ジョーズ3-D』(1983)や『13日の金曜日3』(1982)あたり以来になると思います。
 およそ20年振りの3D映画ってことですな。
 もちろん、ディズニーランドにあった『キャプテン・イオ』やUSJの『ターミネーター2:3-D』などテーマパークに3Dムービーは付きものですが、一般劇場用の劇映画ってことで一つ。

 わたしが初めて観た3D映画は東映まんが祭りでやっていた短編『人造人間キカイダー』です。3D映画というより立体映画って呼んでた頃の話ですな。
 現在のような偏光フィルターではなく赤青のセロハン眼鏡でした。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でビフの子分がかけてたようなやつです。
 おまけに全編3Dではなく、戦闘シーンの前になると「さぁ、眼鏡をかけよう」とか言ってその間だけ3Dになってました。
 まぁ、“3D”の上に“赤青”ときてはかなり目が疲れますのである意味正解かもしれませんけどね。ピカチュウパニックみたいになってはえらいこってす。

 『スパイ・キッズ』は割と好きなシリーズなんで、公開されたら観に行きますが、問題は3D映画としてやってくれるかですな。
 『スペースハンター』(1983)なんてのもありましたが、こいつは日本では普通の2D映画としかやってません。アルフレッド・ヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ!』(1954)も2Dとして公開されと聞きます。わたしはビデオで観たので当然2Dです。
 DVDやビデオで3Dはないですから、劇場に期待するしかないわけで、ぜひとも3Dでの公開を望むところです。っつーか、やれ。

 そういえば、その昔レーザーディスクと張り合って見事敗北したVHDは機種によっては3D機能を持ってましたな。
 本体と眼鏡はケーブルでつながっていて、眼鏡の液晶シャッターを画面と同期させる方式のやつ。眼鏡がでかくちょっと重かった。
 機能的には割と良かったんでしょうが、なにぶん3Dソフト自体が少なかったですから、シェア拡大につながったのかは不明です。

 と、3D映画について語ってきましたが、実を言うとわたしってあまり3Dに見えないんですよね。
 『キャプテン・イオ』でも一緒に観た知人は「すっごい飛び出してた。目の前にあるみたいだった」と言ってましたが、わたしにはスクリーンから浮き出てるぐらいにしか見えないんですよね。
 立体感って個人差があるんでしょうか?実際にあるものを見る場合には目の間の距離なども関係ありそうですが(目が離れている方が立体感が強くなる、はず)、3D映画の場合はフィルム上ですでに左右のイメージになっていますし。それと、左右の視力もほぼ同じなんですけどね。なんか、ちょっと損してるって感じ。ぐっすし。

2003年07月27日

例えるなら一杯1万円のラーメン

 『夕陽のギャングたち』のDVDが10月24日に東宝から4,800円で発売されるそうで。今回は通販のみではなく一般流通なので店頭でも買えます。
 そんなぁ~、この間9,800円で買ったばかりだよ、わたしは。かなりがっくしだぁ。
 もっとも、10月24日の方は156分イタリア語の完全版一枚だけなので、9,800円にあった150分英語・日本語吹替版がないから半分の値段といわれると少し納得。

 高校時代に観た『ターミネーター』(1984)、大学時代に観た『ターミネーター2』(1991)、そして今年の『ターミネーター3』(2003)。
 ターミネーターシリーズとの付き合いもなんのかんのでおよそ20年になるわけです。
 とりあえず3はおいておくとして、1と2のどちらが好きかといえば圧倒的に1。低予算(アメリカの娯楽映画としてですが)など限られた条件の中で、あれやこれやと頭を絞ったアイディアの連打で観客をノックアウトする。やっつけたと思ってもひたすら復活して襲いかかってくるターミネーターにはわくわくさせられたもんです。
 2は一気にゴージャスになって派手な映像やアクションを展開してくれます。しかし中途半端なヒューマニズムが映画全体を支配している点など、どうも個人的にはちょっとなって感じです。
 なんというか、キャビアやらトリュフを使った一杯1万円のラーメンを出されたとして、はたしてそれは美味しいのかどうかってことです。美味いには美味いかも知れませんが、それはすでにラーメンじゃない気がします。ラーメンは5~600円、高くても800円ぐらいだから美味しいんじゃないでしょうか。
 未来で人間と機械の戦いを描くと金がかかるから舞台を現代にする。ターミネーターの見た目がロボットだとSFXやアクションも大変なので人間そっくりにする。未来の武器も同じような理由で持ってこれないことにする、などなど。『ターミネーター』の基幹的アイディアはB級SF映画のそれであって、なにも無理して大作にするこたないと思うのですが。

2003年07月29日

なぁ桂馬、ひょっとして・・・

  ラグナロクオンラインはあっさり挫折してしまったわたしだが、MMOゲーム(大規模多人数オンラインゲーム)にはまだ興味がある。
 ネットワーク上に一つの世界があって、そこにいるキャラクターたちは誰かの分身で、自分もそこで冒険したり商売したりというのは面白そうだ。
 重要なのは世界観と細部のディテールだと思うのだが、ラグナロクの場合そこにわたしが馴染めなかった。
 何か面白いのないかなと思って探してみたが、正直どれも似たりよったりだった。

 でも、実は私たちの暮らしているこの世界が、より上位の世界によって作られたMMO世界で、わたしたちはそこの人々に操られているだけだったりして。
 映画『マトリックス』シリーズにもちょっと似てますが、あちらはコンピューター上の仮想現実であるマトリックスにその人間の人格そのものが暮らしているのでちょっと違う。
 MMOの場合は、育て方と間違えたからとあっさり削除されてしまったり、プレイヤーが飽きて途中で止めてしまわれたりします。
 いや、プレイヤーキャラならまだいいんで、実はNPC(ノン・プレイヤーキャラクター)だったりするとかなりイヤです。

 そういえば、フレドリック・ブラウンの短編に、騎士や僧侶そして女王などが敵と血みどろの戦いを繰り広げていて、最後には地面がグラグラっとして傾いたなと思ったらみんなチェスのコマの箱に落ちていくというのがありました。
 現実の戦いだと思ったら実はチェスだったってことです。
 なかなか「うむむ」とうならせる出来なのですが、騎士にナイト、僧侶にビショップなどとフリガナが振ってあるので序盤ですでにオチが読めてしまうのが難点です。
 『糸井重里の萬流コピー塾』(*)の“将棋”の回では、「なぁ桂馬、ひょっとしてこんなことは全部ゲームじゃねぇのかな」という名コピーがありました。(記憶で書いてますので細かい点が違ってるかも知れませんが)フレドリック・ブラウンが数ページを費やしたテーマを、たった一行で表現してしまうとはさすが俳句の国の人です。
 しかし今の糸井重里には、なんかバス釣ってる人っていうイメージしかないですね。コピーライターという本来は裏方の職業に異様な注目が集まったのも、今思えばバブルのせいだったんですかね。いや、知らんけど。

*コピーライター糸井重里が週刊文春で1980年代半ば~後半にかけて連載していた読者参加コーナー。通称、糸萬ピ。
 家元糸井重里が提出したお題(“将棋”、“烏龍茶”など)にコピーを募集し、読者がハガキで応募する。送られてきたコピーに対し餅(0点)、毒(0.5点)、梅(1点)、竹(2点)、松(5点)の順で点数が付く。「なぁ桂馬~」のコピーはもちろん松。
 わたしが読み始めたのはおそらく病院の待合室などで週刊文春を手に取ったのが最初。以降、高校生なのに週刊文春を購読していた。

2003年07月30日

3000万ドルを使い切れ

 メジャー・リーグ選手の年俸などがとても大きい時に天文学的金額と表現することがある。
 『ターミネーター3』(2003)でのシュワルツェネッガーの出演料が3000万ドル(36億円)というから、こいつも天文学的金額だ。
 しかし、何も大きい数字ばかりではなくて、1や10だって天文学で使う数字ではないだろうか。
 つまり、ガリガリ君1本60円だって天文学的金額であるはずだ。もちろん、うまい棒1本10円だってそうだ。
 そこまで金額を小さくしなくても、そこらを歩いているサラリーマンのお兄ちゃんの給料だって充分天文学的金額だ。
 中には、物欲に支配されていてサイフの中がブラックホールな人もいるが。
 うむむ、わたしのサイフの中でビッグバンが起こってくれないだろうか?
 と思って花火を仕込んで火を付けてみたらサイフが吹っ飛んじまった。うわーん、新しいの買わなきゃ。収支マイナス方向へ修正、ワープ0.3。

 それにしても、シュワルツェネッガーは36億円もなにに使うのだろうか。もちろん税金とかはかかるので手取りはそれよりも少ないだろうけど。
 邸宅(5億円)に車(500万円)に服など一揃え(200万)に、あとは電化製品?冷蔵庫壊れてるし。うーむ、あまり思いつかん。欲しいDVD全部揃えるといっても数百万円で収まりそうだ。困ったな、まだ数十億残ってる。
 金の使い道に困るといえば『マイナーブラザース 史上最大の賭け』(1985)は遺産相続の条件として1ヶ月で3000万ドル(36億円)を使い切るという映画だった。偶然にもシュワルツェネッガーの出演料とちょうど同じだ。
 家や美術品など形に残る物を買ってはいけないというルールなので、相続人のリチャード・プライアーとその相棒ジョン・キャンディが使い道に四苦八苦していた。
 ホテルの最上階をフロアごと一ヶ月借り切ったり、二人はマイナー・リーグのピッチャーとキャッチャーなので無理矢理メジャーのチームと田舎球場で対戦したりと、ひたすら浪費につぐ浪費。
 ただ浪費の爽快感があまりないのと笑えないのは、監督のウォルター・ヒルがあまりコメディには向いてないからだろうか。

 ちなみに日本ではありがたいことに、国民が浪費の爽快感を味わうために自らのサイフを痛めないでもいいよう、政府やお役所が代わって浪費してくれる。
 なんちて。