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2003年06月 アーカイブ

2003年06月04日

黒澤明について考えた

 黒澤明作品と出会ったの中学校で観させられた『影武者』(1980)である。なんてまぁつまらない映画だと思ったものだ。
 その後、高校生の時にテレビで『生きる』(1952)を観て、志村喬が「ハッピパースデー」の歌を背に喫茶店を出て行くシーンで泣いた。
 大学に入って名画座で『用心棒』(1961)を観て「なんて面白いんだっ!」と燃えた。ただ、同時上映の『隠し砦の三悪人』(1958)は、傑作の誉れ高い娯楽時代劇とされているが、わたしには大して面白くなかった。
 東宝が『七人の侍』(1954)を新ポスターを作成するなどして1991年に正式リバイバルしたので、今は無き知多東宝に当然のごとく観に行った。面白かった。面白かったが、この作品を日本映画の最高峰と言ってしまうのはいかがなものか?と、当時シネマ研究会4回生のわたしは思ったものだ。
 志村喬が仲間を集めていくくだり、三船敏郎など仲間の個性あるキャラクター、若い武士と農民の娘のラブロマンス、野伏たちとの戦いと様々な要素がみっちりとは207分途中休憩入りで詰まっている。スケールの大きな作品で「面白くて当たり前」なのだ。そして「面白い」でしかないのだ。
 人間性の奥深さとか情感とかはあまりない。ダイナミックな移動撮影はあるが、一枚の「美しい画」がない。役者の多くは大芝居で、“観客が感情移入”するのではなく、力業で“観客を感情移入”させている。
 日本映画を超えたと言われるが、日本映画として忘れてしまった部分もあるのではないだろうか。
 もし日本映画を代表する一本となると小津安二郎や溝口健二から選ぶと思う。いや意表をついて鈴木清順とか。

 思えば、黒澤明という人はB級映画監督としての素晴らしい才能を持っていながら、本人が望んだのか会社が望んだのかはたまた観客が望んだのかは知らないが、A級映画監督になってしまったあるいはならされてしまった人である。
 もしもB級映画の道をそのまま進んでいてくれたらなと思う。
 デビュー作『姿三四郎』(1943)で、池の中にいる三四郎が蓮の花が開くのを見て一種柔道の悟りを開くシーンの美しさはどうだろうか。その美しさを中盤からの黒澤はなくしてしまったように思えてならない。

 『用心棒』(1961)は作られたのは『七人の侍』(1954)よりも後だが、痛快なB級映画に仕上がっている。
 前者が『荒野の用心棒』(1964)、後者が『荒野の七人』(1960)としてリメイクされたことからもA級・B級としての違いが分かる。
 破格の制作費だった『七人の侍』の2億1千万円と比べるとおそらく安く出来ていると思う。ちょっと調べたがわからなかったのでアレですが。
 桑畑三十郎(仮名)の三船敏郎が宿場の状況を飯屋のオヤジ(東野英治郎)に尋ねると、オヤジは閉めきった鎧戸をあちこち上げては「あっちが清兵衛、こっちが亥之吉だ」と密室の中にいながら宿場を立体的に説明していくシーンのすごさよ。
 おそらくはこちらの方が黒澤本来の演出ではないだろうか。

 晩年に作った作品はアレだと思う。はっきり言えばつまらない。前述の『影武者』は学生時代に観直したがやっぱりつまらなかったし、『夢』(1990)は金取ってボケたジジィの夢観せんじゃねぇよだし、『八月の狂詩曲』(1991)はババァのグチと何しに出てきたんだかわかんないリチャード・ギアだ。リチャード・ギアはちゃんと内容を理解した上で原爆投下を謝罪するセリフをしゃべったんだろうか?ともあれ反核なら『はだしのゲン』を読んだ方がいいぞ。
 そして遺作となる『まあだだよ』(1993)には観終わった後で「もういいよっ!」と返してしまった。ジジィをみんなしてヨイショし持ち上げる映画を、ジジィが撮ってどーすんだよ。

 自らの素質と求められる物との差で黒澤は苦しんだのではないだろうか。完璧主義者として知られ黒澤天皇とも呼ばれたが、それは幸せなことだったのだろうか。1971年の自殺未遂の理由はどこにあるのだろう。・・・わたしは知らないが。

2003年06月14日

ザイオンなんざ滅んでしまえばいーのんじゃ!

 生き延びた人類がザイオンでゴチャゴチャ集まりアホのように踊り狂っているのを見て、「こんな奴ら滅んでしまえばいーのんじゃ!」というのが『マトリックス リローデッド』の一番の感想なんで、やっぱどうにも調子が悪いようだ。
 機械に征服された世界の片隅で必死になって生きてるんじゃなかったのかよ。ネオやモーフィアスが必死になって守っているのがこんな奴らでええの?栄枯盛衰ということで人類は滅んでしまってもいいところを、わざわざマトリックスなんて架空世界まで作って機械側ではケアまでしてくれてるというのに。こうなったら機械側にシンパシーを抱くぞ。いや、機械の側からはみ出してしまい、機械でもいられずかといって人間でもないエージェント・スミスにシンパシー。彼は鉄腕アトムであり人造人間キカイダーなのだっ!

2003年06月25日

親の責任として子供からは可能な限り目を離すな

 近所のイオンに生活用品の買い出しに出た。
 広い駐車場を歩いていると、一台の軽自動車が目に付いた。
 助手席のチャイルドシートには3~4歳の男の子が一人置き去りにされている。熱中症防止にだろうか、運転席と助手席の窓を5センチぐらいずつ開けてある。熱中症の防止にはなるだろうが、その隙間からどうかしてドアを開けたりされて誘拐されるなどは考えなかったのだろうか?
 気づいてしまった以上、そのままにしておくわけにはいかず、しばらくその場にとどまってしまった。だが、自動車の横につったっていたんではいかにも怪しいので、自動車を常に視野に入れつつ、なんとなく駐車場をウロウロしていた。
 待つこと数分、店の出入り口から一人の女性が小走りで自動車に向かっていった。おそらく二十代半ばぐらい、茶髪の女性である。
「あーあ、別に小走りにならんでも。歩こうが世界最速で突っ走ろうがもし何かあったとしたら今さら同じだって。子供がいなくなっていたり、意識不明になっていたりとか」
 近くに行って教育的指導でもしようかと思ったが、逆に不審人物として通報されても困るので、女性が自動車に乗り込むのを確認してその場をあとにしたわたしであった。

 っつーか、自分の子供を、いや他人の子供でもだが自動車の中に放置しちゃいかんっつーの。
 「短時間だから」とかほざくかも知れないが、『マイノリティ・リポート』のトム・クルーズなんかプールに潜って顔を出したらもう息子が忽然と姿を消してたんだぞ。よくもまあ混雑したプールから目撃者無しで水着姿の男の子を連れ出せたもんだ。ひょっとして犯人はルパン三世だろうか?いや、ルパンはそんなことはしないな。
 ともあれ、「親の責任として子供からは可能な限り目を離すな」というのがあの大作映画のテーマなのだ。

 違うかもしれんが。

2003年06月29日

レポマンの字幕に物申す

アレックス・コックスのデビュー作『レポマン』(1984)のDVDが発売されたので購入。
 とにかくイカれたイカしたパンク・ムービーで、エミリオ・エステベスが実にバカでかっこいい。エステベスをレポマン(ローン未払い車回収業)の道に引き入れるハリー・ディーン・スタントンも名演だ。
 数年ぶりの『レポマン』はやっぱり面白かったのだけれども、一つ問題がある。字幕だ。
 細かくチェックしたわけではないが、いくつも誤植がある。例えば「母親のなってくれ」というセリフがあるが、これは「母親になってくれ」の間違いだろう。
 誤植ならまだいい。映画の冒頭で失業し彼女にも裏切られたエステベスが、テレビ番組のタイトルが連なった歌を一人口ずさむシーンがある。そこに出てくる『ダラス』『ジェファーソンズ』『フリントストーン一家』という番組名はまぁ分かる。

 だが、『土曜よるライブ』って何よ?

 こいつは無理に日本語訳にしなくて『サタデー・ナイト・ライブ』のまんまでいいだろ。
 せめて“よる”を漢字にしろよ漢字に。『土曜夜ライブ』・・・んーこれもなんだかなぁ。
 いっそのこと全部漢字っ!『土曜夜生放送』っ!・・・ババンババンバンバン、ハービバノンノ♪オーッス!って感じだな。これじゃドリフだよドリフ。
 あと宇宙人のせいでいきなり降り出した雹に、ラジオのニュースが
  「この雹には科学者も首を振っております」
 振ってどうする。お前はご臨終を看取る医者か?それを言うなら「首をかしげております」だろ。

 『レポマン』はユニバーサル・ピクチャーズから発売されていて、日本語以外にポルトガル語、スペイン語、中国語など7カ国語の字幕が付いている。そして複製禁止の警告文も何カ国語かで延々表示される。
 そこで推測されるのだが、おそらく日本語への翻訳と字幕付けの作業を、日本ではなくアメリカで行っているのだろう。タイトル自体が、日本専用として作られているわけではなく、原盤は一つでリージョンコードだけ変えた物をプレスしパッケージングしているのだ。
 そしてアメリカで翻訳を行った人物および関係者が、日本語への映画字幕の翻訳に長けた人ではなく、そのために上記のような間違いが残ったまま商品化されてしまったというわけだ。
 なるほど、納得。って、自分の推測に自分で納得してどうするっ!

 ・・・案外、“日本語字幕:戸田奈津子”だったりしてな。


 一応注:『サタデー・ナイト・ライブ』・・・アメリカの有名なテレビコメディー番組。
 『ブルース・ブラザース』はこの番組内の音楽コントから映画化。セガ・サターン発売のCMにも出演していた『コーンヘッズ』もこの番組のキャラクターです。ついでのオマケに言っておくと『ウェインズ・ワールド』もそう。前者と後者じゃえらい差ですが。
 サタデー・ナイト・ライブ出身というと、他にはエディー・マーフィー、チェビー・チェイス、ビル・マーレー、ビリー・クリスタルなどがいます。最近だと『リーサル・ウェポン4』『9デイズ』のクリス・ロックもそうらしいですね。
 無名だが才能のあるコメディアンを登用し、人によっては人気が出て映画界などにいったり、人によっては芽が出ずに消えていったりと、つねにレギュラーが新人に入れ替わっていく方式です。なにやらモーニング娘。とやらはそれのパクリなんでしょうか。まあ娘なんざわたしにはどーでもいいんですが。
 ビデオで数回分だけ観たことがありますが、日本の番組で言うと『オレたちひょうきん族』が一番近いんでしょうか。コントの連続で番組を成立させるという点では『モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス』も似ていますが、あれはイギリスの番組だし。ともあれ、コメディと銘打っている割にはこれっぱかしも笑えない『コメディお江戸でござる』でないことだけは確かです。