カンヌ映画祭(“かんぬえいがさい”と読むと立派そうだが“かんぬえいがまつり”と読むとまるで東映まんが祭りのようであれだな)に出席中のクリント・イーストウッドが引退をほのめかすような発言をしたそうだ。
たしかにイーストウッドもすでに74歳。楽隠居をしてもいい年ではある。しかし、理由は年齢ではなかろう。イーストウッドは本来死ぬまで映画人な男だ。
ただ、ハリウッド映画というカテゴリーと映画作家クリント・イーストウッドとの間に大きな距離が開いている。
コンペ部門に出品している監督最新作「Mystic River」は、幼児虐待とその後の人生という重いテーマを扱った作品である。制作に当たっては多くの映画会社が企画を断り、イーストウッドに軽めの作品を制作するよう勧めたそうだ。
だが、監督イーストウッドはハリウッド向きの題材ではないと分かっていながらも「Mystic River」を撮りたかったのだろう。
ここにわたしが1990年に書いた文章を載せよう。
「イーストウッドを知っているか?」
私たちは、イーストウッドという男を知っている。彼はガンマンであり、彼は刑事であり、彼は戦闘パイロットであり、彼はストリートファイターであった。
だが、ここでふと思う。私たちは、イーストウッドを知っているのであろうか?
先日、「ルーキー」を観た。イーストウッドはおなじみの刑事役である。相棒は黒人である。あぶないぞー、と思っていたら、案の定死んでしまった。有色人種たるもの、イーストウッドの相棒だけにはなるものではない。メル・ギブソンの相棒ならば、レギュラーになれるのだが。世の中は、不公平に出来ているのだ。
縛られたままやられちゃうとことか、銀の弾丸とか、異常な面白さが多い。よく考えてみると、出演者全員が異常者だったりする。前半と後半で、変化させて繰り返すとこなど、実にうまい。
イーストウッド監督作品と言うと、「恐怖のメロディ」を皮切りに、「ガントレット」、「ブロンコビリー」、「ペイルライダー」、「ハートブレイクリッジ」などなど、数多い。そしてその全てが、水準以上の出来を示している。これはすごいことである。
イーストウッドと言うと、一般的には俳優としてのイメージが強い。しかし、彼の出世作「荒野の用心棒」以降の出演作は30数本あるが、そのうちの半分近くを自分で演出しているわけである。
こうなってくると、俳優としての彼よりも監督としての彼に興味をもってくる。質も量も、いま現在の一流監督のなかにおいて、決して引けはとらない。
では、監督イーストウッドとは、どんな男なのか?
「ルーキー」におけるイーストウッドは、3つの姿を持っている。一つは主役の面であり、もう一つはわき役、そして監督である。
映画の前半においては、中心はイーストウッドに他ならず、チャーリー・シーンはあくまでも準主役である。
そして後半、イーストウッドが捕らえられてからは、彼にも多くの見せ場はあるが、主役の座はチャーリー・シーンに移る。
こうして2人の主役がいる物語は成り立ったのだ。2人の主役がいる映画と言えば、イーストウッド関係では「シティヒート」がある。
イーストウッドとバート・レイノルズの2人を同時に主役にしようとしたために、メロメロになっていた。
「ルーキー」では、主役を使い分けることによって成り立たせたのだ。だが、イーストウッドとチャーリー・シーンとでは役者としての格が違いすぎる。同列に扱うことは、普通の監督だったら出来ないだろう。で、監督は誰か?イーストウッド本人なのだ。
前半は主役とはいえ、自分をわき役として使う根性は大した物である。これはやはり、監督としての自分と、役者としての自分とがはっきり別れているからであろう。
監督もこなす役者などという程度とは、技量が違うのだ。監督イーストウッドは、役者イーストウッドによる先入観を抜き去って、なお偉大な監督なのだ。
ところが、監督としての彼は、かなり過小評価されている。現在のハリウッドの監督の中で、イーストウッドと張り合える者がどれだけいるというのだろうか?
いま一度、監督としてのイーストウッドというものを、とらえ直すべきであろう。「恐怖のメロディー」などというおかしな作品でデビューした事から考えても、イーストウッドの才能の深さが分かる。単にアクションの男だろ、なんて考えていてはいけないのだ。
彼は監督であり、役者であり、政治家であり、男である。
私たちは、イーストウッドを知っているのだろうか?」
アメリカにはおおざっぱに言ってハリウッド映画とインディペンデンス映画がある。大資本系映画と独立資本系映画と言っても良い。
だが、根本的な違いは予算の大小ではない。映画としてのあり方の差なのだ。
アメリカインディペンデンス映画の父といわれるジョン・カサヴェテスはそもそも俳優であった。その点はイーストウッドと同じだ。
ただ、カサヴェテスは『特攻大作戦』やこの間WOWOWでやっていた『殺人者たち』などに観られるようにクセの強い脇役俳優なのだ。
その彼が映画を作るとなったときに資金面で苦労したことは想像に難くないが、題材・演出面での制約は少なかったようだ。
事実、監督第一作の『アメリカの影』(1960)はシナリオ無しの現場での即興演出というまるでヌーヴェル・バーグを思わせるような作品となっている。
イーストウッドも第一作の『恐怖のメロディ』制作に関して予算などでかなり苦労したようで実は低予算映画である。・・・ってこれじゃカサヴェテスと同じだな。
ただ、イーストウッドの場合にはいやがおうにもハリウッド・スターの看板がついて回るのだ。
しかも、イーストウッドはハリウッドでは芽が出ずテレビの世界に行き、そこからイタリアに渡ってマカロニ・ウエスタンで華開いてから逆輸入の形でハリウッドに戻ってきて西部劇役者として固定されかかる。
そこでドン・シーゲルと出会いカウボーイが都会にやってくる『マンハッタン無宿』で西部劇と現代劇の橋渡しをして『ダーティーハリー』へとつなぎ本格的にブレイクしたという、かなり紆余曲折したいわば屈折したハリウッド・スターなのである。
イーストウッドが撮るからにはハリウッド映画になっていなければならないし(ハリウッド映画が映画の規模ではなく映画の構造であるのは前に述べたとおりだが)、イーストウッドは撮るからにはただのハリウッド映画にするつもりはない。
この両者の向かおうとしている方向の違いが、イーストウッドから引退の二文字を引き出したのだとわたしは推測する。
ハリウッド映画は世界で最も懐の狭い映画ジャンルなのかも知れない。