「古池や 親子で飛び込む 無理心中」
というわけで、飛び込むのは古池ではなくプールにしましょう。でも、「そこ!飛び込まないで!」などと監視員に怒られますが。
わたしが育った街には屋外の市営プールがあった。25mプール、円形でくるぶしぐらいまでの深さの幼児用プール、そして50mプールの3つだった。50mプールは市内の中学による水泳大会で使われるそれなりに本格的な物で深さも結構あった。ちよちゃんの水泳の授業が命がけだったように、このプールも中学生以上でなければ入ってはいけないことになっていた。だが小学5年生ともなるとわたしや友人は「中学生だよ~」と大嘘をついて入り込み、25mプールでは味わえない開放感を満喫した。
あのころは夏となるとプールだった。市営だけに入場料も格安で、ほとんど毎日通っていた。一度、水不足のためにプールが休みになってしまったことがある。あの時はずいぶん悔しい思いをしたものだ。実はそれに関してちょっとしたエピソードがあるのだが、それについてはまたいずれ。
その市営プールが廃止になった。今日前を通りかかったら取り壊しの工事が行われておりほとんど更地になっていた。
わたしが子供の頃ですでに古びていたぐらいだから改修費など維持費も高いだろうし、ゴミ焼却場の隣にその余熱を利用した市営の温水プールができたからだろう。
しかし、その温水プールはほとんど人が住んでいない工業地帯のはずれにある。ゴミ焼却場はあまり繁華街にはないので当たり前なのだが。おかげで車などを使わないとなかなか行きづらいものがある。以前の市営プールは市一番の駅から歩いても10分ちょっと。住宅街の近くにあった。だから小学生のわたしでも一人でいくことができたのだ。
そしてなにより、あのカーッと突き刺さるような真夏の太陽の日差し。普段ならうんざりするようなその光が水面にきらきらと反射している中を泳ぐのは最高だった。
温水プールは季節や天候に利用することができる。これはうれしい。だがあの日差しがないことがどこか寂しい。福岡ドームみたいに天井が開いたりしないものだろうか。