語る その2の最近のブログ記事

 調子悪いな?、なんかダルイな?と思っていたら一気に熱が出たのが昨日。
 熱が39度を超えていてどうやらただの風邪ではなくインフルエンザな予感がする。
 よりによって3連休なので病院は休み。素直にアクエリアス飲んで寝て過ごす。
 頭がクラクラして映画を観る事が出来ないので『ターミネーター4』も『3時10分、決断の時』もお預け。
 あーつまらん。悪寒がするしまた寝よう。

以前から使っていたレンタルサーバー会社がperlのバージョンが古くMovable Type3までしか対応しておらず、4を使いたかったので他の会社に移転しました。
この2-3日表示がおかしかったりしてご迷惑をおかけしました。今日あたりからようやく安定しました。
やはり新しいものは良いんで4の機能を楽しんでいます。何が良いといって検索スピードの大幅アップです。これは私には直接関係なく利用者の方の利便の問題ですが、本当に速くなっています。
3の検索は実用に耐えないスピードでしたが、これでやっと検索が使い物になります。CGIが見直されたのでしょうね。
便利というか自動でやりすぎるところがあって、これまでの意識で使うと不便に感ずる点もありますがおいおい慣れていく事でしょう。カスタマイズもそんなにしないでしょうし。とか言ってる内に10月には5が出るという話ですが。
ついでといってはなんですが、レンタルサーバーの利用料が年1万以上安くなったのも嬉しい誤算でした。前使っていた会社を選んだ頃はそんな安いところはなかったんですよ。
料金でいえば無料のブログを用意しているところもあるのは知っていますが、資産(というほどのものではありませんが)であるこれまで書いてきた記事の引き継ぎが出来ない。調べてないだけで出来るところもあるのかもしれませんが。自動で出来なくても手作業で出来ないこともないんでしょうが......無理っす。

Spock0912.jpg ネット上の『RollingStone』誌上でこんな記事を見つけた。

「なぜ今、80年代映画が面白いのか?
80年代が生んだキモカワキャラ(2)
『スター・トレック』『E.T.』『グレムリン』……

Mr. Spock
ミスター・スポック
1作目の成功を受けて製作された『スター・トレック』(79年)の続編。前作の哲学的SFから一転、娯楽テイストを兼ね備えたアドベンチャー大作に。初めて本格的なCGを採用したことでも話題になった。写真のスポックはエンタープライズ号の副長であり、科学士官。高度な知性と豊富な知識によって、的確な情勢分析でカーク船長をサポートする。
紹介作品:『スター・トレック2 カーンの逆襲』」


 いや、『E.T.』や『グレムリン』はともかく、Mr.スポックは80年代のキャラじゃないから。キモカワキャラってのも微妙だし。
 ファーストの映画版は確かに80年代製作だが、元は60年代のテレビシリーズでその時から同じバルカン耳にバルカンサインでレナード・ニモイは登場していたから。それとの差は年を取って制服のデザインが変わったぐらいだ。
 平成仮面ライダーが流行っているからと言って、仮面ライダーを00年代代表キャラにはしないだろ。しっかりしてくれよ『RollingStone』。『炎の少女チャーリー』でチャーリーは最後に大手新聞社やテレビ局よりもあんたらを信じて政府の陰謀を伝えに行ったんだぜ。記事はちゃんと裏を取って書いてくれよ。
 まぁ日本版の記者が流し書いてるんだろうけど、しっかりしてくれ。

スカパー!の日本映画専門チャンネルで11?12月とゴジラ映画全作品放映というちょっと無茶な企画が行われていて、私も録画しておいたのを初代『ゴジラ』から『ゴジラFAINALWARS』までほぼ一日一本のペースで観た。
生まれて始めて映画館で観た映画である『ゴジラ対ヘドラ』と期待して観に行ってトホホだった1984年版『ゴジラ』以外に別段思い入れはないのだが、今回その思い入れの無さを改めて感じた。
どうもあまり面白くない。では何故面白くないのか。あれこれ考えている内に一つの答えが見えてきた。
それを確かめるためにアメリカ映画の『放射能X』と『恐竜グワンジ』を観た。前者は核実験で巨大化した蟻が襲ってくる作品で、後者は20世紀初頭に恐竜が現れる作品。確信できたことは、核実験に対する罪の意識と恐怖の差だ。『放射能X』でも核実験の恐怖は描かれているが、扱いは明らかに小さい。日本に原爆を落とした国と、落とされて被爆国となった国の差だろう。
ゴジラシリーズには核の恐怖と罪の意識がつきまとって離れない。核実験によって生み出されたゴジラは人類に贖罪を求めて襲ってくる。人類に対する罰である。核で生み出されたという業を背負わされたゴジラは反核の象徴に祭り上げられているのだ。
それがゴジラを単なる怪獣映画にしていないし、単なる怪獣映画にしてくれない。日本人が持っているの核実験や核兵器に対しての問題意識故にゴジラは単なる娯楽作になってくれない部分がある。
でっかい怪獣が襲ってきて街を壊すというカタルシスだけで良いのに、そこに核が入り込む。私がどこかで感じる違和感の正体だろう。
単なる怪獣映画だったらここまでシリーズは続かなかっただろうが、もっと面白かったに違いないというのは熱心なゴジラファンから見れば問題発言だろうか。だが別段ゴジラファンではない私はそんな風に思ったりするのだ。

 今日観たのは『ナッシング・トゥ・ルーズ』(1997)。背の高い白人のティム・ロビンスと背の低い黒人のマーティン・ローレンスがひょんなことから凸凹コンビとなるコメディ。マーティン・ローレンスは職を探していて取りあえず強盗で食っている。泥棒・職探しというのは『ワイルド・チェイス』の主人公ジェイミー・フォックスと同じで、これまたしりとり。
 と言っても、これは狙ってやったんで偶然ではない。ティム・ロビンスが「自分の妻が浮気している」状態で、『ショーシャンクの空に』(1994)を連想させるキャスティング。『ジム・キャリーのエースにおまかせ』(1995)や『親指』シリーズのスティーヴ・オーデカーク監督作品としては割とまともなコメディ。スティーヴ・オーデカーク自身も踊る警備員として出演している。
 続けて、ポール・ニューマン追悼特集としてNHKBS2で放映された『シャドー・メーカーズ』を観た。そうしたら、どちらの作品にもジョン・C・マッギンレーが出ているではないか。うむ、シンクロニシティだ。
 原題の『FAT MAN AND LITTLE BOY』とは長崎に落とされた原爆と広島に落とされた原爆に付けられたあだ名。アメリカによる原爆開発、いわゆるマンハッタン計画を描いた作品。被爆国である日本国民としては愉快な題材ではないが、リベラル派として知られるポール・ニューマン主演作だけあって原爆を開発した科学者や軍人達を英雄として祭り上げてはおらず批判的作品となっている。科学者側は自分たちが作っている物が完成に近づくと共にその威力を怖れ反対の声を上げる者も出てくる。
 ポール・ニューマン演ずるマンハッタン計画の責任者グローヴス将軍と科学者側の責任者ロバート・オッペンハイマー教授の二人が主役だが、マンハッタン計画の規模があまりにも巨大で関わった人間も多く、計画全体を描くのか、その中での人間を描くのかが定まっておらず散漫で、あまり出来の良い作品ではない。徹底した秘密主義で行われ未だに公開されておらずはっきりしていないことも多いマンハッタン計画を映像化した点は評価する。
 ポール・ニューマンの他にはジョン・キューザックやローラ・ダーンなど役者も揃っており、音楽はエンリオ・モリコーネ。それを無駄遣いしているのが監督のローランド・ジョフィ。この人は『キリング・フィールド』(1984)や『ミッション』(1986)などオレの嫌いな映画を撮っており、今回もまたダメ。ダメとはいえ日本未公開なのは少々疑問。やはりマンハッタン計画という題材のせいだろうか?確かに劇場で流しても客は入らないだろう。だが、観ないで批難・否定するのが一番いけないことだ。

 しりとり状態は『REC』で切れた。

 スカパー!で録画したままだった映画を、そろそろレコーダーのハードディスク容量も少なくなってきたんでとりあえず適当に3本選んで観た。
『タイムリミット』(2003)、『ビッグ・トラブル in NY』(2005)、『ワイルド・チェイス』(2000)のアメリカ映画3タイトルは偶然にもデンゼル・ワシントン、セドリック・ジ・エンターテイナー、ジェイミー・フォックスと全部黒人男優、最近で言うところのアフリカ系アメリカ人男優主演作。
 ここまでなら確率的にさほど低くはないだろうが、『タイムリミット』と『ビッグ・トラブル in NY』は“100万ドル”という金額で繋がっており、『ビッグ・トラブル in NY』と『ワイルド・チェイス』は100万ドルと黄金と主人公の相棒をどちらもマイク・エップスが演じているということで繋がっている。なんかしりとりみたいだ。
 そうか、これはユングが言うところのシンクロニシティかな。意味のある偶然ってヤツ。マイク・エップスは『バイオハザードII、III』に出演していた人だが、日本で観ることが出来る出演作は10本程度だから偶然続けて観る確率は低い。
 次に観ようと思っているのは、NHKBS2で放映されこれまた録画したままのマキノ雅弘の『次郎長三国志』シリーズ(1952?1954年に制作されたなんと九部作)だからさすがにシンクロニシティは続きそうにないが、清水の次郎長の子分の中にマイク・エップスがいたりしてな。

 作品としての評価は高くないだろうが、オレとしては『ビッグ・トラブル in NY』が一番面白かった。カミさんを怒らせたバスの運転手が市バスを走らせて謝りに行く。白馬に乗った王子様ならぬ市バスに乗ったダメ夫だな。
 世界貿易センタービルが画面に登場する『ワイルド・チェイス』の頃のジェイミー・フォックスは最近の「これでもかぁ?」と無駄に力が入りまくった演技ではなくて、こっちの方が良い。
『タイムリミット』の監督は以前に『青いドレスの女』(1995)でもデンゼル・ワシントンと組んでいるカール・フランクリン。ストーリーや登場人物の整理が出来ていないなど両作とも明らかに力不足。『青いドレスの女』は原作を先に読んでたんで観ててかなりキツかった。

Hatenaでwashburn1975さんがやられている企画に参加。
オールタイムとはなっていますが、オレはその日の気分でコロコロ変わるのでとりあえず今現在のベストテン。
 順位は付けられなかったので順不同です。

■秋刀魚の味/小津安二郎(1962)
20年ほど前の学生時代に初めて小劇場で観たときは衝撃だった。昔は日本もこんな映画を撮ってたんだ。

■西鶴一代女/溝口健二(1952) 『雨月物語』とどっちかで迷ったけど、この作品での田中絹代の美しさが決め手。市川崑の『映画女優』で吉永小百合が田中絹代役を演じてたけど、格が違うよ、格が。

■浮雲/成瀬巳喜男(1955) 人間の業とやるせなさを描いた映画としては一級品。ヘビーなんで体調がよいときしか観られません。

■直撃地獄拳 大逆転/石井輝男(1974) 石井輝男がカラテ映画ブームに乗じて作り上げたハチャハチャスラップスティックコメディ。前作ではまだ格闘技をしていたが、今回はギャグまたギャグの連打。千葉真一の軽快な動きがギャグのテンポを引っ張る。徳川いれずみ師 責め地獄 (1969)とで迷ったが、個人的好みでこちらに。カルト度はいれずみ師の方がさらに高い。

■殺人狂時代/岡本喜八(1967) 最初はビン底メガネに無精ひげの冴えない仲代達矢が殺し屋集団“人口調節審議会”に狙われるウチにどんどん格好良く強くなっていく。はたしてその理由は?ミステリーとしての面白さ、殺し屋・溝呂木を演ずる天本英世とのスペイン式対決で佳境を迎える。その間間に挟まるギャグの数々。

■もっともあぶない刑事/村川透(1989) テレビ版は一切観ていないあぶない刑事だが映画は全部観てる。一作目は観終わった後に38度を超える熱を出して寝込むほどの出来だったが、これは傑作。村川統も全盛期の勘を取り戻した感じ。倒しても倒しても復活してくるターミネーターの様な敵がいるが苅谷俊介なのでなんか単に柄の悪いオジさん。

■丑三つの村/田中登(1983) 津山三十人殺しをヒントにした、第二次大戦時に徴兵検査で肺病のため落ちた青年が、閉鎖的な村の中で憎しみをつのらせついに猟銃を手に大爆発して村人を殺しまくり。主人公を演じた古尾谷雅人は徴兵検査に引っかかったにしては体格が良すぎるが、何を考えているのか良くわからない演技が良い。虐殺シーンの弾着シーンではトビー門口の名テクニックが炸裂。

■鴛鴦歌合戦/マキノ正博(1939) もう戦争が迫ってましたが、こんな楽しい映画も作られてました。オペレッタ映画、今で言うミュージカルだが舞台は江戸時代。「こ?れこれこれ、この茶碗」「僕は陽気な殿様」など登場人物が歌う。軽快で実に愉快。マキノでは血煙高田の馬場(1937)のどっちにするかで悩んだ。

■ヒルコ 妖怪ハンター/塚本晋也(1991) 何だ、塚本は普通の映画も撮れんじゃん。と思ったがその後またアングラに行ったまま。妖怪ハンターの映画化の話しを聞いて稗田役が沢田研二というので「ああ、悪くないキャストだな」と思ったら、原作の稗田像を思いっきりぶち壊してくれたが、その壊しっぷりと沢田研二の情けなさがここまでやればOK。古墳の位置に気づくときのダイナミックな視点の移動が未だにゾクリとする。

■野獣の青春/鈴木清順(1963) 日本ハードボイルド映画のぶっちぎりナンバーワン。ベースはダシール・ハメットの『血の収穫』だろう。何か目的があって犯罪組織に接触する宍戸錠やサドの小林昭二、サイコな川地民夫などキャストがキレまくり。映画館のスクリーン裏がヤクザの事務所になっているなどセットも素晴らしい。「クソして寝ろ」と投げつけられるタオル。下から突きつけられる猟銃。そしてやりきれない苦い結末。ハードボイルドである。『東京流れ者』と迷ったがやはり渡哲也よりオレとしては圧倒的に宍戸錠。

B001CUUMFK.jpg ようやく『スピード・レーサー』のレンタルが始まって借りてきました。
 ウォシャウスキー兄弟は『マトリックス』シリーズであったうっとおしさがなく、とにかく楽しんで作っている。観客にもとにかく楽しんでもらいたいというのが伝わってくる。
 日本のタツノコプロの往年の自動車レースアニメ『マッハGoGoGo』のハリウッドでの実写リメイク。あちらでは昔からテレビで『スピード・レーサー』のタイトルで放映されており何度も再放送を繰り返す人気番組でウォシャウスキー兄弟もファンで自ら企画しての映画化だったそうだ。
 映画は面白かった。ちゃんと覆面レーサーも出てくるし、弟やペットのチンパンジー、主人公の父親までアニメそっくり。
 ただ、ただし。ただしただしただし、この日本語吹き替えはなんとかならんのか?。調べてみると主人公の男女以外は有名で実力派の声優さんが占めているようだ。だけどだけどだけどだけど、主人公のスピード・レーサーがひどい。棒読みというより木と奉が分かれて変形して不幸読み。担当したのはジャニーズのKAT-TUNというユニットの赤西仁というアイドルらしい。ジャニーズ事務所に恨みはないが、これはひどいひどいひどいひどい。
 これまでにも色んな芸能人吹替を聞いてきたが、間違いなく間違いなく間違いなくワーストワン。ワーストのナンバーワンというよりむしろオンリーワン。初テレビ放映時の『スター・ウォーズ エピソード4新たなる希望』の渡辺徹と大場久美子と松崎茂にも耐えぬいたオレが映画が終わったときにはすでに9割方死んでいた死んでいた死んでいた。
 なら字幕版で観ればいいじゃないかと言われるかも知れないが、ここまでくると意地である。それに、ちゃんと最後まで聞いてないのに批判したとジャニーズマニアの人から文句を付けられるかも知れない。
 赤西仁のファンの皆様。彼のアイドルとしての才能と魅力についてはまったく知りませんが、洋画吹替の声優としては最低です。
『ザ・シンプソンズ』劇場版みたいにDVDではちゃんとした声優版でリリースされるとか、『TAXi4』みたいに芸能人吹替版と3までと同じ声優が吹き替えた声優版の2種類の音声が入っているとかそのぐらしてくれ。マジでマジでマジで。
 ヒロイン役の上戸彩も下手でしたが、陰に隠れてしまいましたな。
 でもほんと、話題を集めるための芸能人吹替は止めて欲しいなぁ?。やるならせめて青春映画とかラブコメに限定してくれ。アクションとコメディは止めろ。『ターミネーター3』もひどかったよなぁ。

ちょいとわけありで

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ちょいとわけありで、2週間ほどネット環境から遠ざかっておりました。
なければないでなんとかなるというか、そんな呑気な状況ではありませんでした。
新聞と公衆電話とテレビが唯一の情報ライフライン。
諦めて素直に本を読んでいました。
レイ・ブラッドベリの『たんぽぽのお酒』『火星年代記』「何かが道をやって来る』などから
新潮ではなくソフトバンクから出ているクライブ・カッスラーのシリーズや
スティーブ・ハンターなどなど。
やっぱ、海外の翻訳物冒険小説やSFが好きなんかな。

映画の血

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 映画監督という人種がいる。
 人種と言っても生まれつきではない。映画を観始め、映画に入れ込み、意識的にしろ無意識にしろ映画監督という人種を選んだ連中のことだ。
 映画とは誰の物なのか。主演者の物か、脚本家の物か、カメラマンの物か、制作者の物か。それとも観客の物なのか。様々な映画があるし、様々な作られ方をしている。だが乱暴にひとくくりにするとすれば、映画とは監督の物なのだ。
 オレは自主映画しか撮ったことはないし、プロの現場はテレビドラマでADをしていただけだ。映画作りの現場は見聞きした事象から憶測したものでしかない。それは断っておく。映画は監督の物だと言うことは、全ての責任は監督が背負っていると言うことでもある。映画にはスクリーンを観ているだけでは想像が付かないほどの人数が動いている。それらの人から最大限の力を引き出し、それを自分の物として操る。そこにかかる重圧はいかほどの物だろうか。ヒットしたかヒットしなかったか。評価が高かったか低かったか。世間で言う評判についての責任が軽く思えてくるほどだ。
 そんな責任を背負う、好んで背負うのかは知らないが、映画を撮るためならばそれを厭わない。
 だって「オレは映画が撮りたいんだ」のだ。だから、そんなことはどうでもいいのだ。
 社会的成功を求めて映画監督になる者もいるだろう。経済的成功を求めて映画監督になる者もいるだろ。だがそんなことなどどうでも良い。単に映画が撮りたいために映画監督になる者もいる。映画を撮ってりゃそれで幸せ。そんな映画バカ、言い換えれば映画気違いが作る映画こそオレが心底魅了される作品である。
 ヤツらは斬っても血が出ない。血管から噴き出すのはフィルムだ。映画に生き、映画に死す。
 人によっては「単なる映画」でしかない物に生涯を注ぎ込む。それが映画監督という人種だ。
 理想論?ならば映画史を紐解けばいい。そんな映画バカは何人もいる。

 オレが、いや今回は私を使うことにしよう。私がビリー・ワイルダーに魅力を感じないのは彼に流れる映画の血の薄さだ。
 実際のビリー・ワイルダーに会ったことはもちろんない。基本的に作品そのものにしか興味がないので、ビリー・ワイルダーがどんな人物だったかのエピソードを知っているわけでもない。彼の作品を観て、そこから私が勝手に思い浮かべたビリー・ワイルダーという人物だ。
 彼を斬ってもあまりフィルムは噴き出さないだろう。他の方が書き込んだことの真意はその人にしか分からないので、これはあくまでも私の考えだ。ビリー・ワイルダーには映画への熱狂振りが感じられない。この人は映画気違いじゃないんだろうなと感じる。
「それはあなたの印象でしかない」
「単なる抽象論」
 これは確かにそうだ。だが、私にとって抽象でしか語れないこともあるし、好き嫌いでしか語れないこともある。
 話しはここに戻ってくる。
 要するに私はビリー・ワイルダーが嫌いなのだ。それだけのことなのである。

『映画監督という人種がいる』という言葉は中村紘子史の『ピアニストという蛮族がいる』という著作名から影響を受けたことは語るまでもないだろう。
 書き始めは『映画監督という暴君がいる』であった。
 映画監督というのは暴君だ。映画は民主主義的手法によっては作り出されない。

 2月に引っ越しが決まり、3月末を目処に予定を立てていたのだが、3月に入って引っ越し業者に見積もりを頼んだら、3月20日から1ヶ月ほどは転勤シーズンなのでかなりの割増料金になるという。そこでかなり強引に3月17日に富山県を発ち荷物は3月18日名古屋着で日取りを決定した。
 子供の頃を含めてこれまでに13回の引っ越しを経験したオレだが、梱包も開梱も自分一人でやらなければならないというのは初めて。しかも昔と比べて荷物も増えているわけで、4トントラックにほぼいっぱいの荷物。梱包に関しては生活に絶対必要ではない物から順に日にちをかけて(といってもあまり日数に余裕はないが)やっていけばいいが、開梱はそうも言っていられない。というわけでこの二日、死ぬほどくたびれた。しかも出発前に2階から荷物を下ろしているときに階段で右足首をくじいて痛むし。
 新居に、といっても3年前まで住んでいた家なんだが、そこへ引っ越し業者の人に家具の搬入と設置はしてもらったが、段ボールに入れた物は自分で開梱して整理収納しなきゃならん。60数箱の段ボールを前にかなり憂鬱な気分を味わったが、とりあえず一番多い本が入った段ボールから取りかかる。部屋を埋め尽くした段ボールを開けてみては、関係なければ移動させ、開けては移動させを繰り返していく内に、有効に使えるスペースや通路がなくなってくる。「コンピューターゲームの『倉庫番』か、オレは」と思いながら本を棚に入れていく。とりあえず文庫本かハードカバーかの大きさだけで判断して棚を決めて放り込んでいく。作者別、発表年度順を基本に整理してあったのがもうメチャクチャ。だが、そんなのを気にしていたら作業は進まない。
 本の段ボールが片付くと部屋の中のスペースも確保できたので、次は家電製品。冷蔵庫に電源投入。中身は空。テレビなど映像機器のセッティング。アンテナケーブルがどっかに紛れ込んで見あたらないが、事実上DVD再生専用なので問題なし。パソコンの設置。
 ここまでやった時点ですでに19日本日の夕方。肩は凝ったわ、右足首は痛むわ、それでいて疲れのせいか食欲はないわ。でも食べておかないと身体が持たない。そこで「カレーライスだぞー」ってなわけで近所のCoCo壱番屋へ行き、チキン煮込みカレーライス400グラム10辛を注文しガツガツ食う。食っている内にスパイスの作用で身体が熱くなってきて、家に帰った頃にはかなり元気が戻っていた。うむ、スーパーキノコ並の体力回復アイテムだ。やっぱ「カレーライスにゃかなわない」である。
 3年ぶりに帰ってきた名古屋。住むのは名古屋市じゃないから厳密には愛知だが、名古屋と言った方が通りが速い。東京で働いていたときに「出身は愛知県なんですよ」と言ったら、「ああ、四国の」とお前それネタかよと思うような返事を返されたことがある。そりゃ愛媛だろ。愛の文字しか合ってねーよ。ま、ポンジュースがある分だけか、県名としては愛知よりも愛媛の方がメジャーなのかもしれない。名古屋にはトヨタがあるじゃないかと言われるかも知れないが、トヨタは三河で名古屋は尾張。方言も異なるし文化圏としてちょっと違うんだけどね。

『それ行けスマート』のリメイクが、2008年秋公開予定で製作進行中だとか。
 『チャーリーズ・エンジェル』や『ミッション・インポッシブル』など昔のテレビシリーズの映画化も一段落付いていた。そろそろネタも尽きてきたのだろうか、なんてことを思っていたら『それいけスマート』か。その考えはなかったわ。オリジナルは1960年代のテレビシリーズなので観たことはないが、1980年に作られた『THE NUDE BOMB』だけ観ている。好きな作品なので、新作公開時にどさくさまぎれにDVDで出ないかなと密かに期待している。でも、『ヘアスプレー』の1988年オリジナル版も出なかったしなぁ。こっちは音楽の版権問題などがあるのかもしれないが。
『それ行けスマート』のスパイアイテムというとスマートが履いている靴が無線機になっているというのが有名だが、携帯電話前世の今だからこそこのギャグは残して欲しい。せめて、呼び出し音が鳴って、最初は靴を片方脱いで耳に当てるが、はっと気づいてポケットから携帯電話を取り出すというネタはダメかなぁ。そもそもオリジナルとは全く関係ない作品になっているかもしれないし。
『スタスキー&ハッチ』(2004)のように、日本での劇場公開はされずにビデオダイレクトの可能性も大きそうではある。

 ガソリンや灯油が高くなった高くなったと思ってはいたが、実際どれぐらい上がったのかというのは案外意識していなかった。先日、高速を使って遠出をしたので、出発前にセルフ式ガソリンスタンドで給油した。燃料計はエンプティに近かったが、マーチだし3000円もあれば満タンになるだろうと給油機に紙幣を投入。そしてガソリンを入れたが、満タンになる前にお金を使い切ってしまった。
 やっぱ高ーなと思いつつ、今日になって自宅の片付けをしていたら、昔給油したときのレシートが束になって出てきた。一番古いのが1998年10月20日とほぼ10年前。レギュラーガソリンの単価は愛知県のJOMOスタンドで1リットル88円。セルフじゃなくて、給油も窓ふきもやってくれるスタンドで88円。安いなー。
 ちなみに、その束で一番近い日付が2003年4月1日の同じスタンドで102円。

 この2007年の10月から11月。
『沈黙のステルス』、『沈黙の激突』、『沈黙の報復』の三作が連続で、ごく一部の劇場で公開されている。
 東京か大阪まで行けば観られるが、さすがにそこまでする気はないので、素直にレンタルになるのを待つ。数ヶ月先には出るのだろう。

 ともあれ、こうして23本のセガール主演作をひたすら観続けた。
『沈黙の陰謀』辺りが一番精神的にきつかった。
「なんで、どれもこれも同じような映画を毎日観なきゃいけないんだ……」
 だが、その谷を抜けてしまうと、逆に観ないと落ち着かないようになってしまった。
 体内のセガール分が減ってくると、意欲が落ちてくるのだ。これはもう、セガール依存症である。

 セガール出演作を一言で言うならば、これらはセガール映画という映画の一ジャンルだということだ。
 アクション映画やコメディ映画、ラブロマンスと言った映画には様々なジャンルがあるが、その一つとしてセガール映画というのが存在するのだ。
 セガール映画はアクション映画に近いものだが、しかし別物だ。だから、セガールが圧倒的に強くて、いつも一撃で敵を倒したとしても、それはセガール映画の文法なのだ。
 圧勝してこそのセガール。観客は誰も苦戦するセガールなんて求めてはいない。敵に打ちのめされて、そこから苦労を乗り越えて腕を上げ、ついにラストで勝利するなんてのは、もはやセガールではない。セガールは最初から最強でなくてはならないのだ。
 その対照的なアクションスターとしてジャッキー・チェンがいる。ジャッキーもジャッキー映画という一ジャンルなのかも知れないと思うわけだが、ジャッキーは決して圧勝しない。常にギリギリの戦いを強いられ、苦戦に苦戦を重ねてようやく勝利する。
『蛇拳』や『酔拳』などの初期作品では、最初は弱かったジャッキーが、猛修行の結果として技を取得し、それでもなおラスボスと時に劣勢な死闘を繰り広げて、最後にボロボロになりながらも勝つ。それがジャッキーだ。
みんな、苦戦したり逃げ回ったりするジャッキーが観たくて映画館に行っているわけで、一撃圧勝のジャッキーなんか観たくないのだ。

 セガール映画が一ジャンルとなると、当然観客への窓口は狭くなってくる。
 観る人は毎作観るが、観ない人は一切観ない。じつにキッパリしている。
 だから、人によっては、というか多くの人にとってセガール映画は面白くないだろう。
 ムスッとしたオヤジが、毎回勝っているだけ。だが、ファンにはそれがたまらない。
 ホラー映画がどうしてもダメな人がいる。コメディ映画を観ても、笑いどころがつかめない人もいる。それと同じく、セガール映画がダメな人もいる。
 だから、セガール映画を観てつまらなくても、それはイコール駄作とは言い切れない。その人がセガール映画を理解できなかっただけの可能性もあるのだ。
 って、なんでここまでセガールを擁護してるんだよ、オレ。

 ともあれ、セガールの戦いは続く。まだまだ続くだろう。
 そしてセガール映画のファンの戦いもまだまだ続くのだ。

 『007 カジノ・ロワイヤル』が公開することだし、一度シリーズを通して書いてみるかな、とふと思いついたのが運の尽きだった。
 書き始めてすぐわかったことだが、ほとんど何も覚えていない。車が360度側転ジャンプするシーンとか、ボンドとジョーズがスカイダイビング中に戦うとか、断崖から飛び降りたボンドのパラシュートが英国国旗の模様だったとか、シーンは覚えているのだが、どの映画のどこで登場したかとなるとさっぱりだ。
 ブロスナンボンド作品に関してはまだそれなりに記憶にあるが、コネリー・ムーアボンドの頃となるともう記憶の彼方。どれもこれも基本的には世界を狙う悪党がいて、ボンドがマティーニやドン・ペリニオンを飲みながら美女といちゃつき、そして敵をやっつける。それの繰り返しが20数本もあっては、別段007マニアでもなく、普通に好き程度なオレにとってはどれがどれやら区別が付かない。
 一応、ビデオやDVDでカットされていないフルバーションは全作品とも観ているが、これで書く自信はない。というか書けない。
 しょうがないので、1日1本のペースで『ドクター・ノオ』から観直していった。
 そこまでは良いのだが、失敗したのは逐一メモを取っていったことだった。これまでそういう行為はしたことがなく、観終えた後に記憶に頼って「こうだったよな。ああだったよな」と書いていた。
 今回はメモがあるので、当然それに沿って書いていく。このシーンから始まって、こうなって、そうなって・・・気がつくとただ単に粗筋を書いているだけだった。読み直してみるがつまらん。
 だが、上映中にメモを取る映画評論家もいるそうだし、まだ慣れていないだけかもしれないからしばらくこのスタイルを続けてみよう。そのうち、自分なりのメモを使った文章の書き方が見つかるかもしれない。
 そして『ダイ・アナザー・デイ』まで書いたが(『カジノ・ロワイヤル』は劇場だったのでメモを取る余裕などなかった)、延々と粗筋を書いただけで終わった。

結論:メモを取って、それから文章を組み立てるというやり方はオレには向いていない。記憶力の悪さには自信があるが、それでもなお覚えていることは本当に重要だったりすごかったり美しかったりすること。だからそれを頼りに勢いに任せてダダダダッと書く方が楽しいし、自分で読み返してみる分でもそちらの方が面白い。他人がどう読むかは知らんが。
 メモも単なる材料の一つとして、書きたいことの補足として使う分にはいいのだろうが、オレはどうしてもメモに引きずられてしまった。

 そもそもメモの取り方も悪いのだろう。これもメモしなきゃ、あれもメモしなきゃで、印象に残った点ではなくストーリーの概要に過ぎなかった。
 大学受験の頃、参考書の重要と思える点にマーカーを引いたが、気がつくとほぼ全行がマーカーだらけ。こんなもん知るかいと参考書を投げ出し、ついでに受験勉強も投げ出した。だが、実際の入試ではマーカーとは関係なしに、授業で教わって印象に残っている事が出題されていて、浪人かもなぁと思っていたのに、受験した2校とも合格していた。
 何か関係ありそうな気もするが、多分ない。

 ちなみに007シリーズを一気に観た感想としては、面白かったかと聞かれれば「面白かった」。あなたの心には何が残りましたかと聞かれると「何も残らなかった」
 でもその「何も残らない」ところが良い。観ている最中はハラハラしたり笑ったりアクションに驚いたりして、劇場を一歩出た時点で忘れている。007シリーズというのはオレにとってそういう存在だ。ある意味くだらない、だから楽しいの。
 映画1本観る度に、上映後にまであれこれ問題意識や人生の意義などを真摯に考えさせられていたら死んじゃうよ、オレ。色々なややこしいことは現実の人生でもう充分すぎ。その手のはたまにでいいや。
 ちなみに『父親たちの星条旗』も『硫黄島からの手紙』もオレにとってはまず娯楽映画。「その手の映画」のような映画としての程度が低い物ではなく、美しく、残酷で、燃える、娯楽映画。オレと映画との関わり方はそんな感じだ。

 今書いているこの文章が「映画バカ黙示録」の第1111番目のエントリー。
 きりがよいのでこれにて終了!
 ・
 ・
 ・
 はしない。まだまだ続くのであった。
 だが、きりがいいのは事実なので、ここらで今後の予定を整理することにした。具体的にはどの映画について書いていくか、そのリストを作ることにする。
 ここで色々と書いてはきたが、観た映画全体にとってはそれもほんの一部に過ぎない。取りあえず、思いついたままにタイトルを上げていく。

『スターファイター』 夜空を見上げた少年は・・・
『赤ちゃん教育』 ハワード・ホークスの手がけたスクリューボールコメディの傑作
『ドノバン珊瑚礁』 ジョン・フォードが南の島で作り上げた傑作コメディ
『無能の人』 竹中直人の初監督作品。
『ヌーベルバーグ』 ゴダールが『ヌーベルバーグ』に向き合う。
『デリカテッセン』 人を食う
『トト・ザ・ヒーロー』 切ないなぁ。
『生きるべきか死ぬべきか』 エルンスト・ルビッチによる絶妙なる作品
『インディアンランナー』 ショーン・ペンが監督に挑戦。しかもすごい。
『ホットスポット』 上記『インディアンランナー』にも出演しているデニス・ホッパーによるクライム映画
『グランドツアー』 SFとはSFXの良し悪しではなく設定とストーリーにこそあり。
『クーリンチェ少年殺人事件』 純粋でそして冷徹。エドワード・ヤン作品。DVD化希望!
『レンタ・コップ』 バート・レイノルズがレンタルされます。
『ウィズダム』 エミリオ・エステヴェス初監督作品。必死の逃避行。
『汚れた血』 まさかな人質
『クリープス』 オヤジ刑事がイカす。主役じゃないが。
『帝都物語』 あんた、鬼に遭うよ。
『さよならジュピター』 駄作でも大失敗作でもなんか好きなのだ。
『四月怪談』 柳葉若ぇ
『ミューラー探偵事務所』 歌う名探偵
『ペテン師とサギ師 だまされてリビエラ』 フランク・オズ×マイケル・ケイン×スティーブ・マーティン そしてみんなだまされる。
『モンキー・シャイン』 ジワジワ怖い
『ワンダとダイヤと優しい奴ら』 わっはっはっ!
『人情紙風船』 だからつらいんだよ・・・
『赤西蠣太』 モダン時代劇
『エリック・ザ・バイキング』 あっ、関根勤が出てる。
『ミディアン』 モンスターの生きる権利
『ア・ホーマンス』 松田優作唯一の監督作品。
『Shall we ダンス?』 大人な映画
『鴛鴦歌合戦』 唄う時代劇
『血煙高田馬場(決闘高田馬場)』 走れ安兵衛
『非情城市』 私らの知らない台湾。
『恋恋風塵』 思春期。
『遥かなる大地へ』 ジョン・フォード的記憶。
『人生は琴の弦のように』 弾き切った弦。
『ダンシング・ヒーロー』 禁断のステップと父親と。
『レモ 第一の挑戦』 銃弾をかわせ。
『忘八武士道』 アンチヒーローの極致。
『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』 花火がどっかん。ソレも空を飛ぶ。
『徳川いれずみ師 責め地獄』 こんな始まり方、観たことない。
『ゼイラム1,2』 ランニングシャツ姿で闘う螢雪次朗、そして『お笑いマンガ道場』。
『黒蜥蜴』 みっ、三島由紀夫が。
『地獄の警備員』 良いネクタイしてるね。
『レッドロック』 殺し屋と勘違いされた男と緻密なストーリー。
『極楽特急』
『アメリカの影』
『ローデッドウェポン1』
『クライングゲーム』
『グロリア』
『狼男アメリカン』
『独立愚連隊西へ』
『殺人狂時代』
『東京流れ者』
『砂漠の流れ者 ケーブル・ホーグのバラード』
『バッド・テイスト』
『死霊のはらわた2』
『狩人の夜』
『はいすくーる仁義2』
『江戸川乱歩の淫獣』
『マウス・オブ・マッドネス』
『イントレランス』
『トランザム7000VSパトカー軍団』

 ・・・ああっ、まだまだこんなもんじゃない。
 あれこれ皮算用するよりも、着実に1作毎に文章を書いていくことが重要なのだが、今年に入ってからはちっとも着実でも順調でもない。まぁ、少しずつだよなぁ。

2006年7月14追記
MovableTypeを3.3にバージョンアップし、Blogデータが多くなりすぎていたのでエントリを整理し100件ちょっとや不必要な画像を削除した。
そのため現時点では1000エントリほど、データ量にして50MB少々になっている。レンタルサーバーのスペースからするとあと2000エントリほどは余裕ができた。
そこまで書くかはしらんが。

 窓を開けて網戸にしていた昨夜、近所で騒がしい家があると思ったらサッカーのワールドカップ日本×オーストラリア戦だったのか。今日になって知った。
 まぁ、個人的にはどうでも良い。

 サッカーに限ったことではなくて、スポーツ観戦その物に興味がない。これまでにプロ野球を小学校の時に1回、大学時代に1回見に行ったがそれだけ。テレビ中継などもほとんど見たことがない。
 スポーツ好きの人はよく「野球は筋書きのないドラマだ」などと言っていたりするが、オレは「筋書きのあるドラマ」が好きなのだ。映画にしろ小説にしろ、その筋書きを作るために作り手が頭を絞って構築している。どうすれば面白くなるかに知恵を注ぎ込んでいる。それが好きなのだ。
 だからってスポーツ観戦好きな人を否定しているわけではこれっぽちもないんだから、そちらも「え?、昨夜の試合観てないの?信じられない」とか平気で言って欲しくないものだ。ある意味ファシズムだぞ、おい。

 でもって、その時間何をしていたかというとレンタルDVDで借りてきた『ALWAYS 三丁目の夕日』を見ていたのだが、これがまぁひどい。最低最悪吐き気がする。『ニューシネマ・パラダイス』が死ぬほど嫌いなオレだが、それに匹敵するひどさ。
 昭和の風景がSFXでかなり良く表現されていたが、そんなのは「映画の良さ」ではなく「テーマパークの良さ」だ。
 結局、懐かしさに浸って喜び満足してそれでよしというのが我慢ならないのだ。そんなの面白いかぁ?オレはまったくもって面白くない。

 原作のマンガも大嫌いだし、監督の山崎貴はさらに大大大っ嫌いなのでそもそも見るのが間違っているのだが、見てもいないのに文句を言うのは筋が通らない。で、見て怒ってるんだから世話がない。
 結論としては、現時点での21世紀最低映画賞は『三丁目の夕日』ということにしておく。きっと、2100年12月31日23時59分59秒(小数点未満切り捨て)の時点でもそのままだ。

 オレは1人暮らしをしているが、昨年の9月から同居人として犬がやって来た。
 犬種はミニチュア・ダックスフント、毛の色はレッドのスムース(短毛)。
 名をオスカーという。

 何でオスカーという名前になったのかにはいくつかの説があって、
1.映画が好きだからアカデミー賞のオスカー像から取った。
2.ジョン・ランディスが好きなのでタイトルロールになっている『オスカー』が映画の終盤に一瞬出演するだけという、スタローン主演のコメディというふざけた映画『オスカー』から取った。
3.実はこれでも昔は文学少年で、『幸福の王子』などで知られる作家・劇作家のオスカー・ワイルドから取った。

 さぁ、正解は何番か?
 回答が出そろったところで、正解は・・・
 ブリーダーさんのお家に「4匹生まれたから」と犬を選びに行って、一番顔つきがすっとぼけたのを選び、「さて、こいつは雄かな?雌かな?」とひょいと持ち上げたら下腹部にモノがあったため、「ああ、雄か」→「オスカー」になったという4番だ。

 7月13日生まれ、生後二ヶ月で名古屋から車で5時間の旅を呑気そうに眠りながら過ごし、その後も病気もせずすくすくと育って、5月末で10ヶ月半。体重は5.2kgと健康体だ。
 でもって、思春期というか、犬に思春期があるんだかないんだかは知らないが、これまでは腰を下に突っ張る感じで落としてオシッコをしていたのが、片足をあげてマーキングスタイルになってきた。
 室内犬で飼っていて、オレの部屋の中ではここはオレの縄張りだというのが分かっているようで、ちゃんとトイレでするんだが、無駄に広い家に住んでいて、ほとんどの部屋は使っていないのでそこに潜り込んではマーキングをする。
「やっぱ去勢かな」ってことで今日5月31日に手術に出した。先日、フィラリアの薬を出してもらうために血液検査を受けていたのでそれは省略。全身麻酔で手術が行われるので前日の夜から飲食禁止。
 上あご前部に左右に一本ずつ歯茎から直角に伸びたムダ歯があり、抜歯術は全身麻酔じゃないとできないそうなので、どうせならと一緒にやってもらった。
 全身麻酔にはやはりリスクがありますので回数を減らすことでそのリスクを抑えたいというのが一つ。もう一つは、手術にかかる費用の内、麻酔代か占めるウェイトが大きいので経済面からも有利。
午後の1時に病院に預けて、5時過ぎに確認の電話を入れて迎えに。
 診察台に載ったオスカーは、またいつものように「困ったなぁ」という表情で元気だった。

 ちなみに治療費は去勢手術と抜糸手術の二つで22,050円。麻酔代で1万円ぐらいかかっているようす。
 いつもは夜に9時頃になるとケージに入れる。普段は出せ出せとうるさいのだが、さすがに今日は静かにしている。

 一週間後に抜歯が終わったらまた散歩を再開しよう。

『FLASH?フラッシュ・ゴードンのテーマ-QUEEN』 『グレイテスト・ヒッツ』(東芝EMI)などに収録

?オレはいつでも燃えている その13?
 タイトルからも分かるとおり映画『フラッシュ・ゴードン』(1980)のオープニングテーマ曲。
 作品自体は非常にアレな映画だったが、オープニングは実に格好良かった。アメコミ調のイラストをバックに流れる『FLASH』。これだけでもう満足というか、オープニングだけ観て帰ってしまってもあまり変わりがない。むしろ、そちらの方がポイントが高いかも。
「そこまで言わなくてもいいんじゃないか」と思う方もいるかもしれないが、当時まだ小学生だったオレにとって映画館の入場料がどれだけ高かったことか。レンタルビデオを300円で借りてきて「あちゃー、ハズレか」ってのとは重みが違う。ああっ、いま思い出しても腹が立つ。
 ティモシー・ダルトンが森林世界の王子をやっている。フラッシュ・ゴードンを相手に、穴がたくさん開いた物体に交互に腕を突っ込み、中にいる毒蛇だかに噛まれた方が死ぬという、『黒ひげ危機一髪』のような戦いをする。ティモシー・ダルトンは最初のうちは自信ありげなのだが、最後にはびびって手を入れられなくなるというチキン野郎だった。ティモシー・ダルトンのジェームズ・ボンドは割と好評だったようだが、オレは『フラッシュ・ゴードン』の印象が強すぎて駄目だった。今度のボンドは何かあまり知らない人がやるようだが、他の作品での印象が強いよりも、あまり知られていない人の方が良いのかも知れない。

『FLASH』はフレディ・マーキュリーの艶っぽくて力強いボーカルが嬉しい。本人の写真を見ると「なんでこの人があんな歌声を出すんだ?」と非常に不思議。最近ではコミック『魁!!クロマティ高校』のヒットで若い人にも浸透したことだろう。ひょっとしたらQUEENは知らないままで、なんかヘンなヒゲオヤジとしか思われてないかもしれないが。フレディ・マーキュリーが死んでから、もう14年だもんなぁ。
 歌としては短いが、中盤にある「He save with a mighty hand...」から始まる息継ぎなしのフレーズが特に燃える。曲を聴きながら一緒に歌いたいのだが、息が持たないしなにより早口なので舌が回らない。
 オレの手元にあるのは『グレイテスト・ヒッツ』のCDで、この歌詞カードには英語の歌詞と一緒に日本語訳も掲載されている。英語だとなんか格好いいのだが、日本語に訳されると「フラッシュは宇宙の救世主。彼は奇蹟。みんなを助ける。だけど普通の男だ」といった具合で、ストレートというかそのまんまでイマイチ。

 映画『フラッシュ・ゴードン』には言いたいことがたくさんあるが、『FLASH』でオレが始めてQUEENと出会ったと言うことを考えるとプラマイ0か・・・いや、やっぱトータルでマイナス。

『アニメがなんだ-山本正之』 1995/03/22 パイオニアLDC株式会社

?オレはいつでも燃えている その12?
 1974年、中日ドラゴンズの応援歌コンテストが開催され、選手名を歌詞に盛り込んだ『燃えよドラゴンズ!』という歌がグランプリに選ばれた。作者は愛知県出身で駒澤大学在学中のアマチュア青年だった。
 青年はプロデビューして、間寛平の『ひらけ!チューリップ』や笑福亭鶴光の『うぐいすだにミュージックホール』、つボイノリオの『名古屋はええよ!やっとかめ』などコメディアンを中心に楽曲を提供し、『タイムボカン』シリーズの主題歌を始めとしたコミカルな曲や『J9』シリーズのロック調の曲など多数のアニメソングを手がける。
 青年の名は山本正之といった。

 山本正之の経歴においてアニメソングというのは大きなウェイトを占めている。
 そのアニメソングやアニメ界に対する批判と愛を強烈に歌い上げたのがこの『アニメがなんだ』という曲だ。
 山本正之が手がけた『タイムボカン』や『UFO戦士ダイアポロン』、『黄金戦士ゴールドライタン』などのサビが歌われ、その間に「テレビ局がなんだ。打ち切りしておいたクセにワイドショーなんかで僕の曲を勝手に使ってる」とか「アニメなんか紙芝居だ。絵は止まってて口だけ動いてる」、「おもちゃを売るための30分のコマーシャルだ」、「アニメファンがなんだ、なにやら独り言を言ってるぞ」などなどと、作り手やスポンサーそしてファンに対する苦言が語られる。
 ここで歌われるアニメソングの数々が全部分かってしまうというのはオレが年だということだが、本当にいろんな作品の笑える・燃える主題歌を手がけている。最近のアニメソングは一般的なポップス系にシフトしているようなので、山本正之がアニメソングで活躍する場は狭くなっているのだろうが、1970?80年代のアニメソングにおける山本正之の存在は実に大きかったのだろう。
「声優人気がなんだ。SLAPSTICK格好いいけどな」と声優人気にもチクリと一言。SLAPSTICKといえば野島昭生、古谷徹、神谷明、曽我部和行、古川登志夫がオリジナルメンバーとして結成された元祖声優ユニット。『パタリロ!』の『クックロビン音頭』なんかが有名だ。今となっては「いたなぁSLAPSTICK」という感じだがメンバーは古株実力派揃い。
 この曲が発表された1995年当時も声優が歌を歌うことはあったが、今のように声優は歌って当たり前、アルバムを出して一人前という状況にまでなるとは予想できなかっただろう。
 なんといっても水樹奈々がオリコン2位で『HEY!HEY!HEY!』出演する時代だ。でも出演しただけで歌は歌わないし、ダウンタウンは観客席のオタクの群れを客イジリしてるだけで、てんで面白くなかったがな。

 コミカルさというオブラートで包んでいるが、8分を超える長さのこの曲にはかなり強烈な毒が含まれている。
 山本正之というミュージシャンはフォーク+ロック+その他の燃えるミュージシャンだ。『ハイロウズ』の甲本ヒロトと組んだ異色の顔合わせによる『過ぎし日のロックンロール』は名曲である。

 その日その日に思いついた事を書いていた『映画バカ黙示録』だが、刑事映画特集や軍用航空機映画特集をやってみたところ、こちらの方が書くのが楽だった。おそらく人間というのは全く自由であるよりも多少の制約があった方が動きやすいのかもしれない。
「オレだってたまには泣く」はコミックで3作品、小説で5作品、映画で6作品ぐらい、まあ2週間ほどネタに困らなければいいかなと軽い気持ちで始めたのだが、これが意外に伸びて合計で33作品と1ヶ月ほど書くことが出来た。各エントリの文章量も多目だ。
 なんというか、泣いてない泣いてないと言いながら結構泣いてんじゃんか、オレ。ひょっとして泣き虫君か?

 作品と内容を振り返ってみると、そこにはある傾向が見て取れる。
 登場人物がやるべき事をやる、片を付けるべきことやる、筋を通す。そのことによって自分の命を落とすかも知れないがそれ以上に重要だ。
 ただし、命がけで何かをやるとか、人のために命を投げ出すと言った「自己犠牲」は大嫌い。似たようなものだと思われるかも知れないが、そこら辺がこだわりなのだろう。
 あとは、泣かそう泣かそうという演出やストーリーには鼻白んでしまい、むしろ淡々とした語り口に弱い。
 それから白泉社の少女コミックで後日談系に弱いとか。

『ONE ?輝く季節へ?』 Tactics Windows用成人向けPCゲーム CD-ROM

 言い忘れていたが昨日の『ToHeart』から「オレだってたまには泣く ゲーム編』に入っている。
 モノポリーやオセロなどのボードゲームで泣く人はあまりいないだろう。絶対にいないとは言い切れないが、まああまりいない。「桂馬?、なぜやられたんだ桂馬?」とか泣き叫んでる人がいるなら会ってみたい。会ってはみたいが友だちとかにはなりたくないタイプではある。泣くには物語性があった方がいいので、その点コンピューターゲーム向きだ。
 コンピューターゲームといってもシューティングやアクションではあまり泣かないだろう。オレが一番やりこんだシューティングは『R-TYPE』だ。ゲームセンターで少なからぬ出費を強いられながらようやくクリアしたときは嬉しかったが、さすがに泣けはしなかった。世の中は広いので『テトリス』で「4段消し?」と泣く人もいるかもしれないが、そういった少数派を除くと泣けるゲームはやはり物語性の強いアドベンチャーゲームかロールプレイングゲームだろう。
『テトリス』は無理でも『ぷよぷよ』ですさまじいまでの連鎖が成功したらひょっとして泣くかな?泣かないか。

 RPGで泣いたことはない。初代Wizardlyをこつこつとマッピングしながら地下10階まで解き進めて、ワードナーを倒してアミュレットを手に入れた時はかなり興奮したがかといって泣いてはいない。どちらかというとテレポートした先の指定を間違えて壁の中に転移してしまい、育て上げたパーティーをロストしてしまった時の方が泣きに近かった。容赦ないゲームだったよなぁ。
 ドラゴン・クエストシリーズは面白いが泣くまではいかない。ファイナル・ファンタジーシリーズは4だったかで、「お前ら感動しろ」とばかりにどんどん人を殺していく終盤のストーリーと演出が大っ嫌いでエンディング寸前で投げ出した。もうねなんか腹立ちました。7か8以降はやってない。要するに趣味に合わんのだ。
 『天外魔境2 卍丸』PCエンジン版はかなり盛り上げてくれたが、こちらも人死にに走ってしまってゲンナリしたままエンディング。しかもみんな復活してるし。
 ではアドベンチャーはどうかというと、こちらでは本当に泣いたタイトルが2本ある。昨日の『ToHeart』と『ONE ?輝く季節へ?』だ。ああっ、今日もベタなタイトルだ。しかも両方とも甘っ。
「お餅も入ってベタベタと。甘くてどうもすいません」

 コンシューマーのアドベンチャーが謎解き中心だった中、ドラマを重視したアドベンチャーは18禁ゲームというジャンルが先行した。・・・のだかは知らない。ゲーム関係のサイトでもっと詳しいデータや分析があるだろう。
 ただ、個人的には制約が多い場所の方が、時として自由な作品を生み出す土壌となるのではないだろうか。一時期のにっかつロマンポルノは新進気鋭な新人監督たちが、全体の内に何分以上の濡れ場を入れること以外はそれほど制約がないのを利用して、実に好き勝手放題な作品を作っていた。
 予算はふざけんとんのかっ、ホームビデオでも撮れってのかというぐらいの低予算だったらしいが、黒沢清の『神田川淫乱戦争』、周防正行が全編小津オマージュで撮った『変態家族 兄貴の嫁さん』、あえてロマンポルノに乗り込んで撮った森田芳光の『(本)噂のストリッパー』などが有名だ。先ごろ亡くなった『デビルマン』の那須監督もロマンポルノ出身だったはず。
 黒沢清の『ドレミファ娘の血が騒ぐ』はにっかつロマンポルノとして撮影されたのだが、日活幹部から「こんなワケ分からんもの駄目じゃ」と駄目だしされ、再編集して一般作として公開された。もはや自社の作品に対して興味を持っていなかったにっかつ側からお蔵入りにされるとは、やはり黒沢清とは無茶な人だ。

 18禁ゲームでは予算や納期、性描写に関する規制などはかなりシビアでも、製作しているほとんどが小規模会社ないし個人企業だそうだ。比較的自由度が高くて作り手の意志や表現を盛り込みやすく、ドラマ性と演出がより高められたのかもしれない。
 果たして本当に自由度が実際に高かったのかという点からしてすでに検証していないが、調べ始めるときりがなさそうなのでやらない。1995?2000年における18禁ゲームの展開と推移なんてのはちょっとした文化論になりそうだ。探せばそんなサイトもあるのだろう。

 アメリカの18禁ソフトというかポルノソフトの画面を見たことがあるが、マウスカーソルで女性の乳首をクリックしたら「あはーん。うふーん」と反応するとかそんなレベルだった。最近のことではないので最近の作品では多少マシになっているのかもしれないが、おそらくあまり変わっていない気がする。アメリカでのポルノソフトの市場自体が非常に狭そうだし、作り手も真剣には作っていなさそうだ。きっとアメリカ人ってのはFPSゲームかスポーツゲームばかりやっているに違いない。(偏見?)
 韓国や台湾ではPCゲームと言えばMMORPGらしい。(知識不足?)そもそも他国でのアドベンチャーゲーム市場というのはどれぐらいの大きさなのだろうか。アメリカのアドベンチャーゲームというと『MIST』が思い出される。あれは物語というよりパズルっぽいイメージが強い。ひょっとするとアドベンチャーゲームがここまで発展しているのは日本ぐらいなのかもしれない。ここら辺も調べてみると面白そうだが面倒なのでやらない。
『泣きゲー』という単語があるが、こんな単語が成立するのは日本だからだろう。『ToHeart』や『ONE?輝く季節へ?』の全年齢版を翻訳して発売したとして、果たして海外で受け入れられるのだろうか。外国人は果たして泣くか?
 まあ、市場があるとしても狭い市場だろうな。

 さて今日のお題『ONE ?輝く季節へ?』だが、泣ける。はっきりいって泣ける。
 オレが泣いたのはヒロインの一人である茜ルートでのエンディングだ。
 主人公は幼い頃の約束により、ある日を境に次第にその存在が薄れていってついには本当に消えてしまう。友人知人の記憶からも消え去り、主人公のとこを憶えているのはヒロインただ一人。
 そして主人公の記憶を抱えながら暮らしていたある日、茜は友人の口から聞くはずのない言葉を聞く。
「そういえば“あいつ”とずいぶん会ってないけど元気にしてるの」
 そんなセリフだったと思うが、そのセリフの中にある“あいつ”という単語。
 主人公が帰ってくることを理解した茜の前に登場する一人の少年の姿。
 うむむ。

『ONE ?輝く季節へ?』のどこが良いかといったらラストにある主人公が帰ってくるシーンだろう。各ヒロイン毎のエピソードで少しずつ違うが、消えてしまった主人公が帰ってくるのは同じ。極論を言えば「このシーンのために作品が存在している」。
 過去の約束(だっけか?)とやらで次第に日常から消え去っていく辺りは正直オレにとってはどうでもいい。そりゃ、若い時分には己の存在が希薄に感じられたとかはあった。うん、オレも若かったなぁ。しかし、今となってはその手のストーリーは青くさい昔を思い出して恥ずかしさが先に立つ。あと、「いたる絵」と呼ばれる絵が独特で好き嫌いがかなり分かれるだろう。そもそも受け付けないっていう人がいてもおかしくない強烈な独特さだ。
 この作品を手がけたスタッフは後にTacticsから独立してkeyというブランドを設立して『kanon』や『AIR』、『CLANNAD』といった作品を発表している。これらは『ONE』が持っていた要素を継承しているが、あのラストシーンよりもむしろ青くさい部分をさらに強調した感じで、汚れちまったオレにはプレイするのがちとつらい。いたる絵だしな。
 11月25日には新作『智代アフター』というのが発売になるらしい。たぶん買わないが、絵は変わっているそうだ。

 最近ではパソコンゲームにしろPS2などのコンシューマー機のゲームにしろほとんどやらなくなってしまったが、以前はそれなりに遊んでいた。そんな中で、泣いた作品が2本あってそれが2本とも18禁PCゲームのアドベンチャーというのはやはり何らかの意味があるのだろう。
 ちなみに『ONE ?輝く季節へ?』には初回特典として置き時計が付いていたのだが、これがピクチャーレーベルとなっているゲームのCD-ROMを時計の盤面に使うという代物だった。時計として使う間はゲームが出来ず、ゲームをやっている間は時計が使えない。というか、CD-ROMがホコリまみれになりそうでヤな特典だった。一時、初回特典付きの中古がとんでもない相場になった時にとっとと売っぱらった。
 現在持っているのは中古で買った通常版。「for Windows95」と大書きされている。そうか、WIN98以前のソフトだったか。ちなみにWindowsXPproで試してみたら、インストールおよび起動が確認できた。インストールに必要なハードディスク容量が50MBというのに時代を感じる。CD-ROMのプロパティでは60数メガバイトの容量だから、根性さえあればフロッピーディスク版でも出せるよな。昔はWindows95のフロッピー版があったよな、そういえば。フロッピー20枚組のゲームとかもあった記憶が・・・オレも年だな。

 というわけでオレだってたまには泣くゲーム編』あっというまに終了。

『ToHeart』 リーフ(Leaf) Windows用成人向けPCゲーム CD-ROM

 『雫』『痕』に続くリーフのVisual Novel Series 第3弾。
 1997年頃の18禁PCゲーム界は陵辱系のゲームなどが中心で、屈折し殺伐とした雰囲気が多くを占めていたそうだ。
 そんな中で発売された『ToHeart』は、割と普通の高校生っぽくみえる大学生ないし専門学生(だって18歳以上だからな)を主人公に、楽しく明るめな日常を中心としたストーリーが展開される。これがエポックメイキング的作品になったようで、18禁PCゲーム界のその後には大きな影響を与えたようだ。多彩なヒロインたちはギャルゲーへと発展していったのだろうし、ストーリー以上にマルチなどのキャラクターに萌える行為が萌えゲーを生み出していったのかもしれない。
 もちろん、すべてが『ToHeart』起源なわけではないだろうが、大きな影響を与えたのは確かなようだ。これ以上に詳しいことは他所のサイトでもっと詳細な情報が見つかると思う。

オレが持っている『ToHeart』はJANコードが4996802970404なので1997/05/23に発売された初回版。あかりたちヒロインが集合したマウスパッドと修正ファイルが入ったFDが付属している。
 その後、WindowsXPにも対応したリニューアル版や、PS版をPCに移植した非18禁の『ToHeart PSE』というのまで出ていて、案外ラインナップがややこしい。
 大きく分けるとPCの18禁版とPlayStationの音声付き非18禁版に二分できる。

 ゲーム自体の内容は、朝に起きて学校へ登校し、学校の中をうろついてヒロインと会って会話し、学校帰りには寄り道をしてまたヒロインと会って交流を深める。こうして好感度を上げ、フラグを立てていくことでクリアを目指すゲーム自体は基本的内容だ。
 特色としては、一般のアドベンチャーゲームならウインドウ内に2?3行で表示される文章が画面全体を原稿用紙のように使って表示されること。この手のゲームでは売りであるはずのグラフィックを覆い被すように文字が表示され、これはあくまでもテキスト主体のゲームだと訴えかけてくる。
 今でも読み応えがあるが、1997年当時にはここまでしっかり読ませる文章は少なかった。リーフが『雫』、そしてこれが頂点だと思うのだが『痕』でやってきたことが広くゲームファンに受け入れられたのがこの作品になる。
 ただ、システムには疑問が残る点もある。校内や街を移動するシーンでは、移動する先に誰が待っているのかが分からず、まったく偶然に頼るしかなく攻略が無駄に難しかった。PS版では移動先にデフォルメキャラが表示されて誰に会うことが出来るのか分かるようになったのでプレイがすごく楽になった。PC版もあらかじめセーブしてメモをつけていけば良いのだが・・・。その昔、WizardryのMAPをせこせこと方眼紙に書き込んでいった我々も思えばものぐさになってしまったものだ。

 泣いたのはマルチのシナリオ。ああっ、ベタだ。懐中汁粉に入ったおモチ並にベタベタだ。でもね、エンディングで失意にくれる主人公の元に一台のメイドロボが送られてくる。マルチそっくりなそれは・・・ああっ、泣ける。というか泣いてるぞオレ。まだ泣くことが出来たんだ。
 PC版、PS版、アニメ版、コミック版で設定がちょっとごっちゃになっている部分があるが、マルチたちメイドロボを開発している開発室の室長が良かった。ちょっとしか出てこないが、無精ヒゲに眼鏡のさえない中年。『機動警察パトレイバー』の後藤隊長をどことなく思わせる食えないキャラだ。こういった脇役の使い方も上手い。

 泣いたのはマルチだが、一番好きなのは委員長こと「保科智子」だっ。次が来栖川芹香お嬢様。
 一番どうでもいいのが志保かなぁ。志保のキャラクター自体は嫌いじゃないけど、あのエンディングはないだろ。

 今度PC版で『ToHeart 2 XRATED』というのが出る。元はPS2で発売された全年齢版だったが、PC版は18禁ソフトになっている。
2といっても主人公などは『ToHeart』と異なっていて舞台設定が同じなだけ。PS2版は結構面白かったが、18禁化されることが吉と出るか凶と出るか。

『I STAND HERE FOR YOU』 大槻ケンヂ MCA VICTOR

『ONLY YOU』に続く大槻ケンヂの2枚目のソロアルバム。
 最初は『モンブランケーキ』や『猫のリンナ』などどちらかというと筋肉少女帯っぽい曲が続く(『猫のリンナ』は歌詞だけ大槻ケンヂで曲は洋楽だそうだが)。前作『ONLY YOU』はカヴァーアルバムだったためかこれまでとは少し違う大槻ケンヂだった。「今回もせっかくのソロアルバムだというのにちょっと残念だな」などと考えてしまった。
 しかし、そのときすでにオレは大槻ケンヂの仕掛けた罠にはまっていたのである。

 懐かしの『また会えたらいいね』のセルフカヴァーである『それでも、また会えたらいいね』、死んで灰になっても塵になっても、いや素粒子のクォークになってもまたいつか恋人と巡り会うといった『青春の蹉跌のテーマPART3』。(『青春の蹉跌』というタイトルにうぇっとなったが、やはり同タイトルのATG映画から取ったらしい。あの映画は大っ嫌いなんだが、まあそれはそれだ)
 大学を卒業するか何かで街を去っていく若者が、たばこ屋のおばあちゃんやおそば屋のおじさんに「お世話になりました」と明るくそしてどこか寂しく別れを歌う『お世話になりました』が9曲目。これは井上順が歌っていた曲のカヴァーだそうで、オレは原曲を知らない。街の人々やそこであった出来事を思い出にしていく寂しさ、将来への明るい希望と一抹の不安。それらがオレ自身の体験と重なってしまい感情が揺さぶられていく。

 そして10曲目の『天使たちのシーン』が始まる。
 この曲は小沢健二のカヴァーで原曲は小沢健二のアルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』に収録されている。学生時代にフリッパーズ・ギターが多少流行っていたが、音楽にはさほど興味がなかったオレはまともに聴いたことがなかった。フリッパーズ・ギターが解散してソロになった小沢健二が出した『犬は吠えるがキャラバンは進む』を買ったのはそのアルバムタイトルと「このアルバムを『犬キャラ』と略すのだけは止めてくれ。略すなら『犬』にしろ」という小沢健二の発言が気に入ったからだった。
 オレとしてはわりと何度も繰り返し聴いたアルバムで、中でも『天使たちのシーン』はお気に入りだった。1997年の10月に「赤い風船」というエヴァンゲリオンの二次短編小説を書いているが、その中でシンジとアスカが駅のホームで風に流されていく風船を見つめるシーンがあるぐらいだ。ただ、オレ自身が車で走っているときに空を飛んでいく1個の風船を見た時にアイディアを思いついたので『天使たちのシーン』のパクリではない。オマージュ・・・オマージュとも違うな。そうそうインスパイアだインスパイア。タイヤが4つついてエンジンで走るヤツな。それはホンダの自動車インスパイアだろ。って脱線しすぎだ。しかも脱線なのに自動車とはこれいかに。

 小沢健二の『天使たちのシーン』もすごく良いのだが歌声がキレイすぎてそのままスルスルッとオレの中を通り過ぎてしまう。
 大槻ケンヂの『天使たちのシーン』は、誤解を恐れずに言えばちょっと下手な上に耳障りの悪い大槻ケンヂが歌うことによって、聴いているオレの心のあちこちに引っかかったりぶつかったりする。でもって、その分だけ余計と心が揺さぶられるのだ。寂しそうなしかし誰しも孤独ではないよと訴えかけてくる大槻ケンヂの歌声に静かに泣いた。

 『青春の蹉跌のテーマPART4』を挟んでラスト12曲目の『あのさぁ』へ。
 この曲は恋する大バカ野郎の歌で、大バカだけでも大したことなのにさらに恋してるとなるとひょっとしたら不可能はないぞという名曲。
『I STAND HERE FOR YOU』も構成が上手くて、この曲がこの順番で流れてくるからだんだんと感情が揺さぶられてその揺れが大きくなっていくというはある。

 以上で『オレだったたまには泣く 音楽編』は終了。
 音楽は熱心に聴いていないので泣いた記憶があるのは昨日分も含めた2作品だけ。
 QUEENの『RADIO GA GA』は英語がまともに分かれば泣いているかも知れないが、翻訳歌詞カードを見ながら聴いてるのではちょっと無理。王様に直訳ロックで歌ってもらえばいいのか?いや、QUEENは女王様が担当か。王様も女王様も今はどうしているんだろうな。

『山本正之'89 少年の夢は生きている』 山本正之 ワーナー・ミュージック・ジャパン

『燃えよドラゴンズ』や『タイムボカンシリーズ』などで知られるミュージシャン山本正之のアルバム第2弾。
 前作『'88』は当時所属していた大学のシネマ研究会の一部のメンバーの間で一瞬歌『まる木船探検隊』などが流行った。ついついオレも買ってはまった。
 翌年にリリースされた『山本正之'89 少年の夢は生きている』も当然購入し、クレイジーキャッツを思わせる『宇宙一のスチャラカ男』などを笑いながら聴いた。一瞬歌シリーズの『大きくなったら』なども笑った。
『CHICAGO』や『天の浮舟』などシリアスな曲もあり、山本正之のまた違った一面もかいま見せながらアルバムは進み、そして14曲目のアルバムタイトルにもなっている『少年の夢は生きている』が始まった。
 山本正之自身が少年時代に体験したというちょっとしたエピソードがいくつも語られ、そしてその頃の夢、少年の夢は色々あって大人になった自分の中で今でも生きている。そんな内容だ。
 初めて聞いたときのオレはまだ20歳ぐらいで、良い曲だなとは思ったがそれ以上の物は感じなかった。

 それから10年少々が過ぎてオレも30歳代になってから、なんとなくCDを引っ張り出してきて聴いた。別にその10年間の間まったく聴かなかったわけではないが、せいぜい数年に一度の頻度だったのであまり細かいところまでは覚えていなかった。
 笑える曲やシリアスな曲を楽しんでいるうちに『少年の夢は生きている』が流れ始めた。
 そして泣いた。

「少年の夢はあれから長い年月が過ぎて大人になっても自分の中で生きているんだ」

 といったようなフレーズが泣けてしょうがなかった。(歌詞の引用なしで歌の感想・批評や説明をするってのはしかし難しいな)
 年を取るごとに感性は鈍化し純粋さは失われていく。確かにそういう部分もあるだろう。だが、20歳の時には分からなくて30歳代になって分かるようになった物もある。『少年の夢は生きている』はそんな物の一つだ。
 ある意味では惰性で生きている毎日。だがそんなオレの中にも『少年の頃の夢』がまだ生きているのだろう。だから泣いたのだ。

『少年の夢は生きている』一曲だけを聴いても泣けない。アルバムの1曲目から聴いていって全15曲の14曲目、しかもその前が短い上になんじゃそりゃの『フラフープ』。その流れで聴くと『少年の夢は生きている』の威力は何倍にもなる。
 音楽のことはほとんど分からないオレだが、やはりアルバムの構成というのはただ曲を集めてまとめただけではなく、一つのアルバムで一つの作品になるようにどの曲を何番目に入れるかなど色々考えられて作られているのだろう。などと思ったりする。

「解散総選挙ーーーーーっ!」
ふうっ、とりあえず叫んでみた。

 選挙投票日が近くなり、各候補者・各政党の選挙運動が白熱している。
 だが、わたしは政治に関してほとんど関心がない。まったくない。全然ない。
「あなたたちのシラケ世代の悪い点だ」
 などと言われるかもしれないが、わたしは仮に昭和一桁生まれだったとしても、団塊の世代だったとしても、バブル崩壊後の平成生まれだったとしても、どのみち政治には関心を持っていなかっただろう。生まれた時期がどうこうよりも、そういう人間性なのだ。

 街中を走る選挙カーや街頭演説、テレビでのニュースで候補者や支援者が語っているのを見かけるが、なんでああも無駄に暑苦しいのだろうか?

「国民の皆さんの判断が!この国の将来を!郵政民営化が!賛成で!反対で!増税が!安心して子供を作れる社会を!老後を安定して迎えられるように!自衛隊が!憲法九条が!魚からダイオキシンが!」

 さして発声練習をしていないであろう叫び声の連呼は、少し聞いているだけでその耳障りさにうんざりしてくる。
 わたしは高校野球が死ぬほど嫌いだが、あの選手宣誓だって昔は「わぁれわれぇせんしゅぅいちどうわっ!!!」というのから「宣誓、野球を愛する私たちは憧れの甲子園球場から全国の仲間にメッセージを送ります」なんていう一見さわやかなモノに変わっているそうだ。
 もちろん、高校野球という人間の腐った連中がやっているスポーツもどきが相変わらずどーしようもないのは先日の甲子園夏大会で優勝した高校の部長が選手に暴力をふるっていたという事件の発覚と、どうせそのぐらいのことやもっとひどいことがどこの高校の野球部でも日常的に行われているのが確定しているのはわたしの妄想だ。

 だというのに、政治家は相変わらずこめかみの血管が切れるんじゃないかというばかりの連呼。連呼。連呼。
 うるさいっちゅーんじゃ。

 今時、あんな勢いだけで中身のない演説を有権者が望んでいるとは思えない・・・のだが、投票後に蓋を開けてみると絶叫系候補者の方が当選率が高いのでさらにうんざり。
 まあ、街頭演説うんぬんとは別の時に、あるときは裏の場所で誰に投票するかを決めているのかもしれないけどね。

 とりあえず、どこの政党とは言わないが、中学校で同じクラスだっただけでしゃべった記憶もない相手が唐突に電話をしてきて、「今度の選挙は誰に投票するか決めてる?僕は○○さんがいいと思うんだけどなぁ」とか、職場のトイレで小用を足しているときに横から「やっぱ○○さんだよね」と声をかけてくるとか、勝手に人の家の郵便ポストに『××新聞』を入れていって、こっちが文句を言うと「無料で入れてあげてるんだからいいでしょ」とかいうのは止めてもらいたい。

 政党が指示しているのではなくて、支持者が独自の判断でやっているとか抜かすのだろうが、ああも揃って同じような行動に出るってのはどういうわけだ。
 もしも演説や公開討論でその政党からの立候補者の意見を聞いて「なかなか良いことを言ってるな。この人に一票を投じてみようか」と思っても、前記な出来事ですべて帳消しどころか大いにマイナスである。
 昭和や20世紀ならまだしもすでに平成で21世紀だ。いつまでも昔通りの選挙をやってないで、そろそろ新しい選挙を作り出そうよ。ま、面倒くさいからわたしはやらないが、政治家を職業にしているならやって当然だと思うんだがね。

 ドイツのフィッシャー外相が演説中に聴衆の一人から卵を投げつけられたそうだ。
 フィッシャーはすかさず卵が飛んできた方に向かって
「お前は家に帰ってオムレツでも作ってろ」
 と言ったとか。

 欧米の政治家はこういう時にぱっとギャグで切り返すことがある。
 イギリスの故ウィンストン・チャーチルがその手のネタの宝庫なのだが、このフィッシャー外相もなかなかだ。
 日本の政治家にはそういったとっさのギャグが出来る人はほとんどいない。野次や悪口、罵倒を得意な人はいくらでもいるがギャグが言える人はごく稀だ。
 たまに言っても「てめえ、その頭をこのデザートイーグルの50EA弾でハンバーグの材料にしてやろうか」ぐらいの感想しかもてない何も考えていない頭の悪いギャグだ。
 おそらく彼らはギャグを見下しているのだろう。しかし、ギャグは言葉によるコミュニケーションにおいてかなり高位に位置するテクニックだと個人的には思う。
 とっさにギャグで返せるというのは頭が切れて判断も素早いということだし、辛辣な内容でも一種のオブラートに包んだ返答になる。相手の侮辱的な言葉にこちらも侮辱的な言葉で返していたら、結局それの繰り返しになるだけで時間が無駄な上に非生産的だ。ギャグを有効に使える政治家は名政治家でもあるのだ。

 アメリカの大統領にはお付きのギャグ作家がいるなどという噂というかネタを聞いたことがある。それぐらいアメリカの政治家はスピーチなどでもギャグを有効利用している。
 選挙期間に突入していく日本だが、その立候補者の中にちゃんとギャグが出来る政治家が一人でもいるのだろうか。もしもいたら、その人物が自民党だろうが民主労だろうが共産党だろうが投票してやろう。公明党だったら・・・怖いから結論は言わないでおこう(っていう締めでバレてんだろ)
 それを確かめるには、街頭演説の場に言ってとりあえず卵を投げつけてフィッシャー外相の反応と比べてみると早いんだが、どうせ候補者は単に怒るだけだろうし、わたしが警察に捕まって厳重注意か下手したら検察に起訴されるのがオチかな。

 結論としては、日本の政治家はもっとギャグに対して高い意識を持てということで一つ。

 中期出張のため自宅を2週間ほど留守にする。
留守番電話に用件を吹き込んでおいたのに、なんで何日もほったらかすんだ」と怒る人もいそうなので、留守番電話の応答メッセージを購入時に録音されていた女性のアナウンスから変更した。
「しばらく留守だから用事がある人は○日以降に再度連絡してくれ。用件を吹き込んでも帰ってから聞くかどうか分からんぞ」ってな内容を自分の声で吹き込んだ。
 これでも小学校4年生の時は合唱部、しかも全国大会入賞レベルの部活経験者だ。もっとも、部員ほか指導の先生も「ひっじょ???に」熱心にやっていたので、とてもじゃないがついて行けず、夏休みの途中で辞めてしまった。なんで、小学校の部活が夏休みなのに毎日毎日あるのよ。休みは日曜日とお盆の5日間だけ。小学生の夏休みなんか、ひたすら遊んで遊んで遊びたおすためにあるんだと思うんだがな?。毎日毎日目標に向かって一生懸命なんてのは大人になってからうんざりするほどやるんだから、ガキは大いに遊べ。
 それと、高校では放送部に所属してお昼休みの校内放で週に1日10分の番組担当していたのだ。発声練習だって週に5日はやってたぞ。時々さぼるけどな。平均して週に5日ということだ。あそこの木が見えるだろ。そうあの楡の木だ。あの枝だったら3発に2発は命中するぞ。
 はっ!?またまるで関係ない話になっていた。危ない危ない。ちなみに、この高校の放送部は一年上の女先輩だけが全国レベルだった。NHK高校放送コンクールのアナウンス部門で毎回優勝するような強者で、その先輩のアナウンスを聞いたわたしは「こりゃあかんわ。この先輩も努力しているのだろうが、そもそもの才能が違う。わたしがどんなにがんばったってこのレベルは絶対×10乗ぐらいで無理だ。うむ、滑舌がどうとかそういうのとは違う方向を目指そう」と笑えるネタを中心のトークと流す音楽はつボイノリオ師匠の曲なんかにしたら、割とまじめな進学校だったので怒られた。生徒の自治機能がしっかりしていたので、先生は特に文句は言ってこなかったが、生徒からクレームがきた。階段の踊り場に目安箱っぽい放送部のアンケート・感想入れがあったが、「ふざけるにもほどがある」とか「軽佻浮薄にすぎる」といった投書が何通もきた。「軽佻浮薄」なんてわたしはいまでもその漢字は書けんぞ。も
 もっとも、だからといって反省するはずもなく、相変わらずふざけた放送を続けたのであった。
「今日はしゃべることがありません。というか、そんな毎週毎週ネタないですよ、プロじゃないし。というわけで10分ずーっと音楽です」というネタをやったときが一番怒られた。「無責任だ」っていわれても、校内放送のDJに責任もくそもないと思うんだがなぁ。
 また、話がずれた。ともかく、昔にちょっとだけ発声に関する部活動をやっていたわけで、あたら留守番電話の応答メッセージといえどもおろそかに吹き込むことはできぬ。
 まずは基本のうがいから。イソジンうがい薬でしっかりうがい。でも、これは発声というより風邪予防では?そうだ、生きたままのトノサマガエルを丸呑みするといい声になるという話を聞いたことがある。ではさっそく・・・って、トノサマガエルなんてどこを探せばいるんだ?というか、呑まねーっつーの。
 そろそろ面倒くさくなってきたんでそれなりに吹き込んで、再生してみたらやはりそれなりだったので、それなりにOK。ただ、わたしは「らりるれろ」が「だぢづでど」っぽい発声になってしまうんだよな。実はちょっぴりコンプレックス。高校の時に男の先輩から「トラかよ」って繰り返し言ってみろと言いつけられて、「トラかよ、トラかよ、トラかよ、トラかよ・・・」と言っていたら、近くにいた戸田加代(とだかよ)という名前の先輩が、「呼んだ?」と尋ねてきた。これ、本当の話。男の先輩はゲラゲラ笑っていたが、わたしはちょっとトラウマとして残った。何十ページもある復讐リストには未だにその先輩の名前が消されずに載ったままだ。

 引っ越してきた先のDVD・ビデオレンタル料金の相場はちと高め。そこで水曜・日曜日の「5本で1,050円」料金を利用している。
 その5本を決めるのが楽しみでもあり少々面倒でもあるのだが、今回はスティーヴン・セガール、ウェズリー・スナイプス、そしてジャン=クロード・ヴァン・ダムの新作アクション映画ですんなりと3本は決まった。
 新作だと二泊三日なので残りの2本は一週間レンタルの旧作を選び、とりあえずジャン=クロード・ヴァン・ダム主演の『レクイエム』(2004)を「どうせまた例によってなヴァンダム映画なのだろう。それはそれで好きだが」と観始めた。

 すると、冒頭のシーンからして良い。おやっと思っていたらその良さが持続する。ヴァンダム映画だから中盤頃には失速するだろうと思っていたら、その中盤で映画冒頭のシーンの意味が分かる。作品とわたしのテンションはさらに上昇。
 そしてラストの敵陣への乗り込みと親玉との対決!

 よっしゃぁぁぁぁ!

 主人公の復讐を徹底して描いた点、髪を短く刈り込んだヴァンダムの渋さ、そしてファミリーの仲間たち。悪人側というかヴァンダムも悪党なので敵側とするが、敵側の香港マフィアの怖ろしさ。
 監督のフィリップ・マルチネスは始めて目にする名前だが、上手いなこの人は。
 もちろん、予算をふんだんに使った大作ではないし、豪華キャストが登場しているわけではないが、それらの要素が映画の面白さの決め手ではないことを認識させてくれる作品だ。
 今回はとりあえずお勧めの文章だけ。詳しい感想はまた後日にきちんとまとめる予定。

 観て、いやほんと。

 真鍮について調べているうちに、その成分である銅と亜鉛の情報に行き当たった。
 亜鉛でネット検索すると金属的要素よりもサプリメントとしての情報の方が多かったりする。わたしはサプリメント(栄養補助食品)というものを重視していない。というよりもむしろ信用していない。あの手の錠剤を飲むよりも野菜・肉・魚をバランスよく食べてりゃ大丈夫だ、多分。
 まあサプリメントを飲みたい人は別に勝手に飲んでくれればいいのだが、それについての説明には「なんだこりゃ」というのがあったりする。
 亜鉛を検索して行き着いたそのサイトはサプリメントとしての亜鉛を紹介していた。食品にも亜鉛は含まれていますが、それでは必要量に足りないですよ。食品の成分に含まれていても、それが食べた時点では減っているのです。
「何故なら、亜鉛は熱で壊れてしまうからです」
 ・
 ・
 ・
 どんな調理器具だ、それは・・・
 亜鉛といえば元素記号Znの原子である。物を細かく細かく分けていって、もうこれ以上分けられないってのが原子。(電子とか陽子は今回はとりあえず無視)それをガスコンロで煮たり焼いたりしたぐらいで壊れてたらえらいことだ。そもそも金属として工業用品として使ってるんだからご家庭の調理器具とは比べものにならない高温で加工しているのだ。言っとくが電子レンジでも無理だぞ。
 というか、仮に亜鉛が調理の段階で壊れるのなら、ひょっとして核分裂とか核融合を起こしてるんじゃないのか?台所がメルトダウンだぞ。チャイナシンドロームだ。いや、ここは日本だからブラジルシンドロームだ。水気も多いから水蒸気爆発だ。
 多分、調理によってお湯に溶けでてしまうとかなんだろうけどね。人間には吸収できない亜鉛化合物になったりするのか?
 まあ、わたしの化学に関する知識なんかいい加減なものだが、亜鉛がご家庭レベルでは壊すことが出来ないのは間違いないと思う。あまりにトロくさいのですぐにページを閉じたが、サプリメントや健康食品の案内にはかなりすさまじいのが混ざってるんだろうなぁ。

 引っ越し先でADSLを利用することにしたがプロパンガスの自動検針装置が付いているため干渉して速度が出ない。そこで3月中旬にガス会社に連絡して対策工事をお願いしたが、4月になっても、5月が近くなってもズルズルと回答が引き延ばされるだけでいつまでたっても工事が行われない。
 文句めいたクレームをつけるのは好きじゃないので電話では怒りを抑えていた。しかし、「そうですね、4月末か5月の頭にはやります」と言ったっきり5月の半ばを過ぎても工事どころか連絡すらありゃしない。電話の一本ぐらい入れろよっ!
 さすがに頭に来てガス会社に電話をして、最初に出た女性に担当者ではなく責任者を出してもらい、激しい口調ではないがことの次第を話して、「担当者からこちらに連絡をさせてください。ただし工事がいつになるかという確約の話でなければ聞きませんから」と伝えた。
 たまに店先などで従業員にあれこれクレームを付けているのを見ることがあるが、それに比べればずっと冷静で感情的に怒鳴ったりはしなかったと思う。だが「あー、やっちまったかー」と自己嫌悪に陥った。趣味じゃない、好みじゃないことをやるのはやはり疲れる。クレーマーと呼ばれる人たちはさぞ強靱な精神力の持ち主なのだろう。
 で、その日の内に担当者から連絡があった。「では4日後の5月31日に工事します」

・・・・・・・・・依頼じゃなくてクレームだとすぐにやるのかよ。

・・・・・・・・・というか、クレームが入るまで放ったらかしかよ。

 クレームを付けた人の方が得をするって事ですか?そりゃ確かにクレームを付けてきてうっとおしい相手から先に片付けていった方が面倒がなくていいのかもしれないが、やっぱそれって違うんじゃないか。そういうことをやるから人によってはどんどん付け上がって経験値を積み、悪質なクレーマーに成長してしまうのではないかって気がする。

 工事は回線とスプリッタの間にADSLアダプターとやらを付けるのではなく、スプリッタのTEL側の後ろにコードレスの親機を付け、ガスメーター側に子機を付けるというもの。作業は15分で終わった。もちろん工事はガス会社の営業担当者ではなく電話工事会社の人がやるのでその人に文句を言ったりはしない。というか、こっちとしては責任がどうとか誠意がどうとかはどうでもよく、とっとと工事が完了すれば満足なのだ。

 対策工事が終わると、回線状態は一気に改善された。
工事前:下り3Mbps 上り200kbps
工事後:下り24Mbps 上り2Mbps
 ネットの速度が上がったこともうれしいが、なにより通話状態がブツブツだったIP電話が実用レベルになったのがうれしい。この環境を手に入れるのに2ヶ月半かかったわけか。
 プロパンガスを利用している地域でADSLを導入している方は一度確認をした方がいいかもしれない。自動検針装置が邪魔をしているせいで速度が激落ちしている可能性がある。

4月7日と4月27日にADSL回線がプロパンガスの自動検針装置をスルーするように勝手に変更してしまった件ですが、

怒られました。

 自動検針装置NCUはガス料金確定のためにメーターの数字をチェックするだけではなく、ガス漏れや不審な長時間のガス放出などに対する警告もガス会社に送っています。
それは知っていましたが、「そんな大したことにはならんだろう」と高をくくっていたところ、全く信号がこないことからガス事故と勘違いして場合によっては警備会社や最寄りの警察に連絡されたり、電話回線を勝手に工事したということで電気通信事業法に違反したとしてNTTに訴えられたり、半鐘が鳴ったり火消しが飛んできたり大八車が来たり、あげくの果てにはゴジラが東京湾に上陸したりとの大騒ぎ。でも、東京湾にいるならまだ「上陸」はしてないんじゃないかなとも思ったりもします。

 過去の記事についてはすでに追記を入れて修正済みです。もしも記事を読んで「そうか、家もやってみよう」と思った方、止めといてください。
確かに最初に電話でガス会社にADSL対応工事の依頼をしてからすでに2ヶ月近く経ってもほったらかしだったり、IP電話が実用にならなかったりしますが我慢我慢。
どうしても腹の虫が治まらないというのならば、いっそのことオール電化にするというのはどうでしょうか。これならばガスの自動検針装置は当然関係なし。
えっ?電気代が高くつくだろうって?うーん・・・だったらかまどと五右衛門風呂でも導入しますかね。今時、どこで薪を手に入れるんだって気もしますが。下手に買ってくると電気よりも高きそうな気もします。なにより、年に一度のキャンプならばいいですが、毎日うちわでパタパタやりながら煙にむせてたんじゃ大変です。
この地域に光ファイバーが開通していればこんな苦労は必要ないんですけどね。日本中の全世帯に光ファイバーを整備するとか言ってたのはあれはどうなったんでしょうか。

 結局、ADSL対応工事は、紳士的な態度を捨てて強烈なクレームを入れたら5月末にようやく実施してくれました。5月31日分参照のこと。
 勝手に回線をスルーさせたのはもちろん悪いのですが、工事依頼をしてから2ヶ月半も放置するガス会社もどんなもんでしょうか?ADSLが実用レベルで使えないっつーの。

(4月25日追記
*怒られました。ガス会社では異常が起きているのかそれとも回線が切られているか分からないので大変に困り、ガス事故と判断されれば警備会社や警察に連絡がいく場合もあるとか。電話回線を勝手に工事したのでNTTからクレームがつくこともあるそうです。下記行為は決してまねしないでください。)

 プロパンガスの自動検針システムが使われているとその取り付け位置によってはADSLに悪影響がでる。そのことについては3月18日や4月7日にすでに書いており、ガス会社からは4月の20日ぐらいには部品が届くので取り付けますとのことだった。3月半ばに対応を依頼して1ヶ月後とはなかなかやってくれるじゃないかと思ったが、しょうがないかと我慢して待っていた。
そして期日の4月20日過ぎに連絡があった。
「すみませーん、来月頭か今月末になります」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
あのー、わたしそんなに無茶なお願いしてますかー?
そんなに理不尽な頼み事ですかー?
ごく稀なケースなんですかー?
海は死にますかー?山は死にますかー?

 ネット上で検索すると、自動検針システムがADSLに干渉するという事例はいくつも見つけることが出来るし、ガス会社に連絡したところ翌日にはADSLアダプターの取り付けに来たというのも珍しくなかった。
翌日とまではいかないが、これは一週間程度でどうにかなる程度の問題ではないだろうか。
自動検針システムを使っている家にADSLを導入した場合、まず間違いなく発生するパターンだと思われるし、未だ都市ガスではなくプロパンガスを使っている地域となるとまだ光ファイバーが来ておらず、ブロードバンドといえばADSLかケーブルテレビしかない地域がほとんどだろう。だからこれまでにも幾度となく発生したケースだと思う。ADSLアダプターもさほど珍しい部品ではないだろう。常に在庫として数個ぐらい持っていないというのが不思議だ。
これまでにADSLを導入した他のお宅ではどのように対策をしたのだろう。そこでも1ヶ月や1ヶ月半も放置されたのだろうか。
ノイズが入るためか速度はわたしの家の場合で6分の1程度に落ちてしまうが、ADSLアダプターを取り付けなくても回線は繋がることは繋がるので、「こんなものか」とそのまま使っているのかも知れない。

 あと、ちょっと怖いのが、こちらの言っていることがちゃんとガス会社の方に伝わっていないかもしれないということだ。
NTTから説明されたりネットで調べたりしたことを簡潔にまとめて話したつもりだが、何か大層な問題として伝わって何から大げさな機器を取り付けにやってくるのかも知れない。でもって請求金額が、うわぁぁぁ。
ADSLアダプターについては基本的に無料なようなので請求は来ないと思うが大丈夫だろうか。

 そろそろ20日が近いからとバイパスを直しておいたが、またぞろADSL回線が自動検針システムを通らないようにしておいた。これで下りが20Mbpsに上りが2Mbps。一度速いのに慣れてしまうと低速には戻れない。
といっても、わたしの使い方だとメールの送受信が速いとかその程度だけどね。

(4月25日追記
*怒られました。ガス会社では異常が起きているのかそれとも回線が切られているか分からないので大変に困り、ガス事故と判断されれば警備会社や警察に連絡がいく場合もあるとか。電話回線を勝手に工事したのでNTTからクレームがつくこともあるそうです。下記行為は決してまねしないでください。)

 3月半ばにインターネットへの接続にADSL回線を利用するようになった。
ところが、家には電話回線を利用したプロパンガスの自動検針システムが使われていて、それがADSLに悪影響を与えているのかNTT基地局まで850mという好条件にもかかわらず速度が出ない。
もちろん引っ越しするとすぐガス会社に対応を依頼しており、3月末か4月頭までには対策用のADSLアダプターを付けますというので待っていた。
しかし、4月に入っても連絡がない。待ちくたびれてこちらから連絡したところ、ADSLアダプターが在庫切れで入荷が4月20日ぐらいになるとのこと。
この地域には光ファイバーが来ておらず、というかこの県自体の光化が進んでいないようで、ブロードバンド環境はADSLかケーブルテレビインターネットが中心だからADSLの需要はかなり多いはず。そして、プロパンガスの地域も多いようだからごく当然のようにわたしと同じケースは珍しくないだろう。
だのに、4月20日ってどういうことよ。半月も先じゃないか。

まぁ、そこでごねてどうなるわけでもないので、「ああそうですか」と電話を切った。
いや、世の中は案外とそこでごねたらどうなったりするのかも知れないが、そういうのは趣味じゃないしなにより面倒くさい。
それよりもいい方法がある。プラスのドライバーを一本持って表に出ると、玄関横にあるプロパンガスメーターの横にある自動検針装置の蓋を開けた。そして電話回線に通じる配線をバイパス処理しての電話信号がその装置を介さないようにしまった。
装置自体はガス会社の所有物だろうから壊すとまずいのが、これなら1分もあれば元に戻せる。
こうしてADSL直結にしたところ速度に大きな変化があった。
これまでは

下り 3.8Mbps 上り 200kbps

ぐらいだったのが一気に速くなって

下り 24.04Mbps 上り 2.216Mbps

になった。(Radish Network Speed Testingにて計測)
およそ6倍かよ!
契約内容はフレッツADSLのモアスペシャルで、NTTの線路情報開示システムで調べたところ、距離が850m、伝送損失が12dBだった。理論値の半分ぐらいは出ているので満足。これならばしばらくは光ファイバーも必要ないだろう。
ただ、ガス会社に検針データが送られない状態になっているのでばれると怒られるかも。まあ検針は月末に行われるだろうから、相手の言うとこを信用すれば20日頃には対処されているはずなので大丈夫だろう。
もしも文句を言ってきたら「だって4月20日まで待てなかったんだもん。ぷっぷ?」ととぼけてやる。
実際、仕事とかにも支障が出るとまでは言わないが、回線が早いほうが色々と助かるし。
一つ心配なのが、ADSLを付けても現在の速度が維持されるかと言うことだ。回路を通す分ロスやノイズが生じて遅くなったりしないだろうか。どうもADSLというのはかなり不安定というか無理をしている技術のようなので影響がありそうだなというのが感想である。

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