語る その1の最近のブログ記事

 珍しくスーパーのお菓子売り場をうろついていたところ、伝説のアイテムを見つけてしまった。
そう、『前田のクラッカー』だ。
『前田のクラッカー』といえば前田製菓株式会社のヒット商品だ。同社がスポンサーだったテレビ喜劇『てなもんや三度笠』(1962?1968)で主人公の侍あんかけの時次郎(藤田まこと)が襲いかかる悪党数人を打ち倒し、「俺がこんなに強いのも、当たり前田のクラッカー」と口上を述べるCMが有名だった。
さすがにこの番組はリアルタイムで見てはいないが(というかまだ生まれてない)、1990年頃にビデオ化されたことがあり、レンタルして見たことがある。関西発な番組だけあって吉本新喜劇風というか、NHKのクソ番組『コメディお江戸でござる』を1273万倍ぐらい面白くした感じでなかなか面白い番組だった。
財津一郎の「ひじょーにキビシーッ!」のギャグもこの番組で生み出されたんだそうだ。

「何だ、前田のクラッカーは普通に店で売ってるよ」という方もいらっしゃるかもしれない。
だが愛知県では、もうちょっと地域を狭めると知多半島では売ってるのを見たことがない。関西色の強い『てなもんや三度笠』からも分かるとおり、前田製菓は大阪は堺市の会社なので関西での勢力は強そうだ。で、愛知県ではちょっと苦戦していたのかも。
だけど、10年ほど前には愛知県のAMラジオで前田製菓のCMが流れていたな。藤田まことが「俺がこんなに強いのも、当たり前田のセサミハイチ。最近はこれですわぁ」というやつ。でも、肝心のセサミハイチを売り場で見たことはなかったなぁ。
こんな具合にある土地ではごく普通に売っている物が、他所に行くと全く見かけないなんてことは案外あるのだろう。狭いようで日本もそれなりに広いのだ。それによってちょっとしたカルチャーギャップも生じる。
そのカルチャーギャップについて「白みそのみそ汁なんて飲めるかよ」、「赤だしは貧乏人のみそ汁だよな。塩辛くておかずなしでもご飯がすすむ」といった具合に相手をけなし合うのも一つの対処法だが、それを面白おかしく楽しんじゃうってのもありだ。あんまり楽しみすぎると「あんた、馬鹿にしとんのか」と土地の人に怒られるがな。

ちなみに引っ越してきて一番驚いたのは『前田のクラッカー』ではなく、鮮魚売り場にあった『げんげ』という魚だ。ナマズを小さくしたような、いやいやハゼのウロコを取ってぬめっとさせたような、ドジョウを思いっきり太らせたような、こう見るからにぬめっとしてぬるっとしてぐにっとした奇妙な魚だ。好きな人には悪いがどう見ても美味そうではない。
日本海側では割と普通に売られているんだそうな。太平洋側で育ったわたしにとってこんなのもちょっとしたカルチャーギャップだ。

 知り合いがlivedoorのオンラインDVDレンタルサービス「ぽすれん」のことを何度言っても「ぽすたる」と言い間違える。
そりゃ「郵便」を意味するポスタル(postal)は「ぽすたるがいど」などで一般的に知られている単語で、造語の「ぽすれん」よりも知名度は高い。
だが、「ポスタルのDVDレンタル」などと言われるとついつい次のような光景が頭に浮かんでしまう。

 男は会社を首になってしまった失業者。時間をもてあましてレンタルビデオで暴力的かつ下品な作品ばかり借りて観て過ごしている。
その日、うっかり返却しそこねたビデオについてビデオ屋の店員から催促の電話がかかってくる。年下と思われるフリーターから電話越しにさんざん罵られた男は返却のために家を出る。
そして、その道中に出会う様々なムカつく嫌な奴らを銃・バット・包丁・火炎瓶などで殺して殺して殺しまくるのだ。もちろん、返却手続きが終わった後は店員も虐殺だ。

 ということで『ポスタル2』だ。リンク先にはグロテスクな画像があるので気をつけるように。
こいつはWindows用パソコンゲームで、一度だけ人が持っているのをプレイさせてもらったことがあるが、上に書いたようなエピソードが満載の“お使い”ゲームだ。
クリアするための条件は「未払いの給料を取ってくること」や「図書館に本を返しに行くこと」なのだが、その途中でムカつく登場人物をどれだけ殺しても良いというさすがアメリカな内容である。
 2日目の途中までしかやらなかったが、これはえーとなんというかね、つまるところ面白かった。クリア条件は『ロッタちゃん はじめてのおつかい』(1993)の様で、ある意味では教育的と言える物なのに、その途中で繰り広げられることのひたすら非教育的なこと。
暴力も多いがヤバいネタも多い。教会に懺悔しに行くと、どこからか武装したアラビア服の男たちが「アッラーアクバル」などと叫びながら突撃してくるので片っ端からやっつける。ではイスラム教徒だけ殺してキリスト教徒は助けるかというとこれももちろんやっつける。
主人公はゲーム製作会社に勤めていたのだが、その会社の前には「ゲームをやると脳が溶けるぞ」とシュプレヒコールをあげるデモ隊が待ちかまえている。そして、「もうデモだけじゃ駄目だ。実力行使するぞ」といきなり銃を抜いて襲ってくるので当然のごとくやっつける。
そういえば日本にも「ゲームで脳がどうした。脳波がアルファ波でベータ波だ」とか意味不明な主張をしている学者がいるが、この人が『ポスタル2』に出演していたら何があろうとやっつけられ・・・いやいやいや。
主人公の銃口はゲーム反対派の様な保守派だけではなく改革派にも向けられる。人種や性別、国籍などは関係なく全ての人に平等にその怒りと憎しみをぶつける「負の平等主義」だ。

 FPS(一人称視点シューティングゲーム)はあまり好まないわたしが、「うーむ買っちゃおうか」と真剣に悩んだほどだ。FPSとしてハードの性能を求めないのでわたしのマシンでもそれなりに動きそうだ。
だが残念なことに店頭で見かけたことがないので買わずじまい。まだ流通しているのだろうか。いっそのこと『ポスタル3』が出るのを待つか。出るかどうか怪しいものだが。

 引っ越した際に、インターネットプロバイダを変更した。これまでは地元のケーブルテレビインターネットを利用しており、引っ越し先にもまた別のケーブルテレビ会社があるのだが、将来の光ファイバーへの移行も考えてocnに加入した。別段、ぷららでもniftyでも良かったのだが何故ocnにしたかと言うと・・・何でだろ?
ウェブホスティングサービスを利用しているのでocnのメールなどは使わずにインターネット接続サービスのみ使うことになる。会員専用のコンテンツもあるようなので暇をみて少しずつチェックしていこう。
電話回線を利用したプロパンガスの自動検針システムが付いていたのでガス会社に連絡をし、ADSLアダプターの取り付けを依頼した。自動検針システムをADSLスプリッタの後ろに来るように配線を変更した方がノイズ対策で有利そうだが工事だなんだで大げさになる。最初にも言ったがいずれは光に移行するつもりなのでもったいない。
IP電話は一般電話よりも若干音質が落ちているのが素人の耳にもはっきりわかる。大事な用件で使うのは少々ためらうが、親しい人との長電話用ならいいだろう。なによりもご存じの通り通話料が安い。わたしは普段あまり電話はしないのだが、話し出すと長いのだ、これが。

ADSL開通記念

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 嵐のような一週間が過ぎ去りようやくと一息つける状況となった。転入手続きや荷物の整理、挨拶回りに買い出しに雪かきと、もうなにがなにやら。
ちょっとした空き時間にネットをやろうにも自宅のADSL開通がまだだったため、ダイアルアップ接続でできるのはせいぜいメールのチェックぐらい。仕事場のPCはブロードバンド環境だが趣味のサイトを見ていては「引っ越してくるなり、なんだあいつは」てなことになってしまう。
だがそれも今日までの辛抱。ADSL開通工事が完了して使えるようになった・・・はず。まずは帰るなりあらかじめ届いていたルータータイプのADSLモデムSV3をモジュラージャックに接続する。ADSLランプとPPPランプが緑に点灯した。ネットワークの設定は先にやっておいたのであとはPCを立ち上げればインターネットにつながるはず。電源オン、Firefoxのアイコンをダブルクリック、いつものわたしならここらで失敗するはずが珍しく一発で成功しスタートページが表示された。OKだがもう一つネタにならない。

 冬もそろそろ終わりだが必要があってタイヤチェーンを購入した。
チェーンを巻いたことがないので使う前に一度装着の練習をする。ジャッキを使わなくても出来るが、カー用品店の店員曰く「結局ジャッキを使った方が楽だし早いですよ」とのことなのでラゲッジルームからジャッキを取り出し作業に取りかかる。何度かパンクを経験しているのでジャッキ自体は使ったことがあるが、雪が降ったりする中での作業は全く違ったものだろう。
 ともかく、ああでもないこうでもないと説明書を読むうちに、チェーンのメーカー名が目に入った。
『オカモト株式会社』
オカモト・・・どこかで聞いたことがあるな。たしか“アレ”を作っていたメーカーがオカモトだったが関係あるのだろうか。
気になったので調べてみた。これがオカモトのサイト。ああ、やっぱりコンドームのオカモトだ。避妊具業界では大手だと思うが、自動車のチェーンまで作っているとは思わなかった。わたしが買ったのはラバータイプのチェーンなのでゴム用品という意味では共通している。しっかり装着できてずれたり外れたりしちゃ困るのも同じだ。
他にはスーパーなどで見かける除湿剤の『水とりぞうさん』もオカモトだったか。これはゴム製品ではないと思うが、溜めて漏らしちゃいけないのが同じか。
 中でも一番以外だったのがスニーカーの“PRO-Keds”を日本で販売しているのがオカモトだったということだ。なんでも1985年からライセンス生産をしているということらしい。学生時代に履いていたからあれがわたしにとっての初オカモト製品だったというわけだ。

 あれやこれやで装着に30分以上かかって、寒い日だというのに汗までかいている状態で調べ始めるかね、しかし。
タイヤの裏側でパチリとフックをかけるのがなかなか難しくて。慣れてる人ならあっという間なんだろうけど。
そういえば“アレ”を初めて付けるときもあらかじめ練習しておいて、それでも実際の場で装着するのに一苦労だったんだよなぁ。
今日は最後まで下品ですまん。

 クリント・イーストウッド監督作品の『ミリオンダラー・ベイビー』がアカデミー賞で作品賞と監督賞を受賞した。
日本公開は6月の予定なのでまだ観ていないがもちろん最初っから傑作と決まっている。
残念ながらイーストウッドの主演男優賞は逃してしまった。まだまだ元気で監督や俳優として活躍してくれるだろうが、それでも年齢を考えるとそろそろ主演男優賞を贈っておいた方がいいのではないだろうか。なんといってもすでに75歳と普通の人ならとっくにリタイヤしている年齢だ。
しかも今回の主演男優賞を受賞した『Ray/レイ』のジェイミー・フォックスは作品紹介で少しその演技を見たが、確かにレイ・チャールズの仕草や口調にとても似ているが濃すぎて好みじゃない。だったら美川憲一の伝記映画で主役を演じたコロッケにも日本アカデミー賞を与えるのだろうか。まあ、日本アカデミー賞なんてのはため池のミジンコよりもどうでもいいのだが。

 授賞式でのイーストウッドは白髪の残りがかなり少なくなっていたが相変わらず元気そうで、モーガン・フリーマン共々ジジイパワーが炸裂していた。
ちなみに『ミリオンダラー・ベイビー』は音楽もイーストウッドが担当している。『センチメンタル・アドベンチャー』ではカントリーシンガーを演じていたし、『シークレット・サービス』ではピアノを披露していた。そうそう音楽ドキュメンタリー映画の『ピアノ・ブルース』では当のレイ・チャールズとセッションまでしていた。不器用そうに見えて案外多芸な人だ。
ハリウッド映画におけるイーストウッドの存在はある意味ほかの誰よりも大きい。カーメル市の市長を二年だったかやっていたが、本格的に政治の道に進まず映画界に残ってくれて良かった。これで州知事ないし上院議員から大統領コースに行っていたら90年代以降のイーストウッド映画はなかったのだ。ということは『許されざる者』(1992)も『スペース・カウボーイ』(2000)も存在しなかったことになる。これではあまりにも悲しい。

 映画監督の那須博之が2月27日に肝臓ガンのため亡くなった。53歳だったそうだ。ご冥福をお祈りする。
那須の最近の仕事と言えば“色々な意味で有名な”『デビルマン』である。
わたしの先輩曰く
「デビルマンだろ?面白いぞ?。こんな映画、リアルタイムで観れる機会なんか滅多に無いから観ておきなさいって」
ということだった。観たことがネタになるほど“ひどい”映画としてかなりランキングの高い映画だったそうだ。

 那須は東京大学経済学部を卒業したというのに何を考えたのか日活に入り、にっかつロマンポルノの助監督を経て監督になった。何作かロマンポルノを撮った後に東映に移り、1980年代後半に東映で『ビーバップ・ハイスクール』シリーズを撮って、これが大ヒットに次ぐ大ヒット。わたしは今はなき名古屋は栄の東映で観たのだが、2階もあって1000人以上入れる大劇場が立ち見が出る大入り満員。今にして考えれば何故あんなにウケたのかがよく分からない。まだ不良とかヤンキーとかの絶対数が多かったのだろう。
同じ時期の『あぶない刑事』シリーズも大入り満員だったし、『極道の妻たち』シリーズもそれなりに客が入っていて、あの頃の東映はまだ元気を保っていた。それが今やいつ潰れる事やらといった具合でどうにもぱっとしない。結構社運を賭けて作ったのが『デビルマン』だそうだから、推して知るべきか。
1990年代中頃から東映の映画はほとんど観なくなったので那須博之がどうしているかほとんど知らなかったが、モーニング娘。主演の『モー娘。走る!ピンチランナー』などを撮っていたようだ。やりたくなかっただろうなぁ、そんな仕事。もしも『デビルマン』を撮っていなければその『ピンチランナー』が遺作になっていたわけで、個人的には「まだ『デビルマン』で良かったね」と思う。まぁどちらの作品も観ていないわけだが。
『デビルマン』はレンタルになったら観るつもりだが、一人だとなにかやりきれなくなりそうなのでクズ映画に耐性を持った人物と観ることにする。『ピンチランナー』は百回転生しても見ねぇ。
 しかし、『デビルマン』(2004)を遺作にしたくはなかっただろう。さぞや心残りだったはず。残された家族は、まあ脚本家である奥さん真知子さんの方が売れてたから心配はないか。

2005/2/28 17:12訂正
『デビルマン』の後に哀川翔主演の『真説・タイガーマスク』という作品を撮ってるそうだ。現時点では公開未定。

 クズ映画といえば『北京原人』だが、あれの監督の佐藤純彌はそれ以降TV用作品しか撮っていない。年齢的にもそろそろ劇場用映画を撮っとかないと、あれが遺作になるぞ。まあ二流監督認定の佐藤純彌がどうなろうが知ったこっちゃないが。

 11時頃に入場し退場したのが午後3時半。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンでの滞在時間は約4時間ということになる。その間に回れたアトラクションが『ターミネーター2』、『スパイダーマン』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』そして『ブルース・ブラザース』である。1時間に1アトラクションかと思うと「まあそんなものか」なのだが、妙に待たされた・並ばされた感が強い。
2月の月曜日という日程は閑散期だろうからと高をくくっていたのだが来園者は思っていたよりも多かった。時々中国語と思われる会話を耳にしたが、そういえば台湾などの旧正月が2月の半ばなのでそちらからの観光客が案外多いのかも知れない。台湾から飛行機で関西国際空港までおよそ3時間半だそうだ。名古屋から車で来るよりも早く着く。

 ユニバーサル・スタジオには並ばなくてもすむ“ユニバーサル・エクスプレス・パス・ブックレット”というものが存在する。
これを買えば7?3つのアトラクションへの予約が出来るので列を横目に特別な入り口からすすっと横入りの要領で最前列に入ることが出来る。何で大人5,500円もの入場料を払ってまで1,500円から最高4,200円もの予約チケットを買わなければいけないんだと無視していたのだが、終わってみると「やはり買っておけば良かった」と強く後悔している。
世の中には行列好きな人がいて、人が並んでいると何の行列かも知らないのにとりあえず並んでみるという人もいるが、わたしは行列や並ぶということが大嫌いだ。別にだからって行列のルールを守らないわけじゃないが、極力並ぶことは避けるという人生を歩んでいる。行列の出来るラーメン屋で延々並んでラーメンを食うよりも“すがきや”で並ばずに肉入りラーメンを食べる。あれは美味いしな。初日公開で観たい映画に行列が出来ていたらそれは後日空いた頃に観ることにして別の映画を観る。これをやるとたまに2週ぐらいで打ち切られて観損ねることがあるが、それでも並ぶのは嫌いなのだ。家電屋のセールで「先着3名様まで」の特価品があっても並ぶぐらいならば普通の金額で買うわっ!
多分、わたしに前世があるとしたら戦後の配給で並んだあげくに前の人で配給切れになって餓死した人物に違いない。だから1,600円で4アトラクションブックレットを買っておけばずいぶんと精神衛生上良かったはずなのだ。しかし、こちらは何か金に物を言わせているようで(1,600円だけど)、「おまーら貧乏人は並べ並べ。わしゃ金もっとるから割り込みじゃぁ、がはははは」とばかりで品がない。
共産主義の行列か資本主義のブックレットか、ユニバーサル・スタジオでismに頭を悩ませるわたしであった。

 考えてみれば、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンはスタジオと呼ぶにも関わらずここでは映画を撮影していない。よって観光客を乗せてスタジオ内やオープンセットを案内する観光バスもない。あの観光バスがなければユニバーサル・スタジオの意味がないと思うのはわたしだけだろうか。それでは『アニマル・ハウス』のバブスの勤め先がなくなってしまうではないか。

 さて時刻は午後2時半過ぎ。あと一つアトラクションを回れるかどうかといったところだ。とりあえず『ジェラッシック・パーク』の様子を見に行ったら80分待ちとのこと。これから名古屋まで車を運転して帰らねばならないことを考えるとちょっときつい。それに要はディスニーランドの『ジャングル・クルーズ』だそうなのでどうしても見たいってわけじゃない。
するとこれから行くべき所は一つなのだが、その前にまずは街頭で売っているポップコーンで腹ごしらえ。なにせユニバーサル・スタジオ・ジャパンに来てから口にしたのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド』の待合いで飲んだ水飲み場の水だけ。そういえば飲料水に工業用水のパイプがつながっていたのはここUSJだったか。当然もう直ってるんだろうなぁ。ポップコーンには甘いキャラメルソースがかかっていてなかなか美味い。ただ、どうしたってポップコーンなんで山盛り食っても腹はふくれない

 さて午後3時の開演に合わせて通路に面したステージへと向かう。えっ?何のステージだって?もちろんわれらが『ブルース・ブラザース・バンド』のライブですよ。ある意味これが一番楽しみ。
ステージにサックスを手にスタッフジャンパーらしき物を着た白人男性が上がってくる。なにやら英語で話すが通訳もいなければ字幕もない。わたしの勘によると「もうすぐあのTHE BLUES BROTHERSがFAMOUS BLUES MOBILEでやってくるよ」と言っているようだ。とそこへ通路の向こうから巨大なスピーカーを載っけたブルース・モービルがゆっくりとやってくる。なにせ普通に人が歩いている通路を走っているのでやたらと速度が遅い。映画みたいにぶっ飛ばしたらUSJがパニックになってしまうだろうが、せめて追跡するパトカーの2,3台は欲しかったところ。
ブルース・モービルから例の黒いスーツに黒い帽子、そして黒いサングラスの二人組が登場する。もちろんブルース・ブラザースだ。・・・ブルース・ブラザースなのだがあまり似ていない。ジェイクは確かにチビだがどちらかというと痩せている。それに登場のシーンでは「タータラッタ、タラタラタータラッタ、タタララタータラッタ、タラタタッタッタッタッタ」の『ブルース・ブラザースのテーマ』が流れなきゃ嘘だろ。
それでもちゃんとエルウッドの右手に現ナマの入ったカバンが手錠で繋がれている。二人がなにやら話すがこれまた英語。勘翻訳によると「これから税金を納めに行く途中なんだがせっかくだから何曲かやってくぜ」ということらしい。そしてジェイクが側転を決める。でも、そこはバク転じゃなきゃダメだろ。
一曲目は『SWEET HOME CHICAGO』
二曲目が『EVERYBODY NEEDS SOMEBODY TO LOVE』ときて
三曲目が『FLIP,FLAP,AND FLY』で振り付けで観客が踊らされる。観客席からエルウッドによってお姉ちゃんが一人ステージ上に引っ張り上げられる。元気かつなかなか上手に踊っていた。でもどうせ観客を踊らせるならば『SHAKE A TAIL FEATHER』が良かったのに。まああれを歌ってたのはレイ・チャールズだが。
このブルース・ブラザース、映画のブルース・ブラザースが真だとしたら偽は可哀想だとして仮とでもしておくか、ブルース・ブラザース(仮)の歌やダンスは(真)に似ているとは思うが、よくよく考えてみればこれはコロッケや清水アキラの物真似ショーを見ているような物なのだろうか。うーん、考えないことにしよう。
四曲目が『SOUL MAN』で、この曲が終わると「やべえぜ、ポリ公がそこまでやってきやがった。じゃあソウルな連中よまたな」と退場していく。急いで逃げていく割にはブルース・モービルの周りで観客と一緒に写真を撮っていたり握手をしていたりと意外と呑気な奴らだ。
わたしも一瞬握手を求めようと思ったが、ブルース・ブラザース(仮)と握手したからといってそれがなんなのだ。ジョン・ベルーシ(真)と握手するのはもはや叶わぬ望みだが、ダン・エイクロイドと会うその日のためにここはぐっとこらえてステージを後にした。

 ライド系のアトラクションは元の映画を知らなくても楽しめると思うが、ブルース・ブラザースのライブは歌っている曲が分かった方が良いと思うので映画を観ておくことをお勧めする。というかDVDを買うことをお勧めする。いいよな今の若い人は気軽に『ブルース・ブラザース』を観ることが出来て。わたしは1981年の初公開で観てファンになったのだが、その後なかなか観る機会がなかった。テレビで放映された時は(せんだみつお&小野ヤスシバージョンとバブルガム・ブラザースの2バージョンがある)ネオナチの絡みがざっくりカットされていたし、ビデオ化は音楽の版権がなかなかクリアー出来なかったため遅れたのだ。
どうでもいいことだが、USJのリーフレットだと『ブルース・ブラザーズ』になっているがこれは『ブルース・ブラザース』が正解だろう。でも、googleで検索すると
「ブルース・ブラザース の検索結果 約46,100件」に対し「ブルース・ブラザーズ の検索結果 約75,400件」なんだよな。

 『ターミネーター2』と『スパイダーマン』が終わった時点ですでに時刻は午後1時半になっていた。ホテルで朝食を取ったきりなので少々お腹が空いてきたが、時間がもったいないので昼食は省略。そのまま『バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド』に向かう。
アトラクションの建物の前にはデロリアンが展示してあり自由に見物できるようになっている。うむむ、これが自動車型タイムマシンかなどと眺めていたら、「写真を撮ってもらえませんか」と女性4人組のグループに声をかけられた。他にも人がいるのにわたしに声をかけてくるとは、わたしもまだ捨てたもんじゃないなと思ったが、単に一番暇そうだったからかも知れない。
デロリアンはロープで周りを囲ってあるだけなので一緒に写真を撮ることが出来る。ロープといってもそれほど堅固ではないので手を伸ばせば車体に触れるのも簡単だ。しかも近くに係員はいない。屋内ならまだしも雨ざらしの屋外という扱いが少々寂しい。
 アトラクションは65分待ち。屋外テント状態のところに並んだ行列最後尾に並ぶ。この21日はそれほど寒くないし風もなかったから良いが寒波に見舞われていたらさぞひどい目にあっていたことだろう。
今回はドクことエメット・ブラウン博士の研究所にタイムトラベル体験に訪れたという設定。ところが、例の悪党ビフ・タネンがデロリアンを奪って時間逃亡をしてしまったので捕まえてきて欲しいと依頼されるのだ。『スパイダーマン』のジェイムソン編集長もそうだが、単なる観光客のわたしたちが何でそんなことをしなきゃいけないのか。
とここまで、デロリアンだのエメット・ブラウンだの“例の悪党”ビフ・タネンだのと言ってきたが、読んでいて何のことだか分からない人もいるかも知れない。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の1作目が公開されたのが1985年だから今年で20周年である。20年前の映画となると若い子なんかからは「そんな昔の映画知らないよ」って言われるかも。
わたしも自分が小中学生の時に、自分が産まれてくる前の映画を熱く語られても「だからどうしろっつーのよ」って感じだ。でも、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は今観ても面白いはずなんで、観てない人は観てね。2作目と3作目はまぁ観たければどうぞ。
 つねに技術革新に取り組んできたドクは日本の自動車メーカートヨタと技術提携してデロリアンを改良した。一番の目玉はなんと前列4人、後列4人の合計8人乗りになったこと。乗車定員が増えても外見の大きさは変わっていないと言い張る謎の技術だ。
列が進むと屋内に入り研究所施設っぽいセットとなっている。意味もなく天井を転がり廻る砲丸が科学研究所っぽいかも?二昔前の映画ならば妙な色水が入った試験管や螺旋管が這いずり回ってドライアイスの煙が漂っている所だろう。
ドクの指示を受けてデロリアンに乗り込む。前列の左端だった。デロリアンが発進すると目の前の覆いがなくなり前方に巨大なスクリーンが登場した。ドーム状の一部を切り取ったような形で、スクリーン上部が頭の上に覆い被さってくる感じだ。
ちらりと左側を見ると他に4?5台のデロリアンの姿があった。一度の上映で一台ではもったいないし回転が悪いので何台かまとめてやっているようだ。わたしの乗ったデロリアンは一番右側なのでスクリーンを観る位置としてはちょっと残念。だが、巨大スクリーンに映し出される映像はそれを割り引いてもなかなかなもの。3-DではないしCGとしてももはや古くさいのは否めないが、映像の動きに合わせてバーチャルで動くデロリアンの車体に観客はわぁわぁとにぎやかに騒いでいる。
未来都市の上空からティラノザウルスがいる過去へ、そして氷河期から火山へと飛び回りようやくビフをとっ捕まえる。やったね、これでようやく現代に帰れる。デロリアンのダッシュボードには映画の通りの現代時間と旅行先時間の表示計があって、今どこの時代にいるのか分かるようになっている。もっとも、アトラクションの最中は画面にのめり込んでいて時計なんて見ないとは思うが。ちなみに現在時間が“2005/02/:21 14:15:31”と正確な時刻を表示していたのにはちょっと感心した。
 アトラクションが終了すると狭い通路を通っていかにも裏口といった出口から表に出る。おかげで一気に現実に戻って冷めてしまうのだがこれはなんとかして欲しい。それとも現実に戻った心をまたファンタジーで満たせたいと感じさせ間髪を入れずに次のアトラクションへ呼び込もうというテクニックなのだろうか。だとしたらなにかこう、薬物などの中毒みたいなもんである。

 『ターミネーター2:3-D』からちょっと歩くとすぐに『アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・ライド』に到着。
入り口にいる係員いわく「90分待ちです」とか。くわっ!しかしせっかく来たのに一番のお目当てを見ずに帰るわけにもいかない。待つのは覚悟の上で建物に入る。とたんに人の山に驚く。うわっ人口密度高っ!パイプで出来た柵で列が区切られておりその通路に沿って奥へと進む。
すると、引き返してくる人とすれ違った。トイレでも行くのか?と、またすれ違う。何なんだこの人たちは?と思いながら次の部屋に入る。これまたうわっ!それなりに大きな部屋が人で一杯だ。最初の部屋と合わせて何人いるんだ。わたしは日本野鳥の会会員ではないのでとっさにカウント出来なかったが、第一待合い室とこの第二待合い室で1,000人はいるのではないだろうか。
そうか、引き返してきた人はこの混雑振りを見て諦めたと言うことか。ふふふ、まだ青いな。世の中、並びたくなくても行列しなければいけない時は必ずある。戦中戦後の配給、闇市での買いだし、『ゴジラ』第一作目の入場待ち、それに月から持ってきたという以外にさして付加価値のない石ころを見るために何時間も並んだ我々日本人ではないか。
まあ、わたしはどれも並んでないし、並ぶのが嫌いなんで行列が出来るラーメン屋なんて絶対行きたくない。それはそれとして90分ぐらいなら本でも読んで時間を潰せばいい。ちゃんとそのために文庫本をポケットに入れてある。
ロバート・ラドラム著『殺戮のオデッセイ(上)』 原題は『THE BOURNE SUPREMACY』。そう、現在公開中の映画『ボーン・スプレマシー』(2004)の原作である。
原作というか原案というか、一作目の『ボーン・アイデンティティー』からして原作の小説とはほぼ別物なのだが、『ボーン・スプレマシー』ははっきりと別物。あまりに違うんで「原作どんなだっけ?」と本棚の奥から約20年振りに引っ張り出して読み返している次第。
香港返還がまだ将来の出来事だったり、テロリストのカルロスことイリッチ・ラミレス・サンチェスがまだ逮捕されずに活躍していた時代を舞台にした小説なので大幅に変更が必要だったのは認めよう。ヒロインであるマリーが経済学者からフリーターに変更になったのもまあ許そう。
しかし、主人公が唯一心を許す相手でシリーズを通して彼を支え続けるマリーが、『ボーン・スプレマシー』の開始早々で「あれ」されちゃ駄目だろ。寅さんじゃないんだから、無理に毎回新しいヒロインを出さなくたっていいだろうに。
 てなことを考えながらまだまだ続く通路を進んでいく。あれ?また部屋を出るのか?ってことは第待合い室があるのか、うわ?と扉をくぐったら屋外だった。テント張りの屋根こそある物の衝立のような壁から容赦なく風が入ってくるので寒い。すでに待合い“室”ですらないのだ。
そこに柵でジグザグに仕切られて並んだ人がこれまたどう見ても500人以上。並ばずに引き返してきた人はこれを見て諦めたのだろう。わたしもその気持ちが少し分かったが、末尾に陣取ると『殺戮のオデッセイ』を読み始めた。
 行列はゆっくりゆっくりと前に進んでいく。このテント待合い室では柵が掲示板状になっていてスパイダーマンを始めにしてドクター・オクトパスやハイドロ・マンなど登場人物が紹介されている。ヴェノムってのは映画三作目の敵で出るんじゃないかって奴だな。
数十分後ようやく屋内に入る。そこからはピーター・パーカーがカメラマンとして務めるデイリービューグル社という設定になっているらしい。何カ所にも設置されたテレビでは紹介ビデオが流され、わたしたちは新聞社を“スクープ”という最新の取材用車両を見学に来たのだと分かる。
ところが、折しもニューヨークの街をドクター・オクトパスを首領とする悪党どもが襲い、なんと反重力銃で自由の女神を奪い去ってしまったというではないか。取材記者の数が足りないため一計を案じたジェイムソン編集長はわたしたちを臨時の記者としてスクープで送り出すことにする。
ちなみに報酬として新聞をタダでくれるそうだ。ただし日曜版は除くとのこと。とほほ・・・
ともあれ悪党どもとスパイダーマンの戦いを取材するために、3-D眼鏡を手にわたしたちはスクープでニューヨークの街に出撃していくのであった。

 『アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・ライド』はスクープというライドに乗ってニューヨークの街中を駆けめぐるといったアトラクションだ。
スクープは4人3列の12人乗り。わたしは一番前列の右端だった。やはりこの手のは最前列に限るのでうれしい。乗り込むとキャノピーが閉められ、そしてごごんとスクープが発進する。スクープは曲がったり持ち上がって落ちたり、時にはぐるぐると回転までする。横Gがなかなか強かった。前にあるレバーをしっかり握っていないとちょっと怖い。
ニューヨークの街はセットでそこに映写機で立体映像のスパイダーマンたちが写し出される。これがどうやっているのかがちょっと分からない。背景のセットが見えるのだから、単純にセット内にスクリーンを張ってそこに映しているのではないだろう。透明な透過型スクリーンかとも思ったが、わたしたちの乗ったスクープは移動し続けているわけだからそれも違うだろう。スクープのボンネットにスパイダーマンが飛び乗るシーンもあるし、ひょっとしたらフロントガラスにヘッドアップディスプレイスタイルで上映しているのだろうか。でもそれだと後部座席の人がなぁ・・・謎は深まるばかりである。
スクープの中でぐわんぐわん振り回され、ハイドロマン登場のシーンでは小さな水滴が降ってきて、炎が燃えるシーンでは熱風が吹いてくる。うーむ、これはあれだ、洗濯機と乾燥機で洗われた洗濯物の気分なのかもしれない。
そしてスパイダーマンが悪党どもを捕まえてアトラクションは終了。最後にスパイダーマンが写真を撮ってくれ、それは出口の所で希望者は実費を払えば購入することが出来る。いい年したおっさんが一人で乗った写真を買ってもしょうがないのでそのまま通り過ぎたので金額は不明。
撮影時のカメラ位置はライドの前方右上側からなので、「わたしは写真に写るときはこの角度からと決めてるのよ。これが一番やせてて可愛く見えるのっ!」という方は参考にしてください。
でもスパイダーマンはひょいと上から出てくるなり何の予告も無しでシャッターを切るのでタイミングを計るのは難しいかも。

 『スパイダーマン』のライドに乗っていた時間は5分ちょっとだろうか。10分はなかったと思う。建物から出たところで時計を見たら待ち時間を含めた所要時間は2時間ちょっと。90分待ちどころじゃねーじゃん。
アトラクションとしては移動系のライドと3-D映像の組み合わせが新しかったが、残念なのが登場人物たちがサム・ライミによる実写映画の方ではなくアニメだったことだ。
スパイダーマンはアニメ絵でも実写でもそんなに変わらないんだが、悪党どもは服装などがかなり間抜けっぽい。『スパイダーマン2』で大暴れしたドクター・オクトパスはアニメ(原作のアメリカンコミック)だと黄色いタイツ姿にヘヤースタイルは坊ちゃん刈りなのだ。かっちょわりー。
なんとか実写で撮り直すか、せめて『アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ジ・アニメーション・ザ・ライド』に名前を変えてくれ。長いけど。

 朝一で顔を出しじゃあ帰りますんでと挨拶をして大阪での用件は終了。
このまままっすぐ帰ってもいいのだが、どうせ今日はもう一日フリーだ。せっかくなのでユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行くことにする。
2月21日の月曜日と平日なので空いていてアトラクション乗り放題だろうと思っていたら10時半頃に到着したところ駐車場には結構車が駐まっていた。あれ?ちょっと嫌な予感がしたがチケット売り場でそれが的中した。5?6ヶ所ある売り場の前にはどこも長蛇の列。しょうがないのでその最後尾に並ぶ。右の方にはカーテンを閉めたままの売り場が2ヶ所あるが、行列も出来ているのだしそっちも開けてもらえないだろうか。
20分ちょっとかかってようやく順番になった。5,500円でスタジオパスを購入。悲惨だったのがわたしの前に並んでいた二人組の女性で、窓口に「入場券と引き替えてください」となにやらチケットを出したところ、係員から「それ、そのまま入れますよ」と言われていた。20数分が無駄の並び損。でもそういったことを尋ねようにもチケット売り場の行列を管理する係員の姿がないのでちょっとしたことを聞くことも出来ない。2?3人でいいんだから人を配置して欲しいところだ。
 入場ゲートから中に入り、置いてあったパンフレットをもらう。来る前にUSJのサイトでアトラクションのチェックはしておいたがここで最終確認。見たい物をちゃんと抑えるためには無駄なく無理ないプランが必要だ。
絶対に見たいと思っているのが『アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・ライド』と『ターミネーター2:3-D』、そして『バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド』である。『セサミストリート4-Dムービーマジック』などはよっぽど時間が余ったらの場合。
あちこちを行ったり来たりでは無駄なので道筋に沿って『ターミネーター』『スパイダーマン』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の順で廻ることにする。

 まずは『ターミネーター』
入り口には「30分待ち」となっている。まあこんなものかと入場し列の最後に並ぶ。
アトラクション会場はサイバーダイン社のショールームという設定になっており、わたしたち観客は新製品の発表会を見に来たことになっている。ロビーにはテレビがいくつも設置されておりサイバーダイン社のイメージビデオが上映されている。よく見ると壁にはサイバーダイン社の各種商品のポスターまで貼ってあってなかなかに凝っている。
『ターミネーター』は映画館式のアトラクションなので数百人単位でごそっと列が進む。第二ロビーにはいると高台のステージがあってそこにバリバリのやり手キャリアウーマンといった感じの赤いスーツを着た女性が登場。
「ようこそ、我がサイバーダイン社へ」と案内を始めるのだが、このお姉ちゃんがどうにも気にくわない。「どこからいらっしゃいましたか?」と観客を指名して答えさせるのだが、

「天王寺」
「天王寺ですが、それはクソ近くからようこそ」
「東京です!」
「ずいぶん大きな声ですがやっぱり自慢ですか」
「長崎」
「長崎、それは最後の人としては中途半端なところからですね。で、長崎で美味しい物は何ですか?」
「えっとちゃんぽんですかね」
「ちゃんぽん、これはまた予想通りのお答えでございます」

会場ではそれなりにウケて笑い声も上がっていたが、わたしはこの手の芸風は認めない。“客いじり”ってのはやっちゃいけないと学校でも習っただろ。下品で嫌なんだよ“客いじり”は。ちゃんとネタで勝負しろネタで。
ひとしきり説明を終えてからこちらに背を向けて「なんでわたしがお客の面倒なんて見なきゃいけないのよ」と小声でぶつぶつグチを言うギャグには、会場は静まりかえって無反応だがわたしは笑った。こちらはちゃんとネタになっている。
そして上映会場の準備が調ったようでお姉ちゃんの案内でさらに右手に続くドアをくくった。
パッと見は映画館というかイベント会場で、舞台に向かって観客席が並んでいる。わたしが座ったのは後ろから5列目ほどとちょっと後ろなのが残念だが左右に関してはほぼ真ん中。観劇にはわりと良い場所だ。あらかじめ渡されていた3-D眼鏡をかけて始まるのを待つ。
またもや赤いスーツのお姉ちゃんが登場。この人が新製品の案内を始め舞台の左右から6体のメカタイプターミネータがせり上がってくる。そこへサラ・コナーとジョン・コナーが登場。サイバーダイン社を壊すからわたしたちに逃げろと伝えてくる。このジョンとサラはリンダ・ハミルトンらが演ずるスクリーンの中と、生身の俳優が演ずる舞台上の二つを上手く組み合わせている。面白いけどタイミングを取ったりするのはなかなか大変だろう。しかも一日中やっているわけだが全何公演なのだろうか。
メカターミネータが暴れる中、シュワルツェネッガー型ターミネーターとT-1000型まで現れちょっとしたアクションの後で3-Dムービーの上映が始まる。わたしたちはジョンとターミネーターと一緒に未来に行きスカイネットを破壊することになるのだ。
スクリーンは正面と左右の3スクリーンによるワイド画面になっている。小型飛行マシーンなどが立体でまるで目の前にあるかのように飛び出してくる。飛び出してくるのだが、わたしはあまり3-D映像が3-Dに見えない。まるで平らってわけではないが飛び出す絵本状に軽く浮き上がって見えるだけ。思わず手を出して触ってみようとするなんていう臨場感はない。これは個人差があるのだろうか。両目の視力はほとんど同じで各1.2ぐらいで特に問題はないだろう。映像を処理する脳の方に問題があるのかも知れない。
ラスト近くではT-1000の様なリキッドメタルの巨大メカが暴れ回る。立体感はともあれ2-Dとしても迫力はある。CGとしては作られてからもう何年も前に作られた物なので(USJのオープンが2001年3月31日)若干の古くささは否めないが、代わりに本物のシュワルツェネッガーが出演しているといううれしさがある。今ではもうテーマパークのアトラクションには出演してくれないだろうな。仮に出てくれたとしても幾らの出演料を取るのやら。
最後の最後に一つどっきりがあるが詳細は行ってみてのお楽しみ。

 土産物屋でターミネーターのヘッド模型を買った。それなりに大きいのに値段は1,260円と案外安い。3,000円ぐらいかな?、だったら買わないよな?と思ったがつい衝動買い。ちなみに手に取ってみるとつくりはちゃちで中身にはクッキーが入っている。食べてしまえば中身は空っぽで、『ターミネーター2』で問題になった例のチップは入っていない。どうせならクッキーじゃなくてポテト"チップ”が入ってればうれしかったのに。

 用事があって20・21日と大阪まで行ってきた。
 阪急や新幹線などで行けば楽なのだが荷物があったので車で行った。愛知県知多郡武豊町から大阪市北区の梅田まで片道およそ250Km4時間ほどの行程だ。横浜生まれのわたしにとって東京方面というのは子供の頃からよく行ったし向こうで就職したこともある。だが名古屋から西にはほとんど縁がなくて、大阪には学生時代に就職活動で一度行ったきり。
「大阪は車の運転が荒いそうですが、わたしみたいなのっそりした走り方のが行って大丈夫なんですかね?」と訪問先の人に尋ねたら「そんなまた東森さん、テレビなんかで言ってるのは嘘ですよ。大阪の人もちゃんと交通ルールは守ります」と返されてしまった。それもそうかと思って実際に大阪の街中、大阪駅などの梅田周辺を走った印象としては確かにそれほど無茶な割り込みとか煽ってくるといった乱暴な運転はほとんど見かけなかった。名古屋駅周辺や栄辺りを走るのとさほど変わらない。でも、路上駐車が多くて歩道側はびっちりと違法駐車車両で埋まっている。
で、「んーでも路上駐車が多いですよね」と感想を伝えたところ、「なに言ってんですか。昔は二重駐車は当たり前で三重駐車でようやく怒られてたんですよ。今ではほんと交通マナーが良くなりました」とのこと。
 あれやこれやで用件を終わらせ、晩飯は一緒に食べようということでわたしはいったん宿泊先のホテルにチェックインした。阪急梅田駅隣の新阪急ホテルである。西洋風の間接照明だけで照らされた長い廊下を一人で歩いていると、人気の無さにどうも少し心細くなってくる。ひょっとしたらそこの角を曲がったら手斧を持ったジャック・ニコルソンがにたぁと笑って立っているのではないだろうか。エレベーターのドアが開くと大量の血ないし錆で色が付いた水が溢れ出るのではないか。そんなことを考えている内にようやく部屋へとたどり着いた。
 まずは革靴を脱いでスリッパに履き替える。これで一気にくつろぎモードになる。荷物を点検して必要な物を取り出す。ノートパソコンを部屋のモジュラージャックにつなげていくつかのメールをやりとり。終わった後、そのまま電源を切るのもつまらなかったので最大化表示したテキストエディタに

仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。 仕事ばかりで遊ばないとジャックはそのうち気が狂う。

と数ページにわたって表示させてみた。
最初は延々とキーボード入力してみようと思ったが3回目ぐらいで飽きてしまい、後はコピーアンドペーストで貼り付けただけ。例によって根性なしである。
さらに壁にでかでかと「REDRUM」と書いてそれを姿見に映して遊ぼうかと思ったが、それをやると新阪急ホテルからルームクリーン代でとんでもない金額を請求されても困るので止めておいた。
ユニットバスのバスルームに女性の腐乱死体はなかったのでとりあえず軽くシャワーを浴びる。待ち合わせまでまだ1時間ほどある。さぁ今夜はフグだ河豚。てっちり、てっさ、白子?、実は河豚初体験である。いざ出撃?。
 以下次回

洗車と映画

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洗車の予定だったのだが雨で中止。洗車といっても手洗いではなくセルフガソリンスタンドに設置されたドライブスルー方式のやつだけど。前に洗車したのはいつだったかなぁ?半年ぐらい前?いい加減な扱いですまんのお我が愛車よ。

ドライブスルー方式の洗車といってもアメリカ映画『リプレイスメント・キラー』(1998)に登場するような車を極低速で走らせてブラシやらバキュームの間を通過させて洗うタイプではなく、指定されたところで停車させると洗車機が前後に動いて洗ってくれるタイプ。アメリカタイプのは場所を取るのでたしかに日本向きじゃない。
他には『チアーズ』(2000)でキルステン・ダンストらチアリーディング部の部員達がお金を稼ぐためにバイトでやってた洗車サービス。水着など半裸に近い格好で胸をフロントガラスに押しつけたりしながら手で丁寧に洗う。中に乗っている人はそれを見てイシシシっていう、これもまたいかにもアメリカン。この半裸美女による洗車サービスは他の映画でもたまに見るが本当にあるんだろうか。あるんだろうな。うーん、アメリカン。
『007 美しき獲物たち』(1985)ではロールスロイスを自動洗車機にかけるシーンがある。いいのかよその手の車が洗車機で。どうみてもナイロンブラシタイプだから表面に細かい傷がついてもしらないぞ。ロールスロイスなんかは手で洗わせろよ。

『カー・ウォッシュ』(1976)という洗車場の一日を描いたまんまな作品もある。
いい加減な従業員が働く洗車場にやってくるのは奇妙でおかしな客ばかり。どっか歪んだどっかおかしい現代劇+コメディ映画で、傑作とまではいかないが結構面白い。監督は後に『ラスト・ドラゴン』を撮るマイケル・シュルツ。1976年という時代の空気と黒人文化が存分に含まれているので、そこら辺を頭に入れた上で観ないとちょっと楽しみどころがつかみづらいかもしれない。

多分今年だが、洗車場に勤める黒人が主人公の映画がwowowで放映された。録画して観たがかなりつまらなかったのですぐ消去してしまってタイトルも憶えていない。洗車係というのはかなり社会の底辺的な仕事として描かれていた。『カー・ウォッシュ』でもそうだったんで実際そんな感じなんだろう。

ちなみに日本映画で洗車のシーンっていうのは記憶にない。

先日、Photoshop CSでは新札のスキャンイメージが読み込めないという話をした。
こうなるとやはりコンビニエンスストアなどにあるカラーコピー機ではどうだろうかと気になってくる。
だが、お札をコピーした時点でもうれっきとした通貨偽造の罪になる。だから絶対にやってはいけない。
そこで、ここから先は想像の話になる。あくまでも架空の出来事だ。その辺、しっかり理解しておいて欲しい。

新千円札を持ったその男は近所のコンビニに行った。この店は今年出来たばかりの新しい店で、設置してあるカラーコピー機も新型でまだピカピカの新品に近い。
男はとりあえず辺りをきょろきょろ見渡して、店員や他の客が近くにいないことを確認すると、読み取り台の上に新千円札を野口英世の肖像を下にして置いた。そしてカバーを閉じ、コインスロットルに100円玉を入れた。設定はカラー、サイズはA4を選ぶ。
男の心臓がドキドキしている。今ならまだ引き返すことが出来る。これが最後のチャンスだ。
だが男は目を閉じて「ええい、ままよ」とばかりにコピーボタンを押した。
読み取り部が光り、ガーッとセンサーが移動する音がした。
「ピーーーーー」
コピー機が警告音を発した。
液晶には「このコピーを行うことはできません」といったメッセージが表示されている。
男は慌ててリセットスイッチを押した。コピー機は何事もなかったかのように元の状態に戻った。
カウンターを伺うと、レジにいる店員はコピー機での異変など別に気付いていない様子だ。だが、それは気付いていない振りをしているだけで、実は場合によっては警察に通報する用意をしているのかも知れない。疑心暗鬼に満ちた男にはそのように見えた。
目立たないように新千円札を取り出し、返却ボタンを押して100円玉を取り戻すと、男はコピー機のそばから離れた。
そして、カモフラージュのつもりで缶ジュースを一本買ってそのコンビニを後にした。
なるほど、最近のカラーコピー機もやはり新札のコピーは出来ないようになっているのかと男は納得した。
単なる好奇心を満たすためにしては危ない橋を渡った気もするが、なに人生にはスリルが付き物さ、などとうそぶきながら、後ろを気にしつつ歩き続けるのであった。

うむ、なるほど。
くどいようだが最後にもう一度、上記の出来事はフィクションであることを述べておく。実在の人物、出来事とは一切関係がない。
だからなんだってば。

『ビルとテッドの大冒険』(1989)が待望のDVDソフト化!!!
11月10日に発売されていたがamozonで他の11月26日発売の商品と一緒に注文していたので本日ようやくと入手できた。
大好きなんだわぁこの映画。笑えるしスカッとするし時には燃える、でもってバカ。バカ映画ランクで上位入賞は間違いなしだ。

DVDには英語だけではなく日本語吹替音声も収録されている。ビルとテッドを演ずるのはお笑いコンビ“ちびっこギャング”で、なんと音源は昔ビデオ化された時の、幻のちびっこギャング吹替版ではないか。ちなみに“幻の”は“吹替版”にではなく“ちびっこギャング”にかかっている。
ちびっこギャングの片方は声優の島本須美と結婚したはずで、もともとこのコンビは演劇出身だったらしい。ちょっと調べてみたところ島本須美と結婚した越川大介は現在“劇団D.K.HOLLYWOOD”を主催しているとのこと。相方である藤井一男の消息は不明。同じ名前のクラリネット奏者がいるのでウェブ検索してもそちらばかりヒットしてしまう。
ちびっこギャングは割と好きだったんだがいつの間にか消えてしまった。怪物ランドなどわたしの好きなコメディアンは消えてばかりだ。

ビルとテッドの口癖は「EXCELLENT!(エクセレント)」でもちろん感嘆を表す言葉だが、吹替版ではこれが「シェケナベイベー」に変更されている。「shake it up baby」では意味不明だ。内田裕也じゃないっての。

過去に飛んでイギリスの城を訪れた二人は衛兵に捕らえられ、王から「この二人をIron Maidenにかけろ」と言われ、ロックバカな二人は「Iron Maidenだっ!」と喜ぶ。
これは拷問道具である“鉄の処女”=Iron Maidenと、大御所ヘヴィ・メタルバンドの“アイアン・メイデン”=Iron Maidenをかけたギャグだ。
これが字幕版だと、
  王「鉄の女にかけろ」
  ビル・テッド「やったオンナだ」
と二人が単なる女好きだし、
吹替版だと
  王「この者たちを鉄の女に」
  ビル・テッド「鉄の女?ヘヴィ・メタだぜ」
とアイアン・メイデンという単語が出てこないのでもう一つ意味不明だ。
こういうギャグは言葉遊びなので訳すのが難しいのだろう。

チャプター・リストの裏側にはアメリカンなセンスのポスターが描かれている。テッドはまだしもビルの目はいっちゃってて危ない奴っぽい。大きく引き伸ばして壁に貼りたい。

映画自体についてはまた後日。

その当時、学校ではあるテレビドラマが話題になっていた。そもそもアニメや特撮番組以外のテレビはほとんど見ていない少年だったが、そんなに面白いのならば一度見てみるかと夜になってテレビの電源を入れた。
そして『3年B組金八先生』 第二シリーズ第24話「卒業式前の暴力2」が始まった。1981年3月20日のことである。
それまでの23話分を見ていないので話や人間関係がさっぱりわからないがそれは仕方がない。これからのシーンは当時見たきりのわたしの記憶だけで書くので多少間違っている部分があるかも知れないことを最初にことわっておく。
金八の務める中学校である生徒が学校の放送室に立てこもっている。教師たちは説得を試みるが失敗、そして110番通報で呼ばれた警察がついに強行突破で放送室に押し入り、その生徒を取り押さえる。
手錠をかけられ警官に囲まれた生徒が放送室から出てくるシーンがスローモーションになる。そこへ中島みゆきの『世情』が流れる・・・

なんてことしますか、君らーー!
猛烈に腹が立ったし吐き気がした。えっ、大人が若者の主張を暴力でねじ伏せたのが許せなかったのかって?そんないかにも全共闘世代の人間が書いたようなクソストーリーはどうでもよろしい。(当時はまだ学生運動のことなど知らなかったが)
わたしとしてはただそのスローモーションの使い方が許せない。
そんないかにもなシーンで中島みゆきを流してしまう感覚が許せない。
あまりにも工夫が無く考えが無くセンスがない。制作陣は真面目に作ってるのかこれは。
連れ出されるところにスローモーションというテクニカルな手法を用いるのがまず普通は恥ずかしくて出来ないし、そこに流す歌が中島みゆきの『世情』だ。中島みゆきが嫌いなわけではなく、オールナイトニッポンを聴いていた時期もありしゃべりに関してはファンなぐらいなんで、悪いのは選曲者だ。スローモーションと中島みゆき、ドラマとして盛り上げる演出として絶対やってはいけない組み合わせだと誰か放送前に指摘しなかったのだろうか。
東大講堂陥落の映像をスローにして、そこに「シュプレヒコールの波?通り過ぎていく?」と流れるシーンを想像すると、いかに第24話が映像作品として犯罪的かつクソだったかがわかる。

もちろん、まだガキだったのでその時点ではっきりとした考えとしてダメな理由が分かっていたわけではない。ただもう、生理的にイヤだったのだ。
この件はわたしが中学生だった頃だと思っていたのだが、この文を書くためにウェブで調べてみたところ放送日が1981年3月20日だったことがわかった。当時わたしは小学校を卒業し中学校へと進む時期だ。テレビの一般向けドラマを見始めるのは中学生ぐらいからだろうが、その入り口で「卒業式前の暴力」と出会ってしまったために、「テレビドラマなんかつまらん。んなーもの見るより面白い物はたくさんある」と小説(主にSFや推理小説、冒険小説)やMZ-80やPC-8001などのマイコンにはまっていって、ほとんどテレビドラマとは縁がないまま2004年に至る。
考えようによっては「金八先生によって人生が変わった」と言えなくもないが、「金八先生に感化されて人生が変わった」などという変わり方でなくて良かったなと個人的には強く思う。

1980年代末に映画『いちご白書』(1970)を観る機会があった。
アメリカの大学を舞台に、あるノンポリ学生(*)が学生運動に巻き込まれていき、最後には大学に突入してきて州兵によって学生たちは鎮圧されていく。もちろんスローモーションが入る。ほんと頼むから止めてくれ。
なんのことはない、「卒業式前の暴力」はストーリー的にも演出的にも『いちご白書』のまるまるパクリに過ぎなかったのだ。こんなとほほな映画をパクるとは。えっ、オマージュだって?じゃあ、こんなとほほな映画をオマージュするとは。
ちなみにプロフィールの嫌いな物に相田みつをを入れている.
この間本屋で見つけた相田みつをの新刊らしき本の帯には“金八とその後ろの黒板に貼られた相田の言葉”の写真が載せられていた。わたしの大嫌いな物が二つ結びついており拷問として読まされたらどんな秘密でもしゃべってしまいそうだ。逆に考えると、自分の好き嫌いの価値観の方向はこれで案外ちゃんと定まっていたことが確認できた。

(*)ノンポリとはノン・ポリティカルの略。左翼・右翼どちらの思想も持たない学生がそのように呼ばれた。そんなことを言ったらわたしらの頃はほとんどノンポリ学生。

『3年B組金八先生2』 第24回 「卒業式前の暴力2」 1981年
演出:生野慈朗 脚本:小山内美江子
出演:武田鉄矢、沖田浩之

日・月曜と遠出をした。だが、今回はその旅行譚ではなく、行った先で叔父がテレビをいたためで仕方なく見てしまったNHK大河ドラマ『新撰組!』についてである。タイトルでは「物が言えん」となっているが言う、言わせてもらう。
普段からほとんどテレビは見ず、特にテレビドラマは嫌いだ。「それはあなたが映画ファンだからテレビドラマを見下しているんでしょう」と言う方もいるかもしれないがそれは違う。わたしが映画を趣味としてちゃんと観始めたのは高校も後半に入ってからで、テレビドラマはそれ以前の中学の時点ですでにつまらないし嫌いだった。それには『3年B組金八先生』が大きな原因なのだがそれはまたいずれ書く。
わたしが食事を終えて居間へと移った時にはすでに『新撰組!』は始まっていた。さすがに客の分際ではチャンネル権がないので、まぁたまにはいいかと見ることにした。ちなみに『新撰組!』を見るのはこれが初めてで、歴史には興味がないので新撰組についての知識もほとんどない。
なにやら新撰組の羽織を着た親父が若者に語っている。
「わしはまさか自分がこんな風に戦をすることになるとは思ってもいなかったよ。江戸の侍として平凡な一生を終えると思っていたのに、それがまさか新撰組六番組隊長になるとはな」
折しも薩長軍が迫っており、そんな状況でそんないかにもなセリフを吐いては「その後で死ぬぞ」と言ってるようなものである。で、案の定そのすぐ後にこの親父(NHKのサイトで調べたところ“井上源三郎”なる人物だった)は死んでしまう。だが、さすがに最近ではやる人が少なくなったものの“戦争映画の法則”で「戦争から帰ったら○○をやるんだ」といった兵隊はほぼ間違いなく死ぬというのがあるのでとりあえずは許そう。11月14日放送の第45回のタイトルが『原さん、死す』だというのを今知って「タイトルでネタバレしてどうすんだよ。少しは考えて付けろよ」とも思うが、それよりも問題はその死に方だ。
薩長軍の鉄砲隊が一斉射撃をしてくる。新撰組は「いったんあそこの祠まで下がろう」と退却するのだが、そのうちの一人が逃げ遅れ木の陰に隠れたまま取り残されてしまう。源三郎はその若者を救うために鉄砲隊の前に立ちはだかる。発射される銃、途端画面がスローモーションになる。軌跡を残しながら横をかすめていく数発の銃弾。そしてそのうちの一発は構えた刀がはじき返し火花が散る。

・・・『マトリックス』かよ・・・

そりゃあまぁ『マトリックス』(1999)の後にはあのブレットタイムやブレットタイムもどきが流行って真似した作品がいくつも出た。しかし、とっくに流行は終わってこの1、2年はすでに恥ずかしい映像ってことになっている。それに、『マトリックス』シリーズやウェズリー・スナイプスの『ブレイド』シリーズのようなアクション主体の作品ならともかく、史実に基づいた『新撰組!』では浮きまくっているとしか見えなかった。ひょっとしてこれまでの44話の中でもこの手の映像が何度も登場していたのだろうか?アホですか、君ら。
振り返って若者に逃げろと告げた源三郎を再び鉄砲隊の銃弾が至近距離から襲う。肩の辺りから腰の辺りまでの背中に少なくとも5、6発が命中する。どう考えても即死だ。だが、源三郎は祠に戻った後、仲間に囲まれた中で「近藤局長がどうのこうのああだこうだうんぬんかんぬん」と延々語った後にようやくと息を引き取る。

・・・だから、普通即死だろ・・・

21世紀にもなって“死ぬ間際に延々と語ってようやく息を引き取る奴”なんてのを見る羽目になるとは思わなかった。遅くとも10年前には絶滅したシーンだろうに。腹を撃たれてのシーンならまだ許さなくもない。あれはショック死しなければ割と息が持つそうだから語ることもできるだろう。ただ、散々苦しんで死ぬそうなので「痛てーよー!」と叫んだりするので精一杯な気がする。
「もうこれでもかこれでもか、お前ら感動しろ泣け涙しろ」という演出にはほとほとうんざりした。
源三郎が死んだのを見取って新撰組の一人が「うわー」と飛び出すと目の前には薩長軍がいて何人か斬り殺された挙げ句に逃げ出してしまう。
すぐそこまで追いつめ、しかも新撰組は全員源三郎の周りに集まっていたのでまったくの無防備状態だったというのに、その源三郎が死ぬまで素直に待っていてやる薩長軍はなかなか良い奴らだ。

・・・っつーか、飛び出してきた奴に向かって撃てよ。弾切れだったとしても再装填の時間はそれこそ延々あっただろ・・・

こうして疲れ切ったわたしに、さらにとどめを刺そうと“近藤勇の元へ源三郎の幽霊が現れる”というクズシーンが襲いかかる。
近藤勇がふと机から目を上げると妙に青っぽいスポットで照らされた源三郎が板の間に控えていて、これまた延々と語り合った挙げ句に泣き出して「こら原さん、幽霊のくせに泣く奴があるか」と近藤勇に怒られ、最後には特撮ですーっと透けて消え去っていく。

・・・だから、これは史実に基づいた作品なんじゃないのか。それにそのまんまな幽霊を出してくるなんて・・・

江戸末期の話とはいえあまりに古典的な幽霊パンチがテンプルに決まる。
例えば『ゴースト ニューヨークの幻』(1990)で夜道を歩く恋人二人が拳銃を持った悪党に襲われ、パトリック・スウェイジと悪党がもみ合いになりパーンと発砲音が響く。パトリック・スウェイジは逃げ去っていく悪党を追いかけるが途中であきらめて戻ってくる。するとそこには、血まみれの自分が倒れておりそれを抱きかかえたデミ・ムーアが助けを求め叫んでいる。「ああ自分はもう死んでいるのか」と気づき愕然とするというの名幽霊登場シーンがある。あれが、撃ち殺された身体からすーっと半透明なパトリック・スウェイジが抜け出てくるだったら映画自体の印象が全然変わっていたのではないだろうか。
せめて姿を透けたり変な青いスポットライトを当てたりせずに、普通にそのまま撮って「幽霊のくせに」などという頭の悪いセリフは削って、最後のカットで近藤勇から切り返したら誰もいない板の間があるぐらいにしてくれ。これならば見る人によって“幽霊”だとも“近藤勇が見た幻覚”だとも取れる。

脚本も演出もあまりにもクソだった。説明が、それもセリフによる説明があまりにも過剰すぎ。見る人が想像力を働かせてみる余地が無くてはつまらない。視聴者に鑑賞する力が無いとでも思っているのだろうか。
NHKの大河ドラマというのはテレビドラマとしては良質な方なのだろうかと思っていたがこの程度か。それとも民放のテレビドラマの方がましなのだろうか。だが、確かめてみる気はないので謎のままにしておこう。
テレビよりも映画や本の方がずっと面白い。NHKにしろ民放にしろ次にテレビドラマを見るのは遠い先の話になりそうだ。

FANTASTIC!BOXというDVDボックスを見つけたのだが、これがとてもそそられるラインナップで物欲が刺激される。
なんといっても藤岡弘が現代アメリカに蘇った侍を演ずる『SF/ソードキル』がうれしい。藤岡弘の「どこじゃここは。なんじゃこれは」と久々に聞いてみたい。「トシロー・ミフネ」も楽しみだ。
他には『プリズン』『ハードカバー/黒衣の使者』『ダーク・エンジェル』『ウォンテッド』などなど。『ソードキル』は日本未公開でビデオ発売のみだったが、『プリズン』?『ウォンテッド』は劇場で観ている。どれもいわゆるB級映画で面白さ爆発な作品ばかりだ。もう一度観直してみたいが1作品4000円台はちょっと高い。あまり数が売れる物ではないからこの価格でもしょうがないのだろうが、これが2000円ぐらいだったら迷わず買ってしまうのに。レンタル品として出てくるのも期待できないだろうし残念だ。古くからある大型ビデオレンタル屋だと、まだビデオ版が残っている可能性は大きいのでビデオで思い出した記念に観るか。たしか近くのビデオ屋で『ダーク・エンジェル』(米国TVドラマではなくドルフ・ラングレン主演SF)や『プリズン』は見かけたことがある。
静かなサスペンスとして進んで、ラストでいきなりモデルアニメーションの怪物が登場する(これがまた良い出来なんだ)『ハードカバー/黒衣の使者』も再観したいが、あれは見かけなかったが、なにぶんその店はジャンル分けが非常にいい加減なのでサスペンス、ホラー、SF、アクションのどこにあるかで探すのにまず苦労する。コメディの棚にあってもあの店の場合驚かない。
わたしとしてはC級映画の『ドールズ』や『ナイト・オブ・ザ・コメット』は興味がないので、BOXのみでなく単品のしかも廉価版を発売してくれないだろうか。たしかに、出してくれるだけでもありがたくはあるのだが・・・うーん、『ダーク・エンジェル』だけでも買おうかなぁ。あれは悪役宇宙人もぶっ飛んでてスペースガン(キャリコピストルベースのプロップガン)の100連発&着弾点大爆発もイカすしなぁ。4,500円かぁ・・・
それを言い出すと、悪役ジーン・シモンズの死に方も楽しい『ウォンテッド』も欲しいしなぁ・・・
レニー・ハーリンのハリウッドデビュー作である『プリズン』は・・・買うまではないな。レンタルビデオになったからあれで十分。このころからすでに難しいことは考えないあるいは考えられない監督だったよなぁ。

80年代後半から90年代初頭は、わたしが一番映画に熱中しており映画館に足繁く通っていた時代だ。やはりその時期に観た映画が一番記憶に残っているし好きな作品の占める率も高い。
60年代からの“ニューシネマ”からようやく抜けだし、一転して娯楽映画へのシフトが進んで理屈抜きで面白い映画が主流になったが80年代後半であると思う。だがその“理屈抜き”は観客にとっての“理屈抜き”であって、制作者側は面白がらせるために知恵の限りを尽くしていた。『ダイハード』(1988)などまさにそうだろう。
最近の映画に作り手の知恵があまり感じられないのはわたしも年を取ったということだろうか。

10月11日 - 10時
ついに、というかあっという間に退院である。
朝、起き抜けに病室のベッドから出てみたら、昨日よりもさらに身体か軽くなっていて傷口がつっぱるせいでの猫背も治まっていた。なかなかに快調である。
11日の今日は祝日のため市民病院の受付が休みで、とりあえず仮払いということで5万円を納め抜糸の日に精算することになった。退院時にもらった“退院療養計画書”によると抜糸の予定日は9日先の10月20日、通勤・通学は可で事務的労働はOKだが肉体的労働はまだ禁止、入浴・洗髪はシャワーのみ可。わたしの場合、日常生活にはほとんど支障が出ない内容だ。
帰宅後、郵便物のチェックなどをしている内に夜になり、入院中に書いた草稿を元に“映画バカ黙示録”を更新しシャワーを浴びて寝た。やはり病院のベッドより我が家の布団の方が寝心地が良い。

10月12日
仕事再開。事務仕事なのでさほど問題がなかったが、身体を使う仕事だったらまだ数日は難しいだろう。

10月13日
体力回復のためにウォーキングというか散歩を再開。片道1.5kmほど離れたレンタルビデオ屋まで行って帰って万歩計は4865歩だった。ちょっと汗をかくぐらいだ。『スクール・オブ・ロック』(2003)があったので借りてくる。映画館で観た時はもう一つ楽しめなかったのだが、再観してみてもあまり評価は変わらなかった。ラスト近くがイマイチなのと、なによりも生活苦から小学校教師になりすます主人公のロッカー(ジャック・ブラック)が弾けきっていないのが残念だ。ロックが好きだロックが人生だと突き進むのではなく、あれこれ姑息な小細工で周りだけでなく自らの心も欺いていてはロックバカ失格だ。
新作なので2泊3日レンタルで新作料金200円。ちなみに旧作だと1週間レンタルで100円。都市部と比べるとかなりお値打ちな料金だ。

10月14日-19日
シャワーだけで風呂に入れないこと以外はほぼ日常生活で傷に痛みもなく気にならない。散歩も毎日約5000歩程度。万歩計は以前“ポケットさくら”が叩き売りされていたのを見かけて買ったものだが、時計機能とメモリー機能があって7日前までの歩数を「1日前、2日前」といった具合に表示できるのが結構便利だ。説明書によるとゲームボーイ用『サクラ大戦』と連動して遊べるらしいが、そのソフトはおろかゲームボーイ自体持っていないので意味がない。

20日 - 11時
病院に行った。ようやく抜糸である。
11時の予約だったがそれまでの患者が長引いたようで診察は12時近くになってからだった。
担当医がと腹部の黒い糸を切っていく。チョキンチョキンと都合8針。傷口の大きさは縦に10センチメートルで横に伸びる縫い目がほぼ3センチ。ヘソを避けるためカーブした傷で見た目はあまり良くない。マンガに登場する魚の骨の頭と尾を取って腹に貼り付けた感じだ。
デジタルカメラで写真を撮っておいたのでここに掲載しようかと思ったが、グロ画像だったので止めた。いや、傷がグロいんじゃなくてわたしの腹がね。
帰りに窓口で精算。手術・入院関係が合計で保険点数30666点、自己負担3割で92000円。点数で大きいのがやはり手術料の13636点と入院料の11190点。高額療養費制度と生命保険の疾病特約である程度は戻ってくる。今更ながら医療保険に入っておけばなぁ。
家に帰るとまず先に風呂を沸かし好みであるぬるめのお湯にしてバシャッと肩までつかった。
あーいい気持ちだ?、とろとろと溶けていきそうな感覚である。普段はカラスの行水で湯には5分とつかっていないのだが、15日ぶりに入る風呂はやはり良い。
「んー、温泉行きてぇなぁ」などと思ったりする。最後に行った温泉は草津だったか。あれはもう何年前になるんだかなぁ。

10月23日
現在、すこぶる健康である。
4、5回で終わるつもりだったこの「白線ヘルニアと入院」シリーズもようやく完結の運びである。
“T字帯”など書こうと思っていて書きそびれてしまったこともあるし、毎日のネタを考えるのが楽だったのだがこのまま続けていては看板に偽りありになってしまう。
闘病記として書き始めたのだがずいぶんとお気楽な内容になってしまったが、実際痛い苦しいと感じたのは手術当日の夜ぐらいで後はさほど負担に感じなかった。腹部のぽこっとした膨らみに気付いて約1ヶ月後には手術と、迅速に進めていったのであまり悪化していなかったおかげもあるだろう。悪化しなければ痛みなどがなく、入院や回復までの日にちが必要になるため手術を迷う方もいるだろう。だが、放っておいても悪くなるだけなので、なるべく早い段階で手術したほうがいいだろう。
調べてみると“日帰り手術でのヘルニア根治術”を行っている病院もあるようだが、先ほど言ったように一番苦しいのは手術当日の夜なのでせめて1泊2日は欲しいところだ。様態が急変した時にナースコールを押すか救急車を呼ぶのかではかなり違う。特に、一人暮らしの場合は入院を強くお勧めする。

最後に、市立H病院のS医師に改めてお礼を申し上げる。

10月9日 - 17時
何回か取り替えられた点滴も今つながっている100mlの袋で最後となる。
ポタリポタリと落ちる水滴が止まったので、ナースコールのボタンを押した。数分後にやってきた看護師が点滴を外してくれた。左手首内側から思いの外長い3センチほどの針が出てくる。多少弾力性はあってある程度は曲がるようになっているようだ。そうだろう、何かの拍子に体内でポッキリと折れたんではたまらない。そういえば、たしか手塚治虫の『ブラック・ジャック』で“体内で折れて血管の中を迷走する注射針を取り出す”というエピソードがあった。意外なオチが付いていたはず。
これでようやく身体につながれていた三本の管がすべてなくなった。本を読むにも左手が不自由だったのでページを押さえにくかったがそれもなくなった。なにより点滴を吊したキャスターを引きずって歩かなくても良いので行動範囲が広がった。まずはそろりそろりと歩いてエレベーターに乗り1階の自販機まで行って、以前にも書いたがペプシ・コーラのラージコップを飲んだ。苦難の道のり(そんな大げさなことか)にたどり着いたペプシは最高だった!
傷口のガーゼが取られ、代わりにスプレーをかけられた。その液が薄い膜を作りガーゼの代わりになってくれるそうだ。ちょっと黄色がかったその透明な膜は、退院後シャワーを浴びたりするうちに段々とはがれていった。伸び縮みをする膜で、子供の頃に木工用ボンドを薄く皮膚に塗って乾かして作った膜に何となく似ている。ただ、木工用ボンドは空気を通さないだろうが、このガーゼスプレー(勝手に命名)は目に見えないような小さな穴が開いているようで通気性が良いらしい。最初は「こんなので大丈夫なのかな」と思ったが、出血が止まっていれば術後の経過にとって綿ガーゼよりも優れているらしい。やはり技術は進歩しているのだ。

傷口が化膿したり感染症に罹病することもなく、その後は回復一直線だった。
夕食は通常量のおかゆとおかず。そして夜は昨夜の分を取り戻すかのようにぐっすりと眠った。
10日の朝食から通常食に戻り、ベッドから出て歩いた時も昨日と違って足を踏み出しても痛みが生じない。まっすぐ立つと傷が引きつる感じなので猫背なのはそのままだが、かなり普通に歩くことができる。自分の好きなように歩くことができるとはなんと素晴らしいのだろうかと軽く感動したりする。もっとも、しばらくしたら当たり前になってその感動は薄くなっていったが。
10日の夕方に医師が診察に来て傷などを確認した。
「うん、順調ですね。では予定通り明日退院ということにしましょうか」
8日に手術をして11日に退院。手術前に聞いた時はちょっと早すぎるんじゃないかと思ったが、実際に10日になってみるとその日程でちょうど良いかなと思うようになっていた。ベッドにいるのも退屈だし回復のためには身体を動かした方が良いのだが、病院にいてはそんなにやることがない。持ち込んだノートパソコンもインターネットにつながっていない状態ではあまり魅力がなく、この入院記の草稿を書いた以外はほとんどmp3プレイヤーとしてしか使っていなかった。iPodあたりと比べるとずいぶんでかい上に重たいHDDポータブルプレイヤーだ。しかもHDDの容量は15GBしかないのでiPodの上位モデルよりも少ない。代わりに15インチの液晶でDVDビデオも観られるが、こちらは何枚か持って行ったものの、やはり病室はじっくり2時間映画に集中できる環境ではなかったので結局観ずじまいだった。
各ベッドに一つずつ14インチ程度の小型テレビがあり、1000円のテレビカードを購入することで何時間か見ることができるのだが、普段からテレビはほとんど見ないので買わなかった。別段不便にも感じない。
せめて携帯電話が使えればノートパソコンと接続してメールのチェックや簡単なサイト閲覧ぐらいはできるのだが、残念ながら病院内では携帯電話の使用を禁止されている。各階にある公衆電話はグレータイプと最近のICテレホンカードタイプで、モジュラージャックが付いているのだが残念ながら近くにコンセントがない。わたしのノートパソコンはもともとがコンセント電源での使用を前提にしたマルチメディアノートの上に、もう何年も使っているのでバッテリーも疲労し内部電源ではせいぜい5分しか動作しない。OSがWindows2000なので起動に時間がかかり、バッテリーの場合は起動したらすぐに終了作業を始めなければならない。ほとんど停電などの場合のUPS的役割しか果たしてくれないので公衆電話でインターネットというわけにもいかない。
どのみち、エレベーターホールの片隅にある公衆電話でノートパソコンをカチャカチャ操るつもりもないのだが。

10月8日 - 夜
酸素の管は8日の19時頃には外されたが、尿道カテーテルと点滴は刺さったまま夜を迎えた。
傷口に多少痛み出し、カテーテルのため泌尿器に強い違和感を感じる。ずっしりとした岩が下腹部に埋まっているかのようで人を憂鬱にされるタイプの違和感だ。
痛みにしろ違和感にしろ一つ一つは耐えられないほどではないのだが、タッグを組んでかかってこられるとそれぞれの力が+ではなく×になる。気を紛らわそうにも身体に管が二本刺さっているので寝返りも打てない。
眠ってしまえば楽なのかも知れないが、あいにく睡魔はなかなかその姿を現さない。うーうー唸るようにして苦しい夜を過ごす。21時に消灯なのだが、時計が午前2時を示した時までは覚えがある。
この8日から9日にかけての夜が、白線ヘルニア発症から完治までの間で一番苦しい時間だった。

10月9日 - 朝
たしか110時頃だっただろうか、看護師が来て尿道カテーテルを外してくれた。
軽い痛みと「しまった、尿失禁してしまったか」というような猛烈な尿意を感じた。だがそれはカテーテルが尿道を通っていく時に発した一種の錯覚で、幸いな事にベッドは濡れていなかった。
この瞬間から全ては快方へと向かっていった。
下腹部の違和感がなくなり、気分もすっきりして落ち着いてきた。この“気分”というのは入院生活にとって重要なのだなと感じた。色彩のない病室でのこれといってやることのない生活はどうしても落ち込みがちになりやすい。憂鬱な気持ちのままでは快復力が下がってしまうのではないだろうか。わたしの場合、一番の憂鬱が下腹部の違和感だったのだ。
カテーテルが外されたことでベッドを離れる事ができるようになった。腹部に負担をかけないように上半身を起こすのが結構難しかった。やってみていただくと分かると思うが、腹筋にかなり力を入れる必要があるのだ。激しい痛みが走るわけでもないが、傷口が綻びるんじゃないかと心配だ。ようやくのことで身体を起こすと、一旦ベッドに腰掛ける姿勢になってそこから立ち上がる。よたよたふらふらして頼りないこと甚だしい。腹部に緊張がある感じでまっすぐ胸を張ることができず、猫背までしか背を伸ばせない。点滴の袋を吊したキャスターをガラガラ転がしながらひとまずトイレに向かった。病室からのおよそ10メートルの距離は近いが遠かった。普通に歩いただけでそのドーンといった具合に傷口に響く。そこで一歩一歩ゆっくりゆっくりと、足を地面におろす時になるべく衝撃が少ないようふわっとした感じでおろす。端から見てたら月面を歩く宇宙飛行士のようだったのではないだろうか。
昼食から食事が再開された。おかずは通常食と同じだがご飯ではなく七分目のおかゆだった。38時間ぶりの食事は美味かった。もちろん、全部残さずたいらげた。

午後からはベッドの上半分を起こすとそこに机を渡して本を読みはじめた。H・F・セイントの『透明人間の告白』である。
1992年に文庫化された時に読んでいたのだがすでに手放してしまっていた。先日古本屋の100円均一コーナーで1988年に発行されたハードカバー版を見つけ、思わず買ってしまったのだ。
『透明人間の告白』はある証券マンが科学研究所で事故に遭い透明人間になってしまうというストーリー。「透明人間になれたら良いだろうな」と空想する人は多いだろうが、実際に透明人間になってしまったら普通の生活ですら不便で危険なことばかり。そこにある物を取ろうにも手が透明なのであっちかこっちかの手探り状態なのだ。しかも、彼の存在に気付いた政府組織からは追われる羽目に。はたして彼は不透明に戻れるのか、あるいは安住の地は?
10年ぶりに読んだがやはり面白い。一人称の小説はそんなに好みじゃないのだが、この作品の場合は読者の視線を主人公ニックと同じにするために必要で、またその効果を上げている。
1992年にはジョン・カーペンターが『透明人間』として映画化した。彼には珍しいコメディ作品である。透明人間を演ずるのはチェヴィー・チェイス。この作品では抑えめにしているが、真面目な顔をしてハチャメチャなことをやる人だ。映画についてはまた後日。
作者のH・F・セイントは、第一作目になるこの作品が売れ行き・書評ともに好調で、映画化権は250万ドル!!で売れたそうなのにその後さっぱり名前を目にしない。今、ちょっと調べてみたのだが米amazon.comでも『透明人間の告白』しか売っていない。しかし、死んだという情報もない。ハードカバーの裏表紙には「目下、ニューヨークを舞台にした二作目を執筆中」とあるのが、ひょっとしたらかなりの金額になるであろう印税や映画化権料を手にしてさっさと引退して楽隠居しているのかもしれない。

10月8日 - 15時00分
手術台からえいやっとストレッチャーに移されたわたしは手術準備室で今度はよっこらせっとベッドに移された。そしてベッドに横たわったまま廊下とエレベーターで病室まで運ばれた。テレビ・シリーズ『ER』など病院物の映画やドラマだとよく見る光景で、上に設置したカメラで患者を見下ろすカットがあったりする。だが、患者の視点で天井を見上げたままの移動撮影で撮った映像というのはあまり記憶にない。で、面白いのだ、これが。
頭の方向に進むので、天井が上から下へと流れていく。角を曲がった時の視点の移動がダイナミックだ。
みなさんも一度上を見上げたまま歩いてみて欲しいと思ったが、なんか永六輔作詞の歌みたいだし、つまずいたりぶつかったりするといけないので、やはり止めておいた方がいいだろう。

- 15時05分
病室に到着。ベッドが固定されると、壁にある“oxygen”、“vacuum”の“oxygen”にチューブがつながれ二股になった先端を鼻に差し込まれた。まだ呼吸が安定していないので酸素を供給してもらわないといけないのだ。『デッドコースター ファイナル・デスティネーション2』(2003)のラスト近くで黒人教師が事故で病院に担ぎ込まれ鼻にチューブを入れられるがあれだ。もちろん火気厳禁でタバコも吸えやしない。というかもともと吸わない上に病院内は禁煙だが。『デッドコースター』だともちろん大爆発を起こして病室は吹き飛んでしまうが、酸素は物の燃焼を助けるだけでそのものは燃えないのだから、あれはひょっとして酸素と間違えて水素ボンベを取り付けてたんじゃないだろうか。
鼻には酸素のチューブ、左腕手首内側には点滴の針、尿道にはカテーテル。3本もの管がつながった状態で身動きができない。しかもまだ飲食禁止。すでに18時間が経過し、空腹は案外感じないが気道に酸素チューブを入れられてイガイガしているし酸素ボンベからの空気は乾燥していてノドが乾いてしょうがない。水を、いやできればペプシ・コーラの冷えた奴をゴクゴクッと1缶丸々飲み干したい。だが我慢我慢。
ちなみに、ベッドから出られるようになってからさっそく1階の自販機でペプシを買った。紙コップ式の自販機で普通と大の二種類があったので迷わず大にした。いやもう、その一杯の旨かったこと。ペプシ最高!

こうして手術は終わり病室に戻ってきた。これから怖いのが感染症。点滴で抗生物質を投与されているのだが、消毒が頻繁に行われる病院内で耐えて生き残ったメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)には抗生物質がほとんど効かないという。こいつは怖い。実をいうと、わたしの入院している市民病院は数年前にMRSAの集団感染が発生し死者まで出しているのだ。うむむ・・・
だが逆に、普通の病院以上に院内感染への対策が進んでいるかもしれない。まぁ、どの病院でも同じようにちゃんとした対策が取られているのが理想かつ当たり前なのかも知れないが。
院内感染やMRSAといった単語が一般的になったのは割と最近な気がするが、わたしが1993年頃にバイトをしていた医学系出版社ではすでに雑誌で『院内感染特集号』といったものを出していた。あまり厚くない本だったが、そのほとんどの校正をわたしが担当した。朝から晩まで“院内感染”についての原稿と校正ゲラを見比べる毎日。校正というのは文字は見ていても文を読んではいないのだが、それでもMRSAというのは恐ろしいと思った物だ。
その後、『性感染症特集号』というのも出されたのだが・・・毎日朝から晩まで・・・でっ、でら恐ろしい・・・。これ読んだらとてもじゃないが性風俗店なんて行けないよ。

10月8日 - 13時過ぎ
麻酔医がわたしの口元に酸素マスクをあてた。すっきりとしているが乾いた感じの空気が流れ込む。
「ではこれから注射をします。ちょっとケッカン痛がしますよ」
この注射は直接されたのだったか、ひょっとするとすでに腕に刺さっていた点滴のチューブを通じてだったかも知れない。肩に痛みが走り「ああ、ケッカン痛とは“ケッカン痛”という意味か」と思ったので、たしか肩に注射をされたんだと思うが今一つはっきりしない。
そして、右の肩を軽くポンポンと叩かれた。
んー、次は何?と思ったら、
「終わりましたよ、東森さん」
えーっ、今なんと?
「ですから手術が終わりましたよ。ご苦労様でした」
えっー?えーっ?えーっ?えーっ?もう一個おまけに、えーっ?
なんかノドがイガイガする中、首を起こしてみてみると腹部にガーゼが当てられてはいる。
だけど、えーっ?一瞬しか経ってないじゃないですか。ひょっとしてただガーゼをあてただけで、手術をしたってわたし騙されてるのか?もちろん、そんなはずはなくちゃんと手術は行われていたのであって、時計の針は15時近くを指していた。約2時間が経過していることになる。
だが、わたしには注射を刺されてから肩を叩かれるまでの2時間がほんの一瞬にしか感じられなかった。注射が速効で効いて意識を失いそれきりだったのだろう。夢も見ないし時間が過ぎたという感覚もない。全身麻酔というのは眠るのではなく意識が止まってしまうものだったのだ。まるでミヒャエル・エンデ原作の『モモ』(1987)に登場する“時間泥棒”に出くわしてしまい2時間ほど盗まれた感じだ。
ひょっとすると麻酔で意識を失うまでもう少しあって、その間に医師たちの話を聞いたりしている時間もあったのかもしれないが、まるで記憶にない。だが、手術前や手術後のことはちゃんと憶えており身体のしびれなどはないので全身麻酔による後遺症というのはなく無事だったようだ。

ここから先は、わたしは意識を失っているので、術前術後の説明や資料を元に文章を書く。
意識を失ったわたしは全身の力が抜け、呼吸も正常に行われないのでそれを補助するために空気を通すチューブを口から気管へ入れる。手術に先立つ肺機能の検査はこれのためなどに行われたのだ。
尿失禁を防ぐため資料曰く“おしっこの管”、すなわち尿道カテーテルを入れられる。尿の出る先端部から入れて膀胱にまで達するというからかなり長い。しかも直径5ミリ以上はありそうな意外に太い管。意識を失ってからの処理で良かった。ただし、トイレに行かなくてもすむようにこの管は術後およそ18時間差しっぱなしで、下腹部にずしりとした違和感を与え続けた。
そしてついに腹の皮膚に鋭くとがったメスがあてられ、すーっと・・・以下省略。

うーん、時間泥棒の被害届は警察で受け付けてくれるのかな、などと思っていると、
「では、まばたきをしてください」との指示がでた。
意識がちゃんと回復しているか、身体はちゃんと動くかの確認だ。
手を握ったり、麻酔医が触れた足の指に感触はあるかなどいくつかの質問がある。
それでOKが出たので口から呼吸用チューブが抜き取られた。これのせいでノドがイガイガしていたのか。ちなみにこのイガイガは1日ほど続き、思わず咳が出ては傷口が痛んだりした。思いっきり大きな咳が出た時など、手術跡がパーンとはじけるんじゃないかと感じたほどだ。

10月8日 - 15時近く
ともあれ、全身麻酔からも復帰し、手術はひとまず無事終了となったのであった。

10月8日 - 13時
いよいよ本番の日。手術当日である。
手術室へは病室で寝ていたベッドと共に向かう。階が違うのでエレベーターを使うが、寝台専用のエレベーターは幅は普通のと大差はないが奥行きがある。
手術準備室にはいるとまずは名前の確認された。間違って別の人を開腹してしまったなんてことがないようにだろう。
まずはすでに顔見知りの担当医から「よろしくお願いしますね」とあいさつをされる。どう返して良い物かと一瞬迷ったが、素直に「こちらこをよろしくお願いします」とおじぎをした。その後、麻酔医、看護師からも「よろしくお願いします」とあいさつされる。いや、お願いするのはむしろこちらなのだが。「手術をしてやるぞ」という上の立場からの言葉は控えるということなのだろうが、ちょっときまりが悪い。さすがに土下座はしないが、腰を90度に曲げておじぎしたいぐらいだというのに。
そして服を全て脱ぐように指示され、Tシャツに綿パン、そしてトランクスを脱ぎ真っ裸になるとストレッチャーに横たわった。ストレッチャーでガラゴロと運ばれ手術室へと入っていった。
中央に手術台があり天井から丸いライト板が三つぶら下がっている。いろいろな機器があるようだが横になった状態なのではっきりとは見えなかった。無機質な実験室めいた部屋を想像していたのだが、壁紙などは案外普通の部屋のそれと同じような様子だった。患者に威圧感を与えないようになるべく普通に見せるようにしているのかも知れない。
ストレッチャーに寝たままのわたしを看護師が数人がかりでよいしょっと手術台に移し替える。大怪我をして担ぎ込まれたわけじゃあるまいし、そのぐらい自分で移動しますからとも思ったが、そういうものではないらしい。
頭にゴムで裾がぴっちりと止まる帽子をかぶせられると、手術台から落ちないように両手両足をマジックテープで止められた。ここで「やめろぉ!ショッカー!」と本郷猛(藤岡弘)こと仮面ライダー1号の真似をしようかと思ったが止めておいた。
胸に心電図のセンサーが幾つか付けられ、心臓の鼓動に合わせて「ピーン、ピーン」と電子音が鳴り始めた。うむむ、この心電図装置が病院内で一番高い機器だったりしてな。いわゆる“ピーン・マシーン”(『モンティ・パイソン 人生狂騒曲』(1983))か。
この“ピーン”が“ピーーーーーーーー”になったりするとえらいことだ。“ピッ、ピッ、ピッ。ピッ、ピッ、ピッ。ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ!”と三三七拍子ぐらい打てないかと力んでみたが心臓は不随意筋なので無理だった。
血液中の酸素をモニターするとかで左手の人差し指にクリップを付けられた。針を刺すわけでもなくただ挟んでいるだけなのにどうして血中酸素濃度が分かるのか不思議だったが、どうやら光を透過させることで測定しているらしい。要は酸素濃度によって血液の色が違うのでそこから算出しているというとこだ。確かに酸素濃度の高い動脈の血は鮮やかな赤だが、酸素濃度の低い静脈の血はどす黒い。しかし、エビやタコの血は青いのだが彼らの場合はどうするのだろうか?えっ、魚屋の店頭でやってたのは手術じゃなくてさばいてたんだって。なるほど。

準備は進み執刀の時は刻一刻と近づいてきた。
昨日、麻酔についてのヒヤリングをした麻酔医が、酸素マスクをわたしの口元にあてる。
もしかするとこれで人生にお別れかも知れない。
やはり、「やめろぉ!ショッカー!」と最後に叫んでおこうか、と強く思った。

10月7日 -
今日は肺機能の検査と採血のみなので空いた時間は読書などをして過ごす。
ジャック・ヒギンズの『鷲は飛び立った』を読み始める。
こいつはかの傑作にして名作『鷲は舞い降りた』の続編なのだが、そちらがどうやったって続きの書きようがない終わり方をしている。実際、ジャック・ヒギンズはかなり強引な力技で続編を書いているのだ。その概要を聞いて「そりゃ力技だあ、無茶だよヒギンズ」と1992年に出た翻訳版ハードカバーはスルーし、1997年に文庫化されたとき同時発刊の『鷲は舞い降りた(完全版)』と一緒に購入した。『鷲は舞い降りた』は以前の版を持っていたのだが何度かの引っ越しの最中に紛失してしまったので買い直し、購入後改めて読んでその面白さに驚喜した。しかし、『鷲は飛び立った』はそのせっかくの喜びをぶち壊してしまうのではないかと怖くて、そのままずっと本棚にしまいっぱなしになっていた。7年間熟成された本である。
詳しいことはまた後日にするが、思っていたような破綻はなくてジャック・ヒギンズ最良の作品とは言えないが、十分に合格点はつける事ができる。
そんなこんなで読書をしているうちに看護師が肺機能の検査に行くよう告げにきた。そこで肺機能検査室に向かった。
肺機能検査の検査担当者は白髪混じりの比較的年配の方だった。
まずは年齢を聞かれ、続いて身長と体重を測る。体重は極秘だが、身長は173センチと教えられた。ここ10年ほどずっと自分の背は171センチだと思っていたのだがいつの間に2センチも伸びたのだろうか。ひょっとして今更成長期なのか。
そして一本のホースを手渡された。その先端には使い捨ての紙の管が付いている。トイレットペーパーの芯を少し細くし、長さを5?6センチで切ったような管だ。
それをくわえると鼻をクリップで止められる。何故か“シンクロナイズドスイミング”という言葉が頭をよぎる。
「では思いっきり息を吸い込んだ後、最後まで全部吐ききってください」との指示があった。
そこで、すうぅぅう、はぁぁぁぁーーーー
検査機のディスプレイにいびつな円が描かれているのだが、それがグニョグニョと大きく形を変える。どうやら吐く息の量でその大きさが変化するようだ。
うむ、では少しでも大きくなるよう、『ライトスタッフ』(1983)でデニス・クエイドたち宇宙飛行士候補が肺活量のテストで一秒でも長くと競っていたようにがんばろうと思ったが、あっという間に肺は空っぽになってしまった。風船を膨らませたりするのと違い何の抵抗もない上に紙の管で口を大きく開けているので息がそのまま出て行ってしまい一気に吐ききってしまうのだ。
その後、普通の呼吸を続けたり、吐ききったところから一気に吸い込んだりの検査が行われた。
検査時間は10分ほど。検査機器は“TOSHIBA”の文字はなかった。機械も結構年季が入っており、DOSかなにかのCUIベースのOSで動作していた。もしかしたら外国製の機器かもしれない。
そうか、別にどの機械どの機械も東芝製というわけじゃないんだなと部屋に戻ってきて、ふと床据え置き型のエアコンを見たら東芝製だった。

夕方にナースステーションの呼ばれ、何かなと行ってみたら看護師さんに術前処理をされてしまった。いわゆる剃毛その他である。昔、盲腸をやった時はカミソリだったが今は電気カミソリなのか。ま、詳細は省く。
この日の午後9時、消灯をもって絶飲食に突入。これ以降は“飲む打つ買う”は禁止だ。いや、“飲む”と“食う”が禁止か。まぁ、病室で打つ買うをしていたらどのみち怒られるんだが。そもそも両方とも法律違反だし。
腸の中をなるべく空にしておくためで、そのためにラキソベロン液という便秘治療薬も処方され朝に服用している。食べてはダメはいいんだが、飲んじゃダメはちょっとつらい。朝起きて、ノドが渇いているのを我慢する。あー、瓶の牛乳を一気に飲みたい?。って、いつもは飲んでいないのだが、禁止されるとやってみたくなるものだ。

10月6日 15時 -
医師から最終説明を受ける。

1:病気の内容
  病名は“白線ヘルニア”であること。ただし、手術で腹を開いてみたところ別の病気の可能性もある。超音波検診とCTによると開いている穴の大きさは10?20ミリ程度である。

2:手術の内容
  手術の名称は“ヘルニア根治術”。皮膚と皮膚下脂肪などを切り腹直筋の中央を縦に走っている白線に開いた穴を縫い合わせる。自前の組織では足りなかったり腹部の緊張が強い場合には人工シートを用いて穴を塞ぐ。全身麻酔で行い、手術自体で1時間、麻酔作業で1時間半を予定しているとの事。輸血は行わない予定。

3:起こりうる危険性、合併症
  出血、脂肪融解、創感染、皮膚下漿液腫、心肺合併症、下肢静脈血栓症、そしてヘルニアの再発。など

1、2はふむふむと聞いていられたが3で手術中の危険性や術後の合併症などはさすがに真面目になる。もちろん最初から真面目だがその度合いが違う。あまり聞いた事がない単語がずらずらと出てきて、なにやら大手術のように思えてきた。
出血に備えて輸血用血液は常備してあるとのこと。病院内の感染対策は行っており、様態が安定するまでは入院してもらい、心肺合併症については明日心肺機能検査を行うとのこと。
下肢静脈血栓症とは長い時間身体を動かさないでいると血液の流れが滞り、さらに水分補給を怠った事で血液の粘調度が増してネットリとしてしまい、膝から下の静脈に血栓(血の固まり)ができることだ。その血栓が細い静脈、特に肺の毛細血管につまり血液の流れを損ねて近辺の細胞組織を壊死させてしまう。
飛行機のエコノミークラスで遠距離旅行をしたときにも狭い席にずっと座っているのでこの下肢静脈血栓症が発症することがあり、俗に“エコノミークラス症候群”と呼ばれる。時には死を招きかねない恐ろしい病気だ。予防策としては少しでもいいので身体を動かして運動すること、水分を補給する事なんだそうだが、どちらも全身麻酔の最中には難しい。というよりメスで切られてる時に動いたらめちゃめちゃ危ないし。
そこで血液が溜まらないように下肢を圧迫する用品が支給された。アルケア株式会社の弾力性ストッキング“アンシルク・プロ(ハイソックス)”である。
すっ、ストッキングっすか・・・と内心思ったものの、紙箱を開けてみるといわゆる透けとおったストッキングではなく白い薄目の靴下といった様子だった。ハイソックスタイプなのでつま先から膝までの丈しかない。女性が着用している下半身全部を覆うタイプでなかったので少しほっとした。

そして、これが一番重要なのかも知れないが、大体10センチ程度の手術の傷跡がヘソの下から縦に上に向かって残るとのこと。ヘソの周りでカーブを書くので“?”の上の部分を逆さまにしたような傷になるらしい。
わたしの腹にはすでに盲腸の傷跡があるが、あれは右足の付け根に近いので長さが8センチほどあってもあまり目立たない。普通の盲腸の傷跡は3センチ程度らしいが、わたしの場合虫垂が奥に入り込んでしまっていたそうでなかなか見つからずまた引っ張り出すのが大変だったのだ。虫垂炎の手術は下半身麻酔で行ったので意識があり、医師から「虫垂が見つからないからもうちょっと切り口を広げるけど良い?」と尋ねられたが、この状態で誰が「嫌です」と言えるものだろうか。で、もうちょっと切りもうちょっと切りでそれでも見つからず、このままでは麻酔が切れてしまうので一旦縫い合わせて後日再手術という話も出てきた頃にようやく虫垂が見つかった。どうやら引っ込み思案な奴らしい。
ようやく切除され傷口を縫い合わせて病室に戻る最中にはもう傷が痛み始めていた。ほんとぎりぎりセーフだったのだ。
今度の白線ヘルニアの傷は割と大きい上に腹の真っ正面でど真ん中。パンツ一丁や水着になるとかなり目立つ。パンツ一丁で人前に出る趣味はないが、水着の場合は人前に出る。うむむ、そういえば最近の水泳選手は水の抵抗が少ないとかで男でも上下つなぎの水着を着ている。こうなったら水泳選手にでもなったらいいのだろうか。まぁ、わたしの場合は別段傷のことが気にならないのでどうでもいいか。
これが頬の傷だったりすると『関東無宿』の小林旭みたいに凄みが出たりもするのだが。うーむスカーフェイス。

10月6日 午後14時20分 -
昼からは超音波検診があるのみ。
超音波検査室に行くと担当者からベッドに横たわるよう指示され、「医師にも見てもらうから」と呼び出しの電話をするため隣の部屋に行ってしまった。
その間に上半身を起こし、超音波診断装置を観察する。エコーとも呼ばれる超音波検診はその名の通り“超音波”を使って体内の様子を調べる検査機器だ。潜水艦のソナーやコウモリが超音波で物を感知するのと同じ理屈だ。痛みもないしレントゲン写真やCTスキャナと違って放射線を使わないので比較的手軽に検査を行える。
見た目はパソコン組み込み型の机といった趣きで、ディスプレイや操作パネルが設置されている。
CTスキャナと同じくここにも“TOSHIBA”のロゴが入っていた。東芝が医療検査機器業界でどのぐらいのシェアを持っているのか、その性能が優れているのかは知らないが、この市民病院での割合は高そうだ。
“aplio”というのが機器名だろう。で東芝のサイトに行って見つけたのがこれ。わたしが見たのもここにある写真とほぼ同じ。上下二画面構成になっているところはNINTENDO DSを先取っているのだろうか。キーボードの周りにジョイスティックの様なスティックや上下にスライドさせるスイッチが付いている。なかなかにメカメカしくてかっこよく、知識を持った技術者でなければ扱えないといった風采だ。なんとなくX-BOXで発売されたゲームソフト『鉄騎』の専用コントローラーを思い出させる。
何にせよレバーが二本と数個のスイッチやダイヤルだけしかない『鉄人28号』の操縦機よりは操作が難しそうだ。あのインターフェースで自由自在に操れるとは金田少年の能力がすごいのか鉄人のシステムが優れているのか。そういえば実写版『鉄人28号』が来年の公開だそうだが、最近公開されている昔のマンガやコミックの実写映画化と同じく“鉄人”もクソ映画なのだろうか。
ディスプレイ右上には「TOSHIBA aplio 2001」と表示されている。外観もきれいだが実際新しいようだ。

医師が来たので検査が始まった。
腹部にジェルが塗られ、マウス大のセンサーユニットが当てられる。すると上の画面にわたしの腹腔内がモノクロで映し出された。映し出されたといってもなんかゴニョゴニョゴチャゴチャとしているだかでわたしには何がなにやらさっぱりだ。だが検査担当者や医師にはどれがどの臓器や骨だというのがはっきりわかっているようでさすがプロだ。ひょっとして目を細めたら形がわかるかなと思ってやってみたがダメだった。
「あー、確かに穴が開いてますね。ほらここです」
検査担当者が画面を指し示した。
むー、どれ?相変わらずさっぱり。
操作盤をなにやらいじくると画面に線が引かれた。
「縦が18ミリぐらいですね」
どうやらこの線の所に穴が開いているらしい。そう言われれてようやく穴らしきものの存在がわかった。続いてもう一本線が引かれ。
「横は15ミリぐらいです」
すると20ミリより少し小さいぐらいの穴が開いている訳か。やはり500円玉大だ。

検査開始時に装置の電源を入れた。起動画面は見逃してしまったのだが途中で“DOS窓”らしきものが一瞬現れた。それからカーソルや処理待ちの時に現れる砂時計マークが普段見ている物と同じ。どうやらwindowsで基幹システムが組まれているようだ。Windows2000などのNT系OSだろうか。まさかWindows98なんてことはないだろう。
はっ!ひょっとしてWindowsMeベースっ?!・・・だったら怖いな、なんか。いっそのことDOSで組んでくれた方がはるかに信頼できる。使いづらいだろうが。

10月6日 午前11時 -
造影剤と聞いて顔をしかめたのには訳がある。
9月22日の診察の時に“造影剤(ヨード系)についての説明書”という用紙を渡され、造影剤の副作用について説明を受けた。
用紙のよると
「診断効率を向上させる目的で、造影剤(ヨード系)という注射薬を使用します。造影剤は安全な診断薬ですが、低率ながら」
おっ来たよ来たよ
「(3.13%といわれている)副作用が発現することがあります」
ほら、良い事ばかりではないのだ。主作用があれば副作用があるのは薬の常識だ。それまで“ですます”調で進んでいたのに、確率の数字となるといきなり“だである”調になる辺り、「遊びじゃねぇんだ、マジなんだよ」という凄みを感じる。
「副作用の多くは即時型で造影剤の注射開始後30分ぐらいまでに起こり、はきけがしてはいたり、からだが熱くなったり、かゆくなって皮膚が赤くなりじんましんがでたりするというような軽いものです。」
といってるが安心しちゃいけない。
「しかし、」
ほらやっぱり。
「ごくまれながら(0.04%すなわち2,500人に1人くらいという確率)呼吸困難、急激な血圧低下やショック、けいれん、運動まひや意識消失などの重い副作用が起こることも報告されています」
報告されていますってあんた事務的な。しょせん他人事なのねっ!
いやまあともかく、重い副作用が発現する可能性があるわけだ。宝くじの一等だってあれは何分の一かという確率は知らないがめったに当たらない物だというのに毎回だれかしらが当選している。それに比べたら低率といっても2,500分の一というのは宝くじよりかはずっと当たりやすい。
普段は外れてばかりだがこんな時ばかり当たるんじゃないかなと不安がよぎり、それで顔をしかめたというわけだ。
今回投与された造影剤は150cc。注射された場所から徐々に温かい物が広がっていくような感じを受ける。痛みといったような物は感じない。数分を経過した後にまたCTスキャンにかけられる。
造影剤なしで一回、造影剤ありで一回。合計二回の撮影が行われた。検査時間は約20分だった。

なぜ造影剤を使うかというと、普通にレントゲン写真を撮ると(今回はCTスキャンだったが)ご存じのように骨ははっきりと写るものの、それ以外の臓器とか筋肉とかはぼんやりとしか写らない。これは通常の細胞組織がX線を通過させてしまうからだ。しかし例えばどうしても血管のレントゲン写真が撮りたいとなるとそこで造影剤の出番となる。造影剤は放射線を遮る力を持っており、血管に注射すればその形が写真に写し出される。
わたしに使われたのはヨード系造影剤。ヨード剤といえば原子力発電所(原発)事故に備えて近隣地区にはヨード剤が備蓄されていると聞く。そういえば『トータル・フィアーズ』(2002)だったかで核爆弾が爆発し、対応の一つとして市民にヨード剤を配るシーンがあった。「子供の分しかヨード剤がない」というシーンはどの映画だったか。
勉強不足で効果の理由が良く分からないのだがなんでも甲状腺関連を守るらしい。鉛の部屋の中にいると放射線を防げるといったようなものだろうか。だったら造影剤もヨードよりも放射線を防ぐ効果の強い“鉛”を粉にして水に溶きそれを注射したらより鮮明な写真を撮ることができる。鉛中毒で死んだりするが、まぁ大したこっちゃない。・・・大したことか。

CTスキャンで午前中の検査は終了。
病棟に戻るとリクレーションルームにある机で看護師から入院についての説明を受け、預けておいた荷物を受け取り割り振られた病室へと案内された。
コップやタオルなど必要な物を設置しているうちに12時になり昼食となった。今日からの入院なので当然食事も出る。ベッドに腰掛けて食事を取りながら、造影剤の副作用が出ないか身体を気にするが特に異常は感じられない。もしなにかあってもすでに病院にいるというのは安心だ。検査と手術を一度の入院ですませることにした利点を感じた。一人暮らしの人が家に帰った後で意識消失でぶっ倒れたらと思うと怖い。

用紙の説明に「造影剤は『尿』と一緒に体外に出ていきます。いつもより水分(お茶、水、ジュース等)を多めに飲んで『尿』を出してください」と書かれている。わざわざお茶や水と指定されているのは、じゃあビールをグーッっとなどという人がいるからだろうか。
病院一階にある売店でミネラルウォーターの2リットルボトルを買ってきてゴクゴク飲んでいたらその日のうちに飲み干してしまった。夜に様子を見に来た医師に「それは飲み過ぎです」と怒られてしまった。やはり何事もほどほどにということか。しかし、ほどほどにしないからバカはバカなのである。

CT室の前で待つうちに11時なり名前が呼ばれた。
部屋の中に入ると直径2メートルはある大きくて厚みのある白いドーナッツがわたしを出迎えた。中央の穴は80センチほどだろうか、表面には凹凸がなくなだらかな曲線を描いている。『2001年宇宙の旅』あたりのクラシカルなSF映画に出てくるオブジェの様でもあった。
その手前には寝台が置かれている。上半身を裸になったわたしに担当者は横たわるよう告げるとガラス窓を挟んだ操作室へと行き、そこにいたもう一人の担当者に指示を出し始めた。
その間にCTスキャナを観察する。写真などでは見た事があるが実物はこれが初めてだ。“TOSHIBA”のロゴが入っておりその下には機種名だろう“Aquilion”と書かれている。家に帰ってからその名前で検索したところ見つけたのがこの東芝のCT装置案内サイトだ。右下にリンクが張られているAquilion16と記憶にある形がほとんど同じだ。
CTスキャンというと輪切りにした平面図しか撮れないと思っていたが、移動しながら何枚も連続してスキャンし、そのデータから3D画像の作成も出来るようで、立体になった心臓の写真などが掲載されている。このデータを取り込んでアニメーションを作ったり、樹脂で加工してオブジェやフィギュアを作ることだって出来そうだ。自分の心臓を手に取ってみるなんてのは普通出来ないので、サービスの一環としてデータをCD-RやDVD-Rに書き込んでプレゼントしてくれないだろうか。
大体、レントゲン写真にしろ心電図にしろ、データの元はわたしなのに、本人にはまともに見せてくれずお医者さんばっかり楽しんでいる。よしっ、わたしも医者を目指すぞ。といっても、今更人生の方向転換はかなり難しいか。

「それでは上がります」とスピーカー越しに声がかかった。
わたしの身体がズムムムムとゆっくり宙に浮かび上がった。どこからかシルクハットに燕尾服の男が現れ、糸で吊っているのではない事を示すため大きな金属の輪っかでわたしの周りを二度くぐらせると、観客の盛大な拍手に軽いお辞儀で応えた。そう糸で吊っているのではない、寝台のベッド部分そのものが持ち上がっているのだ。
穴の高さまで来ると上昇は止まり、続いて「では穴に入ります」との案内の後、寝台は秒速20センチほどの速度で足側から穴へと入っていった。
なんかこういうのをどっかで観たとことがあるぞと考えたら、『12モンキーズ』(1995)でブルース・ウィリスを過去に飛ばす透明のビニールシートで周りを覆ったタイムマシンの転送シーンや、直径10メートルはあるドーナッツにロケットカプセルに乗ってジャン=クロード・ヴァン・ダムが突っ込む方式の『タイムコップ』(1994)のタイムマシンを思い出してしまった。
どちらにしろタイムマシンか、ふと気が付くと上半身裸のまま関ヶ原の合戦の真っ最中に突っ立っている羽目にならないだろうかと懸念したが、幸いな事にさすがの東芝の技術力もまだタイムマシンを完成させるには至っていなかったようだ。おかげでこの文章を書く事が出来るが、もし紀元前のエジプトに飛ばされていたらピラミッドの壁画の隅にでも刻まねばいけなかったところだ。象形文字の中に日本語が混じっていては吉村作治教授を驚かせてしまうだろう。「日本語の起源はエジプトだった」とか、逆に「エジプト文明の起源は日本だった」などのトンデモな学説を思いつくような学者ではなさそうなので変に悩ませてしまっても申し訳ない。
それにしても、最初にも書いたように穴の直径は80センチほどなのだが、もし格闘家の曙をCTスキャンにかけた場合はどうなるんだろうか。どう見たって穴に詰まりそうなんだが。上下逆に入れるとお前はクマのプーさんか、みたいな。
ズズズズっと胸まで入った後、寝台は後退し元の位置へと戻った。もちろん痛みも何も感じない。それどころか、何かの実験台にでもされているかのようでちょっと楽しい。実際に実験台にされたら楽しいどころの騒ぎじゃないが。
そして、「では、造影剤を打った後にもう一度やります」と告げられた。スピーカー越しのため少し無機質になったその声に、わたしは「きたかぁ」と少し顔をしかめた。

荷物を預けた後はほっと一息を入れる暇もなく手術に関する検査の連続だった。
10時少し前に一枚の用紙を渡され、そこには行う検査の順番とわたしの名前、バーコードが書かれていた。院内を案内図に従って次々と検査室を移動し、そこで用紙を提出すると担当者がバーコードをリーダーで読み込む。まるでオリエンテーリングのようだ。
まずはX線写真。立ったまま胸部と腹部をそれぞれ一枚ずつ。横になって腹部を一枚。
続いて採尿だがこれは詳細を省略、採血室へと進む。採血室の奥には検査室が見え白衣にマスクをした検査員が遠心分離器などで血の検査をしているのが見える。
肘の内側に注射針が刺されピューット吹き出した血が真空採血管に溜まっていくのを眺める。人によっては目を背けてしまうのだろうけど、わたしはこの光景が結構好きだ。うむ、自分の体には血が流れているのだな。静脈採血だからどす黒いけれど、青や緑ではなくちゃんと赤い血だ。1本目の採血管が抜かれ2本目に替わる、結局4本も取られてしまった。普段採血される時は2本かたまに多くて3本だったが4本というのは初めてだ。4本合わせても献血で取られる量よりは少ないだろうが。
次は右の耳たぶにちょっと傷を付けられ血が止まるまでの時間を計測。自分では見えないが、正常値だったそうだ。
続いて心電図を計る。横になって手首・足首と胸に電極をつけ測定。で、終了。
X線、採尿、採血、心電図の検査が終わった時点で時計は10時20分。30分と経っていない。早っ!てっきり短くても午前中いっぱいはかかると思っていたのだが。用紙についているバーコードは病院のシステムが電子カルテになっておりその管理用だろう。検査の数の割に時間はかからなかったのは電子カルテのおかげもあるのだろうか。
便利な反面、わたしの主たる肉体状況が数値化され一括管理されているわけで、外部からの不正アクセスでその情報が流出するおそれなど危険性もある。もっとも、わたしの血糖値や体温を知ってどうするんだとも思うが、やはり関係のない第三者にデータを見られて気持ちのよい物ではない。
その後はCTスキャナなのだがこれは機器も大がかりなためか予約制になっておりその時刻が11時。ぼんやりと待つにはちょっと時間があったので病棟に戻って荷物から『レインボー・シックス第4巻』を取ってくる。トム・クランシーのこの著作は『レッド・オクトーバーを追え』などのジャック・ライアン物と比べるとだいぶ読みやすくなっている。初期のは本当に軍事オタクが趣味で書いたという感じで、ストーリーやキャラクターよりも兵器や軍という組織、出来事、そして露助はクソ野郎ということだけで構成されていてわたしには面白く感じなかった。
西側各国合同の対テロ特殊部隊“レインボー”の活躍には胸が躍ったが、ラスト近くは「お前らはそんなに偉いのか」といった具合で小説としての面白みよりも「テロ許すまじ」というメッセージのために書かれた感じで結局はトム・クランシーだなとうんざりしてしまった。
主人公の一人が途中で自分とジェームズ・ボンドを比べて「007の映画でボンドが寝ているシーンなどあっただろうか」とボンドのリアリティの無さを指摘するシーンがある。トム・クランシーとしてはこれで自分のキャラクターに血肉が通っていると思わせたかったのだろうが、人間としての薄っぺらさはどのみち大して変わりはしない。だったら、ちゃんとエンターテインメントしている007の方が勝ちだろうという気もするが。

とりあえず麻酔事故もなく手術も成功した。術後に様態が急変することもなく無事に帰ってきた。抜糸は済んでいないので腹には7針分の糸で縫い目が付いている。
10月だというのに暑い風の吹く晴れ上がった祝日は、残暑というより初夏の趣きだった。
家に着いて一段落したところでメールチェックなどのためPCを起動させたところ、最初に飛び込んで来たニュースがクリストファー・リーブの訃報だった。ウェブニュースの「“スーパーマン”のクリストファー・リーブ氏死去」という見出しは、80年代中盤以降の彼がいかにその肩書きを拭い去るかで悩み苦心して過ごしたことを考えると残酷かつ皮肉である。
クリストファー・リーブが死んだ日、わたしは生きて病院から帰ってきた。もちろんそのことにはなんら関連性はない。

入院初日
10月6日 9:30
白線ヘルニアの手術のため本日より入院。10時に入院受付に来るようにということだったので多少早めに到着。距離としては病院まで自宅から車で10分ちょっとなのだが、付属の駐車場はいつも満車状態でゲート前に行列ができておりいつ車を駐められるか時間が読めないのでどうしても早めになる。かなり昔は海だった埋め立て地に建てられた市民病院はJR・私鉄の駅から離れており、バスがあるといってもたまに走っているだけ。田舎なこの地域ではどうしたって来院は車が主体になりがちだ。
病院が市街地から移転した頃はその辺りも空き地ばかりだったのだが、今では一戸建てやマンションが建ち並ぶ住宅地で新しく駐車場を増設するだけの土地の余裕がない。今ある駐車場を立体駐車場に作り直せば良いとは思うのだが、ではそれが完成するまでの工事中はどこに駐めるのだとなってしまう。駐車場問題はこれからもついて回ることになるのだろう。

閑話休題
まずは3階の3A病棟に荷物を預ける。衣類などが入ったバックとノートパソコンのバックだ。ちなみにノートパソコン用バックはENIX製。そうあの『ドラゴン・クエスト8』のエニックスである。いやプレゼント用特製品などはない、4、5年前まではエニックスはパソコンサプライ用品も手がけていたのだ。というより、そもそもパソコン用品の取り扱いがエニックスの本業だったはず。それがまだBASIC主流だった1980年始めにゲームプログラムコンテストを主催し、そこでの入賞作品を製品化して販売するようになった。例えばパソコンを買ってプログラミングにはまり現在では『ドラゴン・クエスト』シリーズで有名な元祖オタク系ライターの堀井雄二が作った疑似3Dテニスゲームの『ラブマッチ・テニス』や、天才高校生プログラマーで現在チュンソフト社長の中村光一が作った『ドアドア』などである。
BASIC全盛の当時はユーザー自らがプログラムを書くことが多く、というよりもマイコンを使う=プログラムを書くに近かった。ソフトは買う物ではなく書く物だったのだ。知り合いからSHARPのMZ-80Kを借りて使っていたわたしも短いプログラムを書いては遊んでいた。
そんなわけで昔からのパソコン野郎、いやむしろマイコン野郎と呼ぶべきか、にとってはエニックスといえばパソコンサプライなのだ。確か。なにぶん入院中に書いているので手元に資料がない。間違っていたら申し訳ない。
このバックはサンワサプライやエレコムの商品が並ぶ中にその隅っこにぶら下がっていたもので、「おおっエニックスじゃん」と購入した。
パソコンデスク売り場には同じくエニックスの幅が100センチもあるラックが売っていた。思えばすでにエニックスはサプライ市場からの撤退を始めていたのだろうかかなり値引かれたお値打ち価格になっており、60センチ幅のラックを使っていたわたしはずいぶん心が動いたのだが、置くスペースがないなと買い逃してしまった。その後、サンワサプライの80センチ幅ラックをその100センチラックよりは高めの金額の買い使っているが、マウススペースを考えると若干狭い。しかし100幅のラックとなると家庭向けではなく業務用になるので一気に金額が跳ね上がる。そのうちまとまった金が入ったら100センチ幅以上のラックを買おうとか、エニックスの100センチラックを買わなかったのは失敗だったとか考えている。

ひょっとして遺言?

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明日から白線ヘルニアの手術のため10日間ほど入院だ。
必要な物をバッグに詰めながら「わーいお泊まりだったらお泊まりだ」とふと口ずさんでいたがもちろんこれっぱかしもうれしいお泊まりではない。
CTスキャン初体験もあるし「ひょっとしたら副作用が出るかも知れませんがそれについては説明を聞きましたし承知しています」というヨード系造影剤説明書にもサインをした。副作用って・・・怖いな。今日の内にヨード卵光を山ほど食っておくというのじゃダメか?ダメだな。
そして10月8日には手術本番。なんたって全身麻酔だ。注射なのかガスを吸入するのかはまだ聞いていないが、絵的にはマスクで口を覆う吸入の方が『医者物』っぽくて良い。しかし、全身麻酔での医療事故の話は時折耳にするわけで、麻酔科がある大型市民病院だし医師の事ももちろん信頼しているが、よくよく考えるとその医師とはたった一回、それも10?15分ほど診察で会っただけで、本気で信頼できるか命賭けるかと言われるとう、「むむ」と悩まないでもない。初診で手術日程まで決めて帰ってくるわたしに問題がある気もするが。
ひょっとしたら手術中に状態が悪化して、あるいは術後に様態が急変してそのまま死んでしまう可能性だって0ではない。
するとこの文章がわたしの遺言となるわけだ。
葬式は出さないで欲しい主義だが、やるやらないの最終的決断は身内などの関係者に委ねようと思っているので、一応葬式はとりおこなわれるだろう。あまり多くはないであろう参列者が「それで東森さんが亡くなられた原因は?」と尋ねると喪主は「ええ、実は脱腸の手術が失敗して・・・」
うわっ、嫌な死因だな、おい。

死んでしまえば本人にはどんな死に方だろうがさして関係はないのだが、どうせ一度しか死ねないのならば自分の望む死に方をしたいところだ。
モンティ・パイソンの『人生狂騒曲』(1983)だったかで、死刑囚が望んだその死刑の方法が、トップレスにTバッグの若い美女軍団に追いかけられ、ついには断崖絶壁から落ちて死ぬというのがあった。なかなかうらやま、いやげふんげふん、即物的な死に方だ。
わたしとしては是非とも“爆死”を選択したい。なんたって派手でいいじゃないか。ドッカーンと爆炎と爆風が吹き荒れ死体は木っ端微塵。これなら火葬の手間もいらない。
ダイナマイトを山ほど頭に巻き付けて“ちゅどーん”とか、ガスタンクの頂上に登り「Top of the World!」と叫んで点火して“ボカーン”、タンクローリーでヤクザの事務所に突っ込んで“ドゴーン”などいいなと思う爆死はいくらでもある。爆発が大きくて意味がなければないほど良い。手榴弾を口にくわえさせられたままピンを抜かれ、頭が“ボン”は嫌だな。
もちろん、みんなも爆死するときは人の迷惑にならないよう“いつもの石切場”でやること。死ぬついでに主義主張を訴えようと自爆テロなんて格好悪いことはするなよ。

では無事帰れたら10月15日ごろより再開の予定。
再開されなかったら、明け方の空に昇っていった一つの星が東森時音だったと思ってくれ。

ヘソの左上側になにやら500円玉程度の大きさの膨らみが出来た。端はなだらかな傾斜を描いているが高さもほぼ500円玉の厚みかもう少し厚いぐらい。押すと引っ込むのだが、しばらくするとまた出てくる。
これはひょっとしてヘルニアだろうか、と思いつつ思ってるだけだと進展がないので素直に医者に行った。
「ヘルニアですかね?」
「ヘルニアですね。白線ヘルニアです。投薬などでは直せません。手術しましょう」
「手術というとあれですか先生、お腹を斬るんですか、鋭いメスでお腹を斬るですか、血が出ますかドバッと出ますか」
と慌てふためくわたしに、医師は冷静に白線ヘルニアと手術についての説明を始めた。
「腹膜に裂け目が生じてそこから腸がはみ出しているのです。いわゆる脱腸ですな」
「「訴えてやる?」ってギャグのコメディアンですか」
「それはダチョウ倶楽部です。しょうもない事を言わないでちゃんと聞いてなさい。このまま放っておくと腸閉塞や腸管壊死につながる恐れがあります。そこで治療のためにお腹を斬りましてその穴を塞ぐのです。自前の組織を縫い合わせるのが基本ですが、それで間に合わなかった場合は人工のメッシュ素材を埋め込みます」
「なるほど、メッシュならば風通しが良くて夏場でも涼しい」
「お腹を斬ったままにしてどうしますか。ちゃんと縫い合わせます」
「どうせならメッシュじゃなくて1ドル銀貨になりませんかね。銃で撃たれたけど運良くそこに当たって助かるとかって」
「なりません。それから、部位が上半身側になりますので下半身麻酔ではダメです。そこで全身麻酔になります」
「・・・全身麻酔ですか。あれってたまに事故の話を聞くのでちょっと怖いんですが」
「大丈夫です。当病院には有能な麻酔医がいますから。では、10月6日から入院してください。2日間でCTスキャンなどの検査をし、10月8日に手術です。それから1週間ほどして傷口が塞がったら退院です」
「分かりました」

という具合でトントン拍子で入院手術が決まってしまった。
ヘルニアといえばマンガ『ブラック・ジャック』で知的障害を持ったデベソ(臍ヘルニア)の少年が登場する話があった。勉強は全くダメで薄らバカなのだが、地面を掘ると石器やら化石やらを高確率で見つけ出すという才能の持ち主だった。ブラック・ジャックによってヘルニアは手術で取り去られるのだが、発掘中だった恐竜の化石の現場に嵐が襲ってきて・・・
うむむ、いい話なのだがちょっと縁起が悪い。
だが、他にヘルニアの出てくる作品は思いつかない。椎間板ヘルニアってのはまた全然別の病気だし。

脚本家としてはともかく、『ショーシャンクの空に』『グリーン・マイル』『マジェスティック』など監督としてはまったく買っていないフランク・ダラボンだが、次回作として『華氏451』の映画化を考えているそうだ。
『華氏451』は1966年にフランソワ・トリュフォーがすでに映画にしており、そちらについてダラボンはこう述べている。

「あのバージョンは著しくパッションに欠けるね。原作をなんて情熱的な本だろうと思っている私には、とてもビザールな作品に感じられた。私は今回の作品をリメイクとは考えてはいない。まだ一度も映画化されていない本の映画化と思って取り組んでいるんだ」

やはり、フランク・ダラボンはダメ野郎で間違いないようだ。
そもそも、“情熱に欠けている”と“抑えた演出”の区別すら出来ていない。
本が禁じられ自由な思想も許されない管理社会と、感情を失いただテレビを見るだけの人々を静かな口調で語っているからこそ、ファイヤーマンとして本を焼き払う仕事に就いている主人公が、一冊の本と出会うことで自由と生きる意義に目覚めていく様がひたすらに感動的なのだ。
世の中にはハリウッド映画の文法がだけではない。なんでも大げさにして起伏を強くし派手にすればいいと思うのは勝手だが、それだけでは理解できない映画はいくらでもある。
それに「パッションに欠ける」と言っても、ダラボンとは関わりの深いジョージ・ルーカスが撮った『THX-1138』と比べてみればいい。同じような管理社会を題材にしていても、ただ退屈で凡庸なだけの『THX-1138』に対して、『華氏451』のなんと詩情に溢れドラマチックであることか。
確かに、『華氏451』はフランソワ・トリュフォーのベストな作品ではない。だがトリュフォーである。ダラボンごときがまるっきり的外れな批評をして許される物ではない。

『死に花』(2004) 監督:犬童一心 出演: 山崎努、宇津井健、青島幸男、谷啓

観に行こうか迷っているのがこの『死に花』です。
老人ホームのジイさんたちが最後の死に花にでかいことをやろうと銀行の金庫に向けてトンネルを掘り始める。目指すは17億円!
ストーリーにもキャストにも、なんかこうワクワクするものを感じるんですが、問題は最後まで明るく楽しくいってくれるかってことです。
ラストには仲間のうち誰かが死んだりして“泣かす”路線になるんじゃないかと思うと不安で。
別に人が死ぬのはいいんですが、死=泣かせはイヤなんです。「どーだ、ほら悲しいだろ。泣けよ泣け」っていう演出をされると思いっきり引いてしまうんですよわたしは。
でも、日本人はシリアスな話や泣ける話が好きですからねぇ。
何と言っても国内作家の小説で一番売れたのが『世界の中心で、愛をさけぶ』なんでしょ。しかも、映画化されて現在大ヒット中。

今時、“不治の病”ネタですかぁ?

確か、高田文夫の言葉で「シリアスはいいよな。最後に殺しちゃえばいいんだから」というのがありましたが、まさにその通り。

しかも、“白血病”ですかぁ?

今は1970年代かっつーねん。せめて病気ぐらい新ネタを探してきて欲しいもんです。
まぁ作家が何を書こうが勝手ではあるんですが、これが大ヒットされるとなんかこうイヤだなぁと。

でも、シリアスな話や泣ける話がウケるのは日本人が本質的にシリアスで真面目だからではなく、単にそっちの方が楽だからかもなぁと思ってもみたり。
そのまんまなストーリーをそのまんまな演技でそのまんまに演出してる作品は、そりゃ全て予想の範囲内ですから見るのも楽だよな、とか。

インディはきっと苦手

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 家から歩いて10分ほど行ったところに五叉路の交差点がある。
 道のうち一本が斜め鋭角に入り込んでいるために家を建てるとかの実用にならない土地がありそこがちょっとした花壇になっている。色鮮やかな花が目を癒やしいわゆる都会の(いや田舎だが)オアシスである。
 しかし、何故に名前が“蛇渕花壇”なのだろうか。

 花壇の名前としてはかなり「付けちゃいけない度」が強いように思う。
 一歩足を踏み入れるとマムシがグワッッ!もう一歩踏み出すとハブがガプリッ!それでも進むとパイソンがギリギリッ!
「だから花壇に入っちゃダメと小学校で言われたでしょ」
 なるほど。いや、そういう問題ではないが。
 ここら辺が蛇渕という地名なのかと思ったが、交差点の名前は”祠峰2”。地図でも祠峰。うーむ、そういえば花壇の向こうは池になっているがひょっとしてあれが蛇渕池だろうか?ってんで行ってみると鹿狩池。鹿と蛇とでは足の数からして違う。
 結論から言えば“蛇渕花壇”の名前の由来は分からなかったのだが、一つ推測するにこの花壇はおそらく歩道ではなく私有地。もしかしたら地主の名前が蛇渕さんなんじゃないだろうか。蛇渕さんちの花壇なんで蛇渕花壇。しかし、生まれてこの方まだ蛇渕という名字の人に会ったことがないのも事実。念のため「蛇渕」で検索・・・・・・「知多郡武豊町 蛇渕の天気」ぃ?ちょいと待て、地名なのかぁ?「この地域の地図を表示」ってのがあるな。ポチッっと。
 で、表示されたのはやっぱ祠峰の地図。家の地図と同じで蛇渕なんかないぞ。あっ、でも郵便番号だとあるんだな。〒470-2328、へびぶちじゃなくてヂャブチって読むのか。

 どうも、ぐるぐる回ってばかりで先へ進まなくて申し訳ないが、とりあえず地名であることが判明。一つ分かれば後は調べるのも楽で、「平成6年(1994)の区画整理により蛇渕は字名地番変更」したとのこと。10年も経つのに郵便番号は現行として残っているのがややこしいが、おかげで謎が解けたとも言える。
 蛇渕(ヂャブチ)という字面も音の響きもちょっとアレなので時代の流れの中に消え去ってしまったのだろう。今では花壇を残すのみ、か。

 宮城県桃生郡桃生町樫崎字取首畑というところが、「首を取る意味の字名は縁起が悪く、新時代に向けてイメージチェンジを図ろう」と“取首”を“取久美(とりくび)”に変更して欲しいと要望を出しているそうだ。やはり、そこに住む住民の意見が尊重されるべきで遠く愛知県のわたしが「地名も一つの文化遺産」だとか「地名なりの歴史がある」なんて言うつもりはない。
 ただ、もし交差点の脇に“取首花壇”があるなら、わたしみたいな暇人が通りかかって、花壇に“取首”はないだろうと調べ始めるかもしれないんで、その名前だけはそのままにしておいて欲しいものだ。

灯油がないっ!

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 弱火にして少しでも長引くよう使ってきた石油ファンヒーターだが、ついに灯油が切れた。
 うちのはコロナ製なのでちゃんと“ウルトラサイン”が赤く点滅しました。本体内タンクだけでなく買い置きのポリタンクも空だ。う?む、さてどうしようか。あと1週間ほどで朝晩の冷え込みも気にならなくなるだろうが、とりあえず今寒い。
 灯油を1?2リットルだけ買ってくるというのが現実的選択なのだろうが、20リットル入りの容器を持って行って2リットル入れて帰ってくるというのはなんか負けっぽい。ウーロン茶のペットボトルには入れてくれんだろうしなぁ。
 ま、しばらくの間だ、我慢するかね。

 大学の授業で、企業倫理と採算性についてといった内容だったろうか、フォード・ピント事件に関する講義を受けたことがある。
 米フォード社は1971年にピント(Pinto)というコンパクトカーを発売した。力を付けてきた日本車対策として短期間で開発され価格も約2000ドルと安価に設定した。その甲斐あってか、ピントはかなり売れたのだが、この車はコンパクトデザイン故に非常に危険な車でもあった。ガソリンタンクを車両最後部に設置することで小型化を実現していたのだが、後続車両から追突された場合にガソリンタンクがずれて燃料漏れを起こし炎上するケースが頻発したのだ。
 調査の結果、ガソリンタンクにゴムシートを設置することでほぼ防げることが判明した。必要な部品の値段は一台当たり11ドル。
 しかしフォード社は、設計の変更により事故が防止されて賠償金・慰謝料などの支払いが減額される分が試算で49百万ドルと、リコール修理するのに必要な金額137百万ドルより下回るため、当面の間炎上問題に対して積極的な手を打つことなくピントは相変わらず燃えやすいまま走り続けた。そして、最後には訴えられリコールとなり、賠償金なども含めてフォード社は多大なる出費を負うこととなった。これがいわゆる「フォード・ピント事件」である。
 人が亡くなった場合に関わる費用と、それを防ぐための費用を比べた場合、金額的に後者が大きいとすれば単純に利益のみを追い求める企業はその問題解決に金を出さない。そこで企業倫理というものが出てくる。企業が社会的存在である限り、倫理に基づいて動く必要があるということだ。

 この講義はわたしの大学生活の中で唯一役に立ったモノかもしれない。
 もっとも、役に立ったといっても、
映画『トップ・シークレット』(1984)で主人公を追う東ドイツ軍の車両の前にフォード・ピントが駐まっている。兵士は慌てて急ブレーキを踏み、キキキキッーとタイヤが悲鳴を上げる。「ふうっ、大丈夫だったか」とふっと一息つくが、しかしバンパーとバンパーがちょこぉんと接触・・・ドカーーン!と大爆発というシークエンスがあり、そのギャグの意味が分かったってだけのことだが。どんな大学生活やねん!

 今回の鳥インフルエンザ流行では、京都府の養鶏業者浅田農産はかなりやばい立場にいる。
 最初の鶏の大量死の段階で、素直に鳥インフルエンザの感染を認め保健所などの各行政に助けを乞うていたならばまだしも、死亡は腸炎のためと偽りその後も出荷を続けていた。
 もう、企業倫理もへったくれもあったもんじゃない。
 素直に鳥インフルエンザの発生を認めて各機関に応援を要請すればよかったのに、社長の頭に血が上ったのか、ひたすら暴走した結果となった。
 雪印乳業の食中毒、雪印食品の偽装牛肉、日本ハムの偽装牛肉。で、ここに浅田農産の鳥インフルエンザ。
 反省という回路がないのだろうか、この人たちには。
 多分、浅田農産って潰れるんじゃないのかなと。最初の段階で隠そうとしなければ、一種の被害者側だったと思うのだが。
 この人たちには修理前のフォード・ピントでストックカーレースに出場してもらい、企業倫理の重要さを心底味わってもらってはどうだろうか?

 NASAが重大発表があるから待ってろよ、というので待っていたら、何てことはない大方の予想通り「火星には過去相当量の水があった痕跡を見つけた」だった。
 もっとすごい発見があったのではと思っていたのでちょっと拍子抜け。

 やはりわたしの世代だと「火星でナスカの地上絵が見つかった」なんていうほろ苦い思い出が呼び起こされる。地上絵だけならまだしもジュピターゴーストはなぁ・・・歌まで歌っちゃなぁ・・・
 世代をさかのぼると「火星でモノリスが見つかった」なんてのはありがちか。
 いっそのこと「半壊した自由の女神像がっ!」ってなるとそこは火星じゃない。
 巨大な宇宙船の残骸があって、どうもデザインがH・R・ギーガー風だったら即刻逃げ出してもう近づくな。中になにやら卵状の物体があったらなおのことだ。
 なに?、なにやらグチャグチャのグチョグチョが犬に取り付いて今度は人間にも襲いかかってきただ?!焼け!火炎放射で焼き尽くせ。
 えっ?本当はタコ型の宇宙人だった・・・いや、タコ型はまずいだろう今時。人型、虫型、蜘蛛型あたりならともかく、タコ型ではふざけてるとしか思われない。宇宙科学とSFの発展と進歩が根本から否定されかねない大事件だよ。うん・・・こっそり滅亡させちゃって、そのタコ。いなかったことにしようよ。それで別に誰も困らないしさ。探査艇に隠して積んであるエボラ、炭疽菌、SARSなどなど全部ばらまいちゃって。よーし、これで証拠隠滅。あー、発表?水の痕跡とでも言っとけば。どーせばれやしないって。

道端の消毒マン

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 鳥インフルエンザが発生した養鶏場に通じる道にちょっとした検問が出来ていて、養鶏場から出てきた車を消毒する光景をニュースで見かける。
 消毒をする作業員は、全身を包む白い防護服に大きなマスクとゴーグルといった重装備だ。『アンドロメダ・・・』(1971)や『アウトブレイク』(1995)、『ザ・クレイジーズ』(1972)などのウイルス系のディザスタームービーを観て育ったわたしにはなにやら非常に恐ろしい光景に感じられてしょうがない。

 消毒を拒むと裏に連れて行かれる。テントで待たされる間、作業員たちの会話や電話の受け答えなどが聞こえてくる。どうやら、鳥インフルエンザというのは目くらましに過ぎず、実際には極秘の生物兵器研究所から開発中のウイルス、コードネーム“IF-666”が外部に漏れだしたらしい。
 恐怖を感じた彼らは指示に従わず車に乗り込むとアクセルを踏み込んだ。作業員たちが銃を取りだして撃ってくる。銃撃を受けた車は横転して炎上。乗員はすべて銃弾か炎で死んだと思われたが、実は降り始めた豪雨に紛れて一人だけ逃亡に成功したのだ。
 なんとか町にたどり着いた彼は、この事実を世間に知らせようとテレビ局を目指した。微熱があり時折咳き込むが、冷たい雨に打たれたせいだろう。額の汗をぬぐう手の甲には赤い斑点が浮かんでいる・・・
 こうして、致死性ウイルスは政府の封じ込め計画の思惑通りには行かずある都市に進入した。その街からは東西南北へと基幹道路が延び、新幹線の停まる駅、そして海外便も発着する空港があった。
 人類滅亡へのカウントダウンが始まった・・・

 てなことを想像しちゃうわけですよ。想像というより妄想?
 それにしてもやたらめったら消毒薬まいてますが、戦後の児童のシラミ退治にDDTを振りかけてるんじゃないっつーの。

Big Brother is watching you.

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 ネット上から法務省入国管理局のホームページ上にあるフォームに密入国や滞在期間が過ぎた疑いのある外国人の名前、国籍、働き場所などを記入し送信ボタンをクリック。すると、電子メールの形で情報を送ることが出来る。うーむ、便利な世の中になった物だと思う人がいるのだろうか。

 不法滞在の是非についてはあえて無視する。
 これは明らかに“密告”である。なおかつ、これまでの密告者にともなっていた心の痛みを失ったことによって、誰にでも簡単に出来る物になってしまっている。なにやら空恐ろしい物を感じずにはいられないのはわたしだけだろうか。
 このシステムが不法滞在だけに限定して使われるという保証はない。ある日、わたしもネット上から突然密告されるかもしれない。次の日にはあなたかもしれない。以前ならば、密告者もどこかで心の痛みを感じたりで、密告し続けることは難しかったはず。しかし、繰り返しになるがネット密告は容易で痛みはない。

 法律を犯さないから関係ないという問題ではない。法律は絶対ではなく社会や時代で変わるし、いくらでも解釈のしようがある。今日の合法は明日の非合法化だ。
 高度に情報化された社会は大いなる危険もはらんでいる。
 不法滞在の密告メールは彼らの第一歩かもしれない。

 Big Brother is watching you.

頭痛

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 腹をこわすことは多かったが頭痛で苦しんだことはあまりない。
 というわけで“身の回りの品”に頭痛薬はない。

 カゼをひいた時に頭が痛かったぐらいのことはあるが、偏頭痛が悩みの種なんてことはなかった。
 頭痛なんてないにこしたことはないが、
 額に血管を浮かべて「金田?っ!」と叫んでみたり
 頭を抱えて「兄さん、頭がっ頭が痛いよ?」とか言ってみたい気もする。
 「お師匠様?っ!三蔵法師様?!」ってのはちょっと違う。

 わたしの弟が『8時だよ 全員集合!』のファンであることは1月3日に書いたとおりであるが、1月7日に発売された『ザ・ドリフターズ結成40周年記念盤 8時だヨ!全員集合 DVD-BOX』定価9,800円を予約購入していたことがこの度判明した。買うかよおい、と思わないでもない。
 写真の“はっぴ”は10,000セット限定の予約特典である。弟の物なので“身の回りの品”として紹介して良いのか微妙だが、ま同じ屋根の下にあるものだからOKということにしよう。
 試しに着てみたが、ザ・ドリフターズの一員というより特売日の量販店店員みたいになってしまった。どうやらこれでなかなか着こなしが難しい。
 DVDの方は3枚組で収録時間は289分。1969年から1985年の16年も続いた番組なので収録されているのはその極一部でしかないわけだが、これだというコントだけ厳選されているともいえる。
 公開生放送でよくぞここまで完成されたコントを毎週毎週続けられたものだ。全体的にタイミングが命のギャグが多いので、入念なリハーサルとスタッフも含めた呼吸の一体感が必要だったのではないだろうか。おそらくアドリブはほとんど許されなかったのだろう。吉本新喜劇と一見形態は似ているが、実際にはまったく別の物だろう。現場の緊張感という点ではおそらく比べるまでもない。

 一つ気になるのが、『ザ・ドリフターズ結成40周年』をうたっておきながら荒井注在籍時の物が一切収録されていないことである。
 荒井注の脱退は1974年なので番組開始から4?5年は荒井注がいるザ・ドリフターズだったわけだ。初期の分なのでビデオなどが現存していないのかもしれないが、だとしてもせめてパッケージの写真には登場させるべきではないだろうか。
 これではまるで、テレビでSMAPの昔の映像が紹介される時に森クンだけ上手に編集で取り除かれているみたいなものではないか。・・・違うか。

『最も高い密室』

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『最も高い密室』
 中国に遅れること約10年、ついに日本初の有人宇宙飛行ロケットが打ち上げられる。
 宇宙飛行士一人を乗せたカプセルは地球を数十周した後、小笠原諸島近海を着水点として突入角度に進路を変更。
 宇宙飛行士とオペレーターが着水手順を確認した以後はカプセルが大気圏に突入したため通信不能になる。
 無事大気圏突入をすませたカプセルはパラシュートでゆっくりと落下してくる。しかし、音声回線が復旧しない。
 搭載コンピュータからのその他の通信に問題はなく、カプセル内数値にも異常が見られないため、たんなる音声回線の故障とされ、回収船は着水予定地点に向かった。
 カプセルが白い波を上げ青い海原に無事着水。フロートもふくらんでカプセルは小振りの船となって海を漂う。
 作業員が「地球へようこそ、ミスターアストロノーツ」とおどけながらハッチを開ける。
 カプセル内は暗くそしてなにやらネットリとした匂いが漂ってくる。手にしたフラッシュライトで中を照らす作業員。光の輪の中に映し出されたのは血まみれの宇宙飛行士の死体一つだけ。深々と突き刺さった大ぶりのナイフがライトの光をギラッと反射した。

 検死の結果、死因は胸部・腹部へのナイフによる複数の刺し傷。死亡時刻は発見のせいぜい10分前と推定された。
 衛星軌道からの大気圏突入と着水までの間に殺人が行われたのは間違いない。しかし、衛星軌道上の宇宙飛行カプセルという『最も高い密室』で誰が如何にしてこの不可能なる犯罪を成し遂げたのか。

 謎は謎を呼び、日本の宇宙開発に関する闇の側面も浮かび上がってくる。犯人の目的はいったい・・・


 てな話を考えてみました。
 宇宙開発に関わる大企業の思惑や利権争い、名をあげようとする科学者、純粋に宇宙を目指す宇宙飛行士などが複雑に関わり合って起こってしまった悲しい殺人事件・・・
 問題は、どうやって大気圏突入中のカプセルという密室で殺人事件を起こすかというトリックがこれっぱかしも思いつかないってことですね。

 うーん、物質電送装置で転送された殺人者が飛行士を殺して再転送で姿を消す。・・・なんだよ電送装置って。

 人間縮小薬を持った殺人者が乗り込んでおり、飛行士を殺した後縮小薬でその身を5ミリ大に縮小したので発見されなかった。・・・だからなんだよ縮小薬って。


 大気圏突入中のカプセルのドアを誰かがノックする。
 新聞の勧誘員「すみません宇宙新聞とってもらえませんか?」
 パイロット「いやうちは火星新聞だから」
 勧誘員「火星新聞?駄目駄目あそこは偏向してるから、火星だけにアカだよ。ねぇ宇宙新聞にしなよ、3ヶ月でいいからさ」
 パイロット「うーん、どうしようかなぁ?洗剤くれる?」
 とうっかりパイロットがハッチを開けてしまったのが運の尽き。強引に乗り込んだ勧誘員がパイロットを殺害し、のうのうと立ち去る・・・

 ああっ、わたしにはミステリーの才能がないっ!

熊本県八代市通町

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 熊本県八代市通町(とおりちょう)の通町郵便局に、「試験に通る」の語呂合わせによる縁担ぎから受験生が願書をわざわざ出しに来るんだそうで。
 あのな、願書なんか近所の郵便局で出せ。そんな暇があるんなら勉強しろ。

 だいたい、『通町』で『通る』なんてそのまんまのダジャレじゃないか。普段ダジャレをバカにしているくせに、困った時の神頼みならぬダジャレ頼りか?そんなにダジャレ道は甘くないぞっ。むしろ苦いっ!はたまたしょっぱいっ!

 ま、あれだな。田中知事が「長野県を信州に改称する」とかよーわからんことを言い出してるが、いっそのこと『長野県』あらため『合格県』にしたらどうだろうか?ついでにどこかの市も改称させて合格県合格市合格町っていう住所を作ってしまう。どこから切ってもほらポッキン合格。
 これは縁起がいいってんで受験生が旅行ツアーに来たり予備校が受験合宿をしたりで大にぎわいになること間違いなし。ただ、気分転換のレクリエーションでスキー・スノボをやっちゃダメだよ。滑るから。

 WOWOWでこのところザ・ドリフターズの映画『全員集合』シリーズを放映しているので楽しんで観てます。
 残念なのは5作目の『ズンドコズンドコ 全員集合!!』(1970)までしかやってくれないことで、どうせなら16作目の『正義だ!味方だ!全員集合!!』(1975)まできっちりやって欲しいものです。
 しかし、1967?1975年の9年間で16作って・・・しかも土曜8時の生放送『8時だよ!全員集合』もきっちりやっていたわけで、人間勢いがある時ってのはほんとすごいもんですな。
 このシリーズは松竹映画なんですが、確か『男はつらいよ』シリーズの同時上映だったように記憶しています。つまりお正月とお盆の年2作が9年続いて16作。
 “寅次郎”と“ドリフ”では正直かなり無理のある2本立てって気もしますが、映画の『全員集合』は荒井注がいた時代のザ・ドリフターズでして、結構毒のある笑えるコメディに仕上がっています。ま、確かに下らんないすけどね。(でも、この頃の『男はつらいよ』だって映画ファンが観に行くような作品ではなかったわけで、まさか後に“国民的作品”になるとは制作者も含めた誰も思っていなかったでしょう。良くも悪くもプログラム・ピクチャーですし、しょせん山田洋次ですから)

 荒井注が1974年に脱退し代わって志村けん加入後4本でシリーズ終了となりましたが、ここら辺がザ・ドリフターズの転換期でもあったのでしょう。
 『8時だよ!全員集合』では「東村山音頭」や「カラスの勝手でしょ」などで低年齢のファン層を広げますが、逆に大人のファンにはつらくなってきます。
 そして1981年にはフジテレビ系が裏番組でショートコント形式の『オレたちひょうきん族』を始め、コメディファンの注目を集めていきます。
 当時中学生だったわたしは『オレたちひょうきん族』に飛びついたんですが、弟がテレビの前で「志村、うしろ?」と本当に叫んでいたぐらいの志村けんのファンでして、東森家ではチャンネル戦争が勃発したと家史には記録されています。

 近所のゲオで12月31日までレンタルビデオ・DVD98円フェアが行われている。そこで、観たいのをまとめ借りしている。
 今日は、来年の干支申年にちなんで『猿の惑星』(1968)、『続・猿の惑星』(1970)、『新・猿の惑星』(1971)、『猿の惑星・征服』(1972)、『最後の猿の惑星』(1973)、そして『PLANET OF THE APES 猿の惑星』(2001) を借りてきた。『猿の軍団』がなかったのが残念である。
 現在、『続・猿の惑星』が終わったところで残り4本。もう一本観たら寝よう。

 おそらくはるか昔から使い古されたネタだろうが
・・・宇宙飛行士タイラーがたどり着いた星はザルが支配するザルの惑星だった!
「うわっ、ザルがしゃべるぞ」
「うむ、ザルの惑星だからな」
「でも動けないから怖くないぞ」
「うむ、ザルだからな」
「しかしお酒を飲んだら底なしだ」
「うむ、ザルだからな」
「くそっザルどもめ、最終兵器コバルト爆弾をくらえっ!」
 金ぴかの爆弾がドカーンッ!!
 空高く立ち上がる爆煙の中からバッサバッサと大量の文庫本が世界中に降りそそいだ。
 ザルたちやミュータントたちはその本を手に取るとなんと一心不乱に読み始めた。
 するとどうだろう、彼らの目つきはみるみる優しくなり動作も少女チッックになるではないか。
 心穏やかになった彼らは争いをやめた。

 ブラントはタイラーに尋ねた。
「コバルト爆弾とはいったいどんな兵器だったんだ?」
「これを見ろ」
 タイラーは足元に落ちていた本をブラントに手渡した。
「こっ、これはコバルト文庫!?」
「そうさ、みんなコバルト文庫を読んだために心が少女になってしまったのさ」
「でもやつらは全員男だったんだぞ」
「つまり、これからはザルの惑星ではなくカマの惑星ということか」
「いうことか、じゃねーっつの」

やたらと長い映像特典

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 DVDの映像特典って観ます?わたしはまず観ないんですよね。映画の撮影風景とか苦労話、裏話なんかには今は別に興味ないし。
 例えば小説に執筆の苦労話がおまけでついてきても何じゃこりゃぁですし(でも“あとがき”は好きなんですが)、CDに作曲や作詞の裏話がついていても何だかなぁでしょ。映画も同じだと思うんですけどね。というわけで

 ハンフリー・ボガード主演、ジョン・ヒューストン監督の『黄金』(1948)
 砂金を掘り当てた男たちが欲望に目がくらみ、仲間を信じられなくなり、ついには破滅していくっていう、まぁあまり年の瀬に観る作品じゃないって気もしますが、今回の話題は映画の内容ではなくDVDの構成。これ2枚組でして、収録されているのはDISC1に本編126分と特典23分。DISC2に特典185分。合計すると203分と特典の方が77分も長い。
 ちと長すぎだろ。
 こうなると本編に特典が付いているのか、特典に本編が付いているのか分かりません。
 結局わたしはDISC2を観ないんですけどねぇ。ある意味資源の無駄です。反エコロジーです。中古で売るにしても特典DISCだけじゃ買い取ってくれないしなぁ。

 『ロード・オブ・ザ・リング』のスペシャル・エクステンデッド・エディションなんてのは本編2枚の特典2枚の4枚組なんでしょ。アニメのDVD-BOXじゃないっつーの。とはいえ本編に数十分もの追加シーンがあるそうなんでかなり魅力ではあります。劇場公開版ですら180分とかなり長いのですが、それでも尺の関係で切りたくないところもかなり切ってたんですな。
 ま、数年後に『ロード・オブ・ザ・リング?○○?完全版』とかってのを公開するよりずっと良心的。
 中には20年近く前の作品にちょこちょこっとCGの追加をしただけで『なんとかかんとか特別編』と銘打って劇場公開しやがる例もありますしねぇ。

同音異義語ギャグ

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 メイド喫茶増えましたね?。行ったことないけど。
 一度はまると、またメイドさんに会いたくてついつい通い詰めちゃうんでしょうなぁ。
 つまり
「♪メイド、メイドのお誘いに、イヤよイヤよでホホホイのホイ?♪」
 って感じでしょうか?
 そのまんまなんで、おそらく思いっきり使い古されたネタなんでしょうな。多分。

 というわけで“忘年会”シーズンです。
 お酒をやめてしまったんで本当に必要な分にしか出ませんが、宴会ってのは不必要なやつの方が面白いですな。お偉いさんなんかが顔を揃えてると正直ちょっと堅苦しくって。無礼講と言いつつ本当に無礼講すると後で怒られたり評価が下がったりするし。ちょっと素っ裸になっただけなのになぁ・・・いや、それはわたしの芸風じゃないんでやりませんが。
 じゃぁわたしの芸風は?っていうと、上記の通り“ダジャレ”です。
 “ダジャレ”はとかく“おやじギャグ”とか言われてイヤがられますが、そこんとこどーも頭にきます。
 「HEY,Yo!」とかチェケッラってるラッパーですが、ラップの歌詞ってあれ“ダジャレ”の連発じゃないですか。「いや、ダジャレじゃない韻を踏んでるんだ」とか反論してくるんでしょうが、それが“ダジャレ”だっつーのに。だのに、誰もラッパーをおやじギャグラーとは呼ばないのは何故?
 そもそも“ダジャレ”には知っている言葉の数、そしてとっさに同音異義語が出てくる頭の回転の速さが必要。うむ、今後は“ダジャレ”じゃなくて“同音異義語ギャグ”と呼ぶことにしよう。
 最後に“ダジャレー夫人の恋人”とか言ってみる。

 あのパワードスーツの扱いには納得がいかない。
 いや、『マトリックス レボリューションズ』である。

 このパワードスーツは『エイリアン2』(1986)でリプリーが操作していたフォークリフトを大きくしたようなデザインだ。しかし、こちらは戦闘用なんだから、コクピットがむき出しで人間が露出してるってのはどんなもんだろう。一発弾食らったら操縦者アジャパーだよ。もうちょっと装甲とか考えろっつーの。設計者出てこい。
 で、パワードスーツは二足歩行でドシンドシン歩く。だというのに戦闘方法は両手に持った機関銃をバリバリ撃ちまくるだけ。だったら人間型してる意味ねーだろ。機械側もイカタコもどきメカだけじゃなく人型ロボットを送り込んできてさ、そいつとガッツンガッツン殴り合いの格闘戦をやらせなきゃウソだろ。
 ネオが操縦するAPUは「つっ、通常の三倍の速度っ!」で、当然塗装は赤だっ!
 いや、主人公だから「あの白いAPU」か。

 ちぇっ、ハリウッドVFX技術の粋を凝らした実写でのロボット格闘観たかったな。わかってねーな、ウォシャウスキーBro.は。
 しょうがない、スチュアート・ゴードンの『ロボ・ジョックス』(1986)でも観るか。タイトルの割にロボットの出番少ないけど。まさか『ガンヘッド』(1989)なんてことはありえないが。

 来年の2月25日発売の『俺がハマーだ! コンプリートDVD-BOX』にはちと心が引かれる。
 4枚組の全22話入り。もちろん日本語吹き替えもばっちり収録されている。
 ハマーはやっぱ羽佐間道夫じゃなきゃだめ。字幕じゃもう一つ面白さが薄れるんで、そこらへんはしっかりお願いする。
 ドリーは小宮和枝でトランク署長は内海賢二だっ!

 愛銃マグナムリボルバーに“マギー”と名付け何かにつけては撃ちまくる“危ないどころじゃすまない刑事”がスレッジ・ハマー、主人公だ。
 登場シーンからして、ビルの屋上から乱射する犯人に向かって車のトランクから取り出したバズーカを何の躊躇もせずにドカンと発射。
 ドドドドドォォォォと崩れ去るビル・・・
 ラストでは、若い女性から銃を向けられ「どう、男のあんたにわたしが撃てる?」 ドン!これまた躊躇せずに撃つハマー。「悪いな、女は嫌いなんだよ」
 そして最終回。テロリストが仕掛けた核爆弾をハマーが解体にかかる。「出来るの?ハマー」「大丈夫、こんなものケチャップのフタと同じ」ドゴゴゴゴゴォォォォ。立ち上るキノコ雲、そして残されたのは廃墟と化した街・・・オチは?と思ったらそのまま終わるんでやんの。おいおい。

 『特攻野郎Aチーム』や『ナイトライダー』のDVDは当初日本語吹き替え収録予定だったにもかかわらず、どたんばになって英語音声日本語字幕のみになってしまったそうだ。
 『俺がハマーだ!』はそんなことにならないよう、お願いしますよ発売元:プレシディオ・販売元:ジェネオンエンタテインメントさん。


 わたしぁねぇ、絶対に許しませんよ。ええ、誰がなんと言おうと許すもんですか。
 世の中、やっていいことと悪いことがあります。この作品では一つ、とても大きなやってはいけないことをこれ見よがしにやっています。
 わたしぁねぇ、それがどうしても許せんのですよ。

 ハリウッド最大の汚点であるレッド・パージいわゆる“赤狩り”を扱っておきながら、なんのことはない甘ったるいファンファジーにすぎない。
 なら、赤狩り持ち出す必要ねーじゃん。
 映画の中に題材として赤狩りを持ち出したんなら、もっと腹くくって正味を描けよ、正味を。
 描けないってんなら、はなから持ち出すなっつーの。別に主人公は若手の脚本家じゃなくて普通の犯罪者でもいいじゃん。

 先日亡くなったエリア・カザンだが、赤狩りの最中に自分及び数名の映画人が共産党員であることを告白することでハリウッドに生き残った。エリア・カザンは紛れもなくゲス野郎だが、誰も好きこのんでゲス野郎になったわけでもなかろう。ヤツなりに映画を取るか捨てるかにおいて苦渋の選択による告白ではあったのだ。もちろん、そのとばっちりで映画界から追放された相手はたまったもんじゃないが。
 主人公はエリア・カザンと同じ選択を迫られる。
 で、悩むか?苦しむか?
 んにゃ。独りよがりな演説で万事解決。
 と思わせておいて一ひねりしたが、結局『幸せの黄色いハンカチ』で終わる。
 映画を捨てて女の待つ田舎に逃げましたか。なんじゃそりゃ。
 ラストで薄っぺらな感動に逃げても、誰の痛みも消えないっつーの。
 あー、もう『ニューシネマ・パラダイス』と(1989)並ぶ“嫌悪すべき作品”だな、こりゃ。

 いっそのこと、こういうストーリーにしちゃえ。
「ある日、海辺に一人の男が倒れていた。男は以前の記憶をすっかり失っていた。一人の老人が男を指さして叫ぶ。「彼は“若人あきら”だ!」・・・しかし、彼は次第に記憶を取り戻す。そう、彼の本当の名は“我修院達也”・・・」

 同じような傾向の作品として、アメリカ球史最大の汚点『ブラックソックス事件』を扱いながら、「それを作れば彼がやってくる」てな具合にファンタジーにしてしまった『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)があるけど、こっちはありだと思う。
 作品としての出来がってことじゃなく、題材はあくまで“野球”だから観るにたえるってことで。
 “映画”を題材にした“映画”をちゃんと撮るにはキレ者でかつヒネクレ者にやらせないと。
 ダラボンじゃとてもその器じゃない。

 やっぱ、わたしはフランク・ダラボンって駄目だわ。
 「ふーん」の『ショーシャンクの空に』(1994)、「あーな」の『グリーンマイル』(1999)だもんなぁ。
 この人ってひたすら二流の監督なんだと思う。でもって、この二流の監督ってのが一番始末に負えないんだわ。
 面白い映画撮るのは一流か三流の監督。二流は生真面目なのが取り柄の凡庸な監督。
 まぁ、WOWOWにて初見なのでせめて被害が少なかったか。劇場で観てたら憤死だぞ。

See You Next Wednesday!

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「次の水曜日にお目にかかりましょう」

 「See You Next Wednesday!」といえば、ジョン・ランディス作品の多くに登場するキーワードである。
 『ブルース・ブラザース』(1981)では看板の中に、『狼男アメリカン』(1981)では地下鉄の壁に貼られたポスター、『スリラー』ではマイケル・ジャクソンと彼女が観ているホラー映画のセリフとして登場する。
 しかし、何故ジョン・ランディスは「See You Next Wednesday!」という言葉にこうもこだわるのだろうか?

 その理由はある意味明日分かる。
 明日11月5日の水曜日は『マトリックス レボリューションズ』(2003)の封切り日なのだ。
 普通、映画の封切り日は土曜日だ。では、何故『マトリックス レボリューションズ』は水曜日?奇をてらったのか?
 実は、アメリカでは水曜日が初日ということが多く、世界同時公開と言うことで日本も水曜日に合わせたわけである。
 映画少年だったジョン・ランディスは、通い詰めた映画館でいくつもの予告編を観てきたことだろう。そして、その予告編の多くが「近日公開!」といった意味合いでラストに「See You Next Wednesday!」と入っていたのだ。特に週替わりの連続活劇は「続きは次週」というあおり文句だと思われる。そのあおり文句に心躍らせた彼は、自分で映画を作るようになった時に、一種の署名として「See You Next Wednesday!」を入れることにしたのだ。アルフレッド・ヒッチコックが自作に1カット出演していたのと同じ理由なのだろう。
 M・ナイト・シャマランも自作に出演してるが、あれは違う。ああいうのは、単に厚顔無恥という。

ぎらっぎらっ

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 昨日のWOWOWで『スパイダーズ』(2000)、『スパイダーズ2』(2001)、『スパイダーマン』(2002)、『スパイダー』(2001)を4連チャンで放映していた。
 巨大生物パニックとアメコミヒーロー物とサイコスリラーではタイトルに“スパイダー”が入っている以外に共通項がないが、だとしたらずいぶん安易な気もする。
 どうせなら『ザ・スパイダースのゴーゴー向う見ず作戦』(1967)もやってほしかったぞ。しかし、イカすタイトルだよなぁ?。

 イカすといえば宍戸錠の『早射ち野郎』と『ろくでなし稼業』なんかも衛星で放映されたりしてて。んもぉークール。SuperCool!
 最近再評価の動きが高まっている石原裕次郎も悪くはないが、彼はナルシシズムが露骨に見え隠れするので好みじゃない。
 小林旭って人は、そんなナルシシズムをある意味超越している存在だ。根っからのスターなんだろう、きっと。

 それからジェリー藤尾の『地平線がぎらぎらっ』(1961)。聞いたことのないタイトルだなと思ったら、なんと“新東宝”作品。
 新東宝とは東宝が労働争議でもめてた時にいわばどさくさ紛れに誕生した制作会社で、最初はそれなりの作品も創っていたのだが、途中からは“エログロ”という今ではある意味こっ恥ずかしい路線中心に転向し62年に倒産して約15年の歴史に幕を下ろしたという、ま、正直知っていなくても特に問題のない映画会社です。
 しかし、この『地平線がぎらぎらっ』はイカしてました。まず、ジェリー藤尾がいい。チンピラ役なのだが、実にふてぶてしい感じが様になっている。
 それにその彫りの深い顔。日本人じゃなくて欧米系ですよ。そう、例えるならば・・・う?ん、『底抜け大学教授』(1962)で薬を飲んでカッコ良く変身したジェリー・ルイスにそっくり。
 はっ、ジェリー藤尾のジェリーはひょっとしてジェリー・ルイスのジェリーかっ?・・・違うだろうなぁ。
 あと、役名教授の天知茂もいい。
 ぎらっぎらっ、地平線がぎらっぎらっ
 この意味が実は・・・なんだ。

 1日2日記録簿をさぼったと思ったら、気が付くと一週間が過ぎていた。
 いっいつの間に?ひょっとして時間泥棒?

 DVDレンタルで『X?MEN2』を観直す。
 火を操ったり壁を抜けたり目から光線を出したりする、ある意味便利な能力を持ったミュータントばかり登場するが、スクリーンに登場しないだけできっと役に立たない能力を持つミュータントもいるのだろう。
 ヒヨコの雄と雌を識別する能力とか、痛んだものを食べても腹をこわさない能力とか、年賀状のくじが当たってるかどうか分かる(ただし宝くじとかには通用しない)能力とか。
 『かってに改蔵』風に言うと“ダメX?MEN”と呼ばれる人たちだ。
 一応ミュータントなんで世間からは迫害されてるが、ミュータント仲間からもバカにされているという、なんとも可哀想な人たちだ。

 そういえば、スパイダーマンは蜘蛛の能力を身につけているのに、何故尻からではなく手首から糸を出すのだろう?謎である。

 スーパーナマケモノに噛みつかれて、ナマケモノの能力を身につけてしまったスロースマンなんてのはいないんだろうか?謎である。

 ナマケモノの英語名を調べたらスロースだったんだが、『グーニーズ』に顔のつぶれた男でスロースってのが出てきたが、同じ意味なんだろうか。謎である。

 ソフト・周辺機器のユーザー登録に対するメールアドレスの変更作業をした。
 もう「このメーカーの商品はぜってー買わないっ!」ってところのもそのままだとなんとなく気持ちが悪いので、変更できるところは全部やった。
 おかげで2時間近くもかかってしまった。
 各企業などと提携して、「all変更ページ」というサイトを立ち上げ、そこで変更事項を入力すると登録されている企業のはいっぺんで変更出来るっていうのはどうだろう?
 パスワードの取り扱いなどがちょっと難しくセキュリティも考えると堅固なシステムにしなければならないだろうが、これってひょっとしてイイアイディアかも。
 よし、これでわたしもネットビジネスに参入・・・しねーってば。

 しかしこれまでのプロバイダipc-tokaiに加入したのは思えば1996年06月08日のことだった。
 ADSLは影もなく、ISDNすら高嶺の花であった。28.8kbpsのモデムでピーピーガーガーやっていたのである。
 雑多的文化会館を立ち上げたのがネットを始めてから約1年後の1997年8月11日。
 それから56kを通り越して64kのISDNに加入したのが1998年の4月。
  「今月使いすぎた?」と従量制に頭を悩ませる心配がなくなったフレッツISDNの導入が2001年の1月。
 引っ越してケーブルテレビインターネットでネット接続するようになったのが2001年の9月。
 いまや公称値下り10Mbps、上り512kbpsになっています。
 下りのスピードは約350倍になっているんですから、いやはや隔絶の感です。(計算合ってるよな・・・)

 ちなみに当文化会館はアナログモデム時代に設計されたものですので軽く速くを重視しており、そのため非常にシンプルな作りになっております。
 これは設計理念に基づくもので、決して館長の手抜きとかデザインのセンスがないためではありません。
 そこのところお間違えなく。

ドメイン決定

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 というわけでドメイン取りました。
 新URLはここhttp://www.jion-net.com/です。(最初はlyceum-of-various-knowledge.comでした)
 どうにもムダに長い。長すぎ。悪いドメイン名の見本ですな。
 いっそのこと『スーパーカリフラジリスティックエクスペアリドーシャス.com』にでもしてやろうと思いましたが、どうせすでに登録されてるだろうし、そもそもつづりが分かんないしで雑多的文化会館の英訳にしときました。
 ただしわたしの翻訳ですので英語圏の人が見て意味が通じるかは不明です。

 『スーパーカリフラジリスティックエクスペアリドーシャス』については『メアリー・ポピンズ(映画化名はメリー・ポピンズ』(1964)に詳細があります。おすすめミュージカル映画ですので機会があればぜひご覧ください。

 悲惨な交通事故で妻を失った牧師が信仰心を失ってしまい、そしてとんでもない超常現象の中で再び信仰を取り戻す。

 『フロム・ダスク・ティル・ドーン』(1996)におけるハーヴェイ・カイテルの役柄である。
 なんだ、『サイン』(2002)のメル・ギブソンそのまんまじゃん。パクったなタランティーノ&ロドリゲス。
 いや、逆である。M・ナイト・シャマランがパクったのだ。偶然の一致?というにはお互いにちとそれなりにメジャーすぎる。
 シャマラン嫌いだからどうでもいいけど。つまんないし。

 チョウ・ユンファ主演の『バレットモンク』(2003)。原題は『BULLETPROOF MONK』
 弾丸坊主と防弾坊主ではエラい違いだ。
 サイトでトレーラーを見たが、チョウ・ユンファにクンフーアクションとはどんなもんであろう?
 『狼たちの絆』(1991)で少しやっていたが、正直下手。
 その代わり、二丁拳銃で銃撃戦をやらせたら世界一だっ!

 『黄金の法 - エル・カンターレの歴史観 - 』(2003)が興行成績のトップになっているのは、なんかちょっとイヤ。ちょっとじゃなくてかなりイヤ。
 誰が観に行ってるんだろう。やっぱり幸福の科学関係者? とにかく内容以前にあのキャラクターデザインで観る気を根元からなくす。

 『悪魔のいけにえ』(1974)や『ゾンビ』(1978)とホラー映画はリメイク流行り。『フレディvsジェイソン』も変形リメイクと言えなくもないし。
 『ハードカバー/黒衣の使者』(1988)もリメイクしてくれんかな。

 唐突に独自ドメインを取得することにした。
 ドメイン名は『lyceum-of-various-knowledge.com』になる予定。無駄に長い。削って半分ぐらいにしようかと思ったが、この中途半端な長さが代えってわたしらしいかなとそのままにする。
 雑多的文化会館のいい加減英訳なのだが、various-thingsの方が良かったかな。

 レンタルサーバも同時契約で、一切合切そちらに移します。
 詳細が決まりましたら、リンクしていただいているところなどには改めてご連絡します。

 しかし送られてきた案内状を見ながら、「ふーんこいつ(高校時代の友人)ドメイン管理とかレンタルサーバとかの仕事始めたのか。うむっ、結構安い。これっていいかも。えーい、申し込んじゃえ」って具合でして、まだ詳しい案内読んでいなかったりする。
 衝動買いで加入するもんじゃないですな、本来。

野良トキ

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  またトキの話なんだけどね。
 キンの死でちょっとトキに興味を持って調べたりしたんだが、10月10日をもって日本原産のトキは絶滅した。
 っていうか、わたしたちが絶滅させた。
 “トキ保護センター”なんつってるが、保護するために努力してるの絶滅へと導いたのも同じわたしら。
 何となく、北米に乗り込んでいってネイティブ・アメリカン(昔でいうところのインディアン)を迫害したり虐殺したりして、数が少なくなったら“保護区”を設けそこに押し込んでいる白人の姿と重ならないでもない。

 ところで、日本原産のトキは絶滅したが、中国から譲り受けたトキの繁殖には成功し、現在39羽になっているらしい。
 このまま順調に羽数が増えたら、トキを自然に戻す野生復帰を行う計画だそうだ。
 しかし、しかしだ、それって本当にいいのか?
 佐渡島にトキが解き放たれたとしても、それは以前いた日本トキじゃなくて中国トキである。
 いわゆる、外来種になるんじゃないのかと思うんだが。
 トキ保護センターは「日本トキと中国トキは同じ種類です」との見解だが言い張るところがなんか怪しい。

 保護センターでは人間の力を借りてどうにか人工増殖している中国トキだが、野に放したら環境がぴったり合ってどんどん増え、ついには佐渡島中どっちを見てもトキだらけ。
 もちろんトキは空を飛べるので、海を越えて本州に飛来。そこから南北へと広がり北海道から九州まで日本中どっちを見てもトキだらけ。
 最初は「うわー、トキだよ」とか喜んでいた人たちも、数が増えるにつれて「トキのフン害が困るのよねぇ」とか「ゴミ捨て場にトキが集まってヤダ」とか言い出して、ベランダにトキ除けの巨大な目玉を模した風船を吊したりするの。
 こうなると野生のトキっていうより野良トキだ。
 そうしたら、害鳥だってんで駆除を始めるのだろうか。

 「そんな、トキが野生の状況でどんどん増えるなんてありえないですよ」との意見もあるかもしれない。
 しかし、中国トキを日本に放したことはこれまでにないのだから、“絶対”ありえないとは言い切れないはずだ。
 ブラックバスはどうですか。アメリカザリガニはどうですか。セイタカアワダチソウはどうですか。外国映画はどうですか。
 どれも在来種を駆逐している状況じゃないですか。いや、最後のはちょっと違いますが。

 とりあえず、わたしが一番知りたいことは、トキの肉ってどんな味なんだろうねぇ?ってことである。怒られるかな・・・・・・
 でもシーラカンスを食べる会ってのは開かれたことがあるそうだ。ドラゴン・クエストの堀井雄二も参加したとかしてないとか。身はブヨブヨしており水っぽい食感で、あまり味はせずはっきりいってマズいという話である。
 だったらトキのほうが美味そうだわな。

 『ニッポニア・ニッポン殺人事件』

 鍵のかけられた密室でキンが死亡していた。
 死因は頭部挫傷だった。
 監視カメラのあるこの部屋で、いったい何者がいかにしてキンの頭部を鈍器で殴り殺したのか?
 佐渡島に繰り広げられる謎を解き明かせるのは名探偵神宮寺照彦しかいない・・・

 なんつったりしてな。

 日本最後のトキであったキンは、生後1年に満たない幼鳥の頃に捕獲され、以後35年の生涯を佐渡トキ保護センターで過ごした。
 保護センターの檻の中は環境としては快適でエサの心配もなかった。猫、犬、そして人間などの天敵に襲われることもなかった。
 だが、自由もなかった。
 限られた空間の中で、常にセンターの職員やカメラに監視される毎日だった。
 そして、35年の年月が流れた。
 トキにとって36歳というのは人間の100歳以上にも相当する。
 老いたキンは自らの死期を悟った。
 そして心臓が止まるその前に、残された力を振り絞ってキンは空へと舞い上がった。
 もしも危険で過ごしにくい自然の中で生きていたらいつでもキンの物であった大空へ。
 キンの肉体は保温室の扉にぶつかり、そして床に落ちた。
 だが、その魂は佐渡島の空へと飛び立っていったのだろう。
 鳥は力一杯空を飛ぶ。キンは最後の最後にその鳥にとって当たり前のことが出来たのだろう。
 なんとなく『刑務所のリタ・ヘイワース』(映画化名『ショーシャンクの空に』)の主人公アンディを思い出すのはわたしだけだろうか。

 なんつったりしてな。

 NHK・BS2で始まる小津特集。

 “「これまで小津映画っていうと敷居が高い感じがして、ちょっと引いてたんですよね・・・」とはシネ・ナビ・ナビゲーターの柴田祐規子アナ。”

 この程度の認識のアナウンサーにナビゲートさせるとは。そんなんでいったいどこに行ってしまうのだろうか?気が付くと道路じゃなくて川の中を走ってたりするんだよな。って、故障したカーナビゲーターかよ。
 そもそも小津安二郎というのは、日本が世界に誇る映画監督ではなく、映画が世界に誇る監督である。
 日本映画とか古い映画といった分類に収まることなく、ただひたすらに映画という存在だ。
 小津を観ていなくてもそれはかまわないが、映画に関係ある仕事をしている人間が観ていないというのがそもそも理解できない。

 ちなみに、小津作品はシンプル極まりなく、表層的な難解さは持ち合わせていない。
 敷居が高いどころか、ちょっと引いてた人が始めて観ると拍子抜けしてしまうかもしれない。
 だが、観れば観るほど計算され尽くした人物描写、構図、展開で構成されていることに気づく。
 さらに観ていくと、その計算を遙かに超えたところに小津の神髄がある。
 まったくもって、小津について語るとき人は言葉の持つ力の微力さを思い知ることになるのだ。

 そのナビゲーターをサポートするのが
 “シネ・ナビのゲストで“日本映画界一の小津ファン”=周防正行監督のお話です。”

 元気にしてたのかー、周防さん。
 『Shall we ダンス?』(1996)以来だが元気にしてたのか。同作のアメリカ公開に本格的に参加した後、『がんばっていきまっしょい』(1998)の制作なんかをしていたようだが、新作撮ってくれなかったもんなぁ。番組中で新作制作の発表とかないかなぁ・・・ないよなぁ・・・
 日本映画界一の小津ファンというより小津オタクだよなぁ、あの人は。
 第一作の『変態家族 兄貴の嫁さん』(1984)は前編を通して小津安二郎のオマージュで構成されていたし(ちなみに18禁のポルノ映画。これを観て興奮できる人がいるのかは疑問だが)、『シコふんじゃった』(1991)で本木雅弘と柄本明が研究室の机を挟んで会話する時の目線位置カメラの切り返しも実に小津だった。
 ちゃんと作品を考えた上でこういった相応しいゲストを選んでくれると納得できる。
 いつもは渡辺祥子とか山本晋也だもんなぁ・・・

 クイズ番組『クイズ・ミリオネア』でマヨネーズの語源を人名と答えた人が、正解は地名だとして間違いにされた男性が裁判沙汰にしていたそうで。
 結果は負け。フジテレビの勝ち。

 そういえば、『あんなに愛しあったのに』(1972)で、主人公の一人である映画好きな教師がクイズ番組に出て勝ち進む。
 そして、『自転車泥棒』(1948)の少年が泣いているスチールを見せられて「この少年はなんで泣いているでしょう?」という問題を出される。
 教師は「監督が「お前はタバコを盗んだだろう」と詰め寄ったから」と答えるが、「父親が自転車泥棒として警察に捕まってしまったから」が正解だと落とされてしまう。
 もちろん、ストーリー的には後者が正しいのだが、本当に少年を泣かせるために撮影前に監督が取った方法が実は前者なのである。
 教師は「私は正解だ」と叫ぶが、誰の耳にも入らず消えていくだけだった。
 おかしくてそして悲しいシーンだった。

 『自転車泥棒』はイタリアン・ネオ・ルネッサンスの代表作であること。
 ほとんどの出演者が素人であり、少年も演技経験のない普通の子供であること。つまり、泣く演技は出来ないし、演技の涙では作品を成り立たせられないことを知っていると、またより深い味わいがある。
 『自転車泥棒』は個人的につまんないと思うけどね。

決闘は海軍式でいくぞ

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 『パットン大戦車軍団』(1970)
 砂漠を眺めながらパットンが言う。
 「わたしとロンメルが二人きりで対決する。お互い戦車に乗り、20歩のところまで近づくとまず握手し、そして決闘が始まる。この戦争の決着はそれで決める」

 『ホット・ショット2』(1993)ではロイド・ブリッジス演ずる元海軍提督の大統領が自らイラクに乗り込んでフセイン大統領と一対一で決闘する。
 「決闘は海軍式でいくぞ。先に死んだ方が負けだ」

 現実の国際問題も、ブッシュがフセインとボクシングしたり、小泉首相が金正日と相撲を取ったり、胡錦濤と陳水扁が宙を舞いつつクンフーしたりで解決しないものかねぇ。

  1991年の東京都知事選も投票ではなくバトルロイヤルでやれば良かったのに。もちろんアントニオ猪木の出馬取り消しはなかったことで。
 総合力ではもちろんアントニオ猪木だが、切れるとエレキギターで殴りかかる内田裕也も怖い。珍発明家中松はジャンピング・シューズで逃げ回る戦法に出て、磯村はアナウンサー技術で皆を説得にかかる。東郷健にはそもそも誰も近づかない。
 はてさて、どんな結末になりますやら。

久しぶりな立体映画

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  来週から『スパイキッズ3D ゲームオーバー』(2003)の公開が始まる。
 以前気にしていた上映方式については、ありがたいことに3-Dでやってくれるようだ。
 ただ、字幕版をやるのは日本中でもごく数館だけ。名古屋では吹き替え版のみ。もちろん、わたしの近くのシネコンも吹き替え版。
 まぁ、『スパイキッズ2』も吹き替え版しかやってなかったんで、ほぼ予想していたことではある。子供にも楽しんでほしいしね。
 しかし、悪役のシルベスター・スタローン担当が角田信朗だったり、MEGUMIとかいうおネーちゃん(そもそも誰?こいつ)が参加しているのが、ちと不安。格闘家と巨乳ですか・・・
 ちょい役ならまだしも、予告編を観た限りではスタローンの出番とセリフも多そうなのでどうにも不安要因ではある。
 アイドル・ミュージシャンなどが吹き替え参加する場合はたまに聞くが、格闘家となると・・・
 ・・・あっ、北尾光司が『サンダー/怒りの復讐』ってので主人公サンダーの吹き替えをやっていたか。ほとんどセリフなし。数少ないセリフも棒読み。あとはぜーはー言ってるだけだった。
 角田はインタビューなどでそれなりにしゃべれているので、北尾よりはずっと良いと思うが、はてさて。
 ともあれ、それも含めて劇場で観るしかないですな。
 なんといっても、3-Dですからね?。立体ってのは単にギミックにすぎないと分かっていながらもワクワクしてしまいます。

It'sマン登場

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 やっぱ面白いわ。ギャグ映画の頂点だな。
 それにしてもパラマウントの作品紹介ページでは“日本語吹き替え収録(未定)”となってるのに入ってないでやんの。いくら未定は予定で雨天中止とはいえ、そりゃないぜセニョール&セニョリータ。っていうかもう発売されて・・・・・・さて、話は変わりますが。と、そこへボロボロの服を着たマイケル・ペリンが登場。
「It’s!」

 安部譲二が以前どこかで書いていたのだが、社会から落ちこぼれたヤクザ社会の中においてすら、一番嫌われさげすまれるのは仲間を売る奴、警察に密告する奴だという。
 裏切り者こそ最低の存在なのだ。

 だから、誰もエリア・カザンの死について冥福を祈るべきではない。
 やっぱ面白いわ。ギャグ映画の頂点だな。
 それにしてもパラマウントの作品紹介ページでは“日本語吹き替え収録(未定)”となってるのに入ってないでやんの。いくら未定は予定で雨天中止とはいえ、そりゃないぜセニョール&セニョリータ。っていうかもう発売されて・・・・・・だから昨日からまだループしてるっつーに。

『トップ・シークレット』のDVD入手。
 久々に観たがやっぱ面白いわ。ギャグ映画の頂点だな。
 それにしてもパラマウントの作品紹介ページでは“日本語吹き替え収録(未定)”となってるのに入ってないでやんの。いくら未定は予定で雨天中止とはいえ、そりゃないぜセニョール&セニョリータ。
 っていうかもう発売されてるんだから直しとけよさすがに。

 ま、付いていない物をとやかくいってもしょうがない。付いている物を楽しもう。
 特典としては劇場用予告編と削除シーンが入っている。
 なぬ、削除されていたシーンが制作から約20年の月日を経てついに日の目を見るのかっっ!
 こりゃもうってぐらいに胸を躍らせながら選択、再生っ!
 爆発するリンゴ、ボールを追う犬、公園での飲み物、暖炉の4つだ。
 ・・・・・・・・・あれっ?見覚えがあるぞ、これ。
 爆発するリンゴは不確かだが、残りの三つは確かに記憶にある。
 むー、動物愛護団体からのクレーム(犬)、企業からのクレーム(飲み物)、911テロを連想させるため自粛(暖炉)でDVDでは削除したのだろうか。
 そこでビデオレンタル屋に行き昔に出たビデオの方を借りてきた。
 早送りして必要なシーンだけ観ればいいのに、ついついまた頭から全部観てしまった。
 やっぱ面白いわ。ギャグ映画の頂点だな。
 それにしてもパラマウントの作品紹介ページでは“日本語吹き替え収録(未定)”となってるのに入ってないでやんの。いくら未定は予定で雨天中止とはいえ、そりゃないぜセニョール&セニョリータ。っていうかもう発売されて・・・いかんループしてた。下手すると何千行も延々とこれを繰り返していたところだ。危ない危ない。
 で、ビデオの方はどうだったかというと、こちらにも4つのシーンはなかったのだ。

 おっかしーなー、確かに観たんだけどなー。劇場公開時のみあったとかなのかなー。さすがにフィルムは借りてこれんしなー。タイムマシンもないしなー。監督のZAZ(ジム・エイブラハムズ、デヴィッド・ザッカー、ジュリー・ザッカー)に尋ねようにも電話番号知らないしなー。
 おおっ、そういえばZAZによる音声解説が付いてたんだ。音声解説ってのは大概が自慢話か愚痴なんで好きじゃなくて、これまでもほとんど聞いたことがないんだが、大いなる謎のためだしかたない。
 今度は音声と字幕を“解説”にセットして再生開始。早送りして必要なシーンだけ観ればいいのに、ついついまた頭から全部観てしまった。
 やっぱ面白いわ。ギャグ映画の頂点だな。
 それにしてもパラマウントの作品紹介ページでは“日本語吹き替え収録(未定)”となってるのに入ってないでやんの。いくら未定は予定で雨天中止とはいえ、そりゃないぜセニョール&セニョリータ。っていうかもう発売されて・・・・・・だからループしてるっつーに。

 結論から言うとやっぱ音声解説はいらんわ。特にコメディ映画にはいらん。ギャグの説明をされても困るって。それと誰のかは知らないが携帯電話の電源は切っとけよ。呼び出し音がピピピピってうるさいっつーの。
 いや、目的はそれではなかった。削除シーンについてである。暖炉については一言だけ触れられていた。他は謎のままだ。
 これは人類にとって永遠に謎のままなのかもしれない。

?ここからは学生時代に書いたもの?
 いやもう、この映画を初めて見た日にゃ、頭をハンマーでブン殴られたような衝撃を受けたもんだ。同時上映の「ビバリーヒルズコップ」なぞ者ともしないすさまじいパワーで俺の目の前に姿を現した映画こそ、何を隠そう、隠しゃしないが「トップ・シークレット」である。
東ドイツの音楽フェスティバルに招かれたロック歌手ニック・リバースが、ある陰謀に巻き込まれて大活躍をするといった陳腐なストーリーであるが。わかるね、そのマヌケさも当然計算されたものなのだ。
コメディ映画史上に残るギャグの物量作戦で、もう思い付いたネタは全て放り込んだとでもいうような無秩序、無節操さ。もうただただ圧倒されるばかりであるが、しかしギャグがストーリーの流れを妨げないのは何故だろうか?
これは実は、計算されたギャグだったり、状況からネタずくりをしていたりするせいでもあるが、何よりも監督のザッカー兄弟とアブラハムの三人組がとにかくノッていたからおもしろくて、そして勢いがあるのだ。
監督がノッているかいないのかと言うのは結構大きな問題で、どんなおもしろい企画でも、「ああ、俺今日学校行きたくないなあ」というような監督が作った映画はやはりつまらないし、「もう人生楽しくって仕方がねいや!」という監督が作った映画はまずそれなりにおもしろいのだ。
まあ、世の中には、「そうだなあ、俺も学校行きたくねいや。」と思わせるのが目的の映画もあるのかも知れないが。俺はそういうの嫌いだけどさ。おっと、話がそれたな。元に戻そう。
とにかくこいつらは、ケンタッキーフライドムービーの脚本を描いたり、フライングハイをとったりと、実に変な奴らだが、そのなかで一番おもしろいのは、やはり「トップ・シークレット」である。
まず登場人物は、皆脳が溶けているようなバカぞろいである。主役のニック・リバースは、二枚目に見せかけた三枚目であるし、もろナチの東ドイツの軍人はキバればキバるほどボロボロになっていくし、レジスタンスは危ないバカで、世界そのものがバカなのである。
普通、ボケの横にはツッコミがいて、時々「よしなさい。」とか言うものだが、この映画に於いては、みんながみんなボケ役で、ボケとボケとの飛ばし合いである。
マヌケな世界として設定されているので、何が起こっても誰も驚かないで話が進む。ギャグは花火のように、一度ドンと鳴ったらそれで終わり、そのまま消えてしまう。ネタに対する執着が無いというか、しつこくないのだ。言うなれば、ドミノ倒しの様な映画である。倒れる前でも、倒れた後でもいけなくて、倒れた瞬間のみのためにドミノは存在しているのである。倒れた後のドミノはただのドミノであって、そのあいだにもよそのドミノは倒れ続けているのだから、当然そっちを見た方がおもしろいのだ。
でも、こんなにおもしろいのに、それをわかってくれない人って多いんだよね。残念ながら、そういう人たちとは世界が違うんだろう。別にそれは良い事でも悪い事でもないのであって、つまりそう言うものなのだ。
どちらかというと、おもしろいという人の方が油断がならない。そういう人が「ポリスアカデミー」をおもしろいと言っちゃったりするのは、よくあることなのだ。
はっきり言っておくが、「ポリスアカデミー」はつまらん。そりゃ俺だって見れば笑うところはあるけどさ。少し。でもあれは映画じゃない。そして「トップ・シークレット」は映画なのである。

 『キングソロモンの秘宝』(1985)のDVDが出る?。
 同じアラン・クォーターメインが主人公の『リーグ・オブ・レジェンド』の公開が近いからだろうか?
 『リーグ・オブ・レジェンド』のクォーターメインはショーン・コネリーだが、こちらはリチャード・チェンバレン。わりと好きな役者なんだが、あまり賛同を得たことがない。やはり『タワーリング・インフェルノ』がいかんかったのかなー。そういえば、『ボーン・アイデンティティー』が昔テレヒューチャーになったときボーンを演じたのもチェンバレンだった。記憶がない状態で、渡された拳銃を本人が意識することなく勝手に手が動いて分解するシーンがカッコよかった。
 てなわけで、12月5日に発売である。
 それにしてもDVDの通販サイトディスクステーションでの商品紹介がなんとも悲しくて・・・ストーリー紹介の最後に
 「冒険映画の要素は充分備えているのに、安っぽい効果と要領を得ない演出が退屈な作品にしてしまっている。」
 だって・・・きっちり冒険コメディ映画に仕上がってるわい。安っぽい効果ったって『レイダース』とは予算が1桁か2桁は違うんだぞ。要領を得ない演出だと、監督は御大J・リー・トンプソンだぞっ!っていうか、ほぼ基本通りに冒険ものの演出やってるぞ。どこが“要領を得ない”んだ?ひょっとして、時々入る不条理系のギャグをあんたが理解できてないだけじゃないのか。
 どうにも売る気がないんじゃないかと思わせる商品紹介だ。いらない物まで思わず買わせてしまうテレビショッピング(特に海外系)の話術を見習えっ!某社長ならば『キングソロモンの秘宝2』をお付けしてはいこのお値段だぞ、きっと。
 あのー社長、そのおまけはいりません。

 セ・リーグの優勝が阪神タイガースに決まったそうだが、なんつーかちょいとばかしファンが騒ぎすぎに感じる。
 例えば北野武がベルリン映画祭で銀獅子賞を取ったからといってファンが川に飛び込んだかというと、あまりそういう話は聞かない。
 『トリプルX』(2002)では主人公のヴィン・ディーゼルがオープンカーに乗ったまま高い橋の上から川に飛び込んだが、いっそのとこタイガースファンもあれぐらいはやって欲しいものだ。いや、素人がやると死ぬが。

 やはり、タイガースファンの特殊性なのかもしれない。なんでも1999年にはわたしの地元球団である中日ドラゴンズが優勝していたそうであるが、わたしがそれを知ったのはつい先日であった。名古屋に住んでいながら4年間も知らなかったのである。わたしの問題もある気もするが、中日ファンがあまり度を超した大騒ぎをしなかったせいもあるのだろう。
 その前のドラゴンズのリーグ優勝は1988年であった。昭和天皇が非常にやばい状況であって(事実、1989年の年明けには崩御されてしまったわけだが)、あれもこれも自粛の自粛ばやりの中での優勝であった。当然優勝祝賀も自粛。ファンの人は非常にストレスが溜まったことだろう。それ分も1999年の優勝で爆発してもよさそうなものだが、いくらプロ野球にまったく興味がないとはいえ地元の人間であるわたしが知らなかったとは、これも大阪とは別の意味の土地柄なのかも知れない。名古屋人は紳士なのだろうか。あるいはたんに地味すぎるのだろうか?
 ともあれ、やっぱわたしはプロ野球が好きではないというのを再確認してしまった。高校野球にいったっては嫌悪しているぐらいである。

  以前はよく風呂に本を持って入った。
 浴槽のフタを半分だけ残しておいてその上にタオルを引いて机代わりにして読むのだ。ついつい熱中して1時間ほど風呂に入っていることもあった。カラスの行水にとっては記録的な数字である。
 ところが、うっかりして本をお湯の中に落っことしてしまった。慌てて拾い上げるもののすでにお湯を吸ってしまい、乾かしたとしてもビロビロで読めたもんじゃない。もう本屋ではあまり見かけない本だったりするとショーック!なのである。
 そこで、風呂で読むのは落としてもかまわないどうでもいい本にすることにした。しかし、何で風呂でこんなつまらない本を読まねばならないのだと妙な怒りがわいてきて、いつの間にやら風呂場に本は持ち込まないようになってしまった。

 話はちょっと変わるが、高河ゆんが自分たちをモデルにして描いた短編集を読んだことがある。自分たちがモデルの割には主人公がちと美男美女すぎないかって思うが、高河ゆん婦夫の実物を見たことはなくひょっとしたら美男美女である可能性も年末ジャンボ宝くじの一等・前後賞が10回連続で当たるぐらいにはあるかもしれないのでコメントは差し控えよう。差し控えてないって気もするが。
 その中で、妻が風呂でジェフリー・アーチャーを読んでいるシーンがある。上で書いたようにわたしも風呂で本を読んでいたことはある。ところがこの主人公はシャワーを浴びながら片手に本を持っているのだ。濡れるだろっ、おいっ!
 しかも、その後のシーンで夫と「ジェフリーアーチャーの新刊つまらなかった」「えっ、面白いだろ」って話になってちょっとしたケンカになり、あげくに妻が読んでいた作品の後にさらに新刊が出ていて夫はそっちのことを言っていたというオチがつく。
 あのねジェフリー・アーチャーはそんなにポンポン新刊出さへんっつーの。赤川次郎じゃないんだから。

 ジェフリー・アーチャーに限らず、アメリカなんかの作家は成功後はそうやたらに本を出していない場合が多い(ジェフリー・アーチャーはイギリス人だが)。『羊たちの沈黙』のトマス・ハリスなんて『ブラック・サンデー』と『ハンニバル三部作』しか書いていない。「おっさん、もうちょっと働けよ」って感じだが、案外そんなもんらしい。
 中にはあんまり次から次と新作を書くので、編集者だか代理人だかから「そんなに出すと作家の値打ちが下がるから」言われてしまい、それならばと“リチャード・バックマン”なる偽名を使ってまで新刊を出していたスティーヴン・キングなんてのもいるが、それはかなり例外的だろう。もっとも、「なぜバックマンは生まれたのか?」については諸説あるが。

 ひょっとして、高河ゆんは海外の作家にすることで「ちょっとイケてる」っぽくしのたかも知れんが、素直に赤川次郎にしとけばこんな恥をかかなくてすんだのに。って赤川次郎に決めつけかよ。
 それにジェフリー・アーチャーって『100万ドルを取り返せ』と『ロシア皇帝の密約』しか読んでいないが、個人的にはあんまり面白くないと思う。特に後者は冒険小説スタイルなのだが向いていないとしか言いようがない。

「貴様、一体何者だっ!」
というのと
「貴様、一体何様だっ!」
というのではずいぶんと意味合いが違うんで。
えーっと何が言いたいかというと・・・何が言いたいんだろ? 

そもそも“貴様”というのが相手を下に見る呼称の割に“様”は付くわ“貴殿”の貴は付くわなのがおかしい。
軍歌に「貴様と俺とは動悸が激しい」というのがあるので、わりと最近までは蔑称ではなかったのだと思いますが。
まっ、あれです。ひょっとすると人から様付けで呼ばれるなんてのは案外ろくでもないことなのかもしれません。

 我々は涙を振り絞らねばならない。
 たった一人の男の死のために。
 だが彼こそ“男”の名にふさわしい、男の中の男だった。

 勇気に生きた男。
 誇りに生きた男。
 そして、愛に生きた男。

 我々は涙を振り絞らねばならない。
 この身が枯れるがごとく、遠い地で死んだ一人の男のために。
 そして明日からはまた強く生きていくのだ。
 そう、チャールズ・ブロンソンのように。

 30日付の内閣府の“国民生活に関する世論調査”で、日常生活に悩みや不安を感じている人が67.2%とという結果が出たそうだ。これは過去最高の数字だそうだ。
 しかしそれよりも興味があるのは、悩みもなければ不安もない32.8%の人々というのはいったいどういう人だろう?ということだ。
 よっぽどお金持ちなのか?いや、お金がある人間は持っていない人間と同じかそれ以上にお金について不安を抱えているはずだ。
 著名人とか芸術家などの社会的に成功している人?いや、そういう人は日夜重圧にさらされて安楽な生活とは無縁のはず。

 そもそも、人間が生きているニュートラルな状態が“悩み”や“不安”を抱えているものって気がする。
 自分の持っている理想や目標と現実との軋轢にきしんでいて当たり前なんじゃないだろうか。
 “悩み”や“不安”のない人ってのは、なにかあるモノに考え・行動を完全にゆだねるなどして確立した自我を持っておらず、またその事に疑問をいだかない人なんじゃないのだろうか。そのあるモノとは宗教だったり思想だったりするんだろう。
 ハチやアリの社会を見てみよう。働きバチも働きアリも毎日毎日こき使われて、それでいて何の不満も持っていない。だから、働きバチがストライキを起こしたというニュースも働きアリが労働者革命を起こしたという事件も起きていないのだ。もちろん、昆虫や動物に人間の思考を当てはめるのは大きな間違いではあるけど。

 わたしとしては悩みや不安があって当たり前、残りの32.8%の人間も自分と世界を見直して悩んで不安がれって思う。
 天が落ちてくるといったような馬鹿げた不安を持つことを“杞憂” という。しかし、本当に天が落ちてくることはないのだろうか?天は落ちてこなくても巨大隕石が落ちてくることはあるのだ。恐竜がなぜ絶滅したかを考えれば、杞憂は杞憂じゃないのかも知れない。
 問題は悩みや不安があることではなく、それで苦しみすぎることだろう。苦しんだあげくに首を吊ってはさすがにシャレにならない。そうなる前になんとか解決したり折り合いをつけたりするしかないのだ。
 だからこれからは、みんなで明るくLet's不安だっ!

夏休み最後の週末

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 中高生にとっては夏休み最後の週末だ。
 30、31日が土日なので、「ちくしょう、休み2日分損したっ!」とか言ってる学生さんとかいるんだろうか?
 わたしだったら夕陽に向かって叫んでるな、うん。
 叫ぶこたないか。

 だが、いまさらながら暑い。中途半端に暑い。
 “地球温暖化”のことを考えるとクーラーをつけるほどではない。でも、つけないとジワ?っと額に汗がにじんでくる。スポーツの汗とかと違って、イヤなタイプの汗だ。煮詰めると“東森の油”が取れそうな感じだ。貝殻に詰めて縁日で売ったろか。

  『マトリックス リローデッド』(2003)のDVDが10月17日に発売だそうで。
 おいおい、ウチの近くの映画館ではまだ上映ってるっつーの。

 8月もいよいよ最終週に突入した。小中学生などは宿題の追い込みに入っていることだろう。
 わたしは小学生の時はあまり宿題で苦しんだ覚えはないが、中学1年の時は大変だった。
 水泳部に所属していたのだが、毎日毎日毎日毎日、朝から夕方まで飽きもせず練習ばかり。いや、わたし個人はとっくに飽きてる。
 休みといったら日曜日とお盆ぐらいで、あとはひたすら練習日。いくら水泳部にとって夏が大事、というより屋外プールしかないから泳ぎの練習は夏しかないとはいえ、もうヤダようんざりっす。
 休むためには顧問の先生に申し出ればいいのだが、なぜかその前にセンパイに報告しなければいけない。で、センパイがOKしてくれるかというとしてくれるわきゃないんで、「なんだ一年のくせに休む気か、生意気だ」ってんてボコにされる。一年のくせにって理屈がよくわからんよ、しかし。結局朝から夕方まで練習。あ?あ、もううんざり。家に帰ったらメシ食って風呂入ってグーで、宿題どころじゃない。
 わたしは別に水泳でオリンピックを目指してるわけでもなんでもないんで、せっかくの中学生活だし少しはスポーツもやろうかなって程度なんだから、そんなに毎日練習する気も必要もないんである。運動部に生活の主権を握らせるつもりはないのだ。運動を趣味で楽しむといったスタンスで運動部に所属するというのがそんなにいけないかね?部活に求めるものは人それぞれなんだから、人それぞれの参加の仕方があってもそれを認めるべきだろう。日本は民主主義国家なんだから。
 それを十把一絡げにして同じことをやらなければいけないってのは、全体主義だよ。ファシズム、ファシズム。ファシスト!イタロ・モンタナーリはファシストだ!ファシースト!そこでレジスタンスを続けると、更衣室に呼び出されて数人のセンパイからボコにされる。おまーら体制の犬かっっ!
 だいたい、運動部のセンパイってのは何でああやたらと威張ってやがりますか。年が一つ二つ上だからなんだっつーねん、キンさんギンさんなんて百歳だぞ百歳。もう、お亡くなりになったけどな。

 今でも中学のクラブはあんな頭の悪いことをやっとりやがるんでしょうか?
 あれこれ自分の頭で考えるより集団生活を乱さず、理不尽なことにも反抗せずただ従うという、“社会に出て即戦力となる人材”を育てる機関としての中学校の存在理由が変わらないかぎりそのままでしょうな。
 「昔に戻りたい」なんて考えは人それぞれ持っているかもしれませんが、それが中学時代前半だったらわたしはイヤです。
 かなり苦労して水泳部を辞め(運動部ってのは何で辞めるがあんなに大変なんですか。「逃げる」だの「根性がない」だの罵倒の嵐。中には「ただで辞めれると思うなよ。ちゃんと落とし前はつけてもらうからな」って言ってきたセンパイもいました。落とし前ってあんたヤクザですか。で、「指は詰めれませんが爪ぐらいだったら切れますよ」と答えたらボコにされました。そのあたりの暴力事件やイジメなどは顧問の先生の目にも入っているはずなんですが、なんの対処もしやがらない。学校の教師なんて当てにならんとつくづく思いました)、科学部に入り直してからの中学時代後半はだんだんとわたしの本質であるバカが顔を出し始め、おまけに部には富士通のFM-8があるわ(正確には学校の備品なんですが、まともに使える先生が一人しかいなかったので事実上科学部の物でした)、科学実験はし放題だわと、実にノー天気な学生生活に入っていったのです。

 10月24日に『マルクス兄弟 コレクションBOX』が出るぞっ!
 商品名は『マルクス・ブラザーズ コレクションBOX』なんだが、やっぱこの場合ブラザーズよりも兄弟でしょ。だからって、ブルーズ・ブラザースをブルース兄弟にされても困るが。なんか『まむしの兄弟』みたい。違うか。
  収録作品は『我が輩はカモである』(1933)、『けだもの組合』(1930)、『ご冗談でショ』(1932)の三作品。『ご冗談でショ』は未観なのでうれしいっ!それに、『我が輩はカモである』も以前発売されていたカルチュア・パブリッシャーズ版ではなく新マスターのようなので期待だ。あっちはビデオマスターそのままだったからなぁ、字幕消せないし。もっとも、淀川さんの解説はうれしかったが。
  今回の発売元はユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン。『レポマン』の字幕があれだったんで多少不安も残るが、今回はまともであってくれよぉ?。まぁ、ハーポの字幕については心配ないか。って、ハーポしゃべんないよ。マルクス兄弟の魅力の一つがグルーチョのマシンガントークなんで、頼むよほんとに。

 初期マルクス兄弟のパラマウント(=ユニバーサル)が“コレクションBOX”を出したんなら、後期マルクス兄弟の作品を手がけたMGMも“コレクターズBOX”を出して欲しい。
 『我が輩はカモである』と並ぶ傑作『マルクス兄弟オペラが踊る』(1935)が出ないのはやっぱおかしいし、わたしの初マルクス兄弟作品『マルクス二挺拳銃』(ジャッキー・チェンの『プロジェクトA2』を観に行ったら同時上映でやっていて、いきなり頭をスココーンとやられてしまった。おまけでついていた大林の『漂流教室』での大きな失点を埋めてなお富士山ぐらいにあまりある出会いだった)も出してくれ。っつーか、出せ。

 ギャグに常識とか良識を求められてもなぁ・・・

  というわけで「ワンナイR&R」騒動である。
 この番組は見たことがない、というより普段からドラマとバラエティーはまるっきし見ていないわたしだが、ここであえて自らの意見を述べてみたいと思う。
 まず、“ジャパネットはかた”というコーナーで王監督の顔を模した便器を案内する、というギャグ自体が非常にどーしよーもなくしょうもないギャグだ。
 実際の番組は見ていないが、見たとしても笑えなかったことだろう。小学生レベルのギャグだぞ。それもせいぜい4年生。少しは構成作家も頭使えよっ。

 だが、それに対する非難として「日本の誇る世界のホームラン王が侮辱された」と怒ってるのはてんで的はずれ。
 “日本の誇る世界のホームラン王”を堂々とおちょくるから面白いんじゃない。これが横町の沢田さんだったらギャグにもなんにもならない。(誰だよ、沢田さんて)
 安易に便器=下ネタにしているのは好みではないが、ギャグ作りの視点としては決して間違っていないだろう。
 モンティ・パイソンズ・フライング・サーカスには母国英国王室をネタにしたギャグが多数出てくる。日本で言えば皇室だ。そんな権威中の権威をおちょくる、そのやばさがより一層ギャグを引き立てているのだ。

 謝罪もするな。自分たちがこれはギャグだと思って作ったんなら、きっちり意地通せよ。
 いきすぎてましたとか言って謝罪するなよ。ギャグにいきすぎるなんてことはないの。むしろ突き抜けろ。もっと過激になれ。
 このギャグはいいけどこのギャグはダメなんていうギャグ狩りが始まったら、それは暗黒時代の始まりに等しいぞ。

 むしろ責められるべきは、王監督の便座などという程度の低いギャグが公共の電波に乗り、多くの人を見てそれを笑っていることである。
 ほんとにそんなギャグやってて楽しいか?ほんとにそんなギャグ見て笑えるか?

 ともあれ、常識や良識という存在をもネタにしてしまうのがギャグ。そのギャグに常識や良識を求められてもなぁ・・・

ゴーゴーブラスター

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  どうでもいいけど悪モンにBlaster(ブラスター)って名前はカッコよすぎないか。
 一世を風靡(風靡じゃないって)したExcelマクロウイルスのLarouxなんてラルーだぞラルー。なんかヘソで茶を沸かしたような響きというか、菊池桃子のバンドみたい。って、それはラ・ムーか。
 I LOVE YOUウイルスなんてのもあったな。いくらわたしがもてないからって、ウイルスにアイ・ラブ・ユーって言われてもなぁ。
 その点ブラスターはいかにも強そうだな。
「セキュリティに無知なパソコン星人やっつけろ、極悪住基ネットもぶっつぶせ!ゴーゴーブラスター、戦えブラスター、正義のブラスターぁぁ?♪」って主題歌は串田アキラにぜひとも歌って欲しいものだ。
 最近の人だと影山ヒロノブなんかを挙げるかもしれないが、「とってもとってもライオンだぁ?♪」にはかなわないだろ、うむ。
 っていうか、アンチウイルスソフト入れてアップデートパッチも当てとけよだな。

 なんか音源ボードって感じの響きでもあるぞ。
 そう言えば最近のマザーボードは音源を標準搭載している事が多いが、そのせいでクリエイティブのサウンド・ブラスターの売れ行きは落ちたりしていないんだろうか?しているんだろうなぁ、多分。

開館6周年

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 無線LANはいかれるわ、車の左サイドをブロック塀でこするわ、夏バテでゲロを吐くわと、なかなかな日を送っています。
 とりあえず台風が熱気も一緒に吹き飛ばしたのか、暑さは和らいだので一息です。車のキズは気にしなきゃ気にならない程度だし。
 無線LANは修理しようかいっそのこと11gに買い換えようか迷いつつ、無理矢理離れまでケーブルを引っ張って繋げてごまかしてます。窓の隙間を使っているのできちんと閉める事が出来ず、外出時にはケーブルを外さないと鍵がかけれないという不便ぶり。壁に穴を開けるという手がないこともないんですが、頭の片隅で「やめとけやめとけ」って声がしますので、従うことにしときます。
 そんな間にも当文化会館が開館6周年を迎えてました。そらりて。

 昨日の続き?
 マーケットガーデン作戦、正確にはマーケット作戦とガーデン作戦といえば『遠すぎた橋』(1977)に詳しい。
 オランダにかつてない規模の空挺師団を降下させて5つの橋を占拠し(マーケット作戦)、その橋を使って機甲師団を進撃させる(ガーデン作戦)というのが大筋だったのだが、橋の占拠に一度は成功するものの、パラシュート降下のため重武装はしていない空挺部隊はドイツ軍の反撃に遭い部隊員1万人のうち1,000名以上が戦死、6,000人以上が捕虜になり作戦は明らかに失敗。
 「遠すぎた橋」というタイトルも連合国側のブラウニング司令官が作戦の失敗について語った「あの橋は遠すぎた(もっと近くなら成功してたのに)」というセリフから。
 実際にそんな事を言ったのかは分かりませんが、そういう上官の下で戦争はやりたくないものです。
 いや、軍隊に限らず一般の会社でも、無能だったり人格的に問題があったりする人が上司だと大変。
 「部下の失敗は部下の責任、部下の手柄は上司の手柄」みたいな人が案外平気で管理職やってたりするから困ったもんです。

 ちなみに『遠すぎた橋』はあまり面白くありません。まぁ、監督がリチャード・アッテンボローですからしょうがないって気もしますが。
 出演はロバート・レッドフォード/ジーン・ハックマン/ローレンス・オリヴィエ/エリオット・グールド/マイケル・ケイン/ショーン・コネリー/アンソニー・ホプキンスなどなどと豪華なんですけどね。なんつーか無駄に豪華って感じ。

暑いときには逆療法

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 おー寒い寒い。とにかく寒い。
 窓の外を見たら雪ふってやがんの。そりゃ寒いわ。
 こーゆー日はコタツに入って、熱い味噌煮込みうどんに七味唐辛子ガンガンかけて食べるにかぎる。
 ほんと、寒い寒い。

一郎「さっきから何をいっとるんだお前は」

 いや、だってさ。あんまり「暑い暑い」っていってると余計と暑く感じるだろ。
 だから逆療法で寒いと自らに言い聞かせて思いこんでるんだ。これで暑さをしのげるってわけ。

一郎「ほう、で暑さはやわらいだか?」

 ダメだね。暑い時はどうやったって暑いわ。もう汗だくだく。
 それにうどんに芯が残っててさ。やっぱしっかり煮込まないとダメだね。

一郎「って、本当にうどん食ってんじゃねーよ。そりゃ暑いに決まってるだろ」

 えー、でも暑くて食欲がないからって食べないでいると夏バテするしなぁ。

一郎「だったら味噌煮込みじゃなくてざるうどんにでもすりゃいいだろ」

 そこが素人の浅はかさ。味噌煮込み用のうどんは普通のより太くてコシが強いの。だから煮込んでも煮くずれないってわけ。
 つまり味噌煮込み専用。こうして食えば分かる。ズルズル・・・うーうめぇ!でも熱いっ!

一郎「だから食うなってのに」

 それはそれとして久しぶりだね、一郎。

BSデジタルねぇ

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 今月のNHKBS?2の注目は、モデルアニメーション(人形アニメーション)の巨匠として名高いレイ・ハリーハウゼン特集だ。
 有名な『シンドバッド』シリーズや『アルゴ探検隊の大冒険』(1963)、そして『地球へ2千万マイル』(1957)という日本未公開作品までやる大盤振る舞い。
 最後の作品となった『タイタンの戦い』(1981)がないのがちょっと残念だが、あれはDVDにもなってるのでまぁよしとするべきだろう。
 “最後の作品”ったって、ハリーハウゼンってまだ健在だったけか?『ビバリーヒルズ・コップ3』(1994)のバーのシーンにゲスト出演してたが。
 ちなみに『ビバリーヒルズ・コップ3』の監督は映画関係者を出演させるのが大好きなジョン・ランディス。ちなみに本人自身も出たがり。

 『タイタニック』や『千と千尋の神隠し』などは民放やレンタルビデオ屋にまかせておいて、やはりNHK?BSはこういった今ではなかなか観られない作品を大事にしてもらいたい。
 とりあえず、今月の映画に関してはBS?2がWOWOWに圧勝。
 WOWOWも2や3も含めればいい勝負になるんだが、わたしの部家では1しか観られないんだよね。ゲーブルテレビなんで、セットトップボックスというデジタルチューナーを付ければいいんだが、その利用料が月1,000円もかかる上に「料金管理や視聴者参加番組への参加等が出来る機能を採用しているため電話回線接続が必要です」とか言いやがんの。携帯電話があるので部家には有線電話引いてないんだよ・・・
 そもそもデジタル化の宅内工事費が30,000?50,000円かかるっていう。工事となるとわたしの部家だけの問題じゃなくなってくる。
 BSフジなどの民放のBSデジタルには魅力を感じないので、そこまでする必要があるのかっていうと個人的には疑問。
 地上波デジタルになったらまた工事が必要とか言われてもイヤなので、まぁ当分は見送りで様子見だな。

3000万ドルを使い切れ

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 メジャー・リーグ選手の年俸などがとても大きい時に天文学的金額と表現することがある。
 『ターミネーター3』(2003)でのシュワルツェネッガーの出演料が3000万ドル(36億円)というから、こいつも天文学的金額だ。
 しかし、何も大きい数字ばかりではなくて、1や10だって天文学で使う数字ではないだろうか。
 つまり、ガリガリ君1本60円だって天文学的金額であるはずだ。もちろん、うまい棒1本10円だってそうだ。
 そこまで金額を小さくしなくても、そこらを歩いているサラリーマンのお兄ちゃんの給料だって充分天文学的金額だ。
 中には、物欲に支配されていてサイフの中がブラックホールな人もいるが。
 うむむ、わたしのサイフの中でビッグバンが起こってくれないだろうか?
 と思って花火を仕込んで火を付けてみたらサイフが吹っ飛んじまった。うわーん、新しいの買わなきゃ。収支マイナス方向へ修正、ワープ0.3。

 それにしても、シュワルツェネッガーは36億円もなにに使うのだろうか。もちろん税金とかはかかるので手取りはそれよりも少ないだろうけど。
 邸宅(5億円)に車(500万円)に服など一揃え(200万)に、あとは電化製品?冷蔵庫壊れてるし。うーむ、あまり思いつかん。欲しいDVD全部揃えるといっても数百万円で収まりそうだ。困ったな、まだ数十億残ってる。
 金の使い道に困るといえば『マイナーブラザース 史上最大の賭け』(1985)は遺産相続の条件として1ヶ月で3000万ドル(36億円)を使い切るという映画だった。偶然にもシュワルツェネッガーの出演料とちょうど同じだ。
 家や美術品など形に残る物を買ってはいけないというルールなので、相続人のリチャード・プライアーとその相棒ジョン・キャンディが使い道に四苦八苦していた。
 ホテルの最上階をフロアごと一ヶ月借り切ったり、二人はマイナー・リーグのピッチャーとキャッチャーなので無理矢理メジャーのチームと田舎球場で対戦したりと、ひたすら浪費につぐ浪費。
 ただ浪費の爽快感があまりないのと笑えないのは、監督のウォルター・ヒルがあまりコメディには向いてないからだろうか。

 ちなみに日本ではありがたいことに、国民が浪費の爽快感を味わうために自らのサイフを痛めないでもいいよう、政府やお役所が代わって浪費してくれる。
 なんちて。

  ラグナロクオンラインはあっさり挫折してしまったわたしだが、MMOゲーム(大規模多人数オンラインゲーム)にはまだ興味がある。
 ネットワーク上に一つの世界があって、そこにいるキャラクターたちは誰かの分身で、自分もそこで冒険したり商売したりというのは面白そうだ。
 重要なのは世界観と細部のディテールだと思うのだが、ラグナロクの場合そこにわたしが馴染めなかった。
 何か面白いのないかなと思って探してみたが、正直どれも似たりよったりだった。

 でも、実は私たちの暮らしているこの世界が、より上位の世界によって作られたMMO世界で、わたしたちはそこの人々に操られているだけだったりして。
 映画『マトリックス』シリーズにもちょっと似てますが、あちらはコンピューター上の仮想現実であるマトリックスにその人間の人格そのものが暮らしているのでちょっと違う。
 MMOの場合は、育て方と間違えたからとあっさり削除されてしまったり、プレイヤーが飽きて途中で止めてしまわれたりします。
 いや、プレイヤーキャラならまだいいんで、実はNPC(ノン・プレイヤーキャラクター)だったりするとかなりイヤです。

 そういえば、フレドリック・ブラウンの短編に、騎士や僧侶そして女王などが敵と血みどろの戦いを繰り広げていて、最後には地面がグラグラっとして傾いたなと思ったらみんなチェスのコマの箱に落ちていくというのがありました。
 現実の戦いだと思ったら実はチェスだったってことです。
 なかなか「うむむ」とうならせる出来なのですが、騎士にナイト、僧侶にビショップなどとフリガナが振ってあるので序盤ですでにオチが読めてしまうのが難点です。
 『糸井重里の萬流コピー塾』(*)の“将棋”の回では、「なぁ桂馬、ひょっとしてこんなことは全部ゲームじゃねぇのかな」という名コピーがありました。(記憶で書いてますので細かい点が違ってるかも知れませんが)フレドリック・ブラウンが数ページを費やしたテーマを、たった一行で表現してしまうとはさすが俳句の国の人です。
 しかし今の糸井重里には、なんかバス釣ってる人っていうイメージしかないですね。コピーライターという本来は裏方の職業に異様な注目が集まったのも、今思えばバブルのせいだったんですかね。いや、知らんけど。

*コピーライター糸井重里が週刊文春で1980年代半ば?後半にかけて連載していた読者参加コーナー。通称、糸萬ピ。
 家元糸井重里が提出したお題(“将棋”、“烏龍茶”など)にコピーを募集し、読者がハガキで応募する。送られてきたコピーに対し餅(0点)、毒(0.5点)、梅(1点)、竹(2点)、松(5点)の順で点数が付く。「なぁ桂馬?」のコピーはもちろん松。
 わたしが読み始めたのはおそらく病院の待合室などで週刊文春を手に取ったのが最初。以降、高校生なのに週刊文春を購読していた。

 『夕陽のギャングたち』のDVDが10月24日に東宝から4,800円で発売されるそうで。今回は通販のみではなく一般流通なので店頭でも買えます。
 そんなぁ?、この間9,800円で買ったばかりだよ、わたしは。かなりがっくしだぁ。
 もっとも、10月24日の方は156分イタリア語の完全版一枚だけなので、9,800円にあった150分英語・日本語吹替版がないから半分の値段といわれると少し納得。

 高校時代に観た『ターミネーター』(1984)、大学時代に観た『ターミネーター2』(1991)、そして今年の『ターミネーター3』(2003)。
 ターミネーターシリーズとの付き合いもなんのかんのでおよそ20年になるわけです。
 とりあえず3はおいておくとして、1と2のどちらが好きかといえば圧倒的に1。低予算(アメリカの娯楽映画としてですが)など限られた条件の中で、あれやこれやと頭を絞ったアイディアの連打で観客をノックアウトする。やっつけたと思ってもひたすら復活して襲いかかってくるターミネーターにはわくわくさせられたもんです。
 2は一気にゴージャスになって派手な映像やアクションを展開してくれます。しかし中途半端なヒューマニズムが映画全体を支配している点など、どうも個人的にはちょっとなって感じです。
 なんというか、キャビアやらトリュフを使った一杯1万円のラーメンを出されたとして、はたしてそれは美味しいのかどうかってことです。美味いには美味いかも知れませんが、それはすでにラーメンじゃない気がします。ラーメンは5?600円、高くても800円ぐらいだから美味しいんじゃないでしょうか。
 未来で人間と機械の戦いを描くと金がかかるから舞台を現代にする。ターミネーターの見た目がロボットだとSFXやアクションも大変なので人間そっくりにする。未来の武器も同じような理由で持ってこれないことにする、などなど。『ターミネーター』の基幹的アイディアはB級SF映画のそれであって、なにも無理して大作にするこたないと思うのですが。

立体映画でいこう

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  『スパイキッズ』の三作目のタイトルは『SPY KIDS 3?D:Game Over』だそうで、その名の通り3D映画のようです。
 3D映画というのもずいぶんと久しぶりでして、『ジョーズ3?D』(1983)や『13日の金曜日3』(1982)あたり以来になると思います。
 およそ20年振りの3D映画ってことですな。
 もちろん、ディズニーランドにあった『キャプテン・イオ』やUSJの『ターミネーター2:3?D』などテーマパークに3Dムービーは付きものですが、一般劇場用の劇映画ってことで一つ。

 わたしが初めて観た3D映画は東映まんが祭りでやっていた短編『人造人間キカイダー』です。3D映画というより立体映画って呼んでた頃の話ですな。
 現在のような偏光フィルターではなく赤青のセロハン眼鏡でした。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でビフの子分がかけてたようなやつです。
 おまけに全編3Dではなく、戦闘シーンの前になると「さぁ、眼鏡をかけよう」とか言ってその間だけ3Dになってました。
 まぁ、“3D”の上に“赤青”ときてはかなり目が疲れますのである意味正解かもしれませんけどね。ピカチュウパニックみたいになってはえらいこってす。

 『スパイ・キッズ』は割と好きなシリーズなんで、公開されたら観に行きますが、問題は3D映画としてやってくれるかですな。
 『スペースハンター』(1983)なんてのもありましたが、こいつは日本では普通の2D映画としかやってません。アルフレッド・ヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ!』(1954)も2Dとして公開されと聞きます。わたしはビデオで観たので当然2Dです。
 DVDやビデオで3Dはないですから、劇場に期待するしかないわけで、ぜひとも3Dでの公開を望むところです。っつーか、やれ。

 そういえば、その昔レーザーディスクと張り合って見事敗北したVHDは機種によっては3D機能を持ってましたな。
 本体と眼鏡はケーブルでつながっていて、眼鏡の液晶シャッターを画面と同期させる方式のやつ。眼鏡がでかくちょっと重かった。
 機能的には割と良かったんでしょうが、なにぶん3Dソフト自体が少なかったですから、シェア拡大につながったのかは不明です。

 と、3D映画について語ってきましたが、実を言うとわたしってあまり3Dに見えないんですよね。
 『キャプテン・イオ』でも一緒に観た知人は「すっごい飛び出してた。目の前にあるみたいだった」と言ってましたが、わたしにはスクリーンから浮き出てるぐらいにしか見えないんですよね。
 立体感って個人差があるんでしょうか?実際にあるものを見る場合には目の間の距離なども関係ありそうですが(目が離れている方が立体感が強くなる、はず)、3D映画の場合はフィルム上ですでに左右のイメージになっていますし。それと、左右の視力もほぼ同じなんですけどね。なんか、ちょっと損してるって感じ。ぐっすし。

 うぉぉぉぉおうっ!9月の26日にパラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパンから『トップ・シークレット』(1984)のDVDが発売になるぜっっ!
 『トップ・シークレット』といえば、1985年に『ビバリーヒルズ・コップ』の同時上映としてついでに観たわたしの脳天を巨大ハンマーのようにぶん殴った作品です。
 極端なことを言えば、それまでわたしが持っていた映画という固定観念を吹き飛ばした作品でもあり、いまだにMy Most Favorite Movieの座を占めています。

 バカですみません、とか、バカやってますが、といった卑屈なバカではなく、自らの行いに何の疑念も持たない誇り高きバカ。
 人の評判を気にしたり常識にとらわれずに、ただつき進むバカ。ふざけずに常に真剣にバカ。
 そんなバカに憧れた毎日をおくっていたら、1992年の大学卒業時にサークルの後輩からもらった寄せ書きの色紙に、「あなたはほんとにバカでした。卒業しても就職しても、今のままずっとバカでいて下さい」と書かれてしまった。普通、書きませんよこんなこと。
 あと、「7月4日に生まれては、やっぱりいいですよ」とも書いてある。普通、書きませんよこんなこと。よっぽと手ひどくオリバー・ストーンをとっちめたんでしょう。とっちめたといっても本人がいるわけはないので、7月4日支持の後輩をとっちめたんでしょうな。イヤなヤツですね。でも、オリバー・ストーンは今でも嫌いですし、わたしも先輩からとっちめられました。ちなみにこの場合の”とっちめる”とは”論破する”ことです。

 その『トップ・シークレット』がわずか3,980円で手にはいるとわっっ!さっそくDiscStationで予約だっ!
 今回のソフト化では日本語吹替音声も収録されるらしい。パラマウントのページだと(未定)になっているのがちょっと危険な感じですが、ぜひとも日本語でも『トップ・シークレット』を堪能してみたい。テレビでは放映った覚えがないので、英語音声でしか観たことないんだよね。ただ、本屋におけるドイツ語のシーンをどうするのかが問題だが。(このシーン、英語でしゃべっているのを撮影しそれを逆回しにするとあら不思議、ドイツ語に聞こえるっ!ってやつです。ちなみに日本語は逆回しにすると韓国語っぽく聞こえます)
 そのうち2,000円ぐらいの期間限定廉価版が出るんじゃないかという一種の恐怖はあるが、それを待っているうちに廃盤になっていたという恐怖の方が大きいので初回で入手。
 さぁ、僕も買うから君も買え。一家に一本『トップ・シークレット』、いや今の時代一人に一本『トップ・シークレット』
 今年の9月は『トップ・シークレット』タイフーンが襲ってくるぜっ!

 連休中は近くのビデオレンタル屋が旧作1週間レンタル190円だったので、ごそっと借りて観ていた。
 ジャッキー・チェンの初期作品がジャッキー・コレクションとかいうDVDシリーズになっているので何本か借りた。
 『少林寺木人拳』『天中拳』『蛇鶴八拳』『拳精』『笑拳』『龍拳』『必殺鉄指拳』
 懐かしーっ。
 昔はなにかっつーとテレビでやっていたものだが、最近ではとんと放映されなくなってしまった。
 『少林寺木人拳』なんか、中学の頃よくマネしたものだ。
 えっ、どうやるかだって。ずらりと左右に木人役が並んでキックやパンチを繰り出す。そこに気に入らない奴をジャッキー役として放り込んでボコボコにする・・・ってのはいじめなんでやめよう。
 かなりのん気な少年だったので、そんないじめな『木人拳』ごっこはしなかった。したのは『ガントレット』ごっこ。ずらりと左右に並んだ警官役が、中を通り抜けようとするイーストウッド役に拳銃・ライフル・ショットガンなどを乱射するという・・・いじめ以前の問題だな。これもやってない、念のため。

 このジャッキー・コレクションには日本語吹替も収録されている。広東語は分からないのでうれしい仕様だ。まぁ英語でも分からないのだが。ただ、ジャッキー役が石丸博也でないのが残念。
 今回のソフト化に際して新録された音源のようなので仕方ないのかもしれないが、ここはぜひとも石丸ジャッキーでお願いしたかった。多少予算がかかってもしょうがないじゃない。それでソフトの値段が上がっても消費者は納得するよ、うん。ま、わたしはレンタルだけどね。
 なんといっても20年ぐらい前からず?っと、ジャッキーといえば石丸ヴォイスで慣れ親しんでいるのだ。おかげでジャッキーが広東語や英語の肉声で話していても、耳から頭の間で自動変換されて石丸ヴォイスになっているぐらい。だったら新しい日本語吹替の声も変換すればと思うかも知れないが、かえって日本語→日本語変換は難しい。
 新録の人も声質なんかは石丸氏に似ているし下手ではないんだけどね。栗田貫一ルパンとどっちを支持するかと言われると新録ジャッキーだし。
 ただなぁ、やっぱなぁ。

 電卓についている√のキーって押したことないよなぁ。
 そもそも√自体が日常生活では使わんもんなぁ。
 “ひとよひとよにひとみごろ”とか“ひとなみにおごれや”とか、何の役に立つんだろうか。
 サイン・コサインなんてのはもはや単語としてしか覚えていない。いったいどーゆーものだったかなぁ。
 でも円周率πは3.14ってのはさすがに覚えてる。
 そういえば桂三枝が『面積・ア・ゴーゴー』という曲を歌っている。
 「三角形の面積は底辺×高さ÷2、ワォ」なんてのが延々と続く、実用的なのか実用的じゃないのかよくわからない曲だ。
 数学のテストで円柱の公式を思い出すために、この曲を使っていたら、先生に「テスト中に歌ってるんじゃない」と怒られたんで、やっぱ実用的じゃなようだ。
 さすがに歌ったってのはウソだけどな。

王様は裸だーっ?

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 王様は裸だーっ!

 「うぬ?そんなこと言ってもな、ここは風呂場だぞ」

 あー、そうか、ごめんなさい。

 王様の耳はロバの耳ーっ!

 「うぬ?そんなことを言ってもな、ここはロバの国だぞ」

 あー、そうか、ごめんなさい。

 王様のアイディアーっ!

 「うぬ?それはたんに店の名前だぞ」

 あー、そうか、ごめんなさい。

 では、つけめん大王ーっ!

 「それも店の名前だというのに」

 カレーの王子様?

 「それはS&Bの商品名であろう」

 そうそう、おもしろ全部(おもしろ半分の進化形)で『カレーの王子様』を食ったことがあるが、黄色いシチューといった感じだった。子供向けに辛さをおさえるといってもほどがあるだろうに。
 ま、今日最後の言葉としてはレモンカレーだな。

 「また、わけのわからんことを・・・」

『夕陽のギャングたち』(1971)のDVDが出ていたのは知っていたのだが、発売元がメジャーな会社ではない上に通販のみというのがどうにも不安で手を出せずにいた。9,800円も出して、クソみたいな画質とかだったら困る。
 しかし、悩んでいてもしょうがない。気が付いたら廃盤になっていて二度と入手不可能となってはもっと困るので、思い切って申し込みをした。
 そして、届いたのは・・・
dynamite.jpg

 って、木箱入りかよっ!

 お前は“国産マツタケ”かっての。八百屋の平台の一番良い場所にふんぞり返るようにして置かれてるのかよ。
 いっそのこと箱根寄木細工になっていて、パズルを解かないと箱が空かないって趣向ってのはどうだ。
 とりあえず現在のは普通のフタなので簡単に開く。木箱の中にはDVDパッケージが二つとブックレットが入っている。
 DVDの一つはオリジナル版(英語・日本語吹替)でもう一つは完全版(イタリア語)。日本語吹替は今回のDVD化に際して新録されたもので、ジェームズ・コバーンの小林清志がカッコいい。
 画質はまあまあ。150分収録と長目なのを考えると充分合格点だろう。
 開けてみると9,800円もしょうがないかな、とったところだ。でも高いけどね。

 久々に観る『夕陽のギャングたち』は、やはり、いい。
 アイルランド独立運動でテロリストとして戦い今はメキシコで死に場所を求めるジェームズ・コバーンと、単に銀行を襲いたかっただけなのにいつの間にか革命の英雄に祭り上げられていくロッド・スタイガー。ダイナマイトの爆発と撃ちまくられるマシンガン。
 そして響くは「ショ?ン、ション、ション?♪」

火薬とか作ってた青春

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 手製の爆弾で十数年前の高校時代のイジメに対して復讐しようとした男がいたそうですね。
 かくいうわたしも中学時代に黒色火薬や綿火薬を作ったことがあります。

 当時、科学部に所属していたわたしは、王水を作ったり花粉と顕微鏡でブラウン運動を観察したりと、サイエンスライフを満喫しておりました。
 で、薬品棚から硝酸カリウムを見つけ出しまして、思わず炭素と○○を混ぜてしまいました。(ここで作り方を知ったということになると困るので念のため伏せ字にしときます。百科事典などで調べればすぐにわかるものですが)
 すると、不思議なことに黒色火薬が出来上がっているではないですか。いや、不思議ではないですね。単なる薬品の調合です。
 作ったといっても極少量、10gぐらいだったでしょうか。金属製のお盆の上にそのまま置いて、爆竹の導火線経由で火を付けたんですが、パッと一気に燃えました。
 導火線を使ったのは万が一に備えて、燃焼時の火薬から距離をとるためです。それなりに安全を考えていたんですな。
 火薬を作ってる時点で安全じゃない気もしますが。ちなみに先生には内緒で作りました。

 綿火薬は硫酸と○○を混合した液体に脱脂綿に漬けた後乾燥させて出来上がり。
 火を付けると、こちらも炎を上げて一瞬で燃え尽きます。
 手の上で燃やしてもほとんど熱くありません。これは手品でもよく使われております。

 どちらの燃焼実験も火薬の量や類焼に気を付けて行えば本来大きな問題はないものだと思います。
 かえって、実験前の調合時や保管時の方が危険かもしれません。静電気などの火花や温度の上昇で発火する場合がありますから。
 それから、密閉容器に詰めるのは大変危険です。下手をすると燃焼時に一気に発生したガスで容器が破裂して吹き飛び危険なので止めましょう。
 手榴弾だって爆発そのものよりも、中に仕込まれたベアリングや容器の破片が飛び散って敵を傷つけるのです。パイナップル手榴弾の表面に板チョコ上の割れ目が入っているのはそこから割れて金属片にするためです。たぶん。
 とあるマンガで、テロリストから奪った手榴弾の爆風で自分を吹き飛ばして難を逃れるというのがありましたが、たぶん全身ズタズタになるだけなので止めときましょう。

 わたしが火薬を作ったのは、別にイジメの仕返し用ではなくて純粋に科学的好奇心からです。
 そもそもはジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』で、“砲弾を月まで打ち上げるには黒色火薬では威力が足りないので綿火薬を使うことにした”、というのを読んで「綿火薬って何?」と思ったことからです。
 疑問に思ったことを調べ、そして実際に実験して自分の目で確かめてみる。うむむ、中学の頃は理系少年だったんですなぁ。

CGとスタントと安全性

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 建物から人が飛び降りる。
 こういったシーンが必要になった場合、
 1.飛び降りる人(画面には映っていないが下にはマットなどが敷かれている)。地面に倒れている人。と2つのカットに分けて撮るか、
 2.人間の代わりに人形を落として、地面に落ちるまでを1カットで撮る
 というのが普通だった。
 本物の人間自身が飛び降りそのまま1カットで地面に叩きつけられるというのは、スタントの安全性を考えると非常に難しいショットだからだ。
 その点、『プロジェクトA』(1984)における時計台からのジャンピングはすごかったわけだが、あれだって二枚の日よけで落下速度をゆるめているし、よく見ると地面を掘ってマットが(かなり薄いものではあるが)が埋めてあるようだ。
 もちろん、あのスタントは映画史上に輝くものであるのは揺るぎない事実である。だが、いくらジャッキー・チェンでも下がアスファルトだったらどうだろう。ただではすまないはずだ。下手をすれば死んでしまう。
 と、そこに黒沢清の『回路』(2001)が出てくる。

 あの世からあふれでた死によって世界が浸食されていくというホラーだが、中盤に注目すべきジャンピングスタントがある。
 10メートルほどの円筒形のタンクに登った女性が飛び降り、落下し、そしてアスファルトの地面にドサッと叩きつけられる。
 このシーンが建物全体をカメラ固定でとらえた1カットで撮影されているのだ。劇場で観た時にはかなりドキッとしたシーンである。
 興味を持ったので調べてみたところ、このスタントにはCGが深く関わっていた。
 まず、女性スタントマンにバンジージャンプのように伸縮性ロープ付きで飛び降りてもらう。
 次に、女性と同じ服装の人形を建物から落とす。
 このまま二つのカットをつなげただけだと一目でばれてしまうので、コンピューターで処理して1カットに合成し女性のロープを消す。おそらく、モーフィングみたいに女性から人形へとつなげているのだと思う。
 つまりは冒頭で説明した1.と2.の手法をCGによって組み合わせて、安全になおかつ観客を驚かせるスタントを実現させたのだ。

 スタントシーンは、観客にとっては手に汗握るハラハラドキドキであるが、撮影現場では極力安全な物であるべきだ。
 その上で、スタントシーンにおけるCGの導入は、それが効果的に使われる場合において、安全性と画面効果に向上をもたらすものだろう。
 たとえば戦争映画の戦闘シーンにおいて、迫撃砲などが炸裂する中、兵士が突撃していく。この時、実際の爆発は小さなものにしておいて爆炎や爆煙をCGで処理すれば、役者・スタントマンへの負担は軽減できる。

「淀川さんが最後まで認めなかった映画表現は、「コンピュータグラフィックス」による映画表現でした。コンピュータグラフィックスを使えば、だれも傷つかず痛みのない殺りくシーンや、はでな爆発シーンが撮れます。僕たちの映画製作は、常に人の死と隣り合わせで行われています。その為に努力して自らの命をかけて、その彼らの人生に向けて「ヨーイ、スタート」と声をかけています。それは俳優の人生に向ってかけているのです。OKとはなにか。スタントマンが無事に着地し、彼の演技、そして人生をたたえてOKを出す。そのOKが喜びにつながっていくのです」
 と講演で語って頭の悪さを露呈した某大林監督がいるが、そんな監督の自己満足の“OK”のために、不必要な危険にさらされる役者・スタントマンがいるとしたら、それは犯罪の一言だろう。
 「自らの命をかけて」といってもかかってるのは他人の命。某大林自体は安全なところで「ヨーイ、スタート」「はい、OK」といっているだけ。
 偉そうなことをいうまえに時計台から飛び降りてみたらどうだろうか。ジャッキーはやった。
 重要なのは現場じゃなく、あくまでも画面。自主映画じゃあるまいに、現場の人間が満足するために映画を作ってるんじゃなくて、観客を満足させるために映画を作ってるんだろうに。同じ画面が安全に作れるなら、その方法を模索するのも“監督”の仕事なのだが。

  路上にハザードランプを付けただけで堂々と駐車している車を見るようになったのはいつからだろうか。
 おそらくは、宅配便業者(*)などが始めた方法なのだと思うが、今では一般の車でも平気でやるようになってしまった。
 銀行の前、役所の前、あと割と多いのがクリーニング屋の前。来客数に比べて駐車場が少ないところがやはり多いようだ。
 駐車した人は「ほんの少しの間だから」と思っているのだろうが、わずかの間でも交通の妨げになっていることは事実だ。
 もしも、そのせいで交通事故が起こったとして、その人は責任を取ってくれるのだろうか。ハザードランプは免罪符ではない。
 そもそも、『バイオハザード』でわかるように、“ハザード”ランプは研究所員が全員死んでさらにゾンビになって襲ってくるぐらいの、かなりの“危機”に瀕した時しか使ってはいけないのだ。
 まぁ、そんな事態はごくまれにしかないだろうが(まれにはあるのかよっ)、買い物中の駐車合図ではないことは確かで、あまり気楽に使って良いものではない。
 しかし、今さらこのことを運転者のモラルに訴えてもあまり効果はないだろう。

 そこで警視庁、国土交通省、そして自動車業界に提案だ。
 ハザードランプにプラスチックのカバーを付け、それを押し破らないと押せないようにしてはどうだろうか。
 火災報知器のボタン式というか、『科学忍者隊ガッチャマン』の“科学忍法火の鳥発動ボタン式”にするのだ。(古いネタですまんのぉ)
 もちろん押す時には「必殺ハザードランプっっ!」と“大声”で叫ばなければ点灯しないようにしておく。
 これならば安易な利用が減って、運転中に急に気分が悪くなったとか、エンジンがトラブルを起こした場合にしか使われなくなるのではないだろうか。
 ぜひとも検討してもらいたい、ような気がしないでもない。

 *:現在、宅配便のトラックの駐車マナーはかなり良いように思う。マナーが悪いのは一般輸送の貨物トラックだ。
 店の前に停めて荷の積み降ろしをしているトラックや、昼飯時のコンビニの前に停まっているトラックなどは、図体がでかい分より一層危険だ。ただ、前者の場合は作業用駐車スペースを確保していない店側の責任でもあるし、後者の場合はトラックを停めて休憩や買い物をする場所が少ないせいでもあるのだが・・・
  日本の貨物輸送はトラックに依存しすぎだろう。鉄道・船舶輸送はもっと活用できるんじゃないだろうか。

あーあ・・・

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「日はまた昇る」っていうけど、昇ったって事は「日はまた沈む」わけだよな。あーあ。

「やまない雨はない」っていうけど、雨が降らなくてずっと晴ればかりだとついには砂漠化だろ。あーあ。

「死ぬ気でやってみろ」っていうけど、死んだらまずいだろ死んだら。あーあ。

「1年生になったら、友達100人できるかな」っていうけど、できるわけないだろ100人も。あーあ。

「人事を尽くして天命を待つ」っていうけど、会ったこともない天のやることなんて信用できないだろ。あーあ。

「心頭滅却すれば火もまた涼し」っていうけど、熱いもんは熱いっつーの。あーあ。

「ミー、ターザン。ユー、ジェーン」っていうけど、本当はターザンって貴族の息子でインテリなんだよな。アーアー。

昔話の謎

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  謎と言えば『鶴の恩返し』も謎だ。
 鶴は自分の羽を抜いてそれで反物を織っていたというが、鶴の羽じゃ反物は織れないだろ。
 反物は、木綿か麻、高級なのだと絹などの繊維で織る物だ。
 羊の毛などの毛織物の可能性もあるが、羽では難しいだろう。それに日本で毛織物が一般的になったのは明治以降だそうだし。
 そこらへんはっきりして欲しいものだ。責任者でてこい。

 『かちかち山』も謎だ。
 ラストで泥船に乗ったタヌキは船と一緒に川底に沈んでいくのだが、タヌキは泳げるだろ。
 そもそも、タヌキを殺すのが目的だったら、背中に背負った薪に火を付けたり、火傷にトウガラシを塗ったりする必要がわからない。
 ひょっとしたらウサギは単にサディストで、お婆さんの敵討ちを名目にタヌキをいたぶって快感をおぼえていたんじゃないだろうか。
 お爺さんもめそめそしてないで、関係ない第三者に任せないで自力で敵討ちしろよ。まったく情けない。ポール・カージー(チャールズ・ブロンソン)を見習え。

 『サルカニ合戦』も謎だ。
 母カニが死んだのは気の毒だが、敵討ちに行くのにハチ、栗、臼、牛のクソと何人もの手を借りるのは卑怯だろ。
 たとえ敵わないと分かっていても一人で復讐に向かってこそ男だ。
 そもそも、よりによって牛のクソなんかに手伝ってもらって、母カニが成仏すると思うのか。

 『わらしべ長者』も謎だ。
 いくらなんでも一本のわらがお屋敷にはならないだろ。
 真面目に働け。

 『三年寝太郎』
 寝過ぎだろ。

狼は異常者か

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 昔から疑問だったんだが、『赤ずきん』で狼はなぜ最初に出会った時点で赤ずきんを食べてしまわなかったんだろうか。
 場所は森の中、赤ずきんは一人きりであたりには目撃者もいない。もちろん監視カメラもない。絶好の機会だ。目の前にいるんだからパクリといっちゃえばいいだろうに。
 しかし狼は赤ずきんから行き先を聞き出すと、わざわざ先回りしてまずはおバアさんを食べてしまう。そして、おバアさんに変装して赤ずきんを待ちかまえるのだ。どう考えても余分な手間だ。

 ひょっとしたら狼の目的は空腹を満たす事ではなく、あれこれ知恵を絞って犯罪を計画しそれを実行する事だったのかもしれない。
 赤ずきんに「おバアちゃんの耳はどうしてそんなに大きいの」などと尋ねられ、「それはお前の声をよく聞くためだよ。口かい?それはね、お前を食っちまうためだよ」と徐々に怖がらせていくのも、それで喜びを得ていたのだろう。いかにも異常犯罪者の行動っぽい。
 以上の点から、狼の正体はロリコンの性的犯罪者だったと推察できるわけだ。

 ただ、ありがちな推察なんで、これって多分ありふれた説なんだろうなぁ。一応、自分で思いついたんだが。
 しかし、赤ずきんも自分のおバアちゃんぐらい一目で見分けろよ。ひょっとしたら赤ずきんは極度の近視だったのかもしれない。うん、これは新説だな。

アレックス・コックスのデビュー作『レポマン』(1984)のDVDが発売されたので購入。
 とにかくイカれたイカしたパンク・ムービーで、エミリオ・エステベスが実にバカでかっこいい。エステベスをレポマン(ローン未払い車回収業)の道に引き入れるハリー・ディーン・スタントンも名演だ。
 数年ぶりの『レポマン』はやっぱり面白かったのだけれども、一つ問題がある。字幕だ。
 細かくチェックしたわけではないが、いくつも誤植がある。例えば「母親のなってくれ」というセリフがあるが、これは「母親になってくれ」の間違いだろう。
 誤植ならまだいい。映画の冒頭で失業し彼女にも裏切られたエステベスが、テレビ番組のタイトルが連なった歌を一人口ずさむシーンがある。そこに出てくる『ダラス』『ジェファーソンズ』『フリントストーン一家』という番組名はまぁ分かる。

 だが、『土曜よるライブ』って何よ?

 こいつは無理に日本語訳にしなくて『サタデー・ナイト・ライブ』のまんまでいいだろ。
 せめて“よる”を漢字にしろよ漢字に。『土曜夜ライブ』・・・んーこれもなんだかなぁ。
 いっそのこと全部漢字っ!『土曜夜生放送』っ!・・・ババンババンバンバン、ハービバノンノ♪オーッス!って感じだな。これじゃドリフだよドリフ。
 あと宇宙人のせいでいきなり降り出した雹に、ラジオのニュースが
  「この雹には科学者も首を振っております」
 振ってどうする。お前はご臨終を看取る医者か?それを言うなら「首をかしげております」だろ。

 『レポマン』はユニバーサル・ピクチャーズから発売されていて、日本語以外にポルトガル語、スペイン語、中国語など7カ国語の字幕が付いている。そして複製禁止の警告文も何カ国語かで延々表示される。
 そこで推測されるのだが、おそらく日本語への翻訳と字幕付けの作業を、日本ではなくアメリカで行っているのだろう。タイトル自体が、日本専用として作られているわけではなく、原盤は一つでリージョンコードだけ変えた物をプレスしパッケージングしているのだ。
 そしてアメリカで翻訳を行った人物および関係者が、日本語への映画字幕の翻訳に長けた人ではなく、そのために上記のような間違いが残ったまま商品化されてしまったというわけだ。
 なるほど、納得。って、自分の推測に自分で納得してどうするっ!

 ・・・案外、“日本語字幕:戸田奈津子”だったりしてな。


 一応注:『サタデー・ナイト・ライブ』・・・アメリカの有名なテレビコメディー番組。
 『ブルース・ブラザース』はこの番組内の音楽コントから映画化。セガ・サターン発売のCMにも出演していた『コーンヘッズ』もこの番組のキャラクターです。ついでのオマケに言っておくと『ウェインズ・ワールド』もそう。前者と後者じゃえらい差ですが。
 サタデー・ナイト・ライブ出身というと、他にはエディー・マーフィー、チェビー・チェイス、ビル・マーレー、ビリー・クリスタルなどがいます。最近だと『リーサル・ウェポン4』『9デイズ』のクリス・ロックもそうらしいですね。
 無名だが才能のあるコメディアンを登用し、人によっては人気が出て映画界などにいったり、人によっては芽が出ずに消えていったりと、つねにレギュラーが新人に入れ替わっていく方式です。なにやらモーニング娘。とやらはそれのパクリなんでしょうか。まあ娘なんざわたしにはどーでもいいんですが。
 ビデオで数回分だけ観たことがありますが、日本の番組で言うと『オレたちひょうきん族』が一番近いんでしょうか。コントの連続で番組を成立させるという点では『モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス』も似ていますが、あれはイギリスの番組だし。ともあれ、コメディと銘打っている割にはこれっぱかしも笑えない『コメディお江戸でござる』でないことだけは確かです。

 近所のイオンに生活用品の買い出しに出た。
 広い駐車場を歩いていると、一台の軽自動車が目に付いた。
 助手席のチャイルドシートには3?4歳の男の子が一人置き去りにされている。熱中症防止にだろうか、運転席と助手席の窓を5センチぐらいずつ開けてある。熱中症の防止にはなるだろうが、その隙間からどうかしてドアを開けたりされて誘拐されるなどは考えなかったのだろうか?
 気づいてしまった以上、そのままにしておくわけにはいかず、しばらくその場にとどまってしまった。だが、自動車の横につったっていたんではいかにも怪しいので、自動車を常に視野に入れつつ、なんとなく駐車場をウロウロしていた。
 待つこと数分、店の出入り口から一人の女性が小走りで自動車に向かっていった。おそらく二十代半ばぐらい、茶髪の女性である。
「あーあ、別に小走りにならんでも。歩こうが世界最速で突っ走ろうがもし何かあったとしたら今さら同じだって。子供がいなくなっていたり、意識不明になっていたりとか」
 近くに行って教育的指導でもしようかと思ったが、逆に不審人物として通報されても困るので、女性が自動車に乗り込むのを確認してその場をあとにしたわたしであった。

 っつーか、自分の子供を、いや他人の子供でもだが自動車の中に放置しちゃいかんっつーの。
 「短時間だから」とかほざくかも知れないが、『マイノリティ・リポート』のトム・クルーズなんかプールに潜って顔を出したらもう息子が忽然と姿を消してたんだぞ。よくもまあ混雑したプールから目撃者無しで水着姿の男の子を連れ出せたもんだ。ひょっとして犯人はルパン三世だろうか?いや、ルパンはそんなことはしないな。
 ともあれ、「親の責任として子供からは可能な限り目を離すな」というのがあの大作映画のテーマなのだ。

 違うかもしれんが。

 生き延びた人類がザイオンでゴチャゴチャ集まりアホのように踊り狂っているのを見て、「こんな奴ら滅んでしまえばいーのんじゃ!」というのが『マトリックス リローデッド』の一番の感想なんで、やっぱどうにも調子が悪いようだ。
 機械に征服された世界の片隅で必死になって生きてるんじゃなかったのかよ。ネオやモーフィアスが必死になって守っているのがこんな奴らでええの?栄枯盛衰ということで人類は滅んでしまってもいいところを、わざわざマトリックスなんて架空世界まで作って機械側ではケアまでしてくれてるというのに。こうなったら機械側にシンパシーを抱くぞ。いや、機械の側からはみ出してしまい、機械でもいられずかといって人間でもないエージェント・スミスにシンパシー。彼は鉄腕アトムであり人造人間キカイダーなのだっ!

黒澤明について考えた

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 黒澤明作品と出会ったの中学校で観させられた『影武者』(1980)である。なんてまぁつまらない映画だと思ったものだ。
 その後、高校生の時にテレビで『生きる』(1952)を観て、志村喬が「ハッピパースデー」の歌を背に喫茶店を出て行くシーンで泣いた。
 大学に入って名画座で『用心棒』(1961)を観て「なんて面白いんだっ!」と燃えた。ただ、同時上映の『隠し砦の三悪人』(1958)は、傑作の誉れ高い娯楽時代劇とされているが、わたしには大して面白くなかった。
 東宝が『七人の侍』(1954)を新ポスターを作成するなどして1991年に正式リバイバルしたので、今は無き知多東宝に当然のごとく観に行った。面白かった。面白かったが、この作品を日本映画の最高峰と言ってしまうのはいかがなものか?と、当時シネマ研究会4回生のわたしは思ったものだ。
 志村喬が仲間を集めていくくだり、三船敏郎など仲間の個性あるキャラクター、若い武士と農民の娘のラブロマンス、野伏たちとの戦いと様々な要素がみっちりとは207分途中休憩入りで詰まっている。スケールの大きな作品で「面白くて当たり前」なのだ。そして「面白い」でしかないのだ。
 人間性の奥深さとか情感とかはあまりない。ダイナミックな移動撮影はあるが、一枚の「美しい画」がない。役者の多くは大芝居で、“観客が感情移入”するのではなく、力業で“観客を感情移入”させている。
 日本映画を超えたと言われるが、日本映画として忘れてしまった部分もあるのではないだろうか。
 もし日本映画を代表する一本となると小津安二郎や溝口健二から選ぶと思う。いや意表をついて鈴木清順とか。

 思えば、黒澤明という人はB級映画監督としての素晴らしい才能を持っていながら、本人が望んだのか会社が望んだのかはたまた観客が望んだのかは知らないが、A級映画監督になってしまったあるいはならされてしまった人である。
 もしもB級映画の道をそのまま進んでいてくれたらなと思う。
 デビュー作『姿三四郎』(1943)で、池の中にいる三四郎が蓮の花が開くのを見て一種柔道の悟りを開くシーンの美しさはどうだろうか。その美しさを中盤からの黒澤はなくしてしまったように思えてならない。

 『用心棒』(1961)は作られたのは『七人の侍』(1954)よりも後だが、痛快なB級映画に仕上がっている。
 前者が『荒野の用心棒』(1964)、後者が『荒野の七人』(1960)としてリメイクされたことからもA級・B級としての違いが分かる。
 破格の制作費だった『七人の侍』の2億1千万円と比べるとおそらく安く出来ていると思う。ちょっと調べたがわからなかったのでアレですが。
 桑畑三十郎(仮名)の三船敏郎が宿場の状況を飯屋のオヤジ(東野英治郎)に尋ねると、オヤジは閉めきった鎧戸をあちこち上げては「あっちが清兵衛、こっちが亥之吉だ」と密室の中にいながら宿場を立体的に説明していくシーンのすごさよ。
 おそらくはこちらの方が黒澤本来の演出ではないだろうか。

 晩年に作った作品はアレだと思う。はっきり言えばつまらない。前述の『影武者』は学生時代に観直したがやっぱりつまらなかったし、『夢』(1990)は金取ってボケたジジィの夢観せんじゃねぇよだし、『八月の狂詩曲』(1991)はババァのグチと何しに出てきたんだかわかんないリチャード・ギアだ。リチャード・ギアはちゃんと内容を理解した上で原爆投下を謝罪するセリフをしゃべったんだろうか?ともあれ反核なら『はだしのゲン』を読んだ方がいいぞ。
 そして遺作となる『まあだだよ』(1993)には観終わった後で「もういいよっ!」と返してしまった。ジジィをみんなしてヨイショし持ち上げる映画を、ジジィが撮ってどーすんだよ。

 自らの素質と求められる物との差で黒澤は苦しんだのではないだろうか。完璧主義者として知られ黒澤天皇とも呼ばれたが、それは幸せなことだったのだろうか。1971年の自殺未遂の理由はどこにあるのだろう。・・・わたしは知らないが。