2011年8月アーカイブ

B0053AAEVC.jpg『ガリバー旅行記』(2010) GULLIVER'S TRAVELS 85分 アメリカ 20th CENTURY FOX

監督:ロブ・レターマン 製作:ジョン・デイヴィス、グレゴリー・グッドマン 製作総指揮:ジャック・ブラック、ベンジャミン・クーリー 原作:ジョナサン・スウィフト 脚本:ジョー・スティルマン、ニコラス・ストーラー 撮影:デヴィッド・タッターサル プロダクションデザイン:ギャヴィン・ボケット 衣装デザイン:サミー・シェルドン 編集:ディーン・ジマーマン、アラン・エドワード・ベル 音楽:ヘンリー・ジャックマン 音楽監修:デイヴ・ジョーダン
出演:ジャック・ブラック、エミリー・ブラント、アマンダ・ピート、ジェイソン・シーゲル、ビリー・コノリー、クリス・オダウド、T・J・ミラー、ジェームズ・コーデン、キャサリン・テイト、エマニュエル・カトラ、オリー・アレクサンデル

 この作品は3Dにする必要があったのかな。コンバート3Dな様で特に飛び出しも奥行きも感じなかったし、そもそもジャック・ブラックのシャワーシーンはドーンと出た腹を3Dで観る意味があるんだろうか。
 3D映画としての出来は今一つだが、映画そのものは面白かった。原作は『ガリバー旅行記』だけれども舞台は現在。新聞社のメール係のガリバー(ジャック・ブラック)が女性記者にいいところを見せたさにガイドブックなどから書き写しで見本の旅行記を書き上げる。その出来を気に入った女性記者はガリバーにバミューダトライアングルの取材を依頼する。そしてボートでバミューダトライアングルに乗り出したガリバーだったが、竜巻に巻き込まれ気がつくと小人国のリリパットにたどり着いていた。お馴染みのガリバーが縄で字面に縛り付けられているシーンが登場する。リリパットには軍隊がいるからこれが本当のリリパット・アーミーだ。
 最初はケダモノ呼ばわりされ、牢獄に手枷で繋がれてしまったガリバーだが、敵襲による火災から王様を救ったことから次第に信頼を得ていき将軍の地位にまで上り詰める。敵国の艦隊の砲撃をお腹の肉ではじき飛ばして壊滅させてしまったことで英雄となる。
 そして英雄となったガリバーは調子に乗って自らを大統領だとか、それまでの人生を『スター・ウォーズ』や『タイタニック』からパロって劇場で上映させたりもする。
 そうこうしている内にガリバーの友人ホレイショ(ジェイソン・シーゲル)がお姫様(エミリー・ブラント)と恋仲になり、ガリバーはホレイショの手助けをしてあげる。自分自身は女性記者に5年も思いを打ち明けられることがなかったというのに。
 ガリバーと敵対していたリリパット元将軍のエドワードが敵国に裏切り、ガリバーが乗っていたボートの雑誌に掲載されていたロボットの組み立て図によってR2-D2風のロボットに乗ってガリバーに戦いを挑む。最初はロボットの外観を見て舐めていたガリバーだが、このロボットは『トランスフォーマー』ばりに人型に変形してしまう。ロボットにあっさりとやられて自分の言ってきたことは嘘だと白状してしまうガリバーに民衆はガックリと肩を落とす。
 ガリバーは呪われた島に島流しになるが、そこは巨人が住む国だった。巨人の女の子に捕らえられ、女物のドレスを着せられてドールハウスに入れられてしまうガリバーを、ホレイショが勇気を振り絞って助けに来る。その頃、ガリバーが逃げ出したと思った女性記者が代わりにバミューダトライアングルの取材にきて竜巻に巻き込まれリリパット国に流れ着いていたのであった。
 原作の風刺はかなり薄くなっており、大人向けと言うよりは子供向けだろう。ジャック・ブラックが例によって大人になりきれていない負け犬男を演じていて、その点は評価できる。『スター・ウォーズ』や『タイタニック』、『アバター』などのパロディが含まれていて、マディソンスクェアー・ガーデンを模したリリパット国の街角には各種広告がガリバーのパロディになっている。
 ラストはロボットを倒し、戦争の無意味さを『WAR』を合唱して訴える。そしてニューヨークに戻ったガリバーと女性記者は成功を手に入れ、ガリバーは一歩大人になったのであった。新聞紙をモチーフとしたエンドロールはなかなか面白い。
 85分と尺も短いし期待して観る作品ではないが、それなりに面白かった。やはりジャック・ブラックはいい。

B000MR9APM.jpg『RONIN』(1998) RONIN 122分 アメリカ METRO GOLDEN MAYER、UNITED ARTISTS

監督:ジョン・フランケンハイマー 製作:フランク・マンキューソ・Jr 脚本:J・D・ザイク、リチャード・ウェイズ 撮影:ロバート・フラッセ 音楽:エリア・クミラル
出演:ロバート・デ・ニーロ、ジャン・レノ、ナターシャ・マケルホーン、ステラン・スカルスガルド、ショーン・ビーン、スキップ・サダス、ジョナサン・プライス、ミシェル・ロンズデール、カタリーナ・ヴィット、フェオドール・アトキン

 原題からして『RONIN』である。冒頭、字幕スーパーで浪人についての説明がある。仕える君主を失った侍が浪人となり、ある者は強盗になった。この物語の主人公である元CIAのロバート・デ・ニールらは仕える国を失い仕える組織も失ったRONINである。
 そんな彼らが何者かの代理人であるナターシャ・マケルホーンに集められ、とあるケース強奪を依頼される。その中には元SASを自称するショーン・ビーンがいるのだが、一見腕利きのように見えた彼はタダのアマチュアであり、そのメッキが徐々にはげていく様子が面白い。ここでデ・ニーロが本物のプロであることも分かる。ジャン・レノも渋くて良い。
 彼らは周到に用意をして、ケース奪還に成功するが、ハイテク機器担当が裏切り、ケースを持ち逃げしてしまう。このケースの正体が曲者で、最後まで中に何が入っているか分からないままである。マクガフィンというヤツだ。正体不明の物を敵味方して必死になって奪い合う。このケースの中身が最後まで分からないということが重要で、男たちが命を賭ける価値がある物なのか。それを説明するのは意味がない。
 銃撃戦と迫力のカーチェイスがこの作品の見せ場である。しっかり狙って撃っていくデ・ニーロとジャン・レノに対し、敵はむやみやたらと乱射してくる。そのせいで通りすがりの一般人にも犠牲者が出る。この辺りは好みが分かれるところだろう。個人的にはリアルで良いと思うのだが。
 カーチェイスはさすが『グラン・プリ』(1966)のジョン・フランケンハイマーだけあって徹底してこだわった出来となっている。カメラを地面スレスレにセットして舐めるように撮った映像に特色がある。ハイウェイで道路を逆走するところでは手に汗を握ってしまう。
 ロシア人やアイルランド人などが入り乱れ、誰が味方で誰が敵か分からない。基本的には自分たち以外はみんな敵でいいのか。でも仲間からも裏切り者が出てるしな。
 ナターシャ・マケルホーン以外はおっさんばかりの男くさい映画だが、登場人物がいちいち渋い。ジョン・フランケンハイマーの晩年の作品で、今見ると古くささも感じるのだが、オーソドックスという言い方も出来る。
 デ・ニーロは実は現役CIAエージェントで、IRAのジョナサン・プライスを捕まえることが目的だったというラスト。ということはデ・ニーロはRONINじゃなくてSAMURAIだったのか。
 途中で左脇腹を打たれたデ・ニーロがジャン・レノの友人のところに担ぎ込まれるシーンがあるが、この友人は四十七士のジオラマを作っている。ところが討ち入りしている四十七士が鎧武者姿。ここは日本人にはちょっと違和感があったが、欧米人への分かりやすさ重視ということなんだろう。

B004HO51SG.jpg『エンジェル ウォーズ』(2011) SUCKER PUNCH 110分 アメリカ/カナダ WARNER BROS. PICTURES

監督:ザック・スナイダー 製作:デボラ・スナイダー、ザック・スナイダー 製作総指揮:トーマス・タル、ウェスリー・カラー、ジョン・ジャシュニ、クリス・デファリア、ジム・ロウ、ウィリアム・フェイ 原案:ザック・スナイダー 脚本:ザック・スナイダー、スティーヴ・シブヤ 撮影:ラリー・フォン 視覚効果監修:ジョン・"DJ"・デジャルダン プロダクションデザイン:リック・カーター 衣装デザイン:マイケル・ウィルキンソン 編集:ウィリアム・ホイ 音楽:タイラー・ベイツ、マリウス・デヴリーズ 音楽監修:マリウス・デヴリーズ、タイラー・ベイツ
出演:エミリー・ブラウニング、アビー・コーニッシュ、ジェナ・マローン、ヴァネッサ・ハジェンズ、ジェイミー・チャン、オスカー・アイザック、カーラ・グギーノ、ジョン・ハム、スコット・グレン、リチャード・セトロン、ジェラルド・プランケット、マルコム・スコット、ロン・セルモア、A・C・ピーターソン、フレデリック・ド・ラコート、

 まず映画は実の母が娘たちだけに遺産を残したところから始まる。
 金が入らなくて困った継父は、妹を殺し姉を精神病院に送り込んでしまう。そして特別な患者としてロボトミー手術を受けさせられることとなる。
 と、ここまでは劇中劇で、舞台は買春も行っている秘密クラブへと移る。でもこれが精神病院で主人公の見た夢ととらえることも出来き入れ子構造となっているからややこしい。
 そのクラブに新人として入ってきたのがベイビードール(エミリー・ブラウニング)である。彼女は夢の中でスコット・グレンのお告げを聞き、地図、鍵などの5つのアイテムを集めることになる実にゲーム的だ。ベイビードールの踊りは素晴らしいようで(観客にはその踊りは見えない)、観客が夢中になっている隙を狙って仲間がクラブの地図や市長が持っているライター、コックが持っているナイフなどを手に入れる。この辺りはゲームのアイテム集め感覚だね。結局は3層階層からなる三つの世界という解釈で良いのだろうか。
 面白いのは、ベイビードールがダンスを踊り始めると、異世界に意識が飛んで、仲間たちと一緒に戦うところだ。なにせ精神世界の話なのでCG満載の映像でもさして違和感を感じない。それどころかCG世界が作品に合っているとも言える。
 精神世界ではスコット・グレンが指導者役で、各種戦いにおいてベイビードールやその仲間たちの精神的指導者となってくれる。スコット・グレンはさすがに老けたが、良い味を出している。
 基本的には監督、脚本オレ。製作はオレと嫁さんなオレ映画である。「これがスパルタだ!」の男まみれの『300』を撮ったザック・スナイダーとしては美少女(というには薹が立っているのもいるが)が戦う映画を撮りたかったのであろう。その点は凄く分かりやすい。映画を観てみると『エンジェル ウォーズ』という邦題も悪くわないのだがどうしてもB級映画観が付きまとう。原題の『SUCKER PUNCH』「予想外の殴打」をもう少し活かした邦題には出来なかったのであろうか。『サッカーパンチ』じゃ困るけどね。
 主人公のベイビードールはスコット・グレンからもらった日本刀を振り回し、敵をザッパザッパとなぎ倒していく。エンジェルたちは超人的身体能力でひたすら敵を粉砕。粉砕バット。ザック・スナイダーはとにかく戦う美少女たちを描きたかったんじゃないかね。それならば成功。何でもジャパニメーションのファンだそうだし、それのハリウッド版映像化という意味では充分成功している。ベイビードールは日本刀で敵の銃弾をはたき落とすしな。
 5つのアイテムの最後の一つは最後まで謎のままなのだが、仲間がみんな獲られられるか死んだかした後にようやくその謎が解ける。後味はあまり良い作品ではないな。
 精神病院が現実で、売春宿はベイビードールの空想、そしてベイビードールが踊ることのよって生じる戦闘社会はそのベイビードールの空想という三重の入れ子構造で良いのかな。

B000NJMLHS.jpg『イースタン・コンドル』(1987) 東方禿鷹/EASTERN CONDORS 97分 香港 GOLDEN HARVEST、BO HO FILMS

監督:サモ・ハン・キンポー 製作総指揮:レイモンド・チョウ 脚本:バリー・ウォン
出演:サモ・ハン・キンポー、ユン・ピョウ、ジョイス・コウ、ハイン・S・ニョール、ラム・チェンイン、ユン・ワー、倉田保昭、ディック・ウェイ、ウー・マ

 舞台はベトナム戦争終結後の1976年。アメリカ軍がベトナムから撤退する際に、900トンもの爆薬を現地に置き去りにしてしまった。これをベトコンが手に入れれば悪用するに違いない。そこでアメリカ軍は精鋭の実行部隊と、中国系重犯罪者を集めたかく乱部隊の二つの部隊を送り込み、弾薬を爆破する計画を立てた。
 ところが精鋭部隊の乗った飛行機が爆発して計画は中止になってしまうが、かく乱部隊はすでにパラシュート降下した後だった。隊長のラム・チェンイン中佐以外は犯罪者ばかりのこのはみだし者部隊が爆破任務に当たることになる。敵地のまっただ中、3人のゲリラ娘と闇物資商人のユン・ピョウを加えた一行は、弾薬が保管されている洞窟を目指す。
 サモ・ハン・キンポー監督作としては、ギャグもほとんどなく、ひたすら陰惨な戦いが繰り広げられる。ゲリラ娘が登場してもロマンスには結びつかず、協力はしていてもお互いに警戒し合っている間柄だ。
 戦争映画なので銃撃戦が中心だが、所々に上手くカンフーアクションを取り入れている。サモ・ハンが即席でこしらえる音のしない椰子の葉鉄砲などのゲリラ殺法も見応えがある。
 残念なのはセリフでは「1ヶ月の訓練」と言っているがその訓練シーンがないこと。そのため個性に溢れるかく乱部隊の面々の素顔に触れる機会があまりなく、それぞれのキャラクターにそれほど思い入れを持てないこと。重犯罪者で特殊部隊を作るというアイディアは『特攻大作戦』(1967)のいただきだろうが、あちらはかなりの部分を訓練シーンに費やしていた。
 途中でベトコンに追いつめられ投降したかく乱部隊は少年兵士によってロシアンルーレットの的にされてしまう。ここは『ディア・ハンター』だな。少年兵士も他人の命じゃなくて自分命を賭けろよ。少年兵といえばかく乱部隊の一人が敵を捕まえてみたら少年で「行け」と見逃してやろうとしたらナイフで腹を刺されて死んでしまう。『戦国自衛隊』にこんなシーンなかったけ。
 ゲリラ娘のリーダーであるジョイス・コウがようやく発見した爆薬を前に、「これは爆破させない。ゲリラが戦うために使う」とかく乱部隊と戦いになり、ジョイス・コウはサモ・ハンのナタで拳銃を持った右手を切り落とされてしまう。おいおいサモ・ハン、その人あんたの実生活での奥さんだろうに。
『五福星』(1984)のハンサムが二枚目半的な役で出てきて、数少ないお笑いを担当してくれるが、死に様は実に男である。
 ラストは弾薬庫でカンフーアクションが繰り広げられる。ユン・ピョウが戦うのは倉田保昭とディック・ウェイ。でも倉田先生かなり弱め。死に様も情けないし。せっかく日本から呼んだんだからもっと活躍させてよ。ディック・ウェイもそれほど強くない。それにしても前髪で左目を隠したユン・ピョウの髪型が鬱陶しくて良い。おまえは鬼太郎かっ!
 強いのはサモ・ハンと戦うユン・ワー。『サイクロンZ』(1988)や『カンフーハッスル』(2004)なんかの人だな。七三分けに丸眼鏡でセンスをパタパタいわせていてどう見てもしょぼいんだがこの人が戦うと強い。強敵である。その強敵に立ち向かう"動けるデブ"サモ・ハン!
 ロケ地はフィリピンだろうか? オールスターキャストだし爆発シーンなど戦闘もなかなかと予算がかかっていそうな戦争映画である。

B001EI5MHI.jpg『ヘルハウス』(1973) THE LEGEND OF HELL HOUSE 94分 イギリス 20th CENTURY FOX、ACADEMY PICTURES

監督:ジョン・ハフ 製作:アルバート・フェネル、ノーマン・T・ハーマン 製作総指揮:ジェームズ・H・ニコルソン 原作:リチャード・マシスン 脚本:リチャード・マシスン 撮影:アラン・ヒューム 音楽:ブライアン・ホジソン、デライア・ダービシャー
出演:ロディ・マクドウォール、ゲイル・ハニカット、クライヴ・レヴィル、パメラ・フランクリン、ローランド・カルヴァー、ピーター・ボウルズ、マイケル・ガフ

 舞台は"地獄屋敷"と呼ばれる呪われた館。そこに調査隊としてやって来た霊媒師二人と物理学者とその妻の四人。彼らはかつてない恐怖を味わうことになる。霊媒師の一人ロディ・マクドウォールは20年前の調査でただ一人無事だった男。10万ポンドという高額な報酬に惹かれてか、前回の屈辱を晴らそうというのか再び参加してくる。
"呪われた館"物である。原作・脚本は『アイ・アム・レジェンド』(2007)などで有名なリチャード・マシスン。ホラー映画としては大して怖い場面があるわけではないが、オカルト映画としてみると名作である。
 ジョン・ハフの演出は冴えており、セット、俳優、映像共にイギリス色が濃く、ジワリジワリとした恐怖を感じさせる。広角レンズを多用した映像はGOOD。降霊術を行ったり、屋敷に住んでいた人間を推理して霊の正体に近づいていく過程や、霊に取り憑かれて物理学者の妻(ゲイル・ハニカット)が妖艶になってしまったりと見所はたくさん。霊を消滅させるために物理学者(クライヴ・レヴィル)が特殊な装置の力を借りるところなども面白い。過去に死んだ霊はそんな装置が出てくることを予期してか、自分の死体が収められた部屋を鉛で囲んでいたりする。
 女性霊媒師(パメラ・フランクリン)が黒猫に襲われるところは怖かった。猫って本気になると強いよな。それが霊が取り憑いた猫となるとなおさらだ。彼女は敬虔なクリスチャンで、礼拝堂で倒れてきたキリスト像によって圧死されるという皮肉な最期を遂げる。霊はひねくれたユーモアの持ち主らしい。
 頻繁に日時のスーパーインポーズが画面下部に表示され時間の経過と威圧感を与えてくれる。
 館の中で起きる超常現象は最近のホラー映画に慣れた人には物足りないかも知れないが、地味さゆえに実際にあるかも知れないという現象なのでその分リアリティがあって怖い。
 調査を進める内に浮かび上がる人物がこの屋敷を建てたエメリッヒ・ベラスコである。"吠える巨人"と言われた身長2メートルの大男でドラッグ、アルコール、サディズム、カニバリズム、獣姦、死姦などを好み、ある日27人の滞在客を殺して姿を消した。このエメリッヒ・ベラスコが霊の正体ではないかというのだ。
 物理学者の装置によって消え去ったと思われたエメリッヒ・ベラスコの霊だが、実はまだ残っていて物理学者は殺されてしまう。こうして女性霊媒師と物理学者を失い、ロディ・マクドウォールと物理学者の妻の二人だけが残される。するとそれまで消極的で「霊の探索には興味がない。金さえもらえれば良いんだ」といった態度だったロディ・マクドウォールがいきなり活躍し始める。この辺りの展開はちょっと急ぎすぎか。彼はそれまでの被害者がみんな足に傷を負っていることに目をつけ、礼拝堂の奥にある小部屋を見つけ出す。そこにはまるで生きているようなエメリッヒ・ベラスコの死体があり、ロディ・マクドウォールはエメリッヒ・ベラスコの隠しておきたかった謎を解き明かす。謎がばれてしまったエメリッヒ・ベラスコの霊は「口惜しや......」とばかりに消え去ってしまう。この巧妙に散りばめられた伏線を一気に集約させオカルト映画としての構造を保ちながら理知的な回答を導き出していくところが見事。謎の正体自体はちょっと笑ってしまったが。

B004SJYJJM.jpg『幽霊西へ行く』(1935) THE GHOST GOES WEST 79分 イギリス LONDON FILM PRODUCTION

監督:ルネ・クレール 原作:エリック・コウン 脚本:ロバート・シャーウッド 撮影:ハロルド・ロッソン 音楽:ミュア・マシースン、ミシャ・スポリアンスキー
出演:ロバート・ドーナット、ユージン・パレット、ジーン・パーカー、ラルフ・バンカー、エルザ・ランチェスター、イヴリン・グレッグ、パトリシア・ヒリアード

『幽霊西へ行く』とか言うと幽霊が西部に現れるといったような印象だが、この場合の西はイギリスから見ての西であるアメリカのこと。幽霊が出る城がアメリカの大金持ちに買われてしまい、フロリダに引っ越してくるという話だ。城を解体してフロリダでまた組みたてるという「お前は明治村か!」な事態になってしまうのだ。それにしても明治村に幽霊が出るという噂の建物があったりしないのだろうか。
 話は18世紀のスコットランドから始まる。グローリー家という名家があるのだが、そこの跡取り息子(ロバート・ドーナット)は女好きで女性の尻を追い回してばかり。そんな彼がイングランドとの戦争に出かけるのだが、そこでも羊飼いの女性といちゃついている。そんなところへライバルのマクラガン家が現れ一悶着起きてしまう。取りあえず樽の後ろに隠れたロバート・ドーナットだがその樽は火薬が入った樽で、大砲の弾が落ちてきて吹き飛んでしまう。
 こうして死んでしまったロバート・ドーナットだが、天界に行こうとすると先に亡くなったばかりの父親から「お前は女の尻を追いかけている内に死ぬという無様な死に方をした。そんなのでは天界に来させるわけには行かない。マクラガン家の人間にひざまずかせるまでは天界行きは認めない。お前はそれまで下界を彷徨うのだ」と言われてしまう。こうして彼は毎晩12時になると城の中を彷徨う幽霊となってしまった。
 そして時は過ぎて20世紀。グローリー家は没落しており借金まみれ。城を売りに出しているが、幽霊が出る城を買おうとする者がいるはずもなく、今日も今日とて借金取りが押しかけてきていた。そこへアメリカ娘のジーン・パーカーが城を解体と言って現れる。ジーン・パーカーは現当主のドナルド(ロバート・ドーナットの二役)に城を案内してもらって明日の夜に大金持ちの父親と母親を連れてディナーに来る約束をする。
 早速ディナーの準備が始まるが、城の使用人には家政婦が一人いるだけなので借金取りに手伝わせる。彼らもこれで城が売れなければ借金を取り立てられないと必死だ。
 結果、城は売れるが父親は城を解体してアメリカへ持っていくと言い出す。ドナルドは再建工事の総監督としてアメリカへ着いていくことになる。しかし、アメリカへの船の道中で幽霊が現れ、大騒ぎになってしまう。妻が幽霊を怖がっているので父親はドナルドとの売買契約を破棄することにするが、ライバル会社の社長が幽霊は良い宣伝材料だ。それならばウチに売ってくれと言っているのを聞き考えを改める。
 船がアメリカに着くとこれがもう大騒ぎ。大パレードが繰り広げられ(実際のパレードを資料映像として使っている)、国会で幽霊入国について真剣に議論される。城が港の輸入倉庫にある時にギャングが金目の物を盗みに来て警官隊と撃ち合いになってしまう。この撃ち合いがあまりに凄いので幽霊は父親に「なんとかしてください」と頼むと、「しばらく透明にしてやろう」と幽霊の姿は人間から見えなくなってしまう。
 これで困ったのが父親。幽霊を宣伝に使おうと思ってもすっかり現れなくなってしまったのだ。そこで超常現象研究家などを招いたパーティーを開いて、幽霊にそっくりなドナルドに幽霊に扮してもらうことにする。ところがライバル会社の社長の母方の先祖がマクラガン家だったため本物の幽霊が現れてしまう。ライバル会社の社長は幽霊にひざまずき、こうして200年もの呪いは解け、幽霊は無事に昇天できたのであった。おまけにドナルドとジーン・パーカーは恋仲に落ちる。
 幽霊がアメリカに行くと知った時に「あんな未開の土地へ」と驚く。歴史あるスコットランドの人間からしてみれば18世紀のアメリカは確かに未開の地であったのであろう。
 自分の国には600年もの伝統ある建物がないからと、スコットランドの城を買ってアメリカへ持って帰るという大金持ちにも風刺が効いている。歴史がないなら買うぞといったところであろうか。
 そして幽霊が出ても驚くどころか興奮して喜ぶ始末。これでは幽霊も出現のしがいがないであろう。もっとも取り憑いたり呪い殺したりするような悪質な幽霊ではなく、単に城の中をさまよい歩くだけのいたって無害な幽霊だからそう怖いものではないか。
 製作された時代が時代なので幽霊ものといっても出現や消え去る時に二重露光を使っているぐらいで、これといった特撮は使われていない。フロリダに建った城のシーンではミニチュア撮影が使われている。それにしても椰子の木のあるフロリダの風景にスコットランドの城がなんと似合っていないこと。天界へ昇ろうとした幽霊のシーンで飛行機から撮影された雲海の航空映像は効果的に使われていた。それと、幽霊がマクラガン家の人間を前にした終盤のシーンでは、後光が差すような迫力のある映像で、思わずにやりとしてしまう部分が満載のこの作品の中で一際印象的なシーンとなっている。

B004SJTM08.jpg『陽気な幽霊』(1945) BLITHE SPIRIT 92分 イギリス THE RANK ORGANISATION、TWO CITIES FILM

監督:デヴィッド・リーン 製作:ノエル・カワード 原作:ノエル・カワード 脚本:デヴィッド・リーン、アンソニー・ハヴロック=アラン、ロナルド・ニーム 撮影:ロナルド・ニーム 音楽:リチャード・アディンセル、ミュア・マシースン
出演:レックス・ハリソン、コンスタンス・カミングス、ケイ・ハモンド、ジョイス・ケアリー、マーガレット・ラザフォード

『アラビアのロレンス』(1962)や『ドクトル・ジバゴ』(1965)などで有名なデヴィッド・リーン監督作である。個人的にはデヴィッド・リーンは大味な監督で繊細さに欠けると思っていたのだが、この『陽気な幽霊』のような軽快なコメディも撮れたのである。
 主人公のレックス・ハリソンは小説家で、何かの題材になるだろうと霊媒師を招いて降霊会を行う。ところが霊が現れるどころかレックス・ハリソンの病死した前妻のケイ・ハモンドが現れてしまう。
 ケイ・ハモンドはレックス・ハリソンにしか見えないのだが、物を動かしたりすることは出来る。ケイ・ハモンドは後妻のコンスタンス・カミングスにヤキモチを焼いて色々と悪さをしてくる。悪さと言っても基本的にはそう大したことはしてこないのだが。
 これが日本だと四谷怪談のような怨念でドロドロの情念劇になってしまうのだろうが、この作品はカラッと乾いている。ケイ・ハモンドもレックス・ハリソンに恨み辛みを言うわけでもなく、自分の死後にコンスタンス・カミングスが後妻の座におさまったこともそれなりに理解している。だが、幽霊とはいえ女だから黙ってはいられない。
 1945年の作品なので幽霊は人間を緑色に塗って緑の衣装を着せただけ。でもテクニカラーの美しさで今でも充分に観て耐える。特撮はほとんど使われておらず誰もいないのにドアが開いたり花瓶が宙を浮いたりするぐらいか。でも、幽霊の中を人間がすり抜けていくというのはこれがごく初期の表現ではないだろうか。
 ケイ・ハモンドは幽霊なのに気が強い。それに負けず劣らずコンスタンス・カミングスも気が強い。二人の間に挟まれてレックス・ハリソンは困り果てる。
 ケイ・ハモンドがコンスタンス・カミングスを困らそうとして車に細工をした結果、交通事故でコンスタンス・カミングスまで死んで幽霊になって現れる。二人の女幽霊に囲まれてすっかり困ってしまったレックス・ハリソンは霊媒師を訪ねて二人を霊界に帰すように依頼する。この霊媒師が有能なのか無能なのかよく分からないところが良い。テーブルに塩と胡椒を撒いて妖しげな文様を書き、二人を成仏させるべく呪文を唱えるのだが、本人は何度もトランス状態になるものの二人は相変わらず部屋にいたまま。その時、霊媒師は意外な人物が霊媒体質であることを見抜く。
 こうして成仏したはずの二人だが、姿が見えなくなっただけでまだ屋敷に入るようだ。旅に出てもうこの屋敷には戻らないように霊媒師からアドバイスを受けたレックス・ハリソンはさっそく旅支度を調える。だが勝手に荷造りがされ外出しようとするとコートがかけられる。やはりまだ二人はいるのだ。
「幽霊は海を越えれないんだからな」と車で走り出したレックス・ハリソンだが、行く手の橋には二人の女幽霊が欄干に腰掛けている。そして交通事故の音。
 二人の女幽霊に男幽霊が加わって三人になったところで映画は終わる。これからは永遠に続く死後の世界。レックス・ハリソンはどんな目にあうのだろうか。
 元は舞台劇だそうだ。そう言われてみれば固定された場所、最低限の登場人数にも納得がいく。

B004S68IZ6.jpg『グリーン・ホーネット』(2010) THE GREEN HORNET 119分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:ミシェル・ゴンドリー 製作:ニール・H・モリッツ 製作総指揮:セス・ローゲン、エヴァン・ゴールドバーグ、オリ・マーマー、マイケル・グリロ、ジョージ・W・トレンドル・Jr 原作:ジョージ・W・トレンドル 脚本:エヴァン・ゴールドバーグ、セス・ローゲン 撮影:ジョン・シュワルツマン プロダクションデザイン:オーウェン・パターソン 衣装デザイン:キム・バレット 編集:マイケル・トロニック 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:セス・ローゲン、ジェイ・チョウ、キャメロン・ディアス、クリストフ・ヴァルツ、エドワード・ジェームズ・オルモス、デヴィッド・ハーバー、トム・ウィルキンソン、エドワード・ファーロング、ジェイミー・ハリス、チャド・コールマン、ジョシュア・チャンドラー・エレンバーグ、アナリー・ティプトン、テイラー・コール、ロバート・クロットワーシー、マイケル・ホールデン、ジェームズ・フランコ、アイリーン・ホワイト

『グリーン・ホーネット』のリメイク劇場版と言うからアメコミ風なものかと思っていたら、主演はセス・ローゲンときている。ひょっとしたらと思った通りかなりコメディよりな作品になっていた。
 昼間は新聞社の若き社長、夜は緑のスーツに身を包み"グリーン・ホーネット"となって相棒のカトーと一緒に悪を退治するヒーローとなったセス・ローゲン。セス・ローゲン自体は武術の達人でもなければ射撃の名手でもない。戦闘はもっぱらカトーまかせ。オリジナル版でこのカトーを演じていたのが当時まだ無名だったブルース・リーだ。カトーという日系人を思わせる名前なのに演じているのは台湾出身のジェイ・チョウ。朝の美味しいカプチーノを入れていたのがカトーだと知るとセス・ローゲンは解雇した彼を呼び戻し、発明の天才である上に格闘技の達人であることを知る。そして彼と共に街の悪を討ち滅ぼしにグリーン・ホーネットとして戦いに出る。
 "ホーネット"とはスズメバチの意味だそうだ。緑のスズメバチ、そんなのいないと思うが新聞社の会議の結果全会一致でこの名前に決まる。セス・ローゲンは"グリーン・ビー"だと主張していたが、その名前はいかにも弱そうだ。
 グリーン・ホーネットがカトーを運転手として乗り回すのがスーパー戦闘カー"ブラック・ビューティ"である。防弾使用でミサイルや機関銃も装備している。ボンドカーも真っ青な性能である。ちゃんと脱出用シートも付いているしな。それにしても堅物に見えたセス・ローゲンの父親はカーマニアという趣味があったのだ。それら蒐集カーの整備をしていたのがカトーである。
 セス・ローゲンはIT専門学校に行ってパソコン関係の仕事に就くつもりだったのだが、父親の急死によって新聞社の社長になってしまう。新聞をまともに読んだことのないセス・ローゲン。レノア(キャメロン・ディアス)という有能な秘書を得て苦手な仕事に挑み、新聞の使命感に目覚めていく。
 街の暗黒面を牛耳っているのはチュドノフスキー(クリストフ・ヴァルツ)。グリーン・ホーネットの妨害に遭い暗殺指令を下すがなかなか上手くいかない。ついにぶち切れたチュドノフスキーはアメコミ風のブラッドノフスキーとなって本格的にグリーン・ホーネット抹殺に乗り出す。
 3D映画なのだが、どうやら2Dで撮って後処理で3Dにしたらしくあまり立体効果を感じなかった。強いて言えば字幕が飛び出してた。って意味ねーなー。
 セス・ローゲンにヒーロー役はやはり無理だったか? とにかく地味だ。カトーも正体がはっきりせずカンフーアクションが数少ない見せ場。ヒロインのキャメロン・ディアスは出番が少ないし、主演陣に華がない。その分を補うのがチュドノフスキー。個性的な悪党で部下ですら平気で殺す。スーパー悪党ではないのでラストは情けないけどな。
 エドワード・ファーロングの姿を久しぶりに観たが、チョイ役過ぎて悲しい。
 コメディとしてもアクションとしても中途半端。どちらかというとコメディ寄りだがあまり笑えない。
 作中で日本料理店が登場するが「鉄板焼き」を焼いているのがバックに映る。やはり日本料理と言えば鉄板焼きなのか?
 格闘シーンでスローになって敵の位置や武器を一瞬にして察知するスーパービジョンはありきたりだけれど面白い。

B003XKRTTY.jpg『暗黒への転落』(1949) KNOCK ON ANY DOOR 100分 アメリカ COLUMBIA PICTURES、SANTANA PICTURES

監督:ニコラス・レイ 製作:ロバート・ロード 原作:ウィラード・ミトリィ 脚本:ダニエル・タラダッシュ、ジョン・モンクス・Jr 撮影:バーネット・ガフィ 音楽:ジョージ・アンセイル、モリス・W・ストロフ
出演:ハンフリー・ボガート、ジョン・デレク、ジョージ・マクレディ、アレン・ロバーツ、スーザン・ペリー

 ジョン・デレクがバー強盗の末警官を射殺、しかも至近距離からとどめを刺したとして逮捕される。弁護士のハンフリー・ボガートが彼の弁護を引き受け、法廷に立つことになる。
 と書くと法廷物のようだが、実際には普通の青年だったジョン・デレクが父の死によって家族ごと貧民街に住むことになり、そこで悪い友人が出来て盗みを覚え『転落』していく様を描いた人間ドラマである。だから邦題の『暗黒への転落』はネタバレをしていることになる。
 ハンフリー・ボガートが自ら設立したサンタナ・ピクチャーズの製作で、単なる娯楽物ではない社会派な作品に仕上がっている。監督のニコラス・レイは『夜の人々』に続いてこれが第二作目。
 ハンフリー・ボガート演じる弁護士自身貧民街の出で、夜学に通って弁護士資格を取ったということになっている。だからこそジョン・デレクの身の上も理解しており、陪審員に彼の生い立ちを語る形で物語は過去へと戻る。ニコラス・レイだけあって語り口が上手く、犯罪を重ねていくが純真な女性に出会って人生をやり直そうとするジョン・デレクに観客も同情してしまう。だが、その女性と結婚したものの、再び犯罪に走ったジョン・デレクに絶望した女性はガス自殺をしてしまう。これによって自暴自棄になってしまうジョン・デレク。
 観客はハンフリー・ボガードがジョン・デレクの無実を立証してくれると思っているのだが、実際はジョン・デレクが警官殺しの犯人で、死刑の判決を受けてしまう。死刑執行の日、ジョン・デレクに面会に来たハンフリー・ボガートは彼のような不幸な少年を出さないことを誓う。しかし、ジョン・デレクを見送るハンフリー・ボガートの背中には虚しさを感じさせる。
 ハンフリー・ボガートの立場が強かったようで、終盤には法廷でのハンフリー・ボガートの長回しによる大演説がある。見せ場にはなっているが、少しボガートの主張が強すぎ。リアリズム溢れる過去の回想シーンと比べると若干浮いてしまっている。
 ジョン・デレクが犯罪を犯した理由は何なのか。貧民街という環境かそれとも彼が弱い人間だったからなのか。「社会が悪い」というのが結末になっている。
 ジョージ・マクレディ扮するネチっこい検事に対して、ジョン・デレクの無実を信じて立ち向かっていくハンフリー・ボガートだが、検事に妻の自殺を持ち出され精神的に追いつめられてついに罪を自白してしまうジョン・デレク。あそこまで追いつめられたらやっていなくてもやったと言ってしまいそうだ。

B0009J8K9U.jpg『駅馬車』(1939) STAGECOACH 99分 アメリカ UNITED ARTISTS

監督:ジョン・フォード 製作:ジョン・フォード 製作総指揮:ウォルター・ウェンジャー 原作:アーネスト・ヘイコックス 脚本:ダドリー・ニコルズ 撮影:バート・グレノン、レイ・ビンガー 音楽:ボリス・モロス、リチャード・ヘイグマン、W・フランク・ハーリング、ジョン・レイポルド、レオ・シューケン、ルイス・グルーエンバーグ
出演:ジョン・ウェイン、トーマス・ミッチェル、クレア・トレヴァー、ルイーズ・プラット、ジョン・キャラダイン、ドナルド・ミーク、ジョージ・バンクロフト、アンディ・ディヴァイン、バートン・チャーチル、フランシス・フォード

 守備隊の夫に会いに行く身重の夫人、謎の賭博師、町を追われた娼婦、酔っ払いの医者、酒の行商人、5万ドルを横領して町から逃げ出した銀行の頭取、御者、護衛の保安官、そして途中で乗り込んでくる脱獄囚のリンゴ・キッド。これら九人を乗せた駅馬車が西部の荒野を行く。バックにはモニュメントバレーが見える。
 主人公のリンゴ・キッド(ジョン・ウェイン)の登場シーンではウィンチェスターライフルを一発発射すると、銃をクルリを一回転させ再装填。そしてジョン・ウェインのアップへとカメラが寄っていくという実に格好の良いもの。これだけでこの男がただ者ではないことが分かる。
 道中にジェロニモ率いるアパッチが現れていることが最初から分かっているが、護衛してきた軍隊は命令通りに最初の中継点で引き返してしまう。ここから先は九人のみ。町へ引き返すことを主張する者もいるが、結局目的地を目指すことになる。
 途中の中継点に行っても軍隊は移動しており、身重の夫人はなかなか夫に会うことが出来ない。そして産気づいてしまい、酔っ払いの医者に水をかけてなんとか酔いを覚まさせると女の赤ん坊を生ませることに成功する。
 九人の様々な人のドラマが展開し、インディアンが襲って来るのは1時間10分も経ってから。荒野を走る駅馬車からカメラが左にパンすると丘の上にアパッチの大群がいる。思わずゾッとするカットだ。もう危険なところは乗り切ったと思っている乗客たちだが、突然、酒の行商人の胸に矢が刺さる。一瞬にして高まる緊張感。この襲撃シーンが今見てもスピード感があり迫力満点である。伝説的スタントマンのヤキマ・カヌートが、アパッチに扮して六頭立ての馬車の先頭の馬に飛び乗るが撃たれ、馬の走る間と駅馬車の下をすり抜ける1カットのスタントは未だに他の者が再現できていない伝説のスタントである。『レイダース 失われた聖櫃』でインディ・ジョーンズがナチスのトラックの下をすり抜けるのはこれのオマージュであるがこちらはカットを割って編集で誤魔化している。ヤキマ・カヌートはジョン・ウェインの代役で馬車の馬から馬へと飛び移って先頭の馬にまたがるというスタントもやっている。これまたスゴい。
 撃ち合っている内に一行の銃弾が無くなってしまう。賭博師(ジョン・キャラダイン)は最後に残った一発で夫人の頭を撃ち抜こうとする。このままアパッチに捕らえられれば陵辱されることが分かっているからだ。だが、銃声が響くと倒れたのは夫人ではなく賭博師だった。賭博師の正体は名家の出で出奔して賭博師に身を落としていたのだ。もはや絶体絶命と言う時に聞こえてくる騎兵隊の突撃ラッパの頼もしいこと。
 リンゴ・キッドが脱獄したのは親兄弟の敵討ちのために悪党三兄弟を倒すことで、アパッチとの戦いが終わってホッとしているところへ今度は決闘シーンが待っている。人間ドラマだった中盤までと比べて終盤のアクションの密度は実に高い。
 夜の町の通りで向かい合うリンゴ・キッドと三兄弟。緊張が高まり、リンゴ・キッドは身を投げ出すと初弾を放つ。町に響く銃声。決闘の結果はどうなったのか。酒場に入ってくる三兄弟の一人。リンゴ・キッドは負けてしまったのか。しかし、男はバッタリと倒れるとそのまま息を引き取ってしまう。
 ラストは出頭したリンゴ・キッドと娼婦を、保安官は馬車に乗せて逃がしてしまう。そして医者に「一杯おごるよ」と言い、医者は「一杯だけな」と答える。実に粋な終わり方である。
 これだけの内容のほとんどを駅馬車の中に舞台を限定して作ってしまったのがスゴい。基本的には敗北者の集まりが時に争い時に力を合わせて難関を越えていく。この内容を99分に収めてしまったジョン・フォードは実にスゴい。
 この映画の日本での宣伝は淀川長治氏が手がけた。もともとは『地獄馬車』というタイトルになりかけたのを、淀川さんが猛反対して『駅馬車』というタイトルに収まったとのこと。『地獄馬車』はないよなぁ。

B0035QHWFW.jpg『乱暴者(あばれもの)』(1953) THE WILD ONE 79分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:ラズロ・ベネディク 製作:スタンリー・クレイマー 原作:フランク・ルーニー 脚本:ジョン・パクストン 撮影:ハル・モーア 音楽:リース・スティーヴンス
出演:マーロン・ブランド、メアリー・マーフィ、リー・マーヴィン、ロバート・キース、ジェリー・パリス

『乱暴者』と書いて『あばれもの』と読む。かなり無茶な邦題だ。今だと原題をそのままカタカナにした『ワイルド・ワン』になるのだろう。そういえば『ランボー者』(1987)という作品があったな。すでに忘れたが。
 とある田舎町に暴走族の集団がやって来る。およそ20人ぐらいだろうか。彼らは揃いの革ジャンの背中に『BRMC(BLACK REBEL MOTORCYCLE CLUB)』とペイントしてある。なんでも暗黒の反逆者の意味らしい。
 そこへ敵対するリー・マーヴィンが率いる暴走族も現れる。これは暴走族対暴走族の対決が見られるのかと思ったら、マーロン・ブランドとリー・マーヴィンは昔の仲間で意気投合してしまう。うーむ、ここら辺があばれものじゃないのか。
 マーロン・ブランドは町のコーヒーショップの女店員と仲良くなってしまう。しかし、彼女の父親は保安官。ここら辺りで町の嫌われ者である暴走族と葛藤が生まれるのかと思いきや、それほどでもない。
 最終的には町の人に襲われたマーロン・ブランドのバイクが暴走して老人を殺してしまい、てっきりリンチ騒ぎになってしまうのかと思ったら、保安官が駆けつけマーロン・ブランドを逮捕してしまう。そして証人が現れ、マーロン・ブランドの起こした事故は本人に非がないとして釈放されてしまうのだ。
『あばれもの』と言うわりには暴れてくれない。暴走族を本格的に扱った初めての作品だそうだから、こんなものなのだろうか。ボスであるマーロン・ブランドが逮捕されて、町を破壊しまくる手下たちの描写ぐらい欲しかったところだ。
 そもそもは1947年の独立記念日に4000人の暴走族たちがカリフォルニアの小さな町ホリスターに集まったことをヒントに得たフランク・ルーニーが書いた作品が原作である。4000人と比べるとこの作品では数十人の暴走族しか登場しないのでスケールダウンは仕方ない。
 マーロン・ブランドは身体は引き締まっていそうなものの(始終革ジャンを着ているのでよく分からないが)顔立ちはすでに余ったお肉が付いている。設定では20歳ということだが1953年にはすでに29歳。ちょっと無理がある。無理があると言えばリー・マーヴィン。彼も同じく29歳なのだが顔立ちが老けて見えるので、「お前、暴走族やってる歳じゃないだろ」と言いたくなってしまう。アメリカの暴走族は『ターミネーター2』などを観ても分かるようにいい加減歳になっても現役なようだが。
『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(2008)でシャイア・ラブーフがマーロン・ブランドそっくりの格好をして現れた時には笑ってしまった。アメリカ人にはまだ『乱暴者』ネタが通じるんだ。

B0000CD7LN.jpg『トム・ジョーンズの華麗な冒険』(1963) TOM JONES 127分 イギリス UNITED ARTISTS、WOODFALL FILM

監督:トニー・リチャードソン 製作:トニー・リチャードソン 製作総指揮:マイケル・バルコン 原作:ヘンリー・フィールディング 脚本:ジョン・オズボーン 撮影:ウォルター・ラサリー 音楽:ジョン・アディソン
出演:アルバート・フィニー、スザンナ・ヨーク、ヒュー・グリフィス、ジョーン・グリーンウッド、ダイアン・シレント、イーディス・エヴァンス、レイチェル・ケンプソン、リン・レッドグレーヴ、ジョイス・レッドマン、デヴィッド・ワーナー

 アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚色賞、作曲賞を受賞し、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞、美術監督・装置賞と堂々たる成績を上げた作品である。でも、そんなにスゴいかなと思わないでもない。
『トム・ジョーンズの華麗な冒険』と邦題ではなっているが、『華麗な冒険』は特にしない。最初はアドベンチャー物かと思っていたが、ちょっとした対決シーンがあったりするぐらいで実際にはかなりコメディ寄り。映画の冒頭に至ってはサイレント映画風の字幕のみで展開される。
 原作は"イギリス小説の父"と呼ばれる18世紀の作家ヘンリー・フィールディングの『捨て子トム・ジョーンズの物語。この主人公トム・ジョーンズ(アルバート・フィニー)は女好きで、狩りの最中に暴走した馬からソフィ(スザンナ・ヨーク)を助けたことから二人は恋に落ちる。しかしソフィの父親は別の男と結婚させようとしており、陰謀にはまったトム・ジョーンズは家を追われロンドンを目指す。そして彼を追うソフィ。
 トム・ジョーンズは貴族の家に拾われちゃんと教育も受けてきたのだが、階級社会だった当時のイギリスでは、貴族の家に育っても私生児扱いされソフィとの恋愛は認められない。
 とにかくトム・ジョーンズは色男だけあってもてる。すぐに女性とベッドに入ってしまう。しかもその出生には秘密があり、実は高貴な生まれだったというオチまで付く。どれだけ恵まれてるんだトム・ジョーンズ。
 監督のトニー・リチャードソンの演出は軽快で、都合の良い物語をテンポ良く進めていく。それでいて空撮を駆使した鹿狩りのシーンでは追いかけてくる何頭もの馬や何匹もの犬などかなり迫力のある映像を作り出している。
 時折トム・ジョーンズがカメラ目線で話しかけてきたり、衣服が破れてしまった女性を隠すべくカメラの前に帽子を被せる、突然コマ落としになるなどの工夫も面白い。
 ただ、内容からすると今となっては2時間強は少し長すぎるように感じる。ストーリーをしっかり追っていったら3時間ぐらいになってしまうのかも知れないが。
 途中でトム・ジョーンズが女性と一緒に食事をするシーンでは、ただ向き合って肉や牡蠣などを食べているだけなのにすごくいやらしい。やはり食事のシーンは性欲と結びつくのか。

B00505F38O.jpg『リセット』(2010) VANISHING ON 7TH STREET 91分 アメリカ IM GLOBAL、HERRICK ENTERTAINMENT、MANDALAY VISION

監督:ブラッド・アンダーソン 製作:ノートン・ヘリック、セリーヌ・ラトレイ、トーヴ・クリステンセン 製作総指揮:エレイン・ヘリック、マイケル・ヘリック、ピーター・グレイヴス、ローレンス・マティス、ケリー・マコーミック、ケン・ヒアッシュ、ニック・クエステッド 脚本:アンソニー・ジャスウィンスキー 撮影:ユタ・ブリースウィッツ プロダクションデザイン:スティーヴン・ベアトリス 衣装デザイン:ダニエル・ハロウェル 編集:ジェフリー・ウルフ 音楽:ルーカス・ヴィダール 音楽監修:リズ・ギャラチャー
出演:ヘイデン・クリステンセン、タンディ・ニュートン、ジョン・レグイザモ、ジェイコブ・ラティモア、テイラー・グルーサイス、ジョーダン・トロヴィリォン

『マシニスト』(2004)の監督ブラッド・アンダーソン作品だから大して期待していなかったけど、結論から言えばやっぱりなぁといったところ。盛り上がりに欠け退屈なんである。
 ある日、街からほとんどの人が消えてしまった。残った人々も闇に飲み込まれて次々と姿を消していき、残ったのはバーに集まった四人の男女のみ。そんな彼らに闇は忍び寄ってくる。
 登場人物の一人が1587年に住民が姿を消してしまったロアノーク島とそこに残されたクロアトアンという謎の言葉を口にする。ロアノーク島はパソコンの発する警告音で今度のはリセットボタンだというのだ。だから邦題は『リセット』。個人的にはシンプルすぎるんで原題の『VANISHING ON 7TH STREET』の方が良いと思うけどね。
 日の出ている時間はどんどん短くなり、懐中電灯の電池はすぐに切れてしまう。そして闇の存在はどんどん近づいてくる。闇に飲み込まれてしまった人間は衣服だけを残して消えてしまう。何故消えるのか、どこへ消えるのかは一切説明がない。
 映画の冒頭からヘイデン・クリステンセンが人気のない街を彷徨いジェット機が墜落してくる辺りまでは良かった。しかし72時間後に時間が飛んでからは丸っきり冴えない演出になってしまう。
 バーに人々が集まってくるのは、このバーに自家発電装置があって明かりを灯すことが出来るから。ここ以外にも自家発電装置ぐらいあるだろうに。それとも残った四人は何かしらの理由で選ばれて消えずに残っているのだろうか。と思ったら、終盤にかけてどんどん消えていく。
 脚本がかなりいい加減で、人物描写もなっていない。みんなピンチだというのに勝手な行動をしてばかりでイライラさせられる。
 ラストは教会に黒人少年が逃げ込んで一夜を明かすと何故か太陽が出るようになっている。宗教映画だったのか。突然、白人の少女が現れて黒人少年と一緒に馬に乗って街を出て行くシーンで映画は唐突に終わり。新しいアダムとイブだっていうんじゃないだろうな。
 結局、なにが言いたいのかよく分からなかった。ホラー映画にしては怖くないし、人間ドラマと言うには底が浅いしな。ロアノーク島のエピソードも大して活用されていないし、暗闇の恐怖も中途半端。

B00511LCPU.jpg『ウェス・クレイヴンズ ザ・リッパー』(2010) MY SOUL TO TAKE 107分 アメリカ RELATIVITY MEDIA

監督:ウェス・クレイヴン 製作:ウェス・クレイヴン、イヤ・ラブンカ、アンソニー・カタガス 製作総指揮:ライアン・カヴァナー、タッカー・トゥーリー、アンドリュー・ローナ 脚本:ウェス・クレイヴン 撮影:ペトラ・コーナー プロダクションデザイン:アダム・ストックハウゼン 衣装デザイン:カート・アンド・バート 編集:ピーター・マクナルティ 音楽:マルコ・ベルトラミ 音楽監修:エド・ジェラード
出演:マックス・シエリオット、デンゼル・ウィッテカー、ラウル・エスパーザ、シャリーカ・エップス、ジョン・マガロ、ジーナ・グレイ、ニック・ラシャウェイ、エミリー・ミード

 ウェス・クレイヴン監督・脚本の青春ホラーである。
 まずは16年前の過去から物語は始まる。多重人格の殺人鬼"リッパー"が銃撃戦の末逮捕される。その日、生まれた七人の子供たちは成長し、リッパーが逮捕された日に、リッパー退治の儀式を行っていた。しかし、警察によってその儀式が中断されてしまったためリッパーが甦ってきた。
 冒頭から細かな伏線を張り巡らせていくところはさすがクレイヴン。七人の少年少女を個性的に描いている。
 リッパーは七人を一人一人殺していく。目的は何なのか、そもそも人間なのか全くの謎。どうやた人間ではなく悪霊の類のようだが、リッパーという肉体があるのか、精神だけで他の人間に乗り移っているのか。
 殺害シーンは割りとあっさりしている。流血もさほどではないし、殺し方も平坦だ。リッパーが突然現れるし強すぎて抵抗のしようがないのである。
 七人はどんどん殺されていくのでおのずから容疑者は絞り込めてしまう。リッパーに取り憑かれていた人物が犯人なのだが、これはオカルトなのか、本人がそう思い込んでいただけなのかもう一つはっきりしなかった。オカルトなんだろうけどね。
 コンドルを象徴として使っていたり面白い点もあるのだが、全体的に凡庸な出来である。ウェス・クレイヴン作品としてははっきりいって出来が悪い。『スクリーム4』は大丈夫なんだろうか?

B004WINBYI.jpg『コリン LOVE OF THE DEAD』(2008) COLIN 97分 イギリス NOWHERE FAST FILMS PRODUCTION

監督:マーク・プライス 製作:マーク・プライス 製作総指揮:ジャスティン・ヘイルズ 脚本:マーク・プライス 撮影:マーク・プライス 特殊メイク:ミシェル・ウェブ 編集:マーク・プライス 音楽:ジャック・エルフィック、ダン・ウィークス
出演:アラステア・カートン、デイジー・エイトケンス、リアンヌ・ペイメン、ケイト・オルダマン

 イギリス産のゾンビ映画。総製作費が45ポンド=約6000円だとか。さすがに97分の劇映画を6000円で撮れるとは思わないので、一種のギャグじゃないかと思うんだがどうだろうか。
 スタッフや出演者は友人などをかき集めたボランティアを使っており、ギャラは1円も払っていなさそうだ。途中で火災になっている家で炎や煙などをCGで表現しているが、これもボランティアで無料なのだろう。衣装や小道具は関係者の持ち物を使い、これもタダ。実費がかかってしまう特殊メイクで45ポンドを使い切ったのだろうか。
 今時4:3のスタンダードサイズのビデオ撮影。オレが自主映画を撮っていたことは8ミリフィルムだったので約3分を撮るのにフィルム代・現像代合わせて3000円ほどだった。これで『コリン LOVE OF THE DEAD』を撮ったら6分しか撮れない。その点、ビデオならば安く上がる。オレが学生当時にはビデオの編集なんてダビングしかなく実用的ではなかったが、今ではパソコン上で行う事が出来る。良い時代になったもんだ。
 主人公のコリンは登場した時点ですでにゾンビに噛まれている。そして約10分後にはゾンビになってしまう。このゾンビになったコリンを主人公にしたのがこの映画である。ゾンビを主人公にした作品は珍しいんじゃないだろうか。本家ジョージ・A・ロメロ風のゾンビなので動きは遅く、知能はほとんどない。そのコリンが生前の記憶をたぐってある場所を目指し街を彷徨い続ける。
 低予算の粗を隠すためか手持ちカメラで画面が揺れる揺れる。ちょっと気持ち悪くなってしまうぐらいに揺れる。お前ら三脚を使えよと言いたくなってしまう。使っているカメラがホームユースの小型ビデオカメラだろうから、重量がない分よけいと揺れる。ゾンビが人間に襲いかかるシーンなどは映像の暗さも合わせて何が起こっているか分からないぐらい。この点はなんとかして欲しかった。
 特殊メイクは専門家がボランティアとして参加していたようでそれなりの出来である。生きたまま内臓を食われてしまう『死霊のえじき』風なゴアシーンもしっかり再現されている。
 コリンの姉が「母親に合わせれば正気に戻るかも」とコリンを窓ガラス越しに母親と合わせるシーンは切ない。特に母親の表情が切ない。登場人物の大半が青年のこの作品の中で初老の母親はポイントである。自分の家族や大切な人がゾンビになってしまったらどうしようという恐怖感を感じさせる。そしてそれはこの作品のテーマでもある。
 出演者はボランティアであるが、コリンやその姉などはちゃんと演技の出来る人である。これだけの人を揃えたからには、監督のマーク・プライスは自主映画ではそれなりに有名な人だったのであろう。人望がなければ人は集まってこない。
 個人的にはこの作品には97分は長すぎたと思う。これならば相応しいのは70分台かな。もうちょっと無駄なシーンをカットして冗長さを無くせば退屈はしなかったと思う。正直、面白いと思いつつ途中でちょっとダレた部分があった。音楽が割りと出来が良いんでそれで眠気無しで観られたかなといったところ。
 ともあれ、ラストにはコリンに感情を持って行かれてしまう。ゾンビ映画で感動させられるとは思わなかったぞ。監督のマーク・プライスにはすでに新作のオファーが大手映画会社からいっているようだしこれからが楽しみではある。でも、この一作で終わる可能性も大。

B003X92MFG.jpg『ダーティ・メリー クレイジー・ラリー』(1974) DIRTY MARY, CRAZY LARRY 94分 アメリカ 20th CENTURY FOX

監督:ジョン・ハフ 製作:ノーマン・T・ハーマン 原作:リチャード・アネーキス 脚本:リー・チャップマン、アントニオ・サンティーン 撮影:マイク・マーガリーズ 編集:クリストファー・ホームズ 音楽:ジミー・ハスケル、ボビー・ハート
出演:ピーター・フォンダ、スーザン・ジョージ、アダム・ロアーク、ヴィク・モロー、ケネス・トビー、ユージン・ダニエルズ、リン・ボーデン、ロディ・マクドウォール

 監督のジョン・ハフといえば『ヘルハウス』(1973)のイメージが強かったんだけど、こんなアメリカン・ニューシネマも撮ってたんだ。元レーサーのラリー(ピーター・フォンダ)と相棒のメカニックのディーク(アダム・ロアーク)に強盗に入られるスーパーマーケットの店長というチョイ役しかもクレジットなしのカメオ出演でロディ・マクドウォールが出ているのは『ヘルハウス』絡みなんだろうか。
 ラリーとディークは行きずりの女メリー(スーザン・ジョージ)を青いシボレーに乗せて逃走を図る。警察が「青いシボレーなんて50台は見つかるぞ」と言っているからありふれた車なのだろう。逃走には目立たない車を使う、うん基本に忠実だ。ところがこいつら基本的にバカなものだから途中で車を乗り換える準備をしていたまではいいものの、その車が黄緑色で黒のラインが走ったダッジチャージャーときている。目立ってしょうがないだろ、それ。車を乗り換える場所もフリーマーケットの会場なので目撃者がたくさんいてすぐに車が特定されてしまう。おかげでガソリンスタンドで給油しているところをあっと言う間にパトカーに発見される始末。こいつらが最後までなんとか逃走劇を続けられたのは半分以上運のおかげだ。残りはラリーのドライビングテクニックでほとんど頭は使っていない。かろうじてメリーが警察無線を利用して道路封鎖を解除させる所ぐらいか。
 ピーター・フォンダは好きな人は好きなんだろうけど、個人的にはスターのオーラを感じさせない人という印象だ。『キャノンボール』(1980)でジャッキーに叩きのめされているのがお似合いって感じ。でもこれが歳を取ると『ゴーストライダー』(2007)の悪魔メフィストフェレスで存在感を示すから不思議なもんだ。スーザン・ジョージはいかにもはすっぱな(古語だな)感じが良く出ていた。アダム・ロアークはどことなくアレック・ボールドウィンに似ている。
 三人を追う警官役が『コンバット』のヴィック・モロー。登場シーンの半分以上がヘリに乗っており、『トワイライトゾーン』(1983)での撮影中のヘリ墜落事故による彼の死を知っている身としては思わず不安になってしまう。「ヘリはダメだヴィック・モロー。早く逃げるんだ!」オープニングでもエンドロールでもヴィック・モローだけは別扱いになっており、200万ドルという低予算で作られたこの作品としては大物俳優だけあって貫禄のある演技を見せてくれる。そしてしぶとい。終盤には三人に逃げられるのを分かっていながら、無線だけを使って三人を引っかき回す。
 カーアクションは予算を考えればそれなりの出来。ジョン・ハフの資質を考えれば健闘している方じゃないだろうか。『007』シリーズで観られるような大がかりかつ派手なスタントはないが、ダッジチャージャー対ヘリコプターのシーンにはアイディアが詰まっている。『マッドマックス』(1979)ばりに新型パトカーで登場した腕利き警官が割りとあっさり三人組みに負けてしまうのはご愛敬。
 基本的には強盗をやった三人組みがパトカーに追いかけられるというシンプルなストーリーで、これが時代が下れば『トランザム7000』シリーズのような能天気な作品になったのかも知れないが、時はアメリカン・ニューシネマの時代。しかも主演はピーター・フォンダときている。だから結末はいかにもアメリカン・ニューシネマになってしまう。ぶっちゃけて言うと、警察から逃げ切り無事に隣の州に入ったと喜ぶ三人。これでハッピーエンドかと思ったら、ダッジチャージャーが走行中の列車に衝突し爆発炎上。三人は奪った金もろとも燃えてしまう。なんじゃそりゃ? このぶった切り感はなかなかない。普通、悲劇で終わるにしてももうちょっとオチを付けようとか考えたりするはずだ。それが、車がバーッ、列車がゴトンゴトン、でドッカーン。結局は無軌道な若者たちの暴走とその終焉。これだからアメリカン・ニューシネマは好きになれない。

B00028X9X0.jpg『破壊!』(1973) BUSTING 92分 アメリカ UNITED ARTISTS

監督:ピーター・ハイアムズ 製作:アーウィン・ウィンクラー、ロバート・チャートフ 脚本:ピーター・ハイアムズ 撮影:アール・ラス 音楽:ビリー・ゴールデンバーグ
出演:エリオット・グールド、ロバート・ブレイク、アレン・ガーフィールド、アントニオ・ファーガス、コーネリア・シャープ、シド・ヘイグ、マイケル・ラーナー、ウィリアム・シルヴェスター、リチャード・X・スラトリー

 ピーター・ハイアムズの劇場用映画デビュー作である。『破壊!』というタイトルと、風紀課の2人組の刑事が麻薬や買春の元締めと警察内部の汚職に立ち向かうという粗筋からするとアクション映画をイメージするが、実際にはニューシネマの色合いが強く出ていて地味目な作品である。個人的にはニューシネマというジャンルは苦手なんだよな。
 エリオット・グルードとロバート・ブレイクは風紀課の刑事。風紀課が主人公の作品というのも珍しい。『シャーキーズ・マシーン』(1982)が途中から風紀課に配属替えになっていたがやってることは風紀課じゃないしな。
 2人は有名なコールガールを逮捕するが、彼女の顧客には検事など大物と裏で繋がっており、裁判で簡単に釈放されてしまう。他の売春婦を捕まえた時には彼女の腕が麻薬の注射器で開いた穴だらけなことから、ポルノ店の店主が麻薬を売っていると気付き、令状が手に入らないので店主の家に忍び込んで麻薬を捜し出す。そこを数人の男に襲われ、反撃した2人に男たちは逃亡し、マーケットに逃げ込む。ここで繰り広げられる銃撃戦が数少ないアクションシーンだ。
 2人が大元を探っていくとリゾーという悪党に行き着く。だがなかなか尻尾を表さないリゾーに、2人はヌードダンスバーの手入れやリゾーの車を燃やしたりして次第に追いつめていくのだった。
 銃撃戦のシーンでは、カメラを下からあおったような視点での移動撮影が行われる。銃撃戦自体は銃身の短いリボルバーでの戦いはリアル志向。あまり迫力はないのだが、この移動撮影は効果的に使われていた。長回しと言うほどでもないけれど1カットがそれなりに長い。それにしてもマーケットでの銃撃戦では一般市民に犠牲者が出ているし、2人は処罰の対象にはならなかったのだろうか。そもそもこの作品のカラーからすると銃撃戦はなくても良かったのかも。そうすると更に地味な作品になるが。
 他にアクションシーンと呼べるようなのは終盤の救急車によるカーチェイスか。でもこれは大したことがない。
 2人はリゾーと繋がっている署長の命令によって公園のトイレの警備に当たらされたり、パートナーを解消させられ新人と組まされたりもする。時には罠にはまって警告としてボロボロに殴り倒されてしまう。しかし、踏みつけられても踏みつけられてもしぶとく立ち上がって捜査を続ける。これはもう刑事としての責任感を越えた男としての意地である。
 だが最後にリゾーを追いつめた時に「証拠はあるのか。仮にあったとしても何年刑務所に入れられる。せいぜい一年だ。ムショの中でも商売の指示は出せる。骨休みにしかならんよ」と言われてしまう。リゾーに拳銃を向けたままのエリオット・グルードの顔がアップになる。そして「前の職業は?」「警官」「勤続年数は?」「11年」とのセリフが流れる。刑事という仕事のやりきれなさに結局エリオット・グルードは退職してしまったようで、会話は職業安定所でのものだろう。苦いエンディングである。

B004UJ84NC.jpg『マッハ!参』(2010) ONG-BAK 3 94分 タイ

監督:トニー・ジャー、パンナー・リットグライ 製作:トニー・ジャー、ソムサック・デーチャラタナプラスート 脚本:トニー・ジャー、パンナー・リットグライ
出演:トニー・ジャー、ダン・チューポン、ペットターイ・ウォンカムラオ、スパコン・ギッスワーン、ニルット・シリジャンヤー

『マッハ!』シリーズ3作目。といっても1作目は現代劇でストーリーとしては独立しており、2作目とこの3作目は時代劇で話も繋がっている。
 話が割りとややこしいので2作目を観直して予習してから観ることをお薦めする。ややこしいといっても複雑なのではなく整理し切れていない部分があるのだ。ここら辺はストレートに仏像の頭を取り返すためや象を取り返すために悪人と戦った『マッハ!』『トム・ヤム・クン!』のシンプルさと比べた場合の脚本の弱さだろうか。
 だが体を張ったアクションは相変わらずスゴい。トニー・ジャー自身が戦うのはラストぐらいで意外と少ないのだが、その分他の人間が戦ってくれる。時代劇なので刀や槍を使った戦闘が中心で素手による戦いは控えめ。ワイヤーは鴉男が空中で回転するシーンで使っていた気もするが、トニー・ジャーが象の背から背へと飛び移りながら戦うシーンはワイヤー無し。もしも足を滑らせて落ちたら象に踏みつぶされかねない危険なスタントだ。
 そしてこの作品はアクション映画であると同時に宗教映画でもある。タイと言えば仏教国。国民のほとんどが上座部仏教いわゆる小乗仏教を信仰している国である。前作のラストで敵に捕まったトニー・ジャーは拷問を受け、死刑になる寸前に辛うじて救出される。だが拷問で負った傷は深く、今にも死にかねないトニー・ジャーのために村人たちは何をするか? 仏像を作るのである。仏像が完成していく様子とトニー・ジャーの回復の様子が交互に映し出される。
 そしてトニー・ジャーがこんなに酷い目に遭っているのは、僧侶曰く「お前の前世での行いのせいだ」なのだそうだ。輪廻転生か。アクション映画で主人公が酷い目に遭うのはお馴染みだが、その理由が前世での行いというのはさすが仏教国。
 そこでトニー・ジャーが始めるのは武術の修行ではなく仏教の修行だ。滝の下で座禅を組み、時には水中クンバカまでやってみせる。そうして精神を高めていくのだ。そうこうしている間に前作でのラスボスは鴉男にあっけなく殺されてしまう。弱いなー、なにやってんだよ。
 今や王となった鴉男によって村は襲われ、人々は殺されたり城作りのための奴隷として連れて行かれる。その中にはトニー・ジャーの恋人もいた。
 城に乗り込んでくるトニー・ジャーの目の前で鴉男は恋人の喉をかっ切って殺してしまう。怒りと復讐に取り憑かれたトニー・ジャーの大暴れが始まる。たった一人で兵士達を相手に立ち回るトニー・ジャー。だが最後には"怒りと復讐の気持ち"を利用されて鴉男により槍で串刺しになってしまう。
「無として生まれたのだから、無になれば良い」とトニー・ジャーは悟りを開く。するとビデオの巻き戻しのように映像が逆に流れ、分岐点まで時間が遡っていく。そして新たな気持ちで戦いを始めるトニー・ジャー。ゲームのセーブポイントじゃないんだから。
 そして鴉男との息詰まる戦いが始まる。鴉男役の俳優も有名なアクション俳優らしく見応えのある戦いである。鴉男は再びトニー・ジャーに槍を投げつけてくる。グサッといったのか? いや、槍の穂先を両手で真剣白刃取りのように受け止めていたのだ。その格好はさながら仏を拝む姿のよう。手と手のシワを合わせて幸せである。
 トニー・ジャーの仏教への取り組み方は半端ではなく、この作品後に映画界を引退して出家してしまったほどだ。もっともタイでは成人男子が出家することはそれほど珍しくないそうで、日本人が考えるほど特殊ではないようだが。これでトニー・ジャーのアクションも見納めかと思ったら、還俗して『トム・ヤム・クン!2』の製作に取りかかったそうだ。

B0052ONFXI.jpg『ザ・シンガー』(1979) ELVIS 劇場公開版119分、DVD版168分 アメリカ

監督:ジョン・カーペンター 製作:アンソニー・ローレンス 製作総指揮:ディック・クラーク 脚本:アンソニー・ローレンス 撮影:ドナルド・M・モーガン 音楽:ジョー・レンゼッティ 歌:ロニー・マクドウェル
出演:カート・ラッセル、シェリー・ウィンタース、パット・ヒングル、シーズン・ヒューブリー、ロバート・グレイ、メロディ・アンダーソン、チャールズ・サイファーズ、ビング・ラッセル、ジョー・マンテーニャ、エド・ベグリー・Jr、ジェームズ・カニング、ピーター・ホッブス、レス・ラノム、エリオット・ストリート、ウィル・ジョーダン

 アメリカではTV用映画として放映された作品だが、日本では劇場公開された。オリジナルは168分で劇場公開版は119分。だから今回発売されたDVDはオリジナルの168分版なので途中でだれたり不要なシーンがあったりするんだろうなと思ったらそんなことはほとんどない密度の濃さで、よくこれを50分も削ったものだなと思う。監督が意図していたのとは別の作品になってしまっていたのではないだろうか。
 ジョン・カーペンターのファンとしては一度は観てみたい作品だったのだが、これまでにビデオ化すらされておらず幻の作品だった。それをオリジナル版でリリースしてくれたのはマニアックな作品を出すことで知られるキングレコードである。感謝。
 エルヴィス・プレスリーの幼少期から伝説的な1969年のホテルでのショーまでを描いた伝記映画で、ホラーでもアクションでもSFでもないジョン・カーペンターは珍しい。まだ30歳を過ぎたばかりの頃で、この若さでTV用映画としてはかなりの規模の作品を手がけるとはさすがである。映像特典として過去のメイキングが収録されているが、そこには若き日のジョン・カーペンターが登場する。ジョン・カーペンターの服の襟がでかいところに時代を感じる。
 ジョン・カーペンターとカート・ラッセルのスネーク・プリスキン他の黄金コンビが初めて手を組んだ作品でもある。カート・ラッセルはそれまで主にディズニーの実写映画で活躍していたが、この作品で高校時代から30代半ばまでのエルヴィスを演じきることで役者としての幅を広げた。ちなみにカート・ラッセルの映画デビュー作は奇しくもエルヴィス主演作『ヤング・ヤング・パレード』(1963)である。
 映画は1969年のショーが行われるホテルにエルヴィスを乗せた車が到着するところから始まる。そしてホテルの一室にいるエルヴィスが、まずは影、そして後ろ姿。手からようやく顔と段階を踏んでその姿が映される。凝った登場シーンで上手いなと思うのだが、これだと車から降りてくるシーンでエルヴィスの姿を映してしまったのがもったいない。あそこは到着する車だけで終わらせても良かったのかも知れない。
 そして想い出に浸るかのように映画は過去へと遡っていく。まずは誕生日に両親からギターを送られた幼少期のエルヴィス。このシーンはさすがに子役を使っている。ここでギターと出会っていなければ大スターエルヴィスは誕生していなかった。そして誕生時に死亡した双子の兄弟の墓参りにいった帰りをいじめっ子にいじめられる。だが、貧しいながらも楽しい我が家的シーンも描かれ、特にエルヴィスと母親(シェリー・ウィンタース)との関係は重要である。成長後のシーンでもエルヴィスが母親と同じ黒に髪を染めたりと母親に対してマザー・コンプレックス的感情を抱いている。後の母親の死に対しエルヴィスは大きなショックを受ける。それに対して、父親はいつの間にか登場しなくなっていて、生きているのか死んでしまったのかもはっきりしない。ちなみに父親を演じているのはカート・ラッセルの実の父親ビング・ラッセルである。
 エルヴィスは高校に入ってからも目立つ髪型などからいじめられていたようで、そこをレッドという同級生に助けられる。エルヴィスとレッドはその後仲間となり、1969年のシーンでレッドはエルヴィスのボディーガードのような存在となっている。エルヴィスにとって仲間は大切な存在だったようで、そのことで妻のプリシラ(後に女優となり、『裸の銃を持つ男』シリーズなどで活躍することになる)に文句を言われたりしている。
 高校の音楽発表会で大喝采を浴びたエルヴィスは、卒業後も音楽活動を続け、母親に送るため「2曲で4ドル」のレコード作成会社を訪れる。そこで才能を見出されたエルヴィスはプロとなりトントン拍子にスターになっていき、映画主演の話まで来るようになる。しかしプレスリー映画を観た人は分かると思うのだが、お世辞にも演技が上手い人ではなく、作中でも監督から文句を言われてばかりである。後に徴兵で西ドイツに駐留している時に酒場で、舞台に上がり一曲歌うことになり「まるで僕の映画のようだ」と言っているが、ほんとそんな作品がほとんどだった。
 西ドイツ時代にプリシラと知り合い結婚することになるが、最初は幸せだったもののプリシラは大スターの妻という肩書きを重荷に感じるようになる。エルヴィスも繊細な人で家でもあまりくつろぐことがなく、それもまた彼女にとって重荷であった。
 そして険悪になっていった二人の中を辛うじてつなぎ止めたのが娘リサ・マリー・プレスリーである。マイケル・ジャクソンやニコラス・ケイジと結婚していたこともある彼女はこの頃まだ幼女。1968年生まれの彼女は1969年のショーの時点ではまだ1歳のはずだが、ショーの前にエルヴィスが電話をかけたところ出たのは彼女。そして会話を交わして電話を切る。その前のシーンでは姿が映るがどう見ても3-4歳。ここら辺は映画の嘘だが、電話の相手がプリシラよりもステージ前の生のエルヴィスを見せるという意味ではリサ・マリーにして正解だろう。
「さぁ、これからショーだ」で終わるのかなと思っていたら、ちゃんとショーのシーンがあるので驚いた。観客席には100人規模の老若男女のエキストラがいる。スターが出ているのならば無償でもエキストラが集まるだろうが、この作品時点のカート・ラッセルはそれほど名前が売れていたわけではない。ギャラを払って集めたのであろう。これだけでもかなり力を入れて作られていることが分かる。
「ここから先はみんな知ってるよね」とばかりに1969年のショーで映画は締めくくられる。そして1977年、心臓発作でエルヴィスは帰らぬ人となったが、未だに「エルヴィスは生きている」と主張する人達がいることでも有名である。

B000TXY85G.jpg『ワンダーガールズ東方三侠2』(1993) 現代豪侠傳/THE EXECUTIONERS 97分 香港 CHINA ENTERTAINMENT、PAKA HILL FILM PRODUCTION

監督:チン・シウトン、ジョニー・トー 製作:チン・シウトン、ジョニー・トー 脚本:サンディ・ショウ 撮影:プーン・ハンサン 音楽:ウォン・ガーシン
出演:アニタ・ムイ、ミシェール・キング(ミシェール・ヨー)、マギー・チャン、アンソニー・ウォン、ダミアン・ラウ、金城武、チョン・プイ

 前作から数年後。アニタ・ムイが5歳ぐらいの女の子の母親になっているから6、7年後の設定だろうか。世界を核戦争が襲い、社会は荒廃していた。突然、近未来SFである。
 放射能によって水が汚染され、放射能除去装置を作り出した天才キムが浄化した水を売り出し莫大な利益を得ていた。政府はまだどこかに汚染されていない水があるはずと捜索隊を出していたが、結果は得られず捜索隊は死者ばかり出していた。
 ワンダーガールズはまたバラバラになり、アニタ・ムイは主婦業に、ミシェール・ヨーは医薬品を運ぶボランティアに、そしてマギー・チャンはキムの会社から水を強奪しては市民に分け与える義賊となっていた。この三人が、金城武演ずる新興宗教教祖殺害事件から始まる騒動で再び手を取った。
 前作のような破天荒なアクションは少なく、銃撃戦などの比較的リアルなアクションが多い。あくまでも比較的だけど。それでもラストのキムとの戦いでは派手な戦いが繰り広げられる。それにしても科学者のクセしてなんでこんなに強いんだ、キム。キムと共に悪事を目論んだ将軍が強いのは軍人だからまだ分かるんだが、実戦派な将軍だなぁ。
 主要登場人物でも平気で殺してしまう。アニタ・ムイの夫である刑事は教祖殺害事件の犯人の汚名を着せられ射殺されてしまうし、マギー・チャンと最初は嫌い合っていたのだが次第に良い感じになる男は意味の分からない死に方をする。それどころかミシェール・ヨーまで爆死する。これはもう続編は作らないという意思表示だろう。えっ、次回作ではミシェール・ヨーの双子の妹が登場するって!? (大嘘)
 当然、脇役の命なんかもっと軽い。大統領補佐官は大統領を手術で救った医師たちを口封じのために射殺してしまう。軍の牢に閉じこめられた人々は食事に毒を盛られて殺されてしまう。切符を持たずに強引に列車に乗ろうとした男は兵士によって射殺される。金城武は爆殺された後、生首としてキムの下に送られるし、人が死にまくりである。このため、あまり爽快感は感じず重い雰囲気が作品を覆っている。ちなみのこの役が金城武のデビュー作だそうだ。
 他の受刑者が毒の仕込まれたパンで死んでしまったのを見たアニタ・ムイは、ネズミの血を啜って喉の渇きを癒やす。そして牢の檻から外したボルトで金属製の食器をコツコツと加工しマスクを作り上げる。彼女にとってあのマスクはよほど大切な物らしい。正義の象徴か。
 前作で死んだはずのアンソニー・ウォンがまったく別の役キムとして再登場。ここら辺は香港映画らしく何でもありだ。
 水を奪ってきたマギー・チャンがアニタ・ムイの家にホースで水を撒きながら入ってきて、その水でみんなでお風呂に入るほのぼのシーンがある。サービスシーンなのかも知れないが、肩から上しか見えず湯面にはシャボンの泡だらけでちょっと残念。

B000TXY856.jpg『ワンダーガールズ東方三侠』(1993) 東方山峡/THE HEROIC TRIO 87分 香港 CHINA ENTERTAINMENT、PAKA HILL FILM PRODUCTION

監督: ジョニー・トー アクション監督:チン・シウトン 製作:チン・シウトン、ジョニー・トー 製作総指揮:ブライアン・イップ、コラ・チェン 脚本:サンディ・ショウ 撮影:プーン・ハンサン 音楽:ウィリアム・フー
出演:アニタ・ムイ、ミシェール・キング(ミシェル・ヨー)、マギー・チャン、アンソニー・ウォン、チョン・プイ、ヤン・サイクワン、ラウ・チャンヤン

 連続する赤ちゃん誘拐事件。その解決に乗り出したのは謎のヒロイン、ワンダー・ガール(アニタ・ムイ)。そして誘拐された警部の赤ちゃんを取りもどす契約をしたハンター(マギー・チャン)。ミシェール・ヨーは赤ちゃん誘拐事件の実行犯である。邦題では『ワンダーガールズ』となっているが、この三人はそれぞれ別の目的があり、それぞれ独立した存在である。チームとなるのは最後の戦いに挑む時から。
 犯行の黒幕は太后。赤ちゃんはみな高貴な日に生まれた子ばかりで、その中から皇帝を作り出して中国を支配し、権力を手に入れようというのだ。というと大層な組織に聞こえるが、実際には太后と四天王、門番のアンソニー・ウォンとミシェール・ヨーぐらいしかおらず、せいぜい10人程度の組織のようだ。ショッカーだってもっと大規模だったぞ。しかも本拠地の魔宮はどんな秘密の場所にあるのかと思ったら、そこらの街の地下だし。メタンガスが発生していると言うから下水道にあるんじゃないだろうか。臭そうだ。
 アニタ・ムイとミシェール・ヨーは過去には同門で正義の味方となるべく修行をしていたようだ。しかし実力不足のミシェール・ヨーは破門となってしまう。どう考えてもアニタ・ムイよりミシェール・ヨーの方が強そうなんだがな。その後、何がどうしたのか説明がないので詳細は分からないが、ミシェール・ヨーは太后の手先となって悪事を働くようになった。
 マギー・チャンは太后の下で戦士となるべく鍛えられていたが脱走。それを追ったのがミシェール・ヨーだったが、彼女を見逃した。このようにそれぞれに過去の因縁があるのだが、それほど気にしなくても良さそうだ。というかその点を気にし始めると説明不足な上に脚本が破綻気味であることが目に付いてしまいアクションを純粋に楽しめなくなる。
 見所はなんと言っても1990年代前半の香港映画ならではの無茶なアクション。アニタ・ムイは空中に張られた電線の上を走って飛んでくるし、マギー・チャンはドラム缶にまたがると、中に爆薬を放り込んでロケットとなって飛んでいく。オートバイが横向きで回転しながら宙を舞うという無茶なワイヤーアクションまである。この辺り、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』(1987)のチン・シウトウがアクション監督をやっているだけのことはある。飛んでくる銃弾を手裏剣で真っ二つにするなんてそんなバカな。
 これらのアクションを三人の美女がやってのけるところがスゴい。アクションがあまり出来なさそうなアニタ・ムイに関しては顔の上半分を覆うマスクを付けることでスタントマンを使いやすくしている。
 アニタ・ムイには刑事の夫がいたり、ミシェール・ヨーには透明マントというドラえもんのひみつ道具のようなアイテムを研究している恋人がいたりとロマンスが盛り込まれているが、どちらかというと中途半端。アニタ・ムイの方はそれなりに納得できるのだが、ミシェール・ヨーに関しては透明マントを狙う太后の命令で科学者に近づいているのだが、彼を本気で愛してしまい葛藤を感じるとちょっと重苦しい。しかも科学者は研究中に発生する毒素のせいで寿命が尽きかけている。研究当初からそれには気付いていたと言うから、止めろよそんな研究。
 残酷描写も好き嫌いが分かれるところだろう。アンソニー・ウォンが何度も指を切り落とされてその指を拾って自分で食ってしまうのは一種のギャグだ。再登場する度に指が生え直しているし。だが、赤ちゃんを殺してしまったり、太后に誘拐されて育った子供たちを、マギー・チャンが「彼らはもう人間じゃない。殺してやった方が情けだ」と爆薬で吹き飛ばしてしまうとなると笑えない。ここら辺はやはりジョニー・トー風か。
 終盤の戦いではそれっぽく登場した四天王だが、マギー・チャンのマシンガンの乱射にあっと言う間にやられてしまう。弱いなおい。その分、超能力者だった太后が強敵。攻撃を仕掛けても超能力ではじき返されてしまう。なんとか爆薬で吹き飛ばすことに成功するが、炎の中から現れたのは骸骨となった太后。『ターミネーター』か。

B004FGLVSA.jpg『ツーリスト』(2010) THE TOURIST 103分 アメリカ/フランス COLUMBIA PICTURES、GK FILMS、SPYGLASS ENTERTAINMENT

監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク 製作:グレアム・キング、ティム・ヘディントン、ロジャー・バーンバウム、ゲイリー・バーバー、ジョナサン・グリックマン 製作総指揮:ロイド・フィリップス、バーマン・ナラギ、オリヴィエ・クールソン、ロン・ハルパーン 脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク、クリストファー・マッカリー、ジュリアン・フェロウズ オリジナル脚本:ジェローム・サル 撮影:ジョン・シール プロダクションデザイン:ジョン・ハットマン 衣装デザイン:コリーン・アトウッド 編集:ジョー・ハッシング、パトリシア・ロンメル 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演:アンジェリーナ・ジョリー、ジョニー・デップ、ポール・ベタニー、ティモシー・ダルトン、スティーヴン・バーコフ、ルーファス・シーウェル、クリスチャン・デ・シーカ、アレッシオ・ボーニ、ジョヴァンニ・グイデッリ、ラウル・ボヴァ、ブルーノ・ウォルコウィッチ

 観光ロマンス映画としてみれば主な舞台は水の都ベネチアだし主人公はアンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップの二大スターということで悪くはない。ただし、ヒッチコック風の巻き込まれ型サスペンスとして考えると、あまりに偶然に頼った脚本だし、なかなか盛り上がってくれない。監督の資質がサスペンスに合っていないのではないだろうか。それにしても監督の名前はフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。長いな、おい。どこからが名前でどこからが苗字だ。『善き人のためのソナタ』(2006)の人か。そっちは観てないけど。
 アンジェリーナ・ジョリーが警察に尾行されているシーンから映画は始まる。アレクサンダーという男から指令を受けるアンジェリーナ・ジョリーは、パリからベネチアに向かう列車の中でアレクサンダーに体格がよく似た男ジョニー・デップを見つけ、警察に彼をアレクサンダーと信じさせる。その情報がアレクサンダーに大金を横領されたマフィアに流れ、追跡劇が始まる。
 ジョニー・デップはアメリカ人数学教師でただのツーリストである。そんな彼がアレクサンダーと間違われてマフィアに追われることになる。警察に駆け込んだら汚職警官にマフィアに売られてしまい、危機一髪の所をアンジェリーナ・ジョリーに救われる。このシーンはベネチアの水路を利用したボート対走って追ってくるマフィアとのアクションシーンになっているのだが、最初にも書いた通りこれがスピード感がほとんどなくなかなか盛り上がってくれない。アクション映画として観るのがそもそも間違っているのだろう。女性客もターゲットにしたデート向けのロマンス映画なのである。冴えない男の役にジョニー・デップを持ってきたのは正解だったのだろうか。もちろんジョニー・デップのことだからその演技力を持ってして最大限冴えない男を演じているのだが、なにぶん元が格好いい。どう見てもただ者ではない感じがするのである。その点は失敗かと。もっと凡庸な俳優の方がラストの意外性はあったかも。それでは映画として売りにならないが。まぁ、パジャマ姿で屋根の上を逃げ回るジョニー・デップは可笑しかった。
 最近流行の電子タバコを上手く伏線として使っているが、感心したのはそれぐらいか。もっとサスペンスとして描いて欲しかった。マフィアたちが使っている拳銃はベレッタM93R。3点バーストが出来る特殊な拳銃だ。ドアを撃ち抜くシーンでちゃんと3点バーストしている。といってもドアの内側からの描写なのでM93Rがブローバックしているのは見えないが。
 ラストはかなりあっけなく「これで終わり?」って感じ。アクションを期待しちゃいけないんだろうけど、いけないんだろうけど、しちゃうんだよなぁ。
 アンジェリーナ・ジョリーは妖しい魅力満点。舞踏会に行くシーンでは美しいドレス姿を披露してくれる。アレクサンダーも謎の存在だが、彼女も実に謎の女性。敵か味方かなかなか判断が付かない。
 スコットランドヤードの主任警部役でティモシー・ダルトンが登場。出番は少ないが印象は強い。それにしても歳を取ったなティモシー・ダルトン。『007 リビング・デイライツ』(1987)はもう遠い昔の話だもんな。

B002LF3WUC.jpg『人間の証明』(1977) 133分  日本 東映、角川書店

監督:佐藤純彌 製作:角川春樹 プロデューサー:吉田達、サイモン・ツェー 原作:森村誠一 脚本:松山善三 撮影:姫田真佐久 美術:中村修一郎 編集:鍋島惇 音楽監督:大野雄二 主題歌:ジョー山中 照明:熊谷秀夫 録音:紅谷愃一
出演:岡田茉莉子、松田優作、ジョージ・ケネディ、ジョー山中、三船敏郎、岩城滉一、高沢順子、鶴田浩二、ハナ肇、鈴木瑞穂、地井武男、和田浩治、峰岸徹、夏八木勲、范文雀、長門裕之、ジャネット八田、坂口良子、伴淳三郎、星美智子、相馬剛三、竹下景子、北林谷栄、西川峰子、大滝秀治、佐藤蛾次郎、室田日出男、中田博久、深作欣二、島崎奈々、森村誠一、鈴木ヒロミツ、シェリー、菅野忠彦、E・H・エリック、角川春樹、ブロデリック・クロフォード、リック・ジェイソン、ロバート・アール・ジョーンズ

 まぐれで『新幹線大爆破』(1975)という傑作を一本だけ撮ってしまった佐藤純彌監督作である。この人がデカいツラをして日本映画界にのさばってきたことは大いなる不幸だと思っている。だって『敦煌』(1988)に『おろしや国酔夢譚』(1992)、あげくには『北京原人 Who are you?』(1997)だよ。さすがに『北京原人』で監督としてとどめを刺されたかと思ったらまだ生き延びていて『男たちの大和/YAMATO』(2005)なんて駄作を撮っている。しぶとさはゴキブリ並みだ。この『人間の証明』も監督が佐藤純彌という時点で何の期待もしないで観た。
 ニューヨークのスラム街から「キスミーに行くんだ」と言って日本に来た黒人青年(ジョー山中)が高級ホテルのエレベーターの死亡した。死因はナイフによる刺し傷だった。青年は死ぬ間際にエレベーターガールに「ストロハ」という謎の言葉を残していた。
 原作は未読なのだがこれはミステリーなのだろうか。「ストロハ」の謎は刑事の松田優作が刺されたと思われる現場で麦わら帽子を見つけて「ストロハはストローハットの意味、つまり麦わら帽子じゃないですかね」とあっと言う間に謎を解いてしまう。ダイイングメッセージと思われた「ストロハ」だが、あっけなさに力が抜けてしまう。もちろん麦わら帽子にどんな重要な意味があるのかはこの時点では分からず、謎に違いはないのだが。
「キスミー」の意味も青年が残した西条八十の詩集に収められた"帽子"という詩から群馬県の霧積のことだというのが前半には分かってしまう。それどころか、真犯人も動機も1時間程度で分かってしまうのだ。133分の映画だから、残りの1時間ちょっとはその証拠固めに明け暮れることになる。
 原作は1976年刊である。聞き違えによる謎は横溝正史の『獄門島』(1977)(原作は1948年刊)の「キチガイじゃが仕方ない」のモジリでしかない。トリックがどうこうよりも終戦直後の日本を発端とする人間サスペンスドラマに重点を置いているのだろう。それにしては脚本が乱雑だし、なにより本格的ニューヨークロケなどを行いスケールは大きなものの演出の底が浅く、登場人物の誰にも感情移入が出来ない。主人公は松田優作なのだろうが、進駐軍に父親を殺されたという悲しみが見えてこない。せっかく担ぎ出したアカデミー俳優のジョージ・ケネディも進駐軍の一人として日本に駐留していた時期があり、松田優作とはとある事件による因縁関係なのだが、これも蛇足でせっかくのジョージ・ケネディが泣いている。
 他のキャストは三船敏郎に鶴田浩二、長門裕之などと豪華だが、出演シーンは少なく無駄に顔ぶれだけ揃えた感がある。三船敏郎は椅子やソファにどっかと腰を下ろしているシーンばかりだし、ゲスト出演の深作欣二に至ってはどこに出ているか分からなかった。刑事の一人らしいのだが、ジョー山中一人が殺されただけなのに捜査本部には20人ぐらい人がいるし、そもそも年を食ってからの深作の顔しか知らん。
 范文雀(いつ見ても落語家みたいな名前だな)を轢き殺したのが花形デザイナーの岡田茉莉子の息子である岩城滉一で、轢死体を遺棄したのを打ち明けられた岡田茉莉子が岩城滉一をニューヨークへ逃がす。するとジョー山中殺害事件の調査でニューヨークを訪れていた松田優作と出くわし、カーチェイスになった挙げ句にジョージ・ケネディが岩城滉一を射殺する。ここだけでもう偶然続きで書いてて嫌になる。しかも少年時代の松田優作は真犯人と出くわしていた。偶然に頼った物語作りを否定する気はないが、これはやりすぎだろ。
 終盤には大勢の観客を前にして真犯人が犯行について語り出す。衝撃的(作中では)な事実を語っているのにざわめきもせず静かに聞き入っている観客が不自然。しかも語り終えた後は拍手が鳴り響く。演出だと思ったのか。しかし、あれが作り話だとしたら単に危ない人だろ。
 音楽監督が大野雄二なので時折『ルパン三世』っぽい音楽が流れる。音楽と言えばジョー山中が歌う主題歌はやはり良い。ジョー山中の追悼の意味を込めて取り上げてみたが、ジョー山中は登場したと思ったらすぐに殺されてしまう。終盤に犯行時の回想シーンで再登場し、犯人に刺されたナイフを自分で更に深く突き刺すシーンは良かった。ジョー山中といえば『座頭市』(1989)で緒形拳に斬り殺されてしまう情けない用心棒の先生の方が好きだが。
 最後のジョージ・ケネディは自業自得ってこと?

B00495XUZY.jpg『ザ・タウン』(2010) THE TOWN 劇場版125分・エクステンデッド版150分 アメリカ WARNER BROS. PICTURES

監督:ベン・アフレック 製作:グレアム・キング、ベイジル・イヴァニク 製作総指揮:トーマス・タル、ジョン・ジャシュニ、ウィリアム・フェイ、デヴィッド・クロケット 原作:チャック・ホーガン 脚本:ベン・アフレック、ピーター・クレイグ、アーロン・ストッカード 撮影: ロバート・エルスウィット プロダクションデザイン:シャロン・シーモア 衣装デザイン:スーザン・マシスン 編集:ディラン・ティチェナー 音楽:デヴィッド・バックリー、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
出演:ベン・アフレック、ジョン・ハム、レベッカ・ホール、ブレイク・ライヴリー、ジェレミー・レナー、タイタス・ウェリヴァー、ピート・ポスルスウェイト、クリス・クーパー、スレイン グロンジー、オーウェン・バーク、コレーナ・チェイス、ブライアン・スキャンネル、デニス・マクラフリン、ヴィクター・ガーバー

『アルマゲドン』(1998)やラジー賞を総なめにした『ジーリ』(2003)など俳優としてはB級な感じがするベン・アフレックだが、そもそもはマット・デイモンと共同脚本で書いた『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997)でアカデミー脚本賞を取った才人である。初監督作品だった『ゴーン・ベイビー・ゴーン』(2007)もハードボイルドな出来で良かった。そして監督・脚本・主演がこの『ザ・タウン』である。
 犯罪都市ボストンで銀行強盗で生計を立てている男たちがいた。そのリーダー格のベン・アフレックは押し入った銀行の女性支店長に恋をしてしまう。しかし、身分違いの二人の恋が実ることがあるのだろうか。
 DVDのエクステンデッド版で観た。劇場公開版より25分長い。そのためか若干冗長に感じる部分があった。時間があったら劇場公開版も観て比較してみたい。
 犯罪者の生活がリアルに描かれる。刑務所に収監されているベン・アフレックの父親との面会シーンなどは息迫る物がある。すぐにカッときて暴力を振るう仲間などもいる。女性支店長と偶然コインランドリーで知り合うのは出来すぎだと思うけどね。
『ザ・タウン』のタイトルが示す通り、ベン・アフレックは生まれ故郷であるこのボストンに縛り付けられている。父親からして犯罪者なように、稼業のように犯罪を受け継いでいる。ラストになってようやく『ザ・タウン』から抜け出すことに成功する。
 終盤には強盗対警察のリアルな銃撃戦が繰り広げられる。『ヒート』をイメージさせるこの銃撃戦はなかなかな迫力。双方共に銃を撃ちまくり、強盗側は一人また一人と撃ち殺されていく。
 一度はFBIの手に落ちたベン・アフレック。ここでの捜査官との会話がバッチリ決まっている。お互いに裏を読んだ会話が繰り広げられ、緊張感が強い。
 ボストンのチャールズタウンは犯罪大国アメリカで最も強盗の数が多いことでも知られている。このチャールズタウンがもう一つの主人公だ。冒頭の銀行強盗のシーンはリアリティに富んでいて、漂白剤を撒いてDNA捜査を不可能にしたりする。
 終盤では支店長と一緒にチャールズタウンを抜け出したいと思っているベン・アフレックの思いが痛いほど伝わってくる。
 支店長に嫌がらせをしてくる団地の住民にベン・アフレックが殴り込みに行くシーンでは友人は「どっちの車で行く?」としか言わず理由は尋ねない。子供の頃からの友情ならではである。
「晴れた日には人が死ぬ」と告げる支店長のセリフにもグッと来た。ラストへの伏線にもなっている。
 ベン・アフレックの映画監督としての才能を強く感じさせる作品である。

B000BMPXRW.jpg『トリックマスター』(1999) 千王之王2000/THE TRICKY MASTER 91分 香港
監督:バリー・ウォン 製作総指揮:バリー・ウォン 脚本:バリー・ウォン
出演:チャウ・シンチー、チョン・カーフェイ、ケリー・リン、ラム・ヘイ

 チャウ・シンチーは主演じゃなくて助演だな。主演は潜入捜査官のフンで、彼は悪党の富豪フェラーリに接近するが、罠にはめられて停職処分を食らってしまう。ストリップ姿をテレビでさらされプライドもずたずたにされてしまったフンは復讐のため天才イカサマ師のウォン(チャウ・シンチー)に弟子入りする。
 ウンコを舐めるだとか、ウォンの奥さんがボディガードにボコボコに殴られるだとか、やたらと登場人物が泡を吹いたり、女装姿を見合った者同士がゲロを吐くだとか下品なギャグが多い。バリー・ウォンやりすぎ。悪役のフェラーリまで自分で演じてるし。
 チャウ・シンチーは白髪混じりの頭にしてちょっと老けた感じを出し、天才イカサマ師の貫禄を見せている。終盤には白のタンクトップでブルース・リーのオマージュなカンフーシーンもあり。ハイキックが見事に決まる。身体が動く人なのだ。ギャンブルに関しては超一流で、子供相手の『ストリートファイターII』でも手を抜かず金を巻き上げる。珍しく奥さんがいる役だ。『ミラクル7号』(2008)ではお父さん役だったしな、若く見えるチャウ・シンチーもしっかり歳を取っているのだ。
 お約束なギャグにお約束な展開で特に目新しいところはない。全体的に雑な作りで笑いも控えめ。ラストの大逆転も『ゴッド・ギャンブラー』を観た後だと色あせて見える。でもフンは頑張ったよ。
 フンの上司が変装の名人で、無意味な変装攻撃を仕掛けてくる。上司の部屋を掃除しているオバさんが上司の変装だと思ったフンが話しかけているのだが無視されてしまう。そこへ入ってくる上司。なんだ勘違いだったのか、と思いきや上司はオバさんの変装で掃除をしていたオバさんこそ上司その人だったのだ。何の意味があるんだそれ?

B000TXY84M.jpg『008皇帝ミッション』(1996) 大内密探零零發/FORBIDDEN CITY COP 90分 香港 WIN'S ENTERTAINMENT

監督:チャウ・シンチー、ヴィンセント・コク 製作:バリー・ウォン 製作総指揮:チャールズ・ヒョン、チョイ・サウラム 脚本:チャウ・シンチー、ヴィンセント・コク 撮影:リー・キンキョン
出演:チャウ・シンチー、カリーナ・ラウ、カーメン・リー、ロー・ガーイン

『008』原題では『零零發』となっているから『007』シリーズのパロディかと思ったらそれを強く感じさせるのはタイトルバックぐらい。いきなり時代劇だから。チャウ・シンチー演ずる008はカンフーは全然出来ず手で回す扇風機もどきや、口に火薬と弾丸をくわえて発射する拳銃もどきなど怪しげな発明品ばかり作っている。拳銃もどきは爆発して実験台になった男の唇がボーンと腫れてしまうのは言うまでもない。
 明の皇帝の怒りを買った008は首になり、城を追い出されて妻と一緒に婦人科の医師になる。そう簡単に医者になれるのか?
 愛妻家の008は夫婦仲がよく、幸せに暮らしていたのだが、明を狙う他国の陰謀に巻き込まれていく。
 008が妻のために作った換気扇や足で掃除をする道具など実にいい加減で面白い。扇風機もどきや拳銃もどきは改良をして、中盤で敵に襲われた時には大活躍をする。007のパロディというよりQのパロディなのかもしれない。
 スパイ的要素はあまりないが、敵の陰謀を暴くどんでん返しは面白かった。008は全て計算ずくだったんだね。そして大芝居を打った人達が明の皇帝から主演女優賞や主演男優賞の授賞式がいきなり始まる。これはアカデミー賞のパロディだな。主役なのに主演男優賞を妻の父親に取られてしまい悔しがる008。
 終盤はラスボスである顔のない無想皇帝相手の戦い。これが強敵で明の兵士達は次々にやられていく。だが008はあらかじめ罠を仕掛けていた。気球に避雷針を積んで、そこから伸びる鎖で無想皇帝を縛り上げ、雷を落としてやっつけようというのだ。だが、土壇場で鎖が切れてしまう。雷が避雷針に落ちて流れてくる電流。鎖を繋げようと必死な008。これは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のパロディだろうか。でも間に合わないんだよな。
 代わりに雷のエネルギーで一時的に超人パワーを手に入れた008が無想皇帝と戦う。果たして勝つのはどっちか?
 ラストで映画の冒頭で剣豪が残していったカンフーの秘伝書が役に立つのかと思っていたら違った。だとするとあの冒頭のシーンには何の意味があるんだ。武侠小説の登場人物たちらしいのだが、普通の日本人には分からんよな。剣豪というと美男子のイメージがあるがみんなそこらのオッサンなのが笑える。
 娼館に美しく教養ある娘が入ったが、彼女を妾にしたいという皇帝に、008が「3000人も妾がいるのにまだ必要なんですか」と尋ねるといきなり涙を流す皇帝。そのバックからスローモーションで大勢のブスが皇帝に駆け寄ってくる。中にはいつもの女装男までいる。思わず自分も涙する008。
 チャウ・シンチーの女装シーンもあるし、008夫妻の仲は呆れるほど熱々だ。ギャグもアクションも決まっていて面白かった。

B000TXY84W.jpg『ミラクル・マスクマン/恋の大変身』(1995) 百變星君/SIXTY MILLION DOLLAR MAN 90分 香港 WIN'S MOVIE PRODUCTION

監督:バリー・ウォン 製作:ツァイ・ムホー 脚本:バリー・ウォン 撮影:アンドリュー・ラウ 音楽:リー・ホムカム
出演:チャウ・シンチー、ジジ・リョン、ン・マンタ、チョイ・カムコン、ダーレン・シャラヴィ

 チャウ・シンチーは大金持ちのドラ息子。ハワイの豪邸に住んでいて、人を人とも思わぬ態度で使用人のン・マンタを従えて悪さばかりしている。当然、大学に行っても他の学生からは嫌われている。
 そんな彼がとある女性をナンパする。だがその女性は日本のヤクザの情婦だったのだ。面目を潰されたヤクザは殺し屋を送り込み、チャウ・シンチーと実は彼の実の父親だったン・マンタを時限爆弾で吹き飛ばそうとする。最後の最後に父親への愛に目覚めたチャウ・シンチーは手錠で繋がれた手を殺し屋が落としていった日本刀でたたき切り、一人爆死する。
 しかし、脳と唇だけは無事だった。手術をして人工臓器を組み込めば人造人間として甦ることが出来るのだ。しかし手術費用は6000万ドル。チャウ・シンチーが自分の息子ではないと知った育ての父親が出してくれるはずもない。そこでン・マンタは教授に6000ドルに値切り改造手術をしてもらう。最初は顔が真四角だったり、左右の腕の長さが違ったり、腕のパーツしか入手できなかったので足が腕だったりとハチャメチャだったのだが、なんとか普通の人間の外見になる。
 それから2年後。香港に戻ったチャウ・シンチーとン・マンタは貧乏で苦しんでいた。そこへ舞い込んできたのが高校の生物の教師の口だった。しかし、その学校は校内暴力で荒れ果てており、教師は生徒からいびられる毎日。当然、チャウ・シンチーも手痛い歓迎を受ける。
 もう死んでしまおうと考えたチャウ・シンチーは自殺を図るがなかなか死ねない。そこで雨の中、屋上に立って雷に打たれようとしているところに教授が登場。新たに開発したスーパーチップをチャウ・シンチーに組み込むと、彼は自在に変身できるようになった。ただし、生活用品カタログに載っている物限定。
 変身能力を駆使して生徒たちをやり込め、みんな優等生にしてしまう。だが彼が内心惚れていた教授の姪が学園長の息子と婚約してしまう。能力で邪魔をするチャウ・シンチー。
 そこへ日本のヤクザが大金をかけて作り出した改造人間が襲って来る。相手はターミネーターばりの性能を持った高性能な改造人間。果たして生活用品にしか変身できない6000ドルのチャウ・シンチーに勝ち目はあるのか?
『ミラクル・マスクマン/恋の大変身』という訳の分からない邦題はジム・キャリーの『マスク』(1994)にあやかったものだろう。マスクマンと言ってもチャウ・シンチーの顔が変わるのは真四角になる1シーンぐらいなのであまり関係がない。あっ、唇が伸びたり、目玉が大きくなったりするか。変身する時は勢いよく回転するし。
 英語タイトルの『SIXTY MILLION DOLLAR MAN』はもちろん『600万ドルの男』のパロディだ。リー・メジャースは600万ドルをかけて作られたサイボーグが活躍するTVシリーズ。と言ってももう知らない人も多いか。姉妹編に女性がサイボーグになる『バイオニック・ジェミー』というのもある。機械が組み込まれたため体重が倍に増えてしまったジェミーは悩む。『倍お肉・ジェミー』である。......すまん。
 パロディは他にも『パルプ・フィクション』(1994)のジョン・トラヴォルタとユマ・サーマンのツイストコンテストがある。ヤクザの情婦がその時だけちゃんとユマ・サーマンスタイルになっている。
 予算の関係で男性器がホースに変えられてしまったチャウ・シンチーには笑える。学校では生徒のイジメでトイレを使わせてもらえないので、花壇に水をやるふりをして小便をする。
 巨大な炊飯器に変身したチャウ・シンチーが人間に戻った時に、口から吐き出すご飯を「もったいない」と茶碗に移すン・マンタもよかった。
 教授の姪は最初はビン底メガネに歯には矯正器具とブスとして登場する。中盤からは美女に変身するのだが、やはりチャウ・シンチー映画は女優に容赦がない。
 バリー・ウォンは日本が好きではないようで、今作も敵は日本のヤクザだし、他の作品では日本人を蹴飛ばし「賠償しろ」とかチャウ・シンチーが叫んでいた。妙ちくりんな着物に髪型の日本人家政婦が登場するのもあったな。
 終盤の戦いではマシンガンを持った殺し屋サイボーグに手を巨大な包丁などに変えて戦うチャウ・シンチー。巨大なアイロンになって殺し屋サイボーグをペッチャンコにしてもT-1000の様に復活して襲って来る。その時、チャウ・シンチーが最終形態に変身した。それは"おばちゃん"。うーむ、たしかにおばちゃんはある意味無敵だ。香港でもおばちゃんパワーはすごいんだな。いや、日本のおばちゃんより香港のおばちゃんの方がパワフルそうだ。
 手術後のチャウ・シンチーの性格が2年間ですっかり好青年になっていたり、チャウ・シンチーとン・マンタの人間関係が上手く描かれていないなど人物描写には難があるが、そういうことを気にする映画ではないのだろう。
 最初は能力はあるが嫌な人物だったのが、辛酸をなめて改心し、その能力を活かして活躍するというシチュエーションはチャウ・シンチー的。

B0009NW58S.jpg『超アブない激辛刑事 カリー&ペッパー』(1990) [*コザトに里]辣椒/CURRY & PEPPER 104分 香港 MOVIE IMPACT

監督:ブラッキー・ホー アクション指導:ブラッキー・ホー 製作:ホー・サン・チャン 原案:ジェームズ・ユエン 脚本:ジェームズ・ユエン 撮影:アンドリュー・ラウ
出演:チャウ・シンチー、ジャッキー・チュン、ブラッキー・ホー、アン・ブリッジウォーター、エリック・ツァン、ジョン・シャム

 コメディとしては今一つ。アブないってほどでもないし、激辛ってほどでもない。チャウ・シンチーがコメディアンに転身した頃の作品だからこんなものか。当時はジャッキー・チュン作品というのがメインだったのかも知れない。
 あまり笑えない代わりにアクションが派手。カンフーアクションにカースタント、そして銃撃戦とド派手に撮っている。カースタントなんてジャッキー・チェン映画並みの仕上がり。それもそのはず監督のブラッキー・ホーはスタントマン出身だそうだからアクションに力が入ってしまうのだろう。しかも悪役として出演までしている。
 カリー(ジャッキー・チュン)とペッパー(チャウ・シンチー)は幼なじみで同期で警察に入り、今では刑事としてコンビを組んでいる。犯人を追いつめて強引に逮捕したりと署内では問題児だが、成績はダントツだ。オープニングから犯人を追ってクリスマスのイルミネーションを壊したり、河に飛び込んで逃走を図った犯人をジャッキー・チュンがコマネチばりの大回転で飛び込んで助けたりと大活躍。コマネチはスケーターだから飛び込みはしないだろうって? でもチャウ・シンチーがそう言ってるんだからしょうがない。ビートたけしのネタをパクったのか? 「コマネチ!」
 そんな二人に情報を流すのが情報屋のエリック・ツァン。普段は露店で偽者のブランド時計を売っているが、裏社会の情報に通じているこれがなかなか頼りになる男。でも残念ながら途中で情報屋だとばれて香港マフィアに殺されてしまう。このシーンはなかなか泣けるぞ。
 カリー&ペッパーが敵の豪華客船に乗り込んで最終的に残ったのは主人公二人とブラッキー・ホーだ。リボルバーを使う二人に対してブラッキー・ホーはショットガンをまるでやられてもやられても立ち上がってくるターミネーターのように撃ってくる。弾切れになってしまった二人。だが最後の弾丸はペッパーが首からネックレスとしてぶら下げていた一発の銃弾であった。ってゆーか、序盤でペッパーが銃弾を意味なくぶら下げていた時点でこれはラストに使われるなと思ったらそのまんまであった。少しは捻れよ。
 カリー&ペッパーコンビがテレビの取材を受けるというシーンがあり、そのレポーターの美女とカリーが恋仲に落ちてしまうのだが、最終的にはそんなことどうでもいいという展開になってしまう。ペッパーに惚れている警察の女子事務員もあまり意味ないし。二人の背景があまり見えないというのが弱点かも知れない。
 防弾ベストを着用していたため無傷だったカリーの病室に飛び込んで思わず泣いてしまうペッパーがよかった。喧嘩してても友達なんだ。

B0000E2FKX.jpg『詩人の大冒険』(1993) 唐伯虎點秋香/FLIRTING SCHOLAR 102分 香港

監督:リー・リクチー、チャウ・シンチー 製作:ロー・クォッキョン
出演:チャウ・シンチー、コン・リー、ナット・チャン、レオン・カーヤン、チェン・ペイペイ、ゴードン・リュウ、ジェームズ・ウォン

 チャウ・シンチーの古装片物。原作は有名な作品らしい。彼は高名な画家にして詩人なのだが、8人の愛人たちはそんなことは無視して麻雀などで遊んでばかり。そこで彼は3人の男友達とつるんで町で遊んでいたところ、ふと見かけたコン・リーに一目惚れ。彼女はチャウ・シンチー一家を憎んでいる家の使用人で、簡単には近づけない。そこで彼は身分を詐って使用人として家に潜り込む。
 有名人が身分を隠してというのは『ローマの休日』を思い出す。作品の内容はずいぶん違うけど。チャウ・シンチー作品だけあってくだらなく下品なギャグが満載である。
 映画の冒頭はギャンブルで大負けして借金取りに追われている友人のために絵を描く。いきなり友人を裸にすると、その身体を使って絵を描く。飛び交う裸体、飛び散る墨汁。そして描き上がっていく美しい絵。実に無駄なワイヤーアクションの使い方である。
 コン・リーにお近づきになるために、彼女たちの揚げている凧の糸を切って屋根の上に落として取りに行くのだが、屋根の上で見る幻想にはベタながら笑った。
 ドラムを叩いてラップで歌ったりするところは格好良く、チャウ・シンチーの芸達者振りが味わえる。
 そして徐々に地位を上げて使用人から書生に、そして書生頭にまでなる。だが、コン・リーに思いを伝えられないまま。そこへ敵対する一家が乗り込んできてイチャモンを付けるように戦いを挑んでくる。いったんはチャウ・シンチー即席で書いた絵を持って引き上げるのだが再度現れる。ここでのチャウ・シンチーと相手の学者との詩合戦には笑ってしまった。詩自体くだらないのだが、負けた学者は血を吐きながら倒れるのだ。詩で負けただけなのに。しかもその後も床に横たわったまま延々血を吐いてるし。
 二度目に乗り込んできた敵を相手に本格的な武侠が始まる。敵は剣、チャウ・シンチーは槍を使う。チャウ・シンチーの槍術が見事。ここでもワイヤーアクションで飛び回る。コメディ映画だからと思っていたがかなり本格的。
 一家の奥方に正体がばれて毒薬を飲まされてしまい、チャウ・シンチーもお返しに毒を飲ませる。この時、二人してカメラに向かって毒薬の効能を述べ、テレビショッピングのように観客にお勧めするのが楽しい。
 コン・リーが悪人に殴られてしまい太った不細工な顔になったのを、チャウ・シンチーがパンチの連打で直す。コン・リーだから余計と面白い。
 活躍が認められてコン・リーとの結婚が許されるのだが、それにはベールで顔を隠した何人もの女性の中からコン・リーを見つけ出さなければならないという『千と千尋の神隠し』状態になる。様々な技でベールをめくろうとするチャウ・シンチーを奥方が同じく技を使って妨害する。この奥方、強いのだ。そこでチャウ・シンチーが必殺技として繰り出したのは「かーめーはーめー波!!」。ってかめはめ波かよ。
 そして聖女だと思っていたコン・リーも実は......のオチで終わる。

B0000E2FKY.jpg『広州殺人事件』(1994) 九品芝麻官白面包青天/HAIL THE JUDGE 108分 香港 GOLDEN HARVEST、WIN'S MOVIE PRODUCTION

監督:バリー・ウォン 製作:ジミー・ヒョン 脚本:バリー・ウォン
出演:チャウ・シンチー、チョン・マン、ン・マンタ、ローレンス・ウー

 原題の『九品芝麻官之白面包青天』にある『包青天』とは実在した名裁判官のこと。すでに伝説化されていて、まるで『大岡越前』のようである。
 チャウ・シンチーは裁判官。ワイロを平気で受け取り町では嫌われ者である。そんな彼がチッ家で起きた一家13人殺しを担当することになる。悪徳弁護士の策略によってただ一人生き残った若き未亡人が犯人になってしまう。チャウ・シンチーはン・マンタと一緒に彼女の無実を晴らす証拠を探すのだが、逆に犯人の一味と思われて投獄されてしまう。
 町を抜け出したチャウ・シンチーとン・マンタは雑伎団の一員になったり、娼館で食い逃げをしようとして捕まって3ヶ月間働かされるなどする。だが、娼館の女将の早口・罵倒に驚いた彼は、修行を初めて究極の舌技を会得する。
 そして町に戻ってきたチャウ・シンチーは舌技を駆使して悪人たちと戦うことになる。 チャウ・シンチーが未亡人の無実を確信するシーンでは6月だというのに雪が降る。これは中国の戯曲で「無実の証拠に6月に雪が降る」=冤罪という古事から。
 終盤でン・マンタが顔を黒く焼いてくるのは包青天が色黒だったのにあやかったとのこと。他にも中国ネタが多いのだろうが、分からなくても分からないなりに楽しい。
 スチャラカでずる賢い主人公が一度痛い目に遭い、墜ちるところまで墜ちたところで、復活のヒントを掴んで、悪者たちに一泡吹かせる、というチャウ・シンチー映画のパターンに則った作品だ。特に舌技を鍛えるシーンは大笑いしてしまった。口からセリフやら記号が飛び出すんだもん。
 ン・マンタは年下のチャウ・シンチーのことを何故か「おじさん」と呼ぶ。複雑な血縁関係なのか。取りあえずおじさんおじさんという度に笑える。
 終盤は意外にまともな法廷劇に仕上がっている。悪徳弁護士や、他の裁判官を相手にチャウ・シンチーが大活躍をする。ちゃんと証拠を揃えて、被告を追い込んでいく。だがその度に邪魔が入り、それを舌技で言い負かす。舌技じゃなくてカンフーだったらアクション映画の雰囲気でもある。

B0000CBC77.jpg『トリック大作戦』(1991) 整蠱専家/TRICKY BRAINS 107分 香港 GOLDEN HARVEST、WIN'S MOVIE PRODUCTION

監督:バリー・ウォン 脚本:バリー・ウォン 製作:ジミー・ヒョン 製作総指揮:ジミー・ヒョン 撮影:ピーター・パウ 音楽:ローウェル・ロー
出演:チャウ・シンチー、アンディ・ラウ、ン・マンタ、ロザマンド・クワン、チンミー・ヤウ

 チャウ・シンチー、アンディ・ラウ、ロザマンド・クワンそしてン・マンタと豪華キャストによる作品である。チャウ・シンチーもアンディ・ラウも若い。
 チャウ・シンチーはプロの詐欺師で、依頼を受けては他人を陥れて報酬をもらっている。大手会社に採用されたロザマンド・クワンは実は社長の娘で、内部調査のために身分を詐っている。その彼女と恋仲になってしまったのがアンディ・ラウ。ロザマンド・クワンと結婚して会社を乗っ取ろうとしている悪人がアンディ・ラウとロザマンド・クワンを別れさせるためにチャウ・シンチーに依頼してくる。
 チャウ・シンチーはアンディ・ラウの父親であるン・マンタの息子として一家に入り込み、会社の社員にまでなってしまう。そして計略を張り巡らせるが、人々の温かさに触れたチャウ・シンチーはアンディ・ラウに味方する。だが、悪人は別の詐欺師を雇っていたのだ。
 詐欺師といってもオレオレ詐欺のような弱い者からお金を巻き上げる仕事ではない。便器で用を足している男を便器ごと走らせて大衆の面前に突き出したりと、子供のイタズラのようなことである。詐欺師というよりは探偵かも。
 チャウ・シンチーとアンディ・ラウのキスシーンが観られるのはこの作品だけ(多分)。何故こんなシーンがあるかというと、チャウ・シンチーの策略で"どうにも止まらない"という媚薬をアンディ・ラウが飲まされてしまったのだ。映画館で両脇を女性に挟まれて身もだえるアンディ・ラウが可笑しい。あとは痒くなる薬をパンツに振りかけられてしまい尻や股間を掻きむしるとか。アンディ・ラウはコメディアンの才能もあるんだ。筋肉増強剤を飲まされて全身ムキムキになってしまうシーンは『マッスルモンク』 (2003)を思い出してしまった。
 ン・マンタ父子3人が京劇をやるシーンも面白い。それにしても似てない親子だな。
 チャウ・シンチーの仕事は成功するのだが、良心が咎めてアンディ・ラウの恋の助っ人を買って出る。じゃあこれでチャウ・シンチーが改心したかというとおそらくはそうではなくて相変わらず詐欺師をやっていくんだろうな。
 終盤はチャウ・シンチーと悪の詐欺師とのトリック道具対決。道具を取り出すと一々ストップモーションになって、字幕が出て「これは真実の飴。舐めると真実しか言えなくなるのだ!!」と実に大袈裟で笑える。
 ラストではチャウ・シンチーの女装も観られてこりゃお得。オチとしてはちょっと弱いけどね。

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