2010年10月アーカイブ

B0006SLEEW.jpg『U・ボート』(1981) DAS BOOT 135分(劇場版)/209分(ディレクターズ・カット版) 西ドイツ

監督:ウォルフガング・ペーターゼン 製作:ギュンター・ロールバッハ、オートウィン・フレイヤームス 製作総指揮:ルッツ・ヘンクスト、マーク・ダモン、エドワード・R・プレスマン、ジョン・W・ハイド 原作:ロータル=ギュンター・ブーフハイム 脚本:ウォルフガング・ペーターゼン 撮影:ヨスト・ヴァカーノ 音楽:クラウス・ドルディンガー
出演:ユルゲン・プロフノウ、ヘルベルト・グリューネマイヤー、クラウス・ヴェンネマン、ベルント・タウバー、マルチン・ゼメルロッゲ、クロード=オリヴィエ・ルドルフ、オリヴィエ・ストリッツェル、アーウィン・レダー、ハインツ・ホーニヒ、ウーヴェ・オクセンクネヒト、オットー・ザンダー

 リアリティに拘った設定とストーリー。ついには実物大のUボートの模型まで作ってしまうほど。ちなみにこのUボートは『レイダース 失われた聖櫃』の終盤でも使われた。
 これだけのクオリティの作品が元はTVのミニシリーズだったというから恐れ入る。映画並みの出来じゃないか。日本のTVシリーズを再編集してもこうはいくまい。ドイツ人恐るべしである。
 今回観たのはDVDのディレクターズ・カット版。上映時間は3時間29分もある。普通の映画ほぼ2本分に匹敵する。この間『天国の門』で長時間上映の映画には懲りたところなのだが、性懲りもなくまた観てしまった。ちなみに劇場公開版は135分。何も起きないシーンが結構あるので、戦争活劇としてみる分には劇場公開版の方が適しているのかも知れない。ちなみにTVミニシリーズ版は313分だったそうだ。
 とにかくUボートの中は狭い。通路は人がすれ違うのがやっとなほどだ。そんな中で乗組員達がなんと動き回ることか。急速潜航するために艦首で重しとなるべく艦首に向かって走り回る乗組員達。まるでオレも潜水艦の中にいるかのようだった。
 潜水艦内部のセットでの撮影がほとんどなので、引きの絵がほとんどなく、寄りの絵が多かった。狭くて息苦しそうな閉鎖された空間。しかもそこは海の中。それだけでも精神的に辛いのに、ソナーの音に怯えては、何度も駆逐艦による爆雷攻撃を受けて命の危機に直面する乗組員達。
 潜水艦はいったん海に潜ってしまえば、完全に盲目状態となり、浸水、耐圧、敵の爆雷攻撃など数々の恐怖に耐えなければならない。映画のオープニングによるとUボートの乗組員4万人の内3万人は帰還しなかったそうだ。
 見所はジブラルタル海峡を抜けようとしてイギリス軍の攻撃を受け、海底まで沈んでしまったUボート。艦内が水圧できしみ、浸水が始まり懸命な修理作業が始まる。
 そんな中、乗組員達は様々な危険に対して必死で耐えて、黙々と自分の仕事をこなす。男の中の男である。ようやく浮上でき開いたハッチの周りにみんなが集まってきて深呼吸をしているシーンが印象的だ。
 戦闘シーンはいくつかあるが、全体的に地味な作りである。派手にしようと思えばいくらでも出来たのだろうが、リアリティ重視だったのだろう。それよりも艦内の人間関係や、緊張感、緊迫感、閉塞感が伝わり、言いようのない苛立ち、空虚さがにじみ出ていて心理的な要素が大きい作品である。
『眼下の敵』や『深く静かに潜航せよ』のように潜水艦と駆逐艦の息詰まる頭脳戦を描いたのではなく、潜水艦の弱い部分を描いている。
 艦長は上にこびへつらうことなく、部下に厳しいながらもその実思いやりを持っている、頼りになる上官だ。ユルゲン・プロフノウが渋く演じている。魚雷で撃沈した敵のタンカーにまだ生存者がいるのを見て「敵の友軍は何故救助しなかったんだ!」と怒鳴っても、あっさりとみすてて走り去る。これが戦争だろう。
 艦内セットも資料に基づいて綿密に作られており、艦首から艦尾まで実物そっくりだそうだ。船のミニチュアセットも使われているが、特撮が意外と上手くてちゃんとスケール感を感じさせてくれる。炎上するタンカーの炎だけはしょうがないか。
 敵側の描写は全くと言っていいほどなく、乗組員達の視点で統一されている。あたかもドキュメンタリーを観ているかのようである。
 順撮りしたのだろうか、乗組員達のヒゲが次第に伸びていき、服が薄汚れていく様子で過酷な潜水艦生活を感じさせる。長い航海を、観客も一緒に体験しているような印象を受ける。そして乗組員達に愛着が湧いてくる。
 だがラストではそんな感傷を吹き飛ばすような最後が待っている。この不条理さは賛否両論だろうが、オレはこれも有りだなと思う。

B000IU38WE.jpg『深く静かに潜航せよ』(1958) RUN SILENT, RUN DEEP 93分 アメリカ UNITED ARTISTS

監督:ロバート・ワイズ 製作:ハロルド・ヘクト 原作:エドワード・L・ビーチ 脚本:ジョン・ゲイ 撮影:ラッセル・ハーラン 音楽:フランツ・ワックスマン
出演:クラーク・ゲイブル、バート・ランカスター、ジャック・ウォーデン、ブラッド・デクスター、ニック・クラヴァット、メアリー・ラロシュ、ドン・リックルズ、エディ・フォイ三世、ジョー・マロス

『眼下の敵』ではアメリカの駆逐艦とドイツの潜水艦Uボートとの戦いだったが、この作品では立場が入れ替わりアメリカの潜水艦ナーカ号と日本の駆逐艦アキカゼによる豊後水道での戦いが描かれる。
 監督はロバート・ワイズだけあって特撮も駆使した海戦の様子に迫力がある。特撮はさすがに古さを感じさせるが、モノクロ映画なので逆に安っぽさが感じられない。海軍の協力もあってか実際の潜水艦を使った撮影カットも多く使われている。
 潜水艦物で定番なのが駆逐艦からの爆雷攻撃に耐えるシーン。じっと息を潜めて駆逐艦から見つからないようにし、潜水艦の近くで爆発する爆雷に耐える。パイプから水漏れがしたり、ハッチから水が入ってくるなど緊張感溢れるシーンだ。
 艦長が体調不良のため艦長に昇進するはずだったブラッドソー(バート・ランカスター)と代わりに艦長として乗り込んでくるリチャードソン(クラーク・ゲーブル)の二人が渋い。渋いと言ってもそれぞれタイプが違ってバート・ランカスターは冷静沈着な頼りになる男、クラーク・ゲーブルは以前アキカゼに乗っていた潜水艦を撃沈された恨みを晴らそうと思っている強面のする男。それにしてもクラーク・ゲーブル老けたなぁ。
 アメリカ側の俳優陣はメンツが揃っているのだが、日本軍人側に魅力がない。『眼下の敵』でのドイツ軍側とは大違いだ。あちらでのドイツ軍は対等な敵同士。こちらでの日本軍は単なる敵役。作品が違うと言ってしまえばそれまでだがこの時点ではそれほど日本は嫌われていたのだろうか。旧日本海軍が敵役なので、強敵として描かれているとはいえ日本人としてはやはり微妙なところである。敵をやっつけても素直に「やったー」という爽快感はどうしても薄い。
 ナーカ号では豊後水道のある第七海域に向かう途中でリチャードソンの指令によって過酷な訓練が行われる。実は対アキカゼ用の訓練だったのだが、それを知らない乗組員は反発し、艦内の空気は険悪になってしまう。しかし、日本の駆逐艦モモを訓練の成果で撃沈してからはみんなやる気になってくる。だが、強敵アキカゼの待ち受ける豊後水道に向かうと知った時、艦内には再び不安に満ちてくるのであった。
 アキカゼを苦戦の末なんとか撃沈し、ラストは日本軍潜水艦との一対一の対決になる。海中で機関を停止してお互いの位置を探り合う両潜水艦。水中では視覚に頼れない潜水艦で、いかにセンサーが重要かが分かる。日本軍潜水艦を引きずり出すために浮上して船舶を魚雷攻撃するナーカ号。卑怯にも味方の船の影に隠れる日本軍潜水艦。だが、隠れた船は底が浅い平形船だった。そこで平形船の下に向けて魚雷を発射させることで日本軍潜水艦に命中させる。やった卑怯な日本人をやっつけたぜ。といったところだろうか。
『RUN SILENT, RUN DEEP』という原題もシビれるが、『深く静かに潜航せよ』という邦題がまた良い。これも昨今だと『ランサイレント・ランディープ』といった邦題になってしまうのだろうか。
 日本海軍の兵士が登場するが、日本語が聞き取りづらい。おそらく日系人の俳優を使ったのだろうが、専業俳優ではなくて素人なのではないだろうか。滑舌やイントネーションなどがおかしく、正直日本人のセリフにも字幕を付けてくれと思ってしまった。

B003ZX8G5K.jpg『眼下の敵』(1957) THE ENEMY BELOW 98分 アメリカ 20th CENTURY FOX

監督:ディック・パウエル 製作:ディック・パウエル 原作:D・A・レイナー 脚本:ウェンデル・メイズ 撮影:ハロルド・ロッソン 特殊効果:L・B・アボット 音楽:リー・ハーライン 音楽監督:ライオネル・ニューマン
出演:ロバート・ミッチャム、クルト・ユルゲンス、アル・ヘディソン、セオドア・バイケル、ラッセル・コリンズ、フランク・アル、クルト・クリューガー、フランク・アルバートソン、ダグ・マクルーア

 第二次大戦時の南大西洋で繰り広げられるアメリカの駆逐艦とドイツのUボートの艦長同士による知力の限りを尽くした頭脳戦。女性は一人も登場しない海の男たちの物語。
 駆逐艦の艦長ロバート・ミッチャムとUボートの艦長クルト・ユルゲンスの人間像を掘り下げることに成功し、一対一の対決が終盤に向かってジワジワと盛り上がっていく。
 お互いに相手の心理を読んで行動を悟り、先手先手を打っていく。派手ではないが、この頭脳戦が実にスリリングである。
 海戦シーンはUボートはさすがに実物ではなくミニチュアか米潜水艦を利用しているが、駆逐艦は本物で海軍が協力しているだけあって爆雷発射・爆発のシーンは実に迫力がある。
 ロバート・ミッチャムがUボートの魚雷発射管を空にするため、、わざとUボートに駆逐艦の無防備な姿を晒して見せて魚雷攻撃を誘うところとか、執拗な爆雷攻撃により錯乱した兵士の士気を上げるために、クルト・ユルゲンスが戦闘中にレコードをかけてみんなで歌を歌う所など次から次へと新しい展開が繰り広げられる。両艦長ともぜひとも上司に欲しいところである。
 最後には駆逐艦は魚雷を食らい沈没寸前。とどめをさしに来たUボートもロバート・ミッチャムの策略に引っかかりこちらも沈没寸前となる。双方とも目的を果たしたら、相手に逃がす時間を与えたり、Uボートから脱出してきたドイツ海兵をアメリカ軍の救助艇が救うなど命まで奪おうとはしなかった。
 クルト・ユルゲンスがドイツ軍兵士であってもヒットラーには批判的であるというのがアメリカ映画らしい。
 爆雷攻撃の最中に、事故で指を切断してしまったアメリカ水兵のもとをロバート・ミッチャムが見舞うシーンでは、「国に帰ったらもとの仕事に戻れるぞ」とのミッチャムの言葉に「自分は時計工です」と水兵が答えるシーンの残酷さ。思わずロバート・ミッチャムも言葉を失ってしまう。
 ラストは二人の艦長が友情らしき物で結ばれるという、戦争映画らしからぬ爽やかさ。でも、その前のシーンで沈没寸前の駆逐艦にクルト・ユルゲンスが「5分だけ待つ」という猶予を与えてくれたのを利用して、ロバート・ミッチャムは「感謝する」と返信しておきながら隠れて反撃の準備をしているんだよな。戦争とはいえちょっと卑怯。
 50年も前の作品なのにDVDの画質は良く南大西洋の青い空が美しい。

B001CT6MEG.jpg『ワイルド・レンジ 最後の銃撃』(2003) OPEN RANGE 140分 アメリカ

監督:ケヴィン・コスナー 製作:ケヴィン・コスナー、ジェイク・エバーツ、デヴィッド・ヴァルデス 製作総指揮:アーミアン・バーンスタイン、クレイグ・ストーパー 原作:ローラン・ペイン 脚本:クレイグ・ストーパー 撮影:ジェームズ・ミューロー 音楽:マイケル・ケイメン
出演:ロバート・デュヴァル、ケヴィン・コスナー、アネット・ベニング、マイケル・ガンボン、マイケル・ジェッター、ディエゴ・ルナ、ジェームズ・ルッソ、エイブラハム・ベンルービ、ディーン・マクダーモット、キム・コーツ、ピーター・マクニール、ハーブ・コーラー カフェの男
 
『ダンス・ウィズ・ウルブス』でこれまでにないインディアン(ネイティブ・アメリカン)と白人との間を描いた西部劇を作り上げたケヴィン・コスナーによるオーソドックスな西部劇。
 今作ではネイティブ・アメリカンは登場せず、牛追いのカウボーイ達と地元の畜産業者との対立を描いている。
 牛追いとは、人口の少ない平原からそこではほとんど値のつかない牛を追って牛の値段の吊り上がる都会へと牛を連れていくカウボーイのこと。『赤い河』『オーストラリア』などがその代表と言ってもいいだろう。
 ケヴィン・コスナーやロバート・デュバルを始めとするカウボーイはその牛追いの最中なのだが、食料を買いに近隣の町へと向かわせた一人が暴行の末保安官事務所に収容されていたことから騒動に巻き込まれていくこととなる。
『シルバラード』(1985)では新米ガンマンを演じていたケヴィン・コスナーが、この作品ではベテランガンマンを演じている時点で時代を感じさせる。
 久々の本格西部劇で、ラストの決闘のシーンでは思わず胸躍ってしまう。だが、その後10数分にも及ぶケヴィン・コスナーと思いを寄せている女性(アネット・ベニング)とのやりとりは果たして必要だったのだろうか。
 主人公はケヴィン・コスナーであると同時にロバート・デュバルである。ロバート・デュバルの出演を取り付けた時点でこの作品の成功はある程度保証されたと言っていい。それぐらいロバート・デュバルの存在感がある。
 死ぬかも知れない決闘を前にして、雑貨屋でこれまで食べたこともなかったスイス製のチョコレートやハバナ産の葉巻を買うのは名シーンだ。これから訪れるであろう激しい銃撃戦を感じさせ盛り上げてくれる。
 近年珍しく正統な西部劇を作ってくれた点は嬉しいのだが、終盤の決闘シーンに持っていくまでのドラマ性も薄いし、銃撃戦自体もそれほど上手だとは思えなかった。主人公達が勝って終わるのは分かっているのだが、それ故にハラハラしない。やはり最後には1対1の決闘が欲しかった。
『OPEN RANGE』という原題を『ワイルド・レンジ 最後の銃撃』というセンスのない物にしてしまったのは日本の配給会社の責任であろう。
 悪くはないのだがこの内容で140分というのは長すぎる。せめて120分以内に収められなかったものか。
 ともあれ悪徳畜産業者や悪徳保安官など、定番とも言えるキャラクター設定をきちんと見せてくれた点で嬉しい。

B001CT6MHI.jpg『天国の門』(1981) HEAVEN'S GATE 149分(劇場版)/219分(DVD版) アメリカ UNITED ARTISTS

監督:マイケル・チミノ 製作:ジョアーン・ケアリ 製作総指揮:デニス・オデル、チャールズ・オークン、ウィリアム・レイノルズ 脚本:マイケル・チミノ 撮影:ヴィルモス・ジグモンド 編集:ジェラルド・グリーンバーグ、ウィリアム・レイノルズ 音楽:デヴィッド・マンスフィールド
出演:クリス・クリストファーソン、クリストファー・ウォーケン、ジョン・ハート、イザベル・ユペール、ジェフ・ブリッジス、サム・ウォーターストン、ブラッド・ドゥーリフ、ジョセフ・コットン、ジェフリー・ルイス、リチャード・メイサー、テリー・オクィン、ミッキー・ローク、ウィレム・デフォー、ジョン・コンレイ、ポール・コスロ、トム・ヌーナン、ロニー・ホーキンス、キャロライン・カヴァ、マディ・カプラン、アンナ・レヴィン、ロビン・バートレット、ロージー・ヴェラ

 1890年代にワイオミング州でロシア・東欧系移民と現地の畜産家との争いである"ジョンソン郡戦争"をモチーフにした、マイケル・チミノ自身の脚本による作品である。
 名門ユナイテッド・アーティスト社を倒産させたことで有名である。当初の制作費は1100万ドルだったが、当時の建物や衣装、小道具などにマイケル・チミノが凝ったあげく予算はどんどん増え、最終的には4400万ドルにまで膨れあがった。誰か途中で「ちょっと待て」と止める奴はいなかったのか。
 これで興行成績が良ければよかったものの、アメリカの恥部とも言える題材を扱ったため観客や批評家からそっぽを向かれ、わずか1週間で打ち切りとなってしまった。興行収入は348万ドルと言うから大赤字だ。これは「史上最悪の赤字を出した作品」としてギネスブックに載ることになり、『ファイナルファンタジー』(2001)が登場するまでその座を譲ることがなかった。
 とにかく上映時間がDVD版で3時間40分と長い長い。劇場公開版はこれよりカットされていて2時間半、日の目をみなかった完全版はなんと5時間半もの長尺らしい。ストーリー的には希薄で3時間40分でも器は大きいが中身はスカスカな感じがしたのだが、これが5時間半となるといったいどんな出来だったのだろうか。
 1870年のハーバード大学卒業式から始まり、主人公の保安官ジムが名門大学出でお坊ちゃんであることが分かる。その説明のために20分を費やしている。ただその設定が活かされているとは思えないし、このシーンの存在自体必要だったのか疑問だ。エキストラも多く登場し、ダンスシーンもあるなどここだけでも金がかかっていることが分かる。
 そして舞台は20年後のワイオミングへ。官用でジョンソン郡にやって来たジムが乗る列車には移民が大挙して乗り込んでいる。この列車も当時使われていた実際の蒸気機関車を見つけてきて、数キロの線路を引いて走らせたという贅沢な作り。
 駅を中心に広がる大通りには建物が建ち並び立派な街並みとなっている。この建物は当時の資料を基に性格に作られたもので、何でも使われている釘の一本一本まで再現したらしい。そんなもの再現してもスクリーンには映らないのに、無駄なところに凝っていると感じる。きっとオープンセットは映らないところまで丹念に仕上げてあるのだろう。この再現具合は資料的価値がある。それだけ苦労して作り上げた物だからじっくり映したくなる気持ちは分かる。それでシーンが無駄に長くて冗長になってしまっては意味がないと思うのだが。
 ヴィルモス・ジグモンドによる撮影は確かに素晴らしい出来で、自然光を良く捉えている。このカメラだけでも観た甲斐はあったかなと思わせてくれる。
 移民達の味方になるはずのジムがなかなか態度をはっきりさせず、どうにもイライラさせてくれる。保安官として畜産協会の連中と向かい合って戦ってくれればいいのだが、そうせずに代わりに娼婦のエラ(イザベル・ユペール)といちゃつきクリストファー・ウォーケンと三角関係になる始末。
 ラストは移民達と畜産協会が雇った殺し屋連中との戦いになるが、そこでようやくジムは立ち上がる。だが、結果は苦い物だった。長い時間を付き合わされて、爽快感の欠片もなしはちょっとつらい。まぁ、そういう映画だと言えばそれまでなんだけど。でもそういう気合いを入れないと観られない映画はオレには向いてないんだよなぁ。
 人間関係が整理されているとは言えず、ジムの大学時代の学友であるアーバイン(ジョン・ハート)がなぜアル中になっているのか分からないまま。総代挨拶を任された秀才の彼が、地元の田舎者である畜産協会の連中と合わずにストレスを溜めていたのだろうか。
 クリストファー・ウォーケンが死の直前にエラにあてて書いた手紙のシーンは良かった。立場としては悪役である畜産協会側の人間であるクリストファー・ウォーケンだが、このシーンでは主人公ジムの存在感を越えていた。
 ジェフ・ブリッジスやジョン・ハートなど好みの俳優が出ているのは良かった。ウィレム・デフォーやミッキー・ロークもチョイ役で出ているそうだが見つけられなかった。ほとんどの男性キャラはヒゲ面だから見分けるのが難しいのだ。

B000O78VBE.jpg『らせん階段』(1945) THE SPIRAL STAIRCASE 83分 アメリカ RKO RADIO PICTURES

監督:ロバート・シオドマク 製作:ドア・シャリー 原作:エセル・リナ・ホワイト 脚本:メル・ディネリ 撮影:ニコラス・ムスラカ 音楽:ロイ・ウェッブ
出演:ドロシー・マクガイア、エセル・バリモア、ジョージ・ブレント、ロンダ・フレミング、エルザ・ランチェスター、ゴードン・オリヴァー、ケント・スミス

 時代設定は明確にはされていないが、オープニングでサイレント映画を上映しているシーンがあるので1900年頃だろう。自動車の代わりに馬車が走り家の中も電気照明ではなくガス灯を使っている。
 町では連続殺人事件が発生していた。被害者は皆女性で、顔に傷を負った者、精神薄弱の者、そして映画の上映中に発生した事件の被害者は足の悪い者と、全員なんらかの障害を持った者たちだった。殺人鬼がなぜ障害者ばかりを狙うのかは最後まで明らかにされないが、父親から強い男になれと強要されて、それが叶わずに弱い者を殺していったのではなかろうか。
 ヒロインのヘレン(ドロシー・マクガイア)は町外れにある大きな屋敷の使用人で、彼女は幼い頃の精神的ショックで口がきけない唖である。その彼女が今度の標的になる。
 ヘレンが屋敷に戻ってからはほとんどのシーンが屋敷の中で展開される。雷鳴轟き大雨が降る嵐の夜、屋敷の中には寝たきりの女老主人(エセル・バリモア)と先妻の息子である長男、女老主人の息子である次男、使用人の夫婦と看護婦がいる。そして出入りする者としてヘレンの恋人であるパリー医師と警官が登場する。
 女老主人は次の標的がヘレンであることを感じていて、この屋敷から出て行くように勧める。それにはこの屋敷で過去に知的障害の娘が殺されたという彼女なりの理由もあった。とまどうヘレン。
 ロバート・シオドマクの作品を観るのはこれが初めてだが、影の使い方が上手い人である。特に地下室のシーンでのロウソクの明かりによる影は実に効果的でスリラー要素を高めている。
 殺人鬼の眼のクローズアップも特徴的で、瞳がスクリーンいっぱいに映し出されるここまで大きく映すかというぐらい極端だ。これまたスリラー要素を高めている。
 ヘレンは喋ることが出来ないのでセリフを使わずに彼女が感じている不安や恐怖を伝えなければならない。そこは演出と演技で上手く見せていた。ドロシー・マクガイアは目の演技が上手い。エセル・バリモアも鋭い眼光で貫禄のある演技を見せてくれる。彼女はドリュー・バリモアの大伯母にあたるそうだ。
 オープニング近くで大きな鏡に全身を映してみるヘレンの顔の部分に口が映っていないのはちょっとやり過ぎな気もするが、ヘレンのハンディキャップを表すと同時に、犯人からの目線を表現している。終盤でヘレンを追い詰めた殺人鬼が「口が映っていない」というシーンの怖ろしさ。
 タイトルでもある"らせん階段"も上手に活用されており、終盤の山場はこのらせん階段が舞台となる。
 ヘレンが"電話"でパリー医師に助けを求めるラストがまた良い。
 モノクロ作品だが、スリラーにはモノクロこそ似合うのではないだろうか。
 DVDはパッケージの表紙に記載された写真で犯人が分かってしまうのがイマイチだが、こういった作品を発売してくれるジュネス企画さんはエラい。これで価格が安ければもっとエラい。今回は人から借りたが、これは買って手元に置いておきたい作品である。

B003NVV7ZK.jpg『サハラ戦車隊』(1943) SAHARA 97分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:ゾルタン・コルダ 脚本:ジョン・ハワード・ローソン、ゾルタン・コルダ 撮影:ルドルフ・マテ 音楽:ミクロス・ローザ
出演:ハンフリー・ボガート、ブルース・ベネット、ロイド・ブリッジス、レックス・イングラム、J・キャロル・ネイシュ、ダン・デュリエ

"戦車隊"と言いながらラストシーンを除けば戦車は一台しか出てこない。第二次世界大戦初期に活躍したアメリカのM3戦車である。
 ハンフリー・ボガート演ずる軍曹が指揮する3人の米兵と途中で合流した6人の英兵、スーダン兵、そして捕虜であるドイツ兵とイタリア兵の計12人の物語だ。
 撤退命令を受けてサハラ砂漠を南下するM3戦車は、困難を乗り越えてなんとか井戸のある廃墟にたどり着く。しかし、その井戸はすでに涸れていた。しかも、その井戸を狙ってドイツ軍が責めてくる。圧倒的な数の差の戦いとなり、彼らは一人また一人と倒れていく。絶望の中、彼らは生き残ることが出来るのか。
 1943年という第二次世界大戦時に作られた映画。その割りには戦争の悲惨さも描いていて、単なる戦意高揚のためのプロパガンダ映画になっていない。アメリカ人ではなくハンガリー人のゾルタン・コルダが監督したせいもあるのだろう。ただ、イタリア兵は陽気で人が良く、ドイツ兵は姑息で卑怯と紋切り型の描き方にはなっている。
 砂漠の中を戦車が一台走るだけではストーリーが単調になりそうなものだが、話を上手く繋げていて観ていて飽きない作りになっている。
 前半は戦闘シーンは少なく井戸を探してのサバイバル映画といった具合。人数がどんどん増えていく一方なので水不足は深刻な問題だ。スーダン兵が連れていたイタリア兵捕虜を同行させるほどの余裕はなく、軍曹はイタリア兵を砂漠に置き去りにすることに決める。このままでは死んでしまうのが分かりきっているので、イタリア兵は手紙や妻と娘の写真を見せて必死に懇願するが、軍曹は聞く耳を持たず走り去っていくM3戦車。
 仕方なくイタリア兵はトボトボと戦車のキャタピラの後を追って歩き始める。もちろん軍曹が敵とは言え弱者を見殺しにするはずがないと分かっているのだが、この辺りの描写はスリリングである。
 後半になると涸れ井戸のある廃墟で水を求めてやってきたドイツ軍との10対500の戦いになる。派手な撃ち合いが繰り広げられるが、涸れ井戸に水があるように水浴びの振りをするシーンなど心理戦の駆け引きが面白い。
 軍曹の二人の部下が何かというと5ドル賭けているのも可笑しい。それがラストに活かされている。
 若き日のロイド・ブリッジスが出演しているのも見所の一つ。やはり息子のジェフ・ブリッジスに似ている。

B003QUCYB4.jpg『パットン大戦車軍団』(1970) PATTON 172分 アメリカ 20th CENTURY FOX

監督:フランクリン・J・シャフナー 製作:フランク・マッカーシー 脚本:フランシス・フォード・コッポラ、エドマンド・H・ノース 撮影:フレッド・コーネカンプ 特撮:L・B・アボット 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:ジョージ・C・スコット、カール・マルデン、マイケル・ストロング、カール・ミカエル・フォーグラー、スティーヴン・ヤング、フランク・ラティモア、エド・ビンズ

 27、8歳の頃のフランシス・フォード・コッポラが書き上げた脚本を、『猿の惑星』(1968)のフランクリン・J・シャフナーが監督した作品。この作品はコッポラにアカデミー脚本賞をもたらしただけでなく、作品賞、監督賞、主演男優賞などで7つの栄冠を手にした。主演男優賞を受賞したジョージ・C・スコットがアカデミー賞嫌いで受賞を拒否したことでも有名である。
『パットン大戦車軍団』と勇ましいタイトルがついているが、戦闘シーンは意外と少なく、原題の『PATTON』が示しているように、パットン将軍という1人の軍人の生き様を描いた人間ドラマである。
 オープニングの巨大な星条旗の前でのパットンの演説は、ジョージ・C・スコットの貫禄のある演技と合わせて迫力があるし、この作品を象徴したシーンでもある。「アメリカ人は戦いを愛する」といったセリフは歴史的に見てもうなずける。
 戦場においては天才的指揮官だが、部下に無茶を強いるし、迫撃で神経症になった兵士を単なる臆病者と見なし殴り倒して前線送りにする。イギリス軍のモンゴメリー将軍にはライバル心を隠しもしないし、放言癖があってそれがしばしば彼を窮地に陥れる。
 それにしても一兵士を殴り倒しただけで新聞沙汰になって責められてしまうとは。旧日本軍だったら当たり前のことだったろうにね。
 つまるところパットンは骨の髄から軍人であって政治家ではなかったと言うこと。同盟国であるロシアを貶めるような発言をしたり、戦後は一般のナチ党員を擁護するような発言をしたりと、それを世間がどのように受け止め、結果として自分にどのように跳ね返ってくるかを考えもしない。いや、政治家にもいるか、こういう人。
 歴史上の戦いや英雄に関する知識が豊富で、その一方で詩も嗜む面もあった。分かり易そうで自己矛盾を抱えた人物だったのかも知れない。
 途中でインターミッションが入る172分という長い作品だが、良い意味で長さを感じさせなかった。次にパットンがどんなことをやってくれるのかが楽しくてしょうがなかった。だが、こういう人は端から見ているからいいんであって、もしも自分の職場の上司だったら堪らないことだろう。「死ぬ気でやれ」とか真面目に言いそう。
 ノミネートはされたもののアカデミー賞は取れなかったジェリー・ゴールドスミスの音楽も素晴らしい。ちょっとエコーが入った感じのテーマ曲の始まり方なんか最高である。 軍人として最後の戦場で最後の銃弾によっての死を望んだパットンは、自動車事故で亡くなってしまった。最後の言葉は「軍人の死に様ではないな」だったそうだ。

B002EWR1YA.jpg『撃滅戦車隊3,000粁』(1950) THEY WERE NOT DIVIDED 102分 イギリス

監督:テレンス・ヤング 製作:ハーバート・スミス 脚本:テレンス・ヤング 撮影:ハリー・ワックスマン 音楽:ランバート・ウィリアムソン
出演:ラルフ・クラントン、エドワード・アンダーダウン、ヘレン・チェリー、ステラ・アンドリュー、マイケル・ブレナン、デズモンド・リューウェリン、クリストファー・リー

 第二次世界大戦における英軍機甲師団のイギリス人とアメリカ人の2名の士官の友情をメインキャストに1940年から1944年のバルジ作戦までを描いた戦車戦争映画。ちなみに"粁"と書いてキロと読むそうだ。だがこの邦題の意味が分からない。何が3,000kmなのだろうか。戦車の走行距離? 作中にはそう言った単語は出てこないので不明だ。
 戦後間もなくの製作で、モノクロ作品ながら登場する兵器は実車が数多く、兵器マニアにはたまらないだろう。オレはその辺りのことはよく分からないが。とりあえずドイツ軍のタイガー戦車が数カット出てくる。DVDのパッケージ裏には「激突!シャーマンVSタイガー!!」とあるがそれは誇大広告。
 序盤はユーモア混じりに新兵の訓練を描いている。教官が違反した新兵を見る度に、それが襟を止めていないとか自転車のペダルを漕がずに走っていたなどの些細なことでも、「こんな奴 見たことない」と繰り返しいうのが面白かった。ロマンスもあってのんびりしたものである。
 実際に戦場に出るのは映画が始まってから50分も経ってから。ほぼ折り返し点である。戦闘シーンは記録映像を交えたもので、それほど派手な物はない。
 終盤は唐突とも言える悲劇的な結末を迎える。ここで原題の『THEY WERE NOT DIVIDED』が活きてくる。ちょっと取って付けたような結末だが悪くはない。
 後に『007 ドクター・ノウ』などを撮るテレンス・ヤングの初期作品で脚本も担当している。テレンス・ヤング自身英軍戦車兵として戦場に出たそうだ。だからか戦車戦の前に焚かれる煙幕とか細かなディティールに凝っている。
 戦争中にちゃんとお茶を飲んでいる英軍兵士。イギリス人にお茶は欠かせないのか。
 ドラマ部分はブツ切りな感じで、今一つのめり込めなかった。この作品は兵器マニアのための作品なのかも。

B001O8ORBA.jpg『鬼戦車T-34』(1964) ЖАВОРОНОК 90分 ソ連

監督:ニキータ・クリーヒン、レオニード・メナケル 脚本:ミハイル・ドウジン、セルゲイ・オルロフ 撮影:ニコライ・ジーリン、ウラジミール・カラセフ
出演:ヴヤチェスラフ・グレンコフ、ゲンナジー・ユフチン

 第二次世界大戦時、ナチスドイツの対戦車砲弾開発のためにターゲットとされたソ連の戦車T-34に乗せられた4人。彼らは隙をついて脱走に成功する。だが、戦車には弾薬などの武装がなく、マシンガンが一丁あるだけ。彼らは無事に逃げ切れることが出来るのだろうか?
 1942年に実際に起きた事件を題材にしたと言うから驚く。こんなことが本当にあったのか。ドイツも間抜けだな。
 戦車映画自体が珍しいが、その上ソ連映画の娯楽作ときている。もちろん登場するT-34は本物を使っており、迫力十分。
 武装がないのでひたすら走り回ることしか出来ず、街中で物を踏みつぶして壊したり、野原を疾走するだけ。戦車の砲撃シーンを期待する人にはちょっと物足りないかも。
 同じく捕虜となっているロシア人女性が働く畑を走り抜けた時は、彼女たちが「味方が来た」と戦車に追いすがるようにしてくる。だが、何も出来ない彼らは彼女たちを見捨ててお花畑を走り去ってしまう。残酷だが美しいシュールな映像だ。
 邦題は『鬼戦車T-34』となっているが、"鬼"というほど鬼じゃない。そもそも戦闘シーン自体が少ないし。原題は"ヒバリ"という意味だそうだ。
 脱走劇だが、脱走の緊張感よりも、戦車という非日常が、町や農場などの日常風景に入り込んだときの違和感から来るユーラスな印象が強い。
 演習場から逃げる場面では不意を突かれたドイツ兵が逃げ惑ってまぬけな姿をさらし、町に入れば味方の戦車とのんびり見ていた市民が、広場の銅像に戦車が突撃するのを見てあぜん。ビヤホールの前で停車した折には逃亡兵が「ビール持って来い」。脱走劇の緊張感がないとはいわないが、これでは「ユーモアを感じるな」といわれても無理だ。
 テンポはゆっくりめで画面のモノクロと合わせて製作された1964年よりも古い作品に感じられる。カットの繋ぎ方などに歯切れの悪さを感じさせる部分もあった。
 4人の内の1人の若者が徒歩で逃げている最中に、管理番号が書かれた木が立ち並ぶ林に入ってしまい、精神的に追い詰められてパニックになるシーンは良かった。
 ラストは次々とドイツ軍によって倒されていく仲間達。主人公的人物も、子供を救ったばかりに......
 そしてオープニングへと映像が繋がる。プロパガンダ映画ではあるな。
 ドイツ人がドイツ語を喋る度に、棒読みのロシア語吹き替えが入るのはちょっと興ざめだった。ドイツ人同士の会話がドイツ語なのはリアルだが、素直にロシア語を喋らせれば良かったんじゃないかと。それか字幕を表示するか。

B003NVV7XC.jpg『レッド・アフガン』(1988) THE BEAST 105分 アメリカ COLUMBIA PICTURES

監督:ケヴィン・レイノルズ 製作:ジョン・フィードラー 製作総指揮:ギル・フリーゼン、デイル・ポロック 原作:ウィリアム・マストロシモーネ 脚本:ウィリアム・マストロシモーネ 撮影:ダグ・ミルサム 音楽:マーク・アイシャム
出演:ジェイソン・パトリック、スティーヴン・バウアー、ジョージ・ズンザ、スティーヴン・ボールドウィン、ドン・ハーヴェイ、カビール・ベディ、エリック・アヴァリ、ハイム・ジェラフィ


 タイトルからするとB級アクション映画だが、実は戦場での狂気を描いた一作。
 オープニングでは戦車が三台登場するが、全編を通しては実質一台の戦車とアフガンゲリラとの戦いを描いた戦車戦争映画の佳作。そもそも戦車戦争映画ってのが少ないが。
 戦場の狂気を描いた映画で、『地獄の黙示録』とまではいかないが『プラトーン』は余裕で越えている作品だ。まぁ、オレがオリバー・ストーン嫌いってのもあるけど。
 アフガニスタンの村を襲った戦車隊が悪役で、だからアフガンゲリラが善玉になるのだろうがそう簡単にいかないところが面白い。この作品ではアメリカ人は一切登場しない。出てくるのはロシアの戦車兵とアフガンゲリラだけだ。これにアメリカ軍を絡めたら、さぞ意味不明な作品になったことだろう。登場人物を絞ったのは正解だと思う。
 狂気のロシア戦車隊長と対立する操縦士(ジェイソン・パトリック)の関係など上手く描けていると思う。ストーリー展開は比較的単純で、刻々と変わるサスペンス展開が面白い。主人公となるのが一台の戦車というのも分かり易い。
 圧倒的に優位なはずの戦車が次第にアフガンゲリラに追い詰められていく様子主面白い。それには実質的主人公のジェイソン・パトリックが大きく関わっている。
 本作はイスラエルロケだったそうで、機体上部にあるハッチから下部にあるハッチの出入りまでかなりオリジナル通りに再現されている。
 ロシア兵が英語を話すのは仕方ないことだろう。この頃(1988)はまだアメリカとロシアは敵対関係にあったのだ。だがアフガニスタン人はちゃんとアラビア語を話しているので差し引きOKだろう。。
 アフガニスタンの女性は戦車に向かって無意味でもある投石をして、毒ガスで命絶えるまでハッチを石で叩き続けるシーンが印象の残った。
 戦車映画というジャンル自体が少ないが、その中でも傑作といって良いだろう。

B003VTG19Q.jpg『D-TOX』(2002) D-TOX 96分 アメリカ UNIVERSAL PICTURES

監督:ジム・ギレスピー 製作:ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード、カレン・ケーラ、リック・キドニー、ケヴィン・キング 製作総指揮:モーリーン・ペイロット 原作:ハワード・スウィンドル 脚本:ロン・L・ブリンカーホフ 撮影:ディーン・セムラー 音楽:ジョン・パウエル
出演:シルヴェスター・スタローン、チャールズ・ダットン、ポリー・ウォーカー、トム・ベレンジャー、ショーン・パトリック・フラナリー、クリストファー・フルフォード、クリス・クリストファーソン、ディナ・メイヤー、ロバート・パトリック、スティーヴン・ラング、ロバート・プロスキー、コートニー・B・ヴァンス、ジェフリー・ライト、フランク・ペレグリノ

 シルヴェスター・スタローン主演のサイコサスペンス。
 連続警官殺しの犯人に恋人を殺されたFBIのマロイ捜査官(シルヴェスター・スタローン)はそのショックから酒に溺れ、数ヶ月後には立派なアルコール依存症患者となっていた。
 見かねた上司がワイオミング州の人里離れた場所にある元警官が運営しているアルコール・薬物依存症患者の療養施設に行くように勧める。
 リストカットまでするようになっていたマロイはその療養施設"D-TOX"に行くことになるが、そこで何者かによって1人また1人と殺されていく。助けを呼ぼうにも電話線は切られてしまい、吹雪の中では逃げ出すことも出来ない。
 スタローンが心に傷を負ったアルコール依存症患者というのは無理がないかと思ったら意外と似合っていた。考えてみれば心に傷を負ったという意味では『ランボー』も同じか。悩み苦しむスタローンの哀愁を感じさせる演技は良い。
 施設には患者が10人と管理人や従業員などが数人、運営者(クリス・クリストファーソン)と女性精神科医がいる。脚本としてはそれぞれの特色を出すべきだったと思うのだが、あまりそれが出来ていない。おかげでキャラが立っておらず名前と顔が一致しない。「こいつ誰だっけ?」となってしまう。96分と短めだが、序盤をもう少し切り詰めて人物描写をもっとしっかりやるべきだったのではないだろうか。
 そんな具合だから、犯人が分かった時も「だからこいつ誰だっけ?」となってしまい意外性がない。意外な人物が真犯人だったという所にサイコサスペンスの面白さの一つがあると思うのだが、どうにもあっけない。
 ラストはアクションシーンに突入するが、後ろに"先っちょの尖ったの"がある場所で戦うので決着の付け方が予想できてしまうのは、仕方ないとは言え興ざめだった。アクションシーンといってもスタローン作品としては地味目で映画全体のカラーを崩してはいない。ここで派手なドンパチが始まったらぶち壊しだったところだ。
 吹雪の中の元軍隊の施設を利用した療養施設の中の殺風景さや、どこに殺人鬼が潜んでいるのか分からない不気味さなど雰囲気作りには成功している。だが、誰が真犯人かでみんな疑心暗鬼になり、お互いに争い始める緊張したシーンにスタローンがいないというのはどんなものだろうか。密閉空間物の見せ場だと思うのだが。
 精神的に問題を抱えたSWAT隊員のノア役のロバート・パトリックが上手い。タフガイぶっていて他人に暴言を吐いたり喧嘩を売ったりするのだが、いざ真犯人に銃を突き付けられると恐怖のあまり泣き出してしまう。このギャップが良かった。
 恋人にプロポーズとともにプレゼントするはずだったダイヤの指輪の使い方も悪くないし、決してつまらない作品ではないのだが、犯人の動機が不明確すぎる。精神異常者だからと言われてしまえばそれまでだが、何故そこまでマロイに執着したのかがイマイチ分からない。一様説明はされているのだが、うーむ。
 トム・ベレンジャーが比較的どうでも良い役で使われていて、ちょっと寂しかった。見せ場の一つも作ってあげてよ。

B003W8WUUU.jpg『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(2009) THE HANGOVER 100分 アメリカ WARNER BROS. PICTURES

監督:トッド・フィリップス 製作:トッド・フィリップス、ダン・ゴールドバーグ 製作総指揮:トーマス・タル、ジョン・ジャシュニ、ウィリアム・フェイ、スコット・バドニック、クリス・ベンダー、J・C・スピンク 脚本:ジョン・ルーカス、スコット・ムーア 撮影:ローレンス・シャー プロダクションデザイン:ビル・ブルゼスキー 衣装デザイン:ルイーズ・ミンゲンバック 編集:デブラ・ニール=フィッシャー 音楽:クリストフ・ベック
出演:ブラッドリー・クーパー、エド・ヘルムズ、ザック・ガリフィナーキス、ヘザー・グレアム、ジャスティン・バーサ、ジェフリー・タンバー、マイク・エップス、マイク・タイソン、ケン・チョン、レイチェル・ハリス、ロブ・リグル、サーシャ・バレス、ブライアン・カレン、イアン・アンソニー・デイル、ジリアン・ヴィグマン、ジャーナード・バークス

 親友ダグの独身最後のバチェラーパティーを楽しもうと、ラスベガスでドンチャン騒ぎのフィル、ステュ、アラン。ところが翌朝、ホテルの部屋で目覚めた3人の前には、何故か赤ん坊とバスルームには一頭の虎が。しかも、肝心のダグは行方知れず。こんな非常事態にもかかわらず、前夜のことを何一つ思い出せない3人だったが...。
 下品なネタも多いコメディー映画だが、ミステリー仕立てになっていて、3人が小さな手がかりから一つ一つ昨晩の出来事を突き止めていく。この物語展開やラストに伏線が収束していく様子など脚本が優れているのだろう。
 あり得ないようなことや危険なことが起きるがそれもちゃんと説明されている。警察に押収されていた車のトランクから真っ裸の中国人が出てくるというとんでもないシーンまでちゃんと辻褄が合っている。
 邦題からはおバカ映画のように思えるが、これがなかなかしっかりした出来だ。
 花ムコのダグは序盤で姿を消してしまい終盤まで出てこないし、出てきた時は散々な目に合っていて同情してしまう。
 低予算映画なのに全米だけで2億8000万ドルを叩き出したこの作品。監督のトッド・フィリップスは『スタスキー&ハッチ』(2004)の人か。
 虎の飼い主としてあのマイク・タイソンが登場。ちゃんとセリフもあるし演技している。特別出演といった扱いだろうか。それにしてもタイソンはラスベガスに住んでいるのか。
 昨晩の記憶がないのは実はドラッグのせいなのだが、酒の飲み過ぎで昨晩の記憶がないという話しは聞く。オレの場合、記憶を無くしたことがないので分からないのだが、こんな感じなのだろうか。
 バチェラーパティーの習慣がない日本では分からないが、アメリカ人には「これってあるある」的なネタが含まれているのだろう。それにしても虎の謎は解けたが部屋の中を飛び回っていたニワトリは謎のままだ。どっから持ってきたんだ。
 エンドクレジットでは発見されたデジカメに写っていた写真でどんなバカをやったのかが分かる。
 毒も含まれているし、独特のノリなので受ける人受け無い人がはっきり分かれてしまうかも。
 とりあえず赤ん坊の母親でストリッパー役のヘザー・グレアムがキュートだった。

B003R3KC1O.jpg『30デイズ・ナイト』(2007) 30 DAYS OF NIGHT 113分 アメリカ GHOST HOUSE PICTURES

監督:デヴィッド・スレイド 製作:サム・ライミ、ロブ・タパート 製作総指揮:ジョー・ドレイク、オーブリー・ヘンダーソン、ネイサン・カヘイン、マイク・リチャードソン 原作:スティーヴ・ナイルズ、ベン・テンプルスミス 脚本:スティーヴ・ナイルズ、スチュアート・ビーティー、ブライアン・ネルソン 撮影:ジョー・ウィレムズ プロダクションデザイン:ポール・デナム・オースタベリー 美術:ナイジェル・チャーチャー、マーク・ロビンス 衣装デザイン:ジェーン・ホランド 編集:アート・ジョーンズ 音楽:ブライアン・レイツェル 舞台装置:ジャロ・ディック
出演:ジョシュ・ハートネット、メリッサ・ジョージ、ダニー・ヒューストン、ベン・フォスター、マーク・ブーン・ジュニア、マーク・レンドール、アンバー・セインスベリー、マヌー・ベネット、ミーガン・フラニック、ジョエル・トベック、エリザベス・ホーソーン、ナサニエル・リーズ、クレイグ・ホール、チック・リトルウッド、ピーター・フィーニー

 アメリカ最北端の地、アラスカ州の小さな町バロウは普段は人口が563人。しかし、30日間も太陽が昇らない夜が続く極夜になると住民の大半は町を出て最低限の人数の152人になってしまう。隣の町までは128kmもあり完全な孤立状態。
 油田で成り立っている町バロウを極夜の前から異変が起き始める。携帯電話が大量に盗まれて焼かれたり、犬ぞり用の犬が殺されたり、ヘリコプターが破壊されたりなどだ。
 そして極夜を迎えた最初の日に奴らが襲ってきた。奴らとはヴァンパイアだった。
 サム・ライミ製作によるサバイバル・アクション・ホラーである。ヴァンパイアはクラシカルなベラ・ルゴシタイプではなく、半分ほど最近のゾンビが入ったギャワーと大挙して襲って来るタイプ。銃で撃っても倒れず、頭を吹き飛ばした時だけは倒せる。他には首を切り落とすか、紫外線を当てることでしか倒すことが出来ない。この紫外線ランプが主人公エバン(ジョシュ・ハートネット)の祖母がマリファナを隠れて育てているために使っていたという所が可笑しい。でも、大麻を育てるのに使うのは紫外線ランプじゃなくて赤外線ランプじゃないかという気がする。
 ヴァンパイアが襲い始めてからの物語展開は早く、上映時間の半分ほどで町の住民のほとんどがヴァンパイアの餌食になってしまう。この阿鼻叫喚をヘリコプターから撮影したと思われる垂直の俯瞰ショットで捉えたシーンは迫力がある。
 ほとんど無敵のヴァンパイアを相手に人間はひたすら逃げ回り隠れるだけ。とある空き家の屋根裏部屋に生き残りの数人が立て籠もるが、ここからがちょっともたつく感じで退屈である。住民がやられていくシーンはもっと長くても良かった気がする。
 ヴァンパイアに噛まれた人間はヴァンパイアになってしまう。そのため仲間を無駄に増やしたくないヴァンパイアは犠牲者の首を切り取ってしまう。噛まれただけではなくヴァンパイアの血が体内に入ってしまった場合もヴァンパイアになり、それがラストに活かされている。
 ヴァンパイアだから十字架やニンニク、それに聖水は効くのかと言われると困ってしまう。そういうシーンはないのだ。だが、ヴァンパイアのボスが「神はない」とか言っているのでどうも宗教的な物は通用しなさそうだ。「紫外線は効く」と主人公が主張するがこれは極夜になってから襲ってきたから日光に弱いと推測したのだろう。だが、紫外線ランプは実はあまり活躍しない。
 見せ場はヴァンパイアの狩り場となった町でのサバイバル生活。じっと潜んで時が過ぎるのを待つ。生き残った人々の絶望感が伝わってくる。地味だが閉塞感があり観終わった後ではぐっと疲れてしまった。認知症の老人が自分勝手な行動をして集団を危機に陥れたりと定番は押さえている。この辺り、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を思わせる面がある。
 ヴァンパイアのために下準備をする謎の男役のベン・フォスターが良い味を出している。ヴァンパイアになることを夢見て、その手先として働いているのだ。吸血鬼が人間を手先として使っているのは本家ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』にもあった通り。
 人体損壊などのグロシーンもあるが、それ以上にキツかったのが画面には映らないがヴァンパイアになってしまった幼い女の子の首を斧で切断するシーン。子供ネタは犯則だ。原作はアメリカンコミックらしいが、こちらではちゃんと描かれているのだろうか。読みたいような読みたくないような。
 最後はヴァンパイアのボスとのド突き合いによる一対一の決闘になる。他のヴァンパイアは周りから見守っているだけ。普通の人間の主人公エバンがどのようにしてヴァンパイアと戦うかはお楽しみとして、やはり決闘というのは良い。ヴァンパイアの殴り合いというのはなかなかお目にかかれない。
 それまでヴァンパイアの群れがどのように生活していたのか、全てが終わった後どこへ去っていったのかが謎だが、それは予定されている続編で描かれるのだろう。
 観終わってみると、30日という期間はちょっと長すぎた。カットが変わると「何日目」とのクレジットが出て日にちが経過しているのは分かるが、その間どうやって過ごしていたかが気になる。人間側は食料とか飲料水をどうしていたのか分からないし、ヴァンパイア側も、もうこの町には人間はいないとか考えなかったんだろうか。30日間というタイムリミットもあまり活かされてはいないのが残念だ。
 暖房の切れた屋内で極冠の地の温度は低い。それを表現するために吐く息も白いのだが、これは『エクソシスト』ばりに巨大冷蔵庫の中にセットを組んだのだろうか。それともCG? それにしても30日も連絡が途絶えているのに、町に身内がいる人間や隣町の人間は不審に思わなかったのだろうか。
 ラストシーンで30日ぶりの朝日が昇ってくるのを眺めるエバンと恋人のステラ(メリッサ・ジョージ)。絵的には美しいんだけど、よく見るとステラが流す涙に混ざって鼻水も流れてるんですが。
 邦題は『30デイズ・オブ・ナイト』でいいと思うんだけどな。なんで"OF"を省略するかな。

B0026R9HPO.jpg『ミラーマスク』(2005) MirrorMask 104分 イギリス/アメリカ DESTINATION FILMS、THE JIM HENSON COMPANY

監督:デイヴ・マッキーン 製作:サイモン・ムーアヘッド 製作総指揮:マーティン・G・ベイカー、リサ・ヘンソン、マイケル・ポリス 原案:ニール・ゲイマン、デイヴ・マッキーン 脚本:ニール・ゲイマン 撮影:アントニー・シャーン 編集:ニコラス・ガスター 音楽:イアン・バラミー
出演:ステファニー・レオニダス、ジェイソン・バリー、ジーナ・マッキー、ロブ・ブライドン、ニック・ロブソン、ドラ・ブライアン、スティーヴン・フライ

 ストーリーはシンプルでファンタジーとしてはありきたりと言ってもいいほど。代わりにダリの絵の中をさまよい歩くような映像が美しい。時に不気味で摩訶不思議。人面犬や人面猫、鳥人間などの魅力的なキャラクター。
 主人公のヘレナ(ステファニー・レオニダス)が光の国と闇の国からなる不思議な世界に迷い込んでしまい、崩壊しつつある世界を救うために"ミラーマスク"を探す旅に出る。ヘレナは世界を救い、自分の住む現実世界に戻ることが出来るのか。
 不思議な世界はヘレナが描いた絵そのものであり、自分の夢の中を彷徨っているようなもの。そこではどんな変な物も実在するし、どんな変なことでも起きる。ヘレナは眠り続ける光の女王に病に倒れて手術を受ける母親を重ねて見る。
 CGは2005年作品と言うこともあってかちょっと古めな印象を受ける。ジム・ヘンソン・カンパニー作品なのだからやはりマペットは使って欲しかった。それとも使ってるのを気付かなかったのかな。キャラクター達はやはり『ダーククリスタル』『ラビリンス 魔王の迷宮』に似ているところがあった。
 色彩はダークで印象的だ。もっと明るかったら子供にも受けるのかも知れないがちょっとダークすぎる気もする。だが、それもまた味わい深い。芸術的と言っても良いのかもしれない。
 光の国を浸食してくる闇。だが闇の国も世界の崩壊からは逃れられない。セピアカラーの世界は揺れて歪み、意味のない会話が繰り返される。音楽も効果的に使われている。
 窓の向こうには現実世界が見え、そこにはもう1人のヘレナがいた。自由奔放に振る舞う彼女の正体はいったい?
 監督のデイブ・マッキーンは聞かない名だなと思ったらアメリカンコミック作家で短編映画もいくつも手がけているらしい。劇中に登場するヘレナが描いた絵は彼の手による物。この作品が長編デビュー作である。

B003VR7PEI.jpg『ハウリング』(1981) THE HOWLING 91分 アメリカ

監督:ジョー・ダンテ 製作:マイケル・フィネル、ジャック・コンラッド、スティーヴン・A・レイン 製作補:ロブ・ボッティン 製作総指揮:ダニエル・H・ブラット、スティーヴン・A・レイン 原作:ゲイリー・ブランドナー 脚本:ジョン・セイルズ、テレンス・H・ウィンクレス 撮影:ジョン・ホラ 特殊メイク:ロブ・ボッティン 美術:ロバート・A・バーンズ 衣装デザイン:ジャック・ビューラー 編集:ジョー・ダンテ、マーク・ゴールドブラット 音楽:ピノ・ドナッジオ
出演:ディー・ウォーレス、パトリック・マクニー、デニス・デューガン、ジョン・キャラダイン、クリストファー・ストーン、ベリンダ・バラスキー、ケヴィン・マッカーシー、スリム・ピケンズ、エリザベス・ブルックス、ロバート・ピカード、ノーブル・ウィリンガム、ケネス・トビー、ディック・ミラー、ジム・マックレル、フォレスト・J・アッカーマン、ロジャー・コーマン、ジョン・セイルズ、ジェームズ・マータフ

 連続殺人鬼事件を追うテレビの女性キャスター、カレン(ディー・ウォーレス)は犯人と思われる男エディ(ロバート・ピカード)に呼び出され、ポルノショップまで来いと指示を受ける。そしてポルノ映画の個室上映室で何者かに襲われる。カレンにはそれが人間とは思えなかった。
 この事件がトラウマとなったカレンは精神科医ワグナー(パトリック・マクニー)に薦められ彼が運営するコロニーへと療養のためにやってくる。だが、そこに待っていたのは......
 ジョー・ダンテが『ピラニア』(1978)に引き続いてその名を世間に知らしめた狼男映画。ジョン・ランディスの『狼男アメリカン』も同じ1981年作品である。1981年は狼男のビンテージ・イヤーだったのだ。
 見所はなんと言っても当時21歳の若者だったロブ・ボッティンによる狼男への変身の特殊メイク。実は時間としてはそんなに長くないのだが、これまでにないリアルな変身で、編集を工夫してまるで1カットで撮られているかのように錯覚してしまう。実際には、いくつもの細かいカットで構築されている。人体に直接特殊メイクをしたのからメカニカルまで低予算ながら多種多様なテクニックを駆使している。顔面や肉体がボコボコいいながら膨れて変身していく様は、昨今のCGによる変身シーンにはない味がある。CGも好きだけどね。
 特殊メイク以外ではアニメーションで処理していたり、狼男をストップモーション・アニメーションで表現していたりもする。
 だいぶと昔にテレビで観た時はかなり興奮した記憶がある。SFX大好き少年だったのだ。しかもカレンの夫が女狼男と浮気するシーンがあったりとちょっとエロい。女狼男って単語は矛盾してるか? 狼女で良いのかな。
 ジョー・ダンテ作品なので当然のごとく常連のディック・ミラーが出演していて嬉しい。『ターミネーター』(1984)で銃器店の主人をやっていた人ね。すっかり爺さんになってしまったジョン・キャラダインも出演している。
 狼男に噛まれると狼男になってしまう。そして、この作品の狼男は満月の晩でなくても自分の意志で変身することが出来る。変身してしまうと理性を失ってしまい、本能だけで行動するようになる。とどめを刺すには銀の銃弾で撃つか焼き殺すしかない。基本的には『狼男』(1941)と同じだが、自分の意志で変身することが出来るという点など細かいところが違う。
 カレンがエディに襲われるところで緊張感が高まり、善良な人の集まりに見えたコロニーが実は狼男の集団だったという辺りから物語は盛り上がってくる。そう言えばコロニーの連中はどこか怪しげな雰囲気を漂わせていた。狼男の群れとの戦いは意外としょぼいが、カレンがある決断を下す悲しいラストは泣ける。そしていかにもホラー映画らしいオチが待っている。
 とりあえずハンバーグの焼き方は下手じゃなかろうか。『ハウリング6』までと続編が何作もあるが、どれもオリジナルには及ばない。

B003VR7PE8.jpg『ビヨンド』(1980) THE BEYOND 90分 イタリア

監督:ルチオ・フルチ 製作:ファブリッツィオ・デ・アンジェリス 脚本:ルチオ・フルチ、ダルダーノ・サケッティ、ジョルジオ・マリウッツォ 撮影:セルジオ・サルヴァティ 特殊メイク:ジャンネット・デ・ロッシ 音楽:ファビオ・フリッツィ
出演:カトリオーナ・マッコール、デヴィッド・ウォーベック、サラ・ケラー、ヴェロニカ・ラザール、アンソニー・フリーズ、ジョヴァンニ・デ・ナヴァ、アル・クライヴァー、ミシェル・ミラベラ

 1927年のルイジアナ。とあるホテルの一室で地獄の絵を描く画家がいた。その部屋に「怪しい魔術を使っているだろう」と押し寄せる近隣の住民たち。そして画家をリンチにかけて地下室の壁に埋め込んでしまう。
 それから時は過ぎ1981年。閉鎖されたそのホテルを相続した女性がホテルを再開するためにニューヨークからルイジアナにやってくる。そしてホテルの改装を始めるが、事故が相次ぐ。地下室から画家の死体が発見された時、地獄への門は開いてしまった。
 ストーリーはハチャメチャ。だが、それがいかにもルシオ・フルチっぽい。ストーリーではなく雰囲気やスプラッター描写で見せる人だから細かいことは気にしない気にしない。それにしても今回も"地獄の門"ネタか。よっぽど好きな題材なんだな。
 画家のリンチのシーンからしてチェーンで叩かれる画家、そして裂ける肉に飛び散る血。だが、こんなのは序の口。硫酸か何かを被って顔面が溶けてしまうオバサン、タランチュラの群れに生きたまま食われる男、後頭部から太い釘にぶつかり眼球が飛び出す女性などなど。グロ描写がてんこ盛り。
 謎の盲目の女性の正体や、両親を失って目が白くなってしまった少女など意味不明なシーンがたくさん出てくる。話の辻褄を考えると訳が分からなくなってしまうが、ルシオ・フルチ自身分かっているんだか分かっていないんだか。
 終盤の病院ではゾンビの群れが登場し主人公たちを襲って来る。街は無人になっているようで、すでに地獄の門は開いてしまっているらしい。ゾンビは動きがゆっくりで頭部を破壊しないと倒れないジョージ・A・ロメロ系のゾンビなのが好感が持てる。やっぱりゾンビは動きが緩慢でないと。
 とりあえず何が起きても"地獄の門が開いたから"で押し切ってしまうパワーを感じる。病院の階段を下りていく内にホテルの地下室に現れていたシーンは秀逸。
 ラストは投げっぱなしだが、『地獄の門』と比べると一応オチは付いている。
 "エイボンの書"が登場するのでクトゥルフ神話系の話なんだろうね。

B003VTG0Y2.jpg『グリーン・ゾーン』(2010) GREEN ZONE 114分 フランス/アメリカ/スペイン/イギリス UNIVERSAL PICTURES
 
監督:ポール・グリーングラス 製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ロイド・レヴィン、ポール・グリーングラス 製作総指揮:デブラ・ヘイワード、ライザ・チェイシン 原案:ラジーフ・チャンドラセカラン 脚本:ブライアン・ヘルゲランド 撮影:バリー・アクロイド プロダクションデザイン:ドミニク・ワトキンス 衣装デザイン:サミー・シェルドン 編集:クリストファー・ラウズ 音楽:ジョン・パウエル

出演:マット・デイモン、グレッグ・キニア、ブレンダン・グリーソン、エイミー・ライアン、ハリド・アブダラ、ジェイソン・アイザックス、イガル・ノール

 イラク戦争で大量破壊兵器はなかったというアメリカの自戒映画を娯楽アクション映画として描くことにまず無理がある。アメリカ兵が活躍すればするほど、「お前ら、この映画では悪役じゃん」と思ってしまうのだ。悪役とは言いすぎかも知れないが、正義の味方アメリカ兵という図式ではない。
 大量破壊兵器を探し求めるロイ・ミラー准尉(マット・デイモン)とその部下たち。しかし、上層部からの情報に従って大量破壊兵器を探しても全く見つからない。それもそのはず、そもそもそんな物は存在しなかったのだ。
『ボーン・アルティメイタム』などのポール・グリーングラス監督作だけあって手持ちカメラで走りまくる。思わず酔ってしまいそうなほどだ。画面はぶれまくり。
 話は拡大し、大量破壊兵器探しからイラクのエラいさん拿捕まで広がる。あまりにも勝手な行動のミラーにはちょっと呆れてしまう。素直に大量破壊兵器の存在について描いていれば良かったのでは?
『グリーン・ゾーン』というタイトルの割りには物語のほとんどは安全地帯である『グリーン・ゾーン』ではなく危険地帯の『レッド・ゾーン』で展開される。イラク人の一般市民が通訳としてミラーに付くことになるが、このイラク人フレディが良い味を出している。ただ、ラストでフレディが悪党を殺してしまうのはミラーに殺させないためだとしか思えない。
 イラク戦争で利用されたCNNなどのマスコミを正義の味方的に描いてしまうラストにも疑問が残る。そう簡単には終わらないだろうと。

B003XDZ5R4.jpg『タイタンの戦い』(2010) CLASH OF THE TITANS 106分 アメリカ

監督:ルイ・ルテリエ 製作:ベイジル・イヴァニク、ケヴィン・デラノイ 製作総指揮:リチャード・D・ザナック、トーマス・タル、ジョン・ジャシュニ、ウィリアム・フェイ 脚本:トラヴィス・ビーチャム、フィル・ヘイ、マット・マンフレディ オリジナル脚本:ビヴァリー・クロス 撮影:ピーター・メンジース・Jr プロダクションデザイン:マーティン・ラング 衣装デザイン:リンディ・ヘミング 編集:マーティン・ウォルシュ、ヴァンサン・タベロン 音楽:ラミン・ジャヴァディ
出演:サム・ワーシントン、ジェマ・アータートン、マッツ・ミケルセン、アレクサ・ダヴァロス、ジェイソン・フレミング、レイフ・ファインズ、リーアム・ニーソン、ティン・ステイペルフェルト、ルーク・エヴァンス、イザベラ・マイコ、リーアム・カニンガム、ハンス・マシソン、アシュラフ・バルフム、イーアン・ワイト、ニコラス・ホルト、ヴィンセント・リーガン、ポリー・ウォーカー、ルーク・トレッダウェイ、ピート・ポスルスウェイト、エリザベス・マクガヴァン

 1981年のレイ・ハリーハウゼンによる『タイタンの戦い』のリメイク。
 ゼウスと人間の女性との間に生まれたペルセウスが、ある王国が神の怒りを買って姫君のアンドロメダを海の化け物クラーケンの生け贄として差し出されることになったため、クラーケンを唯一倒せるメデューサの首を苦労の末に得て、クラーケンを倒すといったお話で基本設定はオリジナル版と同じだ。ギリシャ神話がモデルだからそれもそうか。
 だがストーリー自体は大幅に書き換えられていて、好みが分かれるところだろう。個人的にはモッサリしていてもオリジナル版の方が好きだ。
 目玉となるようなSFXシーンが意外と少なかった。砂漠での巨大サソリとの戦い、メデューサとの戦い、クラーケンとの戦いぐらいで、細かいところでSFXは多用されているのだろうがちょっと物足りなかった。
 ペガサスが純白から漆黒に変えてあったのは何故だろうか。ペガサスと言えばイメージするのはやはり純白じゃない?
 テンポは良く警戒に物語が展開していく。とりあえず飽きることはない。モンスターたちとのバトルは大迫力。このモンスターたちがダイナメーションを意識した動きをしてくれる。なんと金属製のフクロウ・ブーボーが1シーンだけ特別出演しているのもオリジナル版のファンには嬉しいところ。
 ペルセウスは「人間として戦う」と言っておきながら、追い詰められた時には父ゼウスから与えられた剣に頼ってしまう。結構ポリシーないなこいつ。
 シュルシュルと襲って来るメデューサが怖ろしい。こいつと目を合わせてしまうと石になってしまうのだが、何人も仲間が犠牲になる。クラーケンとの戦いはちょっと拍子抜け。
 この作品は2Dカメラで撮った物を後処理で3Dにしたせいかそれほど立体感を感じさせるシーンは少ない。一番立体感を感じるのは飛び出した字幕だったりする。ブームに乗っかって即席で作ったんじゃやっぱりだめだよな。ジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』を3D化すると言っているそうだがこの程度の出来だったらあまり意味がないだろう。1本に1年かけると言うからそれなりのものが出来てくるのだろうか。
 リーアム・ニーソンは好きだが、ゼウス役にはやはりローレンス・オリヴィエの方が似合っている。
 監督は『トランスポーター』などのルイ・ルテリエ。テンポの良さはこの監督のおかげだろう。なんだかんだで楽しいB級映画(予算的にはA級なんだろうけど)でした。

B003VN7SZ8.jpg『サバイバル・オブ・ザ・デッド』(2009) SURVIVAL OF THE DEAD 90分 アメリカ/カナダ ARTFIRE FILMS

監督:ジョージ・A・ロメロ 製作:ポーラ・デヴォンシャイア 製作総指揮: D・J・カーソン、マイケル・ドハティ、ダン・ファイアマン、ピーター・グルンウォルド、アラ・カッツ、アート・スピゲル、ジョージ・A・ロメロ、パトリス・セロー 脚本:ジョージ・A・ロメロ 撮影:アダム・スウィカ 視覚効果監修:コリン・デイヴィス 特殊効果メイクアップ:フランソワ・ダジュネ 特殊効果メイクアップ・プロデューサー:グレッグ・ニコテロ プロダクションデザイン:アーヴ・グレイウォル 衣装デザイン:アレックス・カヴァナー 編集:マイケル・ドハティ 音楽:ロバート・カーリ
出演:アラン・ヴァン・スプラング、ケネス・ウェルシュ、キャスリーン・マンロー、デヴォン・ボスティック、リチャード・フィッツパトリック、アシーナ・カーカニス、ステファーノ・ディマッテオ、ジョリス・ジャースキー、エリック・ウールフ、ジュリアン・リッチングス、ウェイン・ロブソン

『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』で主人公たちを襲った軍人が主人公とロメロとしては珍しくちゃんと登場人物が連続した続編となっている。
 地球上にゾンビが現れてから数週間、すでに事態は手の付けられない状況になっていた。そこで主人公たち4人の元州兵と1人の青年は、インターネットで「この島は安全だ。歓迎するから避難してきてくれ」という情報を得てその島へと向かう。そこで待っていたのは対立する2つの一家だった。
 ゾンビ映画というよりは西部劇と言った感じ。ゾンビ西部劇?
 ゾンビを全て始末してしまおうという一家と、ゾンビに人肉以外のものを食わせるようにして共存しようとする一家が敵対している。服装や使っている銃器は西部劇風。ラストには敵の牧場に乗り込んでの対決まである。『OK牧場の決闘』か?
 ゾンビで溢れている世の中で、それ以前からの因縁で対立を続ける者たちという題材は面白いが、ゾンビを期待して観に行った人にはちょっと期待はずれだったのではないだろうか。終盤にはゾンビの群れが襲って来るゴアシーンがあるが、それまではちょぼちょぼといった感じで物足りない感はある。
 全体的に低予算を感じさせる作りで、特殊メイクの出来もそれほど良いとは思わない。過去のロメロゾンビの方が良かったのではないか。クビだけにされたゾンビたちはCG合成がモロバレでちょっと興ざめ。絵面としては面白かっただけに残念。
 人間がゾンビを飼い慣らそうと鎖で繋いでおり、緊張感や救いがたい終末感といったものは希薄だ。人類はこのまま滅亡してしまうのかという恐ろしさがこの作品からはあまり感じられない。
 この作品でのゾンビは知恵をある程度持っており、過去の記憶に従って行動している。馬に乗るゾンビまでいるぐらいだ。ポストの前で延々と配達を続けている郵便配達ゾンビや延々と薪を割ろうとしている農夫ゾンビにはちょっと和まされる。最後には希望らしき物も見える。
 ゾンビを始末する一家の味方になった主人公サージ(アラン・ヴァン・スプラング)はどちらかというと影が薄く、それ以上に対立する一家の長同士の方が目立っている。ただその人間ドラマがあまり上手く描かれておらず、演出面については疑問も残る。
 ラストショットはどデカい満月の前でひたすらに空の銃を撃ち続ける長ゾンビ2人。印象に残る絵である。

B003V1D27S.jpg『オーストラリア』(2008) AUSTRALIA 165分 オーストラリア 20th CENTURY FOX

監督:バズ・ラーマン 製作:バズ・ラーマン、G・マック・ブラウン、キャサリン・ナップマン 原案:バズ・ラーマン 脚本:バズ・ラーマン、スチュアート・ビーティー、ロナルド・ハーウッド、リチャード・フラナガン 撮影:マンディ・ウォーカー プロダクションデザイン:キャサリン・マーティン 衣装デザイン:キャサリン・マーティン 編集:ドディ・ドーン、マイケル・マカスカー 音楽:デヴィッド・ハーシュフェルダー
出演:ニコール・キッドマン、ヒュー・ジャックマン、デヴィッド・ウェンハム、ブライアン・ブラウン、ジャック・トンプソン、デヴィッド・ガルピリル、ブランドン・ウォルターズ、デヴィッド・ングームブージャラ、アンガス・ピラクイ、リリアン・クロンビー、ユン・ワー

 監督バズ・ラーマン、主演ニコール・キッドマン&ヒュー・ジャクソンとオーストラリア出身トリオで作られたオーストラリア賛美映画。
『赤い河』を思わせる牛追いの旅を描いた前半と、戦争ラブロマンスの後半とでまるで別の映画のようである。165分という上映時間が微妙に長い。
 個人的には牛のスタンピードもある西部劇風な前半が好きだが、この作品で言いたいのは後半部分だろう。原住民アボリジニの人種隔離政策の問題を取り上げているが、どういうわけか空襲をしてきた日本軍が悪いと言うことになって終わる。アボリジニを虐待し、その土地を奪ってきたのは白人だろうに。
 それにしても旧日本軍はオーストラリア本土を空襲していたのか。不勉強にして知らなかった。でも、実際には空襲だけで上陸作戦はしてなかったそうだぞ。そして上陸してきた旧日本陸軍に撃ち殺されるのはアボリジニ。狙って作っているとしか思えない。
 そのあげくに、エンディングクレジットの最後には「この物語はフィクションです」と出てくるし。最初に言っとけっての。
 165分の長さのわりには端折っている部分が多い。これは題材を詰め込みすぎたからだろう。牛追いのシーンで水場をライバルに毒で汚されてしまい危機に陥った時に砂漠越えで乗り切るのだが、この砂漠越えが画面では描かれていない。だから、町に突如現れた牛の大群という驚きに繋がるのだが、艱難辛苦の見せ場だったのではないだろうか。
 ともあれニコール・キッドマン&ヒュー・ジャクソンの美男美女コンビはやはり絵になる。キスシーン一つ取っても実に美しい。ヒュー・ジャクソンは普段はヒゲを生やした粗野な男だが、舞踏会のシーンではヒゲを剃ってスーツを着て登場する。格好いい。
 ニコール・キッドマンはあまりにも早くイギリスの貴族社会からオーストラリアの牧場生活に慣れてしまう感じ。もうちょっと現地の習慣に馴染むのに苦労する場面があっても良かった気がした。
 オーストラリアの雄大な大自然もスクリーンに収められている。乾期の乾燥しきった砂埃の立つ風景から雨期の緑溢れる風景まで余すところなく捉えている。カンガルーの群れも登場する。ニコール・キッドマンが「カンガルーよ」と歓声を上げる。先頭の一棟はすぐ撃ち殺されるが。
 物語の語り手であるナラ少年(ブランドン・ウォルターズ)は白人とアボリジニのハーフで、眼がパッチリとしていて魅力的な風貌だった。巨大な大地と小さな少年との対比が面白い。
 ブライアン・ブラウンは久しぶり。『F/X 引き裂かれたトリック』(1986)の頃とはずいぶん様子も変わってしまった。

B003WZUGJU.jpg『ハロウィン II』(2009) HALLOWEEN II 106分 アメリカ DIMENSION FILMS

監督:ロブ・ゾンビ 製作:マレク・アッカド、アンディ・グールド、ロブ・ゾンビ 製作総指揮:ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン、マシュー・スタイン、アンディ・ラ・マーカ 脚本:ロブ・ゾンビ、撮影:ブランドン・トゥロスト プロダクションデザイン:ギャレス・ストーヴァー 衣装デザイン:メアリー・マクロード 編集:グレン・ガーランド 音楽:タイラー・ベイツ 音楽監修:ロブ・ゾンビ
出演:マルコム・マクダウェル、タイラー・メイン、シェリ・ムーン・ゾンビ、ブラッド・ドゥーリフ、ダニエル・ハリス、スカウト・テイラー=コンプトン、チェイス・ヴァネク、キャロライン・ウィリアムズ、デイトン・キャリー、リチャード・ブレイク、オクタヴィア・スペンサー、リチャード・リール、マーゴット・キダー、メアリー・バードソング、ブレア・グラント、ハワード・ヘッセマン、ダニエル・ローバック、サイラス・ウェイア・ミッチェル、ロバート・カーティス・ブラウン、ビル・ファガーパッケ、グレッグ・トラヴィス、クリス・ハードウィック、マット・ブッシュ

 ジョン・カーペンター監督の『ハロウィン』(1978)にロブ・ゾンビが新しい解釈を加えてマイケル・マイヤーズを現代に復活させたのが前作の『ハロウィン』(2007)。
 前作のラストでローリーによって射殺されたマイケル・マイヤーズの死体が運搬中の事故で失われてしまってから1年。またハロウィンがやってきた。案の定復活するマイケル・マイヤーズ。そしてローリーは自らの出生の秘密をルーミス精神科医(マルコム・マクダウェル)が売名のために書いた本によって知ってしまう。ローリーを家族に迎え入れるべく襲って来るマイケル・マイヤーズ。そして何人もの死者が出る。
 スラッッシャー描写に平行して描かれる神秘的な映像。マイケル・マイヤーズの母親役であるロブ・ゾンビの妻のシェリ・ムーン・ゾンビが幻想的で美しい。もちろん暴力的なシーンも満載で、マイケル・マイヤーズによる力任せな殺人シーンはリアルさと迫力がある。バシバシと何人も殺していく。印象に残っているのが、倒れた男の顔を何度も踏みつけて潰してしまうところだ。
 ハロウィンの当日に真っ先に殺されるのはいちゃついているカップル。定番通りである。そのままパーティー会場にマイケル・マイヤーズが乗り込んでいって、浮かれまくっている若者を惨殺してくれれば面白かったのに。
 ロブ・ゾンビはロック・ミュージシャンだけあってパーティーのシーンではミュージック・ビデオ風な映像も撮っている。ローリーの部屋にはアリス・クーパーのポスターが貼ってあったりする。そして夜のシーンの光の使い方などが上手い。闇に対するこだわりがあるのだろう。
 治療の結果、お前がマイケル・マイヤーズを殺人鬼にしてしまったのではないかというルーミス医師は今回悪役全開である。センセーショナルなマイケル本で一儲けを企んでいる。ラストは自業自得と言っていい。それにしてもマルコム・マクダウェルがセコい悪党をやるとは。
 ラストシーンは劇場公開版とアンレイテッド版で違ったものとなっている。さすがにほとんど同じ作品を2本続けて観るのはきついのでアンレイテッド版はラストだけ観たが個人的には劇場公開版の方が好み。
 マイケル・マイヤーズが犬を殺しただけでなく、そいつを食っているシーンは人が殺されるシーンよりキツかった。
 はっ、夢だった!というのがちょっと多すぎたかな。
 続編が予定されているそうだが、今作でまた殺されたマイケル・マイヤーズが再び生き返ってくるのか。それとも"あの人"になるのか気になるところである。

B003V3T5GI.jpg『吸血鬼ボボラカ』(1945) ISLE OF THE DEAD 72分 アメリカ

監督:マーク・ロブソン 製作:ヴァル・リュートン 脚本:ジョセフ・ミッシェル、アーデル・レイ 撮影:ジャック・マッケンジー 音楽:リー・ハーライン
出演:ボリス・カーロフ、エレン・ドリュー、マーク・クレイマー、キャサリン・エメリー

『吸血鬼ボボラカ』というタイトルに反して吸血鬼は登場しない。信心深い女性が言いだした悪霊ボボラカが悪の象徴となっている。原題の『ISLE OF THE DEAD』は直訳すると『死の小島』といったところか。『オブ・ザ・デッド』が付いているがゾンビは出てこないのが残念。タイトルを見てモンスターものだと思うと裏切られる。
 バルカン戦争の最中、妻の墓参りのためアメリカ人の新聞記者と共に孤島にある墓地を訪れたギリシャ軍の将軍(ボリス・カーロフ)。島には一軒の家があって、考古学者が住んでいて政治家などが客人として訪れていた。ところがその家で致死率100%の伝染病が発生する。島から出られなくなった彼らは、恐怖と疑心暗鬼に駆られるのであった。そして一人また一人と病で死んでいく。
 ホラーというよりもサスペンス色が強い作品だが、犯人というものが存在しない。ボボラカが存在するのかしないのかというところが見所である。伝説に振り回され恐怖に満ちた人々が描かれている。
 終盤には『早すぎた埋葬』そのもののエピソードがあり、そして甦った女性にボボラカが乗り移っているのか、単に気がふれてしまったのかは明らかにならない。
 死の島に閉じこめられた人々の不安と静かに死を受け入れる姿が独特だ。
 全てを見せてしまうのではなく、考え感じさせることで観客に恐怖を与える。低予算映画というのを逆手にとってホラー映画を成立させている。
 自分の目で見たものしか信じないという将軍が、閉鎖された極限状態の中で徐々に迷信に捕らわれていく過程が秀逸。一人また一人と死者が出てくる内にボボラカの存在を信じ出し、最終的には将軍も完全にその存在を認めてしまっている。如何にも制作のヴァル・リュートンらしい、心理描写の積み重ねによる恐怖をテーマとした作品である。カットの積み重ねによる映像も見事。

B003V3T5GI.jpg『私はゾンビと歩いた!』(1943) I WALKED WITH A ZOMBIE 68分 アメリカ RKO RADIO PICTURES

監督:ジャック・ターナー 製作:ヴァル・リュートン 脚本:カート・シオドマク、アーデル・レイ 撮影:J・ロイ・ハント
出演:トム・コンウェイ、フランシス・ディー、ジェームズ・エリソン、エディス・バレット、クリスティン・ゴードン、テレサ・ハリス、ジェームズ・ベル

 ゾンビと言っても人を襲わない。この場合のゾンビは屍のような生者でいいのだろうか。それとも生きた屍?
 西インド諸島の島に住む男の妻の看護に雇われた看護婦。その妻とは夢遊病者のように歩き回るだけの死体のような女性だった。そして見え隠れしてくるブードゥー教とは。
 南国情緒溢れるエキゾチックな演出や、どこからか響いてくる太鼓の音。そして不気味なブードゥー教の信者たち。
 この信者たちが何をしたいのかよく分からないところが逆に怖い。妻をさらって生け贄にしようとするのだが、何のための生け贄なのかもはっきりしない。妻をさらいに来る背が高くて白目をむいた黒人が怖い怖い。
 ホラーであると同時にラブストーリーでもある。妻を愛してしまった男の弟との三角関係。それに男を愛してしまった看護婦との四角関係。昼ドラ並みにドロドロしている。そもそものきっかけは弟が妻を連れて逃げようとしたこと。その呪いで妻はゾンビになってしまったのだ。
 監督は『キャット・ピープル』(1942)のジャック・ターナー。尺の短さを感じさせない演出で、不気味な雰囲気を醸し出している。
 看護婦がブードゥー教のところに妻を治療のために連れ出すなど唐突に感じるシーンもあるが、全体的にはきれいにまとまっている。悲劇的なラストも良い。
『私はゾンビと歩いた!』というタイトルからはB級っぽさを感じてしまうが、これは末尾に"!"が付いているのが大きいのではないだろうか。実際には意外と格調高い作品である。ビデオ発売時は『ブードゥリアン』というタイトルだったそうだ。何じゃそりゃ。エイリアンかバタリアン辺りを狙ってるのか?

B003V3T5GI.jpg『恐怖の精神病院』(1946) BEDLAM 80分 アメリカ RKO RADIO PICTURES

監督:マーク・ロブソン 製作:ヴァル・リュートン 製作総指揮:ジャック・J・グロス 脚本:ヴァル・リュートン、マーク・ロブソン 撮影:ニコラス・ムスラカ 音楽:ロイ・ウェッブ 音楽監督:C・バカライニコフ
出演:ボリス・カーロフ、アンナ・リー、ビリー・ハウス、リチャード・フレイザー、グレン・ヴァーノン、イアン・ウルフ、ジェイソン・ロバーズ・Sr

 1761年のロンドンにある精神病院が舞台となっている。実際にこの頃にモデルとなった精神病院があったそうだ。
 モーティマ卿の話し相手として雇われているヒロインのネルは、ある日精神病院を訪れ、そこの悲惨な状況を目にする。そして精神病院の改革を思いつくが、院長のシムズ(ボリス・カーロフ)に疎まれ彼の策略によって精神病患者として病院に入れさせられてしまう。ネルの友人の石工であるハニーは彼女を救うことが出来るのか。
 18世紀の精神病院がいかにひどいものであったかが描かれている。
 シムズはラストには患者に捕まり裁判にかけられてしまう。そして無罪として解放されるのだが、一人の女性患者が持っていた石工のコテで刺されてしまう。このコテはハニーがネルに頼まれて身を守るために渡したものだった。皮肉である。てっきりシムズが死んだと思い込んだ患者たちはシムズの身体を石壁の向こうに塗り込めてしまう。塗り込められている最中に意識を取り戻すシムズ。しかしその声は患者たちには届かない。『早すぎる埋葬』のような結末だ。
 精神病患者たちが裁判を行うというのも皮肉だが、出した判決は理性の伴ったものであった。それでいて、シムズが死んだと思った後の行動は犯罪である。理性と野生のせめぎ合いといったところか。ネルの小姓がネルが精神病院に入った途端、モーティマ卿に取り入って仕えてしまうところや、ネルがハニーから色仕掛けでコテを手に入れるなど人間が理性で押し隠している醜い本質が徹底的に描かれている。
 映画のオープニングの絵画を使った出だしも恐怖感を煽る。公開当時には精神病院の描写は怖ろしかったことだろう。今観ると大したことはないが。ホラーというよりも策略を巡るドラマの風味が強い。
 ラストはかなり無理矢理なハッピーエンド。シムズが患者をいたぶったり見せ物にしては殺したりと悪漢だったとはいえこれでいいのか? ボリス・カーロフの名演技はさすが。

B003V3T5GI.jpg『死体を売る男』(1945) THE BODY SNATCHER 77分 アメリカ RKO RADIO PICTURES

監督:ロバート・ワイズ 製作:ヴァル・リュートン 製作総指揮:ジャック・J・グロス 原作:ロバート・ルイス・スティーヴンソン 脚本:ヴァル・リュートン、フィリップ・マクドナルド 撮影:ロバート・デ・グラス 音楽:ロイ・ウェッブ
出演:ボリス・カーロフ、ベラ・ルゴシ、ヘンリー・ダニエル、エディス・アトウォーター、ラッセル・ウェイド、リタ・コーデイ、シャリン・モフェット、ドナ・リー

 雰囲気で見せるRKOホラー。この作品もショッキングなシーンは少ないが、ゾクゾクッと怖い。
 医学部で解剖するための死体を死体売りから買う医師マクファレンがいた。死体売りはグレイ(ボリス・カーロフ)という。ボリス・カーロフは『フランケンシュタイン』の怪物で有名な怪奇俳優である。マクファレンの助手に若い医学生のフェティーズがいたが、死体売りから死体を買うことの抵抗を覚えながらも、マクファレンから「医学の発展のためだから」と言いくるめられてしまう。
 墓場から死体を掘り出してきては売ってきたグレイだが、ある事件をきっかけに墓場の警備が厳しくなってしまう。そこで街角で歌を歌って小銭を稼いでいる歌女を殺害してマクファレンの元へと持ってくる。どうやらマクファレンとグレイとの間には浅からぬ因縁があるようなのだが......
 ボリス・カーロフの不気味さが素晴らしい。特殊メイクをしていなくても十分に芝居の出来る俳優だったのだ。
 歌女殺害の件でグレイを脅しに行くのが『ドラキュラ』俳優として有名なベラ・ルゴシ。ティム・バートンの『エド・ウッド』でも題材として取り上げられていた。
 監督は『キャット・ピープルの呪い』に引き続きロバート・ワイズが担当している。静けさの中に時折ショッキングなシーンが入る名演出で、闇の中で行われる歌女殺害のシーンなどは実に良い。『ウエスト・サイド物語』や『サウンド・オブ・ミュージック』などで有名な監督だがロバート・ワイズの真価はこうした雰囲気のある低予算作品で大いに発揮されたのだろう。
 原作は『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』などのロバート・ルイス・スティーヴンソン。ショートストーリーとなっているので短編小説なのだろう。『ジキル博士とハイド氏』の系統になるのだろうか。
 モノクロを知り尽くした作りで、色がないということをハンデに感じさせない。むしろモノクロだからこそこの作品はなり得たのではないのだろうか。
『THE BODY SNATCHER』を『死体を売る男』にした邦題のセンスも優れている。

B003V3T5GI.jpg『レオパルドマン 豹男』(1943) The Leopard Man 66分 アメリカ RKO RADIO PICTURES

監督:ジャック・ターナー 製作:ヴァル・リュートン 原作:コーネル・ウールリッチ 脚本:アーデル・レイ 撮影:ロバート・デ・グラス 音楽:ロイ・ウェッブ
出演:デニス・オキーフ、マーゴ、イザベル・ジュウェル、ジェームズ・ベル、アブナー・バイバーマン

 エンターテインメント酒場の広告マンが自分が担当している女性に黒豹を連れて歩かせるというアイディアを思いつく。しかし、女性の同僚の嫌がらせで黒豹は逃げ出してしまった。そこから始まる黒豹による女性連続殺人事件。しかし、宣伝マンはこれが黒豹の仕業ではなく、人間の手によるものではないかと考えつく。
『レオパルドマン』というタイトルだが『狼男』の様に人間が黒豹に変身する話ではない。黒豹に手の甲を引っ掻かれた男が出てくるので、この男が黒豹に変身するのかと思ったら違った。単なる異常者の犯行である。
 監督は『キャット・ピープル』(1942)のジャック・ターナー。光と影を巧みに使った演出が上手い。陸橋の下で上を走る列車の光と音なども思わずドキッとさせられる。
 ホラーというよりもサイコサスペンスの類になるのだろうか。殺害シーンなどは描写されずに観客の想像力に任せる手法となっている。1943年という時代もあるのだろう。まだ鮮血や死体を画面上に映し出すには早い時代だったのだ。
 宣伝マンが主人公となって物語は語られるが、そもそも主人公に罪はなかったのか。黒豹を舞台に出すという無茶なパフォーマンスをやっておいて、それで黒豹が逃げ出してしまった責任は主人公にあるのではないか。殺人事件に関しても、黒豹が起こした第一の殺人はもちろん、それに触発されて起きた第二、第三の殺人事件についても主人公の責任があるのではないか。遺族に金を払ったからと言って許されることではない。

B003V3T5GI.jpg『キャット・ピープルの呪い』(1944) THE CURSE OF THE CAT PEOPLE 77分 アメリカ RKO RADIO PICTURES

監督:ロバート・ワイズ、G・V・フリッチ 製作:ヴァル・リュートン 脚本:ドゥウィット・ボディーン 撮影:ニコラス・ムスラカ 音楽:ロイ・ウェッブ
出演:シモーヌ・シモン、トム・コンウェイ、ケント・スミス、ジェーン・ランドルフ、アン・カーター、イヴ・マーチ、ジュリア・ディーン

『キャット・ピープル』(1942)の続編で、シモーヌ・シモンやトム・コンウェイなどのキャストも引き続き出ているが、今回はホラーではなくファンタジーと言っていいだろう。
 空想癖を持ち友達がいない少女エイミーは古い屋敷で老婦人から一つの指輪をもらう。家の召使いから「それは願いを叶えてくれる願いの指輪かも知れませんよ」と教えてもらったエイミーは友達が欲しいと願う。そして彼女の前に一人の女性が現れた。それは『キャット・ピープル』のラストで自殺した父親の前妻"キャット・ピープル"イレーナだった。
 イレーナと楽しく遊ぶエイミー。しかしイレーナの姿はエイミー以外には見えず、父親に嘘をつくなと叱られてしまう。クリスマスが終わった夜のこと、父親から罰を受けたエイミーは雪の降る中、家を飛び出してしまう。
 モノクロながら色を感じさせる絵作りで、独特の雰囲気を持っている。おどろおどろしいタイトルだが"呪い"などは出てこず、ラストに少しだけサスペンス調になるところはあるが、あとは児童心理学を感じさせるファンタジーだ。
 老婦人が元女優で、自分の娘を他人と信じ込んでいるというエピソードがあるが、これはあまり効果的に使われているとは言えず、不自然な感じがした。指輪をくれた不思議なお婆さんと言うことで良かったのではないだろうか。
 監督にはロバート・ワイズ、G・V・フリッチの二人の名前があるが、G・V・フリッチは製作のヴァル・リュートンとソリが合わず、撮影日程が終わっても半分も撮れていなくて、代わりに編集マンとして活躍していたロバート・ワイズが急遽監督デビュー作として担当したそうだ。
 だとしたらそれぞれが撮ったシーンが違うはずだが、作品の中で大きな違和感を感じるところはない。ロバート・ワイズが合わせたのだろうか。だとしたらさすがロバート・ワイズだけあって始めから器用だったのか。まさか一から取り直しということはないだろう。低予算映画だし。
 エイミー役のアン・カーターの演技が素晴らしい。子供ながら実に上手い。夢見がちな少女を見事に演じきっている。その後活躍しなかったようだが、やはり子役は大成しない物なのか。
 娘を信じる心を持つようになった父親というラストが心温まる。友達が見えていようといまいと関係ないのだ。

B0000ABBXN.jpg『キャット・ピープル』(1942) CAT PEOPLE 73分 アメリカ RKO RADIO PICTURES

監督:ジャック・ターナー 製作:ヴァル・リュートン 脚本:ドゥウィット・ボディーン 撮影:ニコラス・ムスラカ 音楽:ロイ・ウェッブ
出演:シモーヌ・シモン、ケント・スミス、トム・コンウェイ、ジェーン・ランドルフ、ジャック・ホルト

 興奮したり嫉妬したりすると自分が豹に変身してしまうと怖れている女性イレーヌ。そんな女性と結婚した男オリヴァーがいたが、ベッドを共にするどころかキスすることも出来ず、会社の女性アリスに心をひかれてしまう。
 オリヴァーから離婚の申し出を受けたイレーヌはアリスを追い始めるが......
 ホラーというよりもロマンス色の強い作品だ。男女の三角関係を巧みに描いている。それにしてもオリヴァーが全ての元凶のような気がするのだが。自分から結婚を申し込んでおいて、気にくわないとなったらはいサヨナラではひどすぎる。
 光と影が上手に使われており、不気味な豹の影や揺れる木々の枝、屋内プールに反射する光など効果的である。
 イレーヌとオリヴァーの結婚披露宴に出てきた猫顔の女は結局なんだったのだろうか。イレーヌにセルビア語で「私の妹」と言って去っていき、その後は登場しないのだが、その後の悲劇を予感させる伏線だったのだろうか。
 イレーヌが豹に変身するシーンがあるが、低予算映画なので特殊メイクなどは使っておらず、影でごまかしている。だがそれが雰囲気作りに役立っている。イレーヌが変身した豹はいっそのこと影だけで姿は映さない方が良かったのではないかと思ったら、監督の構想ではそうだったらしい。プロデューサーが撮影後に他の監督に追加撮影させて挿入したのだとか。
 イレーヌが本当に豹に変身するのか、それとも妄想を持っているだけなのか、最後まで観客には明らかにされず、サイコサスペンスの要素も持っている。イレーヌ自身、本当に豹になるのか分かってはいなかったのではないだろうか。そんな彼女の悲しみと恐怖が見て取れる。

B003CPX250.jpg『キルショット』(2008) KILLSHOT 95分 アメリカ

監督:ジョン・マッデン 製作:ローレンス・ベンダー、リチャード・N・グラッドスタイン 製作総指揮:エルモア・レナード、ジョン・マッデン、エリカ・スタインバーグ、ボブ・ワインスタイン、ハーヴェイ・ワインスタイン 原作:エルモア・レナード 脚本:ホセイン・アミニ 撮影:キャレブ・デシャネル 編集:ミック・オーズリー、リサ・ガニング 音楽:クラウス・バデルト
出演:ミッキー・ローク、ダイアン・レイン、トーマス・ジェーン、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ロザリオ・ドーソン、ハル・ホルブルック、ドン・マクマナス

 劇場未公開のままTSUTAYA系列店のみでレンタルされていたが、ミッキー・ローク主演の『レスラー』(2008)のヒットを受けて一般向けに販売された。
 エルモア・レナードの原作犯罪小説を映画化したもので、レナードは製作総指揮にも名を連ねている。1925年生まれだというのに元気な爺さんだ。
 凄腕のネイティブアメリカンの殺し屋とケチな銀行強盗のチンピラの二人組が行った仕事の現場を目撃してしまった夫婦が、この悪党二人組に狙われるといった話である。
 殺し屋役はミッキー・ローク。パッケージでは主役のような扱いだが、実質的には悪役で、主役はダイアン・レインとトーマス・ジェーンの夫婦だ。この夫婦、結婚して15年になるが、ダイアン・レインが一度流産して子供を作れない身体になっており、そのせいもあってか離婚寸前である。そんな彼らが、殺し屋に狙われるという危機を乗り越えることで夫婦の絆を取り戻すというのはありきたりだ。
 題材的にはオレの好みのはずだが、あまりハラハラもドキドキもしなかった。緊張感がないのである。これは『恋におちたシェイクスピア』の監督ジョン・マッデンがこういった題材にあっていないからではないだろうか。
 ミッキー・ロークはさすがに凄みがあり、ブラックバードと言う名の殺し屋を演じきっている。チンピラ役のジョセフ・ゴードン=レヴィットの存在が小さく感じられてしまうほどだ。良い役者だと思うんだが相手が悪い。チンピラはべらべらと余計なことを喋りまくっているわりには大きな仕事をやったことがない小物だ。終盤でブラックバードがそのチンピラを唐突に撃ち殺すところはいかにもエルモア・レナードらしい。
 ゲスト出演的にハル・ホルブルックも1シーン出演しているなど出演陣は豪華だが、どこか中途半端な印象を受けてしまう。そもそもの発端がしょぼすぎるというのもある。磨けば光る脚本だったろうにもったいないところである。それにしてもダイアン・レインはすっかりオバサンだなぁ。それでも魅力的だけど。

B001EI5M8W.jpg『フロム・ヘル』(2001) FROM HELL 124分 アメリカ 20th CENTURY FOX

監督:アルバート・ヒューズ、アレン・ヒューズ 製作:ジェーン・ハムシャー、ドン・マーフィ 製作総指揮:トーマス・M・ハメル、アルバート・ヒューズ、アレン・ヒューズ、エイミー・ロビンソン コミック原作:アラン・ムーア、エディ・キャンベル 脚本:テリー・ヘイズ、ラファエル・イグレシアス 撮影:ピーター・デミング 音楽:トレヴァー・ジョーンズ
出演:ジョニー・デップ、ヘザー・グレアム、イアン・ホルム、ジェイソン・フレミング、ロビー・コルトレーン、スーザン・リンチ、レスリー・シャープ、テレンス・ハーヴェイ、カトリン・カートリッジ、イアン・リチャードソン、ソフィア・マイルズ、マーク・デクスター

 タイトルとジャケットからホラー映画だと思って観たら、19世紀末、ロンドンで起きた"切り裂きジャック事件"を題材にしたサスペンス映画だった。
 未だ未解決のままの"切り裂きジャック事件"の真相を新解釈で描いて見せたところが見所の一つ。正直、無理があるんじゃないかという犯人だったが、意外ではあった。真犯人かと思わせる人物を出しておいて、それは間違いだったという定番もちゃんとやっている。真犯人の動機とは、裏に隠された陰謀とは?
 ジョニー・デップが事件の捜査にあたる警部を演じている。この警部は数年前に出産時に妻と子を亡くしており、そのせいか今ではアヘン中毒になっている。そしてアヘンでラリっている時に幻覚として事件の映像を観ることが出来る。面白い設定ではあるが、あまり活かされていなかったのが残念だ。事件が起きた後で被害者の顔を見て、「夢で見た」と言っているぐらいにしか使われていない。もったいない。
 ジョニー・ディップは相変わらず味がある。最初は義務感から、そして次第に事件にのめり込んでいく様を見事に演じている。衣装や髪型も決まっている。
 ジョニー・デップと恋に落ちる娼婦のメアリを演じたヘザー・グレアムも娼婦の雰囲気を漂わせていて、なおかつ美人だ。
 犯人はわりと早い段階で見当が付いてしまう。顔は映らないものの体型などから推測できてしまうのだ。この点はマイナス。
 同時代と言うことでか『エレファントマン』も登場する。登場させた意味はあまりないが。
 19世紀末のロンドンが見事に再現されている。薄汚れた街並みや、町を行き交う人々の姿などかなり資料を集めたに違いない。美術スタッフは良い仕事をしている。
 殺人物なので死体や流血シーンがあり、それらが苦手な人にはちょっとキツいところもある。シーンとしては多くないが、娼婦を解剖した事件だから死体は陰惨なのだ。殺害シーンをフラッシュバックとして挿入する手法は今では目新しいものではないが、効果的に使われていた。
 推理物として観るとちょっと当てが外れるかも。事件が勝手に進行していき、謎も唐突に解けるので推理して事件が解明されるという形ではない。
 馬車のステップがガシャンと降りてくる映像が繰り返し使われており、これがなかなか面白い。ジョニー・デップの部下である巡査部長も良かった。
 獲物である娼婦たちをブドウを餌にして釣るのだが、当時のロンドンではブドウはそんなに高級品だったのか。ブドウに目が眩んで油断してしまう娼婦たちが哀れ。
 史実に従って事件は解決しないままに終わる。そして切なすぎるラストを迎える。

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