2005年8月アーカイブ

「解散総選挙ーーーーーっ!」
ふうっ、とりあえず叫んでみた。

 選挙投票日が近くなり、各候補者・各政党の選挙運動が白熱している。
 だが、わたしは政治に関してほとんど関心がない。まったくない。全然ない。
「あなたたちのシラケ世代の悪い点だ」
 などと言われるかもしれないが、わたしは仮に昭和一桁生まれだったとしても、団塊の世代だったとしても、バブル崩壊後の平成生まれだったとしても、どのみち政治には関心を持っていなかっただろう。生まれた時期がどうこうよりも、そういう人間性なのだ。

 街中を走る選挙カーや街頭演説、テレビでのニュースで候補者や支援者が語っているのを見かけるが、なんでああも無駄に暑苦しいのだろうか?

「国民の皆さんの判断が!この国の将来を!郵政民営化が!賛成で!反対で!増税が!安心して子供を作れる社会を!老後を安定して迎えられるように!自衛隊が!憲法九条が!魚からダイオキシンが!」

 さして発声練習をしていないであろう叫び声の連呼は、少し聞いているだけでその耳障りさにうんざりしてくる。
 わたしは高校野球が死ぬほど嫌いだが、あの選手宣誓だって昔は「わぁれわれぇせんしゅぅいちどうわっ!!!」というのから「宣誓、野球を愛する私たちは憧れの甲子園球場から全国の仲間にメッセージを送ります」なんていう一見さわやかなモノに変わっているそうだ。
 もちろん、高校野球という人間の腐った連中がやっているスポーツもどきが相変わらずどーしようもないのは先日の甲子園夏大会で優勝した高校の部長が選手に暴力をふるっていたという事件の発覚と、どうせそのぐらいのことやもっとひどいことがどこの高校の野球部でも日常的に行われているのが確定しているのはわたしの妄想だ。

 だというのに、政治家は相変わらずこめかみの血管が切れるんじゃないかというばかりの連呼。連呼。連呼。
 うるさいっちゅーんじゃ。

 今時、あんな勢いだけで中身のない演説を有権者が望んでいるとは思えない・・・のだが、投票後に蓋を開けてみると絶叫系候補者の方が当選率が高いのでさらにうんざり。
 まあ、街頭演説うんぬんとは別の時に、あるときは裏の場所で誰に投票するかを決めているのかもしれないけどね。

 とりあえず、どこの政党とは言わないが、中学校で同じクラスだっただけでしゃべった記憶もない相手が唐突に電話をしてきて、「今度の選挙は誰に投票するか決めてる?僕は○○さんがいいと思うんだけどなぁ」とか、職場のトイレで小用を足しているときに横から「やっぱ○○さんだよね」と声をかけてくるとか、勝手に人の家の郵便ポストに『××新聞』を入れていって、こっちが文句を言うと「無料で入れてあげてるんだからいいでしょ」とかいうのは止めてもらいたい。

 政党が指示しているのではなくて、支持者が独自の判断でやっているとか抜かすのだろうが、ああも揃って同じような行動に出るってのはどういうわけだ。
 もしも演説や公開討論でその政党からの立候補者の意見を聞いて「なかなか良いことを言ってるな。この人に一票を投じてみようか」と思っても、前記な出来事ですべて帳消しどころか大いにマイナスである。
 昭和や20世紀ならまだしもすでに平成で21世紀だ。いつまでも昔通りの選挙をやってないで、そろそろ新しい選挙を作り出そうよ。ま、面倒くさいからわたしはやらないが、政治家を職業にしているならやって当然だと思うんだがね。

 インターネットマンガ喫茶で『パタリロ』を見つけたわたしは、「うわー懐かしいな」とついつい78巻まで深夜から早朝までの間に一気読みしてしまった。
 しかも『パタリロ西遊記』全8巻と『パタリロ源氏物語』1,2巻、『家政夫パタリロ』の都合89巻一気読み。アホかわたしは。
 まだ『パタリロ』本編の連載が続いているとは知らなかった。連載当初のパタリロは4頭身ぐらいでどうも気味が悪い。だがギャグ自体のレベルはさほど変化しておらず、これを25年以上続けていられるというのはすごい。
 普通は作者が飽きるか編集が打ち切りにするか・・・いやいや、よほど根強いファンと作者のノリと根気と遊び心がなければ続く物じゃない。
 昔一度一般地上波でアニメになったんだな?。主人公はへちゃむくれのつぶれ大福、さらに男性同士の美少年愛があるのによく企画が通った物だ。いまだと地上波は無理だろう。女性同士の美少女愛物ならOKなようだが。
「だーれが殺したクックロビン」のクック・ロビン音頭ってフルバージョンどんな歌詞だったっけ?

 作者の魔夜峰央氏にはペンを握れる内は書き続けて欲しい。
 そういえば、映画はどーしようもないクソ映画だった『Vマドンナ大戦争』のコミカライズは魔夜氏が担当しているんだよな。あれはすさまじい映画だったな?(遠い目)。監督や脚本家が目の前に現れて、手にMac10を持っていたら至近距離からフルオートで全弾乱射してやるのに。

 名古屋の麺類だと「きしめん」だとか「味噌煮込み」のイメージが強いが、「スガキヤのラーメン」こそ名古屋代表にふさわしい。
 とんこつを思わせる白いスープだが、飲んでみるとこれがあっさりしている。ガキの頃には「スガキヤのラーメンは蛇でダシを取っている」という都市伝説が流れていたが、「中華料理だと蛇は高級食材だっての。蛇でダシを取って一杯百数十円(1980年代前半の値段)で売れるか」と思っていたわたしはイヤなガキだったのだろう。
 麺はシンプルでちょっとコシが強めのオーソドックスなもの。スープがからんで美味いこと美味いこと。
 それにコショウをガンガンとこれでもかと振りかけて食す。一気にガガガガガっと食べる。もちろんスープは一滴も残さずに飲む。ひたすら食って飲む。
 スプーンの先端にフォークつけたような独特なアイテムがドンブリに入っている。これはフォークで麺を絡めて食べることも出来れば、スプーンでスープを飲むことも出来る優れもの・・・らしい。なんでもスガキヤの社長だか偉いサンが考案したと噂で聞いたが、学校給食で昔使われていた(今でも使われてるのかなぁ?)先割れスプーンよりも使いづらい。普通はカウンターに置かれた割り箸で食べるだろう。環境問題を考えるてマイ箸を持参するというのも手だろう。

 名古屋といえばスガキヤ。
 今時、ラーメンが290円。小さいがチャーシューにメンマ、そしてネギがのせられた美味いラーメンが290円。美味い安い。デフレ価格の横行で割安感は多少薄れたが、新参者とは「安さ」に対する意識が違う。安いだけなら今や当たり前。「安くて美味い」のがスガキヤだ。
 名古屋駅前のスガキヤはビルの都市開発などが始まっているので今でもあるのかは分からないが、名古屋を始めとした愛知県内にはいくらでもあるので名古屋を訪れた人には是非とも食べて欲しい。大型スーパーのフードコーナーにも出店率が高い。聖地となっているらしい大須にも何店かある。
 愛知万博にもスガキヤはテナントとして出店しているのだろうか?きしめんや味噌煮込み、天むすやひつまぶしを食っている暇があったらスガキヤのラーメンだ。
 半年ぶりに名古屋に戻ったわたしはもちろん食ったぞ。コショウガンガンかけて美味かった。
 やっぱ名古屋人ならスガキヤだっ!ソフトクリームも美味いぞ。

 ドイツのフィッシャー外相が演説中に聴衆の一人から卵を投げつけられたそうだ。
 フィッシャーはすかさず卵が飛んできた方に向かって
「お前は家に帰ってオムレツでも作ってろ」
 と言ったとか。

 欧米の政治家はこういう時にぱっとギャグで切り返すことがある。
 イギリスの故ウィンストン・チャーチルがその手のネタの宝庫なのだが、このフィッシャー外相もなかなかだ。
 日本の政治家にはそういったとっさのギャグが出来る人はほとんどいない。野次や悪口、罵倒を得意な人はいくらでもいるがギャグが言える人はごく稀だ。
 たまに言っても「てめえ、その頭をこのデザートイーグルの50EA弾でハンバーグの材料にしてやろうか」ぐらいの感想しかもてない何も考えていない頭の悪いギャグだ。
 おそらく彼らはギャグを見下しているのだろう。しかし、ギャグは言葉によるコミュニケーションにおいてかなり高位に位置するテクニックだと個人的には思う。
 とっさにギャグで返せるというのは頭が切れて判断も素早いということだし、辛辣な内容でも一種のオブラートに包んだ返答になる。相手の侮辱的な言葉にこちらも侮辱的な言葉で返していたら、結局それの繰り返しになるだけで時間が無駄な上に非生産的だ。ギャグを有効に使える政治家は名政治家でもあるのだ。

 アメリカの大統領にはお付きのギャグ作家がいるなどという噂というかネタを聞いたことがある。それぐらいアメリカの政治家はスピーチなどでもギャグを有効利用している。
 選挙期間に突入していく日本だが、その立候補者の中にちゃんとギャグが出来る政治家が一人でもいるのだろうか。もしもいたら、その人物が自民党だろうが民主労だろうが共産党だろうが投票してやろう。公明党だったら・・・怖いから結論は言わないでおこう(っていう締めでバレてんだろ)
 それを確かめるには、街頭演説の場に言ってとりあえず卵を投げつけてフィッシャー外相の反応と比べてみると早いんだが、どうせ候補者は単に怒るだけだろうし、わたしが警察に捕まって厳重注意か下手したら検察に起訴されるのがオチかな。

 結論としては、日本の政治家はもっとギャグに対して高い意識を持てということで一つ。

 映画バカ黙示録の更新やサイトの巡回にインターネットマンガ喫茶を利用していることについてはすでに書いた。
 使っているネット喫茶は1時間単位なので、巡回が終わった後はマンガを読んでいる。
 今日読んだのが柴田亜美著の「南国少年パプワくん」だった。お気楽なギャグマンガだろうと気楽に読み出したこの作品で、泣くことになるとはまさか思ってもみなかった。
 かなーり堅めなわたしの涙腺を破壊したのは第6巻50?51ページのパプワとシンタローのやり取り。
「年を取るほど弱くなるなんて、泣きたいことばかりだなんて知らなかった」と叫ぶシンタローに、パプワは答える。

「ぼくはじいちゃんが死んだとき泣けなかった。友達(100年幼虫のままだったセミ)が死んだ時も、恋人が帰った時も泣かなかった」
「だけどシンタローが島を出て行く時、ぼくは泣いていたんだと思う!」
そして力強く一言。

「ぼくは強くなったぞ シンタロー」

 いやーもう、お兄さん涙がダダ漏れですよ。ダダっていうと初代「ウルトラマン」に出てきた変身する横線がトレードマークのあの宇宙人か。それはダダだった、などとしょうもないことをいってごまかしたくなるような涙の滂沱。
 弱くなったから泣くのではなく、人は泣く度にその涙の分だけ強くなる。このシーンがめちゃめちゃ格好いい。
 1995年1月22日初版の作品と10年前の作品なので今更でしょうが、出会ったのが今日なのだからしょうがない。終盤は人間関係がごちゃごちゃで整理しきれずに破綻しかかってるが、「それはそれ、これはこれ」だ。

 それにしても、やはり作り手が泣かせよう泣かせようと考えているのが見え見えな作品は、観たり読んだりしても醒めるだけで涙腺はサハラ砂漠のど真ん中のように乾いたままだが、油断しているところにドンとこられると防御も何もしていない状態の脳みそにクリティカルヒットするねぇ。
 半月ほど前には川原泉の「銀のロマンティック・・・わはは」の文庫本を久しぶりに読んで、ラストの主人公たちが笑い出す辺りから泣いてしまった。「銀のロマンティック・・・わはは」初めて読んだのはもう20年近く前だが、読むたびに泣いている。
 ここ一ヶ月ほどの内に二度も泣いているわけで、最近は涙もろくなったということだろうか。あー、この間桑田乃梨子の「1+1=0」の巻末おまけマンガで泣いたから三度か。年を取ったのか?うむむ。

 中期出張のため自宅を2週間ほど留守にする。
留守番電話に用件を吹き込んでおいたのに、なんで何日もほったらかすんだ」と怒る人もいそうなので、留守番電話の応答メッセージを購入時に録音されていた女性のアナウンスから変更した。
「しばらく留守だから用事がある人は○日以降に再度連絡してくれ。用件を吹き込んでも帰ってから聞くかどうか分からんぞ」ってな内容を自分の声で吹き込んだ。
 これでも小学校4年生の時は合唱部、しかも全国大会入賞レベルの部活経験者だ。もっとも、部員ほか指導の先生も「ひっじょーに」熱心にやっていたので、とてもじゃないがついて行けず、夏休みの途中で辞めてしまった。なんで、小学校の部活が夏休みなのに毎日毎日あるのよ。休みは日曜日とお盆の5日間だけ。小学生の夏休みなんか、ひたすら遊んで遊んで遊びたおすためにあるんだと思うんだがな?。毎日毎日目標に向かって一生懸命なんてのは大人になってからうんざりするほどやるんだから、ガキは大いに遊べ。
 それと、高校では放送部に所属してお昼休みの校内放で週に1日10分の番組担当していたのだ。発声練習だって週に5日はやってたぞ。時々さぼるけどな。平均して週に5日ということだ。あそこの木が見えるだろ。そうあの楡の木だ。あの枝だったら3発に2発は命中するぞ。
 はっ!?またまるで関係ない話になっていた。危ない危ない。ちなみに、この高校の放送部は一年上の女先輩だけが全国レベルだった。NHK高校放送コンクールのアナウンス部門で毎回優勝するような強者で、その先輩のアナウンスを聞いたわたしは「こりゃあかんわ。この先輩も努力しているのだろうが、そもそもの才能が違う。わたしがどんなにがんばったってこのレベルは絶対×10乗ぐらいで無理だ。うむ、滑舌がどうとかそういうのとは違う方向を目指そう」と笑えるネタを中心のトークと流す音楽はつボイノリオ師匠の曲なんかにしたら、割とまじめな進学校だったので怒られた。生徒の自治機能がしっかりしていたので、先生は特に文句は言ってこなかったが、生徒からクレームがきた。階段の踊り場に目安箱っぽい放送部のアンケート・感想入れがあったが、「ふざけるにもほどがある」とか「軽佻浮薄にすぎる」といった投書が何通もきた。「軽佻浮薄」なんてわたしはいまでもその漢字は書けんぞ。も
 もっとも、だからといって反省するはずもなく、相変わらずふざけた放送を続けたのであった。
「今日はしゃべることがありません。というか、そんな毎週毎週ネタないですよ、プロじゃないし。というわけで10分ずーっと音楽です」というネタをやったときが一番怒られた。「無責任だ」っていわれても、校内放送のDJに責任もくそもないと思うんだがなぁ。
 また、話がずれた。ともかく、昔にちょっとだけ発声に関する部活動をやっていたわけで、あたら留守番電話の応答メッセージといえどもおろそかに吹き込むことはできぬ。
 まずは基本のうがいから。イソジンうがい薬でしっかりうがい。でも、これは発声というより風邪予防では?そうだ、生きたままのトノサマガエルを丸呑みするといい声になるという話を聞いたことがある。ではさっそく・・・って、トノサマガエルなんてどこを探せばいるんだ?というか、呑まねーっつーの。
 そろそろ面倒くさくなってきたんでそれなりに吹き込んで、再生してみたらやはりそれなりだったので、それなりにOK。ただ、わたしは「らりるれろ」が「だぢづでど」っぽい発声になってしまうんだよな。実はちょっぴりコンプレックス。高校の時に男の先輩から「トラかよ」って繰り返し言ってみろと言いつけられて、「トラかよ、トラかよ、トラかよ、トラかよ・・・」と言っていたら、近くにいた戸田加代(とだかよ)という名前の先輩が、「呼んだ?」と尋ねてきた。これ、本当の話。男の先輩はゲラゲラ笑っていたが、わたしはちょっとトラウマとして残った。何十ページもある復讐リストには未だにその先輩の名前が消されずに載ったままだ。

51XOia2UT0L__SL500_AA300_.jpg『ロボコップ』(1987) ROBOCOP 103分 アメリカ 1988/03/17鑑賞

監督:ポール・ヴァーホーヴェン 製作:アーン・シュミット、ジョン・デイヴィソン 脚本:エドワード・ニューマイヤー、マイケル・マイナー 撮影:ヨスト・ヴァカーノ 特撮:フィル・ティペット 特殊メイク:ロブ・ボッティン 音楽:ベイジル・ポールドゥリス
出演:ピーター・ウェラー、ナンシー・アレン、ダニエル・オハーリヒー、ロニー・コックス、カートウッド・スミス、ミゲル・ファーラー

 ロボットやサイボーグなどのメカニカルな刑事というのは日本では昔から人気のあるジャンルで、古くは『8マン』や『ロボット刑事K』そしてこちらは機動スーツを着込んだだけで生身だが『宇宙刑事ギャバン』を始めとする宇宙刑事シリーズなどがある。
 アメリカのSF小説ではアイザック・アシモフの『鋼鉄都市』などにロボットの刑事は出てくるが、これは人間そっくりなアンドロイドで、銀色に輝いたりはしていない(だったはず。読んだのが大昔なので詳細は忘れた)。
 マシーンなロボット刑事というのは日本で生まれたと言っても良いアイディアなのに、日本映画界は「どうせアニメだろ、どうせ特撮だろ」と考えて本気で実写映像化しようとはまるで考えもしなかった。
 そんな間に、ハリウッド映画がちゃんと作ってしまったロボット刑事映画がこの『ロボコップ』だ。
 ロボコップのデザインは日本のなんとかとかいうSFイラストレーターの女性型アンドロイドを真似されたんじゃないかという意見があったが、それよりなにより「ハゲじゃない、剃ってるだけだ」の大葉健二が主役を演じた『宇宙刑事ギャバン』そのものだろう。
 ネタは日本にもあったのだから、何故それをちゃんと真面目に金をかけて実写映画に仕上げなかったのだろうか。本当に日本映画製作の上層部というのは何も考えていないに違いない。
 『ロボコップ』のヒットを受けて日本のVシネマが中村あずさ主演で『女バトルコップ』(1990)という女性版ロボコップを作ったが、これが悪夢に登場するようなひどい出来だった。観終わった後で記憶障害が発生して観たのを忘れてしまったぐらい。でもって、「借りてきたんだから一応観なきゃな」とビデオの再生を始めて、再生が終わるとまた記憶が消去されて「借りてきたんだから一応観なきゃな」と最初に戻る。気がついたら3日が過ぎていたな。まぁそれは嘘だが、本当にひどい。何を考えて作ったんだか。

 ロボコップの口元が見えるデザインについてはいろいろ意見もあるだろうが、主役を演じたピーター・ウェラーにしてみれば「せめてセリフをしゃべっている口の動きぐらいは役者として見せたい」というのもあるだろうし、それほど悪いデザインだとは思わない。
 代わりに、下肢部の後ろについているピストン状の細い金属棒が気になってしょうがない。あれがなければわたしとしてはかなりパーフェクトなデザインなんだが。

 相棒の婦人警官(ナンシー・アレン)は犯罪者をパンチ一発でのしてしまうほどの腕利き。でも走るときは女走りなんだよな。そこがちょっと微笑ましい。
 なんでもナンシー・アレンの父は警察官だったそうで、一緒に生活してきた父の仕草や言動を役作りに活かしていたのかもしれない。アン・ルイスっていう役名は日本人にはちょっと笑いを誘ってしまう物があるが。

 悪趣味大王ポール・ヴァーホーヴェンにしてはおとなしめな作品だ。
 それでも、生身のマーフィーが悪人たちに手を吹き飛ばされるなどして銃でなぶり殺しにされるシーンはやはりヴァーホーヴェン。あまり趣味じゃないなぁ。
 ただ、ラスト近くで有毒廃棄物を全身に浴びてしまった悪党が、皮膚がただれてブヨブヨの怪物になってしまい、さらに廃棄物の作用で超人"THE TOXIC AVENGER"になって暴れ回るところは笑ったな。
 えっ、トロマの『悪魔の毒々モンスター』(1984)とごっちゃになってるんじゃないかって?・・・あっ、本当だ。ロボコップの有毒廃棄物怪物は車に轢かれてベチャッとつぶれて終わり。こちらの悪趣味は割と好き。

 ロボコップが右手から出す鋭くとがった金属製の棒は、武器としても使っているが本来の用途はコンピューターなどの情報機器と繋ぐインターフェースの端子である。警察のデータベースから情報を引き出すだけなら、ロボコップ専用に開発された特殊インターフェースかとも思うが、ラストのオムニ社重役会議室のコンピューターにもその入力端子がついている。
 すると、あの鋭い槍状の物はあの世界でのUSBやIEEE1394のような標準規格なのだろう。パソコンにiPodをつなぐ時にも「ジャキッッ!」、ビデオカメラをDVDレコーダーにつなぐ時にも「ジャキッッ!」。
 なかなかイカす光景だがかなり危険な世界である。子供はパソコンなんかの電子機器を使っちゃ駄目ってことだな。年間事故発生件数も結構多いんだろうねぇ。

514XaB-DOEL__SL500_AA300_.jpg『刑事ジョン・ブック 目撃者』(1985) WITNESS 113分 アメリカ 1985/06鑑賞

監督:ピーター・ウィアー 製作:エドワード・S・フェルドマン 原案:ウィリアム・ケリー、アール・W・ウォレス、パメラ・ウォレス 脚本:ウィリアム・ケリー、アール・W・ウォレス 撮影:ジョン・シール 音楽:モーリス・ジャール
出演:ハリソン・フォード、ケリー・マクギリス、ルーカス・ハース、ダニー・グローヴァー、ジョセフ・ソマー、アレクサンダー・ゴドノフ

 ほったらかしになっていた『刑事映画』特集を再開。
『刑事ジョン・ブック 目撃者』(1985)はタイトルからして刑事物と一目で分かる。これで学園物だったらちょっと怒っちゃうな。
 1985年というと刑事物が発砲数や爆発の火薬数、カーアクションで破壊される車の数を競い始めた頃で、そんな中において物静かでそれでいてところどころに凄みがあるこの作品は異彩を放っていた。
 アーミッシュの女性と主人公ジョン・ブック(ハリソン・フォード)の深い愛を感じつつも二人とも決して一線には立ち入らない純愛は、刑事物としては珍しく女性の心を打つものだっただろう。
 そして男にはジョン・ブックのストイックの生き様がずしりとくる。超人的活躍をするわけではないごく普通の刑事の格好良さだ。

 銃器が登場するシーンは少ないが、短いながらも印象に残る銃撃戦が繰り広げられる。アパートの地下駐車場で、悪党どもに襲撃されたジョンはリヴォルバーで応戦することでなんとか敵を追い払う。そして、床に落としたクリーニング屋のビニール袋に入ったシャツを拾おうとしたときにその袋の上にポタッと赤い血が落ちる。
 ポタポタポタッ・・・
 そしてようやく自分が腹を撃たれていたことに気付くってのはリアルな感じがして良かったな。

 一番の悪役はダニー・グローヴァー。『リーサル・ウェポン』(1987)のたった2年前なのだがヒゲがないせいかずいぶんと若く見える。そしてタフな悪党の雰囲気を漂わせている。この二つのキャラが融合したのが『プレデター2』(1990)の主人公刑事なんじゃないだろうか。

 ジョン・ブックと恋のライバルになるのがアレクサンダー・ゴドノフ。『ダイ・ハード』のテロリスト役などもやっていたが、もともとはロシアから亡命したバレエダンサーだが、バレエを活かした役ってのはなかったよな。ガンかなにかの病気で46歳で死亡。合掌。

 監督はこれがハリウッドデビューとなるピーター・ウィアー。あまり好きではない監督なのでどうでもいいのだが、この作品がベストだろう。それ以降はグダグダになってしまった。

 後半の舞台となるアーミッシュの村は、厳しい戒律の下に文明に背を向けて10何世紀だかの生活を現代でも続けている。電気も無し、ガスも無し、水道も無し。もちろん、テレビもない。ないないずくしの生活だ。
 でも、10何世紀だかの生活だって、8世紀や9世紀から見たら進んだ文明だ。本気でやるなら土器時代や石器時代の生活をすればいいだろうにと考えてしまうわたしはやはりひねくれものか。
 でもあのアーミッシュの村の風景にちょっと手を加えて、アーミッシュの人の頭にヘッドギアをかぶせて、住んでいる家をサティアン風にしたらどこぞの上九一色村のオウム真理教だよな。アーミッシュがサリンを撒くとは思わないけど、多様な価値観を認めずに自分たちだけの世界と規律で生きるってのはわたしにはやはり違和感がある。

 ジョン・ブック物としてシリーズ化される予定もあったそうだ。ちょっと観てみたかった気もする。

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