『続・座頭市物語』 兄弟対決

B00EJ8HQLK.jpg『続・座頭市物語』 (1962) 72分 日本 大映

監督:森一生 企画:久保寺生郎 原作:子母沢寛 脚本:犬塚稔 撮影:本多省三 美術:太田誠一 編集:谷口登司夫 音楽:斎藤一郎
出演:勝新太郎、水谷良重、万里昌代、城健三朗、中村豊、澤村宗之助、柳永二郎、伊達三郎

 旅の按摩やくざ座頭市(勝新太郎)がどういうわけか江戸帰りの大名の按摩をすることになる。実はこの殿様、頭がおかしくて座頭市は口封じに殺されることになっていたのだ。しかし、追っ手を抜く手も見せずにたたっ切る。
 前作からほど1年経ったようだ。座頭市は平手造酒(天知茂)が葬られている寺に法要にやって来る。それにしても座頭市の仕込み杖は平手造酒と一緒に土に埋められたはずなのに、冒頭から仕込み杖を持っているのはなぜなのだろう。やはり、座頭市の生き方だと仕込み杖が手放せないのか。
 平行して渚の与四郎(城健三朗)とその子分の兇状持ちが逃亡の旅を続けている。与四郎は左手を欠損した片輪なようだ。この城健三朗というのが若山富三郎にそっくり。と思ったら前の芸名だったそうだ。ややこしいな。東宝の時代劇『士魂魔道 大龍巻』(1964)でも主演の市川染五郎が松本幸四郎に似ているなと思っていたら、九代目松本幸四郎を襲名前の松本幸四郎だった。これまたややこしい。ひとおもいに"おさる"が"ハッピハッピー"に改名ぐらいだと馬鹿馬鹿しくて分かりやすいのだが。まぁ、こちらの改名は失敗だけどな。
 座頭市と与四郎はかつてお千代という女性を奪い合った中なのだが、与四郎にお千代は奪い去られてしまった。因縁はこれだけかと思っていたら、終盤の座頭市と与四郎の対決で決着がついたときに座頭市の口からこぼれた言葉は「兄さん」。そう、座頭市と与四郎は血肉を分けた兄弟なのであった。というか勝新太郎と若山富三郎も実の兄弟だろう。そのまんまなキャスティングだな。
 前作の思いがけない大ヒットで急遽作られたようで、作品には若干深みが足りない。1作目で座頭市と平手造酒が鮒釣りをしたため池の前で、座頭市が「心底分かり合えると思ったお方を、あっしは殺してしまった」などとモノローグを言うが、これ以降の作品では座頭市のモノローグはほとんど登場しない気がする。まだキャラが固まっていなかったのか。
「お千代さんと分かれたときには目の前が真っ暗になったよ。ああ、あのときはもう目が見えなかったか」というセリフがあるので、座頭市の盲目は生まれつきではなく病などで後天的に視力を失った可能性がある。
 座頭市との対決で大怪我を負った与四郎は、座頭市の看護の元兄弟の絆を取り戻して死ぬ。そして座頭市は今回の事件の黒幕をたたっ切る。
 色々エピソードは盛り込まれているが、それら全部を消化するには72分という上映時間は短かったように思う。
 そして座頭市は又いずこへともなく旅立っていく。座頭市の人相を知らせるのに25、6の按摩だとあるが、勝新太郎は1931年生まれなので若干無理がある。酸いも甘いも噛みしめたベテランのように見えてかなり若い設定なんだ。

『座頭市物語』 市という盲目で居合斬りの達人がいた

B00EJ8HQLK.jpg『座頭市物語』 (1962) 96分 日本 大映

監督:三隅研次 企画:久保寺生郎 原作:子母沢寛 脚本:犬塚稔 撮影:牧浦地志 美術:内藤昭 編集:菅沼完二 音楽:伊福部昭 助監督:国原俊明
出演:勝新太郎、万里昌代、島田竜三、三田村元、天知茂、真城千都世、毛利郁子、南道郎、柳永二郎、千葉敏郎、守田学、舟木洋一、市川謹也、尾上栄五郎、山路義人、堀北幸夫、福井隆次、菊野昌代士、越川一、志賀明、浜田雅史、愛原光一、西岡弘善、木村玄、千石泰三、谷口昇、細谷新吾、長岡三郎、馬場勝義、結城要、淡波圭子、小林加奈枝

 記念すべき『座頭市』シリーズの第1作目。勝新太郎が若い。DVDおよびBlu-rayBOXが発売されているのだが、座頭市は権利関係がちょっと複雑で、BOXには全作品が収録されていない。当初は大映製作なのだが、勝プロが制作した作品は東宝だったけか。1989年版は松竹だった気がするし、『座頭市と用心棒』はシリーズに入れて良いんだろうか。権利関係を整理してBlu-rayBOX完全版を出して欲しいな。特に1989年版はDVDしか出ていないのだが、DVD初期の作品なので画像が粗いのだ。そしてこれは個人的な希望だが、『座頭市血煙り街道』(1967)を翻案したルトガー・ハウアー主演の『ブラインド・フューリー』(1989)が入っていたらもう大喜びである。この映画はトンデモ作品に思えるが、原作の魂をちゃんと把握した素晴らしいハリウッドリメイクである。『ICHI』や『座頭市 THE LAST』よりよほど『座頭市』を理解している。監督のフィリップ・ノイスは大嫌いだけどな。
 原作は子母沢寛の短編。数十ページほどの作品だそうだ。数行書かれていただけという俗説もあるがそれは間違いである。盲目の主人公というのは勝新太郎が盲人の極悪人を演じた『不知火頭巾』(1957)が1つのヒントだったのではないかと思う。
 街道がある。そこを杖をついた男が歩いてくる。目が見えないようで丸太橋は四つん這いになってどうにか渡りきる。そこには超人的な座頭市の姿はまだ見られない。ただの盲である。座頭市は知り合いのやくざ飯岡の所に転がり込む。その町には他にも笹川というやくざの一家もあった。勢力は飯岡の手下が60人ほどに対して笹川は30人ほどと大きな差があり、それが逆に本格的な争いにならずに済んでいた。
 飯岡から居合斬りの達人として知られている座頭市は侠客としてすごす。ある日、ため池に鮒釣りに出かけた座頭市は一人の浪人に出会う。その男の名は平手造酒(天知茂)といい、講談などで語り継がれている腕利きで有名な侠客であった。平手造酒は笹川側で、本来ならば敵対する関係の二人だが、剣豪同士の奇妙な友情で結ばれる。
 平手造酒は笹川曰く「荒木又右衛門は37人斬ったが、先生も30人はいける」という腕前の持ち主である。それでパワーバランスが取れていたのだが、労咳(結核)を患っている平手造酒が血を吐いて倒れたため、飯岡が一気に笹川を滅ぼそうとする。平手造酒が倒れて戦えないことを知った座頭市は町を出ることにするが、平手造酒が病を押して刀を取ったことから一騎打ちに向かう。
 勝新太郎が時には卑屈に、時には迫力のある芝居を見せる。若い頃の勝新は二枚目だな。その後、パンツにコカインを隠すことになるとは誰も思わなかっただろう。
 天知茂は頬がこけた幽玄的な雰囲気を身にまとっていて、渋カッコいい。一人で酒を飲んでいるときに、刀を抜いて素振りをするのだがこれが実に決まっている。天知茂は剣術の心得があったのか? それとも当時の俳優はそれぐらい出来て当たり前だったのだろうか。
 飯岡の元に現れた座頭市は飯岡が留守だというので博打部屋で待たされることになる。その時に、丁半博打の壺を振るのだが最初の一回は賽子が2つとも壺から外に出てしまう。当然、やくざ連中は賽子の目に賭ける。二度目も賽子が外に出てしまうのだが、それは座頭市の懐からこぼれ落ちたもので、壺の中にはちゃんと賽子が入っていた。外に出ていた賽子に賭けたやくざは全員負けてしまう。やくざたちはイチャモンを付けるのだが、座頭市は「壺の中の目に賭けるのが丁半博打じゃないのかい!」とドスをきかせる。同じネタは1989年版でもやっていたな。
 座頭市と平手造酒の対決は大袈裟に刀を振り回すものではなく静かな決闘だ。座頭市はがに股で重心を低くし、身体を回転させることで刀に力を加える。平手造酒は正統派な刀の扱い方だ。「どこのものとも知れん奴より、お主に切られて良かった」と息を引き取る平手造酒が渋い。男の友情かつハードボイルドである。
 そして決着を付けた座頭市は、彼に惚れた若い女性が街道で待っているのを、山道を越えることで避けて立ち去っていく。
 結婚している女性が登場するのだが、ちゃんとお歯黒を塗っている。しかし、あれは化け物だな。色気も何もあったもんじゃない。口臭防止になるとか聞いたことがあるが。
 製作当時は、この一作で終わるつもりだったのかラストでは平手造酒が世話になっていた寺の小坊主に座頭市は仕込み杖を「土に埋めてくれ」と渡して去って行く。それが20作以上のシリーズになるとは。
 音楽は伊福部明だが、いわゆる伊福部節ではなく静かな曲が多い。ラストの討ち入りのシーンでは多少伊福部節になるが、それでも異色作だと思う。そもそも音楽が流れていないシーンが多い。座頭市と平手造酒が鮒釣りをしているシーンでは静かな中ヒバリがピーチク鳴いている。

『転落の銃弾』 その人生、行き止まり

B00OH4ULGI.jpg『転落の銃弾』 (2013) A SINGLE SHOT イギリス/アメリカ/カナダ MEDIA HOUSE CAPITAL、DEMAREST FILMS

監督:デヴィッド・M・ローゼンタール 製作:キース・キャルヴァル、クリス・コーエン、アーロン・L・ギルバート、ジェフ・ライス 原作:マシュー・F・ジョーンズ 脚本:マシュー・F・ジョーンズ 撮影:エドゥアルド・グラウ プロダクションデザイン:デヴィッド・ブリスビン 衣装デザイン:ベヴァリー・ウォーチャック 編集:ダン・ロビンソン 音楽:アトリ・オーヴァーソン
出演:サム・ロックウェル、ウィリアム・H・メイシー、ジェフリー・ライト、ケリー・ライリー、ジェイソン・アイザックス、ジョー・アンダーソン、オフィリア・ラヴィボンド、テッド・レヴィン

 主人公のサム・ロックウェルは父の牧場が経営破綻してから乳製品工場などで働いたものの屋内作業が性に合わず職を転々としている。そんな彼に愛想を尽かした妻は幼い息子を連れて家を出てしまい離婚を申し立てている。
 サム・ロックウェルの趣味らしい趣味と言えば自宅近くの禁猟区で鹿を撃つぐらい。ある日、12ゲージのショットガンを抱えて鹿を追っていたサム・ロックウェルは謎の若い女性を誤射して死なせてしまう。五社ならば映画監督だが、この誤射はいけない。女が寝泊まりしていたらしい廃車を調べていたら手提げ金庫に入った大金(おそらく数十万ドル)を見つける。女の死体を隠し、現金を持ち帰ったサム・ロックウェルだったが、そんな金が真っ当なはずがない。そして彼は袋小路に入り込む。
 原題の『シングル・ショット』と怪しげな大金からサム・ライミの『シンプル・プラン』(1998)を思い出したが、あそこまで面白くはない。引き起こされる悲劇も中途半端だし、悪党側も小悪党といった程度で、絶望感に溢れているまでではない。
 だがアメリカ北部かカナダと思われるロケ地は寒々として陰々滅々。その映像だけで気が滅入ってくる。
 私が好きなウィリアム・H・メイシーが出ているので観たのだが、善良な弁護士に思わせておいて実は...とこれまた陰々滅々であった。日本語吹替では納谷六朗が担当しているのだが、DVDの発売日が2014年12月24日。納谷氏が亡くなられたのが11月17日である。収録日がいつなのかは分からないが、最後に近い仕事だったのだろう。それにしてもクリスマスイブにこんなDVDを発売しなくても良いだろうに。
 サム・ロックウェルを脅すために撃ち殺される彼の愛犬、友人を裏切って自殺する男、父親に抱かれて泣き出すサム・ロックウェルの息子。サム・ロックウェルが知人から古い木馬を譲り受けて、それを修理して妻の家に置いておき、それを見た息子が喜ぶシーンだけがホッと出来た。
 不景気で荒れた町にすさんだ人々。外国映画の奥深さはそういった現実をフィルムに焼き付けてくることだ。もちろんそんな作品ばかりでは溜まらないので、「たまに」あればいい。日本も不景気だ、リストラだ、就活も上手くいかず派遣社員だと現実はかなり悲惨である。それなのに日本映画はヘソでプーと茶を沸かしたようなロマンス映画やアニメが人気。みんな現実から目をそらしたいのかな。
 とりあえずウィリアム・H・メイシーが老けていた。昔から皺だらけの顔な人だったが、今作では明らかに老人。1950年生まれだからまだまだ現役の年代なんだけどね。
 サム・ロックウェルは鹿を撃った後ちゃんと調理して食べている。少年サンデーで連載中の(家族介護のため休筆中だったっけか?)北海道が舞台となっている『銀の匙』で軽トラでエゾジカを撥ねて、それを解体して食ってたが美味そうだった。鹿の肉ってどんな味なんだろうか。普通に日本人として生活していると豚、牛、鶏ぐらいしか食べない。後はせいぜいジンギスカンぐらいか。日本人の肉食文化は欧米諸国と比べると遅れているのだろう。ピーターラビットの父親は人間に食われてしまったんだっけ。ま、代わりに日本人は海のものなら何でも食うけどな。

51ggfAVSkpL__SL500_AA300_.jpg『ゴッドファーザー・オブ・ゴア』 (2010) THE GODFATHER OF GORE 110分 アメリカ

監督:フランク・ヘネンロッター
出演:ハーシェル・ゴードン・ルイス、ジョン・ウォーターズ、 フランク・ヘネンロッター

 ハーシェル・ゴードン・ルイスについてのインタビュー集。監督は『バスケット・ケース』の変態監督フランク・ヘネンロッター。変態が変態について語っているわけだ。ハーシェル・ゴードン・ルイスは1926年生まれ(29年説もあり)なのでこのタイミングを逃したら作れなかった作品だろう。
 ハーシェル・ゴードン・ルイスは大学で教鞭を執っていたが、給与に不満があり広告会社を設立した。そしてなんでか分からないが映画製作にも手を付け、女の裸がいっぱい出てくるヌーディスト映画を量産する。
 そしてある日はたと気付いた。「残虐さをウリにしたゴア映画を作ったらウケるんじゃね?」そして2万数千ドルの予算と8日間の撮影日程で『血の祝祭日』が作られた。これが本人も予想していなかったほど大ウケ。ドライブインシアターは連日超満員。まぁドライブインシアター用の映画という時点でグラインドハウスなわけだが、当時は残虐映画について規制がほとんど無く、というかそういう映画を作る人がいなかったので規制する必要が無かったのだが、そのおかげもあって金も儲け名も売れた。
『ピンクフラミンゴ』のジョン・ウォーターズもドライブインシアターに通って『血の祝祭日』をみたそうで、「こりゃ面白い」と喜んだそうだ。今さらだがこの人も変態だな。
 そして調子に乗ったハーシェル・ゴードン・ルイスは『2000人の狂人』に取りかかる。近年になってロケ地である小さな町を訪れるシーンがあるのだが、町中の人が大歓迎。映画の中では南軍の旗を振っていたけど、今回は星条旗を振って迎え入れる。多分今でも熱心なファンが聖地巡礼で訪れ観光地となっているのではないだろうか。
『2000人の狂人』はハーシェル・ゴードン・ルイスもお気に入りのようで「私は映画史において『2000人の狂人』の監督として記憶されたい」と言っている。
 ゴア映画ばかりを撮っていたわけではないようで、女性ばかりの暴走族を主人公にしたバイカー映画や、荒れる若者を描いた映画、音楽物など手広く撮っていたようである。
 途中でどこかおかしくなってしまったようで、撮影はしたものの未完成の作品などが出てくる。盲目の男が眼球移植で視力を回復したら超能力を手に入れてしまった映画も未完成で、当時のフィルムが見つかったのでフランク・ヘネンロッターがざっと編集していた。スランプの期間はかなり長かったようだ。
 映画監督として人から尊敬されたりすることなどは求めておらず、基本的に金儲けで映画を撮っている。きっぱりしてていいな。現在の自宅も登場するのだが、なかなかの豪邸である。アメリカの家はでかいから単純には比較できないが、豊かな老後を送っているようだ。
 撮影時にはレストランチェーンなどと提携して、そこの商品を映画に出す代わりにケータリングを頼んでいたそうだ。ケンタッキーフライドチキンはお得意さんで、毎日200ピースのフライドチキンが届けられたという。なんと作中にカーネル・サンダース本人が登場していたりする。カーネル・サンダースはかなり出演にこだわって何度もカメラテストを要求したそうだが、「ではまず一回テストして、他の所を撮影したらまた戻ってきます」と嘘をついてそのテスト一発ですませたそうだ。ちなみにカーネル・サンダースは店頭の人形にそっくりだった。当たり前か。
 低予算、短期間撮影で撮り終えるのがスタイルで、カメラや音楽、『2000人の狂人』の主題歌も歌っている。器用な人だ。
 現在ではホラー映画ファンの集いなどに顔を出して楽しんでいるようである。
 ハーシェル・ゴードン・ルイスよ、あの頃君はバカだった。多分今もバカだ。

『血の魔術師』 なにがなんだかわっからないのよ

71VcpUsb7LL__SL1170_.jpg『血の魔術師』 (1972) THE WIZARD OF GORE 96分 アメリカ

監督:ハーシェル・ゴードン・ルイス 製作:ハーシェル・ゴードン・ルイス 脚本:アレン・カーン 音楽:ラリー・ウェリントン
出演:レイ・セイガー、ジュディ・クレア、ウェイン・レイティー、フィル・ローレンセン、ジム・ロー、ジョン・エリオット

 魔術師が舞台の上で観客の女性をチェーンソーで真っ二つにしたり、頭に大きな釘を打ったり、剣を飲ませたりする。その度に苦しむ女性達。しかしマジックが終わるとちゃんと生きていて観客席に戻る。これならばよくあるマジックだ。
 だが、マジックの被験者たちはその後マジックと同じ殺され方をして死んでしまう。それもレストランや密室などでだ。魔術師に疑惑がかかるが、魔術師はその頃主人公の女TV司会者とスポーツ記者と一緒にいた。不可能犯罪だ。これは一体どういうことなのだろう?
 どうもこうもない。最後まで説明はないまま。超自然現象が関わっているとしか思えないがハーシェル・ゴードン・ルイスはそれについて語ろうとはしない。そもそも興味が無いのかも知れない。このオッサンはゴア描写が描ければそれで満足なのだろう。
 そして魔術師はスポーツ記者によって退治されこれで万事ハッピーエンドかと思いきや、訳の分からないどんでん返しが来る。そこに更にどんでん返しが。もう、植木等の歌じゃないが「なにがなんだかわっからないのよ~♪」なのだ。
 ショッキングなシーンだけを考えて、後は適当に話を繋げたとしか思えない。ハーシェル・ゴードン・ルイスはスプラッターの父として一時代を築いたが、さすがに観客に飽きられたようでこの後、監督業から退いてしまう。再びスプラッター映画のブームが来るのは『死霊のはらわた』(1981)辺りまで待たねばならない。そして出てきた『死霊のはらわた』はその後のサム・ライミの活躍からも分かるように、単にショッキングなだけではなく内容も充実していた。ここら辺が大きな差だな。
 キングレコードが『死ぬまでにこれを観ろ』シリーズの中にハーシェル・ゴードン・ルイスを含めているが、個人的には『2000人の狂人』だけ観ておけばいいと思う。

『ゴア・ゴア・ガールズ』 醜女の復讐

71l5xA5u1qL__SL1170_.jpg『ゴア・ゴア・ガールズ』 (1971) BLOOD ORGY/THE GORE GORE GIRLS 85分 アメリカ

監督:ハーシェル・ゴードン・ルイス 製作:ハーシェル・ゴードン・ルイス 脚本:アラン・J・ダッチマン 撮影:エスカンダー・アメリプール 音楽:シェルドン・シーモア
出演:フランク・クレス、エミー・ファレル、ヘッダ・ルービン、ノーラ・アレクシス、ラス・バッガー、ヘニー・ヤングマン

 やる気のない役者は相変わらず。もっとも当時はスプラッタームービーなんてキワモノに出るのは2流3流の役者しかいなかったんだろう。
 今回は名探偵も登場しミステリー仕立てになっている。ハーシェル・ゴードン・ルイスもやれば出来るじゃんと思ったら脚本は別の人なのか。
 ストリップ劇場に出演しているストリップ嬢たちが次々と殺されていく。新聞社の依頼を受けた名探偵は事件解決に乗り出すのだが...。乗り出すのだが、はっきりいってこの名探偵ほとんど役に立っていない。殺される人がほとんど殺されてから、「真犯人は...」たって、もう登場人物ほとんど残ってないぞ。ただでさえ登場人物少ないのに。
 ゴアシーンは顔をボコボコにしたり、アイロンで焼いたり、フライドポテトを揚げている油の中に突っ込んだりと顔中心。ちゃんとダミーヘッドも作っていて特殊メイクのレベルは上がっている。
 如何にも伏線っぽくストリップに反対するウーマンリブの団体や、ベトナムで心に傷を負った帰還兵のバーテンダーが出てくるが、ストーリーには見事なまでに関係が無い。
 名探偵は、そうだなぁ無理矢理例えるならデヴィッド・ニーヴンにちょっと似てるかな。キザな紳士で、常にステッキを手放さない。
 殺人の動機は美人を逆恨みした醜女の犯行なのだが、その醜女が普段は変装して美人に見せているからそんなの分からねーよ。
 ダラダラとしたストリップのシーンが邪魔だが、それをカットしてしまうと半分ぐらいになってしまうんだよな。
 ハーシェル・ゴードン・ルイスは高校の頃『スターログ』などで名前だけ聞いて、「スプラッターの父」の様な扱いだったが、記憶だけに留めておけば良かった気がする。

71x9pK8EKVL__SL1170_.jpg『カラー・ミー・ブラッド・レッド』 (1965) COLOR ME BLOOD RED 80分 アメリカ

監督:ハーシェル・ゴードン・ルイス 製作:デヴィッド・F・フリードマン 脚本:ハーシェル・ゴードン・ルイス 撮影:ハーシェル・ゴードン・ルイス
出演:ドン・ジョゼフ、キャンディ・コンダー、スコット・H・ホール、エリン・ワーナー、パトリシア・リー、ジェローム・イーデン

 大根役者が勢揃いなのと、動物の臓物をはり付けただけの特殊メイクは相変わらずとして、これまではダラダラフィルムを回していただけなのに、今作ではちゃんとカットを割ったり、アップを効果的に使うなど演出力は向上している。
 神経質でスランプ気味の画家がいた。画家は色の使い方が悪いと評論家から指摘されている。そして同居している恋人がカンバスの釘で指に傷を負ってしまい、その赤がしたたったことから自分が求めていたのが鮮血の赤であることに気付く。
 自分の指を傷つけ赤で描いていくのだが、それでは血が足りない。そこで恋人を殺してその血を使って1枚の絵画を仕上げる。それは彼を否定していた評論家から絶賛される出来だった。
 だが、評論家は「誰だって偶然傑作を仕上げることがある。問題はそれを続けて描けるかということだ」と余計なことを言ったものだから、頭にきた画家は入り江で遊んでいたカップルを襲って殺し、その血で二枚目の絵を描くのであった。
 鮮血の赤で絵を仕上げるというアイディアは面白いと思うのだが、血が赤いのは湿っている間だけで、乾いたら褐色になってしまうのではないだろうか。
 ハーシェル・ゴードン・ルイス作品としてはゴアシーンが少ない。それよりも画家の異常性に焦点を当てている。ぎょろ目を向いた画家が不気味である。それにしても人を殺さなくても血液銀行からでも盗んでくれば良かったのに。
 ラストは三枚目の血の絵の餌食になりそうだった娘が彼女を挟んで手斧の画家とライフルの恋人との三角形が形作られる。ハーシェル・ゴードン・ルイスとしては緊張したシーンだ。
 そして鮮血の絵は煙になって天に昇っていく。

『2000人の狂人』 北部人を笑って殺せ

81Xg8Zs3cyL__SY679_.jpg『2000人の狂人』 (1964) 2000 MANIACS 88分 アメリカ

監督:ハーシェル・ゴードン・ルイス 製作:デヴィッド・F・フリードマン 脚本:ハーシェル・ゴードン・ルイス 撮影:ハーシェル・ゴードン・ルイス 音楽:ラリー・ウェリントン
出演:コニー・メイソン、トーマス・ウッド、ジェフリー・アレン、ボン・ムーア、シェルビー・リビングストン、ゲイリー・ベイクマン

 気の抜けた演技とトリック撮影レベルの特殊メイク、そして溢れ出る血。だらけた演出。この辺りは『血の祝祭日』と大して変わっていないが、ストーリーがより凝った物となっている。
 北部人を乗せた自動車が6人分南部の町に偽看板で迂回される。町は100年祭の真っ最中だった。100年祭が何かというと南北戦争が終わってから100年と言うこと。でも、南部は戦争で負けたよな。何でそれを祝うんだ?
 と思っていたら女性は生きたまま解体されてバーベキューの材料になってしまうし、へべれけに酔っ払った男は「競馬だ~」というので手足4箇所を4頭の馬に縛られて手足が千切れてしまう。
「ぐらぐら岩だ~」と的にボールを当てると上から巨大な岩が落ちてくる仕掛けでは女性がペッチャンコ。樽転がしでは釘が打ち付けられた樽に男が入れられ斜面と転がり落とされ死んでしまう。
 これら残酷で流血な惨事が南部人の「楽しくてしょうがないね」という能天気な笑顔の中で展開するのが異色である。北部人を殺せるのがとても楽しいのだ。この笑顔が怖い。子供たちさえ笑顔で殺人に関わっているのが怖い。
 100年前に南部人の村が北軍に襲われ全滅したという過去があった。町の連中はその亡霊で、100年振りに北部人に復讐するために復活したのだ。ラストでは2人の男女の北部人が逃亡に成功するが、保安官事務所に行ってもそんな町はないと言われる。伝説にすら残っていないのか。そして町の連中は祭りの後片付けをすると「また100年後な」と再び眠りについてしまう。
 今回は亡霊だったが、アメリカの広大な大地に点在する田舎町には一歩よそ者が入ったら無事では出られなそうな恐怖感がある。カルト宗教の集団だったりとか、町ぐるみの盗賊だったりとか。『悪魔のいけにえ』の規模を大きくしたのがありそうだ。
 ニッポンの山村でも入ったら出られない恐怖の村なんて設定でホラー映画が撮れそうだ。
 ちなみに2000人の狂人となっているけど、町の人間はせいぜい数十名だな。低予算映画だからエキストラを2000人も集められないってーの。

『血の祝祭日』 元祖スプラッタームービー

B009X7HEGE-1.jpg『血の祝祭日』 (1963) BLOOD FEAST 70分 アメリカ MANSON INTERNATIONAL

監督:ハーシェル・ゴードン・ルイス 製作:デヴィッド・F・フリードマン、スタンフォード・S・コールバーグ 撮影:ハーシェル・ゴードン・ルイス 音楽:ハーシェル・ゴードン・ルイス
出演:コニー・メイソン、トーマス・ウッド、マット・アーノルド、スコット・ホール、リン・ボルトン、トニ・カルヴァート、ジーン・コーティエ

 学芸会のような演技、マネキンの足や家畜の内臓を使ったゴア描写、パトカー全車集合といっているのに一台しか現れない低予算。今観ると笑っちゃうんだが、これがスプラッター映画の元祖である。当時の観客にはショッキングだったのだろう
 ケータリングの店があって、ご婦人が娘の誕生日パーティに料理の出前を頼む。ところがこの店主が連続殺人鬼で、5000年前のイシュタールの晩餐を再現しようとしていた。店主は演技はさっぱりだが、眼力があって不気味な殺人鬼を演じている。
 店主がかいた古代文明に関する本を読んでいた女性が被害者だとあっさりと犯人が分かってしまうのはミステリーとしては落第。ミステリーとしては作ってはいないんだろうけど。
 なにしろ最初にやった人がエライ。ゴア描写も最初にやったからレベルは低くてもエライ。最後の犠牲者になるはずだった少女の恋人が刑事なのだが、あの年の差は淫行じゃないのかなぁ。

『バニシングIN60"II』 さらばH・B・ハリッキー

『バニシングIN60"II』 34分 アメリカ

 撮影中にH・B・ハリッキーが倒れてきた給水塔の下敷きになって死亡。そこまでに撮られたフィルムを使って撮られた未完成作。
 自動車泥棒のH・B・ハリッキーが大型トレーラーの屋根にしがみつく。そしてトレーラーを乗っ取ると、妨害するパトカーなどをひたすら破壊していく。かなりの迫力である。
 給水塔が倒れるシーンがあるのでそこで死亡したのだろう。さして危険なスタントとも思えないのだが、案外そんな物かも知れない。
 いきなり始まり、ブツ切りで終わる。これが香港映画ならば残りはH・B・ハリッキーのそっくりさんを使って曲がりなりにも完成させてしまうのだろう。