『マダガスカルの冒険』 戦うレジスタンスたち

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『マダガスカルの冒険』 (1944) AVENTURE MALGACHE 30分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 撮影:ギュンター・クランフ

 ヒッチコックがイギリス情報部に招かれて撮った国策映画の短編。
 タイトルの通りマダガスカルが舞台である。マダガスカルはフランス領だったようだが、指導者がドイツ寄りだったのか? インドネシアのようにマダガスカルを日本に売ろうとしているなどというセリフも登場する。
 そこで第二次世界大戦中のマダガスカルについて調べてみたのだが、あまりよく分からなかった。
 マダガスカルの戦いという支配者のヴィシー政権と日本海軍が組んで、イギリス軍と戦ったとこがあるようだ。
 そんなマダガスカルで戦うレジスタンスたちを描いているのだが会話劇中心でアクションシーンは登場しない。
 マダガスカルについて詳しい人ならば見所もあるのかも知れないが、ヒッチコックらしい演出も特になく、平坦で映画としては凡作だと思う。しかし、誰向けに公開された映画なのかね。連合国側に向けて上映されたのか?

『疑惑の影』 チャーリー叔父さんの恐怖

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『疑惑の影』 (1942) SHADOW OF A DOUBT 109分 アメリカ UNIVERSAL PICTURES

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:ジャック・H・スカーボール 原作:ゴードン・マクドネル 脚本:ソーントン・ワイルダー、アルマ・レヴィル、サリー・ベンソン 撮影:ジョセフ・ヴァレンタイン 音楽:ディミトリ・ティオムキン、チャールズ・プレヴィン
出演:テレサ・ライト、ジョセフ・コットン、マクドナルド・ケリー、パトリシア・コリンジ、ヘンリー・トラヴァース、ウォーレス・フォード、ヒューム・クローニン

 都会からチャーリー叔父さんがやって来るというので自分と同じ名前だとヒロインで姪のチャーリーは大喜び。だが、チャーリー叔父さんは未亡人を殺してはその財産を奪う悪党だった。
 チャーリー叔父さんが自宅にやって来たその夕食で、『メリー・ウィドウ(陽気な未亡人)』の曲名をチャーリーが思い出そうとして、『メリー……」とまで出たところでチャーリー叔父さんがわざとグラスを倒して『ウィドウ(未亡人)』のところを口に出させないようにしてしまう。
 チャーリー叔父さんはチャーリーの家族に色々なプロ前とを持ってきてくれており、チャーリーにはエメラルドの指輪をプレゼントするのだが、そのリングの内側には『○○から××へ」と文字が刻まれていた。それが後になって、チャーリー叔父さんが某未亡人から盗んだ指輪だと分かる恐ろしさ。
『逃走迷路』のラストのような自由の女神からぶら下がるような直接的なショッキング描写は少ないが、心理的にチャーリー叔父さんの正体に気付いたチャーリーを追い詰めていく演出である。
 チャーリー叔父さんがチャーリーの町にやって来る蒸気機関車は黒い煙をもくもくと上げている。この黒い煙は「やばい奴がやって来た」ということの象徴である。
 チャーリーは少しずつ真実に近づいていくのだが、人当たりの良いチャーリー叔父さんが未亡人キラーだとは誰も信じてくれない。そしてチャーリーに気付かれたと知ったチャーリー叔父さんはチャーリーを殺そうと階段を壊したり、車庫の車のエンジンを全開にして排気ガスでチャーリーを襲ったりと罠を仕掛けてくる。
 チャーリー叔父さんが一人で映し出されているカットはどこか傾いた不安定なカットになっている。二人の刑事がチャーリー叔父さんを追ってくるのだが、正体がつかめずに今一歩踏み込めない。その間にチャーリーに危機が訪れる。
 チャーリー叔父さんの狡猾さと、純真なチャーリーとの対決がラストに渡って繰り広げられる。そして生き残ったのは……

チャーリー叔父さん役のジョゼフ・コットンの名演が冴え渡っている。チャーリー役のテレサ・ライトも悪くない。
 ラストはチャーリーと若い刑事だけが真相を知っているという苦いラスト。チャーリー叔父さんの他に東部人の容疑者がいて、彼は警察に追い込まれて飛行機のプロペラに飛び込んで死んでしまっている。世間ではその東部人が犯人だということにされている。東部人も全くの無実ではなく何らかの悪事を働いていたのかも知れないが、可哀想な話だ。

『逃走迷路』 仕立ての丈夫な服を着よう

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『逃走迷路』 (1942) SABOTEUR 109分 アメリカ UNIVERSAL PICTURES

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:フランク・ロイド、ジャック・H・スカーボール 脚本:ピーター・ヴィアテル、ジョーン・ハリソン、ドロシー・パーカー 撮影:ジョセフ・ヴァレンタイン 音楽:チャールズ・プレヴィン、フランク・スキナー
出演:ロバート・カミングス、プリシラ・レイン、ノーマン・ロイド、オットー・クルーガー、アラン・バクスター

 ヒッチコックがユニバーサルに貸し出されてはじめて撮ったユニバーサル作品である。
 軍用航空機工場に勤めている主人公が、工場爆破のサボタージュの犯人として追われることになる。真犯人と思われるフライという男を追って主人公は自分の無実を晴らそうとする。そんな中でヒロインと出会い、最初は主人公を悪人だと思っていたヒロインだったが、次第に彼のことを信じるようになる。
 ヒッチコックらしい巻き込まれ型サスペンスである。主人公のロバート・カミングスとヒロインのプリシラ・レインにあまり魅力が無いのが残念だが、ハラハラさせる展開の連続で最後まで飽きることなく見せてくれる。
 アメリカ国内にナチシンパの全体主義者の集団がいるのだが、彼らの多くは大きな牧場の主だったり、ニューヨークで事前パーティーを開く富豪夫人だったりと社会的には信頼の高い人物である。それに対して主人公を助けるのは、トラックの運転手だったり、盲目の老人だったり、サーカスのフリークス集団だったりと社会的弱者というのが面白い。特にフリークスはガリガリに痩せた骸骨人間、ヒゲ女、小人、仲の悪いシャム双生児、肥満女なのだが、彼らが主人公たちを助けるかを決める方法が多数決なのだ。一番民主的な存在なのである。
 終盤で主人公とヒロインが引き裂かれてしまい、物語が二つに分裂してしまうのが弱点ではある。
 オープニングの工場の爆破や、映画を上映中のスクリーンの前で登場人物が影になっての銃撃戦など印象に残るシーンが多い。映画館の銃撃戦では全く無関係の男性観客が撃ち殺されてしまうのもリアル。そんな中でも有名なのはラストの自由の女神である。
 フライを自由の女神の天にかざした右手の上に追い詰めた主人公。フライは足を滑らせて松明から落ちそうになる。主人公がフライの右袖を掴むが、肩のところの糸がだんだんとほつれていくのがクローズアップで捉えられる。安物の服だったんだな。実に緊張感のあるシーンなのだが、ヒッチコックは「悪役が落ちそうになるんじゃなくて主人公が落ちそうになるべきだった。そうしたらさらに盛り上がるシーンになっただろう」と発言している。それが後の『北北西に進路を取れ』(1959)で活かされることになる。
 全体主義者を敵に据えた国策映画ではあるが、それほど鼻につかない。彼らの破壊活動は航空機工場の爆破や新型戦艦を沈没させるなどかなり成果を上げているしな。

『断崖』 スチャラカ男にゃご用心?

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『断崖』 (1941) SUSPICION 100分 アメリカ RKO RADIO PICTURE

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:デヴィッド・O・セルズニック 原作:フランシス・アイルズ 脚本:サムソン・ラファエルソン、アルマ・レヴィル、ジョーン・ハリソン 撮影:ハリー・ストラドリング 音楽:フランツ・ワックスマン
出演:ジョーン・フォンテイン、ケイリー・グラント、ナイジェル・ブルース、セドリック・ハードウィック、レオ・G・キャロル

 リナ(ジョーン・フォンテイン)はこのままではオールドミスになるのではないかと母親から心配されている地味目な女性。そんなリナが列車の客車でエイスガー(ケイリー・グラント)という男性と知り合う。
 エイスガーは魅力的だがお調子者で、出会ったばかりのリナに積極的にアタックしてくる。そしてついに家出同然でリナはエイスガーと結婚してしまう。
 そしてヨーロッパ中を旅したハネムーンから帰ってきて分かるのだが、エイスガーは無職で一文無し。しかもそれを気にもとめておらず、競馬場通いをしている。資産家の娘であるリナの財産をあてにしていたのだが、リナの両親が結婚祝いに贈ってきたのがアンティークな二脚の椅子でがっくりしている。
 エイスガーはその椅子を売り払ってしまい、競馬につぎ込んですっからかんになってしまう。リナにうるさく言われてようやく従兄弟の不動産屋で働き始めたエイスガーだが、どうも様子がおかしい。実は、不動産屋から2000ポンドを横領して解雇されたのだ。社長は「返済してくれれば告訴はしない」と言ってくれるが、返済のあてはない。
 エイスガーは古い友人のビーキーと不動産業をはじめようと計画するが、リナにはその候補地である断崖にビーキーをおびき出して彼を殺して財産を奪い取ろうとしているのではないかと思い込む。
 不動産会社の話はご破算になるが、精算のためにビーキーはパリに行き、そこで他のイギリス人と一緒にブランデーを飲んで死んでしまう。そのイギリス人とはエイスガーではないのかとリナの疑いは強まる。
 生命保険会社に「リナの保険金を前借りできないか」と問い合わせていたことを知ったリナは女性推理小説家のところに相談に行く。そこでビーキーとよく似た事件の書籍をエイスガーが借りていたことを知る。
 女性推理小説家の家で晩餐会が開かれ、その会話の中で「検死でも見つからない毒物」の話が出てくる。そしてその晩、眠りにつこうとしたリナのところにエイスガーが白く輝くミルクを持って階段を上ってくる……
 撮影は無事に終了したものの、スターのケイリー・グラントが殺人者に見えるというのでRKOが勝手にフィルムを編集してしまい、ヒッチコックが気付いた時には55分しか残っていなかったそうだ。それをなんとか回収して、再編集に入ったがやはりケイリー・グラントを悪役にしないために苦労したらしい。おかげで原作とは異なったラストになっている。
 女性推理小説家の晩餐会では殺人の話の最中にみんなして鶏肉を食べるのだが、ヒッチコックは鳥が嫌いなので有名。鶏肉をいかにもグロテスクに描いて見せている。女性推理小説家のモデルはアガサ・クリスティかな。
 脚本にはヒッチコックの愛妻アルマ・レヴィルとこの頃のブレーンであるジョーン・ハリソンが関わっている。女性の方が恐ろしいことを考えるのかな。主人公のリナが夫を疑うというシチュエーションなので女性視点は活用されている。ちなみに原題の『SUSPICION』は『容疑』とか言った意味。邦題の『断崖』は二度登場するが、タイトルにするほど重要なポイントかな?
 リナが夫を愛しながらも疑うという相反した感情にとらわれて泥沼化していく。ヒッチコックが書きたかったラストが『映画術』に書かれているが、これならばかなりの衝撃作になったはず。ただ、やはりケイリー・グラントがエイスガー役では作れないな。
 心理劇が主なのでサスペンス描写はほとんど見られないが、エイスガーが持ったミルクに白熱電球を入れてミルクの白さを強調している。なんか感電しそうでちょっと心配だが。
 つまらなくはないが、全体的に惜しいという感じがする。ラストが唐突で、これはハッピーエンドなのだろうか、それともこれもエイスガーの罠なのだろうかと考えてしまう。ヒッチコックが映画を支配していないのではないだろうか。ちなみにヒッチコックはポストに郵便物を入れている形で登場する。