『野獣暁に死す』 仲代達也が目を剥き出しっぱなし

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B00IEZIOQU.jpg『野獣暁に死す』 (1968) OGGI A ME, DOMANI A TE! 91分 イタリア

監督:トニーノ・チェルヴィ 脚本:トニーノ・チェルヴィ、ダリオ・アルジェント 撮影:セルジオ・ドフィッツィ 音楽:アンジェロ・フランチェスコ・ラヴァニーノ
出演:モンゴメリー・フォード、仲代達矢、バッド・スペンサー、ウィリアム・バーガー、ダイアナ・マルティン、ウェイド・プレストン

 仲代達也が悪役として出演しているのが売りのマカロニウエスタン。監督トニーノ・チェルヴィの演出は特に悪いところはないが特に良いところもない凡庸なもの。脚本にはシナリオライターとして駆け出しのダリオ・アルジェントが関わっているのか。ねっちこさはあまりないしダリオ・アルジェントを感じる部分はそれほどない。
 主人公は盗賊団のボスである仲代達也に裏切られ無実の罪で刑務所に入れられていた。独房の中で木を削って拳銃を作り、それで壁に向かって抜き撃ちの訓練を欠かさない。そんな彼がついに出所した。仲代達也に復讐するために保安官、博打打ち、スケコマシなど4人の仲間を1万ドルの報酬で集める。1人また1人と揃っていくのだが、その度に横一列に並んで馬を走らせるシーンが入る。繰り返しのギャグのようでちょっと笑った。
 主人公が大金をはたいてまで仲代達也に復讐を誓っているのは過去に理由があった。回想シーンがインサートされると画面がモノクロになる。分かりやすいちゃあ分かりやすい。ありがちと言えばありがち。
 仲代達也は日本人とメキシコ人とのハーフという設定があるそうだが、字幕では特に語られていなかった。外国人のくどい顔立ちの中にいても仲代達也は存在感を放っていた。演技は基本いつでも目を剥き出し。駅馬車を襲う時も目を剥き出していれば、部下に命令する時も目を剥き出し。もちろん主人公と相対した時も剥き出し。トニーノ・チェルヴィにそういう風に演技指導をされたのだろう。多分、仲代達也はかなりストレスが溜まった現場だと思う。そのせいか、同じ『用心棒』(1961)の三船敏郎はけっこう外国映画に出演しているのに、仲代達也は『戦場にかける橋2/クワイ河からの生還』(1989)まで外国映画に出ていない。ちなみにこちらは『戦場にかける橋』の続きではあるのだが、アンドリュー・V・マクラグレンのバカ映画である。好きだけどな。DVD出ないかな。その次はツイ・ハーク製作の『妖獣都市~香港魔界篇~』(1992)か。こちらはゲスト出演のような感じだった記憶があるけど、正直ほとんど覚えていない。何で出たんだかは分からない。DVDは別に出なくていいや。
 仲代達也が主宰している無名塾は費用がかからないそうだから、お金が必要とかだったのかね。無名塾は厳しいことで有名だが、出身俳優は役所広司ぐらいしか思いつかない。もっとも私は日本の俳優には詳しくないのだ。外国の俳優に詳しいってわけでもないが。
『用心棒』ではリボルバーを武器にしていた仲代達也がこの作品で最後の武器として取ってあるのが蛮刀。どうせ考証がハチャメチャなマカロニウエスタンなんだから日本刀を使えば良かったのに。しかも、必殺の武器になってないし。
 主人公5人組と盗賊団の駆け引きが多少面白い。主人公たちは一人づつやられていくのかと思いきや......
 マカロニファン以外には仲代達也しか見所はないかも。amazonで514円という値段なので買ったが、心配していた画質もそれなりだし個人的にはこの金額なら満足。このままでは仲代達也成分が足りないので岡本喜八の『殺人狂時代』(1967)でも観ようかな。三枚目の大学教授で実は......なこの作品の仲代達也が一番好きかも知れん。

『荒野の棺桶』 初公開時は日本語字幕版?

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B00LKB8J3S.jpg『荒野の棺桶』 (1966) UNA BARA PER LO SCERIFFO 86分 イタリア

監督:マリオ・カイアーノ 製作:ルイジ・モンデーロ 脚本:デヴィッド・モレノ、ジェームズ・リード 撮影:フリオ・オルタス 音楽:フランチェスコ・デ・マージ
出演:アンソニー・ステファン、エドゥアルド・ファヤルド、アルマンド・カルボ、フルビア・フランコ、ルチアーノ・ギリ、ジョルジュ・リゴー、アルトゥーロ・ドミニッチ、ミゲル・デル・カスティロ

『荒野の棺桶』とかいう邦題だから『続・荒野の用心棒』(1966)のように主人公が棺桶を引きずって現れるかというとそんな印象的な部分はなく、荒野は登場するが棺桶は登場しない。ほんと、マカロニウエスタンの邦題を付けた人はどこの配給会社もいい加減な仕事をしてるな。いい邦題ってのは記憶に残るんだけどね。『風と共に去りぬ』なんか原題の直訳だけど実に味わいがある。原作小説の翻訳の方が先かも知れないが。
 主演のアンソニー・ステファンはやはり性に合わない。二枚目かも知れないが、演技はてんでダメだし、アクションが出来るわけではなく、言ってみればでくの坊。モデル時代は服を着て立ったり歩いたりしてれば良かったのかも知れないが、俳優はそれだけじゃなぁ。
 アンソニー・ステファンは悪党のボスに対し何か恨みがあるようだ。マカロニウエスタンには復讐譚が多く登場するが、この作品も復讐物。だが、その復讐の理由がまるで描かれずに、ラストになって突然セリフで説明して終わりというのはいくら何でも工夫がない。セルジオ・レオーネが監督・脚本をやった『ウエスタン』(1968)を観てみろ。チャールズ・ブロンソンがヘンリー・フォンダ対する復讐について短い回想シーンを何度も印象的にインサートして徐々に観客に伝え、終盤になってそれがなんなのか明らかになる。あの映画的興奮! セルジオ・レオーネと比べちゃいけないんだろうけどさ。もう少しなんとかして欲しいよ。
 酒場でアンソニー・ステファンに酒をねだる飲んだくれのジジイが良い味を出していた。こういうキャラクターは好きだ。
 別にアンソニー・ステファンに恩があるわけじゃないのに、妙に周りの人が助けてくれて、時に命すら犠牲にする。主人公にとって都合の良いストーリー展開過ぎ。あれだけお膳立てしてもらえばアホでも復讐を遂げられるわ。
 脚本や演出、主演はペケだが「復讐だけが俺の人生~♪」とかいう主題歌を始めとする音楽は頑張ってるかな。
 DVDの裏ジャケットによると「初公開時は日本語字幕版で上映された隠れた名作。初の原語版での登場だ。」とあるが、日本語字幕版ってのは普通の外国映画はそういう上映方法じゃねーの。原語版の原語ってイタリア語のこと、それとも英語のこと? ひょっとしたら「日本語吹替版で上映された」の間違いじゃないだろうか。それならこの頭の悪い文章も意味が通るのだが。

『星空の用心棒』 星形のアレ

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B00LKB8J1K.jpg『星空の用心棒』 (1967) I LUNGHI GIORNI DELLA VENDETTA 90分 イタリア、スペイン

監督:スタン・ヴァンス 製作:ルチアーノ・エルコーリ、アルベルト・プリーゼ 原作:マーナヘン・バレスコ 脚本:フェルナンド・ディ・レオ、アウグスト・カミニート 撮影:フランチェスコ・マリン 編集:マリオ・モッラ 音楽:アルマンド・トロヴァヨーリ
出演:ジュリアーノ・ジェンマ、フランシスコ・ラバル、ガブリエラ・ジョルジェッリ、コンラード・サン・マルティン、ニエヴェス・ナヴァロ、パヤリート

 無実の罪で30年の重労働を課せられていたジュリアーノ・ジェンマが刑務所から脱走し、自分をはめた悪人に復讐する物語。用心棒がストーリーには全然関係ないが、これはいつものマカロニウエスタンとしても、星空すら関係ない。あえていうなら最後の決着を付けるのが星形の物ではあるが、それで星空は無理だろう。邦題を付けた人は何を考えていたんだか。
 脱獄したばかりのジェンマは髪はボウボウでヒゲも伸びている。自分を売った悪人の手下である元床屋を脅して髪を切らせながら尋問をする。鋭く研いだ剃刀でヒゲを剃らせるんだが怖くないんだろうか。「切れよ、切ってみろよ」と元床屋を挑発するが、気の小さそうな男なので大丈夫だろうと踏んでいるのだろうが、そういった男を追いつめると何をするか分からないぞ。結局、ジェンマが必要なことを聞き出すと撃ち殺してしまうんだが。
 悪党一味やメキシコの山賊、裏切り者の保安官に怪しげな薬を売っている商人父娘など登場人物が多くて整理し切れていない感じ。商人父娘などいいキャラなのだが、途中で出たきり終盤まで再登場しない。もっと上手く使えたのではないだろうか。
 ジェンマが線路に寝っ転がって上を通り過ぎていく列車の下に捕まったり、二階建ての屋根の上から地面に落ちたりするアクションをスタントマンではなく自分でこなしている。この人は芝居は上手いとは思わないが、アクションはマカロニスターの中でもピカイチだろう。
 ラストは撃たれて倒れたジェンマの死を確かめるべく、悪党のボスがジェンマの足を何発も撃つ。その痛みに耐えながら、ジェンマは武器を探す。そして見つけたのは......。そうきたか! 一応伏線はあったが、予想してなかったぞ。
 DVDは90分だが、120分を超えるバージョンもあるらしい。そちらを観るともっとストーリーが整理されていたり、人物が描けていたりするのだろうか。旧作の再販なのだが、せめてTV放映時の日本語吹替音声ぐらいは入れて欲しかった。

『バンディドス』 復讐譚

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B00LKB8I02.jpg『バンディドス』 (1966) BANDIDOS 91分 イタリア、スペイン

監督:マックス・デルマン 脚本:ロマノ・ミグリオリーニ、ヤン・コーボス、カンムバティスタ・ムセットー 撮影:エミリオ・フォリスコット 音楽:エジスト・マッキ
出演:エンリコ・マリア・サレルノ、チェリー・ジェンキンズ、ヴェナンチーノ・ヴェナンチーニ、マリア・マルティン、ヴァレンティーノ・マッキ

 マックス・デルマンは『荒野の用心棒』などの撮影監督を経てこの作品で監督デビューを果たした人である。撮影監督出身らしく、映像的には凝っている方だろう。酒場のカウンターの上を滑るウィスキーのボトルをカメラが移動して追従するなど面白い。
 映画は列車強盗のシーンから始まる。名ガンマンのマーティンは強盗団のボスであるビリーに両手の平を撃ち抜かれて銃を持てなくなってしまう。
 そしてマーティンは弟子をとり、銃の扱い方を教えて射撃ショーをやって食いつないでいるのだが、本当の目的は弟子にマーティンを殺させることであった。しかし、ある街で公演をやっている最中に弟子がならず者に撃ち殺されてしまう。そこで新しくリッキーという若者を弟子にして一から射撃を叩き込む。金目当てだと思われたリッキーだが、実は彼にも隠された目的があった。
 手の平を撃ち抜かれて拳銃を持てなくなったマーティンが、最後の武器として持ち出してきたのが二連式ショットガン。散弾の散らばり方を広げる為に銃身を切り詰めるシーンがリアルだ。でも、あまり活躍しない。
 ビリーやリッキーの早撃ちが見事。街中の対決シーンでは、足音で位置を気付かれないようにビリーは拍車を外して足音を小さくする。細かい描写で、マカロニウエスタンでは珍しい演出。
 オープニングの列車強盗がモンタージュを駆使していて、迫力を持って描かれている。ここで「あっ、この作品は期待できそうだ」と思わせてくれる。
 ビリーがマーティンの手を撃ち抜いただけで殺さなかったのには意味があるのだが、ここで殺しておくべきだった。復讐に燃える男は執拗で決して恨みを忘れない。
 説明不足で二、三不明な点もあるが、脚本は及第点。マックス・デルマンの演出も新人監督としては充分だろう。主演の俳優達は本当に銃が上手そうで腕利きガンマンを感じさせる。マーティン役の俳優の演技は賞賛しても良いだろう。
 後味の悪さはマカロニウエスタンらしいとも言える。完璧な作品というタイプではないが、ある種のエネルギーを感じさせる。

『地獄から来たプロガンマン』 オイディプス神話

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B00LKB8G2C.jpg『地獄から来たプロガンマン』 (1966) SETTE DOLLARI SUL ROSSO 96分 イタリア、スペイン

監督:アルバート・カーディフ 脚本:アルネ・フランクリン 撮影:ホセ・アグアイヨ 音楽:フランチェスコ・デ・マージ
出演:アンソニー・ステファン、フェルナンド・サンチョ、ジェリー・ウィルソン、エリザ・モンテス、ロレダナ・ヌシアック、ジャンニ・マレラ

 主演のアンソニー・ステファンはモデル出身で、クリント・イーストウッド、フランコ・ネロ、ジュリアーノ・ジェンマに続く第4のマカロニウエスタンスターだった、そうだ。不勉強にしてこの人のことは知らなかったし、出演作も初めて観た。確かに二枚目系の顔立ちではあるが、演技が上手いとも思えず、マカロニウエスタン終焉後は何本かB級映画に出演しているだけで消えてしまった。まぁ、そんな人なんだろう。
 アンソニー・ステファンの農場が彼が留守中に盗賊団に襲われ、妻は殺され幼児だった息子は連れ去られてしまう。アンソニー・ステファンは妻の敵を討ち、息子を取り戻す為に復讐の旅に出る。
 で、気がついたら何年も経過していて、息子は盗賊団のボスの息子として育てられ青年になっていた。この時間の経過が唐突で、しかも時が経ったことをほとんど感じさせない。アンソニー・ステファンの姿は旅に出た時と変わっていないし。『捜索者』(1956)のジョン・ウェインはインディアンに連れ去られた姪を探して何年も旅をするのだが、ちゃんとその年月を感じさせた。演出に圧倒的な差がある。『捜索者』の監督はジョン・フォードだから無理もない気もちょっとするが、監督のアルバート・カーディフの演出力には疑問が残る。
 盗賊団のボスやその妻はヒスパニック系で浅黒い肌なのだが、息子は白人である。それを息子は疑問に思わなかったのだろうか。終盤になってボスの妻から事実を知らされるまで実の親だと信じ込んでいた。
 ストーリーは全体的にダラダラしていて、盛り上がりを感じさせない。ラストは相手が自分の息子だと気付いたアンソニー・ステファンと息子の対決になる。これまた盛り上がらない。悲劇的状況だと思うのだが、盛り上がるのは音楽だけ。
 せめてアンソニー・ステファンがアクションが出来れば良いのだが、こちらも苦手そうだ。主演と演出がまるでダメ。息子が父と知らずに殺そうとするシチュエーションがオイディプス神話を思い出させて脚本が多少ましなぐらいか。

『裏切りの荒野』 カルメンという名の悪女

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B00LKB8HYY.jpg『裏切りの荒野』 (1968) L' UOMO, L' ORGOGLIO, LA VENDETTA 97分 イタリア

監督:ルイジ・バッツォーニ 脚本:ルイジ・バッツォーニ、ラルフ・セルペ 撮影:カルミネ・ルスティケリ 音楽:カルロ・ルスティケリ
出演:フランコ・ネロ、ティナ・オーモン、クラウス・キンスキー、リー・バートン

 フランコ・ネロが主演で『裏切りの荒野』というタイトル、そしてジャケットの写真。これだけ見るとマカロニウエスタンなのだが、作中で「スペイン中の警察に追われる」というセリフがあるからウエスタンじゃないんじゃね? ネットで調べてみると「メキシコが舞台」となっている所が多いが、その辺りどうなんだろう。
 ストーリーはプロスペル・メリメの『カルメン』をベースにしたもの。フランコ・ネロ演じる軍人が悪女カルメンに魅了されてしまったばかりに転落人生を歩み、上官を殺害し追われるようになり、馬車から金塊を盗む。そして最後には......
 フランコ・ネロはマカロニウエスタンの大スターだったが、その後ジュリアーノ・ジェンマと同じくB級映画に多く出演している。だが、ジェンマと違うのは『ダイハード2』(1990)でテロリストが奪還しようと企んでいるエスペランザ将軍を演じていることだ。大ヒット映画で大きな役をやっているので、マカロニ世代ではない私でも知っている。マカロニウエスタンのスターでその後も作品に恵まれたのは結局クリント・イーストウッドだけだな。
 カルメンの悪女ぶりが良い。この人がちゃんと悪女をしてくれないと物語が成立しない。真面目な軍人だったフランコ・ネロがどんどん堕落していく。遊んでいなかった人が大人になってから悪いことを覚えて身の破滅を招くなんてのは良くある話だが、まさにそれ。
 カルメンの旦那役でクラウス・キンスキーが出ているのだが、登場するのは中盤を過ぎてから。例によって強烈な悪人臭を放っている。でも出番は少なくて、割と早くフランコ・ネロに殺されて退場してしまう。残念。
『カルメン』自体は10回近く映画化されているので、素直に『カルメン』を味わいたかったらそちらの作品から選んだ方がいいかも。この作品は、『カルメン』をマカロニウエスタン風に調理したらどうなるかというところが見所。日本初のフルカラー映画『カルメン故郷に帰る』(1951)はストーリー的には『カルメン』と全く関係がない。
 派手な銃撃戦や決闘があるわけでもなく、どちらかというと地味な展開で演出も冴えずそれほど魅力は感じなかった。フランコ・ネロやクラウス・キンスキーはやはりいいけどな。まぁ、こういう作品もあったと言うことで。

『怒りの用心棒』 ガーフィールド大統領暗殺事件

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B00LKB8H08.jpg『怒りの用心棒』 (1969) IL PREZZO DEL POTERE 109分 イタリア

監督:トニーノ・ヴァレリ 製作:ビアンコ・マニーニ 脚本:マッシモ・パトリッツィ 撮影:ステルヴィオ・マッシ 編集:フランコ・フラティチェリ 美術:カルロ・レヴァ 音楽:ルイス・エンリケス・バカロフ
出演:ジュリアーノ・ジェンマ、ウォーレン・ヴァンダース、マリア・クアドラ、フェルナンド・レイ、ヴァン・ジョンソン、レイ・サウンダース

 南北戦争終結直後のテキサス州ダラスをガーフィールド大統領が訪れた。屋根のないオープン馬車でパレード中に、大統領はライフルで狙撃されて死亡してしまう。
 主人公のジュリアーノ・ジェンマは相棒の黒人ジャックが狙撃犯として逮捕され、暗殺事件の情報を握っていた父親も殺されたことから事件を調べ始める。浮かび上がってきたのはいまだ続く南北間の対立だった。
 調べてみたらガーフィールド大統領が暗殺されたというのは事実だった。ただし、場所はダラスではなく首都ワシントン。ワシントンでは西部劇にならないし、ジョン・F・ケネディ暗殺事件を思わせたくてダラスに変更になったのだろう。
 1969年というと、マカロニウエスタンのブームも終焉に近づきつつあった頃。様々な方向性を模索したのか、この作品は残虐性が薄く、珍妙な兵器もほとんど登場しないシリアスなミステリー仕立てになっている。それでも保安官にジャックが拷問されたり、松葉杖が銃になっていたりするのはマカロニウエスタンらしい。
 ジュリアーノ・ジェンマは南部人だが、南北戦争時は北軍で戦った。父親は南軍で親子は敵同士だった。だがそのわだかまりはなく、ジェンマは大統領暗殺の犯人を捜すという正義感よりも父親の復讐がメインで動いているような気がする。
 運動神経の良いジェンマ作品にしてはアクションがほとんどなく、いつもの身軽さが見られたのは、ジェンマが陸橋から階段を使わずに飛び降りてくる普段のシーンぐらい。それよりも父の復讐に燃えるジェンマの演技が見せ場となっているのだが、この人は何を演じてもジェンマで(たまにモンゴメリー・ウッドにもなるが、それは単に別の芸名だ)あまり演技力はない。マカロニウエスタン終焉後はB級映画の常連になるが、やはり俳優としての能力が低かったせいではないだろうか。泣きのシーンもあるが、露骨に目薬っぽい。
 アメリカでは大統領が絶対的な権力を持っているので暗殺の危険性が大きいが、日本の総理大臣を暗殺しようと考える人間は少なそうだ。殺してもすぐ次の人間に変わる。一種のお飾りでその首がすげ変わるだけ。
 ジェンマが悪の保安官に捕らえられ、ロシアンルーレットをさせられたり、一発しか銃弾が入っていない拳銃で闇の中お互いが咥えた葉巻の火を目印にしての決闘などがマカロニウエスタンっぽいかな。大統領暗殺の謎解きは中途半端。『JFK』ほど突っ込んだ作品ではない。『JFK』嫌いだけど。というかオリバー・ストーンが大嫌いだけど。
 それにしてもジェンマは怒っているが、用心棒ではないな。ほんと、マカロニの邦題はいい加減だ。

『情無用のコルト』 ガンマンは牧場主になれるのか?

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B00LKB8F3W.jpg『情無用のコルト』 (1966) ALL'OMBRA DI UNA COLT 79分 イタリア

監督:ジャンニ・グリマルディ 脚本:ジャンニ・グリマルディ、アルド・バルニ、アルド・ルクサンド 撮影:フリオ・オルタス・プラサ 音楽:ニコ・フィデンコ
出演:スティーヴン・フォーサイス、コンラード・サン・マルティン、フランク・レセル、アンヌ・シェルマン、フランキー・リストン

 流れ者のガンマン・スティーブは牧場を買って落ち着こうと考えている。恋人のスーザンと結婚して一緒に暮らそうとも計画しているが、スーザンは相棒のデュークの娘でデュークからは「娘に手を出したら殺す」と釘を刺されている。
 だが、スティーブはスーザンを連れてある町へとやって来た。そこで牧場を探そうとしたのだが、町はジャクソンとバーンズというふたりの実力者に牛耳られていた。
 酒場で出会った酔っ払いの老人から牧場を売ろうと考えている人物のことを聞くが、その牧場はジャクソンとバーンズが乗っ取ろうとしていた。牧場主と売買の約束をしたスティーブは拳銃とガンベルトを「もう必要ない」と地面に埋めてしまう。
 しかし、ジャクソンとバーンズの手下がスティーブの命を狙ってくる。牧場主は殺され、購入資金の6000ドルも奪われてしまう。更に町にデュークが現れ、スーザンのことでスティーブに腹を立てている。
 一度道を踏み外した者は正道に戻ることは出来ないのか? そしてスティーブは埋めてあった拳銃を掘り出し、敵に立ち向かう。
 クリント・イーストウッドの『許されざる者』の前日譚があるとしたらこういった内容なのかも知れないと思わせる。ただ、この作品単体で観るならともかく『許されざる者』と比べてしまうとかなり浅い。上映時間が79分しかないのでそれほど突っ込んだところまでは描いていないのだ。
 だがガンマンが真っ当な生活を得ようとするが、様々な邪魔が入りついには自ら貸した枷を破って悪に立ち向かうのは結構うならせてくれる。ただマカロニウエスタンなので日本の任侠物のように「耐えに耐えて最後にキレて敵陣に乗り込んでいく」といった展開ではなく、拳銃を埋めたスティーブは襲ってきた敵の銃を奪って気楽に殺す。身を守る為とはいえ、そういう生活から足を洗いたかったんじゃないのか。スティーブがこの町にこだわる理由が見あたらず、素直に他の土地へ行った方が良かったようにも思う。一度決めたら意地を張るのが男らしいとも言えるが。
 ジャクソンとバーンズの手下に遠方から撃たれた時に、馬が転倒しスティーブは放り出される。この馬が利口で、死んだふりや足を怪我した歩きなど色々な芸を見せてくれる。映画出演用にかなり訓練されているようだ。馬は動物としてはどれぐらい頭がいいのだろうか。犬と比べるとどちらが上だ。あるいはイルカと比べるとどうだろうか。
 6000ドルは紙幣で登場するが、オレンジ色でA4ぐらいの大きさ。デカいし派手でまるでチラシのようだ。アップにはならないが印刷も雑そうな気がする。あれは当時のアメリカの紙幣なのだろうか。プリントゴッコがあったら簡単に偽札が作れそうだ。そう言えば"プリントゴッコ"ってamazonで調べてみたらあのピカッと光るランプやインクなどの消耗品は売っているのだが、本体は見あたらなかった。メーカーの理想科学工業のサイトによるとパソコンからデータを転送して印刷するゴッコプロというのならあるのか。一般家庭でのプリントゴッコの出番と言えば年賀状の作成だったが、インクジェットプリンタにその座を奪われてしまったからな。諸行無常。今あえて芋版で作ってきたら逆にスゴい。あとは消しゴムハンコとか。って、ナンシー関か。

B00LKB8G4U.jpg『荒野の無頼漢』 (1970) TESTA T'AMMAZZO, CROCE...SEI MORTO...MI CHIAMANO A'LLELUJA 96分 イタリア

監督:アンソニー・アスコット 製作:ダリオ・サバテッロ 脚本:ティト・カルピ 撮影:ステルヴィオ・マッシ 音楽:ステルヴィオ・チプリアーニ
出演:ジョージ・ヒルトン、チャールズ・サウスウッド、アガタ・フローリ、ロベルト・カマルディエル、アンドレア・ボシック

 流れ者のハレルヤがメキシコの革命家"将軍"の依頼を受けてメキシコ皇帝のもとへと運ばれる宝石を狙う。しかし、その宝石に目をつけていたのはハレルヤだけではなく、悪の集団や謎のロシア皇子などがいた。お宝を手に入れられるのは一体誰だ!
 オープニングの革命軍と政府軍の戦いからしてぶっ飛んでいる。「自由の為に命を捨てに」といった重い歌詞の歌が妙に呑気なテンポで流れる中銃撃戦が繰り広げられる。
 その時、ハレルヤが使うのが手回しミシン式のマシンガン。人呼んでミシンガンだ。手回しのハンドルを回すとバリバリ連射する。吸弾方式と廃莢がどうなっているのか不明だが、他の機関銃が据え付け型のガトリングガンの中で、サブマシンガン的な使われ方をするこのミシンガンはオープニングと終盤で大活躍する。というか、そんな大ネタを最初っから披露してしまっていいのか?
 ちなみにミシンは英語だと"sewing machine"である。"machine"が日本で訛ってミシンに転じた和製名詞。だから外国でミシンと言っても通用しない。昔、大橋巨泉の番組だかで外国に行ったレポーターが「ミシン知りませんか?」と通行人に尋ねて「えっ、マシーン?」と聞き返されるのがあった。だからミシンガンはそのままマシンガンなんだな。
 皇帝の馬車を悪党が襲うが、見つかったカバンに隠されていたのは偽物の宝石。では本物の宝石はどこにあるのか。悪党にハレルヤ、そして皇子に謎の修道女などが入り乱れ、誰が敵で誰が味方か分からない戦いになる。
 皇子はバラライカを弾きながら登場する。「あいつ馬鹿じゃねーの」と悪党の手先3人に撃たれそうになると、いきなりバラライカの下部からロケットランチャーを発射する。インチキ臭いコサックダンスも踊るぞ。
 ストーリーはかなり行き当たりばったりだが、それなりに伏線も張られていてラストは痛快。残虐シーンは無く、楽しく観ることが出来る。人はかなり撃ち殺されるがてんでリアルじゃないんで気にならない。
 メキシコ革命と言うことは1900年代か。ロケ地であるスペインの乾いた大地がメキシコを思わせる。主人公の名前はハレルヤで、修道僧たちが事件に関わっていたり(偽物かも知れないが)、修道女が実は......などキリスト教がネタにされている。修道僧の1人は「ユタに帰りたい」と何度も言っていて、最後には酷い目にあい本当にユタ目指して走り去ってしまう。アメリか-メキシコ国境近くからユタまで走って行くつもりかね。この修道僧が作ったイモと豆のシチューがベチャッとしていて本当に不味そうだ。悪党たちはそれを食って「不味い、豚の餌だ」と言っている。そしてその中にはハレルヤが仕込んだ下剤がたっぷりと入っていた。ハレルヤとの戦いを放り出して、トイレに駆け込む悪人たち。
 基本的には呑気なテンポの音楽だが、終盤の銃撃戦のシーンではエンリコ・モリコーネ風のいかにもマカロニウエスタンな音楽になる。『革命の歌』はサントラが欲しいな。
 そして最後は騙した者勝ちで終わる。ヤンキーと露助が手を組めば無敵なのだ。露助って差別的意味合いを含むし放送禁止用語かなぁ? でも字幕ではそう表示されているんだからしょうがない。
 全編を通して明るく楽しいマカロニでありました。

B00LKB8G3G.jpg『怒りのガンマン/銀山の大虐殺』 (1969) IL GRANDE DUELLO 100分 イタリア、フランス、ドイツ

監督:ジャンカルロ・サンティ 脚本:エルネスト・ガスタルディ 撮影:マリオ・ヴルピアーニ 編集:ロベルト・ペルピニャーリ 衣装:リーナ・ネルリ・タヴィアーニ 音楽:セルジオ・バルドッティ
出演:リー・ヴァン・クリーフ、ピーター・オブライエン、ジェス・ハーン、ホルスト・フランク、マルク・マッツァ、クラウス・グリュンベルグ、ドミニク・ダレル

 マカロニウエスタンである。マカロニウエスタンの魅力は『荒野の用心棒』(1964)のような渋カッコ良さとか、『サルタナがやって来る 虐殺の一匹狼』(1970)での銃器になっているパイプオルガンというぶっ飛んだアイディアとか、『殺しが静かにやって来る』(1968)のような目を覆いたくなるような残虐性とか、そういったハリウッドの西部劇にはあまりない部分が魅力だと個人的には思っている。逆に言えば、正面からハリウッドの西部劇に戦いを挑んではセルジオ・レオーネぐらいの例外を除けば負けてしまうので隙間をついてくるのだ。
 だが、この作品にはとりたてて特徴と言ったものがない。リー・ヴァン・クリーフはそりゃ渋カッコいいんだが、『夕陽のガンマン』シリーズのリー・ヴァン・クリーフにはかなわない。金鉱を目指す幌馬車隊が機関銃の待ち伏せに遭って虐殺されてしまうシーンは『ワイルドバンチ』(1969)の終盤を100倍ぐらいに薄めた出来だ。少女まで撃ち殺されてしまうところはさすがマカロニだが、死体だけで撃たれるシーンは映っていないしな。それにしても『ワイルドバンチ』のBlu-rayはいつになったら日本でも発売されるのだろうか。アメリカでは2007年に出ているようである。DVDと違ってアメリカのBlu-rayは基本的に二本でも観られるんだけど(国コードがアメリカ以外では再生できないのもある)、字幕が英語・フランス語・スペイン語しかないので輸入しても言葉が分からない。もうかなり繰り返して観ているんで覚えてるけどさ。日本のDVDは両面一層という謎仕様なので、観ている途中で裏返さねばならないのだ。レーザーディスクじゃないんだから。
 リー・ヴァン・クリーフが何をしたいのかも謎。元保安官という役柄なのだが、殺人犯として賞金首になっている無実の青年を助けたいのか、町を牛耳っている悪党一味を滅ぼしたいのか、金鉱を目指した幌馬車隊の仇を討ちたいのか。どうでもいいけど字幕では"金鉱"となっていたが邦題だと"銀山"なんだよな。どっちだよ!
 白いスーツに身を包んだ悪党兄弟が多少キャラが立っていたかな。多少だぞ。
 ラストの3対1の対決が数秒で片が付いてしまったのは好きかな。本当に一瞬の撃ち合い。でも、その寸前に賞金首だった青年がリー・ヴァン・クリーフの帽子を撃った意味が分からない。
 そして唐突に登場する「あなたが好きだったの」と青年に抱きつくヒロイン。そのままエンドタイトルに突入する。伏線はあったようななかったような。
 マカロニウエスタンも終焉期が近くなっていて、惰性で撮られた感じだ。