『怒りの用心棒』 ガーフィールド大統領暗殺事件

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

B00LKB8H08.jpg『怒りの用心棒』 (1969) IL PREZZO DEL POTERE 109分 イタリア

監督:トニーノ・ヴァレリ 製作:ビアンコ・マニーニ 脚本:マッシモ・パトリッツィ 撮影:ステルヴィオ・マッシ 編集:フランコ・フラティチェリ 美術:カルロ・レヴァ 音楽:ルイス・エンリケス・バカロフ
出演:ジュリアーノ・ジェンマ、ウォーレン・ヴァンダース、マリア・クアドラ、フェルナンド・レイ、ヴァン・ジョンソン、レイ・サウンダース

 南北戦争終結直後のテキサス州ダラスをガーフィールド大統領が訪れた。屋根のないオープン馬車でパレード中に、大統領はライフルで狙撃されて死亡してしまう。
 主人公のジュリアーノ・ジェンマは相棒の黒人ジャックが狙撃犯として逮捕され、暗殺事件の情報を握っていた父親も殺されたことから事件を調べ始める。浮かび上がってきたのはいまだ続く南北間の対立だった。
 調べてみたらガーフィールド大統領が暗殺されたというのは事実だった。ただし、場所はダラスではなく首都ワシントン。ワシントンでは西部劇にならないし、ジョン・F・ケネディ暗殺事件を思わせたくてダラスに変更になったのだろう。
 1969年というと、マカロニウエスタンのブームも終焉に近づきつつあった頃。様々な方向性を模索したのか、この作品は残虐性が薄く、珍妙な兵器もほとんど登場しないシリアスなミステリー仕立てになっている。それでも保安官にジャックが拷問されたり、松葉杖が銃になっていたりするのはマカロニウエスタンらしい。
 ジュリアーノ・ジェンマは南部人だが、南北戦争時は北軍で戦った。父親は南軍で親子は敵同士だった。だがそのわだかまりはなく、ジェンマは大統領暗殺の犯人を捜すという正義感よりも父親の復讐がメインで動いているような気がする。
 運動神経の良いジェンマ作品にしてはアクションがほとんどなく、いつもの身軽さが見られたのは、ジェンマが陸橋から階段を使わずに飛び降りてくる普段のシーンぐらい。それよりも父の復讐に燃えるジェンマの演技が見せ場となっているのだが、この人は何を演じてもジェンマで(たまにモンゴメリー・ウッドにもなるが、それは単に別の芸名だ)あまり演技力はない。マカロニウエスタン終焉後はB級映画の常連になるが、やはり俳優としての能力が低かったせいではないだろうか。泣きのシーンもあるが、露骨に目薬っぽい。
 アメリカでは大統領が絶対的な権力を持っているので暗殺の危険性が大きいが、日本の総理大臣を暗殺しようと考える人間は少なそうだ。殺してもすぐ次の人間に変わる。一種のお飾りでその首がすげ変わるだけ。
 ジェンマが悪の保安官に捕らえられ、ロシアンルーレットをさせられたり、一発しか銃弾が入っていない拳銃で闇の中お互いが咥えた葉巻の火を目印にしての決闘などがマカロニウエスタンっぽいかな。大統領暗殺の謎解きは中途半端。『JFK』ほど突っ込んだ作品ではない。『JFK』嫌いだけど。というかオリバー・ストーンが大嫌いだけど。
 それにしてもジェンマは怒っているが、用心棒ではないな。ほんと、マカロニの邦題はいい加減だ。

『情無用のコルト』 ガンマンは牧場主になれるのか?

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

B00LKB8F3W.jpg『情無用のコルト』 (1966) ALL'OMBRA DI UNA COLT 79分 イタリア

監督:ジャンニ・グリマルディ 脚本:ジャンニ・グリマルディ、アルド・バルニ、アルド・ルクサンド 撮影:フリオ・オルタス・プラサ 音楽:ニコ・フィデンコ
出演:スティーヴン・フォーサイス、コンラード・サン・マルティン、フランク・レセル、アンヌ・シェルマン、フランキー・リストン

 流れ者のガンマン・スティーブは牧場を買って落ち着こうと考えている。恋人のスーザンと結婚して一緒に暮らそうとも計画しているが、スーザンは相棒のデュークの娘でデュークからは「娘に手を出したら殺す」と釘を刺されている。
 だが、スティーブはスーザンを連れてある町へとやって来た。そこで牧場を探そうとしたのだが、町はジャクソンとバーンズというふたりの実力者に牛耳られていた。
 酒場で出会った酔っ払いの老人から牧場を売ろうと考えている人物のことを聞くが、その牧場はジャクソンとバーンズが乗っ取ろうとしていた。牧場主と売買の約束をしたスティーブは拳銃とガンベルトを「もう必要ない」と地面に埋めてしまう。
 しかし、ジャクソンとバーンズの手下がスティーブの命を狙ってくる。牧場主は殺され、購入資金の6000ドルも奪われてしまう。更に町にデュークが現れ、スーザンのことでスティーブに腹を立てている。
 一度道を踏み外した者は正道に戻ることは出来ないのか? そしてスティーブは埋めてあった拳銃を掘り出し、敵に立ち向かう。
 クリント・イーストウッドの『許されざる者』の前日譚があるとしたらこういった内容なのかも知れないと思わせる。ただ、この作品単体で観るならともかく『許されざる者』と比べてしまうとかなり浅い。上映時間が79分しかないのでそれほど突っ込んだところまでは描いていないのだ。
 だがガンマンが真っ当な生活を得ようとするが、様々な邪魔が入りついには自ら貸した枷を破って悪に立ち向かうのは結構うならせてくれる。ただマカロニウエスタンなので日本の任侠物のように「耐えに耐えて最後にキレて敵陣に乗り込んでいく」といった展開ではなく、拳銃を埋めたスティーブは襲ってきた敵の銃を奪って気楽に殺す。身を守る為とはいえ、そういう生活から足を洗いたかったんじゃないのか。スティーブがこの町にこだわる理由が見あたらず、素直に他の土地へ行った方が良かったようにも思う。一度決めたら意地を張るのが男らしいとも言えるが。
 ジャクソンとバーンズの手下に遠方から撃たれた時に、馬が転倒しスティーブは放り出される。この馬が利口で、死んだふりや足を怪我した歩きなど色々な芸を見せてくれる。映画出演用にかなり訓練されているようだ。馬は動物としてはどれぐらい頭がいいのだろうか。犬と比べるとどちらが上だ。あるいはイルカと比べるとどうだろうか。
 6000ドルは紙幣で登場するが、オレンジ色でA4ぐらいの大きさ。デカいし派手でまるでチラシのようだ。アップにはならないが印刷も雑そうな気がする。あれは当時のアメリカの紙幣なのだろうか。プリントゴッコがあったら簡単に偽札が作れそうだ。そう言えば"プリントゴッコ"ってamazonで調べてみたらあのピカッと光るランプやインクなどの消耗品は売っているのだが、本体は見あたらなかった。メーカーの理想科学工業のサイトによるとパソコンからデータを転送して印刷するゴッコプロというのならあるのか。一般家庭でのプリントゴッコの出番と言えば年賀状の作成だったが、インクジェットプリンタにその座を奪われてしまったからな。諸行無常。今あえて芋版で作ってきたら逆にスゴい。あとは消しゴムハンコとか。って、ナンシー関か。

B00LKB8G4U.jpg『荒野の無頼漢』 (1970) TESTA T'AMMAZZO, CROCE...SEI MORTO...MI CHIAMANO A'LLELUJA 96分 イタリア

監督:アンソニー・アスコット 製作:ダリオ・サバテッロ 脚本:ティト・カルピ 撮影:ステルヴィオ・マッシ 音楽:ステルヴィオ・チプリアーニ
出演:ジョージ・ヒルトン、チャールズ・サウスウッド、アガタ・フローリ、ロベルト・カマルディエル、アンドレア・ボシック

 流れ者のハレルヤがメキシコの革命家"将軍"の依頼を受けてメキシコ皇帝のもとへと運ばれる宝石を狙う。しかし、その宝石に目をつけていたのはハレルヤだけではなく、悪の集団や謎のロシア皇子などがいた。お宝を手に入れられるのは一体誰だ!
 オープニングの革命軍と政府軍の戦いからしてぶっ飛んでいる。「自由の為に命を捨てに」といった重い歌詞の歌が妙に呑気なテンポで流れる中銃撃戦が繰り広げられる。
 その時、ハレルヤが使うのが手回しミシン式のマシンガン。人呼んでミシンガンだ。手回しのハンドルを回すとバリバリ連射する。吸弾方式と廃莢がどうなっているのか不明だが、他の機関銃が据え付け型のガトリングガンの中で、サブマシンガン的な使われ方をするこのミシンガンはオープニングと終盤で大活躍する。というか、そんな大ネタを最初っから披露してしまっていいのか?
 ちなみにミシンは英語だと"sewing machine"である。"machine"が日本で訛ってミシンに転じた和製名詞。だから外国でミシンと言っても通用しない。昔、大橋巨泉の番組だかで外国に行ったレポーターが「ミシン知りませんか?」と通行人に尋ねて「えっ、マシーン?」と聞き返されるのがあった。だからミシンガンはそのままマシンガンなんだな。
 皇帝の馬車を悪党が襲うが、見つかったカバンに隠されていたのは偽物の宝石。では本物の宝石はどこにあるのか。悪党にハレルヤ、そして皇子に謎の修道女などが入り乱れ、誰が敵で誰が味方か分からない戦いになる。
 皇子はバラライカを弾きながら登場する。「あいつ馬鹿じゃねーの」と悪党の手先3人に撃たれそうになると、いきなりバラライカの下部からロケットランチャーを発射する。インチキ臭いコサックダンスも踊るぞ。
 ストーリーはかなり行き当たりばったりだが、それなりに伏線も張られていてラストは痛快。残虐シーンは無く、楽しく観ることが出来る。人はかなり撃ち殺されるがてんでリアルじゃないんで気にならない。
 メキシコ革命と言うことは1900年代か。ロケ地であるスペインの乾いた大地がメキシコを思わせる。主人公の名前はハレルヤで、修道僧たちが事件に関わっていたり(偽物かも知れないが)、修道女が実は......などキリスト教がネタにされている。修道僧の1人は「ユタに帰りたい」と何度も言っていて、最後には酷い目にあい本当にユタ目指して走り去ってしまう。アメリか-メキシコ国境近くからユタまで走って行くつもりかね。この修道僧が作ったイモと豆のシチューがベチャッとしていて本当に不味そうだ。悪党たちはそれを食って「不味い、豚の餌だ」と言っている。そしてその中にはハレルヤが仕込んだ下剤がたっぷりと入っていた。ハレルヤとの戦いを放り出して、トイレに駆け込む悪人たち。
 基本的には呑気なテンポの音楽だが、終盤の銃撃戦のシーンではエンリコ・モリコーネ風のいかにもマカロニウエスタンな音楽になる。『革命の歌』はサントラが欲しいな。
 そして最後は騙した者勝ちで終わる。ヤンキーと露助が手を組めば無敵なのだ。露助って差別的意味合いを含むし放送禁止用語かなぁ? でも字幕ではそう表示されているんだからしょうがない。
 全編を通して明るく楽しいマカロニでありました。

B00LKB8G3G.jpg『怒りのガンマン/銀山の大虐殺』 (1969) IL GRANDE DUELLO 100分 イタリア、フランス、ドイツ

監督:ジャンカルロ・サンティ 脚本:エルネスト・ガスタルディ 撮影:マリオ・ヴルピアーニ 編集:ロベルト・ペルピニャーリ 衣装:リーナ・ネルリ・タヴィアーニ 音楽:セルジオ・バルドッティ
出演:リー・ヴァン・クリーフ、ピーター・オブライエン、ジェス・ハーン、ホルスト・フランク、マルク・マッツァ、クラウス・グリュンベルグ、ドミニク・ダレル

 マカロニウエスタンである。マカロニウエスタンの魅力は『荒野の用心棒』(1964)のような渋カッコ良さとか、『サルタナがやって来る 虐殺の一匹狼』(1970)での銃器になっているパイプオルガンというぶっ飛んだアイディアとか、『殺しが静かにやって来る』(1968)のような目を覆いたくなるような残虐性とか、そういったハリウッドの西部劇にはあまりない部分が魅力だと個人的には思っている。逆に言えば、正面からハリウッドの西部劇に戦いを挑んではセルジオ・レオーネぐらいの例外を除けば負けてしまうので隙間をついてくるのだ。
 だが、この作品にはとりたてて特徴と言ったものがない。リー・ヴァン・クリーフはそりゃ渋カッコいいんだが、『夕陽のガンマン』シリーズのリー・ヴァン・クリーフにはかなわない。金鉱を目指す幌馬車隊が機関銃の待ち伏せに遭って虐殺されてしまうシーンは『ワイルドバンチ』(1969)の終盤を100倍ぐらいに薄めた出来だ。少女まで撃ち殺されてしまうところはさすがマカロニだが、死体だけで撃たれるシーンは映っていないしな。それにしても『ワイルドバンチ』のBlu-rayはいつになったら日本でも発売されるのだろうか。アメリカでは2007年に出ているようである。DVDと違ってアメリカのBlu-rayは基本的に二本でも観られるんだけど(国コードがアメリカ以外では再生できないのもある)、字幕が英語・フランス語・スペイン語しかないので輸入しても言葉が分からない。もうかなり繰り返して観ているんで覚えてるけどさ。日本のDVDは両面一層という謎仕様なので、観ている途中で裏返さねばならないのだ。レーザーディスクじゃないんだから。
 リー・ヴァン・クリーフが何をしたいのかも謎。元保安官という役柄なのだが、殺人犯として賞金首になっている無実の青年を助けたいのか、町を牛耳っている悪党一味を滅ぼしたいのか、金鉱を目指した幌馬車隊の仇を討ちたいのか。どうでもいいけど字幕では"金鉱"となっていたが邦題だと"銀山"なんだよな。どっちだよ!
 白いスーツに身を包んだ悪党兄弟が多少キャラが立っていたかな。多少だぞ。
 ラストの3対1の対決が数秒で片が付いてしまったのは好きかな。本当に一瞬の撃ち合い。でも、その寸前に賞金首だった青年がリー・ヴァン・クリーフの帽子を撃った意味が分からない。
 そして唐突に登場する「あなたが好きだったの」と青年に抱きつくヒロイン。そのままエンドタイトルに突入する。伏線はあったようななかったような。
 マカロニウエスタンも終焉期が近くなっていて、惰性で撮られた感じだ。

B00L15E9QY.jpg『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』 (2014) CAPTAIN AMERICA: THE WINTER SOLDIER 136分 アメリカ MARVEL STUDIOS

監督:アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ 製作:ケヴィン・ファイギ 製作総指揮:ルイス・デスポジート、ヴィクトリア・アロンソ、マイケル・グリロ、スタン・リー 脚本:クリストファー・マルクス、スティーヴン・マクフィーリー 撮影:トレント・オパロック 視覚効果監修:ダン・デレウー プロダクションデザイン:ピーター・ウェナム 衣装デザイン:ジュディアナ・マコフスキー 編集:ジェフリー・フォード キャスティング:サラ・ハリー・フィン 音楽:ヘンリー・ジャックマン 音楽監修:デイヴ・ジョーダン
出演:クリス・エヴァンス、スカーレット・ヨハンソン、セバスチャン・スタン、アンソニー・マッキー、コビー・スマルダーズ、フランク・グリロ、エミリー・ヴァンキャンプ、ヘイリー・アトウェル、ロバート・レッドフォード、サミュエル・L・ジャクソン、マキシミリアーノ・ヘルナンデス、トビー・ジョーンズ、スタン・リー、ジェニー・アガター、バーナード・ホワイト、チン・ハン、アラン・デイル、カラン・マルヴェイ、ギャリー・シャンドリング、ジョルジュ・サン=ピエール、エド・ブルベイカー、ダニー・プディ、スティーヴン・カルプ、トーマス・クレッチマン、エリザベス・オルセン、アーロン・テイラー=ジョンソン

『マイティ・ソー ダーク・ワールド』と続けて『アベンジャーズ』ものである。
 数十年の海底での眠りから覚め、キャプテン・アメリカもかなり現代生活に慣れたようである。だがそんな彼の生活を揺さぶる大事件が起きる。秘密組織......だったのは昔の話、今ではすっかり人々に知れ渡ったシールド内部ににっくき敵ヒドラが蔓延していたのだ。
 ニック・フューリーは殺され、キャプテン・アメリカは追われる立場になる。協力者は少なく、敵の先頭に立つ左手が金属で出来たウィンター・ソルジャーの正体は意外な人物であった。
 肉体格闘アクションが多くて個人的に満足。『マイティ・ソー』はソーがハンマーを振り回していた大雑把なアクションしか記憶に残っていないが、こちらはかなり本格的。逆に言えば人より優れた身体能力と盾しか武器がないキャプテンにとっては格闘技が頼りなのだ。
 ナチスから派生したヒドラが現代にも生き残っていたという設定はありと言えばありだが、シールドの中枢部を乗っ取っているほどの力を持っているのはさすがに疑問。キャプテンにとって最大の敵ということで原作のアメコミでもそうなのかも知れないがやりすぎかと。
 ウィンター・ソルジャーの覆面が取れその正体にキャプテンは驚く。記憶を操作されたウィンター・ソルジャーはキャプテンのことを覚えていない。それでキャプテンはどうするか? 口ではなく腕力で説得に挑む。
 シールドの全員がヒドラ信者になっていたわけではないので、その職員たちに対してキャプテンがマイクで呼びかける。この辺りはさすがアベンジャーズの精神的リーダーだ。『アイアンマン』のスタークやソーではこうはいかない。
『マイティ・ソー ダーク・ワールド』に関しては時空を超えての戦いだったから他のアベンジャーズが関わってこなくても納得できるが、今回はマスコミでも報道される大騒ぎになっているのにアイアンマンは何をしているのだろう。「姪のパーティーにアイアンマンを呼んでくれ」というセリフがあるので、元気にしてるんだろう。お前の会社の技術がヒドラに利用されそうになっているんだから出動しろよ。ヒーロー勢揃いの『アベンジャーズ』は面白かったが、こういう弊害があるな。
 途中で無茶苦茶強いおばちゃんが出てきて笑ったが、実は変装だった。単におばちゃんが強かったでもよかったのに。
 ロバート・レッドフォードがすっかりお爺ちゃん。昔から皺の目立つ顔立ちだったが、もう皺だらけ。1936年生まれだからな。意外性のある役で、楽しそうに演じている。
 日本語吹替が酷いという評判だったのでまずはそちらで観てみたが『アベンジャーズ』のキャストのままか。こりゃぁあかんわと字幕に戻す。こういうキャスティングをしてしまう配給会社は何を考えているのだろうか。人寄せのためにやっているのなら、せめて『シンプソンズ ザ・ムービー』のように芸能人版と声優版の2種類の吹替音声を収録して欲しい。
 エンドロールの途中と最後には次回作へ繋がると思われるオマケ映像があるのはもはやマーベルもののお約束。
 キャプテンフューチャーのコスチュームを盗まれ、「わしゃクビだ」と言っているスミソニアン博物館の警備員がスタン・リーくさい。エンドロールだとSmithsonian Guardとかなってたんで当たりだな。
 誰が味方で誰が敵か分からない中、あまり難しいことは考えずに腕力で突き進むキャプテン。悩まん人だ。

B00JIJVJP4.jpg『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』 (2013) THOR: THE DARK WORLD 112分 アメリカ MARVEL STUDIOS

監督:アラン・テイラー 製作:ケヴィン・ファイギ 製作総指揮:スタン・リー、ルイス・デスポジート、ヴィクトリア・アロンソ、クレイグ・カイル、アラン・ファイン、ナイジェル・ゴストゥロウ 原案:ドン・ペイン、ロバート・ロダット 脚本:クリストファー・L・ヨスト、クリストファー・マルクス、スティーヴン・マクフィーリー 撮影:クレイマー・モーゲンソー 視覚効果監修:ジェイク・モリソン プロダクションデザイン:チャールズ・ウッド 衣装デザイン:ウェンディ・パートリッジ 編集:ダン・レーベンタール、ワイアット・スミス キャスティング:サラ・ハリー・フィン 音楽:ブライアン・タイラー 音楽監修:デイヴ・ジョーダン
出演:クリス・ヘムズワース、ナタリー・ポートマン、トム・ヒドルストン、アンソニー・ホプキンス、ステラン・スカルスガルド、イドリス・エルバ、クリストファー・エクルストン、アドウェール・アキノエ=アグバエ、カット・デニングス、レイ・スティーヴンソン、ザカリー・リーヴァイ、浅野忠信、ジェイミー・アレクサンダー、レネ・ルッソ、アリス・クリーグ、クライヴ・ラッセル、ジョナサン・ハワード、クリス・オダウド、スタン・リー、トニー・カラン、ベニチオ・デル・トロ、クリス・エヴァンス

 どうも『マイティ・ソー』シリーズとは相性が悪いようで、前作(2011)のことはほとんど覚えていなかった。浅野忠信がソーの部下で弓矢を射ってたんだっけか? それぐらいしか記憶にない。
 今回も後に残らなかった。現代のロンドンから時空を超えてソーの故郷アスガルドでも戦いが繰り広げられ、スケールは大きいのだがどこかしょぼい。敵役のダークエルフが何をやりたいのかよく分からないし、ダークエルフが使おうとしている究極兵器エーテルが偶然空間の以上を調査していたソーの恋人ナタリー・ポートマンの身体に宿ってしまうなんてのは御都合主義もいいところ。
 雑魚的がワラワラと湧いてくるのだが、ソーが強すぎて一方的な戦いになり盛り上がらない。ダークエルフの親玉との戦いもほとんど相手の自爆のようなものだ。
 ソーの弟ロキとの関係がそれなりに面白いのだが、もっと活かしてハムレット作品のような方向へ持っていけなかったものだろうか。しかし、ラストの死んだはずのロキの再登場はどういう意味?
 浅野忠信はオープニングの戦いに姿を見せないので、「今作では登場しないのか」と思ったら決着がついたときにソーと話している。おおっ、活躍してくれよと思ったら、ソーから「お前はここに残っていいから」とその世界に置いていかれてしまう。浅野忠信の故郷である世界だったのか。そのため浅野忠信の出番はほとんどない。終盤の戦いの最中に何かを感じ取った浅野のアップが1カット登場するが、全編を通して3カットぐらいしか映ってないよな。
 ナタリー・ポートマンは魅力的。子役は大成しないことが多いが、彼女は見事生き残った。
 ソーは相変わらず馬鹿で、難しいことは3分以上考えていられない。考えるよりもまず行動といったタイプだ。ソーの愛用しているハンマーは柄が短すぎてあまり格好良く無いと思っているのは私だけか。
 一番印象に残っているのは科学者役のステラン・スカルスガルド。ストーンヘンジの周りを科学機器を持って素っ裸で暴れ回ったり、下半身はパンツ一丁で「この方が頭が冴えるんだ」とか言っている。名優だと思うのだ、なかなかアホな人である。
 エンドロールによると今作でもスタン・リー御大が出演していたようだ。老人が出ていたシーンというとステラン・スカルスガルドが黒板を前に9つの世界の直列を説明していたところか? 「わしの靴を返せ」とか言ってたのがそうかな。あるいはそこにいた老人のひとりか。
 ロキが色々な人間に変装してソーをからかうシーンではキャプテン・アメリカに変身する。演じているのはもちろんクリス・エヴァンス。
 エンドロールの最中にコレクター(ベニチオ・デル・トロ)が登場し、3作目に繋がりそうなことを喋っている。これで終わりかと思ったが一応最後までエンドロールを見ると、ラストにもオマケがあった。ロンドンに現れた怪獣がいたがああなったままなのか。
 観終わってすぐこの文章を書いているのだが、もう前半のことはあやふやだ。やはり『マイティ・ソー』とは相性が悪いようだ。

B0024DGNLQ.jpg『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』 (1999) GAMERA 3: REVENGE OF IRIS 108分 日本 大映、日本テレビ、博報堂、日本出版販売

監督:金子修介 製作代表:加藤博之、石川一彦、小野清司、鶴田尚正 プロデューサー:土川勉、佐藤直樹、南里幸 脚本:伊藤和典、金子修介 撮影:戸澤潤一 視覚効果:松本肇 美術:及川一 編集:冨田功 音楽:大谷幸 照明:吉角荘介 製作担当:森賢正 総指揮:徳間康快 造形:原口智生 特技・撮影:村川聡 特技・助監督:神谷誠 特技・照明:林方谷 特技・操演:根岸泉 特技・美術:三池敏夫 特技・編集:奥田浩史 特技監督:樋口真嗣 録音:橋本泰夫
出演:中山忍、前田愛、藤谷文子、山咲千里、手塚とおる、小山優、安藤希、堀江慶、八嶋智人、螢雪次朗、本田博太郎、川津祐介、前田亜季、加藤博之、竹村愛美、藤崎安可里、山口日記、掛田誠、伊藤隆大、勝恵子、渡辺いっけい、小沢遼子、草野仁、鷹西美佳、増田隆生、舟津宣史、角田久美子、小松みゆき、松本志のぶ、松永二三男、徳井優、伊集院光、仲間由紀恵、三輪明日美、生瀬勝久、廣瀬昌亮、鴻上尚史、石橋保、斉藤暁、根岸季衣、田口トモロヲ、かとうかずこ、三田村邦彦、渡辺裕之、上川隆也、石丸謙二郎、津川雅彦、清川虹子

 隙のない脚本にそれを活かした演出、そして魅了する特撮と三身揃っていた平成ガメラシリーズだが、完結編となる今作ではバランスを欠いていたように思う。全体的な設定は良いのだが、黒幕的存在の山咲千里と手塚とおるのコンビはわけの分からんことをグチャグチャしゃべっているだけで何しに出てきたんだかよく分からんし、前田愛に焦点を当てすぎて終盤のガメラとイリスの戦いが途中でストップしてしまってフラストレーションが溜まる。
 怪獣映画で正義の怪獣と悪の怪獣が町中で戦ったり、ウルトラマンが町中で怪獣と戦うなんてシーンは良くある。そして正義の怪獣なりウルトラマンが勝ってめでたしめでたしで終わるのだが、町は破壊されているし人的被害だって出ているはずだ。これまでの怪獣映画ではあえて触れずにいたその点をテーマにした作品である。主人公の比良坂綾奈(前田愛)は1995年の東京におけるガメラとギャオスの戦いに巻き込まれ、父と母を亡くしている。そして奈良の田舎の村に住む親族に引き取られるが1999年になっても村に馴染めず、中学校ではいじめっ子からイジメを受けている。引き取ってくれた親族も「狭い村やし、苗字を家に変えてくれ」と言われ綾奈は反抗している。1995年の綾奈を演じているのは『ガメラ2』でガメラの復活を願った少女の前田亜紀。顔が似ていてこの子が4年経ったら前田愛になるんだろうと納得できる。というか、実の姉妹だしな。前田愛について調べようとすると、同じ名前の声優がいるのでちょっとややこしい。女優の前田愛も『キノの旅』や『ぬらりひょんの孫』で声優をやっているのでよけいとややこしい。
 いじめっ子に祠のある洞窟から石をとってくるように言われた綾奈は、そこで卵を発見する。それはギャオスの卵だったが、綾奈と精神融合することでギャオスは更なる進化を遂げイリスとなる。綾奈はイリスに餌を与えて育てる。その理由はイリスにガメラを倒させて復讐を遂げるためだった。
 1作目でも「福岡であれだけ人が死んだんだから」といったような会話が登場するが、実際に人が死ぬシーンは映されていなかった。今回はギャオスを倒すために渋谷の上空にガメラが現れる。金曜日の夜の渋谷は人でごった返していて、この争いに巻き込まれた犠牲者は1万人以上。渋谷壊滅のシーンはこの恐怖を味あわせてくれ、シリーズ中でも屈指の特撮シーンとなっている。
 そして政府はガメラ討伐の方向に動く。テレビ局が街角でインタビューしてもガメラを退治して欲しいとの意見が多い。そんな中、鳥類学者の中山忍はフィリピンに出現したギャオスを調べて帰国したところ。世界的にギャオスが発生しているようだ。その理由は2作目のラストでガメラがウルティメイト・プラズマを使ったことにあった。世界中のマナを消費したため自然界のバランスが崩れ、ギャオスの発生を促したのだ。そうなるのが分かっていたから、ガメラはギリギリに追いつめられるまでウルティメイト・プラズマを使わなかったのだ。マナとはファンタジー作品に良く登場するもので、魔法のエネルギー源などとして扱われていることが多い。
 1、2作目の評価が高かったためか監督の金子修介が少々暴走してしまった感じである。今回は脚本にも参加して前田愛に焦点を当てている。少女を描くとこに定評のある金子だけに納得な路線なのだが、正直入れ込みすぎかと。美しい美少女が心の中に憎悪を飼っているというアンバランスさが面白いのだが、その憎悪から生まれたイリスが村の人間から血(精気?)を吸い取って滅ぼしてしまう。その中には面倒を見てくれていた親族もいた。あまり後味の良い展開ではない。
 手塚とおる曰く「増えすぎた人間を減らすために古代文明はギャオスを作った」んだそうだ。だがギャオスは暴走し減らすではとどまらず人間を滅ぼしそうになる。そこで最後の希望として作られた対ギャオス生物兵器がガメラ。ガメラは地球の生態系を維持することが目的なので、時には人間よりもそちらを優先する。1作目で藤谷文子と精神観応したガメラは2作目の復活シーンで人間との関わりを立つ。だが、完全には断ち切れていなかった。それはガメラの復活を願ったのが人間だから。渋谷ではさんざん人を踏みつぶしたりプラズマ火球の余炎で人を吹き飛ばしておきながら、ギャオスの超音波メスから子供を守ったりする。
 前田愛は美少女だし演技も上手い。中山忍も1作目の微妙さがあった演技と比べると上達した。2ではちょっとブス娘ちゃんになっていた藤谷文子は成長して顔のバランスを取り戻しエキゾチックな美人に。ちょっと頬にお肉がつきすぎな気もするがそういう顔つきなんだろう。演技はセリフが相変わらず棒だが、終盤の綾奈を諭そうとするシーンは感情がこもっていた。
 女性陣と比べると男性陣はもう一つ情けない。3部作皆勤賞の螢雪次朗は札幌で小型レギオンに遭遇した後、人のいるところに行こうと東京に出てきて、拾った雑誌を売るホームレスになっている。偶然中山忍と再会し、彼女の頼みで再び立ち上がるが案外活躍しない。祠を守ってきた一族の少年は綾奈に恋していて、彼女を助けるべく伝来の宝刀を持ち出すのだが、あまり活躍しない。最初は綾奈のことを苗字の「比良坂」で呼んでいたのが、途中からどさくさ紛れに「綾奈」と名前で呼ぶようになる。
 終盤は綾奈を追って京都に現れたイリスを倒すべくガメラが飛来。古都京都で怪獣同士の戦いが始まる。京都駅ビル構内でのガメラとイリスの戦いが繰り広げられる。この駅ビルは実際に行ってみると意外に狭くて、「怪獣のガッカリ三大名所」の一つと呼ばれている......かは知らない。もしそんなのがあるとしたら残りの二つはどこだろう? ゴジラとキングコングが戦った熱海城なんかが入ってくるかも知れない。行ったことはないので断言は出来ないが。
 政府側で1作目でギャオス事件を担当した本田博太郎が再登場する。好きな俳優だが今作での演技には疑問。金子の演出のせいだろうがギャグ風な扱い。自衛隊員の渡辺裕之は何気に皆勤賞。三部作全部に出ているのは他には藤谷文子と螢雪次朗か。2作目の中山忍は著作の著者近影だけだったしな。2作目で自衛隊員を演じた石橋保と地下鉄の運転手を演じた田口トモロヲがそれぞれ別の役で出演している。
 今作の自衛隊はあまり役に立っていない。奈良の山中に現れたイリスに小銃やロケット砲で立ち向かうがやっつけるどころか逆にやられてしまうし、空を飛ぶイリスを狙った航空自衛隊のF-15は敗退。2作目を「自衛隊賛美映画だ」とクレームを付けた集団があったそうなので、路線を変えたのか? 航空自衛隊の管制室のシーンは緊張感がありプロっぽくてよかったけど。
 ラストは世界中から日本に押し寄せてくる大量のギャオスに立ち向かうため燃え上がる京都の町を進むガメラのカットで終わる。「本当の戦いはこれからだ」エンドである。
 ギャオスの群れとガメラの戦いと言うことでは『小さき勇者たち ~ガメラ~』(2006)に一応繋がっているが、別世界であろう。
 金子と樋口の仲が険悪な状態で作られたそうだ。二人とも、特に樋口は我が強そうだからな。個人的にはシリーズ中で3番目の順位となるが、そういう裏の事情が作品に現れていたのかも知れない。

『ガメラ2 レギオン襲来』 今度は戦争だ

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

B0024DGNLG.jpg『ガメラ2 レギオン襲来』 (1996) GAMERA 2: ADVENT OF LEGION 99分 日本 大映、日本テレビ、博報堂、富士通、日本出版販売

監督:金子修介 製作総指揮:徳間康快 プロデューサー:土川勉、佐藤直樹、南里幸 脚本:伊藤和典 撮影:戸澤潤一 特撮監督:樋口真嗣 怪獣デザイン:前田真宏、樋口真嗣 視覚効果:松本肇 美術:及川一 造型:若狭新一 編集:荒川鎮雄 音楽:大谷幸 音楽プロデューサー:木村敏彦 主題歌:ウルフルズ アクション:大橋明、吉田瑞穂、田村浩一、佐々木俊宣、秋山智彦、渡部佳幸、小林勇治、中田昌広 造形:原口智生、品田冬樹 特技・撮影:木所寛 特技・美術:三池敏夫 特技・編集:普嶋信一 助監督:片島章三 科学考察:鹿野司
出演:永島敏行、水野美紀、石橋保、吹越満、藤谷文子、川津祐介、沖田浩之、田口トモロヲ、大河内浩、梶原善、梅垣義明、坂野友香、田口浩正、船田走、笹入舟作、真実一徳、養老孟司、徳間康快、福留功男、螢雪次朗、長谷川初範、渡辺裕之、ラサール石井、角替和枝、ベンガル、小林昭二、辻萬長、鈴井貴之、安田顕、大泉洋、関谷亜矢子、藪本雅子、前田亜季、水本豊、今中麻貴、小松みゆき

 自衛隊が登場する映画は数あれど、というほど多くない気もするが一番自衛隊が格好いいんじゃないかと思うのがこの作品。主役の1人である二等陸佐の永島敏行は序盤で「世界のたがが外れちゃったんじゃないでしょうか」という水野美紀に対し「たがが外れていようが腐っていようが、それを守るのが我々の仕事です」と返す。シビれるじゃありませんか。
 陸上自衛隊を中心に防衛庁の全面協力を得ているようで、戦車や装甲車などが一般道を走る。巨大レギオンと戦う。前作ではイマイチ役に立っていなかった自衛隊だが、今回は最終的にガメラの援護に周り日本を、そして世界を守るのに一役買う。
 永島敏行とその部下の石橋保は化学学校所属の自衛官で実戦部隊ではないが、札幌のシーンではごく短いながらも滑るように移動する匍匐前進を見せてくれる。ちゃんと自衛官の指導を受け訓練したんだろうな。永島敏行は頭も切れるし終盤では小型レギオン相手に拳銃で立ち向かう頼りになる自衛官だ。これがまた似合っている。オープニング近くでは隕石として地球に落下したレギオンの墜落地点を調べていた自衛官として沖田浩之が登場する。彼も自衛官の制服が似合っている。こういう役も出来るんだなと思ったが、1999年に自殺してしまうんだよな。
 今回の敵は宇宙から飛来した巨大怪獣レギオン。名前は大量の小型レギオンを見た石橋保が聖書のマルコ第五章から引用して名付けた。怪獣映画としては敵の怪獣に名前が欲しいところなのは分かるが、目の前に怪獣が現れたときに聖書を引用するとは余裕があるな。
 レギオンは珪素で身体を構成している珪素生物。地球の動物や植物は炭素で構成した炭素生物だ。珪素生物というのは昔からSFで使われているネタだ。伊藤和典も懐かしい所をついてきたなと思ったらエンドロールに科学考察としてサイエンスライターの鹿野司の名前があった。想像だが、鹿野が出してきたアイディアかも知れん。
 珪素を食料とするレギオン(小型)はキリンビールのビール工場の倉庫に現れ、中のビールを残してビール瓶だけ分解して喰ってしまう。その現場に遭遇したのが警備員の螢雪次朗。前作では長崎で刑事をやっていたが「死ぬほど怖い目にあい、刑事に向いてないと思って辞めた」とはるばる北海道に越して警備員をやっているのだ。今回もまた怖い目にあい、「なんで私ばかりこんな目に......」とぼやいている。今回はファン向けのゲスト出演のようなものだが、3作目ではまた大きな扱いになるので注目のこと。
 レギオンは草体と呼ばれる巨大な植物と共生関係にあり、草体が花を咲かせ爆発して種子を宇宙に発射することで生存圏を広げている。ビルを突き破って現れた草体は『ウルトラQ』のマンモスフラワーが元ネタかな。
 作中では自衛官から100メートルと報告されるレギオンだが、ブルーレイのパッケージの解説文によると160メートルとのこと。ガメラが60メートルだから倍以上の大きさだ。エンドロールには巨大レギオンのスーツアクターとして名前が3人あるから、3人で操作する着ぐるみのようだ。デザインは螢雪次朗曰く「蟹のような、虫のような」というようにこれまでの怪獣映画ではあまりなかったデザイン。『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997)に登場する攻撃バグに似ているかな。レギオンの方が1年先だが。
 小型レギオンは体長2メートルぐらい? とにかく数が多くて何百匹といる小型レギオンがわらわらとガメラの身体に群がるシーンは迫力。一体一体がちゃんと別の動きをしていて、苦しんでいるガメラは暴れているしあの合成シーンは大変だったろうな。死体として回収された小型レギオンを解剖するシーンがあり、筋肉ではなくガス圧で身体を動かしていることや、シリコンに似た体組織であることが分かる。ちなみに解剖する医師は養老孟司だ。一言だがセリフもある。
 草体が種子を発射するときには大爆発が起きるの。札幌はすすきのに現れた草体が爆発したときにどれだけの規模になるのかNTT北海道の吹越満が水野美紀と共にコンピュータでシミュレーションするのだが、爆発を現す地図上の赤い丸がどんどん大きくなっていく。このシーンは同じく伊藤和典が脚本を手がけた『機動警察パトレイバー』(1989)の台風直撃時のレイバー暴走地域のシミュレーションを思い出した。あれもゾクゾクッとくるシーンだったよな。
 水野美紀は青少年科学館の学芸員でヒロイン役。最初に隕石が移動した可能性に気付き、NTTの光ファイバーの消失が隕石の落下地点から札幌に近づいていることを永島敏行に知らせ事件に関わることになる。美人だが芯の強い人のようで、科学館のプラネタリウムを手入れしているシーンでは台の上から降りようとしている彼女に永島敏行が手を貸そうとするのだが、自分ひとりで降りるところでそれを表現している。1作目の中山忍と比べると物語に深く関わってくるのにちょっと無理を感じるが、彼女が出てこないとむさ苦しいメンツばかりになってしまうからな。さすがにレギオンと自衛隊が足利で対決する前に退場してしまい、ラストシーンまで出てこない形ではある。
 吹越満は青少年科学館のコンピュータがインターネットに繋がらなくなり、回線を調べに来たことから事件に巻き込まれる。ネットブラウザがネットスケープナビゲーターだったのが懐かしい。小型レギオンが電磁波に反応することに気付き専門家扱いされる。終盤の巨大レギオンとガメラの対決ではガメラに向かってきた小型レギオンの群れをNTT通信所のラサール石井に頼み込んで電波を発信してもらい小型レギオンをそちらに引き寄せる。吹越満といえば個人的には『ロボコップ演芸』が最初に頭に浮かんでしまうので、ラサール石井と吹越満のシーンだけコントのようだった。「おらしらねーっと」と信号を流した後にラサール石井が食べているのが『ごんぶと』。スティーヴン・セガールがCMをやっていたヤツである。ということでセガール娘の藤谷文子も再登場。1年前の前作では微妙なバランスの上に成り立っていた美少女だったが、そのバランスが崩れてちょっとブス娘さん......。文才があるそうで庵野秀明によって実写映画化された『式日』の原作は彼女の手による小説。彼女の文を読んだことはないが、中島らもがエッセイで褒めていた。
 すすきのに現れた草体は種子の発射の前に海から飛んで来たガメラのプラズマ火球によって破壊されてしまう。レギオンは電磁波に惹かれるので大都市に現れる。南下したレギオンと草体は次に仙台に現れる。札幌よりも暖かい仙台では(作中の季節は冬)草体の成長が早く、破壊しようとしたガメラを巨大レギオンが足留めしたためガメラが草体に到着するのは発射寸前になってしまう。ガメラが草体をなぎ倒したことで種子の発射はくい止められるが、大爆発が起きて仙台は半径5kmほどの範囲で消滅してしまう。爆心地には焼死体のようになったガメラが立ち尽くしていた。
 次にレギオンと草体が現れるのはおそらく東京。まだギャオスに破壊された東京タワーも修繕中でようやく日常を取り戻しつつある東京に再び危機が迫る。自衛隊は足利に防衛戦を引きそこでレギオンを殲滅するべく作戦を立てる。国会では自衛隊の活動に対し決議案が可決し、それを内閣官房長官が記者会見で発表する。官房長官の演技が自然でいいなと思ったら製作総指揮で徳間書店の親玉徳間康快だった。演技じゃなくて本当に書類を読んでいただけか。誰得なキャスティングだが、個人的に好感が持てた。
 そして始まる自衛隊対レギオンの戦闘。ここからはすっかり戦争映画のノリだ。自衛隊の作戦本部では師団長がどっかりと折りたたみ式の椅子に腰掛けて指示棒を片手に指揮している。この人が時代劇風な顔立ちで、指揮棒ではなく軍配を持たせたらまるで戦国武将のようだ。前作で現場の指揮をやっていた渡辺裕之も再登場。この人も自衛隊員役が似合うな。『魁!クロマティ高校』のフレディから自衛隊員まで、幅が広いんだか狭いんだかよく分からない。航空自衛隊のクルー小林昭二が「戦争の時は空襲が怖くて今でも夢に見る。今度は守ろうや」と年下の部下に話すシーンがある。この作品の公開から約一ヶ月後に小林昭二は亡くなってしまった。今回観直したけど、泣けてくるな。
「戦車隊、損耗率50パーセント」「レギオン、第一次防衛ラインを突破しました」などの報告が飛び交い、自衛隊は巨大レギオンに押されていく。
 その頃、夜を迎えた仙台では死んだようなガメラの側に子供たちと水野美紀、そして藤谷文子が集まっていた。母親に「ガメラ起きる?」と尋ねている可愛らしい少女は前田亜季。美少女好きな金子修介が撮っているだけあって実に輝いている。そして子供たちの願いが通じたのか、ガメラは復活し足利に向けて飛んでいく。一度ガメラがやられて傷つき、終盤に向けて復活するのは昭和ガメラからのパターンだな。今作のガメラは後ろ足だけ引っ込めて飛ぶシーンが多く、前足は翼のように変形する。全体的なデザインも前作より精悍になってないか? それでもやはり亀なんだが。
 レギオンに立ち向かうガメラを援護するように石橋保が師団長に進言するのだが、師団長は「なぜ怪獣を援護せねばならんのだ」そして苦渋を噛みしめるように「我々の火力は無限ではない」とか言う。しかし、ガメラがレギオンの東京侵攻を阻止しようとしていることに確信が持てたときには「全火力をレギオンの頭部に集中。ガメラを援護せよ」と決断してくれる。座って偉そうにしているだけかと思ったら格好いいじゃないか、師団長。
 自衛隊の援護もあり、プラズマ火球を無効化していたレギオンの蟹状の触手が何本か破壊されプラズマ火球が通用するようになる。しかし、レギオンは光り輝く糸状の触手でガメラを攻撃しその身体を貫く。ついに最終防衛ラインも突破されガメラも自衛隊も追いつめられていく。その時、ガメラが天を仰ぎ、地球のあちこちからエネルギーがガメラの頭上に集まってくる。そしてガメラの腹部の甲羅が開き巨大な光弾を発射! 直撃を食らったレギオンは消滅する。作中では名称は登場しないが設定では"ウルティメイト・プラズマ"というらしい。『ドラゴンボール』の元気玉みたいなもんだな。そんな技があるならさっさと使えよとツッコみたくなるが、『ウルトラマン』のスペシウム光線のように危機一髪になるまで使えないのかと解釈した。実はギリギリに追いつめられるまで使わなかったのには理由があり、3作目で明らかにされる。
 そして戦いが終わったときすでに朝を迎えていた。朝日の中に飛び去っていくガメラに敬礼をする自衛官がいる。全員ではなく半分ぐらいか。これが全員だったらあざといんで、ここも上手いと思った。
 戦闘シーンにはいくつも記憶に残っているが、一番印象深いのは巨大レギオンの前にガメラが降り立つところ。飛行してきた速度のまま大地に降り立ったガメラは日本の後ろ足で立ったまま横へ滑っていき、移動しながらプラズマ火球を発射する。その動きを回り込みながらカメラが捉える。実に迫力がある。このシーンはアニメ的な動きの気もするが、樋口がコンテを切ったのだろうか?
 平成ガメラ三部作の中では一番好きなのだが、当時の劇場には見事にほとんど観客がいなかった。今作は星雲賞の他にSF大賞も受賞しており、特撮ファンやSFファンの評価は高かったものの、一般観客への訴求は小さかったのかも知れない。ストーリーも前作より込み入っていて、そこがSFマニアに受けたのだろうが子供には難しかっただろう。商業映画である以上、評価が高くても客が入ってくれないんじゃ成り立たない。95年、96年と立て続けに作られたガメラだが、97年になっても続編は登場しなかった。「打ち切りか......」と思っていたのだが、1999年になって待ちかねた続編が現れた。それはこれまでの怪獣映画ではあえて描かれなかった部分に焦点を当てた作品であった。

B0024DGNL6.jpg『ガメラ 大怪獣空中決戦』 (1995) GAMERA: THE GUARDIAN OF THE UNIVERSE 95分 日本 大映、日本テレビ、博報堂

監督:金子修介 製作:池田哲也、萩原敏雄、澤田初日子 企画:佐藤直樹、武井英彦、森江宏、鈴木伸子 製作総指揮:徳間康快 プロデューサー:土川勉 脚本:伊藤和典 撮影:戸澤潤一 特撮監督:樋口真嗣 怪獣デザイン:前田真宏 怪獣造形:原口智生 美術:及川一 編集:荒川鎮雄 音楽:大谷幸 音楽プロデューサー:三浦光紀 主題歌:爆風スランプ アクション:亀山ゆうみ、真鍋尚晃、鈴木潤 ビジュアルエフェクトスーパーバイザー:松本肇 特技・撮影:木所寛 特技・助監督:神谷誠 特技・操演:根岸泉 特技・美術:三池敏夫 特技・編集:普島信一 助監督:片島章三
出演:藤谷文子、小野寺昭、中山忍、伊原剛志、本田博太郎、螢雪次朗、長谷川初範、本郷功次郎、久保明、渡辺裕之、松尾貴史、袴田吉彦、夏木ゆたか、石井トミコ、渡辺哲、風吹ジュン、真山勇一、木村優子、若林健治、永井美奈子、大神いずみ、中村明美、古賀之士、田辺稔

 作中でマガダマ状のオリハルコンでガメラと精神が同調し巫女の役割を果たす少女草薙浅黄をスティーヴン・セガールの娘藤谷文子が演じている。この子はエキゾチックな美少女なのだが、顔立ちが整った美少女ではなく微妙なバランスの上でなり立っているタイプだ。この映画も、監督は一般映画を撮っていた子供の頃からの怪獣マニア金子修介、脚本はアニメ畑で『うる星やつら』のシナリオなどを書いていたオタクの伊藤和典、DAICON FILM(ガイナックスの前身といっていいのなか)の自主制作特撮映画『八岐之大蛇の逆襲』(1984)などから出てきたオタクの特技監督樋口真嗣という3人のオタクが絶妙なバランスで作り上げた王道怪獣映画の傑作である。
 公開当時、仕事場で「最近、面白い映画あった?」と尋ねられたので「えーっと...ガメラ」と答えたらあからさまに変な目で見られた。でも本当に面白かったんだってば。傑作なんだってば。キネマ旬報の年間読者投票でも邦画部門でかなりの上位だったはずだし、怪獣映画ファン以外の一般映画ファンにも認められるちゃんとした映画なんだよ。
 オタク3人が集まっているので確かにオタク好みな作品ではあって、SF大会でSFファンが選ぶ星雲賞も受賞しているが、まとめ役の金子修介がちゃんと客観視をしていて暴走せずに作品としてまとめている。ただ、3作目ではちょっと暴走してしまっているが。
 王道怪獣映画であると同時に、もしも現在(1995年)の日本に怪獣が現れたらどうなるかという点を考察したシミュレーション映画でもある。自衛隊は国会で決議案が出されないと出動できないし、東京にギャオスが現れたことで人々が避難して新幹線は超満員、高速道路は渋滞、証券取引所が閉鎖されたのでダウ平均は大幅に下がり、円は暴落する。
 そしてほぼ無人となった東京でガメラとギャオスの戦いが繰り広げられる。ほぼ無人と言ったのは少しは人がいたからで、それについては3作目のストーリーの核となっている。昭和ガメラのガメラとギャオスの空中戦はシーンも短くもっさりしたものだったが、今作の空中戦は『大怪獣空中決戦』の名に恥じぬハイスピードで、このテンポはそれまでの怪獣映画ではあまり見られなかったもの。秋葉原の低空をギャオスが羽をたたんで猛スピードで飛んでいるシーンなど興奮する。
 ガメラとギャオスはついには超高度まで上昇し、そこからコンビナートへ落下。爆発したコンビナートの炎を吸収したガメラはギャオスと睨み合う。それを見守る浅黄たち。浅黄の目のアップからガメラの目のアップへと繋がり、緊張の中2匹の怪獣はそれぞれプラズマ火球と超音波メスを発射する。ここはまるで西部劇のラストにある一対一での抜き撃ちの決闘シーンのようだ。
 まず脚本が良く書けている。怪獣ネタや社会ネタなどを盛り込み、最初は放浪する暗礁として出てくるガメラや10数名の住人が住む五島列島の姫神島が"鳥"に襲われ、その破壊の跡や吐き出した巨大なペレットなどから存在を感じさせていく初代『ゴジラ』のようなジワジワとした登場のギャオスなど感心してしまう。盛り上げるところは盛り上げ、鳥類学者でギャオス捕獲を命じられた中山忍が刑事の螢雪次朗とどうすれば捕獲できるかをローソンのおにぎりを食べながら話していて、「翼長15メートルのギャオスを閉じこめられるところがあればいいんだけど、そんな場所ないわよね」と言ったときにスポーツ新聞がチラリと映る。そしてあることを思いついた螢雪次朗が「あるとですよ!」とスポーツ新聞を取り上げる。カメラがスポーツ新聞に寄っていくと、そこには福岡ドームで行われた野球の記事が載っていた。そう、ギャオスを福岡ドームにおびき寄せ、球場内に入れた後でドームの屋根を閉めて閉じこめようというのだ。この流れも観てて興奮した。
 人間側の主役としては浅黄の他に、ガメラと最初に接触した海上保安庁の伊原剛志、姫神島でギャオスを目撃した鳥類学者の中山忍がいる。伊原剛志はイーストウッドの『硫黄島からの手紙』で主役級の大きな役を演じていたが、そもそもはJAC出身である。私が最初に伊原剛志を見たのは『コータローまかりとおる!』(1984)で片目に眼帯をつけムチを振り回す悪役としてコータロー(黒崎輝)と戦っていたのが初めてだ。中山忍は中山美穂の妹で、ジェット・リー作品でジェット・リーの奥さんを演じていたこともある。3人の内、女性陣の演技が微妙なのだが、本当の主役はガメラだから良しとしよう。
 特撮に関してはそれほど予算は多くなかったと思うのだが、予算の乏しい自主映画出身の樋口が工夫を凝らして魅せる特撮に仕上げている。東京の街のミニチュアセットなどは円谷作品の絶頂期のミニチュアと比べると少々見劣りはするが、必要充分であるし金子が長々と映さずにこまめにカットを変えることでアラが分からないようにしている。昭和ガメラは火炎放射だったが、平成ガメラは火の玉状のプラズマ火球に変更された。当時の私はPC-98(エプソンの互換機)とMacの二刀流でMacの雑誌を読んでいたのだが、その中の記事でCGにMacが使われているというのがあった。読んでみるとプラズマ火球をPhotoshopで加工している写真が掲載されていた。「専用ソフトを開発したとかじゃなくてPhotoshopかよ」と思ったが、さすがプロ御用達のソフトである。
 作中には中山忍の後輩で大学で遺伝子の研究をしている袴田吉彦が登場するが、彼の部屋にあるのが5インチフロッピーを2つ搭載したエプソンの98互換機。エプソンのプリンターも映る。どちらも何とも懐かしい。windows95が発売された年の作品だから製作時はまだ3.1の時代だったんだろうな。ちなみにエンドロールの協力企業にはちゃんとエプソンの名前がある。
 携帯電話も今みたいにみんながみんな持っている時代ではなく、作中では浅黄の父親である小野寺昭が使用している1シーンだけ。駅で怪獣のニュースを見ているのは携帯テレビだが、今ならば携帯のワンセグになるだろう。デジタル系は9年でずいぶん変化した。ギャオスに襲われ喰われてしまった人が落としたのはカセットテープ式のウォークマン。持ち主がなくなりテープが回り続けているのが無常感を表現していた。これがiPodだったらこうはいかない。
 自衛隊の協力を得ていて、この自衛隊の格好いいこと。福岡ドームでは屋根が閉まる前に麻酔銃を発射してギャオスを1頭逃がしてしまったり、東京ではギャオス目がけて誘導ミサイルを発射したが、ギャオスが上手く立ち回ってミサイルは東京タワーに命中し途中からポッキリと折れてしまったりと正直あまり活躍はしないのだが、それでも格好いい。2作目の『レギオン襲来』では今作の分を取り返すかのように活躍するしな。
 一等陸佐の長谷川初範は如何にも防衛大でのエリート自衛官といった感じで落ち着いた演技を見せるし、現場の責任者である二佐の渡辺裕之は頼りになりそうな男に見える。他の自衛官たちも、こんな隊員実際にいそうだなと言った顔つきの人で揃えている。東京の自衛隊作戦本部では通信士を女性隊員が担当しており、女性自衛官もちゃんと出している。
 海上自衛隊や航空自衛隊も登場し、潜水艦の内部や戦闘機が飛行しているシーンもある。戦闘機としてはF-15イーグルの他にF-4ファントムも登場する。ベトナム戦争で活躍した機種だがまだ飛んでたのか。2014年現在はどうなんだろう。
 日本テレビが製作に参加しているのでニュースのシーンで実際のTVレポーターの大神いずみやキャスターなどを登場させており、リアルさを高めている。
 とにかくお薦めな作品なのだが、興行成績はあまりよくなかった。その一員として子供の観客を取り込めなかったというのがあるだろう。ストーリーが子供には難しい。ラストの対決が一瞬で終わってしまい子供にはあっけなく感じられる。などが考えられるが、一番大きいのはガメラのデザインだろう。昭和ガメラの時にも書いたが、ガメラはどうしたって巨大な"亀"なのだ。作中では亀という単語は登場せず、裏設定では亀が存在しない世界と言うことになっているという話も聞いたことがあるが、子供にガメラとゴジラを見せて「どちらが格好いい?」と尋ねたらゴジラを選ぶだろう。
 ともあれこうしてガメラは復活し怪獣映画の傑作となった。1作目は怪獣映画で2作目は戦争映画、3作目はファンタジー映画だというのが個人的見解である。
 あえて「これはちょっと......」という点を上げるとしたら、エンディング主題歌が爆風スランプということだろうか。爆風はアルバムを1,2枚はもっていたので嫌いというわけじゃないが、80年代のバンドだろう。95年の作品で主題歌を担当させちゃいけない。ちなみに2作目はウルフルズ。

『宇宙怪獣ガメラ』 ありっちゃぁありだな

  • 投稿日:
  • by
  • カテゴリ:

B0024DGNJS.jpg『宇宙怪獣ガメラ』 (1980) SUPER MONSTER 91分 日本 大映

監督:湯浅憲明 製作:大葉博一 企画:徳山雅也 プロデューサー:徳山雅也、篠原茂 脚本:高橋二三 撮影:喜多崎晃 美術:横島恒雄 編集:田賀保 音響効果:小倉信義、小島明 音楽:菊池俊輔 特技・撮影:築地米三郎、藤井和文、金子友三 特技・操演:恵利川秀雄、金子芳夫、関谷治雄、田中実 特技・美術:井上章、山口熙、矢野友久、石塚章隆 特殊技術:東通ECGシステム 劇画:開田裕治 助監督:村石宏實
出演:マッハ文朱、小島八重子、小松蓉子、前田晃一、高田敏江、桂小益、工藤啓子、林博二、池田真、飛田喜佐夫、斉藤安弘、豊隅哲朗、小林英樹
声の出演:小林修、中村正

 1971年に倒産した大映が徳間書店の資本で再生。新生大映が送り出した新作(?)ガメラはかなりの問題作である。なにしろ怪獣映画を撮るにしても予算がない。そこで1作目から7作目までの『ガメラ』シリーズからガメラがギャオスやバイラスなどの怪獣と戦うシーンを抜き出し、それを引用というか使い回しをすることで新作に仕上げてしまった。
 単に怪獣が戦っているシーンが並んでいるだけでは『ウルトラファイト』になってしまうので、地球を狙う宇宙海賊とそれと戦うM88星人を登場させ、『ガメラ』ということで少年を中心にして新規シーンを撮影しそれで旧作のシーンを繋げた。
 ウルトラマンのM87星雲より数字が1つ大きいM88星人が3人登場する。みんな女性で普段はペットショップの店主やマツダのディーラーの社員などに変装している。リーダーであるペットショップの店主がマッハ文朱。美人女子プロレスラーとして有名な人だったが、これが意外に演技が上手い。『マルサの女』シリーズに伊丹十三が起用し、お気に入りだったそうだがそれも何となく納得。しかし、キャラ付けのためかシャツやジャケットの袖をまくり襟を立てているのだが、腕まくりはともかく襟は妙なファッションだ。M88星人に変身するときには右耳たぶに触れてから『仮面ライダー』のような変身ポーズをとり、スーパーマンもどきのスーパーウーマンになる。変身すれば空も飛べるのだが、宇宙人の姿になると衛星軌道上の海賊船母艦から光線で攻撃されるためほとんど変身しない。そのおかげで特撮を減らすことが出来、予算の節約にもなる。
 オープニングは「宇宙の彼方から宇宙海賊がやって来た」といったナレーションと共に宇宙を荒らす海賊船が描かれるが、これがイラストなのだ。「えーっ、まさか全編このノリか?」と思ったらちゃんとミニチュアの母艦が画面にドドドドーと登場してくる。『スター・ウォーズ 新たなる希望』のオープニングにそっくり。母艦のデザインもスターデストロイヤーにそっくり。まぁ笑えたんで良しとする。解像度がやたらと粗いが、これは東通ECGシステムによる合成のため。ようするにビデオ合成かな。『宇宙からのメッセージ』(1978)で使われた技術である。エンドロールには"劇画:開田裕治"とあったが、オープニングのイラストのことだろう。開田裕治とは怪獣イラストなどで有名な開田裕治か? だとしたらまだ若い頃で初期の作品と言うことになる。
 主人公は圭一という少年。マッハ文朱から貰った亀を母親に「自然に帰してあげなさい」と言われて川に放つのだが、この亀がひょっとしたらガメラになったのではないかと匂わせている。とりあえずペットを川などに放流すると環境破壊に繋がる場合もあるので真似はしないように。新宿区立の小学校に通っているが、家は一軒家でエレクトーンを習っている。お坊ちゃんか? 自分で作曲したガメラの歌を演奏しながら歌うが、この歌が結構上手い。ちゃんと習った歌い方だ。エレクトーンの演奏は吹替だろうが。エレクトーンか、昔あったなぁ。子供の習い事の一つに上げられていた。ヤマハとタイアップしているようで、エレクトーンの演奏シーンではちゃんとYAMAHAの文字が映るし、さりげなく「ヤマハエレクトーン教室」のテキストも映り込む。
 予算のためかタイアップ先が多いようで、圭一が友人に「ガメラが出ているぜ」と『少年ジャンプ』の『ちら葛飾区亀有公園前派出所』で両津が亀を廻して「ガメラみたいだ」と遊んでいるコマが映される。ジャンプの表紙は『リングにかけろ』で『キン肉マン』も出てくる。『リンかけ』に『キン肉マン』か、時代を感じるな。でも、『こち亀』が2014年になってもまだ連載中だとは当時の子供たちは思っただろうか。そして子供たちは亀有公園前派出所に遊びに行く。そこには両津そっくりのお巡りさん(香取慎吾ではなく桂小益)がいる。
 M88聖人の1人はマツダのディーラーで働いていて、最初は"MAZDA"と書かれた制服で登場し愛車はRX-7? マッハ文朱の乗っているのはマツダのバンで、ダッシュボードにはエレクトーンのキーボードがあり、それが操作盤になっていてUFOに変形する。駐車場所は関東マツダのビルの駐車場ときている。M88星人のマンマシンインターフェイスはQWERTYキーボードではなくエレクトーンのキーボードのようで、壁に遠方の画像を映し出したり転送する操作盤がエレクトーンとなっている。
 宇宙海賊が怪獣たちを操って暴れさせ、それとガメラが戦うのだが1作目はモノクロなのでどうするのかと思っていたら、燃えさかる町の中でガメラが暴れていると言うことにして色を赤黒にしてテレビの画面として登場させている。ちなみにテレビは三菱製で、エンドロールの協力にちゃんと名前が出ている。
 旧作の使い回しが上手いが、『ガメラ対大悪獣ギロン』(1969)は他惑星の話なのでどうするのかと思ったら、「ここは宇宙人が怪獣を飼育している惑星の一つでした」というナレーションですませてしまう。やられた。
 東通ECGシステムは投影の技術だと思うのだが、その関係か『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』が登場する。圭一がテレビでアニメを観ていたとかではなくて、ヤマトとガメラが宇宙ですれ違ったり、宇宙を飛んでいるガメラと999がカットバックになったりともうやりたい放題。もう大映には直営館はなかっただろうから、ひょっとしたら東映の配給網に載せて公開したのかと調べてみたが詳細は不明だった。
 ガメラの新規映像はほとんどないのだが、その数少ない一つに町中を歩いて行くガメラの振動で映画の看板が倒れるというシーンがある。その看板がアップになると『さらばドジラ』というタイトルとどう見てもゴジラな怪獣のイラストが描かれている。なんどもいうがやりたい放題である。
 旧作のシーンを如何に使うかに脚本の高橋二三が頭を絞った結果、パロディ色の強いコメディになってしまった。真面目なガメラファンは怒るかも知れないが、個人的にはありっちゃぁありだな。
 東宝の『ゴジラ』シリーズもすでに終わっていて怪獣ブームは終焉していたので『昭和ガメラ』シリーズもこの作品で終わっている。『ガメラ』は過去のものだとほとんどの人が思っていた。だが、元号が平成になってから7年も経ってから突然ガメラは復活した。最初の段階で注目していたのは怪獣映画や特撮映画ファン、そして金子修介ファンぐらいだったと思うのだが、作り上げられたのは予想を超える作品だった。