『私は告白する』 神父の掟

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『私は告白する』 (1953) I CONFESS 95分 アメリカ WANNER Bros. Pictures

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:バーバラ・ケオン 原作:ポール・アンセルメ 脚本:ウィリアム・アーチボルド、ジョージ・タボリ 撮影:ロバート・バークス 音楽:ディミトリ・ティオムキン、レイ・ハインドーフ
出演:モンゴメリー・クリフト、アン・バクスター、カール・マルデン、O・E・ハッセ、ドリー・ハス、ブライアン・エイハーン、チャールズ・アンドレ

 舞台はカナダのケベック。最初に映る人物が道路を横切るヒッチコックなのに笑ってしまう。堂々と出てきたな。
 主人公のローガン神父(モンゴメリー・クリフト)は教会の下男ケラーから懺悔を受ける。それは金のためにある男を殺したという内容だった。ケラーはドイツからの移民で、貧しい暮らしをしている。そこから抜け出すために金が必要だったのだ。
 神父は懺悔で聞いた内容を人に話してはいけない。しかも、殺された男はかつての恋人アン・バクスターとの件でローガン神父を脅迫していた男だった。
 現場から神父服の男が逃げたという目撃証言があり、捜査網は次第にローガン神父に迫ってくる。ケラーが犯人だと言えればそれでいいのだが、カトリックの厳しい戒律のために自分の中に事実を閉じ込めたローガン神父はついに容疑者として裁判にかけられる。
 よくよく考えれば、ケラーが殺したのがローガン神父を脅迫していた人物で、たまたま殺人を犯して教会に帰ってきたケラーの様子がおかしいのにローガン神父が気付いて懺悔を受けるなど出来すぎた話だ。
 そしてローガン神父が自分が死刑になるかも知れないのに戒律を守り、上役の神父にすら相談しないのは不自然である。
 だが、観ている最中はそういったことを感じさせない説得力がヒッチコック作品にはある。『見知らぬ乗客』のガスだって警察に相談していれば良かったと後になって思うが、観ている最中はそんなことを考えない。
 ケラーが悪党としては小物過ぎる気もするが、この作品でローガン神父の前に立ちはだかるのはケラーではなくカトリックの戒律である。
 モンゴメリー・クリフトは重い責任を背負わされてしまったローガン神父を見事に演じている。ただ、ヒッチコックはそういったローガン神父の生真面目さなどこの作品には彼ならではのユーモアがないことを気に入っていなかったそうだ。

『見知らぬ乗客』 交換殺人

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『見知らぬ乗客』 (1951) STRANGERS ON A TRAIN 101分 アメリカ WANNER Bros. Pictures

監督:アルフレッド・ヒッチコック 原作:パトリシア・ハイスミス 脚本:レイモンド・チャンドラー、チェンツイ・オルモンド 撮影:ロバート・バークス 音楽:ディミトリ・ティオムキン
出演:ファーリー・グレンジャー、ロバート・ウォーカー、ルース・ローマン、レオ・G・キャロル、パトリシア・ヒッチコック、ローラ・エリオット、マリオン・ローン、ジョナサン・ヘイル

 駅に着いた二台のタクシーからそれぞれ男が降りて、足のアップによる移動シーンがつづき、二人が出会ったところでようやくその姿が明らかになるというオープニングですでに緊張感がある。
 テニスプレーヤーのガイ(ファーリー・グレンジャー)は妙に自分のことについて詳しいブルーノ(ロバート・ウォーカー)と親しくなるが、話の最後にブルーノは恐ろしい話をガイに持ちかけてくる。金持ちだが自分を見下している父親を殺したいのだが、自分が殺したのでは動機があってばれてしまう。そこで男遊びの激しい妻と離婚して上院議員の娘アンと結婚したがっているガイに目を付け、ガイの妻を自分が殺すから代わりに自分の父親を殺してくれと言うのだ。それぞれが殺害時にアリバイを作っておけば疑われないと言うわけだ。
 原作はパトリシア・ハイスミスの交換殺人物。パトリシア・ハイスミス原作だけあってガイとブルーノの間にちょっと同性愛の雰囲気がうかがえる。ハイスミスは元祖腐女子だったんだな。
 ブルーノの提案をまるで取り合わなかったガイだが、ブルーノは暴走して勝手にガイの妻を遊園地で絞殺してしまう。当然、ガイは警察に疑われ尾行が付けられる。それだけでも神経が参ってしまうのに、行く先々にブルーノが現れて「早く父親を殺せ」と言ってくる。テニスの練習場で観客たちがボールの行き先を追って顔を左右に動かしている中、一人だけ顔をガイに据えたままにらみつけているブルーノが恐ろしい。
 ガイが自分の父親を殺す意思がないと知ったブルーノは、アンがガイにプレゼントしたライターをガイの妻殺害現場に置いてガイを犯人に仕立てようとする。だが、昼の間には殺害現場の遊園地の中の島には人目が合っていけない。そこで日没を待つブルーノだが、ガイはそんなブルーノの企みを阻止するため、日没に間に合うようにテニスの試合をストレート勝ちで早く終わらせて遊園地を目指す。
 一つ気になるのは、早く試合を終わらせなければならないのならばわざとボロ負けしてしまえばいいと思うのだが。
 庵野妹を演ずるパトリシア・ヒッチコックはその名前の通りヒッチコックの実の娘。だがなかなかいい芝居をしていて、コッポラがソフィア・コッポラを使ったような純然たる親バカとは違う。まぁ親バカではあるんだが。
 ブルーノが子供の風船を割ったり、パーティーの席で殺人の話を持ち出してあるご婦人の首を絞めるなど各所でその異常性が強調されている。
『ロープ』では殺人者の片割れを演じたファーリー・グレンジャーが今回は巻き込まれる役。異常者に目を付けられてしまったばかりにさんざん振り回され、最後のメリーゴーランドのシーンでは命の危機を味わうことになる。
 妻が殺された時点でガイが素直に警察に相談していればこんな大騒動にはならなかった気もするが、それじゃ映画にならんか。
 現在のヒッチコックのイメージはこの辺りから出来上がりつつある気がする。Blu-rayには日本語吹き替えも収録されていて、ガイは愛川欽也、ブルーノは山田康雄である。山田康雄はいつもよりも太い声で演じている。気になるのはところどころ唐突に英語音声に切り替わること。「crazy」とか英語で言ってるんでおそらく日本語吹替訳が「気違い」とかだったのでカットされたんだろうな。
 脚本にはレイモンド・チャンドラーの名がクレジットされているが、ヒッチコックとことごとく意見が合わず実質的には仕事をしていなかったそうだ。

『舞台恐怖症』 嘘のフラッシュバック

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『舞台恐怖症』 (1950) STAGE FRIGHT 110分 イギリス WANNER Bros. Pictures

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:アルフレッド・ヒッチコック 原作:セルウィン・ジェプソン 脚本:ウィットフィールド・クック 撮影:ウィルキー・クーパー 音楽:レイトン・ルーカス
出演:マレーネ・ディートリッヒ、ジェーン・ワイマン、リチャード・トッド、アラステア・シム、ケイ・ウォルシュ、パトリシア・ヒッチコック、アンドレ・モレル

 女優役のマレーネ・ディートリッヒが彼女の愛人のところを訪れる。ドレスは血まみれで、たった今愛人のことで嫉妬に狂った夫を刺し殺してきたところだという。
 愛人はディートリッヒのために替えのドレスを取りに行くが、これが彼女の罠で愛人はメイドに目撃され、殺人犯に仕立て上げられてしまう。
 愛人は自分に恋している女優の卵ジェーン・ワイマンのところに逃げ込む。ジェーン・ワイマンの父親の家に隠れることになった愛人。そしてディートリッヒが愛人を殺人犯に仕立て上げようと企んだと考えたジェーン・ワイマンはメイドとしてディートリッヒの元で働くことになる。
『映画術』でトリュフォーはこの作品のことを珍しく貶している。ヒッチコックも失敗作だったことを認めている。特に、オープニングの展開がフラッシュバックで語られ事実なのか嘘なのかが観客に分からないのが問題である。そこで観客は混乱しサスペンス要素が薄くなってしまう。もっとも、これは当時の観客の話であって、映画の技法がさらに進んだ現在では受け入れられる物となっているだろう。逆に言えばヒッチコックの演出は時代をかなり先取りしていたと言うことだ。
 ディートリッヒはいるだけで存在感があっていい女優だと思うが、ヒッチコック作品にはあまり合っていないような気がする。ジェーン・ワイマンは野暮ったくって役には合っているが魅力的な女優ではない。俳優陣の中で一番魅力的なのがジェーン・ワイマンの父親役ラステア・シムだろう。
 ラストのどんでん返しは悪くはないが、他作品と比べると劣る。

『山羊座のもとに』 彼女の告白

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『山羊座のもとに』 (1949) UNDER CAPRICORN 117分 イギリス

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:シドニー・バーンスタイン、アルフレッド・ヒッチコック 原作:ヘレン・シンプソン 脚本:ジェームズ・ブリディ 潤色:ヒューム・クローニン 撮影:ジャック・カーディフ、ポール・ビーソン、イアン・クレイグ
出演:イングリッド・バーグマン、ジョセフ・コットン、マイケル・ワイルディング、マーガレット・レイトン

 1830年代のオーストラリアが舞台である。新任の総督の甥であるアデルが一山当てようと一緒にオーストラリアにやって来る。
 そこで元囚人で今では刑期を終えて自由の身となり大富豪になったジョゼフ・コットンと知り合う。そして彼の屋敷に招かれるのだが、そこには従姉妹のイングリッド・バーグマンがいた。イングリッド・バーグマンはジョゼフ・コットンの妻となっていたのだ。
 だが、イングリッド・バーグマンはアルコール中毒となって、心身共に衰弱していた。イングリッド・バーグマンの力になろうとするアデルは気がつくと彼女に恋をしていた。
 ジョゼフ・コットンの元からイングリッド・バーグマンを助け出そうとするアデルだが、彼女の口から思わぬ告白を聞くことになる。
 豪勢な屋敷のセットが目に付く。そこで階段を使った長回し。他にも5分を超える長回しのシーンがあり、前作『ロープ』(1948)の影響が見て取れる。
 サスペンスよりもロマンスが強調されたストーリーで、カラーで撮られたイングリッド・バーグマンが美しいのだろうが、DVDの画質がパブリックドメインのため悪く残念である。
 撮影にあわせてセットを細かく変え、長回しではかなりの苦痛を俳優に与えたらしい。それにイングリッド・バーグマンが怒って「なぜこんなことをするのか?」とヒッチコックに問うたところ、有名な「イングリッド。たかが映画じゃないか」というセリフをヒッチコックは返したという。
 ロマンス面が強いので、サスペンス映画のヒッチコックを期待する人には少々残念かも知れないが、1830年代のオーストラリアのシドニーの再現や、豪華なセット、凝った画面構成に登場人物の心理描写など観るべき点は多い。
 ただロマンス映画という題材がヒッチコックに合っていたかはやはり疑問だ。

『ロープ』 究極の長回し

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『ロープ』 (1948) ROPE 80分 アメリカ WANNER Bros. Pictures

監督:アルフレッド・ヒッチコック 製作:シドニー・バーンスタイン、アルフレッド・ヒッチコック 原作:パトリック・ハミルトン 脚本:アーサー・ローレンツ 潤色:ヒューム・クローニン 撮影:ジョセフ・ヴァレンタイン、ウィリアム・V・スコール 音楽:レオ・F・フォーブステイン
出演:ジェームズ・スチュワート、ファーリー・グレンジャー、ジョン・ドール、セドリック・ハードウィック、コンスタンス・コリアー

 優れた人間は凡人を殺してもいいと思い込んだ二人の青年が、知人の青年をロープで絞め殺す。さらに、死体をチェストに入れたままその部屋でパーティーを開こうというのだ。同じ題材でリチャード・O・フライシャーは『脅迫 ロープ殺人事件』(1959)を撮っている。
 大胆不敵な二人の犯行に誰も気付かないかに思えたが、ジェームズ・スチュワートだけは違和感を覚えた。
 実際に起きた殺人事件を題材にした作品である。ヒッチコックはこれを全編1カット長回しで撮ろうとした。当時のカメラは分程度しか撮影できないので、人の背中をアップにするなどして1カットに見えるように上手く繋いでいる。それでも数カットには分かれてしまっているが。
 殺人者二人には同性愛の雰囲気が匂っている。実際はどうだったのだろうか?
 ヒッチコックの初カラー作品にして、製作に名を連ねた最初の作品である。これ以降、ヒッチコックは自作の製作に名を連ねることが多くなる。これはヒッチコックがセルズニックの呪縛から逃れたと言うこともあるだろう。ヒッチコックをハリウッドに招いたのはセルズニックだが、二人の関係は必ずしも友好だったとは言えない。
 次第に不自然が顔を見せていき、それにジェームズ・スチュワートが感づくのだが、だとしたらかなりの名探偵である。
 この作品で“編集”という自ら得意とする技を封印してしまったヒッチコックが、それでもサスペンスを盛り上げていくのはさすがである。
 少しずつほぐれていく完全犯罪。いや、完全犯罪と言うにはあまりにも穴か大きすぎた二人の犯罪。
 かなりのカメラリハーサルを重ねての撮影だったことだろう。窓から見えるマンハッタンの光景は実際は絵である。さすがに80分の映画を80分で撮り終えるのはいかにヒッチコックをしても不可能だった。
 長回しというテクニックはあまり好きではないが、どうせやるならここまでやれとヒッチコックが言っているようだ。そして2002年、デジタルカメラの登場により本当に90分を1発1カットで撮ってしまった『エルミタージュ幻想』が登場する。しかも取り扱っている時間は300年!