『猿の惑星:新世紀』 頂上決戦 猿対人

B00NQ2OXM0.jpg『猿の惑星:新世紀』 (2014) DAWN OF THE PLANET OF THE APES 131分 アメリカ

監督:マット・リーヴス 製作:ピーター・チャーニン、ディラン・クラーク、リック・ジャッファ、アマンダ・シルヴァー 製作総指揮:マーク・ボンバック、トーマス・M・ハメル キャラクター創造:リック・ジャッファ、アマンダ・シルヴァー 脚本:リック・ジャッファ、アマンダ・シルヴァー、マーク・ボンバック 撮影:マイケル・セレシン プロダクションデザイン:ジェームズ・チンランド 衣装デザイン:メリッサ・ブルーニング 編集:ウィリアム・ホイ、スタン・サルファス
出演:アンディ・サーキス、ジェイソン・クラーク、ゲイリー・オールドマン、ケリー・ラッセル、トビー・ケベル、ニック・サーストン、ジュディ・グリア、コディ・スミット=マクフィー、J・D・エヴァーモア、カーク・アセヴェド、ケヴィン・ランキン、テリー・ノタリー、カリン・コノヴァル、エンリケ・ムルシアーノ、ドック・ショウ、キーア・オドネル、ジョッコ・シムズ、ロンバルド・ボイアー、マイク・シール

 オランウータンが「10回の冬を越えた」と言っているので前作から10年後。猿インフルエンザによって免疫を持つ人以外は死に絶え、人間の文明は崩壊したに近い。
 シーザーとボスとするエイプの集団は山の中で平和に暮らしていたが、ある日、そこに数人組の人間が現れた。生き残った人類がコロニーを作り、電力を求めて山の中の発電ダムを調べに来たのだ。
 対立するエイプと人間だったが、シーザーの妻が死にかけているのを人間が抗生物質で助けたことで、シーザーは数日間だけダムで作業することを許可する。こうして平和裏に自体は解決したかに思われたが...
 コバという実験動物として人間からいたぶられていたチンパンジーがシーザーに反旗を翻し、シーザーを人間の銃で撃って殺したことにして、人間への復讐にエイプたちを立ち上がらせる。しかし、生き残っていたシーザーは人間に助けられ治療を受ける。
 人間が暮らすタワーを襲っていたエイプたちの前に現れるシーザーは、コバと対決することになる。激しい戦いの末、コバは高所の鉄骨にぶら下がる。傷で這い上がれないコバにシーザーが手を差し出す。『猿は猿を殺さない』という重要な掟があるのだ。しかし...
 エイプたちのCGがまるで本物。雨に濡れた毛の質感など難しい表現も可能にしている。こうなると猿オタクの特殊メーキャップティストリック・ベイカーの仕事がなくなってしまいそうだが、猿の動作指導などで案外生き残っているのかも知れない。全てのシーンでCGのエイプが使われているわけではなく、特殊メイクやラージスケールメカニカルのエイプも使われているようだし。
 前作の人間側主人公ジェームズ・フランコは写真とビデオの中にしか登場しない。猿インフルエンザで死んでしまったのだろうか。オープニングの猿インフルエンザが世界中に広まっていくイメージが何かに似ていると思ったら、『12モンキーズ』のラストだった。こっちも猿か。
 ゲイリー・オールドマンが人間の文明を復活させようとしている科学者を演じていて、『ダークナイト』シリーズと同じくまともな役をやるようになってきたなと思ったら終盤で暴走。C4爆薬でエイプに占領されたタワーを爆破しようと試みる。うむ、やはりゲイリー・オールドマンにはイカれた薬が似合う。眼鏡をかけているのだが、レンズの左右に線が走っている。遠近両用眼鏡か? シド・ビシャスも老眼になってしまったのか。時代を感じるな。
 タワーの人間たちがため込んでいた銃器をエイプが奪って人間を攻撃してくるのだが、見よう見まねで引き金は引けるとしても弾切れになった時の弾倉交換などは出来るのだろうか。
 掟を破ったシーザーはその後もリーダーの地位を維持できるのか気になるところではある。息子が登場していたが、次は息子が主役になっているのかも知れない。
 ラストカットはシーザーの瞳のアップ。その瞳は何を見ているのだろう。
 なかなかの力作なのでさらに続編が作られる可能性は高いが、今度はどんな方向になるのか楽しみである。

『最前線物語』 KILLとMURDER

B00DJBZLUG.jpg『最前線物語』 (1980) THE BIG RED ONE 110分、ザ・リコンストラクション スペシャル・エディション163分 アメリカ

監督:サミュエル・フラー 製作:ジーン・コーマン 脚本:サミュエル・フラー 撮影:アダム・グリーンバーグ 音楽:ダナ・カプロフ
出演:リー・マーヴィン、マーク・ハミル、ロバート・キャラダイン、ステファーヌ・オードラン、ボビー・ディ・シッコ、ケリー・ウォード、ジークフリート・ラウヒ

 実際に北アフリカ戦線やヨーロッパ戦線で第二次世界大戦を戦ったサミュエル・フラーが監督・脚本を担当した作品である。劇場公開版と、後に未使用フィルムとオリジナル脚本を基に再構築されたザ・リコンストラクション スペシャル・エディションの二種類がある。ストーリーや映画のメッセージに大きな違いはないが、リコンストラクションの方は163分と上映時間が長く、110分の劇場公開版を先に観ていたので冗長感がある。
 軍曹(リー・マーヴィン)とマーク・ハミルら4人の部下が戦場で戦い、生き残る。極端なことを言ってしまえばそれだけの映画である。サミュエル・フラーにとって戦争とは勝って英雄になることよりも、全力で戦ってそして"生き残ること"のようだ。普通の戦争映画ならばメインキャラの5人の内、一人ぐらいは殺すのだろうが、フラーは生き残らせる。何故ならば生き残ることこそ重要だからだ。
 本名が明らかにされない軍曹役のリー・マーヴィンが最高! 軍曹役をやらせたら世界一の俳優なんじゃないだろうか。部下には厳しく当たることもあるが、頼りがいがあり「男の中の男だぜ」という感じ。あの皺のある馬面が渋いわー。
 マーク・ハミルは『スターウォーズ』と『帝国の逆襲』の間に出演した作品。サミュエル・フラーは当時のハリウッドでは重視された監督ではなかったはずで、そんな作品にマーク・ハミルが出演したのは『スターウォーズ』のヒットでアイドル俳優になってしまうのを危惧したからではないだろうか。その後、ハリソン・フォードに美味しいところを持って行かれてしまうマーク・ハミルだが、事故で顔に傷を負わなかったらどんな俳優生活を送っていたのだろうか。
 オープニングは第一次世界大戦終結から始まる。一人戦場に取り残されていたリー・マーヴィンは「停戦だ。戦争は終わったんだ。撃ってくるな」と言っているドイツ兵をナイフで刺し殺す。停戦など嘘だと思ったからだ。しかし、その後上官に会い、戦争が4時間前に終結していたことを知る。それまでに戦って殺したドイツ兵はKILLだったが、停戦後に殺したドイツ兵はMURDERである。それはリー・マーヴィンの心に傷を残した。
 エンディングは同じようなシチュエーションで「戦争は終わった」と言っているドイツ兵をリー・マーヴィンがナイフで刺すのだが、今回も実際に戦争は終わっていた。悔やむリー・マーヴィンだったが、ドイツ兵は大怪我を負っていながらもまだ息が合った。「絶対に死なすんじゃないぞ」とサルファ剤を怪我に浴びせ助けようとする。こうして心の傷はわずかだが癒やされる。
『フルメタル・パニック!』というアニメ化もされたライトノベルで主人公の少年兵士がコンドームと「ジャングルで水筒をなくしたときに使うんだ」と言っていたが、あんなもんに水をたっぷり入れたらちょっと木の枝に引っ掛けただけで簡単に割れてしまうだろう。戦場でのコンドームの使い方は上陸時に水が入らないように銃口に被せるのだ。序盤の北アフリカへの上陸シーンでそういった使い方がされていた。本当か嘘かは知らないが、実際に戦場を経験したサミュエル・フラーが言っているのだからそうなのだろう。
 中盤ではノルマンディ上陸作戦が展開される。『プライベート・ライアン』の迫力にはさすがに敵わないが、おそらくあまり予算がかかっていない作品としては派手な戦闘シーンが展開される。パイプ爆弾を仕掛けて鉄条網を吹き飛ばすために次々と送り出される兵士達。彼らはあっけないほど簡単に死んでいく。そんな地獄の戦場を生き残る5人。
 個人的にはサム・ペキンパーの『戦争のはらわた』(1975)に似た匂いを感じる。主役が片やリー・マービンで片やジェームズ・コバーンとちょっと似てるし。ただ、サム・ペキンパーの方がロマンチストだな。『最前線物語』は淡々としている。
 それでも、ドイツ軍から町を開放してそのお礼に食事をご馳走になり、リー・マーヴィンがヘルメットを探すと女の子が花で飾って持ってくるなど美しいシーンもある。ただ、あれじゃ目立って狙撃の的にされそうだが。
 原題の『THE BIG RED ONE』はアメリカ陸軍第一歩兵師団の愛称。『最前線物語』という邦題は安易さも感じるが、実際に5人はひたすら最前線で戦い続けるので間違ってはいない。今公開されたらどんな邦題になるんだろう。『ビッグ・レッド・ワン』か? なら『最前線物語』の方がいいや。

『余命90分の男』 午後6時半過ぎに私は死ぬ

B00QEGIJUW.jpg『余命90分の男』 (2014) THE ANGRIEST MAN IN BROOKLYN 84分 アメリカ

監督:フィル・アルデン・ロビンソン 製作:ボブ・クーパー、ダニエル・J・ウォーカー、タイラー・ミッチェル 脚本:ダニエル・タプリッツ オリジナル脚本:アッシ・ダヤン 撮影:ジョン・ベイリー プロダクションデザイン:インバル・ワインバーグ 衣装デザイン:エマ・ポッター 編集:マーク・ヨシカワ 音楽:マテオ・メッシーナ
出演:ロビン・ウィリアムズ、ミラ・クニス、ピーター・ディンクレイジ、ジェームズ・アール・ジョーンズ、メリッサ・レオ、ハミッシュ・リンクレイター、サットン・フォスター、リチャード・カインド、ジェリー・アドラー、イザイア・ウィットロック・Jr

 昔は愛する妻と息子二人に囲まれ幸せ絶頂だったロビン・ウィリアムズ。だが、今では妻と1年以上セックスをしていないし、優秀だった長男は首領中の事故で死亡、次男は法律家にすべく学校に行かせていたのに、ダンスで生計を立てると言い出す。
 そんな環境だからすっかり怒りっぽくなってしまったロビン・ウィリアムズは検査結果を聞きに病院に行く。しかし、いつものドクターはいなくて、代理の女医から説明を受ける。女医は可愛がっていた猫が10階から飛び降りて死んでしまい、不倫相手の医師とも上手くいっていない。そのため向精神薬で安定を保っている。
 ロビン・ウィリアムズは検査で脳動脈瘤が発見されており、それを聞かされたロビン・ウィリアムズは女医に「余命はどれだけなんだ!」としつこく怒鳴られる。ついつい手元にあった90分クッキングの雑誌を見た女医は「余命は90分よ」と言ってしまう。
 それを聞いたロビン・ウィリアムズは病院を飛び出し、妻とのセックス、親しかった友人に会う、そして次男と仲直りをするといったやり残したことを片付けにかかる。
 脳動脈瘤は本当で、しかもすでに出血が始まっていて余命は数日と知った女医はロビン・ウィリアムズを探すためにニューヨークを駆けずり回ることになる。
 設定を聞いたときは面白そうだと思ったのだが、妻とは言い争いになって家を出てそのままだし、レストランに呼び集めたはずの友達は高校時代の知り合いが一人来ていただけ。そして次男は「またパパの説教か」と何度電話をしても留守番電話のまま出ようとしない。命がかかっているストーリーだがコメディに出来るはずなのに笑えないし、かといってドラマとしても面白くない。
 もう投身自殺をしてしまおうと下を車がビュンビュン走るマンハッタン橋の梁をスタスタと歩いて行くところでは、もうすぐ死ぬんだから構わないやと危険なことを平気でやってヒーローになってしまうと言う展開もあるじゃないかと思ったが、それじゃ『天国に行けないパパ』(1990)か。面白いんだけど、DVDになっていないんだよな。
 序盤で病院に向かう途中でタクシーと自動車事故を起こし、タクシーの運転手をさんざん毒づくのだが、中盤で急いでいるときに捕まえたタクシーがそのタクシーで運転手から意地悪をされるのも嫌な気になるだけで笑えない。
 結局、さんざん苦労して次男と巡り会い、父息子が和解するというだけの話である。
 その後、ロビン・ウィリアムズは即入院して8日後に死ぬのだが、その8日間を小人症の弟と紙袋入りのサンドイッチを食べたり、次男とトランプで遊ぶシーンはちょっとウルッとした。
 そして死後、遊覧船からロビン・ウィリアムズの遺灰を河に撒くのだが、船長が「ゴミを捨てないでください」と注意してくる。そんな船長に「これは愛した人の遺灰よ」「あんたは冷たいわ」と船長はボロカスに言われてしまう。可哀想な船長。
 調べてみるとロビン・ウィリアムズが亡くなる1年以内に撮られた作品のようだ。コメディとしてもドラマとしても中途半端だし、こんな作品で晩年を迎えてしまったロビン・ウィリアムズが可哀想だ。それとも、もうこんな仕事しか回ってこなかったんだろうか。

あなたに長寿と繁栄を さらばスポック

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4b450aa323fafc54b870807a9115bba8.jpg『スタートレック』のバルカン星人ミスター・スポック役で知られるレナード・ニモイが亡くなってしまったそうだ。
リブート物で平行星界の年老いたスポックを演じていて嬉しかったのだが、それも前作までか。
R.I.P.レナード・ニモイ。えっ、追悼なんて非論理的ですって。それに私はバルカン星に帰っただけですって。
そんなあなたに長寿と繁栄を。

『ブラインド・フューリー』 見当付けて撃ってきな

B00NHHPXYQ.jpg『ブラインド・フューリー』 (1989) BLIND FURY 86分 アメリカ TRI STAR PICTURES

監督:フィリップ・ノイス 製作:ダニエル・グロドニック、ティム・マシスン 製作総指揮:ロバート・W・コート、デヴィッド・マッデン 原作:笠原良三 脚本:チャールズ・ロバート・カーナー 撮影:ドン・バージェス 音楽:J・ピーター・ロビンソン
出演:ルトガー・ハウアー、テリー・オクィン、ブランドン・コール、ショー・コスギ、リサ・ブロント、ランドール・"テックス"・コッブ、メグ・フォスター、ニック・カサヴェテス、チャールズ・クーパー

『座頭市血煙り街道』(1967)をルトガー・ハウアー主演で翻案したハリウッド映画である。バカ映画なんだろなーと思って観に行ったらバカ映画だった。そして傑作だった。30数名の人数がいる大学映画研究会に所属していたが、観ていたのは私を除いて先輩一人だけだった。二人で熱く語り合ったのは言うまでもない。
 ニック(ルトガー・ハウアー)はベトナム戦争で敵の迫撃砲攻撃を受け視力を失ってしまった。そんな彼を現地人が助け、目が見えなくても生活できるように修行をさせ居合斬りを習得させる。
 そして20年後、アメリカに帰ってきたニックは戦友のフランクに会いにマイアミに行くが、フランクは妻のメグ・フォスターと離婚してリノに住んでいた。そこへ二人の息子ビリーを求めて警官が現れる。「事件の証人になってもらいたい」とのことだったが、実はビリーを人質にして化学者のフランクにギャンブルの借金のカタとして合成麻薬を作らせるためだった。
 ニックは銃を抜いて攻撃してきた警官を斬り殺すが、メグ・フォスターがランドール・"テックス"・コッブにショットガンで撃たれてしまう。今際の際のメグ・フォスターにビリーをフランクの所に連れていって欲しいと頼まれたニックは、ビリーを連れてバスの旅に出る。しかし、ビリーは盲のビリーに挨拶するときにファックサインをしてくるようなやんちゃないかにもアメリカンなガキ。そのファックサインを掴む超感覚の持ち主ニックは無事に使命を果たせるのだろうか。
 ニックの居合斬りが日本人からではなくベトナムの原住民から教わったというのは残念だが、まさか太平洋戦争を舞台にするわけにも行かず仕方ないだろう。ベトナム戦争を舞台にしたのは追いつめられたニックを見捨ててフランクが逃げたという経緯があり、それを終盤で再現するから。ベトナム戦争の帰還兵が知人を訪ねて現れるというのは『ランボー』にそっくりなんだ。
 刀で拳銃やショットガン、果てはサブマシンガンにまで相手にするのは無茶に思えるだろうが、室内や背丈よりも高いトウモロコシ畑、真っ暗なディスコなどで戦うので違和感はない。『ルパン三世』の五右ヱ門みたいに銃弾を刀で弾き返すわけじゃない。
『血煙り街道』のラストは市を追ってきた少年と、少年がいる橋の下の市との別れだったが、この作品も同じ。なおかつ、ビリー宅にやって来たニックがビリーと最初に関わるのが、二階からニックが落としてしまった粘土作りの恐竜をニックがキャッチしたところからと、上下の関係がオープニングとラストで対になって使われており効果を上げている。ラスト、橋の上から「ニックおじさん」とビリーが投げた恐竜をニックが受け取る。涙を流すところが壊れてしまったはずのニックが一筋の涙を流している。泣ける。
『血煙り街道』では少年を父親の所に連れていくことと、悪党が父親にご禁制の焼き物の下絵を描かせていることに関連がなかったが、こちらは悪党がビリーを人質にするため狙っているという設定を加えることでよりアクション映画としてスムーズな流れになっている。
『座頭市THE LAST』の市は仕込み杖を落としてしまって、どこだどこだと探し回り、足で踏んづけることでようやく気付くのだが、ニックと仕込み杖の関係はそんなに浅くない。ニック・カサヴェテスのアホ兄弟にニックたちは捕らえられてしまい、ニックとビリーは荷台に閉じこめられてしまう。そして仕込み杖で指を怪我してしまったニック・カサヴェテスが腹立ち紛れに仕込み杖を走っているトラックの窓から捨ててしまう。その瞬間、仕込み杖が遠ざかっていくことをニックは感じる。両者は絆で結ばれているのだ。
 最初はニックに反抗して、石ころをあめ玉だといつわってニックに食べさせたりする(これはオリジナルにもある)ビリーだが、ニックが懸命に自分を守ってくれていることを感じ取り「ニックおじさん」と呼ぶようになる。この辺りはロードムービー風である。
 そしてフランクが閉じこめられているリノのカジノにニックは乗り込む。座頭市と言えば賭場。さすが分かっている。そして丁半博打ならぬルーレットでニックは大勝ちするのだが、ディーラー側が電子仕掛けでイカサマを仕掛けてくる。ニックの仕込み杖が唸りを上げ、ルーレット盤がひっくり返ると裏の電子機器が丸見えになってしまう。客が「イカサマだ、イカサマだ」と騒ぎだし、それに乗じてフランクのいるカジノの上部階を目指す。
 こうして無事フランクを助け出すのだが、安全なはずの場所に隠して置いたビリーとフランクの恋人がランドール・"テックス"・コッブに連れ去られていた。悪党のボスから電話がかかってきて、スキー場の頂上へドラッグを持ってくるように命じられる。そして頂上へのロープウェイにニックとフランクが乗る。
 ラストはロッジでのニック対悪党連中の対決。廊下で銃を乱射され身動きが取れなくなってしまう。その時、フランクが階段へのドアを見つけて逃げ出す。ベトナム戦争でフランクに置き去りにされた記憶が甦る。しかし、フランクは逃げたのではなく配電盤を見つけて電源を切りに行ったのだ。カラフルな照明がグルグル回るディスコにニックは追いつめられていたが、照明の音が止まったのを聞き、電気が途絶えたのを悟り「これが俺の生きている世界だ」とぼそっと呟く。渋いね。1989年版『座頭市』なら「見当付けて斬ってきな」というシーンだ。
 悪党のボスが仕込み杖で戦うニックの妨害に怒って、部下に「ブルース・リー」を連れてこいと命令する。「彼は死んでますが」「じゃあ弟だ」。で、結局誰が用心棒として雇われたかというとショー・コスギである。笑った。ショー・コスギは空手の人で刀の扱いは付け焼き刃だろう。個人的には藤岡弘、に演じてもらいたかったがアメリカでの知名度が違いすぎるから仕方ないか。ショー・コスギは小型のトランポリンで宙返りをしたりを身体能力の高さを見せつけてくれる。死に方は情けないが。ライバル役としては唐突に登場するので『座頭市』のライバルの存在感には敵わないが、その点はランドール・"テックス"・コッブが担当している。ランドール・"テックス"・コッブは仕込み杖対策として防刃ベストを着込んでいるのだが、最後はニックに腰を切られ割れた窓から谷底に落ちていく。その最中で上半身と下半身が文字通り真っ二つになるのが大好きだ。『スターウォーズエピソード1ファントム・メナス』のダース・モールの死に方とそっくり。ジョージ・ルーカスめ、パクったな。
 ルトガー・ハウアーの殺陣は勝新太郎と比べるとスピード感や鋭さに欠けるが、これは仕方ないだろう。それでも悪党のボスの顔面を仕込み杖で一閃すると眉毛がポトリと落ちるなど使い方のアイディアも悪くない。オリジナルにもある寝ているビリーの回りを飛び回る蜂を真っ二つにしてしまうシーンでは、目撃者として老夫婦を登場させ、お婆ちゃんに「あれは便利ね」と言わせより居合斬りの見事さを強調している。
 ルトガー・ハウアーはオープニングとエンディングでサングラスをかけている以外は裸眼で、目を普通に開いているが色素が薄い水色の光彩なので盲に見える。そしてこれが『ICHI』の綾瀬はるかと違うのは、目を開いていてもルトガー・ハウアーの視線は焦点が合っていないのだ。さすがの演技力。
 エンドロールにはちゃんと
Based Upon a Screenplay by
 RYOZO KASAHARA
 とオリジナル脚本の笠原良三の名前がクレジットされている。出来ればオープニングクレジットでやって欲しかった気もするが。
『座頭市』シリーズは香港などのアジア圏で人気というのは知っていたが、アメリカでも『子連れ狼』が知られているように『座頭市』も人気なのかも知れない。キワモノ扱いだとは思うんだが、クエンティン・タランティーノとか好きそうだ。
 監督のフィリップ・ノイスは『パトリオット・ゲーム』(1992)や『今そこにある危機』(1994)などのジャック・ライアンものなどを撮っている人で好きではない。『硝子の塔』(1993)とか酷かったなぁ。好きなのはこの作品ぐらい。
 フランクの恋人の眼鏡をニックが踏みつぶしてしまい、銃で追われているのでニックがトラックを運転することになりハチャメチャな大混乱になるなどバカ映画。だが、私にとってのバカ映画とは映画のジャンルであって傑作駄作とは関係ない。この作品はバカ映画かつ傑作である。
 これだけ続けて『座頭市』シリーズを観た後なので、この作品が勝新の『座頭市』に深い敬意と愛情を持っていることが理解できる。上映時間が80分台というのも本家を意識したのだろうか。

B0044XVA4E.jpg『座頭市 THE LAST』 (2010) 132分 日本 東宝、フジテレビ

監督:阪本順治 製作:亀山千広 企画:中沢敏明、飯島三智 エグゼクティブプロデューサー:石原隆 プロデューサー:前田久閑、椎井友紀子 アソシエイトプロデューサー:瀬田裕幸 原作:子母沢寛 脚本:山岸きくみ 撮影:笠松則通 美術:原田満生 衣裳:岩崎文男 編集:蛭田智子 音楽:プロジェクト和豪 スクリプター:今村治子 メイク:豊川京子 殺陣:菅原俊夫 床山:荒井誠治 照明:杉本崇 装飾:太田哲 録音:橋本文雄 助監督:小野寺昭洋
出演:香取慎吾、石原さとみ、反町隆史、工藤夕貴、寺島進、高岡蒼甫、ARATA、ZEEBRA、加藤清史郎、宇梶剛士、柴俊夫、豊原功補、岩城滉一、中村勘三郎、原田芳雄、倍賞千恵子、仲代達矢

 本当は『座頭市なんとか』というタイトルで製作されたのではないだろうか。しかし、関したフィルムを見て「こんなん作っちゃったらもう座頭市は終わりにするしかないね」ということで『THE LAST』になったんじゃないかと思うぐらい駄作である。『ICHI』も大概ヒドイ映画だと思ったが、こちらと比べるとまだマシだ。
 オープニングの市(香取慎吾)がタネ(石原さとみ)と夫婦になるというのは『座頭市物語』で「市さんの杖になる」といったおたねさんと同じ名前なので嬉しいことをしてくれるじゃないかと思ったのだが、これで最後のやくざ仕事と市が斬り合いに出かけてからがもうどうしようもない。
 竹やぶの中で数人のやくざに市が追われている。市が追われる? そんなもん、さっさと居合斬りで斬り殺してこその市だろうが。なのに、この市は結構苦戦して刀を浴びて怪我をしたりしている。ねーよ、こんな市ねーよ。偽座頭市なんじゃないかと思ったが、どうやら市らしい。
 そして刀で貫かれそうになった市と相手の間にタネが入り込む。タネを貫き市の胸にまで傷を負わせる刀。市、弱ー。圧倒的に強くてこそ座頭市だろう。盲と言うハンディキャップを背負っていながら健常者の剣豪にも打ち勝つ。その市の無敵ぶりにカタルシスを感じてきたのだが。
 しかも殺陣が貧弱。みんなやたら刀を振り回してばかりで、勝新太郎やビートたけしが演じた座頭市で見られた豊富なアイディアが欠片もない。これはあれだな、アクションを見せるつもりはさらさらないな。それよりも昔やくざに憧れていた百姓柳司(反町隆史)に助けられた市が、やくざから足を洗って堅気になろうと頑張る"人間ドラマ"とやらを見せたかったに違いない。
 勝新の座頭市でも市が堅気になろうとするが、最後には結局やくざのままで「あっしらやくざは裏街道を行くお天道様を拝めない連中ですから」だった。だが香取慎吾の市は田植えをしたり、漁師が取った魚を捌いたりしてばっか。そんなシーンが続いても面白くも何ともない。
 その宿場は岩城滉一のやくざ一家と、仲代達也のやくざ一家がいて、力を付けてきた仲代の天道一家が岩城滉一の一家を全滅させてしまう。そして百姓たちに強引な借金の取り立てなどをして苦しめる。そこで耐えに耐えて、ついに臨界点を突破した市の怒りが炸裂し仕込み杖が唸る...と思ったら、市は百姓が役人に出す嘆願書を持って宿場から逃げ出すだけ。そして追ってきた天道一家と戦いになるのだが、この殺陣がもうつまらないったらない。リアルなチャンバラを目指したという言い訳でもあるのかも知れないが、そもそも市の存在がバケモノなんだからこれでもかという殺陣を見せてくれなきゃ。スピード感もないに等しい。『ICHI』の方がよっぽどアクションとして見応えがあった。香取慎吾はスマップでダンスもやっていて運動神経は良い方だと思うのだが、このぬるさは何なんだ。しかも、命がけで運んだ嘆願書がダミーで白紙だったというオチ。なんじゃ、そりゃ。
 百姓とやくざの力関係も「そんなのあるか」というレベルで、百姓がやくざに平気で歯向かう。それでいてタコ殴りにされたり斬り殺されることもない。なめられてっぞやくざ。
 香取慎吾はどうやっても最後まで市には見えなかった。お肌はつるつるだし、髪型も思い切っていないスポーツ刈り。何より迫力もユーモアもない。5歳ぐらいの少年五郎(加藤清史郎)を「五郎さん」と呼ぶのだが、そんなのは市じゃない。
 倍賞千恵子や原田芳雄、そして仲代達也まで出演者にいるのに、みんな薄っぺらで存在感がない。タネの石原さとみなんかティッシュレベルの薄さだ。
 思うにまず最大の戦犯は脚本だ。山岸きくみという人なのだが、名前からすると女性か? 女に『座頭市』の脚本がかける分けねーっての。意味もなく純愛を入れてきて、肝心の市のカッコ良さが全然描けていない。これまでの『座頭市』とは違うものを描きたかったって? なら『座頭市』でやる必要はないだろ。北野武の『座頭市』は好き勝手やっていいという条件で作られたそうだが、しっかり『座頭市』していたぞ。
 坂本順治の演出もどうしようもない。『どついたるねん』とか『王手』とか昔は男気のある映画を撮っていたのに、玉でも取られたんか。この作品以外も、最近の坂本順治作品は目を覆いたくなる出来なのが多い。
 殺陣の菅原俊夫は『RED SHADOW 赤影』(2001)を担当した人か。『赤影』の関係者は二度と映画関係に手を出しちゃいけないと思っているが、やはり正解だな。市の殺陣はスピードと鋭さ、そして力強さが必要だ。その全てが欠けている。
 ラストは本当にしょうもない終わり方で、なるほど『THE END』なわけだとは思うが、これだけ長く続いた作品をお前らの自己満足で完結させるなよ。『座頭市』への愛が決定的に不足しているよ。
 よし、明日はルトガー・ハウアー主演の『ブラインド・フューリー』を観て座頭市特集を締めくくろう。『座頭市血煙り街道』を翻案したハリウッド映画だが、『座頭市』への愛情と敬意に満ちている傑作だぞ。

『ICHI』 おめぇ、見えてんじゃねーの

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B001Q4ZCWU.jpg『ICHI』 (2008) 120分 日本 SEDIC INTERNATIONAL、WARNER BROS. PICTURES、TBS

監督:曽利文彦 製作:気賀純夫、小岩井宏悦、島本雄二、山岡武史、入江祥雄、當麻佳成、堀義貴、後藤尚雄、遠藤和夫 企画:中沢敏明 エグゼクティブプロデューサー:遠谷信幸 プロデューサー:東信弘、吉田浩二、梅村安 原作:子母沢寛 脚本:浅野妙子 撮影:橋本桂二 美術:佐々木尚 編集:日下部元孝 音響効果:笠松広司 音楽:リサ・ジェラルド、マイケル・エドワーズ 主題歌:SunMin『Will』 VFXスーパーバイザー:松野忠雄 スクリプター:黒河内美佳 殺陣指導:久世浩 照明:石田健司 製作統括:加藤嘉一 装飾:河合良昭 録音:中村淳 助監督:副島宏司
出演:綾瀬はるか、中村獅童、窪塚洋介、利重剛、佐田真由美、杉本哲太、横山めぐみ、渡辺えり、島綾佑、山下徹大、斎藤歩、手塚とおる、土屋久美子、並木史朗、山口祥行、中野裕斗、増本庄一郎、勝矢、虎牙光揮、北岡龍貴、柄本明、竹内力、大沢たかお

 座頭市特集のついでに観てみたのだけど、女性版『座頭市』としてはそれなりに成功しているかな。ただ、不満もかなり残る。『座頭市』はハードボイルドだと思うんだけど、脚本が恋愛物を得意とする浅野妙子なのがすでに間違っている。女にハードボイルドは似合わないって。何だよ、ラスト近くの綾瀬はるかと瀕死の大沢たかおのやり取りの無駄な長さは。
 そして、これは最大の欠点だと思うのだが、市(綾瀬はるか)が目を見開いているシーンが多い。しかもどこかに焦点が合っている。勝新太郎の座頭市が半目で白目を剥いていたり、北野武が目を閉じたまま芝居や殺陣を演じていたのとは違う。パッケージの写真でも分かると思うが盲目の市が目を見開いていちゃダメだろ。勝新の半目白目はかなり疲れそうだから、目を閉じているか、白っぽいカラーコンタクトを入れて盲を表現して欲しかった。『ブラインド・フューリー』のルトガー・ハウアーは目を開けていたが、あの人は水色の光彩で盲目を感じさせてくれるから良いのだ。殺陣のシーンではかなりカットを割ったりスローモーションも使っているので目をつぶっている場合も多いが、平時は目を見開いてるんだよな。これは大きなマイナス。
 瞽女(盲の女芸人集団)に所属していたが、男に襲われ処女を奪われてしまったため、掟に従い瞽女の集団を追い出され離れ瞽女となった市が主人公。瞽女の集団に綾瀬はるかを預けていった盲目で居合抜きの達人がいて、ひょっとするとこれが元祖座頭市なのかも知れない。というか、綾瀬はるかは三味線弾きの瞽女で按摩じゃないから、座頭じゃないよな。
 ストーリーはかなり単純で、昔ながらのやくざ(柄本明)が治めていて平和だった宿場に中村獅童率いる万鬼党が勢力を伸ばしていた。柄本明の息子窪塚洋介は市が斬り殺した万鬼党を見て幼少時のトラウマで真剣を抜けない十馬(大沢たかお)を用心棒に雇い入れる。
 柄本明は、今度宿場を調べに来る八州廻りに頼んで万鬼党を倒してもらうつもりだが、血気盛んな窪塚洋介は実力で万鬼党を排除する気でいる。
 市は万鬼党に捕らえられていたが、十馬に助けられて何とか脱出し、怪我のため寝込んでいる。
 そして窪塚洋介一家と万鬼党の戦いが始まる。
 終盤はその戦いがメインになっているのだが、市はまだそれを知らず、市を欠いたまま決戦は行われる。それってどういうことよ。市がその場にいて、万鬼党の悪党どもをバッタバッタと斬り殺していくべき何じゃないのか。そしてようやく市が現れたと思ったら、万鬼党の首領万鬼(中村獅童)と相打ちになり、瀕死の十馬と延々語り合う。二人はいつの間にか惹かれ合っていたという設定だが、その間、ちゃんと待っていてくれる万鬼党の残党は感心ものである。
 殺陣が勝新や北野武の座頭市と比べて、圧倒的にアイディアが足りない。ただ、市が目を見開いたまま敵を斬り殺していくだけ。CGによる血の表現は北野版『座頭市』より年代が後だし、監督がCG出身の曽利文彦だけあってより自然になっているが、それだけかな。私なんか座頭市の殺陣の演出が出来るとなったらあれこれアイディアを盛り込んで、少しでも面白いものにしようとするだろうが、この作品は殺陣を中心としたアクション時代劇ではなく、結局は恋愛物時代劇なのだ。
 女の人にはウケが良いかも知れないね。もはや時代劇すら女性に乗っ取られてしまった現状は、漢映画ファンの私には受け入れたくないけど。
 十馬が真剣を抜くことが出来ないのは幼少期の真剣を使っての稽古の際に、折れた真剣が母親の両目を切って盲目にしてしまったトラウマから何だが、そんなことを終盤まで引きずっている。力石のテンプルに強打を浴びせて殺してしまったため、ボクサーとして復帰しても相手のテンプルを打つと口から謎の光る液体(ゲロ)をまき散らしていた矢吹ジョーだってもっと早く立ち直った。若手俳優達は現代ドラマと演技が変わらないし、とにかく脚本が甘すぎ。

『座頭市』(2003) 間違えられた男なのかも知れない

B0000A9D4A.jpg『座頭市』 (2003) 115分 日本 松竹、オフィス北野

監督:北野武 企画:齋藤智恵子 プロデューサー:森昌行、齋藤恒久 原作:子母沢寛 脚本:北野武 撮影:柳島克己 美術:磯田典宏 編集:北野武、太田義則 音楽:鈴木慶一 衣裳デザイン:黒澤和子 衣裳監修:山本耀司 照明:高屋齋 録音:堀内戦治 助監督:松川嵩史
出演:ビートたけし、浅野忠信、夏川結衣、大楠道代、橘大五郎、大家由祐子、ガダルカナル・タカ、岸部一徳、石倉三郎、柄本明、樋浦勉、三浦浩一、つまみ枝豆、芦川誠、無法松、田中要次、津田寛治、六平直政、國本鍾建、吉田絢乃、早乙女太一、THE STRiPES

 思うんだけどね、ビートたけし演ずる按摩は勝新太郎の座頭市に間違われてしまった男ではないんじゃなかろうか。世界観としては勝新太郎の座頭市がいて、たまたま同じ按摩で居合斬りの達人"名無し"の男が、オープニングのやくざや、悪役であろう盗賊のくちわなの一味に座頭市と勘違いされてしまったのではないだろうか。作中でビートたけしは一度も名乗らず、大楠道代やガダルカナル・タカからは「按摩さん」と呼ばれているだけで、くちなわの一味などが勝手に「座頭市」だと決めてかかってくる。
 そう考えると、市が金髪なのは勝新と明確に区別化するためだし、ラストで「実は目は見えてました。目を閉じていただけです」というのもすんなり理解できる。まぁ、深読みのしすぎだとは思うが。
 蓮實重彦は「この金髪の座頭市は、まぎれもなく宇宙人である 」という評論を書いていて、興味深い。蓮實は北野武の監督としての能力を初期の段階から高く評価していて、監督2作目の『3-4X10月』(1990)のパンフレットに文章を寄稿していたんじゃなかったかな。
 女形が日本舞踊を踊る大衆芸能から、下駄を使った下駄タップの乱舞など随所からアイディアを盛り込んでいる。下駄タップはたけしが昔やったコントで、スキーや下駄を履いてタップをやるというのがあった記憶があるが、あれの延長線上だろうか。下駄タップは悪い奴がみんな市に斬り殺されてしまい大団円となったラストにお祭りの出し物として演じられる。よく見ると大楠道代やガダルカナル・タカ、鳴門屋の姉弟など按摩の関係者がみんな踊っていて実に爽快である。これでそのままハッピーエンドかと思ったらもう一つオチがあるのだが。
 くちわなの一味は岸部一徳や柄本明など、どちらかというと善人系を演じている俳優を使っている。石倉三郎はあれだが。一味の黒幕が姿を見せずに岸部一徳などに指示を与えるのだが、声で丸分かりじゃんと思っていたら、真の黒幕は意外な形で存在していた。米問屋の鳴門屋に押し込み強盗をして(手引きした鳴門屋の番頭は7年間をかけて店に潜り込んでいたというからずいぶんな根性だ)千両箱を幾つも奪い、これでもう一生安泰だとか言っていたわりには黒幕や真の黒幕はショボい生活をしていたが、あれも偽装か?
 ライバル役は浪人で用心棒の浅野忠信。居酒屋で按摩と斬り合いになりそうになり、順手で刀を抜こうとして、一瞬早く按摩に仕込み杖を突き付けられ、「屋内でそんな抜き方しちゃダメだよ」と言われる。ラストは海岸の砂浜での対決。浅野忠信は今度は刀を逆手で握り、按摩を斬り殺すシミュレーションをして勝ったと「フッ」と笑うのだが、按摩も刀の持ち方を変えていて一瞬で斬り殺されてしまう。ライバルが一瞬で斬り殺されてしまうのはいつものこと。浅野信忠ではあまり凄腕の剣豪には見えないのが残念か。
 斬り合いは本家並みに様々なアイディアが盛り込まれている。石灯籠が真っ二つになるシーンは息を飲んだ。ただ、さすがに勝新並みの殺陣がビートたけしには出来ないようでかなりカット割りで誤魔化している部分はある。たけしの殺陣も悪くはないんだけど、年齢もあるよな。CGで描き込まれた吹き出す血がちょっと量が多すぎて、TVの時代劇ファンには違和感を覚えるかも。
 千葉真一は「時代に媚びた時代劇は作るべきじゃない。妙な時代劇が定着してしまうのは恐ろしいこと」、松方弘樹は「外国の賞狙いを意図している。タップとか金髪とかね...。だからこそ我々は『それだけが時代劇じゃない』ってことを伝えていかなきゃ」と発言していたそうだが、どうもピントが外れている。妙な時代劇という意味では千葉真一の『影の軍団』だってそうだと思うし、邦画のパイの大きさを考えると外国市場を狙うのは正解だと思う。それに金髪は最初に書いたように、勝新太郎の座頭市と明確に区別するためだと思うし。
 そもそも『座頭市』自体が、盲と言うハンディキャップを背負った按摩が、健常な悪党どもをバッタバッタと斬り殺していくところに魅力があり、本道の時代劇ではなく、一種のバケモノのはず。こんなバケモノは他には隻眼隻腕の丹下左膳がいるぐらいじゃないだろうか。
 本家の一作でヒロインを演じた大楠道代を起用したのは嬉しい。でも本当に百姓のオバサンになっていたな。
 ガダルカナル・タカはたけし軍団を代表する俳優。演技の面では柳ユーレイの方が上手いと思うけど、タカは味がある。
 鳴門屋襲撃から生き残った姉弟の二人は、弟に女装をさせて買春させ、仇を探し続けてきたのだが、弟役の橘大五郎はどう見ても女装した男。それを真似したタカが化粧をして大楠道代を驚かせるのだが、そのシーンではタカの顔を見せずに後になって見せるというタイミングはさすが北野武。他にもギャグが登場するが外していないと思う。侍になりたくて一日中槍を持って走り回っているバカとか好きだな。
 くちわなの一味で忍者みたいなのが数人いて襲って来るが、あれは海外向けか。個人的には浅野信忠との決着の後なのでちょっと蛇足。
 撮影の柳島克己は長年北野武と組んでいるだけあって、武の映像へのこだわりを理解し、求められた映像を作り出している。
 音楽は久石譲ではなく鈴木慶一だが、ポップな音楽が作品に合っていた。畑を耕す百姓たちの鍬の音がいつの間にか音楽になっているのは聴き所。

『座頭市』(1989) 抜いたのはそっちが先だぜ

B0002J55PE.jpg『座頭市』 (1989) 116分 日本 勝プロダクション、三倶、松竹(配給)

監督:勝新太郎 製作:勝新太郎、塚本ジューン・アダムス 製作プロデューサー:塚本潔、真田正典 原作:子母沢寛 脚本:勝新太郎、中村努、市山達巳、中岡京平 撮影:長沼六男 美術:梅田千代夫 編集:谷口登司夫 音楽:渡辺敬之 照明:熊谷秀夫 録音:堀内戦治 助監督:南野梅雄
出演:勝新太郎、樋口可南子、陣内孝則、内田裕也、奥村雄大、緒形拳、草野とよ実、片岡鶴太郎、安岡力也、三木のり平、川谷拓三、蟹江敬三、ジョー山中

 16年振りに製作された座頭市で、市はすでに初老になっている。撮影中に勝新太郎の息子奥村雄大がスタントマンの首に刀を差してしまい死亡事故となってしまう、勝新がアドリブで演出するので変更点が多く脚本がまとまっていないなどトラブルの多い製作現場だったようだ。
 個人的には傑作だと思っているが同時に駄作だとも思っている。
 映像的には凝った画が多く、冒頭の海っぺりの三木のり平の家に市が尋ねてきて、入り口から中を覗くシーンでは背景に波の荒い海が見えてゾクッとする。セリフや殺陣にアイディアが豊富で観ていて飽きない。だが、どんどん手が加えられ変更が重ねられていった脚本はストーリーが分かりにくく人物設定なども疑問が残る。
 時はバブルの真っ最中。製作の三倶とはゴルフ会社だそうだ。資金は豊富にあり、凝ったセットや大規模なセットが惜しみなく金を注ぎ込んで作られた。序盤の市が「サイコロを壺から外す」いつものイカサマをやる賭場はセットの担当者が本気になって実際の建物として使える出来の物を作ってしまい、それだけで5000万円かかっているそうだ。北野武の『ソナチネ』でビートたけしたちやくざが隠れ住む石垣島の家のセットを地元の大工さんに頼んだら、本当に住める丈夫な家を作ってしまったというエピソードを思い出す。
 分かりにくいなりにストーリーを把握してみると、五石衛門(奥村雄大)という新興やくざがいて、八州廻りの陣内孝則と手を組んで勢力を広げようとしている。そもそも八州廻りは赤兵衛(内田裕也)というやくざを使っていたのだが、赤兵衛が勝手な振る舞いを始めたため排除しようと計画している。
 そこに五石衛門の賭場でトラブルを起こした市が絡んでくる。五石衛門は市抹殺を手下に命ずるが、赤兵衛は市を抱き込もうとする。
 そして五石衛門一家と赤兵衛一家の戦いが始めり、奇襲を食らった赤兵衛一家は全滅してしまう。そこへ坂の上から大きな樽が風と共に転がり落ちてくる。中から樽を斬って現れた市は五石衛門一家と血まみれの戦いとなり、斬って斬って斬りまくる。殺陣のアイディアも豊富で、これでもかとてんこ盛りである。
 多分こんなストーリーだと思う。
 賭場で市に助け船を出す女やくざ親分の樋口可南子が色っぽい。市と一緒に湯に入り、濡れ場のシーンになるが、これがもう鼻血ものである。市の濡れ場ってのはシリーズを通して初めてだ。
 市の旧友三木のり平も実に味がある。二人のやり取りが絶妙で、市が以前訪れたときに三木のり平に残していった金を返そうとして「それはあんたにやったんだからあんたが使ってもらわなきゃ困る」という市に「そうかこれは俺の金か。だったら俺の好きに使う。これはあんたにやる。賭場が開かれてるからテラ銭にして稼いでこいや」と面白くて渋くて噛めば噛むほど味がある。まぁ、ここで三木のり平が市を賭場に行かせたから騒動が始まったのだが。
 賭場で大勝ちをして帰ってきたところ三木のり平は寝ていて、市に気付くが寝たふりを続ける。また金を残していく市に三木のり平は「そんなのいいから」とワザとイビキをかく。そして握り飯が置かれた台を揺らして音を出し、市に気付かせる。この握り飯を市は持って出かけるのだが、それが浪人緒形拳との出会いに繋がる。
 緒形拳は浪人で銭は持っていないようだ。川べりに朽ち果てた船の水墨画を描いていて「馬鹿にするな」と口に出す。その時たまたま前を通りかかっていた市が、「旦那、どうしましたか」と声をかける。「馬鹿にするななんて言ったか? だとしたら腹の虫が言ったんだろう」と空腹な様子の緒形拳に市は握り飯を差し出す。「私は武士だ。施しは受けん」という緒形拳に市は「では腹の虫さんに」と返す。そして二人して握り飯を食うのだが、これが実に美味そうだ。緒形拳はよっぽど腹が減っていたのか、「美味いなぁ」と涙を流しそうになっている。
 こうして知り合った二人は、市が「赤はどんな色ですか」という問いに対して「夕陽、女の唇」などと言っているが、市が宿屋に泊まって水筒に落ちる水滴の音を聴いているところに緒形拳が乗り込んできて、「これが赤だ」と伝える。水滴の音が赤だというのはスゴい発想力である。
 緒形拳は五石衛門一家の用心棒になるが、最初からいた用心棒のジョー山中と腕比べをすることになる。ジョー山中はドレッドヘアーの侍がいたんかいと言いたくなる格好で、見かけ倒しで実はそんなに強くないという用心棒役を演じてくれる。出番は少ないが、印象に残る役だ。
 ロッケンロール内田裕也はかなりの卑怯者。ラストの一家同士の対決では五石衛門一家の手下を殺してその服を奪い、変装して自分の手下を殺してまで逃れようとする。『水のないプール』とか『コミック雑誌なんかいらない!』などいつも通りの内田裕也演技。
 勝新太郎の息子奥村雄大はこれがデビュー作で血統から言えば優れていたが、過失致死事件でケチが付きその後はぱっとせずオリジナル・ビデオぐらいしか仕事をしていない。雰囲気はあって良い役者になる可能性はあったのだがもったいない。
 市は孤児が集まって共同生活をしている家にやっかいになり、そこの年長者おうめ(草野とよ実)が八州廻りの色欲の餌食になりそうになる。そこへ駆けつけた市はロウソクを斬るとその先端が仕込み杖の上で燃え続けている。このシーンはどうやって撮ったのか謎だ。カットを割っているから、市が仕込み杖をふるったのと同時に何らかの細工でロウソクの火を消しているのだろうが下から芯を引っ張っているのかな。
 オープニングは牢の中で、十手持ちをからかって牢に入れられていた市は他の囚人のイジメに遭い飯を奪われてしまう。そんな市に自分の飯を分けてやるのが片岡鶴太郎。「俺はな、つるっていうんだ」には笑ってしまった。幕府を批判して追われており、全国に仲間がいると言っている。その設定だと幕末も近いのか。「島原の乱で使われた鉄砲だ。年代物だぞ」というセリフもあるし、江戸時代も後期なのは間違いないだろう。ちなみに、市の飯を奪った囚人には後でしっかり市が仕返しをしている。
 鶴は牢を出た後、按摩の集団の杖代わりになってご来光を拝みに行く案内役になっている。市に「按摩さんの役に立ちたいんだよ」と言っているが、ラストカットは按摩の集団だけで鶴の姿は無い。DVDではセリフがないのだが、劇場で観たときは按摩の集団が「鶴さんが捕まるなんてねぇ。あんないい人が」というセリフがあった気がするのだが。
 ラストは街道を歩く市に緒形拳が斬ってかかり、一瞬で勝負が付く。「抜いたのはそっちが先だぜ」という市。そこへ按摩の集団が通りかかる。盲だけの世界だ。
 DVDは冒頭に配給を担当した松竹のマークが出てこないが、劇場版もそうだったっけ?
 ちなみにDVDはどういう権利関係かJVDから発売されていて、これがかなり画質が悪い。コントラストの調節もイマイチだし。ちゃんとしたメーカーが(こういうことを言うとJVDがちゃんとしたメーカーではないと言っているようだが、その通りだ)リマスターしてBlu-rayを発売してくれないものだろうか。大映時代の『座頭市』はBlu-rayボックスが出ていて、これが画質も良く日本語字幕も収録されている優れ物。時代劇には独特な単語が出てくるから、字幕はありがたい。勝プロダクション製作ものは東宝から出ているが、こいつはJVDほどではないが画質がイマイチ。
 三味線をメインにした音楽の部分は良いのだが、現代劇っぽい音楽の部分は好みではない。というか、この作品、作中とエンドロールで流れる主題歌が英語なんだよな。やっぱ座頭市には伊福部節がよく似合う。

B00DMW5S8C.jpg『新座頭市物語 笠間の血祭り』 (1973) 88分 日本 勝プロダクション、東宝(配給)

監督:安田公義 製作:勝新太郎、西岡弘善 企画:久保寺生郎 原作:子母沢寛 脚本:服部佳子 撮影:牧浦地志 美術:太田誠一 編集:林義治 音楽:伊福部昭 助監督:小林正雄
出演:勝新太郎、十朱幸代、岡田英次、佐藤慶、土屋嘉男、岸部シロー、横山リエ、遠藤辰雄

 1989年版を除くと実質的に映画版シリーズ最終作となった作品。
 オープニングで敵を4,5人斬り殺した市が、心の安らぎを求めて幼少期を過ごした笠間に帰ってくる。だが、そこには悪党商人常陸屋新兵衛(岡田英次)の手が伸びつつあった。
 凶作続きで年貢を納められなかった村の民を新兵衛が金で救う。しかし、その裏では石切場で取れる良質の石を一手に治めようとしていた。新兵衛と市は幼なじみで、一緒に鮒釣りなどをした仲だが、新兵衛からは「忘れてしまったなそんなこと」と言われてしまう。そしておぼこを求めていた新兵衛は父親の志村喬を殺し娘のおみよ(十朱幸代)を連れ去ってしまう。そして市の仕込み杖が唸る。
 十朱幸代は1942年生まれなのでもう30近い。さすがにおぼこ(処女)役は無理があると思うのは私だけだろうか。
 父親役の志村喬はチョロッと出てくるだけで代官の手下に殺されてしまう。日本を誇る名俳優がもったいない扱いだ。志村喬よりも愚連隊のリーダー岸部シローの方が目立っているのはどんなもんだろう。愚連隊は古いか。だとしたらフーテン連。どっちにしろ古いか。こいつら愚連隊はオープニングでは盲の市をからかうが、終盤では市の手助けに回って良い仕事をしてくれる。自己破産騒動などあった岸部シローだが、俳優としては良い物を持っているので復帰して欲しい。
 石切場でドッカンバッカン爆破作業をするので「戦隊物なの? ねぇ戦隊物なの?」と問いかけたくなってしまう。3つの村がこの石切場で産出される石で凶作も乗り切ってきたので、それを新兵衛に乗っ取られてしまうのは死活問題なのだ。
 笠間の異様さに早々に立ち去ろうとした市だが、昔なじみで今では亡くなってしまった駄菓子屋(?)のお婆さんの家で着物の裾が釘に引っかかってしまう。「もう少し、ここにいるべきってことか」と納得する市。
 それにしてもこの作品で市はどんぶり飯や塩おにぎりを食うのだが、これが実に美味そうだ。どんぶり飯にはたくあんが付いているぐらいだし、塩おにぎりの具はせいぜい梅干しだろう。それがあれだけ美味そうに見えるのは勝新の演技力である。あー、なんか書いてて腹が減ってきた。でももうPM10時を過ぎているので我慢我慢。
 監督はこれで座頭市シリーズ6作目の安田公義。安定した良い仕事をしている。古い監督だが、終盤の市と代官の手下との対決では、大八車を真っ二つにしたり、市が斬った男の腕が落ちて血が噴き出すというスプラッター描写もしている。悪代官役の佐藤慶(悪代官似合うなー)の死に様は情けなくてよかった。
 脚本が服部佳子という女性のせいか、市のハードボイルドさや活劇シーンに不満も残るが、その分だけ故郷に帰ってきた市という繊細な描写は上手いのかも。
 新兵衛の死に方は市に斬られるわけでもなく、自業自得といえばそれまでなのだが、ちゃんと決着を付けて欲しかった。
 ライバル役というほどの存在はなく、あえて言えば敵方に雇われた浪人なんだろうがあっと言う間に斬り殺されてしまう。