『ニード・フォー・スピード』 警官が可哀想

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B00MGECA1A.jpg『ニード・フォー・スピード』 (2014) NEED FOR SPEED 131分 アメリカ TOUCHSTONE PICTURES、DREAMWORKS PICTURES

監督:スコット・ウォー 製作:ジョン・ゲイティンズ、パトリック・オブライエン、マーク・スーリアン 製作総指揮:スチュアート・ベッサー、スコット・ウォー、マックス・ライトマン、フランク・ジボー、パトリック・ソーダールンド、ティム・ムーア 原案:ジョージ・ゲイティンズ、ジョン・ゲイティンズ 脚本:ジョージ・ゲイティンズ 撮影:シ-- ェーン・ハールバット プロダクションデザイン:ジョン・ハットマン 衣装デザイン:エレン・マイロニック 編集:ポール・ルベル、スコット・ウォー 音楽:ネイサン・ファースト
出演:アーロン・ポール、ドミニク・クーパー、イモージェン・プーツ、ラモン・ロドリゲス、マイケル・キートン、スコット・メスカディ、ラミ・マレック、ハリソン・ギルバートソン、ダコタ・ジョンソン

 なんか『ワイルド・スピード』シリーズが大ヒットを繰り返しとるけん、ウチらも自動車レース映画を作って一儲けしたろうか、と考えたのかどうかは知らないが、おそらくそんなところ。『ワイルド・スピード』はもう公道レースではなく犯罪映画になってしまっているが、こちらは公道レースと主人公の悪役への復讐に的を絞っている。
 原作はエレクトリック・アーツの人気PCゲーム。パッケージは見たことがあるがプレイしたことはない。というかカーレースゲームって興味ないんだよね。やりこんだのはタイトーの『チェイスH.Q.』ぐらい。でもあれは主人公が覆面パトカーに乗った刑事で、逃走する犯人の車に自車をぶつけてクラッシュさせるとクリアというゲームなので、レースゲームに分類して良いのやら。
 主人公は腕利きの整備工。悪役にマスタングの改造工事をまかされ見事な車に仕上げる。ところが主人公が悪役のカンに障ってしまったモノだから、主人公の弟分と合わせた三人で公道レースをすることになる。主人公が抜群の運転技術を見せ、もはやゴールは目前。その時に、悪役が進路を塞いでいる弟分の車にワザとぶつけ、車は横転し爆発してしまう。ところが、悪役は当日は他の人と会っていたとアリバイ工作がされ、レースに使った車は盗まれたことになっていた。
 そのため、主人公は刑務所に2年間入れられてしまう。ようやく仮出所してくるが、整備工場は銀行に差し押さえられ、もう何も残っていない。あるのは悪役への復讐心だけだ。
 そこで主人公はカリフォルニアで開催される公道レース"デレオン"で悪役と対決することにする。以前改造したマスタングをオーナーから借り、お目付役として金髪美女が同行することになる。
 とにかくひたすら車が走りまくる映画。街中で暴走するので一般車両を巻き込んだ事故が続発する。この辺りで、あまり主人公に感情移入出来ないな。
 デレオンでは公道レースに気付いた警察がパトカーを送り込んでくるのだが、これが何台も横転するなどして大破している。車はともかく運転していた警官は大丈夫だったのだろうか。ここら辺も好きになれんね。
 デレオンの主宰者としてマイケル・キートンが登場する。老けたなー。ネットでデレオンの中継もする芸達者ぶり。若手俳優中心の中で、良い意味で重みとなってくれていた。
 仮出所した主人公は昔の整備士仲間を集めるのだが、一人はネクタイを締めてオフィスで働くビジネスマンになっていた。そんな彼を電話で窓に呼び寄せ、車の走りっぷりを見せる。そして「ほら、カーブの時に車体が傾くだろ。あの調整はお前にしかできないんだ」と告げる。ビジネスマンはネクタイを外し、シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、パンツを脱ぎ...えっ、全裸? ここはなかなか笑えた。
 ラストで主人公は事故った悪役を助ける。そして一位でゴールした後に警察に逮捕される。仮出所中に州外に出たり、悪質な公道レースをやった割りには半年ほどで刑務所から出てくる。もっと重い罪だと思うんだがなぁ。
 エンドロールの途中で「このカーアクションは訓練を積んだスタントマンが演じている。決して真似をしないでください」と表示されるが、真似するヤツいないって。いや、いるかな。馬鹿は多いからな。万が一の時に責任を追及されないためにもこの一文は入れておくべきか。でも真似するような馬鹿はエンドロールが始まると劇場を出てしまうから最初に入れなきゃ。

B00HZZ5UNK.jpg『X-MEN:フューチャー&パスト』 (2014) X-MEN: DAYS OF FUTURE PAST 132分 アメリカ 20th CENTURY FOX、TSG ENTERTEINMENT、BAD HAT HARRY、MARVEL ENTERTAINMENT

監督:ブライアン・シンガー 製作:ローレン・シュラー・ドナー、ブライアン・シンガー、サイモン・キンバーグ、ハッチ・パーカー 製作総指揮:スタン・リー、トッド・ハロウェル、ジョシュ・マクラグレン 原案:ジェーン・ゴールドマン、サイモン・キンバーグ、マシュー・ヴォーン 脚本:サイモン・キンバーグ 撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル プロダクションデザイン:ジョン・マイヤー 衣装デザイン:ルイーズ・ミンゲンバック 編集:ジョン・オットマン 音楽:ジョン・オットマン
出演:ヒュー・ジャックマン、ジェームズ・マカヴォイ、マイケル・ファスベンダー、ジェニファー・ローレンス、ハル・ベリー、ニコラス・ホルト、エレン・ペイジ、ピーター・ディンクレイジ、ショーン・アシュモア、オマール・シー、エヴァン・ピーターズ、ダニエル・クドモア、ファン・ビンビン、エイダン・カント、ブーブー・スチュワート、イアン・マッケラン、パトリック・スチュワート、ルーカス・ティル、ジョシュ・ヘルマン、エヴァン・ジョニカイト、マーク・カマチョ、アンナ・パキン、ファムケ・ヤンセン、ジェームズ・マースデン、ケルシー・グラマー

 正直、ブライアン・シンガーはもう『X-MEN』に飽きているんじゃないだろうかと思う。何作作ってるんだよ。1作目では人間の味方であるミュータントのX-MENが人類を滅ぼそうとしているマグニート軍団と戦っていたはずだが、今作ではX-MENとマグニートは共闘している。いつから仲直りしたんだっけ。全作観てはいるが、記憶力が無い人なのですっかりグチャグチャだ。シリーズ自体、予想を超えるヒットで止めるに止められず作り続けているのではないだろうか。ブライアン・シンガーは『スーパーマンリターンズ』(2006)を大コケさせたのでなかなか手を引けないのではないかと。
 シリーズを続けさせるために無理矢理増築を重ねた家のような脚本になっている。でも原作のアメコミの方もかなり無理な展開があるそうだからこれでいいのか。
 今回の敵は人類が作り出した対ミュータント人型兵器。こいつらはものすごく強力でミュータントは滅ぼされる寸前まで追いつめられている。この人型兵器は1973年にミスティークが兵器発明家を殺害したことをきっかけに作られた。そこで、プロフェッサーXはウルヴァリンを1973年に送り込み、暗殺を阻止することにする。
 どっかで聞いたようなストーリーだと思ったら『ターミネーター』の変種だな。1973年という過去に行くという意味では『バック・トゥ・ザ・フューチャー』的でもある。大ヒットした2本の映画が元にあるせいかこの作品も結構面白い。1973年という時代を感じさせる部分はあまりなかったが。パンナムのジェット機が飛んでたな、そういえば。
 兵器開発者を演じているのが小人症の俳優である。日本だったら許されない配役なんだろう。その逆差別によって日本には小人症の俳優は多分いない。ハリウッドには『ウィロー』などを観ても分かるけど、ちゃんと小人症の俳優が小人症を個性としてウリにしている。どちらが健全なのかというと、ハリウッドだと思うよ。
 ラストはすべてが上手く収まりハッピーエンド。これでシリーズ完結かな? と思ったらエンドロール後にオマケ映像があり、ミュータントらしき人物がパワーでピラミッドを組みたてていた。この作品もヒットしたようだし、まだまだ続きそうだ。イアン・マッケランはそろそろヤバそうな気もするが。
 3Dなので吹替で観た。そしたら今作で大きな位置を占めるミスティークの吹替が剛力彩芽だった... 『プロメテウス』であれだけ酷評されてまだ使うか。そしてまだ出るか。恥を知っているなら辞退しろよ。酷評されたので多少は訓練を積んだのか、多少はマシになっていたがあくまでも『プロメテウス』と比較してだからな。別に声優至上主義じゃないので上手い人なら役者でも芸人でもスポーツ選手でもなんでもいいのだが、下手なのはダメ。

B00LEC66ME.jpg『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』 (2014) 97分 日本 東宝、シンエイ動画

監督:高橋渉 演出:池端たかし 絵コンテ:高橋渉、湯浅政明、池端たかし、猫賀大介 チーフプロデューサー:和田泰、赤津一彦、鶴崎りか、箕浦克史 プロデューサー:吉田有希、岸本隆宏、松久智治、鈴木健介 原作:臼井儀人 脚本:中島かずき キャラクターデザイン:原勝徳、大塚正実 作画監督:原勝徳、大森孝敏、針金屋英郎 美術監督:高橋佐知、沖吉真由美 色彩設計:野中幸子 撮影監督:梅田俊之 編集:村井秀明 音響監督:大熊昭 音楽:荒川敏行、宮崎慎二 主題歌:きゃりーぱみゅぱみゅ ねんどアニメ:石田卓也
声の出演:矢島晶子、藤原啓治、ならはしみき、こおろぎさとみ、真柴摩利、林玉緒、一龍斎貞友、佐藤智恵、"納谷六朗"、寺田はるひ、富沢美智恵、玉川砂記子、萩森イ旬子、大塚智子、鈴木れい子、中村大樹、三浦雅子、大滝進矢、檜山修之、立木文彦、武井咲、コロッケ、一木美名子、清川元夢、田口昂、星野充昭、隈本吉成、小田敏充、伊藤史隆、佐藤裕二、久保田直子、神代知衣、茂呂田かおる、沢海陽子、青山桐子、深田愛衣、遊佐浩二、大和田伸也

 しんのすけととーちゃんがカンタムロボの劇場版を観終わったところから映画は始まる。劇中劇のカンタムロボは通常型カンタムロボが多数合体して超超超超カンタムロボ(超の数合ってるかな?)なインフレロボになって敵を撃破する。
 劇場を出たしんのすけ父子はノリノリで、合体だーと父親のひろしがしんのすけを肩車しようとしてぎっくり腰になってしまう。後のシーンで明らかになるのだが、ひろしの年齢は35歳とぎっくり腰にはまだちょっと早くないか。
 庭の草むしり、植木の剪定、飼い犬のシロの犬小屋修繕、そしてテレビのアンテナの修正などやることが山盛りで、妻のみさえに叱られたひろしはとぼとぼと家を出る。そして胡散臭いメンズエステのアンケートに引っかかり、ぎっくり腰も治してくれるという無料エステを受けることになる。そしてエステが終わったひろしは身体が快調。車よりも速く走れるようになっている。だが、そんなひろしを出迎えたみさえたちは怯えた目で見る。ひろしはロボひろしに改造されていたのだ。
 最初の内は家族から遠ざけられ、家事などの意外な実力を発揮したロボひろしは野原家に家長として迎え入れられる。だが、しんのすけがもらってきた鉄製のヒゲを付けた途端、「ワシがこの家で一番偉いんじゃー」と威張り出す。すべては日本の父親の復権を求めたちちゆれ団の策略だったのだ。
 最近は良い意味で子供向けだったクレヨンしんちゃんが久しぶりに中年男性にも泣かせてくれるストーリーを作り上げた。脚本はアニメ『天元突破グレンラガン』や『キルラキル』などの中島かずき。今回も熱い。
 ロボひろしはひろしが改造されたのではなく、コピーロボットであることが終盤で明らかになり、解放された人々の中で妻のみさえはロボひろしではなく生身のひろしに抱きついていく。この時のロボひろしの心境はいかにつらく悲しいものだったであろうか。アンドロイドが人間の感情を持つ。もはやSFである。『ブレードランナー』の世界だな。あるいはアイザック・アシモフのロボットシリーズ。
 そしてラストは作中で何度か使われた腕相撲で生身のひろしとロボひろしが決着を付ける。ここは泣けるぞ。
 陰気なロボット博士役で登場するコロッケや、終盤の巨大五木ひろしロボ(声はもちろんコロッケ)は余分な気もするが、子供には受けたのだろうな。
『嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001)でも今作の古い父親像復権を目指したちちゆれ団も現在を生きているしんのすけたちに打ちのめされてしまう。子供たちのエネルギーには敵わないのだ。
 しんすけの友人達による『かすかべ防衛隊』があまり活躍しないのは残念。今回は野原一家に焦点を当てたか。
 一見ヤクザにしか見えない保育園の園長を演じた納谷六朗が先日亡くなってしまった。兄の納谷悟朗の後を追ったのかな。それにしても一朗からそろってるんだろうか、この兄弟は。主役級は少なかったけど、脇役で良い演技をしてくれました。天国で兄貴と一杯やってください。
 一番のアクションシーンは大っ嫌いなピーマンの山盛りをしんのすけが必死に食べてしまうところ。こんなアクションはクレヨンしんちゃんでしか成立しない。えっ、ガキがピーマンを食べるだけだって? 違う、アクションなんだよ。これが分からないヤツにアクション映画を語る資格はない。

『ザ・デプス』 海底にヤツがいる

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B00L32DE3O.jpg『ザ・デプス』 (1989) DEEPSTAR SIX 99分 アメリカ PARAMOUNT PICTURES、TRI STAR PICTURES、CAROLCO

監督:ショーン・S・カニンガム 製作:ショーン・S・カニンガム、パトリック・マーキー 製作総指揮:マリオ・カサール、アンドリュー・G・ヴァイナ 原案:ルイス・アバナシー 脚本:ルイス・アバナシー、ジョフ・ミラー 撮影:マック・アールバーグ 音楽:ハリー・マンフレディーニ
出演:グレッグ・エヴィガン、ナンシー・エヴァーハード、ミゲル・ファーラー、ニア・ピープルズ、マット・マッコイ、シンディ・ピケット、マリウス・ウェイヤーズ、エリヤ・バスキン、トム・ブレイ、ロン・キャロル

 原題は『DEEPSTAR SIX』だが、STARが宇宙モノのイメージがあると考えたのだろうか、邦題はまんま『ザ・デプス』である。この頃は『リバイアサン』(1989)など深海モノがちょっとしたブームだった。『リバイアサン』は『エイリアン』の舞台を深海にしただけと言った感じだったが、こちらは海底にミサイル発射基地を作るために海底の空洞を爆破したらモンスターが出てきて大騒動になるというモンスターものである。
 予算の都合か、モンスターはあまり画面に映し出されない。それよりも、原子炉がトラブルのため臨界を迎えつつあり、海底から脱出しようとする人間たちのあがき具合が面白い。
 ミゲル・ファーラー(『ロボコップ』の1作目でロボコップ計画を立案した人)はどうせ小悪党なんだろうなと思っていたら、小心者で他の生存者を見捨てて一人だけ脱出艇で逃げ出してしまう。しかし減圧していなかったので途中で鼻血が流れ始め手の血管から血が噴き出し、最期には爆発してしまう。深海魚を釣り上げると内臓がはみ出していることなどからのイメージなのだろう。実際には血管中の窒素が泡になって潜水病にはなるだろうが、破裂はしないよな?
 モンスターは蟹とシャコの合いの子のようなイメージ。数メートルはあるのだが、この巨体は空洞の中で何を食べて生きていたのだろうか。空洞の中に生態系が出来上がっていて、ちゃんと餌があったのか?
 主役のグレッグ・エヴィガンがなかなか渋い男。ラストは自分を犠牲にしてヒロインを助けたかと思いきや、ちゃんと生き残っている。この終わり方の方が良いわな。
 そして同じく1989年には深海モノとしてジェームズ・キャメロンの『アビス』が登場するわけだが、エイリアン系、モンスター系ときて、キャメロンはどんな手で来るのだろうかと思っていたら、まったく予想を外してきた。面白かったけど、キャメロンはもうB級アクションはやらないのかなと残念に感じたことを覚えている。

『ディーバ』 私の歌を始めて聴いたわ

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B00511ITQU.jpg『ディーバ』 (1981) DIVA 118分 フランス

監督:ジャン=ジャック・ベネックス 製作:セルジュ・シルベルマン 原作:ドラコルタ 脚本:ジャン=ジャック・ベネックス、ジャン・ヴァン・アム 撮影:フィリップ・ルースロ 音楽:ウラディミール・コスマ
出演:ウィルヘルメニア・フェルナンデス、フレデリック・アンドレイ、リシャール・ボーランジェ、チュイ・アン・リュー、アニー・ロマン

 レコードを発売しない女性歌手のコンサートを盗み録りした郵便配達の青年。その青年の郵便配達のバイクに偶然放り込まれた人身売買を告発したテープ。コンサートのテープを手に入れ海賊版のレコードを出そうと企んでいる台湾マフィアと、告発テープに人身売買組織のリーダーとして名前を上げられた警察の警視とその部下が、それぞれ青年を追い始める。
 ストーリーだけだとヒッチコック系の巻き込まれ型サスペンスである。ただ久しぶりに観たらずいぶん印象が違っていて、二つの組織がどちらのテープを狙っているかでもっと話が複雑になっていた記憶であったのだが、実際にはほとんど独立した話になっていた。二本のテープの存在をもっと上手く絡めた脚本にはできなかったのかな。
 美術が面白くて、青年の家は貸倉庫で入り口には廃車になった高級車が並んでいて、寝室にはリタ・ヘイワースのヌード画が描かれている。青年の味方になってくれる正体不明の男は蒼を基調とした部屋に住んでいて、波を作る機械が静かに波を作り出している。床一面に巨大なジグソーパズルが作られている最中で、男の周りをベトナム系の少女がローラースケートで走り回る。
 文芸的な雰囲気映画かなと思ったら、警視の部下に追われた青年が原付バイクで地下鉄構内を走りチェイスシーンが始まる。この辺りのリズムはかなりアクションしていて、ベネックスはアクション映画も撮れるのではないかと思うのだが、本人に興味がなさそうだ。大学で哲学を専攻していたというのはいかにもな感じだが、のちに薬学も修めたというよく分からない経歴の監督である。文系か理系かどっちやねん。薬剤師の資格を持っているとつぶしがきくそうだから、映画監督として食っていけなくても職はあるな。
 青年は二十歳過ぎだろう。女性歌手ディーバは32歳とおそらく10歳ほど年上。そんな年齢差のカップルの愛を描いた恋愛映画でもある。ラストでは空っぽのオペラハウスのステージに一人立つディーバに青年が盗み録りしたテープを聴かせる。
「私の歌を始めて聴いたわ」
 ディーバはそう呟く。
 かなりハチャメチャな部分もある作品ではある。青い部屋の男の正体はよく分からないし、どうして青年を助けてくれるのかも謎だ。告発テープはともかく、盗み録りしたテープについては青年の自業自得であまり主人公に感情移入ができないのもマイナス。原作小説があるようだが、そちらはどうなっているのだろうか。

『燃える戦場』 健さんよ、永遠に

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B0002I86K6.jpg『燃える戦場』 (1970) TOO LATE THE HERO 133分 アメリカ abc PICTURES CORP.

監督:ロバート・アルドリッチ 製作:ロバート・アルドリッチ 原案:ロバート・アルドリッチ、ロバート・M・シャーマン 脚本:ロバート・アルドリッチ、ルーカス・ヘラー 撮影:ジョセフ・バイロック 音楽:ジェラルド・フリード
出演:マイケル・ケイン、クリフ・ロバートソン、ヘンリー・フォンダ、イアン・バネン、高倉健、ハリー・アンドリュース、ロナルド・フレイザー、デンホルム・エリオット

 高倉健が83歳で亡くなってしまった。年齢が年齢だし、病死なのでロビン・ウィリアムズの時ほどショックを受けていないが、やはり悲しい。
 年代的には健さんが任侠映画を退いて『幸せの黄色いハンカチ』や『駅』などの腑抜けた作品に出ていた時期を観ている世代なのだが、大学の映研に梅さんという任侠時代の健さんの大ファンがいてしっかり染められた。『とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く』なのだ。
 今回、健さんについて追悼記事を書こうと思ったが、ボケ山田洋次の『幸せの黄色いハンカチ』などで書く気は全くない。でも、世間ではこれが代表作のように扱われるのだろうな。怪作『君よ憤怒の河を渉れ』はもう書いてしまったし、『網走番外地』や『昭和残侠伝』について書き始めると、1か月単位になってしまうだろう。
 そこで、外国映画の健さんについて書くことにした。『ブラックレイン』に『ザ・ヤクザ』。三船敏郎ほどではないが健さんも結構外国映画に出ているのだ。私の地元球団中日ドラゴンズを題材にした『ミスター・ベースボール』はさすがに駄作なので止めておくとして、ここはやはり男を描く監督ロバート・アルドリッチの『燃える戦場』であろう。これが健さんの外国映画進出1作目となる。
 主演は日本語に堪能なアメリカ軍兵士のクリフ・ロバートソン。4週間の休暇を迎える直前に、南太平洋のある島へ行きイギリス軍と同行することを命じられる。命令を伝えるのは特別出演のヘンリー・フォンダ。最初にチョロッと出てくるだけで本当に特別出演。
 島は大きく南北に分かれていて、北側に日本軍。南側をイギリス軍が占拠している。島の北側をアメリカ軍の船が通るため特別部隊が北側に侵入し、日本軍の無線を破壊し、持参した無線機でクリフ・ロバートソンが日本語で偽の指令を伝える作戦だ。
 部隊を組織するのはデンホルム・エリオットで、普段のコメディ寄りの芝居ではなく、強気で部下を叱咤する上官を演じている。
 衛生兵としてマイケル・ケインがいて、若い。クリフ・ロバートソンと二人主役のような立場となる。
 健さんが登場するのは映画も中盤を過ぎてから。日本軍の無線機を破壊し、英国陣地に戻ろうとする部隊に、スピーカーから健さんの英語が鳴り響く。「君たちはよくやった。しかし、行き先はじょうごの先端だ。道は広いように見えて、1箇所に追いつめられてしまうのだ。全滅する前に降伏したまえ」。健さんの英語はなかなか流暢。学生時代に英語に興味を持ち勉強をしていたそうだ。任侠映画時代の健さんが頭の中にイメージとしてあるのでそれほど「若い!」とは感じなかったが、晩年の『ニンニクのCM』での姿と比べるとやはり若い。
 銃殺した日本兵の指輪を指を切って持ち去った兵士は日本軍に捕らえられてなぶり殺しにされているが、「君たちが出てこないと、この捕虜二人を殺すぞ」とスピーカーで伝えた後に拳銃の音が二発鳴り響く。しかし、健さんは捕虜の顔の横で銃を撃っただけで殺してはいなかった。「本当に殺すと思ったか」と戦争をしている相手に紳士的な健さんなのであった。
 まぁいろいろあって、健さんは撃ち殺されてしまう。全体的に見ると強い印象は残したものの、あまり活躍はしなかった。
 アメリカ映画の日本人というと中国系が演じていたりしてメチャメチャだったりするが、この映画の日本人はちゃんと日本語を喋っている。クリフ・ロバートソンとマイケル・ケインが隠れている前を二人の日本兵が「オラのかあちゃんの味噌汁は日本一だっペ」などと東北弁で喋りながら通り過ぎていくシーンは嬉しかった。
 クリフ・ロバートソンの日本語も日本人のようだ。というか日本人が吹き替えている。というか、この映画は日本バージョンだけちゃんとした日本語に吹き替えられている可能性もある。
 オープニングは英国旗、星条旗、日章旗が風に吹かれてはためいているのだが、それが次第にボロボロになっていくという印象的なもの。反戦映画色がある。ロバート・アルドリッチなので戦闘アクションもちゃんと描かれているが。

『殺しが静かにやって来る』 しゃべらない男

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B008WYHNLU.jpg『殺しが静かにやって来る』 (1968) IL GRANDE SILENZIO 105分 イタリア/フランス

監督:セルジオ・コルブッチ 脚本:セルジオ・コルブッチ、ヴィットリアーノ・ペトリリ、マリオ・アメンドラ、ブルーノ・コルブッチ 撮影:シルヴァーノ・イッポリティ 音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、クラウス・キンスキー、ヴォネッタ・マギー、フランク・ウォルフ、ルイジ・ピコラッリ、マリオ・ブレガ

 マカロニウエスタンのもう一人のセルジオことセルジオ・コルブッチ監督・脚本作である。色々な意味で異色作だ。
 まず、ファーストカットからして一面の銀世界。雪だらけなんである。西部と言えば熱い、砂埃が立っているのイメージだが、高所だと冬になると雪も降るのであろう。エンドクレジットによると、例年に無い雪だったと語られているが、コルブッチが雪景色を撮りたかったのであろうか。単にロケ地が雪だったんで雪の物語にしちゃえやと安易に決められた可能性も否定できないのがマカロニだ。
 そして主人公のサイレンス(ジャン=ルイ・トランティニャン)は一言も発しない。極端に無口なのではなく、子供時代に両親が銃殺されたのを目撃して喉を切り裂かれ言葉を発することができないのだ。ジャン=ルイ・トランティニャンはセリフ無しの役をなんとかこなしている。言葉としては好きではないのだが"眼力"がある俳優なのだろう。
 サイレンスが使う拳銃はリボルバーではなくモーゼル自動拳銃である。これを木製のホルスターで使っていて、試し撃ちでストックを銃のストックに装着してライフルモードで使っているシーンもある。これならばフルオート射撃も可能なのでラストにはそれが活用されると思っていたのだが... サイレンスは賞金稼ぎを倒して報酬を得る仕事スタイルで、相手に先に抜かせてそれより一瞬早く撃ち殺し正当防衛を成立させているのだが、モーゼルは大型だし重いので早撃ちには向かないと思う。
 そしてなによりラストシーン。これは公開当時に観た人には衝撃だっただろう。私はあらかじめネタバレしていた状況で観たのだが、それでもショックだった。『荒野の用心棒』で言えば悪党が鉄板で防御したイーストウッドの心臓を狙わずに脳天をぶち抜いてしまったようなものか。さらに辿れば『用心棒』で三船敏郎が放った包丁が仲代達也の手に当たらず、まんま撃ち殺されてしまったとかそんな感じ。
 もう有名なネタだろうから言ってしまうと、賞金稼ぎによって利き腕を焼き潰されてしまったサイレンスがそれでも賞金稼ぎの集団に立ち向かう。ここでモーゼルのフルオートが炸裂するのかと思ったら、賞金稼ぎのボスであるクラウス・キンスキーによってあっけなく撃ち殺されてしまう。賞金稼ぎたちは賞金首である山賊も撃ち殺しウハウハ状態。なんなんだ、これは。
 コルブッチがこれまでにない衝撃的な作品を作りたかったのであろう。確かに衝撃的であった。でもこんな衝撃は個人的にはいらない。
 サイレンスが喋らない代わりにクラウス・キンスキーが目立つ目立つ。この人は私生活では色々問題があった人のようだが、やはりマカロニウエスタンのその他大勢の俳優の中では頭抜けているな。ヴェルナー・ヘルツォークの『アギーレ 神の怒り』(1972)に抜擢されたのも納得だ。
 映像特典としてサイレンスがクラウス・キンスキーたちを倒してハッピーエンドとなるバージョンが収録されているが、こちらを採用しなくて正解。これじゃ普通のマカロニだ。
 結局、マカロニウエスタンは『荒野の用心棒』(1964)辺りで人気が出始め、本家ハリウッドの西部劇には観られない残虐描写や破天荒なアクションなどで売ったのだが、結局は本家西部劇があってこそだったんだよな。本家のハリウッド西部劇は死にかけていて、それにカンフル剤的にマカロニウエスタンが存在したのだろうが、やはり長続きはしなかった。一時期はブームになったが、ブームでしかない以上終わりが待っているのだ。マカロニがブーム以上の存在になっていたのならばその後の展開もあったのだろうが、1960年代末から1970年代初頭にはドーンと鳴った花火が消えるように収束していった。
 それでもアメリカ人にとっては西部劇は特別な存在のようで、その後もちょこっとブームになりかけては消えていく。最初の劇映画と言われる『大列車強盗』(1903)が西部劇だったように、アメリカ人の西部劇への思いは日本人の私たちには想像できない部分があるのだろう。日本人にとっての西部劇である時代劇もNHKの大河ドラマを除けば『水戸黄門』も『遠山の金さん』も過去となっているが、復活のヒントは案外同じ所にあったりするのかも知れない。
 しばらく続いたマカロニウエスタン特集も今回でとりあえず終わり。正直、マカロニは私が生まれた頃がブームの沸点だったのでとくに思い入れはないんだな。いや、それを言うとハリウッドの西部劇は生まれる前なんだけど。
『IL GRANDE SILENZIO』、英題『THE GREAT SILENCE』を『殺しが静かにやって来る』とした邦題はマカロニウエスタンの中では優れた方だと思う。この作品はイタリア、フランスの合作なので、しばらくフランス映画に手を出してみるか。ハリウッド娯楽映画主義者の私には「シャララララ~、シャラララ~、ウーウー」なフランス映画は不得手な分野なのだが、学生時代に映研の先輩にゴダールからレオス・カラックスまで叩き込まれたからな。当時は、「困った先輩だ」と内心思っていたが、今では感謝している。ちなみに、その先輩からはサミュエル・フラーやロバート・アルドリッチ、ジョン・フォードにアルフレッド・ヒッチコックなども叩き込まれている。1980年代後半はまだそれほどレンタルビデオが普及していなかったので、この先輩に教えてもらわなければちゃんと知るには時間がかかっていたことだろう。自力でもその内たどり着いたはずと言うのはせめてもの自尊心。今の若い人は良いよな、当時は幻の名作だった作品がDVDになってたりするからなぁ。

B00LKB8I20.jpg『続・復讐のガンマン 走れ、男、走れ』 (1968) CORRI UOMO CORRI 121分 イタリア

監督:セルジオ・ソリーマ 製作:アルド・ポミリア、セルジオ・ソリーマ 脚本:ポンペオ・デ・アンジェリス、セルジオ・ソリーマ 撮影:グリエルモ・マンコーリ 音楽:ブルーノ・ニコライ
出演:トーマス・ミリアン、ドナル・オブライエン、ジョン・アイアランド、フェデリコ・ボイド、リンダ・ヴェラス、チェロ・アロンゾ、ホセ・トーレス、ルチアーノ・ロッシ

 邦題には『復讐』とあるが、主人公のクチーヨ(トーマス・ミリアン)は復讐なんかしない。メキシコ人の彼は、とある事件で留置所に入れられそこで革命軍の詩人に会う。詩人から革命の資金である300万ドルの金塊について情報を教えられ、政府軍や盗賊などに命を狙われることになる。最初は金目当てだったのが、次第に革命に深く関わってくるといった話ならばセルジオ・レオーネの『夕陽のギャングたち』(1971)だが、そこまで深くはない。お宝目当ての大騒動といった感じ。銃を相手にナイフで勝ち抜いていくのだが、さほど不自然さは感じない。この辺りは結構上手い。
 そしてクチーヨはガンマンではない。投げナイフを得意とするナイフ使いなのだ。主人公が全編を通して1発も銃を撃たないのはこの作品ぐらいではないだろうか。ラストの対決も相手が拳銃なのに対して投げナイフで挑む。
 革命についてもうちょっと踏み込んでも良かった気がするが、娯楽作品としてはこんな所か。
 金塊の隠し方にちょっとした工夫がしてあって、アイディアは悪くない。
 クチーヨの恋人が気の強い女性で、魅力的に描かれている。現在放映中の『信長協奏曲』に信長の側室である帰蝶が同じく気の強い女性として登場しているが、こちらは単にヒステリックに喚き散らすだけ。日本のTVドラマってやっぱりレベルが低いな。
 白人の元保安官との友情も描かれ、面白く観ることが出来た。

『ケオマ・ザ・リベンジャー』 混血はヤバいのか

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B00LKB8J2E.jpg『ケオマ・ザ・リベンジャー』 (1976) KEOMA 96分 イタリア

監督:エンツォ・G・カステラッリ 脚本:エンツォ・G・カステラッリ、ニコ・ドゥッチ、ジョージ・イーストマン、ミーノ・ローリ 撮影:アイアス・パロリン 音楽:グイド&マウリツィオ・デ・アンジェリス
出演:フランコ・ネロ、ウディ・ストロード、オルガ・カルラトス、ウィリアム・バーガー、ガブリエラ・ジャコブ、ドナル・オブライエン、ケン・ウッド、オルソ・マリア・グエリーニ、アントニオ・マルシーナ

 正直、ストーリーがよく分からん。インディアンと白人の混血であるケオマ(フランコ・ネロ)が南北戦争が終わり故郷の町に帰ってくる。しかし、町はコールドウェルという悪党に牛耳られており、しかも伝染病が蔓延していた。コールドウェルは病人を荒野に放り出し、食料だけを与えていた。町から人が出て行くのを禁じ、薬も入手しようとしない。何で?
 町のボスが薬を独り占めして、高い値段で町の人に売りつけているのならば分かるのだが、このままでは町が滅んでいくだけではないか。
 ケオマには白人の三兄弟がいて、子供の頃には彼らから「インディアン野郎」といじめられていた。ケオマが立っていると目の前を四人の子供が通り過ぎていく。これが子供の頃のケオマたちで、1カットのまま回想シーンに繋がるという手法は面白い。
 三兄弟も成長していてケオマと対立するが、しかしコールドウェルの手下ではないようだ。この三兄弟の位置づけがはっきりしない。彼らを育てた腕利きのガンマンでもある父親はケオマの味方であることははっきりしているのだが、三兄弟は悪党側で良かったのではないかと思う。
 ラストは延々続く銃撃戦。要所要所でスローモーションが効果的に使われていて、サム・ペキンパーを感じさせる。というかモロに影響を受けているな。
 悪党達はケオマを「インディアンめ」と追いかけてくるが、原語のセリフは「ハーフブリード」、「混血」である。インディアンを先住民と置き換える作品が増えてきたが、そのインディアンよりも"混血"の方が規制としてはヤバいのか。
 しかし、フランコ・ネロはインディアンと白人の混血には見えない。
 昔は弓の名手で子供の頃のケオマに誇りを教えてくれた黒人が飲んだくれになっているのだが、最期は銃で撃たれまくっても突撃していくイカした死に方をしてくれる。
 全編に流れる女性の歌がなかなかいい。しかし、フランコ・ネロの魅力を持ってしても、マカロニウエスタンはもう死にかけだった。

『真昼の用心棒』 意外な血縁関係

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B00LKB8J4M.jpg『真昼の用心棒』 (1966) TEMPO DI MASSACRO 93分 イタリア

監督:ルチオ・フルチ 製作:フェルナンド・ディ・レオ、オレステ・コルテラツィ 脚本:フェルナンド・ディ・レオ 撮影:リカルド・パロッティーニ 音楽:ラッロ・ゴーリ、セルジオ・エンドリゴ
出演:フランコ・ネロ、ジュゼッペ・アドバッティ、ニーノ・カステルヌオーヴォ、ジョージ・ヒルトン、リン・シェイン

 冒頭から狐狩りならぬ人間狩りが行われる。檻から出して逃げる人間を猟犬が追い、ついには川の中で噛み殺す。真っ赤に染まる川の水。
 他にはフランコ・ネロが執拗に鞭打ちされたり、様々な残酷描写が見られる。コミカルな『新・さすらいの用心棒』などと比べると、こちらの方が一般的なマカロニウエスタンのイメージだろう。
 監督は後にイタリアンホラーの帝王となるルチオ・フルチ。ネチっこい描写が彼らしい。
 砂金掘りをやっているフランコ・ネロの元に故郷の友人から「帰ってきてくれ」という手紙が届く。戻ってみると、町はスコットという男に牛耳られ、実家の牧場も乗っ取られていた。牧場を継いだ兄は今では小さな家で飲んだくれている。一体何があったのか。そして友人がフランコ・ネロを呼び戻した目的は。
 フランコ・ネロが渋カッコいい。とある理由で悪党側はフランコ・ネロの命を狙わないので、意外と銃撃戦が少ない。後半になると撃ちまくるけどな。
 フランコ・ネロとスコットとの意外な血縁関係が明らかになるが、いかにも唐突でストーリー上でも活かされているとは思えない。ここら辺の脚本の弱さがマカロニウエスタンか。
 飲んだくれの兄は終盤の銃撃戦では活躍してくれる。「ヘイ、ジェントルマン」と敵に呼びかけてから撃ち殺すと意外と紳士的? どう見てもアル中なんだが、手が震えたりしないのかな。
 酒場での乱闘シーンがあるが、珍しいことに乱闘後が描かれている。みんな落ち着いて割れたグラスを拾い集めるなど後片付けを始めるのだ。乱闘との落差が面白い。
 中国人の老人が出てきて、何かにつけ「孔子曰く...」と講釈を始める。なかなか魅力的なキャラだ。
 相変わらず"用心棒"は何の関係もないが、脚本の弱さを除くと楽しめる作品であった。フランコ・ネロの空中大回転撃ちも見られるし。